剣士だと思っていましたが、30歳で魔法使いであったことを知りました

どうやら魔法使いであったらしい30年の軌跡

 前世の記憶、という表現がある。一般的には前世は魚で悠々と海を泳いでいた記憶があるだとか、カマキリとして最期は鳥に食べられたので鳥類が苦手ですだとか、そういった同じ世界で前どんな生き物だったか、という話だ。


 一方で、一部の界隈では前世の記憶といえばいわゆる『オレツエー』をするための方便というか、まるで脳内がワールドワイドウェブに繋がっているかの如き多種多様な知識をぽろぽろと溢す……どころか溢れさせる理由付けみたいなものとして使われていた。そんな記憶があるのも、俺が後者の意味での前世の記憶を持っていたからである。


 当然ながら広範にわたる膨大な知識などは無く、そもそも最初から明確な人格を引き継いだわけでもなく。産まれた時から存在していた記録を咀嚼し、飲み込み、反芻することでやっと記憶となり。


 常に夢でも見ているかの様にぼぉっとした幼少期を終える頃に、今度は急に賢しくなった大人みたいな奇妙な子供が出来上がったというわけだ。


 もし世が世なら悪魔憑きなどと言われて火にでも焚べられかねない私が今も無事に生きているのは、別に知識として存在する現代日本とやらの治安の良さのおかげではなく、むしろ文字の通りに世界の違うこの世の治安の悪さのおかげであった。


 一言で言い表すならば剣と魔法のファンタジー。まぁそう呼ぶよりもゲームみたいなと言う方が早いだろうか。別に能力値を数値としてみれたり物理法則が荒ぶっているわけではなかったが、私にとっては本当にゲームのようなものだった。主に才能と呼ぶべきものが原因で。


 まず最初に、私の両親は冒険者と娼婦であった。無論職業に貴賎はないなどと前世の記憶の良識というものは言ってくるが、そんなものはこの世界では非常識であり。


 よくある優しい物語のように身請けした後に愛の結晶がなどという美談ではなく、商品を面倒なことにした客がたまたまある程度の実力と金があったので様々問題や暗い事情を抱えながら産まれたという、そこまで祝福されていない出生。


 いやに大人しくぼぉっとしているが生きているうちは金が引き出せるし、そのうち雑用でも仕込もうかという算段で生かされていた俺はしかし、5歳を過ぎる頃には金勘定を任され、7歳になる頃には娼館を半ば掌握していた。


 まぁちょっとした本一冊にはなりそうなそれhあくまで前世の記憶のおかげであり、才能の方は全く別の事であった。結論から言えば、剣を振る才能だろうか。


 太さでいえば己の胴を超え、高さで言っても身長の半分は超えそうな木材に子供のチャンバラで使うようななんか良さそうな棒を無造作に振り下ろし。


 音もなくするりと抜けたそれを違う方向からも数回。それから蹴りを入れてやればようやく斬られたことに気がつきましたと言わんばかりにバラバラと良いサイズの薪になる。


 前世の記憶における常識ではあり得ず、物理法則に明らかに反してはいたが、まぁ異世界ともなればそういう事もあるだろうと納得しつつ。自分で自分の才能を明確に意識できた喜びは大きかった。正直興奮した。


 生きていくというだけであればそんなものはなくとも金勘定だけしていれば十分だっただろう。表向きには母の為にも見られそうなちょっとした前世の知識を用いたサービスの展開なども、レッドオーシャンとして儲けを生んで。


 10歳を数える頃には、知っている人間は誰も俺を子供として扱わない程度には色々とやって。当然のように差し向けられた人攫い、強請りたかり、果ては専業の暗殺者を土の下で眠らせながらも、俺はもっと自分の才能を磨き、試したいと思っていた。


 より多く、より強い相手を。そう思いながら棒振りをして、他の組織が無くなったことで手に入れた商売を飲み込む。1つの町の薄暗い商売を全て牛耳るまでに1年も掛からず、それは俺が剣を振るうに足る真っ当な理由を失った事を意味していた。


 そんな折に、今生の父親が仕事に失敗して転がり込んできた。片目が見えなくなり、片腕を喪い、それでも命と一般人以上の戦闘力を保っていた父親に全部丸投げして家を出たのは、まぁ親孝行と言っても良かったのでは無いだろうか。


 子供1人なら2月は生きていけるだけの金子とその他最低限の旅装だけ持ち目指したのは、より大きく発展した街。そこで俺は一旦冒険者としての身分になる。


 冒険、などといえばどことなく未知を解き明かすドキドキワクワクな旅や戦いなどを思い浮かべるものだが、この世界においては危険を冒す、の言葉通り傭兵業を始めとした暴力の何でも屋のようなもの。


 冒険者ギルドというのも世界的な普及率と絶大な権力があるものではなく、街や町によって多少異なるが貴族や商人、もしくは上がりを迎えた元冒険者が纏めている同業ギルドの一種だ。


 つまり薬草を取ってきても魔物を倒してきても一定の金額、つまりギルドが定めた額で取引するという談合組織であり、そこに参加する職人の一種になったというわけで。


 登録時にあったいざこざのおかげで舐められるという事もなく、表裏選ばずに仕事を受けていればあっという間に『それなりに名の売れた』層に仲間入りである。


 そうもなればある程度金の回りも良くなり、選べる仕事も増え、剣を振るう機会も同様に。益々冴える技量は前世でいう漫画やゲームの技すら再現でき、やはり異世界というのはすごいなぁなどと思いつつ。


 若さのままに駆け抜けて、10年もする頃にはおよそ剣に因む様々な名前で呼ばれるようになっていた。剣鬼、剣聖、剣魔……いや、まぁそう呼ばれていた連中が土の下で眠るようになり、それを下した俺がそう呼ばれるようになったわけだが。


 大層な名で呼ばれている強者との闘いは胸が躍り、こちらの飛ぶ斬撃を軽々躱し牽制にもならんとばかり踏み込むそれを、更なる剣撃で迎え入れる。


 小手先の技など必要ないと言わんばかりの一撃を、剣ごと両断すれば済むのが大半であったが。中にはそれすらもするりと抜けてくるものだからたまらなかった。


 それら全てを糧にして、人魔問わずに斬った日々。胸躍った日々も、俺が頂点だとされるようになってからは影が差した。


 挑んでくる剣士はおらず、挑むべき剣士もおらず。鬼を斬り、邪霊を斬り、竜を斬って。そうして相対した『魔女』に言われた一言が、俺の旅を終わらせた。


「あぁ、魔術は愚かワタクシの魔法すら斬ってのけるだなんて……なんて純度の高い想い……美しい魔法……」

「……魔法だと? 俺は魔術の才は無いぞ?」

「こふっ……ふふ、魔法とは魔術とは非なるもの。才と想いあればこその……そう、そうです……の……」


 剣と魔法のファンタジーと、そう評したこの世界で魔法に興味を持ったことはあり。そして基礎の魔術すら発動できず、火の一つも起こせぬと諦めて捨てたそれ。


 しかし事実は異なり。大衆が使える魔力を用いた現象を起こす魔術と、世界の法則すら改変する魔法。つまり物理法則すら超えた我が斬撃は、剣士の技量ではなく魔法による産物であった。


 つまり、剣士の真似事をする魔法使い。それが俺の正体で、自身で思っていた剣を振る才能なぞあるかどうかも分からず。丁度30歳、そこで俺は初めて自分が魔法使いであると知ったのだった。

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