抹茶じゃなくてもママじゃなくても

「暇だねえ」

「肉食べる?」

「まさかそこまで野生に還るの?」

「コンビニのビーフジャーキー」

「ありがたく頂戴する」

 正はオンモードを捨てていた。実質野生である。


 正は抹茶を愛するが、おつまみ的な食べ物も嫌いじゃない。コンビニのホットスナックやスーパーの惣菜パンなども割と好む。ぶっちゃけそんなに頓着ない。美味しいものは美味しいし好きなものは好きなのだ。


「ねえ、みたらしだんごだっけ?紹介してよ」

「ん?うん」

 ダンゴとダンゴウって喋ってると大して変わらないから、正は気が付かない。


「阿久埜は僕の兄ちゃんね。んで、女装は里盆で、ロリが雪葉で、あと、昨日見たんだけど、氷波って人とせなって人もいる」

「ほーん。楽しそう?」

「楽しいよ。…ヒーローより、自由だし」

「そっかあ。…革命起こさない?」

「ん?」


 今まで何聞いてたんだってレベルの発言に、流石の正も耳を疑う。


「いや、思ったわけ。ヒーローと悪の組織が仲良くなれば全解決じゃない?」 

「颯天………!んな当たり前なことを…!」

 だって仲良しだったらこんなに戦わない。これは善黎学園そのものの偏差値が気になるレベルの考えである。


「ねえ、暇じゃない?」

「さっき言ったじゃん。暇だよ」

「俺ね、思ったんだけど」

「今度は何?」

「みたらし談合行かね?」


 颯天はいつも支離滅裂である。


ーーーーーーーーーーーーー


「あーくん、反抗期とかなかったの?」

「家出る直前は勢い任せだったけど」

「例えば例えば?」

「【敵とか悪とか言って殺しまくってなーにが正義のヒーローじゃボケェ】とかかな」

「はい既に悪の組織ーーっ!いやぁおもろいな人の黒めな昔話は!」


 みたらし談合は、今日も元気な幼稚園状態である。

 せなはダウンしたのでいない。氷波は看病という名目でせなを独り占めしているのでいない。

 よって、おなじみメンバーの集結だ。


「お邪魔しまーすっ!」

「黙っとりゃ邪魔やないわーっ!…って、お前らか」

 来訪者の叫びにクソデカボイスで応じた里盆は、糸目こそ崩さぬものの驚いた顔をした。

 会ったことのあるクソガキ二人。ちょっと暇、そして、今丁度お兄ちゃんが話している…

 そんな状況、ノリを大事にするこの男からすれば最高である。


「ほい」

「ん?!」

 正の首根っこを掴んで阿久埜の真っ正面に座らせることなど、テンションブチ上がり里盆にとって造作もないことだった。

「颯天!こっち来い!」

「え、あ、ああ、うす…」

「実に男子中学生のリアクションで良き!はよ来い!」

「押忍!」

 そして、この地味にファッション知識があり地味にリアクションもできる友達を放っぽり出すほど無能ではないのが里盆なのである。




「麦茶とほうじ茶と緑茶とそば茶と玄米茶。サッサと選びやがれやァ」

「ヒャうわぁっ?!?!?!」

「フギャァッッ?!?!?!」

 氷が入ったプラスチックコップが、順番にクソガキ二人の首に当たった。


「粗茶でオモテナシしてやんよ。さっさと帰れ」

 声と話し方から予測できた通り、氷波だった。すっごく迷惑そうな顔で、すっごくグツグツしてる小さめのヤカンを、頭に一個、右腕三個、左腕一個装備している。左手には先程のコップが二つ。そして、髪と腕を炎が覆っている。

「みたらし談合はお前らみてえな腑抜けた奴には向いてネェんだよ」

「す、すいません…あ、緑茶がいいです」

「ご、ごめんなさい…えっと、玄米茶で」


「まーた独占欲みたいなアレやろ?意地悪せんといてや」

 ど、独占欲…となっ?!と思ったなら、勉強不足である。これは通常運転だ。


「ん、俺そば茶で雪葉が麦茶なー」

「あーくんとひなちゃんは何にする?」

 頭の上に置いてあるヤカンと右手の手前にぶら下がるヤカンを里盆が取り上げ、雪葉が残りを浮かす。

「やめろぉ!グツグツが台無しになっちまう!コップ爆発嫌がらせ計画がぁっ!○ネェ!!」

「ここで殺戮的新人いびりをさせる気はないでえ!」

「冷静に!冷静にひなちゃん!」


「ねえ…颯天はなんで僕をここに連れてきたの?」

「え?楽しそうだから」

「………」

「あーいや、からかいたい訳じゃなくてさ」

「からかってんじゃん」

「いや普通にさ、こんな正、今まで見たことないもん」

「…あっそ」

「煽ったり嘲笑ったり怒鳴ったり不満を顔に出したり口答えしたり」

「酷くない?」

「等身大の本物の正を始めて見れた気がする。俺は嬉しいよ」


 正の心のドアがちょっと開いた。

 あと、まさぴよりんって呼ばれてなくて、ちょっと悲しかった。


ーーーーーーーーーーーーー


「なんでパーリナイ?」

「どうしてもこうしてもパーリナイや!」

「昼なのに?」

「細けえこと言うと車買わせるぞ!ヒャッハー!!!」

 何がどうしてこの惨状か。誰も酒なぞ飲んじゃいないのに、この奇妙なテンションは何由来なのか。

 簡単である。大騒ぎは不安の特効薬で、今、みんな不安だからだ。そして、テンションを行動原理の最上位とする女装男子の勢いにヒーローが負けたからだ。


「せなさん、ぶっ倒れてたんじゃないの?」

「…ふふっ」

「おい何飲んどるんやボス」

「…梅酒」

 やっぱ訂正。約一名、酒飲んでた。

「ほう、ウォッカなのがバレてないと?」

「え、お酒?今飲んだら死ぬんじゃない?」

 大正解。ウォッカは、アルコール濃度が最高96%のやべえ酒である。普通のやつでも40%くらいはあるので、虚弱な体に流し込んで良いものではない。


「気付けみたいなものだよぉ。見逃して?」

「「「やれ、雪葉」」」

 時は止まり、梅酒ウォッカ割りの行く先は流しのみとなった。


「ゆきちゃん?」

「…っ健康の、ため」

 バギッと凄い音がして、雪葉のプリンがオーバーキル・フリーズされた。

 しょうもない争いは、プリンを溶かした氷波とノンアル梅酒を持ってきた里盆によって終了した。


ーーーーーーーーーーーーー


「お母さん。私、どうしたらいい?」

「…」

 大楽櫻子は、孫と娘のことも考えながら世間体と後始末のことも考えなくてはいけなくなった。

 流石に愛していないとは言わない。流石に水希まで追放するわけにはいかない。ただ、正がいなくなりシンが記憶を取り戻したとなれば…


「あの子たちを止めなきゃ、ウチは終わりでしょうね」


 もしマサが二人いたとして、同じ時系列にいるはずはない。


 水希は心が狂い、息子たちの記憶をごちゃ混ぜにした状態でこの十数年を生きてきた。…そう、真にも正にも「マサ」と呼びかけていた時期が数年あった。

 当然、【シン】である阿久埜は【マサ】と呼びかけられることにトラウマを抱く。当然、正は何も知らない。

 真実を言いたいところではあるが、櫻子も進んで娘を壊しにいくほど母性を捨てた訳では無い。


 ならば、取る手段は一つ。

 このまま隠し通して、水希だけでもヒーローで居させるのだ。


「行くよ、水希。まずは敵数を把握、早いうちに攻撃だよ」

「でも…正は?」

「…どっち?」

「今日出てった方」

「一応捜索してるけど…十中八九、あそこにいる。仲が良さそうだったしね」


 階段を降りながら、後ろを見る。

 大人の姿をした少女が何になろうとしているのか、櫻子には見当がつかなかった。

 水希は、ただただ濁流のような感情を瞳に浮かべていた。

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