泡沫じゃねえよそんな攻撃

「いーか、ぽまいら!女子小学生を殴れるヒーローはヒーローやないんやで!俺が相手や!」

 雪葉の前に立ってかっこよく叫ぶ里盆。しかし…


「誰これ」

「知らない」

「まじ誰ですかあの人」

「オカマか駆け出しコスプレイヤーでしょ」

「巻き込まれ系一般人かな?」

「きみー、危ないから外に出なさーい」


「…………はあああ?!」


 これには誰でもブチギレである。組織幹部なのに誰にも認知されていないなんて、悲しすぎるのだ。


ーーーーーーーーーーーーー


「早く行動しろよ!」

「幼女を守護れよ!」

「存在感だけは一番あるのになんでだよ!」

 大ブーイングも大ブーイング。阿久埜は特に大声で叫んでいる。

 しかし、一番叫びたいのは里盆だろう。

 既に気を回したいことが多すぎて混乱し、大怪我の雪葉と宿敵のヒーロー数名に心配されている。


ーーーーーーーーーーーーー


「…とにかくっっ!!!」

 気を持ち直したのか開き直ったのか、正面を向いて声を張り上げる里盆。

「雪葉のこと、こないに甚振って…許せへん!来るなら来い!俺が相手や!!」


「【蔓ノ装・纏足・棘飾(とげかざり)】」

「い゙っっ……!」

「は!?おい倫理観どえらいことなっとるなお前!!!」


 ヒーローとは、ときに無惨である。そして、物語のような愚直なヒーローなんてそうそう存在しない。人質だって余裕で取るのだ。


「りぼんちゃん、落ち着いて」

「は?無理やろシンプルに!」

「りぼんちゃんは優しい、だから付け込まれる、それだけのこと」

「え、ちょ、今そんなこと言うとる場合やなくて…」

「ヒーローがいつまでも待つとは限りません。ぜったい、大丈夫ですから」

「……すまん!もう絶対攻撃させんからな!すぐ終わらすから!!」


 思いを固めたのならば、やるだけだ。里盆はごくっと唾を飲み込み、頬をバシッと叩いた。


「あー、まず、俺のこと知ってるやつ、手え挙げろ」

 誰も挙げないので、舌打ち一発。

「意味ない訳やないんよ?私怨っておまいらが思ってるより強いかんなっっ!!」 

 まずはパンチと回し蹴り。さらに軽い喧嘩技、護身術なんかでも、一応前衛っぽい人たちの半分くらいまでは通用したのだが…

 ちょっとまずそうなので、作戦変更。本領発揮のお時間だ。


「【泡沫・流星群】!」

「水組!総員攻撃!」

「草組!拘束準備!」

「【蠱毒】」

「【烈華暴発】!」

「【アイスパール】」


「【泡沫・凍結毒蜜花・鳳爆】」


 ひたすら真似して混ぜてぶちかます。里盆のやり方は、これに他ならない。

 爆発音。爆風。花の匂い。毒が喉に張り付く感覚。

 その一つでも途切れる前にと、里盆は雪葉に駆け寄った。


「これ、抜けないよな?」

「抜いたら死ぬよ…」

「おし、切るわ。そしたら投げるから、ちょっと怖いかもやけど堪忍な。あっちで待機してもらっとるから」

 棘をジャキジャキする。思ったより早く切れて助かった。

「いくで?……って重くなったな」

「クソが。もういいです。エスパーで飛ぶんで」

 雪葉は、語気ちょっと元気な風にして無理やり体を浮かし、建物へ行った。


「【コマンド:混合・カウンター攻撃 出力:81 対象:全履歴】」


 ガラケーの形をした、一般的に、アーティファクトとか秘密道具とか遺物とか呼ばれそうなそれに命令する。

 放つのは、里盆が見てきた全てのヒーロー、受けてきた全ての技、接してきた全ての悪の組織の特徴を、ぜんぶ掻き集めた産物。

 早めに終わらせるには、一発KOが理想的だ。


「【泡沫・大竜巻】!」

「【蔓ノ装・長襦袢】!」


 鋭い風と水がビッと頬に線を引き、巻き付いた蔓の棘がワンピース、ブラウス、皮膚の順に里盆を貫く。

 はっきり言って、大チャンスである。


「ハハッ、おもろいわあ」


 その勢いで炎と毒と氷も貰っておき、そして、今度こそ。


「【統合・展開】」


 里盆は、相性も、相乗効果も、使った後の結末も、何も考えていない。

 ただただ、強い創造物を目の前に出して、放り出す。


「ハハハッ!やったわこれ!中を薄くするな!ボスのいる地下室を守り、遠隔攻撃組は半分こっちに!」


 危機感はものすごくあるが、里盆は半笑いである。

 なぜなら、水を大量に使うタイプの、炎ヒーローと悪の組織の幹部を息子に持つヒーローが、里盆の全力の一撃を、一人で防いだからだ。


「【泡沫…」

「後ろ回し蹴り一丁おおお!」

「困ったちゃんにはお仕置きだっ!」

「流星群】っ!!」

「「ぐはあっ!!!!!」」


 と、ここで、援軍が来て、即撃沈した。

 しかし、その援軍はうめき声の割に素早く態勢を立て直して、立ち上がる。


「…クソ野郎共!」

 黒マッシュ黒マスク涙ボクロどしたん話聞こかクソ野郎と、ミルクティーウルフうさちゃんヘアピン自称小悪魔可愛い系クソ野郎の二人こそ、その援軍だった。


「りり!俺たちがついてる!全力で止めるぞ!」

「りっちゃんは俺たちがいないと駄目だもんね?」

「うるさい!いくでえ!」

「「てやんでい!!」」


 本当なら、かっこいいBGMでも聞こえるのだろう。

 風だけが吹いた。


ーーーーーーーーーーーーー


「クソがよお!!」

「あんのホスト野郎共!!」

「エセ関西弁ムカつく!!」

「てやんでいも中々蛙化!!」


 正はブーイングしまくるみたらし談合の人たちをじっと見ていた。

 最初はただ人の心がないのかと思っていたが、表情を見ているとちょっと違う。自身が経験していなくても、ヒーローとして周りを見ていれば、人間の表情が分かるようになるのだ。

 あれは、仲が良い顔だ。里盆ならなんだかんだ言っても大丈夫だという信頼。里盆たちにならこの場を任せられるという、保証のない信用。それを人は友情と呼んだり呼ばなかったりする。


「ただなあ…」

「マミーのこと、気になる…よね?」

 頷きながら隣を見ると、颯天の珍しい真面目顔を拝むことができた。

「僕、何も知らなかったんだ。マミーがどんな思いをしてきたのか、とか、兄ちゃんがどうして悪の組織に入ろうと考えたのか、とか、そういうの」

 ひたすら辞めたい辞めたいと思ってきたヒーロー業。だるいしきついだけで、何も嬉しいことなどないヒーロー業。

 それを、その何倍何十倍ものしんどさを抱えながらも続けた成れの果てこそ、水希の…母の姿なのだろう。


「僕、多分今すぐにマミーと話さないといけないんだ。でも…」

「今はだめだな。せめて、里盆たちが少しでも落ち着かせてくれれば…」

「兄ちゃん…」

「俺はまだ認めてないんだけど…まあ、いっか」

 阿久埜は、ちょっと顔を強張らせながらもそう提案してくれた。

「ちょっと殺気が抜けてきたら、一緒にお母さんのとこに行って、三人で話そう」


『緊急ーっ!!!!!かなりやばい!ボス!出番や!!!』


 既に、完全平和エンドは消えていそうだった。


「しかも俺ぶっ飛ばしてなの?!」

「やれやれ…仕方ないなあ」

「あああああそれ一般人が言ったら死ぬセリフ!それ最強じゃないと言っちゃだめだから!!」

「大丈夫。私と氷波がいれば、敵なんていないもの」


 いつの間にか迎えに来た氷波と共に歩き出し、振り返りざまに自信をあらわにする。

 その姿は、みたらし談合側からすれば誰よりヒーローであった。

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Hey Hero 岬 アイラ @airizuao

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