想いを紙に執筆して

佳ゆらめ

想いと誘惑

「ねえ、この紙切れ何でも叶えてくれるの。」


そう言って紙切れを渡してきたのは同級生の如月きさらぎ 至兎しと。高校1年生だ。

「_____本当に何でも叶えてくれるの?」

「ええ、もちろん。」

私は半信半疑になりながらも、とりあえずその紙切れとやらを受け取った。

「それじゃあ!私はこの後部活があるからまたね!」

「え!?ちょっと待って下さい!まだ使い方聞いてないです!」

私は急いで呼び止めたが…無意味だった。なぜなら私は大の陰キャで声が小さいからだ。

「…どうやって使うのかな?とりあえず_____」

私は紙切れを折り曲げてみた。しかし何も起こらない。

「それじゃあ、これはどうだ!え!?こっちは!?」

投げたり、踏んだり、破ってみたり…けれどなにも起きなかった。

「ええ…もうすることないよ…って、あ!そうだ!!」

なにかに気がついた私は、紙切れにとある文章を書いた。


『水をください』


---ピカーン!---


「うわあああ!!」

突如として私の視界を光が包み込んだ。そして私の目の前には水のペットボトルが置かれていた。

「え?願いが叶ったの?本当に叶えてくれるの?_____ふふっ…それじゃあ…」

私はペンを紙切れの余白に走らせる。


『お菓子が欲しい』


『お金が欲しい』


---ピカーン!---


「やったあああ!!お菓子とお金が沢山ある!!」

私は自分の願いがいつでも叶えられることに気がついてとても喜んでいた。

「けどこれって、紙切れの書く余白が無くなったら、もう願いを叶えられないのかな。」

そう思った私は、重ね書きをしてみた。


案の定何も起こらなかった。


「…願いを叶えられる回数はほぼ決まっているようなものか、大切に使わないとね。」

そう決心した私は家へと足を運んだ。


「ただいまーお母さん」

「おかえり、今日の夜ご飯はカレーライスね。」

「あっ、」

「ん?どうかしたの?」

「いや!何も無い!カレーライス楽しみだな!」

私は何かを察し、急いで自分の部屋へ走っていった。

「これって作りたい状況も叶えてくれるのかな…」

私は紙切れとペンを持ちながら、自分の無課金な脳を働かせて考えた。カレーライスが食べたいという気分もあるが、たまには外食してみたいという気持ちもある。

「…よし」


『外食したい』




---ピカーン!---






「…あれ?ここは…どこ?」

「あ!やっと起きた!もう心配したんだから!」

「お母さん…?」

「ほら!外食行くから!早く準備してきて!」

「あ、うん。」

私は予想外の状況に驚いた。思い描いた状況すら叶えてくれるとは思いもしなかったからだ。

「これさえあれば…」


-----


「おはよう!至兎!」

「あ!おはよう!」

「あの…」

「ん?」

私は気になることがあったので、紙切れを渡してきた張本人に聞くことにしてみた。

「この紙切れってどこで買ったの?」

「あ、その紙切れ使ってるんだ。しかも結構色んなこと叶えてるじゃん。」

「うん!めっちゃ便利なんだよね!よかったら…もうちょっと欲しいなって!」

「この紙はね、確か…どこだっけ、老舗で買ったのは覚えてるんだけど…ごめん!忘れちゃった!」

「_____そっか。分かった!」




「…」




『至兎を』







「まだ…やめておこう…かな。」


-----


「はーいそれじゃあ授業始めるぞ。教科書とノート机に広げろよーって、お前また教科書忘れたのか。」

「すいません。」

「何度言ったら分かるんだよ。横のクラスのやつにでも借りてきたらいいのに。」

「ふふっ。」

「な、なんだよ!急に!」

「私に逆らっちゃうんだね。」

「…は?」




『先生を消せ』




---ピカーン!---




「…やった。」


-----


「ただいまー」

「おかえり、今日の夜ご飯はカレーライスね。」

「また?何でカレーライスばっかりなの!?」

「少し位いいじゃん!作ってあげてるんだから!」

「何よ!もう知らない!!」




『母を消せ』




---ピカーン!---




「これでいいんだよ。これで。」


-----


私はこの紙切れに頼って、自分の思い通りにならないものは全て排除し続けた。


「あー、退屈だなあ、」


『何か面白いこと』


---ピカーン!---


「あ!そうそう!マンガ読みたかったんだよね〜」


結果、自分が思い描く生活ばかり送っていた。


---ピンポーン


「ん?誰だろう」


---ガチャ


「あ!至兎じゃん!どうしたの?」

「今すぐやめて!」

「え?何言って…」

「だから!!その紙切れを使うのを今すぐやめてよ!!」

私はこんなにも必死な至兎を見たことがなく驚きを隠せなかった。

「…なんで!?これさえあれば自分の思い通りになるんだよ!!」

「今は思い通りになるとか関係ない!とりあえず使うのをやめて!!」

「嫌だよ!そんなの!」

「あなたはその紙切れに依存してるの!自分の思い通りにならなかったらすぐ消して、新しい状況を作ったり…それで本当に人生楽しいの!?」

「…ふーん。私に逆らっちゃうんだ。いくらこの紙切れをくれた人だとしても…ね?」

「え_____」

私は嘲るような顔で至兎を見つめたあと、颯爽と手を動かした。




『至兎を消して』




「あ!ちょっと_____」



バサッ


---ピカーン!---






「…逆らわなかったら良かったのにね。でも_____何であんなに止めてきたんだろう…確かにこの紙切れを使う前までは、嬉しい事もあれば嫌なこともあった。だけど今は嬉しい事ばかり起こっている。」

私は必死に考えた。本当に今のままでいいのか、この紙切れが無くなったらどうするのか、考えたけどよく分からなかった。

でも_____


「やっぱり元通りの生活が一番いいのかな…」




「…」




「よし、元通りの生活に戻そう。」

私は何かに気が付き決心した。この紙切れを使って元通りの生活にしてもらうことを_____


「えーっと、紙切れは…え?ない!」

何かがおかしい。さっきまで持っていたはずの紙切れが無くなっている。

「え!?どこ!?」




「_____あ」


もしかして_____


『至兎を消して』




「あ!ちょっと_____」



バサッ


---ピカーン!---


「そうだ…至兎が持ったまま消えちゃったんだ…どうしよう…」

私は絶望した。元通りの生活に戻す手段が思い浮かばないからだ。


「どこかに紙切れは無いかな…あ!破った紙切れが学校に残ってたっけ。外は…雨か、とりあえず遅くなる前に見に行こう…」




私はほんの僅かな希望を抱いて学校へ走った。

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想いを紙に執筆して 佳ゆらめ @Yurame_Kai

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