第二話

怪物山倉アクタの凱旋 上

 ぼくの目の前には、正にお宝と言えるような作品群が乱雑に並べられている。ゴッホの『ひまわり』やフェルメールの『真珠の耳飾りの少女』などの名画から、怪しい刀や葛籠つづら箪笥たんす、変わり物だと鉄の処女なんかも置いてある。

 ここは何処かといえば、約一ヶ月ほど前にデビューした山倉やまぐらアクタの秘密基地。いやアトリエのような場所だった。

 具体的に言えば、北アルプスに連なる秘境の山。その地下に広がる贋作をメインに展示している施設──贋作博物館は、ありの巣のように広がっていて、家主無しにしては迷子になる程の規模だった。


 そう、ぼくはこの贋作達の主人ではない。

 ぼくはただの客人で、名前は京終きょうばて智吏ちり と言う。


 少し前のぼくのステータスには『校則に反して美術館でバイトをしていた不良青年』という言葉が付いただろうけど、今はそれどころじゃなくなって警備員のバイトも辞めてしまった。

 これは一ヶ月前、ぼくがまだ美術館で警備員をしていた頃の話だ。

 怪盗、山倉アクタによって『伊藤若冲の描いた幻の鶏』という絵画が『返却』された。もっと詳しく言うとすれば──数年前に火災で燃え落ちた絵が、独歩美術館に帰ってきたのだ。

 ぼくはそれを『返却』と口するけど、実際は警戒態勢を取っていた美術館から焼け焦げた額縁が盗まれ、代わりに『伊藤若冲の描いた幻の鶏』の贋作が置かれていた──という謎多き未解決事件になっている。

 返却というのはぼくの考えで、アクタ本人の釈明しゃくめいで、そして未解決事件の正解と言える。けれどそれを知る者はぼくとアクタと彼の共謀者だけであり、ぼくが警察に言わない限りあの事件は『正解』を見失った未解決事件のまま終わるだろう。

 閑話休題。

 ぼくがこの贋作博物館に来ているのは、ひとえにアクタ、いやあくたに呼ばれたからである。そして、ぼくの隣にはなぜか──私立鵆川ちどりかわ高校で『優等生』と謳われている佐山さやまいつくがいた。なぜだろうか。


「すごい……これ全部、山倉芥の作品なんて」

「ぼくはお前がここに居る方がびっくりだよ」


 どうして慈に芥と連絡を取っていることがバレてしまったか。

 それは二時間前にさかのぼる。


   1


 私立鵆川高校に通う生徒はおおよそ優等生である。けれど、という事はつまり全てではない訳で──どんなに頭のいい学校でもバカは現れるらしい。

 事実、偏差値が高いだけあって将来有望な高校生で溢れているはずなのに、バカは消える事はない。それがぼくや、級友である佐山慈と枝別えだわかれ凶作きょうさくなのは、みんなの知らない事実だ。


 ぼくの友人、佐山慈は学校では品行方正の傑物けつぶつと見せかけているけれど、実際は好奇心の塊である。

 イギリスのことわざに『好奇心は猫を殺す』と言うものがあった。諸説あるが、確か九つの魂を持つ猫でも好奇心は殺してしまうというような意味だったはずだ。

 確かに彼は、山倉アクタの贋作事件で警察の信頼を失った。地域でも有名だった優等生が何やっているのかと心配したぼくだったけど、そんな心配をよそに、彼は相変わらず『優等生』をやっている。


 例えば、先生に呼ばれて手伝いをするし、みんなのノートも集める。それからぼくと慈は同じクラスなんだけど、慈を観察しているとよく「この問題教えて」とか「ノート貸して」と言われている。

 前者は快く教えているし(教えれる辺り、学があるのは確かだった)後者は空気が悪くならない程度に叱りながらも、今回だけだよと言って貸している。

 優等生で人気者。その上顔が良い。

 それが佐山慈に対する一般的な意見だと思う。


 ぼくの中の慈も大体そんなものだし、あとは『親がイギリス人』とか『二年連続委員長をやった』とか、『実は国語が苦手である』とかそれぐらいの情報しか知らない。本当に幼馴染か疑いたいくらいだけど、それぐらい彼が完璧にを隠して生きてきたのである。


「凶作、いつ帰ってくるかな」

 そう言った慈は物憂げで、とても絵になる光景である。けれどそれが、窓際の席とか、図書室とか、カフェテリアとか、という注釈がつくけど。

 ぼくたちは今、廃校の中を足音を立てながら歩いていた。時刻は昼の三時。人によってはおやつ時と言われるような時間だ。

 ぼくはこう口にする。

「凶作が家から出られなくなるのはいつものことだよ」

「そうだね……でも、今回は長いなと思って」

「確かにそうかも」


 話の内容は、あの山倉アクタによって起こされた『贋作すり替え事件』でやらかした凶作についてだった。何をやらかしたかといえば、慈と一緒に独歩美術館に不法侵入したのだ。挙げ句の果てに警察の捜査の邪魔をした。自称探偵と優等生が何をしているのか。

 ……慈は説教だけで終わったけれど、凶作はそうではない。

 彼は事あるごとに謹慎を食らっているが、今回のは学校にすら行かせてもらえない『出禁』状態であり、その上やらかし具合が大変よろしくないので、ぼくたちもとても心配しているのだ。

 それは構わない。いくらでも心配してあげようと、寛大かんだいな心で思っているのだけど──問題は、凶作と同じ立場であるはずの慈が、のうのうとぼくの隣で廃校を歩いていることにあった。

 どうして廃校に来ているかといえば、もはや忘れかけていた怪盗山倉アクタの正体である山倉芥さんから連絡が入っていたからであり──実はその連絡が来たときに慈も居たおかげで、済し崩し的に色々バレてしまったからだった。

 慈はどうやら、取り逃がした後も山倉芥を追いかけていたようで(それは凶作に頼まれたからだろう)、ぼくを追跡するよと脅してきた。


 芥からの呼び出しをすっぽかすのと、二人で向かうの──どちらが怖くないかと考えた結果、ぼくは慈と共に自転車で爆走したのだった。


 優等生は自転車の乗り方もお上品だなと思いながら着いた廃校。時間が早すぎたけど大丈夫かと思いつつ美術室を目指した。

 薄暗い建物内は、基本的に木造りだった。ギシギシと音を立てる床板は不意に抜けるし、結構危ない。ここはぼくたち西鵆市の子供達にとって『遊び場』だったけど、ぼくが親なら絶対にこんなところに入らせないだろう。

 飛び出した木片などを避けつつ美術室に到着する。


「見つかったら大変なことになるだろうし、怒られるのはイヤだから、慈は隠れといて」

「それでいいの?」

「うん。連れてきたことバレる方がまずい。というかぼくはまだ死にたくない」

 本音がぼろぼろである。

「隠すのはよくないと思うけどね」

 いいや、ぼくは不誠実な人間なんだ。そう慈に言いながら、美術室の一つしかない扉をガラガラと開いた。

「失礼します」

 視界に入ってきたのは、美術室の椅子を重ねてピラミッドを作る芥。椅子の山はちょうど後一個というところで崩れてしまった。見るからに外国人な──金髪青目の彼こそが山倉芥。『贋作すり替え事件』を起こした怪盗その人だった。


「ああ。おはよう京終智吏君」


 彼の前には逸れ者の椅子がぽつんと置かれており、彼はそれを指差した。

 座れということだろうか。確認を取れば、そうだと言われた。

 これからどんな話が始まるのか。まず、どうしてぼくが芥に呼ばれたのか。ぼくがそれを聞こうと口を開く前に、芥は崩れた椅子の山の中で奇跡的に立っていた椅子に座る。

 ちょうど対面に座ったことで、面談のような形になった。

 とても緊張した面持ちのぼくとは裏腹に、芥は笑顔でこちらを見ている。


「さて、どうして呼ばれたのかって顔をしているね」

「は、はい」

「……実は京終智吏君に、お友達の探偵と一緒に八馬やま家に侵入してほしくてね」

 ドキドキするぼくを前にして、芥は日常会話のように言った。その美しい声は奇麗と思う。けれど、感情が込められていないような、平坦な声だった。そんな声で言われた言葉──侵入。それは不法侵入を略した言葉だろうか。

「そうだけど……できないのかい?」

「え、だって悪いことじゃないですか」


 そう言ってから自分が今、廃校に不法侵入していることに思い至って、途端に居心地が悪くなる。考えてみれば校則に反してバイトしていたのも悪いことだ。

 犯罪者とそうじゃない者の違いは何か。間違いを犯さない人間はいない。

 どこか哲学的な話になりそうだと思いながら、仕方がなく話だけでも聞くことにした。

「八馬一族は知ってる?」

「えっと、文豪の八馬創作そうさくの子孫のことですか?」

「そう」

 八馬創作。学会を騒がせた怪文を書く人物として国語の教科書に載っているような人物だ。同時に富豪としても有名であり──いや、少し違うか。文豪として有名になったことで、八馬創作の元には大量のお金が舞い込んできた。だが、それは死後二十年の出来事であり、生前はひもじい思いをして生きてきたと教科書には書かれていた。

 じゃあ死後発生したお金はどこへ行ったかといえば、半分は国に寄付され、半分は家族である八馬一族に渡されたそうだ。

「八馬一族は天才一家として名が知れている」

「八馬創作の子孫としてではなく?」

「ああ。あれは付属品のようなものだよ」


 付属品。あろうことか目の前の怪盗は『文豪の血筋』を付属品と表現してしまった。そんなにすごいのかと聞けば、「日本の大企業を支えてるのは八馬一族だよ」と言われる。

「そこまで言います?」

「うん。だから盗みに入るのが面倒でね」

 ちょっと待ってほしい。その家に不法侵入しろと言ったのは誰だったか。ぼくはよくよく考えて、いや無理だろうと頭を抱えた。

「何も、不法侵入じゃなくてもいいんだ。高校の社会見学とかでも」

 そんなイベントは断じてない!


「君が嫌だとしても、扉の後ろにいる彼は行きたいんじゃないか?」


 芥のその言葉に、ぼくは動きを止めた。まさか、慈の存在がバレている? そんなわけ……いや、いつから気付いていた? 最初から? と動揺するぼくの喉は引きちぎれそうだったけど、なんとか「何の話ですか」と絞り出す。

「君が隠し通すなら、それはそれで構わないけど」

「あ……いえ」

 ぼくが焦っていると、後ろにある扉は何の躊躇ためらいもなく開いた。そこにはすらりと伸びた長身の男──佐山慈がいて、ぼくは気まずさに肩を縮こめる。

 それに比例して慈は全校集会で鍛えられた自信と声で、芥に「こんにちは」と言う。それはもう素晴らしい挨拶だった。


   2


 級友と怪盗の邂逅かいこうは一触即発かと思われたが、案外そんなことはなかった。どちらも優しい笑みをたたえており、ぼくは拍子抜けする。

「はじめまして、山倉芥さん」

 ごく自然に手を差し伸べて言った慈。指の先まで洗礼された動きは英国紳士の血を引いているだけあるのか。芥にも引けを取らないぐらい綺麗である。

「……お久しぶりと言うべきだろう?」

「僕があの現場に居たことまでお分かりですか」

「君達が入れるように誘導したのは俺だからね」

「なるほど」

 慈が納得したところで、芥は静かにぼくの隣を指差した。

 すると、どういうことだろうか、ぼくの隣には足を上に向けて立っている椅子が置かれていた。まるでマジック。種と仕掛けはどうなっているのか──と思うぼくを他所にして、慈はその椅子をひっくり返して座った。


「先ほどの話の続きをしよう」

 驚きすぎて声も出ないぼくを置いて、芥は喋る。


「八馬の家に侵入してほしいのは、ある妖刀を探し出してほしいからだ」

「妖刀?」

 慈は声に出して復唱した。

「そう、妖しい刀と書いて妖刀。約五百年前の戦国時代に作られたものだ。なんで必要なんだって顔をしているね? 俺はコレクターなんだ。模倣もほうできる物はできる限り真似したいもので……そんな顔をしないでよ、京終智吏君」

「あの、なんでフルネームなんですか」

「さぁね」

 芥は心底どうでよさそうに言うから、ぼくは思わず口をすぼめる。そんな僕と違って、慈は積極的に質問をしていた。


「妖刀の名前は何て言うんですか?」

「知らない」

「知らない? それをどうやって探せと」

「俺の住んでいる場所に模倣品がある。先代が作ったものでね……」


 懐かしむように、口の中で転がした芥。その言葉を聞いた瞬間、慈は眉をひそめた。

「貴方が山倉芥なんじゃないですか?」

 不機嫌であることを言葉の雰囲気で表すのは、慈の常套じょうとう手段だった。今回も、いかにも不機嫌ですといった風な声色で芥を詰める。

 慈がこんな態度を取るのは『優等生』である弊害へいがいなんじゃないかと思う。

「君、ぼくに夢を見るのはいいけど。理想を押し付けないでくれよ」

 芥の言葉に慈は押し黙った。

「それから、先代というのは贋作師である山倉迅怪じんかいのことだ」

「じんかい……?」

 ぼくは勿論のこと、慈もその名前を知らないみたいだ。聞く限りでは芥の師匠か親らしいが、芥は詳しく語りたがらなかった。

 ぼくはそれよりも、芥が『山倉芥』本人であることを否定しない方がよっぽど気になる。彼は自分が百年以上生きていると本気で思っているのか。詳しい年齢は分からないけど、若そうな彼が言うと冗談にならなそうだ。きっと、口に出すのはばかられる……あの、男子中学生がなりやすい病気なんだろう。可哀想な。


「話はそれたが、模倣品を見に行こう」

 失礼なことを考えるぼくを他所に、芥は気分一新して言った。

「……どこへですか」

「もちろん山倉家が誇る贋作達が並べられた、贋作のための博物館にだよ」


   3


 ここで話は冒頭に戻るわけだが──芥のお住まいにあったのは贋作の山。残念なことに、ぼくにはそれが本物か偽物かなんて分からないけど。模倣品だとしてもそれは数万の価値がつきそうだ。

 ──芥はそんなもの関係ないと言わんばかりに贋作の山の中に埋もれている。何をしているんだこの人。

「見ての通り、芸術に溺れています」

 何を上手いこと言えと……あれ、今の発言は誰が言ったんだ? ぼくは声が聞こえた方を見て──つまり芸術に溺れる芥の隣を見た。

 ぼくの目の前には現代社会では滅多にお目にかかれないような存在がいた。

 執事だ。

 そこには歳の若い執事がいた。

 彼は何をしているのか。答、銀のトレイとナフキンを持ち、名作の海に溺れている芥の側に控えている。

 彼を前にしては英国紳士だなんだと言えない。彼の洗礼された『マナー』はこの場において最も美しいと言えた。先ほどまで興奮していた慈も、今は目の前の男に釘付けだった。


「京終、二人を紹介しよう」

「はい」

「は、へ?」


 ぼくと執事は同時に返事をした。いや、ぼくの返事は返事と数えるのすら烏滸おこががましいものだったけど。そんなことよりも、執事が『京終』という名前に反応したことの方が大事だろう。

「ふむ、ああそうかい。おれは全てを理解した」

 執事はその格好で決めポーズをした。執事が決めポーズをする空間があまりにも面白すぎて、慈が身体を半分に折ってしまった。おい、どうしてくれるんだ!

「そこ、笑わない。おれの名前は京終のぞむ。亡く月に王の『望む』という単字の名前をしている。歳は二六の大学生。趣味はモニタリング、仕事は見ての通り執事さ」

 突っ込みどころが多過ぎる!!

 想像通りの苗字を持っていた彼は、意外にも大学生らしい。というか趣味がモニタリングって何なんだ──ぼくが知っているあの人間観察バラエティのようなことを日常でしているのだろうか。

「……そもそも、執事って必要なんですか?」

「京終、こちらは京終智吏君と佐山慈君。俺の友人とその友人さ」

「無視しないで」

 ちゃっかり友人扱いしているし──とそんなことを考えるぼくを他所に、望さんは口を開く。

「もしかしたら生き別れの兄弟かも」

「かもね」

「似てないけど」

「望さんも芥も適当なこと言ってません!?」


 首を振った芥は、ガラクタの山から起き上がった。そのタイミングで、この茶番に飽きたらしい慈が「そろそろ本題の妖刀を」と言う。


「そうだった。京終、例の物を」

「はい」

 ぼくまで返事をしそうになりつつ、望さんが持ってきた妖刀を目にした。

 そこにあったのは青みを帯びた、ごく普通の──と言ってもぼくは刀の普通なんて知らないが──弧を描いた刀だった。怪しい刀。確かにあやかしそうな刀だ。そう考えたところで、これが贋作なのを思い出す。

「贋作って、プラスチックじゃない?」

「少なくとも、先代が生きていた頃にプラスチックなんて素材はなかったね」

「芥って何歳なの?」

「百五十はこえているな」

 芥がそう言った瞬間、望さんは驚いたような顔をした。

「そんな、芥君が不老なんて……普通に考えて有り得ないよ」

「そうでもないぞ、京終。俺は不死身に近い」

「二五にもなってそんな夢を見ているのは芥君だけだよ」


 望さんも、彼の言っていることは戯言たわごとだと思っているらしい。というか二五歳なのか。この中では望さんが最も年齢が高いことになる。これがもし芥が「俺は永遠の二五歳だ」とか言いださなければの話だけど。


「俺は永遠の二五歳だから」


 前言を撤回しよう。芥はそんなことを言うやつだった。

 ごとはさておき、ぼくと慈はその怪しい刀をじっと見つめた。素手で触るのはダメだそうだ。指紋をつけてしまうと価値が落ちるのは、贋作でも同じ──いや、贋作だからこそ大きいそうだ。


「これは先代が最後に打った剣でね」

 その言葉から始まったのは、ちょっとした昔話だった。


「先代の迅怪は模倣した刀を作る変わり者だったが、巷では優れた刀を作ると話題だったらしい」

 優れた刀を作る。その力をどうして正当に使わなかったのかと不思議に思いながらも、芥の言葉に耳を傾ける。

「そんな先代が望んだものは、妖刀をも模倣することだった」

「妖刀を?」

「それは……世の中にある悪しきものを増やそうとしていたのか」

 そう言った慈に、芥は「ご明察」と言う。意味が分かっていないぼくを前にして、慈は言いづらそうに教えてくれる。

「山倉迅怪はきっと、妖術を操りたかったんだ」

「正確に言えば、妖刀に宿る力さえも模倣したくて仕方がなかったらしい」

 芥の補足に、ぼくはそっと聞いた。

「実際に作ることは出来たんですか?」

「いや、その域に達する前に死んだ。彼が亡くなったのは日本にとっては良いことだったんだろうな」


 どこか悲しげに言われると、ぼくたちも下手に言葉を紡げない。そんな中、芥は気分一新するかのように「そういうわけで、今回の仕事は危険な妖刀の回収ね」と言った。

 一番重要なところをさらっと言うのは何なんだろうか。

「照れ隠しですよ」

 照れ隠しで大事な情報を隠されたら溜まったもんじゃない。


   4


 とりあえずは八馬家に侵入する手段を考えなければいけないなと思いつつ、ぼくと慈は家に帰った。帰ったら年子の妹が「兄ちゃん遅くに帰ってくるなんてキモすぎ」と言ってきた。おい、お前はいったい何を想像したんだ!

「別にぼくが遅くに帰るのは普通だろう」

「慈さんが遅くに帰るのは普通じゃないと思うけど」


 そうだった。うちの妹はなぜか知らないが慈の母親と懇意こんいにしているのだった。


「なぜも何もあの慈さんに取り入るためですけど」

「あのってどのだよ」

「地元のアイドル、itukuにですよ!」

「誰だよそれは!? というか、慈と仲良くなりたいんだったら俺を頼れよ。そういうところがこすいというか」

狡猾こうかつで結構。じゃあ、お母さん今日も遅いそうだから、夜ご飯は勝手に食べておいてね」

 そう言って二階に行く妹。自分の使った食器はすでに洗ってあり、洗濯物も畳んである。なんて出来た妹だろうか。これで勉強もできたらお兄ちゃんは嬉しいんだけど。


 そう考えていたぼくは、意外にも八馬一族への手掛かりを妹が持っていたなんて知りもしない。まさか、この物語のキーパーソンが妹の祭吏まつりだとは誰も思いやしないだろう──。


  (続)


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怪盗山倉アクタの贋作 蛸屋 匿 @toku_44

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