第7話 ちゅ~したいって言え!

「わたしと、ちょっとだけ遊んでくれるとうれしいな♡」


 甘えた声の先輩のおねだりに、


「遊ぶ? いいです、けど」


 僕はドキドキしながら答える。


「じゃあ、後輩くん。(ピー)って言ってみて?」


 それ、さっきも言えってねだってきたセリフだ。

 そんなに言わせたいんですか。


「そういう遊びですか」


「ダメ?」


「ダメじゃ……わかりました」


 僕は先輩の耳元で、


「(ピー)」


 彼女が求める言葉をつげた。こんなエッチな言葉、めっちゃ恥ずかしい。女の子に言っていい言葉じゃないし。


「うわっ! いいね、照れるね、気持ちいいね♡」


 気持ちよくはないけど、照れはする。


「じゃあ今度はわたし」


 僕の耳元に唇をよせて、


「わたしも、後輩くんが好きだよ♡ きみがわたしを好きって言ってくれて、うれしい」


 思ってなかった言葉に、先輩を見る。

 彼女は笑顔だった。照れてるとか、恥ずかしいとか、そういう表情じゃなくて、純粋なよろこびの顔だった。


「ふたりきりだもん。わたし、ドキドキしてるよ? 後輩くんも、ドキドキしてる?」


 僕の心臓の上に、先輩が手を当てる。


「これ、遊び……ですよね」


「どうかなー? どうだろうね。どう思う?」


 そんなに、顔を寄せないでください。

 きれいな唇から、目が離せなくなります。耐えられません。


「どこ見てるの? ちゃんと、わたしを見て」


「は、はい……」


 見つめ合うだけの僕たち。

 やがて、


「もう! なんで黙ったままなの! ダメな子だね、ちゅ~したいって言ってみろ! ちゅ~したいって言ってもらいたいの、わかってよ!」


 怒られた。


「ちゅ~したい……です」


「はい、よく言えました♡」


 にっこり微笑む先輩。いつものきれいなお顔じゃなくて、子どもっぽくてかわいい笑顔で。


「わたしも、したいよ」


 そして重なる、僕たちの唇。


 重なったのは唇だけじゃなくて、身体も。先輩に押し倒されて、ベッドに背中がつく。その動きの中で、右手に柔らかな感触が収まってきた。


 こ、これって!


 先輩が顔を引いキスを終えると、


「おっぱい触っていいとは、言ってない」


「す、すみません」


「おっぱいモミモミは、けっ、結婚してから……だよ」


 は?


「だっ、だって結婚してないのにエッチなことしちゃダメでしょ!? あ、赤ちゃんできちゃうでしょ!? 困るでしょ!? (ピー)に(ピー)するのは結婚してからっ!」


 はぁ、そうですか。エッチは結婚してからですか。急に常識的なとこぶっ込んできたな。


「じゃあ、いつ結婚します?」


「そんなにガッついて! おっぱいもみたくしてしかたないんだね!? 男の子はケモノだねッ」


 あー、説明難しいな。


「それもありますけど、ちゃんと結婚の約束をしておいたほうが、安心できますので」


「安心?」


「だって先輩にも、僕と結婚するって意識を持ってほしいです。僕はもう、先輩と結婚するつもりなんですけど。速攻で覚悟完了させましたけど」


 彼女は少し考える顔をして、


「う、うん。結婚は……後輩くんが就職してから?」


 就職って、現実的だな。こういうところは、やっぱりちゃんとした人なんだよな。安心する。


「じゃあ、それで。約束しましたからね」


「はい、約束しました。これ、婚約でいいんだよね?」


「もちろんです。結婚するつもりもない人に、ちゅーしたいなんて言いません」


「そ、そうだよね。わたしもだよ♡」


 なんで、よだれ垂らしそうなエロい顔するんですか。恥ずかしげに微笑ほほえむとかじゃないんですか。


「じゃあ先輩。今は、エッチな言葉だけでガマンですね」


健全けんぜんでいいでしょ?」


 健全か? エロい言葉を言い合うんだろ? むしろ変態プレイなんじゃないのか。


「結婚したら、後輩くんの(ピー)に、(ピー)なことたくさんしてあげるね♡」


「はい。僕も結婚したら、先輩の(ピー)にたくさんキスして、エッチな声をたくさんもらいます」


「キッ、キス!? (ピー)にキスしてくれるの!? それは現実にありえるの? エッチな動画やマンガだけのプレイじゃないの?」


 エッチな動画やマンガ見てるのか、この人。18歳になってるし、大丈夫なのか?


「なんですかプレイって。エッチな言いかたやめてください」


「だ、だってプレイはプレイでしょ!? (ピー)にキスなんて、(ピー)で(ピー)を(ピー)するのと同じでプレイでしょ!?」


 (ピー)ばかりでなんのことかわからないだろうけど、全然違う。後半のは一生経験しないだろう、変態プレイだ。下手すれば警察のお世話になりそうな。


 と、先輩は僕から離れてベッドを下りると、


「ちょっ、ちょっとごめん。わたしトイレ行ってくる……すっきりしないとヤバイかも」


 なにがヤバイんですか。おしっこですか、ならいいですけど。


「いつもはベッドでしてるけど今は後輩くんが座ってるし、さすがに先輩としてここで始められないわ」


 確実におしっこじゃねーよ! 先輩としてじゃなく、人間としてやっちゃダメでしょ。

 僕は、慌てた様子で部屋を出て行こうとする先輩の腕をつかんで、


「すっきりは、僕が帰ってからにしてください」


 引き寄せて抱きしめた。


明日あした、時間ありますか」


「う、うん」


「じゃあ、デートしてください。手をつないで、恋人のデートです」


「……はい」


「外でエッチなこと言っちゃダメですよ?」


「周りに誰もいない、ふたりきりのときならいい?」


「ダメです。言いそうになったら、キスで口をふさぎます」


「なっ、なにそれ♡ キスしてほしいときは、外でエッチなこと言えってこと!? 後輩くんも目覚めてくれたの!?」


 目覚めるって何にですか。


「違います。じゃあキスじゃなくて、外でエッチなこと言いそうなったら、先輩の鼻に指を突っこみます」


 さすがにこれだったら、自重してくれるだろう。

 と思ったけど、


「うわぁ~、それはご褒美ほうびだね♡ 本当にしてくれるの? 鼻に指ってそんなエッチなこと。うへっ、うへへっ」


 うれしそうな、楽しそうな先輩の様子にちょっと引いた。


「鼻に指は、エッチじゃないですけど……」


「えー、エッチだよー。エロエロだよ~♡ 鼻フックなんて、めっちゃエロいでしょ!」


 鼻フックってなんだ? エロ用語なのか?

 先輩とお付き合いするためには、もっと淫語を学ぶ必要がありそうだ。


「そうですか、エロいんですか。だったらダメですね、鼻に指は結婚するまで禁止にしましょう」


「え~!? そ、それはらしプレイなの!? (ピー)なの? (ピー)なんだね! じゃあいいや、えへ、うへへ~♡」


 なんか勘違いしてるみたいだけど、落ち着くとこに落ち着いたっぽい。


「後輩くん♡」


 先輩が抱きついてくる。


「はい、なんですか」


「明日のデート、楽しみだね」


「はい、どこに行きましょうか」


「後輩くんがいれば、どこだっていい。わたしたちが仲よくデートしてる姿を、街のやつらに見せつけてやろう!」


「そうですね。見せつけてやりしょう」


「じゃあ、どうしよっかな?」


「なにがですか?」


「服装だよ。わたし、デートなんて初めてなんだけど」


「僕だって初めてですよ」


「お互い初体験。ふへぇ~っ♡」


 ほっぺたに、頰ずりされた。


「めっちゃ甘えてくれますね。うれし過ぎるんですけど」


 先輩が目を覗いてくる。


「やっぱり、ノーパンがいい?」


 は?


「何言ってるんですか」


「だってデートでしょ? 女の子はノーパンでスカートだよね? 男の子は、そういうのがいいんでしょ? でも初めてのデートだし、ちょっと恥ずかしいなって……」


「どこで仕入れた知識ですか、間違ってますけど」


「ち、違うの!? ブラもなの!? ノーブラノーパンなの!?」


 本気で言ってるのかな? 本気で言ってるようにしか、見えないんだけど。


「僕は恋人に、ノーパンで外をうろついて欲しくありません」


「そうか……後輩くんは、パンツ有りプレイが好みなんだ……着衣派なんだね!」


 なんですか、着衣派って。


「わかった。わたし、後輩くんの趣味に合わせるから。パンツはいていく」


「はい。ありがとうございます」


 まぁ、いいや。なんか意思の疎通そつうが取れてない気もするけど、これから時間をかけて説明すれば、先輩もわかってくれるだろう。

 わかってもらえると、いいんだけど……。


 追記。

 帰宅して『鼻フック』を調べてみた。


 結果。

 知らないままにしておけばよかった。あの人『これ』をエッチだと思ってるのか、そういう感性なのか。理解が追いつかないんだけど……。



【fin】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕と先輩の(ピー)な関係 小糸 こはく @koito_kohaku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画