第2話
横江は必ず置かれていた生き物を踏んだ。三日目からは置かれていると予想していたがあえて踏んだ。その後は必ず周囲を見渡した。犯人は何を望んでいるかわからない。でも自分への嫌がらせとしたら全然効いていないぞということをわからせたかった。
一ヶ月続いたとき、今日はセミの幼虫が置かれていた。いつもと同じように六本の脚はきれいにもがれている。もがれているところからはクリーム色の体液がにじみ出ていた。横江は踏みつける前にあたりを見渡した。隣近所も道路を挟んだアパートからも誰からも見られている様子はない。横江は蝉の幼虫をつまみ上げた。脚の無い茶色い体は腹の部分をうねうねと動かしている。仮に踏みつけなかったとしても足が無ければ成虫になることは難しいだろう。
横江はセミの幼虫はそのまま口の中に放り込んだ。一口噛んでみると、パリッと音がした後に口内にじわりと広がる体液を感じた。独特の臭みがあるが我慢できないほどではない。少し気持ち悪かったが、横江は咀嚼を続けた。意外と食感がしっかりしていてエビのようだった。しかし味はエビと程遠く、どちらかと言うとアーモンドやナッツのような木の実の風味がした。脚がない分、食べやすかった。
咀嚼して原型がなくなっただろうタイミングで横江は飲み込んだ。もう一度周りを見渡した。しかし、虫を置いた犯人はいないようだった。横江は口の中を開けて見せつけてからエレベーターへと向かった。
横江が蝉の幼虫を食べてからも玄関の前に虫や爬虫類を置かれることはなくならなかった。犯人のレパートリーがなくなったのか、以前と同じ虫が置かれるようにもなった。横江はその度に口に入れて食べた。カタツムリのときは、海外でナメクジをふざけて口にした人がなくなったニュースを思い出し、そのまま食べるのを控えた。代わりにスマートフォンでカタツムリの調理法を調べ、熱湯でゆで上げたあと、醤油を垂らした。調理したカタツムリは玄関の前で食べた。
それからは玄関の前に虫が置かれることはなくなった。レパートリーが本当になくなったのか、寒くなってきて生き物が取れなくなったのか、嫌がらせをしても効果がないと諦めたのか、横江には見当がつかなかった。
横江はチーズを巻いて素揚げしたカマキリをバリバリ食べながらいつも通りエスカレーターに向かった。
死骸 佐々井 サイジ @sasaisaiji
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