彼は自分に才能がないと本気で思い込んでいる

 俺の魔法は切断に関しては規格外になんでも斬れる。というより、異世界だからと勘違いしつつも、前世のゲームや漫画、アニメの技を再現できる程度には『なんでもあり』に近いものだ。


 それこそ距離や時間、ある程度の概念すら斬ってしまえるそれは、魔法だと認識し意識してしまえば最早剣を振るう必要すらなく。自身の中の2日酔いを斬り捨ててしまえば意識とてはっきりする。


 やはりインチキ、ズルと呼ぶより他にないそれを意図的に封じながら、音を立てて打ち込まれた剣に握った剣をそっと添えるようにして。


 ぴったりと磁石でくっついたかのように離れない剣を弟子の手から巻き上げ、無手で呆然とするその首を一閃。これは一度観て覚えた技の中でも中々に驚異的なもの。


 首を斬られたはずの弟子は、しかし頭が跳ね飛ぶ事もなくその場で惚ける。なんでも斬れるという事は何も斬らずにいられる事。技にこそ混ぜない魔法もこう使うのであればマシな使い方だろう。


「どうだ、今のは覚えられそうか?」

「はっ、はっ、はっ……が、頑張ります!」


 息を荒げながら、自分の首が繋がっている事を確かめる弟子。もし俺がその気であれば既に10回は……いや、そもそも首は1回跳んだらそれで終わりなのでその場合は1回だが、ともかく何度もそのような感覚を覚えているだろう。


 痛くなければ覚えませぬ、とまでは言わないが、少なくとも言葉で説明した所で感覚というのは伝わらない。観て覚えるよりも、実際に受ける方がよほど分かりやすいだろう。


 加えて言えば、生死のかかった状況ほどより必死になるのが人間。錯覚とはいえ首が跳んでいるのだから、おそらく相当に必死になれるだろう。


 と、言い訳を並べた所で正直に言えば俺に弟子を指導する才能などないというのが全てなのだが。剣を振るう様を見せる、実際に技を掛ける。その程度しか出来ない不甲斐なさ。


「……今日はこの位にしておこう」

「はっ、はいっ……ありがとうございました!」


 頭を下げ、直後にどさりと膝から崩れ落ちる弟子。体力が無いなどと馬鹿には出来ないが、それでも現状では中の下と言ったところか。肉体的にはまだ余裕がありそうだが。


「2本目の打ち込みと最後の打ち込み、それぞれ1番殺意が乗ったものと無心で放てていたものだ。逆に1本目は遠慮が多かった故にあまり良くはなかったな。覚えておくと良い……それから、お前が振るうならこうするのが良い」


 こちらを観ているのを確認した上で、ただ剣を振るう。魔法ではなく、数多くの剣士の屍の上に成り立つ技としての剣。それは音もなく、しかし鋭く速い。


 2度、3度と振り、よく観せる。無駄を削ぎ落とし、肉体を最大限に効率良く動かす手法。俺がこの世から葬った美しさの一端。


 更には重心の移動から始まり、事の起こりを極限まで削減した上でただただ自然に、意を消し威を成す技を踏まえて。


 想像の相手に対し、最高効率での一太刀から、あえて拍をズラし惑わす剣まで。しっかりと目に焼き付くように、丁寧に。才などと勘違いしていた己の児戯とは比較にならぬ、洗練された技の模倣。


 獲物さえ上等であれば、只人の身で竜すら切り裂けよう技。それを俺はただ全く違う摂理にて台無しにしたのだと、そう理解した上で贖罪とばかりに振るう。


 凪いだ深い海のような剣聖の技。雷のように荒々しくも鋭い剣鬼の技。音すら立たせぬ暗殺剣にも似た剣魔の技。それだけではない、屠ってきた数多の剣、その全てを無駄にしてはならないのだから。


 100ほど振った所で剣を納める。相反する技術すらあり、無限に広がる剣の型。とかく利点を組み合わせ、昇華し、彼らの輝きを最大の物としつつ最小限にまとめてもそれだけの数が必要で。


 対人、対魔、環境、自身の状態。それら全てを考慮すれば『最高の一太刀』は常に移ろい、しかしそこに辿り着く為の数多の研鑽、技術、判断能力その他多くのものは確かに普遍性を持つ。


 そんなことを、その先にすらない邪道を持って全てを踏み躙ってきた俺が言うのはきっと冒涜に過ぎないのかもしれないが。自戒を忘れず、贖罪のためそれを為さねばならないのだから。


「……俺やお前の振るう長剣であれば、今のようにするのが良い。無論越えれるのならばなお良い、というかいつかは越えてもらうが」

「……い、今の神技のような……剣の理の極地のようなものを……?」


 少なくともこれまでの人生において、20年以上剣を振り一度も己の未熟さに気が付かなかった俺に対して、ただ一度一連を見ただけで『剣の理』を理解できるのであれば。その才能はきっと俺などよりもよっぽど上等に違いなくて。


「お前には才能がある。俺よりよほどな」

「??????」


 素直に言葉にしてみると、何故か弟子はポカンとしていた。まるで『正気かこいつ』とでも言い出しそうな顔をしていて、そういえば竜を斬った時に近くに居た連中も似たような顔をしていた事を思い出す。


 あの時は確かブレスを斬り払い、空から翼ごと斬り堕とし、最後に首を斬り刎ねた上で『剣士なら鍛えれば誰でも出来る』的な事を言ったのだったか……


 無論前世では考えられないような事でも、実際に自分が出来ているという事で言った訳であるが……こうして魔法を抜きに剣を振っていると、少し考えさせられる。


 そもそも人の能力が前世よりも高く、魔術などがある世界。俺では辿り着けない境地とてあるはずで、今の時点でも手さえ届けば竜の首は素の状態で斬れるだろう。


 ……そう考えれば、別に的外れな事は言っていないのではないだろうか? つまり、そのような表情をされる謂れは無いという事になる。


「何、俺の弟子なんだ。そのくらい出来るとも」

「……も、もしかして早まったのでは……」


 あぁ、確かに剣の頂までの道のりはきっと早まるだろう。安心して欲しいぞ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る