彼の守護職を勝手に務めるにつれ、花輪くんが消えるタイミングが徐々にわかってきた。

 あくまで推測だが、彼が熱心に何かに打ち込みすぎている時、何かに気合を入れ過ぎている時にパッと消えるのだ。

 熱心に物事を取り組むことはとてもいいことだ。でも、本人に自覚がないのだろうか。消える瞬間、私がどれだけ焦っているのか、彼は知る由もない。

 後者の話は、別にどうでもいいのだが、前者の本人に自覚があるかどうかは、普通に考えて気になる。

 そこで、私は彼が一人になったタイミングを見計らって、透明になることに自覚はあるかを問い詰めることにした。


 授業と授業の間の休み時間や昼休み、彼は友達に囲まれている。そして、私も胡春のくだらない話に付き合わされ、話しかけることができなかった。昼休みも、放課後の文化祭準備をしている時も同様である。


 私は、家に帰って制服のまま、自分の部屋にこもって考えた。

 このままでは、花輪グループ滅亡の危機かもしれない。私は、自分のことのように焦る。

 とりあえず、花輪グループの医薬品は、多くの医療現場で活躍しているのだから、自分の焦り度合いは正しいのだと、心を落ち着かせた。

 不意に、『仲間に頼ればいい』という賞賛すべき案が頭の中に浮かんだ。三人いれば文殊の知恵ということわざに則って、それとなく誰かに相談してみよう。 

 まあ、二人くらいの意見を取り入れれば、いい考えが思い浮かぶはずだ。

 ひとまず、彼と二人っきりで話せる時間を設けるにはどうすればいいのか尋ねることにした。


 とはいえ、私は、学校の人たちにそのことを相談して、変な噂になることを恐れている。

 まず最初に、仲のいいお客さんが来ていれば話を聞いてくれるかもしれないという期待をした。

 早速来客なされているかを確認することにしたため、居酒屋の方に向かって廊下を歩く。

 すると、ちょうど良いところに、運営の休憩中であるお母さんが現れた。グットタイミングだから、と思い、質問をする。

「ねえ、お母さん! クラスの愛され人気者男子と、二人っきりで話すにはどうしたらいいと思う?」

 母親は大きく目を見開いた。私はハッとなる。

「理寧、好きな人ができたのね! いやだあ、いつも仕事手伝ってもらってたし、まともに恋ができない子だと思っていたから嬉しいわ。お父さん、張り切ってご馳走作ってくれちゃうわね!」

 私は、勢い余って質問の言葉選びを間違ってしまったようだ。あっという間に、盛大な勘違いが生まれた。

「そういうのは、お母さんに任せなさい」

 お母さんは、自信たっぷりな顔で自分の胸を張って叩いた。

「懐かしいわね、お母さんの初恋の人も、クラスで人気者の爽やかマンだったからからさあ、気持ちわかるわ」

 私はこの勘違いを止める隙がないのを悟り、心を無にする。

「バレンタインでチョコ渡してみたり、曲がり角で偶然装ってぶつかってみて、話すきっかけを作ったり、その人の誕生日に手紙書くとか、試そうとしたけど無理だったわねえ、恥ずかしくてねえ。でもさ、今はスマホっていう便利なアイテムがあるじゃない。メール送るのよ! 絵文字もつけられるし、既読したかもわかるしね。クラス共有のメッセージ交換場所くらいはあるでしょ? お母さん、まだガラケー使ってるからよくわかんないけど」

 今度は私が大きく目を見開く。

「そっから追加するのよ! 連絡先、交換しちゃいなさいよ!」

 お母さんは、私の背中をドンと鼓舞を振るわれるように叩いた。

「なるほど、 ありがとう! そうする!」

 私は自分の部屋に置いてあるスマホの元に、向かって小走りで向かった。お母さんに生み出してしまった勘違いのお陰だ。素晴らしい名案の代わりに、両親に、私に好きな人ができた、という期待させてしまって申し訳ない気持ちが少し残った。


 スマホを手に持ち、布団に横になる。

「よし、まずは追加をするとことから……ん?」

 メッセージ交換アプリの通知がきていたため、なんだ? と思いメッセージを開いた。

「え、花輪くんから追加されてる」

 驚きのあまり、自分の声の低さにも驚いた。

 

『会って、話したいことがあるんだけど、いつなら会える?』


 私は、またもや勢い余って、『今すぐ会える』という端的なメッセージを送った。

 送った瞬間、「ああ」と唸る。絶対、せっかちと思われた。

 私がメッセージを取り消す前に、返信が来た。

『なら、駅の中央改札口に来て』というメッセージに、学校の最寄駅で待ち合わせて、フラペチーノを飲もうという約束まで付け加えられたメッセージが送られてきた。私は、お気に入りの一つである、デフォルメされた可愛いイラストの白猫スタンプを送った。白猫はこう言っている。『おっけい』。


 私は、制服で部活帰りのクラスメイトと鉢合わせするのは気まずかったので、私服に着替えることにした。おしゃれをした方がいいかもしれない、という考えが頭に過ったが、花輪くんは恋人でもない。私は、彼のことを勝手に守護しているだけなのだから、張り切った服装をしなくてもいいか、と小さく頷く。一人で納得した。

 とは言いながらも、女の子らしい薄ピンクの半袖ワンピースをクローゼットの中から選び、袖を通した。髪は、高い位置でポニーテールを結び直し、学校で指定されている地味色のシュシュから、柄付きの白いシュシュに変えた。

 十八時前に家を出た。これから居酒屋は忙しくなるというのに、母親は珍しく出かけることを承諾してくれた。先程生まれてしまった、勘違いのお陰である。

 言わなくてもわかる、と微笑まれた。そしてすぐ、「よろしい、頑張ってこい」と右手でグッとサインを送られたのだ。

 メッセージの内容を見たのかと思うくらい、お父さんを上手く説得してもらえたので、言葉に甘え、駅に向かって自転車を漕いだ。

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