この世界の治安は割と終わっている

 昼時になり、食事の為に町へと帰り。


「おいおいおっさんよぉ、そこのシンディが誰の仲間か知ってて手ぇ出してんのか? あぁ?」


 帰る途中で、そのような絡み方をされる。見れば20代前半だろうか、3人の男達。槍使いが2人に大斧使いが1人で、おそらくは冒険者の一党なのだろう。


 俺は基本的に1人で生きてきたが、こういった徒党を組み依頼を受けるのも珍しくはない。依頼によっては多人数である事を前提にしているものも多く、制度化こそしていないがある程度固定の仲間で集まる事も少なくは無い。


 しかし俺はこの町に来て一度しか冒険者ギルドに行っておらず、魔女を斬ってから報告もせずに酒を飲みに行き今に至る。という事で目の前の男の事はかけらも知らない。


「お前、仲間が居るんだったら言えば良いだろう。弟子になるかならないかはともかく」

「いえ、師匠より優先すべきことはありませんし……そもそも僕と彼らは特に組んでいる仲間でもなく、依頼で一緒になりやすいだけですし……」


 食い違い。まぁ俺も馬鹿ではないので、目の前の冒険者一党が弟子に欲などを抱いているのだろうなぁという事は分かる。しかし無理やり手籠にしないとなれば、善良な類か弱いかのどちらかだろう。


「てめぇ! 多少腕が立つからってそういう認識だったのかよ!」

「おいおいおい、そりゃねぇぜシンディちゃん」

「ったく、つれないと思ったらオッサン趣味だったんだな」


 ところで善良な冒険者などそうそう居るだろうか。無論そういう理想論を語るタイプの人間もいない事は無いだろうが、ある程度慣れてしまえば大抵はそうではなくなる。


 つまりはまぁ、そういう事だ。おそらくまとめ役に近いのだろう、最初に声をかけてきた大斧使いを始め、槍使い2人も武器を構える。その様はまぁ素人よりはマシ程度。


「一応聞いておくが、仲のいい友人だとか、特段生かしておいた方が良い理由はあるか?」

「いえ、特に」

「おいおいおい、おっさんカッコつけはやめといた方が良いぜ?」

「ったく、シンディが居るから勝てるとでも思ってんのか? 人数はこっちが上だぜ」

「この疾風のゲイル様に刃向かった事を後悔して死ね!」


 斧の振り上げ、間合いの詰め方、槍の握り。何一つとて才能を感じさせるものはなく、そもそも彼我の実力差に気が付きもしない。で、あるならば。


「一応聞こえているうちに、名乗られたからには名乗り返しておこう。名はミール、称号は……多すぎてどう名乗るのが正解か……そうだな、昨日弟子に言われた通り剣聖を……おっと、もう聞こえていないか」


 剣を抜く必要もない。そもそも舐められたら殺せの業界、手段を選ぶ必要も配慮の必要も無い。となれば1番手っ取り早く済むようにするのは当然。


 ずるり、と縦に真っ二つ。剣を抜いても同じように出来ていただろう事を、どうしてインチキで成し遂げられなかろうか。魔法の斬撃は意のままに。


 町の中、唐突に繰り広げられる惨劇は。しかし悲鳴の一つも上がらず、それがこの世界の治安の悪さを如実に語るようで。


「こいつらのおかげで思い出したが、依頼の報酬を貰いに飯の前にギルドに行こうか」


 それにすっかり慣れた俺も、まぁ善良とは言えない部類の生き物なのだ。


















「いやはや、恐れ入りますな。軍すら退けたあの万魔の魔女すらお一人で……流石は高名な剣のミール殿!」


 ギルドに着き、報告をするだけの筈が別室に通される。この町のギルド長は商人なのだろう、貴族にしては庶民的で、冒険者上がりにしては暴力の気配がない。


 でっぷりと脂の乗った手を揉むようにしてのおべんちゃら、あからさまに下手に出る態度。いわゆる悪徳商人というイメージそのものな男のにやけヅラは、別に楽しいものでもないが。


 とはいえ昨日の今日で魔女の討伐を把握している以上、きっちりと仕事が出来るタイプだ。であるなら、すぐにここまで来た甲斐がある。


「当然報酬の方はきっちりお支払いさせていただきます。おいっ!」


 そばに居た職員の抱えていたずっしりとした袋。机の上に置かれたそれを開き、100枚あるだろう中から4枚の大金貨を抜き、改めた上でギルド長の方に滑らせる。


「確かに。その上でだが『迷惑料』だ」


 さぁっとギルド長の顔が青褪める。流石は一組織の長、それも商人の系統。頭の回転は早く、噂話などもきっちりと把握しているのだろう。


 その上で、今回のこれが『何の』金かを考え、最悪のパターンなどを想定すればまぁそういった反応も頷ける。凍りついた空気を気にせず、何でもないように続ける。


「確か疾風のゲイルだったか。襲い掛かられて仕方なくな」

「お、おぉそうでございましたか……いや、分かりました。今後は決してそのような事は……」

「まぁ戦力が大事ならそうしろ」


 少なくとも町丸ごと根切りにはされず、自分の命が脅かされる事はないと理解したのだろう。一冒険者である俺だが、まぁ知名度や実力、過去のやらかしを考えればこういった対応にもなる。


「しかしそうですか……あやつらとなると、シンディは少し惜しい事になりましたなぁ……」


 ふむ? この反応、あの連中と弟子はそこそこ目を掛けられている上に側からは一党に数えられていたようだ。


 ……そういえば本人からは名前を聞いて無かったな。まぁ別に良いか。経緯や過去など特に気にする事でもない為、聞きたいこともないし黙っていても良いのだが……


「あぁそいつは生きているぞ。とはいえ俺の弟子になったから仕事をする事は減るだろうが……」

「!?!? いや、失敬、そうですかそうですか、ふむ、なるほど……」


 おそらく様々な情報が頭の中で巡り、算盤を弾いているのだろう。その結果で俺に不利益が生じる事は恐らくない。むしろ有益になるよう立ち回るだろう。この世界でふくよかな人間とはつまりそういう存在だ。


 むしろこちらが何を望み、どう動きたいかを伝えた方が付き合いやすいまである。その辺りは単純な暴力で権力まで持てる世界の治安の悪さに感謝するまである。


「しばらくはこの町に滞在する予定だ。用があれば使いでも出せば話を聞こう」

「おぉ、それはそれは! では何かありましたら、ご連絡させていただきます! っおい! お帰りなされる!」


 そういうことで、別室を後にするのであった。

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剣士だと思っていましたが、30歳で魔法使いであったことを知りました @youqhosy

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