スライム殺しの犯人にされました〜別にスライムが死んだくらいで……えっ!?このスライムお値段ウン億……犯人は俺じゃ無い!〜

蟹味噌ガロン

たかがスライム、されどスライム

 真夏日のクソ怠いある日のこと。


 掃除をしようと豪華な扉をくぐると、目の前にべっちゃべちゃで、ヌッメヌメの床が広がっていた。


 なんだこれ汚ったねぇなぁ……と、一瞬思ったものの、この汚れは見た事がある。


 スライムだ。


 スライムが死亡した時にこんな感じでべちゃべちゃになる。要はスライムの消化液が床や絨毯にぶちまけられているのである。


 床は……まぁ、べちゃってるが、ギリ良いとして。問題は絨毯の方だ。砂漠のダークエルフから買い付けたとかいうクソ高い絨毯が完っ全に台無しだ。

 この絨毯、俺の実家のベッドよりフッカフカでクソ分厚いんだぜ?

 なのに……今はこんなに……溶けてへたっちまって……あぁ、アーメン……絨毯。ファッキン消化液。


 しかし掃除しようとやってきた部屋にスライムの溶解液が撒き散らされてるなんて、新米執事の俺に対する挑戦状なのか?

 おん? 喧嘩なら買うぞ?


 ただの汚れだったらなら流れ作業で部屋の掃除にかかるのだが、今回はスライムだしそうもいかない。


 屋敷の主人オーリエ様に相談を、と客室を出ようと振り返る。


 そこには青ざめたお局メイドのサラサが立ちすくんでいた。目線は床。手は小刻みに震えて口を覆っている。


「キャーーーーーーッ!」

「お、おい?」

「誰かッ、誰かー! ヒメ様が!」

「は? ヒメサマ? なんだよそんなに取り乱し……て」


 キャー、だなんて年頃の娘でもあるまいし。そんなことを考えている間に、メイドが押していた筈のワゴンを置き去りにして、叫びながらどこかへ走り去って行った。


 面食らっていると、すぐさま廊下からガチャガチャと鎧の擦れる音と床が重さで軋み、無駄にむさ苦しい兵士たちが部屋にゾロゾロと雪崩れ込んで来る。来るのが早すぎるが?


 熱気を発する筋肉ダルマ達三体は、何故だとか、どうしてだとか、どうなってるだとか、わらわらスライムの死体に群がってくる。あー、こんな感じで三つ並んだ活火山が世界のどこかにあった気がするな。


 どこだったか、と思い出そうとしても中々出てこない。そういう時に限って邪魔が入ってくるんだ。ドタドタと慌ただしく奇妙なステップの足音がやってくる。優美さの欠片もねぇな。


 現れたのはロン毛のイケメンだ。筋肉ダルマの群れを押しのけるようにしてスライムの死体の元へやってきた。イケメンが目をひん剥いて雄叫びを上げ……ちなみにコイツはこの屋敷の長男イアンだ。


「ヒ、ヒメーーーー!? 大丈夫か? だ、大丈夫じゃなさそうだぁーーーー! 外が暑いから溶けちゃったのーー!? お部屋も暑いもんねーー!」


 イアンは半狂乱になり、絨毯にうずくまって涙を流している。


 大丈夫か? このイケメン。


「イアン様……! うぅっ、ううう! ヒメ様は……ヒメ様はもう……」


 メイドのサラサはめそめそと涙を拭きながら訴えている。どうも外出から戻った直後の長男イアンを呼んで戻ってきたらしい。騒がしいのが増えただけだな。役立たずを連れてくるな。


 つまり、兵士たちも含めてこの部屋は阿鼻叫喚の渦が出来ちまってる。


 ……泣き叫ぶだけの奴らでいっぱいだ!

 クソうるせぇ!


 そんで実際に防音の部屋が意味をなさないくらいに騒がしかったらしい。隣の部屋で商談をしていたらしい商会長のデブラと、家主のオーリエが二人してコートを片手に部屋にやってきた。


「儲け話は静かにしてくださいよぉ」

「一体何事だ」


 後からやってきた二人は、スライムの死骸を見た途端、目ん玉がこぼれ落ちそうな程に目をむいて驚いた。


「こいつぁまた……ヒメ様かい……?」

「……この状態を最初に発見したのは誰だ」


 威厳オーラ出しまくりで家主のオーリエが部屋の人間を見渡す。

 最初に発見した、というなら俺のことだろう。


「私めにございます」

「窓や扉に鍵は?」

「かけておりました」

「……他に不審な人物は見たか?」

「見ておりません」


 髭をさすり、眉間に深く皺をよせるオーリエ。

 シンプルに怖い。


 オーリエの隣では恰幅の良い商会長デブラが、スライムの残骸を酷く悲しそうに眺める。


「ヒメ……可哀想に……苦しまずに逝けただろうか……?」


 この商会長、いつも金のことしか考えてないと思っていたが、ちゃんと人としての心ってやつがあったんだな。考えを改めるか。


「ヒメ殺しは執事くんが犯人なんじゃないかい? ねぇ、オーリエ様」


 この銭ゲバワイン樽野郎は人の心が一切無いに違いない。これがこの世の真実だ。


「いいえ、私ではありません」


 落ち着け俺。冷静に対処だ。人間は冷静さを失ってしまえば負けなんだ。


 メイドのサラサもこの屋敷の使用人としてしゃんとしろ。

 そんなに青ざめて震えてないで……。


「わ、私も執事が犯人だと思います! 私が目撃した時、ヒメ様を今にも片付けてしまおうとしていました!」


 ……は?


「……いいえ、違います。掃除をするために部屋に入っていただけです。花瓶やアクアリウム周りの水濡れだって拭けてないでしょう?」


 おいおいおいおいおいおい。

 なんで俺に罪を被せようとしているんだよ、このヒョロ長メイド。てか俺の知らない間に花瓶が割れて水漏れしてるんだが? 昨日は割れてなかったのに、このメイド俺が居ない間に割ったな? そうなんだろ?


 あぁ、ちくしょう。完全に俺を犯人だと疑ってやがる。

 真夏日で頭が茹であがったんなら、シーツと一緒にさっさと水浴びでもして来い。

 落ち着け俺、平常心だ。


「……はぁ……たかがスライム一匹でしょう? ここまで大騒ぎするような事ですか?」

「そりゃあ、オオゴト、だからねぇ。このスライムは全国スライム品評会で最優秀賞を取ったスライムですからねぇ、オーリエ様」

「あぁ、今も氷の国の妖精族マリアンがヒメを譲ってくれと来ているくらいだ。しかしデブラ、君もまだ諦めていなかったろう?」

「へへっ、マリアン様の熱意を真横で見ちまうとねぇ」


 最優秀賞スライム??

 なんでそんなスライムがこの屋敷にいるんだよ。


「オーリエ様が落札したお値段は**億だねぇ」

「絶対に何がなんでも俺ではありません。とても素晴らしいスライム様……いえヒメ様を殺すなどという不敬極まりない行為は実行どころか思考をする事すらしておりません。先祖代々に誓ってここに申し上げます」


 デブラの言った値段は一瞬で忘れた。脳に負荷がかかったのだろう。すこぶる高い金額だとだけ覚えている。俺の脳みそはなんて優秀なんだ。


 深まるスライム死亡事件の謎(?)に家主のオーリエ様が難しそうな顔でうなる。


「しかし、ひとりでにヒメが死ぬだなんてあり得ないんだよ。知能は通常のスライムと同じだから自殺なんて考えられないからね」

「それなら、誰かに殺された、と考えるのが自然でしょうね」


 スライムだって人と同じ、生息域と極端に異なる環境では生きていけないのだ。外敵に踏み潰されれば大抵は死ぬ。弱い個体であれば刃物で刺されただけで死ぬ。それに毒や空腹でも普通に死んでしまう。


「君がこの部屋に来る前、朝食時にはヒメも元気だったと聞いている。朝食から今朝までの間に何かあったのだろう」

「そ、うですね」

「わたくし! サラサはメイドとしての職務を果たしておりました! ずっと厨房で手伝いをしていたのでシェフに聞けばわかります!!」

「ふむ、サラサは仕事をしていた……そして息子は外出しており、私はデブラと共にいた。ここにいる皆がアリバイがあるのだね。……君以外に」

「そんな……俺じゃありません!」


 こんなセキュリティガバガバの来客用部屋なんだぞ!? 強盗だって入り放題じゃねえの?! いや、そういや活火山系筋肉兵士の三人は名の通った野郎達だとか聞いたことあるな!? 強盗はねぇか!


 あぁクソっ。こうしてヒヨコ執事が冤罪によって路頭に迷う運命が進んでいるのに全員見てみぬふりかよ!


 おい雇い主! ガチガチに守りを固めたいなら、家を一軒ペット用で準備出来るだろうが! ぬぁーにが、"抱かれたいNo.1ダンディのオーリエ様"だ! おこぼれ下さい。


 じゃねぇ。ジリジリと俺の所に迫り来てんじゃねぇよ筋肉兵士ズ。


 俺はゆっくり部屋の奥へと下がり、筋肉ズから距離をとりつつも、現実逃避をしていた脳みそを無理やり巡らす。


 俺以外の犯人を今すぐ、早急に突き出さねぇと本格的に経歴に傷がつく。俺が犯人にされてしまえば、次の就職先なんて絶望的すぎるだろうが。


 誰がやったか何か手がかりは無いか?


 全神経を客室に広げ……何やら、タタタタンと何かを叩く音が足元から聞こえてきた。視線を下げれば長男のイアンが絨毯に蹲っている。そしてイアンはいつの間にか手にしている魔動式エアコンのリモコンを連打していた。


 お前それ、どっから取り出したんだよ。


「絨毯が暑かったんだよね? す、涼しい部屋にしてあげるからね。この魔動式エアコンはすぐに効くからね!」

「おいロン毛や……こほん。イアン様、私が設定してあげますので、どうか大人しくしていてください。ほら」

「あっ……」


 このロン毛、リモコン取っただけで何ショック受けてんだよ。……つうか、気温設定がマイナス十度になってんじゃねぇか。押しすぎだろ。壊れるぞ。


 そういや、客室のエアコンってマイナス三十度まで下げられるんだっけか。


「ぐす、ぐすん……執事くん、そのリモコン、ここの客室のリモコンじゃありませんよね?」

「ここのじゃない? ……俺にリモコンの見分けがつかないのですが……サラサさんはなぜ分かるんですか?」

「え、えぇーっとねぇ。ずびっ、大体よ! 長年見てたら大体分かるのよ!」


 メイドはメガネを外してひたすら目を擦った後、ドヤ顔で俺に指差す。


「おや、入れ替わってしまったのかねぇ。ほらどうぞ、レディ」

「ありがとうございます……ぶびびっ」


 その後は商会長デブラがメイドに鼻紙を渡して部屋の入り口で仲良くしている。


 そういう事なのか。


「……皆さん、犯人が分かりました」


 俺の言葉に一気にざわつく室内。

 ふむ、とオーリエが髭を撫でつけた。


「……誰が犯人だというのだね?」

「えぇ、その前にどうしてヒメ様が死んだのか、に『ずっ、ぶびびー!』……ついて」


 俺が説明しようとした時、メイドが盛大にぶびぶびと鼻をかむ。汚ねぇなぁ。

 良いところで話を遮って……全く……。


「こほん……気を取り直して。ヒメ様の死因は……コイツによる凍死です」


 俺はスライムの死因を——リモコンを頭上に掲げる。


「リ、リモコンッ!?」

「正解でもあり間違いです。リモコンを使ったコイツですね」


 リモコンを魔動式エアコンに向けてスイッチを押すが、今いる部屋のエアコンに一切反応はない。当たり前だ。この部屋のリモコンじゃないのだから。


 それだけで今日一番のざわめきが空気に広がった。


「え、エアコン? 今は猛暑だぞ! ヒメが溶けちゃうじゃないか! 涼しい部屋じゃないとだめだろう!?」

「えぇ、イアン様、この魔動式エアコンは来客される方の環境に合わせられるように温度幅が非常にあるのですよ。……下はマイナス三十度までね」

「なっ、そんな……ぼ、僕じゃないぞ! 僕はただ涼しい環境にしてあげようとしただけでヒメを殺す筈ない!」

「えぇ、イアン様はそもそも屋敷の外にいらっしゃいましたから、犯人ではないでしょう。流石に屋敷の外からこのリモコンは使えません」


 イアンは涙で顔をシワシワにしながらも、少し安堵したような表情を見せた。犯人ではないと聞いたからだな。単純か。

 そして屋敷の主人オーリエも息子イアンが犯人でないと俺が言ったからか、発言がほんの少しだけ穏やかになった。いつもこのくらい優しくしてください。あと給料上げて下さい。


「ふうむ、君はなぜヒメが魔動式エアコンで凍死したと考えた?」

「どうしてそう考えたか、根拠はこれです」


 俺は割れた花瓶やアクアリウムに触れてみる。やはり、思った通りだ。ひんやりと冷たい。


「花瓶が割れているから、ですね。皆さん、触れてみて下さい」

「……なるほど、少し冷たい」


 オーリエ様がアクアリウムに触れて納得するように頷いた。


「……犯人はヒメ様が凍ってしまうくらいまでに、この客室の温度を下げたのです」

「エアコンでヒメが殺されたのは分かった。リモコンを使って遠隔で殺害とはね、そうなればアリバイなど有って無いものだろう」

「ええ、アリバイは意味が無くなります。犯人はこの部屋に入りリモコンを盗んだ後にスイッチをつけた……でも」


 俺は二人の人物にリモコンを見せつける。


「部屋に戻すときに失敗したのですよ。オーリエ様、デブラ様」

「リモコンを間違えた、ということだね」

「私たちのどちらかが間違えて持ってきたと? しかし私たちの客室はマリアン様も喜ぶほどきちんと冷えていたのだ。犯人は私たちではなく、事前に客室を冷やしておけたメイドではないかねぇ?」


 商会長デブラは俺が二人を疑っていると考えているようだ。

 しかし先ほども違和感を抱いたので、わざと二人に問いかけてみたが……。


「デブラ様、このリモコンは隣の客室のリモコンなのですか?」

「へ?」

「ほう」

「……デブラ様は先ほどこのリモコンは隣の客室と入れ違いになった前提で話していますが……私たちの誰もそんな事を言ってませんよ?」

「なっ……!?」


 驚き、目を見開く商会長デブラ。


「さっき君は私とオーリエ様に……!」

「えぇ、お二人に聞いた。それだけですね?」

「何だとッ! い、言い間違いなんて誰にでもあるだろう!? それにリモコンが本当に入れ替わったのか確かじゃない!」


 そんな時、俺たちがいる部屋の客室でエアコンが急に作動した。

 キンキンに冷えた風が轟々と吹き込んでくる。


 そしてまたこの客室に新たな来客が一人。リモコンを片手に氷の精霊が冷気を発しながらやってきたのだ。


「失礼致しますわ。先ほど客室の温度が上昇したので、下げようとしましたのですが……このリモコンが効かないようでして……ぇ」

「やはり、このリモコンは隣の部屋で合っていたんですね。客室はいくつもあるのに……入れ替わったのを知っているのは犯人だけ」


 妖精族マリアンは床のスライムの死体を凝視して固まっていた。だろうなぁ。


「ッ! どけっ、マリアン!」


 商会長デブラは丸い体から考えられないほどの速さで扉へ走る。

 しかし、筋肉兵士たちはそれを見過ごす筈が無かった。


「「「逃すか! 山脈プレス!」」」

「ぐえーっ!?」


 ワイン樽野郎が活火山系兵士たちに潰された。何かしらの中身は出てないので、うまいこと力加減しているらしい。


 そんな汗臭い山から、湧き出る湧水のように嗚咽混じりの鳴き声が聞こえてきた。


「……ぅ……ぐ……手に……私の手に入らないくらいなら……いっそのこと、と……うぅ……」


 …………ゲロったか。

 筋肉で覆われた人の山に近づく。

 暑い。人の熱気ってすげぇな。


「……デブラさん。ヒメ様に、スライムに痛みを感じるかどうかは分かりませんが、寒さは感じでいたんじゃないですか?」


 俺は分厚い絨毯……いや、分厚かった絨毯を指差した。


「消化液で溶けた絨毯からして……寒さに耐えかねたヒメ様は少しでもあたたかい所を求めていたと思います。……お前がやったのはこういう事だよクソ野郎」

「う……あぁそんな……ヒメ……」


 うわああと子供のように泣き叫ぶ商会長デブラは、兵士たちにより然るべきところへと連れて行かれたのだった。


 ***


 商会長デブラと活火山系兵士たちが客室から出ただけなのに、客室がやけに広く感じる。

 毎日こんなに広い部屋をいくつも清掃しつつ同時に別の仕事までこなす俺にもっと給料を出して欲しいものだ。


 この後始末として……マリアン様にタオルとかき氷を準備して、イアンも激熱タオルと……精神安定剤代わりに酒でも渡すか? いや、まずはヒメ様の写真でもあればそれを出させるか。簡易的か盛大にかは知らんが、ヒメ様の葬儀をしそうだしな。


 これからやる事を頭で整理していると、オーリエ様が俺の名を呼んだ。


「真実を突き止めてくれてありがとう。まさかデブラがヒメ殺しをするなんて思ってもみなかったよ」

「勿体なきお言葉、この屋敷の執事として当然の事をしたまでです」

「この後、私の執務室に来てくれ」

「は、はい!」


 キターーーーーー!

 絶対報酬だろ!?

 給料どんだけベースアップになるかねぇ!

 巷で話題の超即入眠枕が欲しいと思ってたんだよ! 後は前々から気になってた香辛料があるんだよなぁ。


「明日、新しく雇った人材が来るから、その教育担当を君に任せたい。ヒメの葬儀の諸々の関係が落ち着いてからで良い」


 全然関係ねぇわ。




 金一封は後で貰った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

スライム殺しの犯人にされました〜別にスライムが死んだくらいで……えっ!?このスライムお値段ウン億……犯人は俺じゃ無い!〜 蟹味噌ガロン @kanimiso-gallon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ