第4話:恋の乗車駅

「大阪駅の反対側には天王寺駅があります。さて、JR環状線の内回り線と外回り線を使ったら、どっちが早く着くでしょう?」


「え? ……えっと、駅員さんに訊いたときは、どちらもほとんど変わんないって教えてもらったんですけど」


「うん、そうなんだけど、実は内回り線の方が一駅少ない分、外回りより二分早く着くんですよ」


「へえ」


「だからもし、二人が大阪駅で乗り場を間違えると、天王寺駅のたった二分の差ですれ違いになってしまう」


「ああ……確かにそうですね」


「同じ駅に向かおうとしたあなたと彼は、逆方向の電車に乗っちゃったんですね。天王寺に着いたら会えるかなって期待してる分、ああ、やっぱり出会えなかったって、ガッカリするんですけど……いや、そこで電車に乗るのも降りるのも本人の自由なんすけどね、どちらの電車も大阪駅にちゃんと着く。内回り線と外回り線、きっちり一周四十分。一回りすれば必ず出会える。線路はまだまだ続いているんだから、もうちょっと頑張ってみてもいいんじゃないすか。乗り続けていたら、いつかはその人に会えるかもしれませんよ」


「ええ……ホントかなあ」


「うん。多分、ですけど」


 やっとの思いで捻りだした解説に納得してくれたのか、女性は何度も小さく頷いていて、そうこうするうちに僕たちは道の先まで辿り着く。大通りを挟んだ目の前のビルにはJRの看板が煌々と照らされていた。車の往来が賑やかで、救急車のサイレンの音がどこかでしている。


 僕は本当、いい人過ぎる。せっかくのチャンスだったのに、女性を口説くどころか男女関係のアドバイスをするなんて。この悲しみを紛らわすために、夕飯は近江和牛をたっぷり使った贅沢三昧カレーにしよう。おじさんがすき焼きで食べたいって楽しみにしていたようだけど、この際だし、まあいいや。


 それじゃあここで、ありがとうございましたと会釈され、夜の秋風に髪が揺れると、季節外れの春の花がぱっと咲き誇るような香水が僕の元へ降りかかった。女性は駅方向へ続く歩道橋を上がって行って、その背を見送りながら、名前を訊けばよかったなあとほんの少し後悔した。


 ――まあ、音楽を続けていれば、いつかまた彼女と会えるかもしれない。


 線路はずっと続いている。これまでも、これからも。電車に乗り続けていれば、神様からの粋な計らいで、ささやかな奇跡がもたらされることだってあるだろう。朗らかな女性の笑顔を思い浮かべながら、近江牛カレーを楽しみに僕は揚々と帰途へ着いた。





 ――などという都合のいい幸せなんて、所詮は短くて儚いものだ。クラリネットのパートリーダーである、粟崎さんの事故の情報がもたらされたのは翌日のことだった。


 そして僕にはとんでもない試練が降りかかるのだが、この件については、また別の折にでも話すこととしよう。

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瑞河亜琉とフルートの女 nishimori-y @nishimori-y

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