怪盗山倉アクタの贋作

銀杏 匿

本編

第一話

怪盗山倉アクタの贋作

 今日こんにち駅からバスで二時間のところにある独歩どっぽ美術館は、不遜にもルーブル美術館と肩を並べると豪語する美術館だ。

 開館は一八二五年。

 展示された品は百五十。噂によれば『四七図目の富嶽三十六景』や『伊藤若冲の描いた幻の鶏』など眉唾そうなものが展示されていたそうだ。

 まるで胡散臭いその独歩美術館だが、開館からおよそ十年後に注目を集めたことがある。

 それが怪盗と怪盗の対決──というものだった。二人の怪盗が同時に予告状を出したのだ。お陰で独歩美術館は警備を強化しなければいけなくなる。その上、新聞やテレビで大々的に知らされた結果、不謹慎とも言える来場客が殺到した。単なる野次馬や、怪盗のファン。それから賭け事をする人も出たという。

 そんな中行われた盗みは成功。だが、万全な数の警備を置いていたのに、どちらが勝ったか分からなかったという。

 これが、日本でも有名な部類の未解決事件である。盗まれた『四七図目の富嶽三十六景』も返ってこなかった。それがより一層信憑性が増したということで、他の展示品も本物なんじゃないか? と考えた来場客がまたもや殺到したのは、言わずもがな有名な話だった。


   1


 独歩美術館は今も尚、運営を続けている。ぼくはそんな独歩美術館の警備員をしている。もはや、全盛期をとうに過ぎた美術館に警備員など要るのか、はなはだ疑問が残るが──それを言ってクビでもされたらたまったものではない。


「でも、『伊藤若冲の描いた幻の鶏』の絵だって数年前の火事で焼けただろ。確か事故だったか。現場にいた智吏ちり だって思ってるだろ、この美術館はそろそろ閉館するって」

 同じ警備員である先輩の言葉に、ぼくは頷いた。

「……そうですね。もはや目玉なんてないと言えるかもしれない」

「だよなぁ」

「ぼくたちも身の振り方を考えなきゃいけませんね」

「って言っても智吏はまだ高校生だろ? 俺たちゃもう四十後半のおっさんだよ。ここクビになったら終わりだわぁ」


 今年で四六歳になるという世帯持ちの先輩の言葉は、どうしようもなく悲痛だった。ぼくはまだ学生で、親の扶養に入っているからバイト先が潰れたとしても問題はない。ぼくの本業はあくまでも学業である。けれど、正社員の彼らにとってはこの仕事が本業だ。

 ご愁傷様、とぼくが手を合わせていると、無線からジジッと音が鳴る。


『こちら展示室六、スプリンクラーが壊れたようだ』


 六室の人からの話に、火災から設置されたんだったな──と思い至る。それから先輩が見に行くと言って、その場を後にした。ちなみにここは展示室七で、かつて『伊藤若冲の描いた幻の鶏』があった部屋だ。

 でも今は焼け落ちた額縁(掛け軸ではなく額装だったのだ)しか置いていなく──モナリザが盗まれていたとき、ルーブル美術館も額だけを置いていたらしいが、焼けた跡のある額は少しだけ滑稽だった。

 言い換えてしまえば、ぼくが守っているのは焦げ付きの額縁だ。真面目に仕事をしているのが馬鹿みたい。そう思いながら、部屋の中を歩いて回る。

 三週目に突入しようとしたところで、違和感に気づいた。焼けた額縁の真ん中に、謎のカードが刺さっていたのだ。


「これってまさか……」

 黒色のしっとりとしたカードに期待を膨らませる。金色の綺麗な筆記体で書かれた文字。綺麗すぎて、筆記で調査するのは難しいのではないかってぐらいだ。そんな文字は、引っかかることなくスラスラと頭に入っていく。


 予告状

 〇月✕日、十六時。独歩美術館の名画を盗み、嘗ての汚名を返上させてもらう。

 山倉やまぐらアクタ


 これが誰かは分からなかったが、ぼくは『かつての汚名』というだけで、それが一八三五年の怪盗同士の対決であることに思い至った。ここで働いている人なら誰でもその考えに至るだろう。

 最後の名前、山倉アクタと書かれているところに目をやる。噂に聞くあの日の対決は、そんな名前の怪盗だっただろうか? 首を傾げながらも、ぼくは無線を取る手を止めない。


「こちら展示室七、報告があります」

『どうした智吏』

いぬい先輩、予告状です! 予告状が来ました!」


 その言葉で、無線内がピリつく。それから一時間後、独歩美術館の現館長である独歩どっぽ花枝はなえださんの指示で警察に連絡がいった。

 ぼくは時代錯誤な『怪盗』が予告状を出した──なんて事で警察が動くなんてありえないと思っていたけど、考えとは裏腹に、警察は過剰なほどに準備をしてやって来た。


   2


「ああ勿論、証拠品を動かしてないですよね?」なんて、懐疑的に聞いてくるのが瓦哭がなき刑事。そんな彼に、「そんな言い方はないじゃない」と諌めるのが小樽おたるという女性警官だった。

 この現場を預かっているのはこの二人の警官らしく──二人は、ぼくではなく通報をした独歩館長へと聞き取り調査をしている。


「通報したのは貴女ですね?」

「ええ、そうです」

「昨今は怪盗なんて滅多に現れませんからね。心当たりはありますか?」

「……貴方、百八九年前の事件を知らないの? きっとあのとき負けた怪盗の仕業よ!!」

 館長は、ぼくたち警備員と同じで当時の『怪盗同士の対決』が絡んでいると見ているようだった。直感的に考えれば、あの対決を知っている者なら誰だって思い至ることだ。けれど、刑事達はそうではないと言う。


「確かに、この文章ではかつて独歩美術館で行われた対決の無念……と捉えられるでしょう。ですが独歩さん。貴女が世代を交代して館長を務めているように、怪盗も世代交代をしているはずなのです。いえ、正確に言えば彼らはすでに死んでいて、違う怪盗が名乗り上げていると考えるべきでしょう」

 その言葉を補足するように、小樽刑事が言う。

「ええ、瓦哭刑事の言う通りです。百八九年前の対決で名乗り出した怪盗の名前は『ルワン』と『エトワール』です。でも今回のは違う」

「何か問題でもあるのかしら。怪盗が来ることには違いないわ!」

「そもそも、此度の怪盗──山倉アクタは何を盗みにきたのでしょうか」


 瓦哭刑事の言葉に、その場にいた全員が口を閉ざした。そうだ、百八九年前ならともかく、今の独歩美術館には予告状を出してまで盗むに値するものがない。この美術館には、かつて盗まれた『四七図目の富嶽三十六景』は勿論のこと、『伊藤若冲の描いた幻の鶏』すら残っていないのだ。


「事実確認をさせてもらいましょう」

 瓦哭刑事の言葉で、ぼくたちは管理室へ向かうことになった。管理室は建物の地下にあり、警察達が現場検証をしていた今現在も、管理室勤務の者が画面に向かっている。


「お前、二日前の展示室七の映像を出しなさい」

「は、はい」

 館長の言葉に男は慌てて映像を遡った。だが、ちょうどぼくたちが欲しい場面の映像だけがない。これは奇怪だ。そんな可笑しなことがあるのかと、ぼくは刑事を振り返った。


「ネットワークを通してジャックされましたかね」

「そうですね。つまり、犯人は本気で盗むつもりでしょうか」


 二人は難しそうな顔をして、そう話していた。ぼくなんかが「どういうことでしょうか?」と聞けるような雰囲気ではない。そっと目線を逸らしたぼくだが、今度は独歩館長と目が合った。


「お前、本当に何も見ていないの?」

「えと……」

「お前が犯人じゃないかしら」

「館長!!」


 乾先輩がぼくを庇うように声を上げたことで、館長はそのテラテラした口を閉ざした。

 刑事二人はぼくたちの遣り取りをそっと見守っていたようだけど、何か掴んだのか「撤収だ」と言って大名行列をなしながら美術館を出て行った。

 警察なんて来なかったかのように、いつもの独歩美術館が帰ってくる。ぼくは怪しむ視線を向けられながらも、その日の業務を終えて家に帰った。


   3


 予告状に書かれていた決行日まであと一週間となり、ぼくは私立鵆川ちどりかわ高校で級友たちと顔を突き合わせていた。

 場所は高校に併設された図書館。西鵆にしちどり市でも最大級と言われる蔵書量を誇る図書館だ。

 今更な事だが──ぼく、京終きょうばて智吏は鵆川高校に在学しているごく普通の高校二年生だ。いや、ごく普通という点においては違うかもしれない。バイト禁止高にもかかわらず、一年近くあの美術館でバイトしているような不真面目生徒だ。

 本来なら叱られるところだろうが、これまた奇跡的に学校にも、美術館側にもバレていない。代わりに、目立ちたくない気持ちとは裏腹に、ぼくは美術館鑑賞が好きな生徒で名が通っている。どうしてこうなったのか。

 それは、ぼくが隠れてバイトをしている事を知っている級友たちが流した、悪意ある噂なのだけど。


「それで、予告状が届いたそうだな?」

 そう言うのは、顔を突き合わせている内のひとり──枝別えだわかれ凶作きょうさくだ。彼は個人的に探偵をしているらしく(これも校則に引っ掛かりそうだ)、その情報網でぼくがバイトをしていることを当ててきた。座右の銘は『余裕綽々』、父は警察官で、ぼくと同じ帰宅部の男。


「相変わらずどこから聞いてくるんだ……」

「俺にかかればお手のもんさ」


 そう言った凶作に、「予告状って本当かい?」と言うのは佐山さやまいつくだ。品行方正の優等生にして、ぼくの幼馴染。成績は常に上から数えて五指の超優秀生徒。その上、顔も美しいときた。彼を前にしては、ぼくとて捻くれる気も起きない。


「本当だよ。今回、集まってもらったのは二人に聞きたいことがあったから」

 探偵と優等生。彼らなら平凡なぼくよりも情報を持っていると踏んでのことだ。

「第一発見者はぼく。これ、こっそり撮った予告状」

「おーさすが、不良生徒のやることは違う」

「うるさいよ」


 凶作はぼくを揶揄からかいながらも考えるが、心当たりがなかったようで、ぼくに「聞いたことねー。それって新人じゃないか?」と確認を取る。すると、

「そうだね……怪盗としては新人かも」

 と慈は意味深に言って、それからおもむろに席を立った。そして、図書館の物と思われる古い一冊の本を持ってきた。

「それなんだ」

「山倉あくた。一八十九年頃の画家だ」

「名前、一緒だな」

「そう。特徴なのは贋作師だったってところ」

「がんさくし?」

「そのまんま贋作作ってるヤツだ。なるほど、そいつが独歩美術館に贋作を提供したのか」

「まだ分からないけど……」

「警察はもう掴んでるか……くそっ」

「焦らなくても大丈夫、山倉芥はそこまで有名じゃないはず」


 二人はぼくを置いて話し込んでしまい、手持ち無沙汰になったぼくは二人を眺める。こういう時ばかりは息がぴったりな二人だ。


「ねぇまさか、美術館まで来るとか言わないよね?」

「は?」

「行っちゃ駄目なのかい?」

「駄目でしょ──!?」


 まさか美術館に来ると思っていなかったぼくは、思わず声が出てしまい、恥ずかしくなって縮こまる。周りの目が痛い。

 それから「二人に聞いたのは間違いだったかな……」と思いつつ、念を押して来ないように言っておく。だが、それに効果がないという事は、今までの経験上で予測できることだった──それなのに、ぼくは二人の「分かった行かない」という言葉を信じてしまった。


   4


 当日、独歩美術館の警備員は、警察官も含め約百人を超えた。

 それほどまでして何を守るというのか──ぼくは疑問に思いながらも、瓦哭刑事と共に管理室にいた。なんでも、第一発見者であるぼくが一番怪しいので見張るつもりらしい。それで事が動かなければ上々。別に犯人がいても警察達が捕まえ、ぼくの容疑は晴れるとのことだった。

 それ以上に、高校生であるぼくが危険な場面に出ないようにする措置だと言われた。ぼくが私立鵆川高校の生徒と知っているのかとヒヤヒヤしていると、小樽刑事は「高校生は少し遊んでいるぐらいがいいんですよ」とこっそり言ってきた。ぼくはそれに感謝しながら、モニターを眺める。


 時刻は午後の三時、五四分。犯行時刻まで後もう少しである。


 ──その時、モニターのひとつが真っ暗になる。刑事が「来たか……」と言ったのが聞こえたけど、ぼくはそれどころじゃなかった。消える直前に、見てしまったのだ。

 のを。

 まさか、二人が怪盗なのか!? と思ったけど、思い直す。二人は盗みを働くようなやつじゃないと。怪盗と考えるくらいなら、不法侵入して事件を暴こうとする『バカ』と考えた方が建設的だ。

 どう伝えれば怪しまれないか考えていると、無線が鳴る。


『消火器が破壊されました。繰り返します、消火器が破壊されました』


 そんな報告があちこちから上がり、焦ったぼくは「おたる刑事っ」と裏返った声で言った。


「どうしましたか、京終くん」

「実は……」


 ぼくが赤面しながら説明をすると、彼女はどんどん厳しい顔になっていく。

「知っての通り、今、美術館は閉鎖されています。だから、普通に入ってこれるものじゃないと思うのです」

「そ、そうですね」

 じゃあぼくの見間違いか? と考えていると、彼女は瓦哭刑事にそのことを伝える。

 すると、「枝別凶作か……また邪魔をしに来たか」と言う瓦哭刑事。どうして凶作の名前を知っているのかと考えて、彼の父が警察官であることを思い出す。警察官の息子が探偵ごっこをしているなんて、まるで物語のようだと思いながら、ぼくは二人の話に耳を傾ける。


「俺が今から探しに行く。枝別警部補に叱られたくないからな」

「分かりました」

「京終智吏、君の容疑はほとんど晴れたようなものだ」

「え? はい」

「かの探偵の友人ならな、違うだろう」

 それは皮肉かと思っていると、刑事は一刻も惜しいとばかりに「行くぞ」と言って部屋を出て行く。ぼくも慌ててその後ろをついて行く。館内は煙が充満していたけど、刑事は迷いのない足であの部屋──展示室七、焼け焦げた額縁のある部屋へ向かった。

 そこにはまるで、最終盤面のような光景が広がっていた。


「山倉アクタ、ここに逃げ場はない」


 悠々と聞こえてくるのは、凶作の声だ。影だけで見える彼から、額縁がある場所を見ると、額を持った一人の人間がいるのがそこに見える。大きさからして男だろうか。

 刑事が一歩足を踏み出そうとした瞬間、館内はバチンと停電した。


「くそ、慈!」

「無理だよ! 煙で光が意味してない!」


 二人の声を耳にしながら、ぼくは当たりをつけて動き出す。すると、ドンっと体が誰かとぶつかる。


「ご、ごめんなさ──」

「すごいね、君」


 声が聞こえた。間近で。それは男の声だったが、瓦哭刑事でも、級友の二人の声でもなかった。知りもしない声で、褒められた。ぼくは慌てて手を伸ばしたが、手は空を掴む。


「くそ、逃げられたぞ!!」

『刑事、こちらからは何も見えません!』


 無線が勝手に鳴る中、ぼくは心臓をバクバク鳴らせた。

 それから暫くして煙が晴れる。そこに居たのは、ばつが悪そうな顔をした級友と、怒り顔の瓦哭刑事だった。


   5


 結果的に言えば、山倉アクタは取り逃がしたし、級友達はこってり絞られていた。その話は学校まで行くかと思ったが、ぼくまで飛び火すると慌てて伝えたら二人の悪事は無かったことにされた。いや、凶作は父親に話が通ったらしいが。

 恐らく二人は懲りないんだろうなと、経験則で考えるぼくは、あの時のことを忘れていない。結局、刑事には報告できなかったし、何より刑事はより一層深まった謎に追われているようだった。


 山倉アクタはあの焼け焦げた額縁を盗んで行った。だが同時に、かの『伊藤若冲の描いた幻の鶏』とそっくりな贋作を置いて行ったのだ。


 何がしたかったのか謎である。だが、その謎が解けるかもしれないヒントをぼくは与えられていた。ぼくの手には、予告状と似たカードがある。


「ぶつかった時にでも入れたのか……」


 書かれているのは、『廃校に来い』の五文字だけ。

 でも、あの時見つけた予告状と全く同じ、パソコンで打ち込んだかのような筆跡だった。


「廃校ってあそこしかないよなぁ」

 今度は級友達にも言わないで、なんなら家族に言伝もなく、日が暮れる中自転車で山を駆け上った。私立鵆川高校ができるずっと前、それこそ一八十九年頃に閉鎖された古い学校。

 今もまだ壊されていないままだけど、テレビのニュースで壊す壊さないの問題を言っていた気がする。


「どこにいるんだか」


 そう途方に暮れたぼくだけど、なんとなく、贋作師と言っていたし美術室にいるかなとそこを目指した。

 西鵆市の子供達が最初に不法侵入する場所──と言われているくらい、ここには子供達が遊びにくる。例に漏れず、ぼくも幼い頃に侵入したことがあるので美術室の場所はなんとなく知っていた。

「失礼します……」

 そう言って美術室に入る。目の前には、キャンバスに向かってデッサンをする男性がいた。もちろん、顔に見覚えはない。警備員の知り合いかもしれないと期待していたが、そんなことはなかったらしい。

 ただ、振り返ってこちらを向いた彼には驚いた。彼はとても美しい顔をしていたのだ。


「えっと……山倉芥さんですか?」

「そう。俺が山倉芥。稀代の贋作師」


 彼の足元には、盗んだものと思われる焼け焦げた額が乱雑に置かれている。その額は数年間ぼくたち警備員が守ってきたものと考えると、なんだか感慨深いものがあるな。

 けど、アクタにとってそこまで大切なものじゃないのかと眉を寄せれば、彼は肩を竦めて言った。


「これ、俺が描いた絵なんだ」

「え……? でも、それって百八九年前の絵で……」

「ふっふっふ、俺は不死身に近い存在だからね」


 冗談なのか本気なのか。ありえないと分かっているのに、自信満々に言われると本当な気もしてきてしまう。


「じゃあ、本当に描いたんですか?」

「うん。それが数年前に焼けちゃっただろう?」

 そう言って足元の額をガシガシ蹴るアクタ。慌てて止めようと近づいたら、ぐいっと顔を近づけられた。

 ひょっとしたら慈よりも顔が綺麗かもしれない。綺麗というより、奇麗か。そんな彼はぼくに向かって、

物をそのままにしておくのは気に食わなくてね」

 と言う。


「……壊された?」

「そう、あれは故意に燃やされたんだ」

「まさか!」

「信じられないのは構わないけどね。今回のは、修復するために盗んだわけ」


 アクタの言葉に納得いかないながらも、確かに絵画は元に戻ったなと考える。それは『修復』というより『交換』の方が正しい気もするけど。でも、どちらも本当に彼が作ったとしたら──それは『返却』と言えるかもしれない。


「……なんでそんなことを?」

矜持きょうじってだけじゃあ納得いかないよね。そうだな、俺が目立ちたがりだったからってのはどう?」

 まるで納得する形を探しているようなアクタに脱力しつつ、一応「自首などは」と聞いてみる。


「まさか! する訳ない!」

「ですよね……」

「デビュー戦にしては良い出来だったと思うけど?」


 心底不思議そうに言ったアクタは、やっぱり常識に欠けていた。


「失礼なこと考えてない?」

「まさか」


 誤魔化すぼくに懐疑そうな目を向けるアクタだったが、気にせずささっと荷物をまとめた。逃げるのかと構えるぼくだったけど、それとは裏腹にアクタは優雅にこう言った。


「また呼んだらおいで」


 その言葉にぼくは首を傾げた。呼んだらって、彼はぼくの連絡先を知らないだろう? と。でも、そんなぼくを他所に、アクタは窓に足をかける。窓──ここは三階なのに、まさかそこから飛び降りる気か!? と慌てて手を伸ばしたが、その手はまたもや空を切った。


「じゃあね、京終智吏くん」


 そうして出て行ったアクタ。ぼくは急いで窓に駆け寄ったが、アクタの姿はどこにも見当たらなかった──。


   6


 結局、家に帰ったぼくは警察に通報することも、級友たちに言うこともなかった。代わりにスマホを開いたらアクタの連絡先があって叫んだのは、また別の話である。

 こうして、山倉アクタのデビュー戦は、謎多き未解決事件として幕を閉じた。


  (終)


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