第12話 披露宴

「ロバート王子、おめでとうございます」

「エイベル侯爵、ありがとうございます。こちらが妻のリリーです」

「リリーです。よろしくお願いいたします」

「どうぞ、お見知りおきを」


 まずは一人目の挨拶が終わった。ロバート王子の方を見ると、いつもよりもきりりとした表情で、見つめ返された。私も気を引き締めて、前を向く。人の列が続いている。こんなにたくさんの貴族を覚えられるかしら? と私は気が遠くなった。


 次々にやってくる貴族に、ロバート王子は挨拶をし、私も言葉を添え握手をした。

 二時間くらいしたあと、ようやく列が途切れた。


「一息入れよう」

 ロバート王子は従者に言い、私の腕をとって軽食のあるテーブルに向かった。

 私は緊張ときついコルセットのせいで食が進まなかったが、ロバート王子は小さなサンドイッチを私の口に運んだ。

「すこしは食べないと、からだがもたないぞ?」

「……はい」

 私が手で受け取ろうとするとロバート王子は首を振って口を開けるように促した。

 躊躇したものの、大人しくロバート王子の手からサンドイッチを食べさせてもらう。


「仲のおよろしいことで。なによりですな」

「本当に。可愛らしいご夫婦ですわ」

 周りの貴族が囁いている。

 私は顔が熱くなるのを感じた。


「どうした? 一つでは足りないか? 次は何を食べる?」

「ロバート王子! そのくらい一人で出来ます」

「そうか。それなら俺はシャンパンを取ってこよう」


 ロバート王子がいなくなると、私の周りからは人が一人二人と去って行った。


「伯爵の娘が王子に取り入るとは……やるもんだな」

「どんな手をつかったのやら」

 耳に入ってきた嫌な言葉に私はふり返る。

 じろじろと私を値踏みするように見ていた目がそらされた。笑顔で会釈をすると噂話をしていた貴族たちはそそくさと去って行った。


「どうした? リリー」

 戻ってきたロバート王子はシャンパンを一つ私に渡すと、辺りをきょろきょろと眺めた。

「いいえ、別に」

「そうか?」


 ロバート王子の周りに人が集まってくる。

「さあ、そろそろ踊りましょう」

 ロバート王子の声を聞いた楽団がワルツを演奏し始めた。


「リリー、踊ろう」

「……はい」

 私はロバート王子のリードに任せて、ワルツを踊り始めた。

 ロバート王子は優雅にステップを刻んだ。その目は私をじっと見つめている。

 薄い青色の目に吸い込まれるように、私もロバート王子から目が離せない。


 ダンスを終え、ロバート王子と談笑していると、また来訪者から祝いを述べられた。

 ロバート王子と話しおわると、皆私には一礼をしただけで去っていく。

「私、歓迎されていないのかしら……」

 つい、つぶやいてしまいハッとする。ロバート王子が厳しい目をした。


「そんなことはない。誰かに嫌味でも言われたか?」

 ロバート王子があたりを睨む。

「いえ、そんなことはありません。いろいろな方とお会いして、少し疲れたのかもしれません」

 私は微笑んでロバート王子に言った。


「なにかあったら俺に言え」

「……はい」

 次の曲が演奏され始めた。


 ロバート王子は私をダンスフロアに誘った。

 私たちはダンスを楽しんだ。


 席に戻ると、国王たちが公爵たちと話している。

「とうとうロバート王子もご結婚ですか。これで王家も安泰ですね」

「アレンには及びませんが、ロバートなりに頑張ってくれることを期待しています」

 国王の言葉を聞いて、私は引っかかるものを感じたが、笑顔を崩さないように心掛けた。


「ロバート王子、おめでとうございます」

「ありがとうございます。兄上には及びませんが、妻と共に頑張りたいと思います」

「あ、いえ、その……」

 公爵はきまずそうに言葉を濁し、挨拶を終え去って行った。


「ロバート、いちいち真に受けるな」

 アレン王子が苦笑した。

「兄上、リリーの前で侮辱されたんです。黙っていられるわけがない」

 憮然とするロバートに国王が言った。

「これからもよくあることだろう。言われたくなければ行動で示せ」

「……ああ、そうする」


 不機嫌になったロバート王子の手を取り、私は微笑みかけた。

「ロバート王子、お祝いの席にそんな顔は似合いませんよ」

「ああ、そうだな」

 ロバート王子は私の手を取り指先に口づけすると優しく微笑んだ。


「引っ越しはいつにする? 明日か? 部屋の準備はできているぞ?」

「今週末にでも……」

「そうか」

 私は結婚をしたのだから、王宮にすることになる。

 王宮での暮らしに不安がないとはいえないけれど、ロバート王子がいれば頑張れるだろう。


 私はロバート王子から国王、王妃、アレン王子、レイシア妃と視線を移した。

 レイシア妃と目が合うと、レイシア妃は美しい笑みを浮かべた。

 私も微笑み返す。


「義姉上になにかされたら、必ず俺に言うんだぞ」

 ロバート王子が耳元でささやいた。

 私は何も言わず、頷いた。


 披露宴が終わり、来客たちが帰り始めた。

 ロバート王子と私は客たちに感謝を伝え、見送った。

 すべての客が帰った頃には、真夜中を超えていた。

 アレン王子が私に声をかけてくれた。

「疲れたでしょう、リリー嬢。侍女に言って、着替えては? 今日は王宮に泊まるのでしょう?」

「そうだな。リリーの着替えを手伝ってやれ。リリー、着替えたら俺の部屋に来い。一緒に休もう」

「……はい」


 私は心臓がドキドキして、目がくらみそうになった。

 新婚初夜って……そういうことよね……と汗が噴き出るのを感じた。


「リリー様、お召替えの準備ができております。こちらへ」

 侍女に促されるまま、私は着替えを済ませた。

 ロバート王子の部屋の前に立つ。


 侍女がロバート王子部屋のドアをノックした。

「リリー様をお連れしました」

「入れ」

 ロバート王子は長いリネンの寝間着を身にまとい、机の前の椅子に腰かけていた。

 私もネグリジェにローブを身に着けただけの格好だ。恥ずかしくてうつむいた。


「顔を上げたらどうだ? リリー」

「ええ、でも、こういうことは初めてで」

「心配するな、俺も初めてだ」


 私は顔を上げてロバート王子の部屋を眺めた。

 ロバート王子の部屋は、綺麗な宝石細工の小物や、宝石がちりばめられた地球儀が飾られた美しい棚があり、机の上には本が置かれていた。


「リリー、やっと二人きりになれたな」

 ロバート王子は無邪気に微笑んでいる。

「もう疲れただろう、休んでいいぞ」

「はい……」


 私は緊張したままロバート王子のベッドに座った。

 ロバート王子が近づいてくる。

 ロバート王子は私の前に立つと、私に覆いかぶさるような恰好をした。

 私が硬直していると、ベットの掛け布団を広げ、中に入る様に言った。


「大丈夫、今日は疲れただろう? 何もしない」

 私はロバート王子に微笑み返しベッドに入った。

 続いてロバート王子もベッドに入る。


「お前とこうして眠るなんて……不思議だな」

「ええ」

 ロバート王子は私の頬を指先でなぞってから、私の手を握り、目を閉じた。

 私はロバート王子の無防備な表情を見て、力が抜けるのを感じた。


 私たちが眠りに落ちるまで、そう時間はかからなかった。



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わがまま第二王子からの溺愛は、ご遠慮申し上げます 茜カナコ @akanekanako

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