第一章 小さな小さな恋の物語
ー神様。どうか優子のお願いを聞いて下さい。ー
ー神様……神様……。ー
「何だ?この耳障りな祈りの声は?」
背中に生えた大きな黒い翼を羽ばたかせ、私は、声のする方へ飛んだ。
声は、この病院の5階の窓から聞こえる。
しかし、何とも大きな病院だ。
ここには、今にも死にそうな者達がウヨウヨといる。
ここに居れば、私の仕事も絶える事がないだろう。
ー見つけた。ー
「何だ。まだ子供ではないか。しかし……。」
その子供の内から灯る命の火は、今にも消えそうに、ユラユラと揺れている。
「お前か?先程から、祈りを捧げているのは?」
私の声に、少女は、驚いたように、顔を上げた。
「あなたは、だぁーれ?神様なの?」
丸く大きな目で、私を見つめながら、少女は、首を傾げた。
「神様だと?この鎌が見えないのか?」
私が大鎌を見せると、少女は、嬉しそうに手を叩いた。
「凄い凄い!お兄さんは、手品が出来るの?それ、何処から出したの?」
キャッキャッと声を上げ笑う少女に、私は、呆れたように息をついた。
「私は、死神。名をハーデスという。お前を死の国へ連れて行く為に来たのだ。この大鎌で、お前の首を切り落としてやろう。どうだ?怖いか?」
声を低くして、私が言うと、少女は、きょとんとした顔で見ていたが、すぐに、にっこりと笑った。
「ハーデスのお兄さん、私、優子。よろしくね。」
何なんだ、この子は、私が見る限り、この子の命は、そう長くない。
なのに、何故、こんなにも明るく笑えるのだ?
まだ幼すぎて、死の意味が分からないのか?
「お前……。もうすぐ、死ぬぞ。」
「うん。知ってるよ。だから、神様に、お願いをしていたの。」
キラキラと目を輝かせ、優子は、言った。
「……でっ、神様に、何をお願いしていたのだ?」
私が尋ねると、優子は、少し恥ずかしそうに、顔を下に向けた。
「あのね……。私、恋がしたいの。」
「恋……?!お前、歳は、いくつだ?」
「5歳!」
5歳?!はっ!5歳で、恋だと?!
何と、おませなお嬢ちゃんだ。
500年以上も生きてる私でさえ、恋は、まだ早いと言われているのに。
私は、腕を組むと、優子に、こう言った。
「居もしない神になどに、お願い事などやめろ。無駄だ。」
私の言葉に、優子は、少し悲しそうな顔をした。
「神様……居ないの?」
「ああ、居ないさ。だって、そうだろ?本当に、神様が居たら、お前みたいな幼い子供の命が消えるなんてないのだから。」
吐き捨てるように言った私をじっと見つめると、優子は、また、にっこりと笑った。
「じゃあ、ハーデスのお兄さんなら、優子のお願い叶えられる?」
「はぁ?私は、死神だぞ?魂を取ることは出来ても、願い事は……。」
言葉に詰まった私を優子は、チラリと、横目で見る。
「フーン……。お兄さん、死神のクセに、願い事も叶えられないんだ。」
「バカにするなっ!私は、死神だぞ!私に不可能という言葉はない!」
ナポレオンかっ!
思わず、自分で、ツッコミたくなるような言葉を吐き、私は、ハッとなった。
優子は、私の手を取り、嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ、優子のお願い聞いてくれるよね?やったー!!」
「こらこら!私は、まだ約束はしてないぞ。」
私の言葉も聞かず、飛び跳ねて、大喜びをする優子を見ると、それ以上、何も言えなくなった。
私の手を握り締める手。
とても細くて、小さくて、それでも……しっかり、温かくて。
この子がもうすぐ、死ぬのか?
本当に……?
神様なんて……本当に居ないのだな。
優しい死神 こた神さま @kotakami
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