見知らぬ弟子が現れた!

「はぁ……」

「旦那、飲み過ぎですよ」

「ん、あぁそうか……帰るよ、勘定だ……はぁ……」

「ちょ、多いですよ旦那」

「チップだ……はぁ……」


 憂鬱に近い気分を酒で誤魔化し、きれずに延々と溜息を吐く。金なぞ余るほどあるし、稼ぐ手段などいくらでも。自慢にもならないインチキのおかげで。


「はぁ……はは、ははははは! ……はぁ……」


 いっそ笑えてくる程で、笑い声を出した上で虚しさに息を吐く。


 同じ舞台で生きていると思っていた筈が、素晴らしい人々に単なるズルで勝っていたという事実。剣士であるなどと思い込んでいただけのおままごとのような人生。


 何が胸踊る闘い。一方的に違う土俵で闘い不当な手段で勝っていただけ。それを誇って自慢して、なんとも滑稽な人生。


「間抜けだ……馬鹿だ……」


 自覚してしまえば魔法を使うのは簡単だった。およそ斬撃という現象を自由に操ることのできるそれは最早剣など必要とせず、それどころか何かを振るう事もなく思った通りに斬る事が出来て。


「こんな……こんなもの……こんなもの……」


 それは魔法に対してか、あるいは腰にぶら下げた最早無用の長物か。酔いの回った頭では判別も出来ぬまま、八つ当たりのように剣を捨てようとして。


「……師匠? 師匠ではないですか!」


 そんな声を掛けられて、動きを止める。キンキンと脳に響くような甲高い声。酔いも相まって本当に響き。


「あれ、師匠? 随分と顔色が……師匠? 師匠!?」


 どさりと倒れたのだろう。なんだか慌てるような声が脳に響き、響いて。そうして俺は意識を手放した。











 目覚めると、地面とは違う感触。安宿の、藁だけ敷かれたベッドとはいえ少なくとも木や地面よりは余程上等であり。


「うっ……」


 ズキズキと痛む頭と胸焼け。ぐったりとして目を開けるのも億劫になり、いっそもう一度寝てしまおうかと思ったところで。


「あぁ師匠! 目覚めたのですね! 良かった!」

「うぉ!?」


 ただただ脳に響く声で叫ぶようにそう唱えられ、手を握られる。よく剣を振っている、鍛えた手だと思った。


「み、水……」

「どうぞこちらをお飲みください!」


 驚いて上半身を起こし、酷く渇いた感覚を覚えて口から溢れた言葉。それに素早く反応し、すぐに差し出された水を飲む。


「助かった、ありがとう」

「いえ、師匠の助けになれるなど光栄です!」

「その、少し声を落としてくれるか……頭に響いてな……」

「あ、すみません……」


 きんきんと響く声が、まぁ綺麗な鈴の音程度にまで落ち着き。水を飲んだ事もあってか少しづつまともに思考できるようになっていく。


 師匠、師匠ね……師匠、とは? 自分が呼ばれていた呼称を思い返すに、目の前の人物は弟子という事になる。


 ゆっくりと目を開けつつ、ちらりと流し見るように視線を向ける。まず目に入ったのは緑、その眼差しには心配と尊敬、それから失態を犯したとでも言わんばかりの罪悪感。


 形としてはつり目がちだろうそれがしゅんとしていればいやに目を惹くというものだろう。その上でそうさせたことに視線が泳ぎ、上へと向かう。


 目にかからぬようにか後ろに束ねられた髪は雪原を思わせるような銀。色白い肌も合わされば透き通った、という印象を受ける。


 まぁ美人だ。声からして女だろうとは分かっていたが、おそらくは一回りほど歳下の美人。少なくとも早々記憶からは消えないだろう人物。


 果たして記憶を遡る。弟子、など取った記憶も無いが、そもそも会ったことがあるだろうか……単なる人違いでは無いか?


「あー、なんだ、人違いとかしていないか? 親切にされておいてなんだが弟子なんて……」

「え? あ、いえ、師匠ですよね? 剣聖ミール様を見間違えるわけ……」


 俺だ。自己嫌悪すら抱きそうな称号まで含めて間違いなく俺だ。


「人違いでは無い……が、すまん。記憶に無い。忘れた。誰か分からん」


 全くさっぱり記憶にない。剣聖なんて呼ばれているからにはここ10年辺りかとも思うが、弟子なんて知らない。


「え、あ、そうです、よね……15年は前ですし、僕が勝手に師匠なんて言ってるだけ、ですよね……」

「15年前……?」


 記憶を手繰る。旅を始めて5年の頃……名が売れ始めてから方々を旅して、依頼を受けたりこちらから挑んで様々な剣士を斬り捨てた頃……


 ほんのりと、どこかの町で銀髪の子供に剣の振り方を教えて悦にいっていたような……そんな事があったような気がする。


 そもそも請われれば簡単に剣を振るうのもあり、確かに誰それに剣の振り方を教えるなどという今思えば増上慢にも程があるそれを度々していたような……


「いや、ほんのりと思い出した……そうなると、確かに剣を教えた弟子と言えなくもない……?」

「いえ、そんな、師匠は僕の憧れの師匠ですが、弟子だなんてとても畏れ多い……」


 そう言いつつも満更でもなさそうな嬉しさの滲み出る顔をする。そしてその顔に、そんな大層なものではない自分自身を思い出して罪悪感に苛まれる。


「いや、俺こそ師匠なぞ呼ばれるようなものでは無い」

「そんな、僕がこうしてそれなりにも冒険者をやれているのは師匠のおかげに他なりません!」

「そんな事は無い、単にお前に才能があっただけ……いや、努力も忘れずに歩み続けたお前自身のおかげだろ。手で分かる」


 俺などよりもよほど鍛錬を積んだのだろう、硬く、それでいて柔軟さを失わない手を取る。


「美しい手だ……」


 そして、俺はそういった努力を踏み躙ってきたクソだ。自己嫌悪で力が入ってしまったのか、びくりと手が震える。


 見れば顔を真っ赤にしていて。第三者から見て、明らかなセクハラであると久々に前世の記憶が語りかけてきた。


「あぁ、すまない。女性の手を不躾に触ってしまった。悪かった」

「ひゃい、いえ、僕は、僕なんかの手であれば……師匠なら……ゴニョゴニョ」


 じわじわと俯きながら次第に小さくなる声に半分も聞き取れなかったが、おそらくは怒っているのだろう。


「助けられた礼と詫びに、何か俺にできる事はあるか?」

「ひぇ!? そんな、むしろ僕が師匠に恩を返す立場で」

「出来る範囲にはなるがなんでもする」

「な、なんでも!?!? そ、その、け、けっ、けっk…………剣を! そう剣! 正式に弟子として、剣を教えていただいても!?」


 一瞬目をグルグルさせながらも、勢いよくそういう女。そんな資格は無いと断ろうとしてから、ふと気がつく。


 俺が今まで踏み躙ってきた剣士の技。それらを誰にも伝えず、無駄にしてしまう事こそ本当の侮辱なのでは?


 これは天啓なのかもしれない。これまでの罪を償う機会。インチキではない、本当の剣の頂、そういった存在を生み出すこと。


「あぁ分かった。お前は今から俺の弟子だ」


 俺の踏み躙ってしまった全てをきっと遺そう。そしてどうか、俺を超え、真の剣の頂に。

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