愚かなるヒーロー
「颯天、ここ…絶対君の家じゃないよね?」
「うん」
「認めないでよ」
「ここは俺の秘密基地」
「秘密基地リアルに作れる人間って存在するんだ…」
わざわざ家の前の道路まで迎えに来て正を飛び降ろさせ、風の能力で優しくキャッチする…そんな怪しいまでの紳士ぶりを見せていた颯天。
こういうことか。の一言である。
目的に合わせつつも、クッッッッソ楽しみてえ!の思いがよく伝わってくる。彼らしいと言えば彼らしい。
「でも洞穴じゃん」
「俺の力はめちゃくちゃ雑用向けなんだよ」
「?」
「モンスター百体倒すより洞穴掘って快適にするほうが千倍楽ってこと」
「へー……え、すご」
並の人間が工事をする映像を思い浮かべれば、颯天のすごさはよくわかる。新人ヒーローでも、モンスターを一体倒すのに五分かからない。正レベルならパンチ一発でオーバーキルだ。颯天さん、ちょっとだいぶかなりすごい。
「お、おじゃましまーす」
「おかえりなさいませ、ご主人様♡」
いつもの調子を崩さないのは、気遣いか、単なるテンションか。どっちでもいいけど、正はそのなんとも言えないゆるさが好きだ。
「うわ、この凹んでるとこ、めっちゃ寝れそう」
「だろ。布団敷いたら実質○ogiboだもん」
「布団ないけど」
「奥にある」
「天才的」
颯天は、意外と用意周到である。
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「おはようさん。生きとるか?……うわっ」
「もう。そんな引いた目で見ないの」
視界を下にもっていけば、里盆の反応は仕方ないと思わざるを得なくなる。
今年酒と煙草を嗜む権利を手に入れた男が、自分のボスに抱きついて泣きじゃくる画なんて、誰が見たいか。しかも、ほんわか穏やかママみ全開お姉さんに抱きつきながら泣く画なんて。
「あ…ごめん…」
「ごめんで済んだら正義と悪はネェんだよ」
「いや。普通にいつもなら蹴り倒しとったわ」
「きっしょぉ…メスガキに寄ってくるおっさんより、上司のお姉さんにいきなり抱きつくあーくんの方がきっしょい…」
「こらこら。みんな静かに」
マジママじゃん。ママよりママしてるよアンタ。誰もがそんな気持ちを抱きかけた。
「服に鼻水を付けられたお仕置きは、私の特権なんだから……ねえ?」
取り消した。
せなが不穏に唇の端を吊り上げたのと時を同じくして、阿久埜の部屋では、氷漬けミニカーが雪崩を起こしていた。
「ま、茶番はこんなもんやろ。気分はどうや?」
「最悪の気分」
「ごめんやで」
「いや茶番は別に何もなかったし」
「……………」
地獄が爆誕したところで、阿久埜は話を続けた。
「俺、過去回レベルに話すと思うけど。トラウマだし多分途中で狂うし」
「いいよ。阿久埜くん。話して」
「…うん」
里盆は過去回想放映機器【過去再現TV】を持ってきてくれた。これで、本人視点、本人の想像通りの過去回を見ることができるのだ。
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俺、元々あそこの家の、長男なんだよ。
一切のヒーロー能力は持ってなくて、物心つかないうちは家が修羅場だったらしいけど。
でも、父さんも、母さんも、じいちゃんばあちゃんだって、俺を大楽家の子として可愛がってくれた。頑張ればヒーローになれるって言ってくれた。だから、ガキのくせに筋トレだのシャトルランだのの真似事して、頑張ってたんだ。
でも、弟が生まれてから、全部変わった。アイツは、炎を操る正真正銘のヒーローだった。
俺はその後もなんとなく育てられた。
段々周りの反応が雑になって、誰も自分に期待してないって分かる瞬間ときたら。あれマジで地獄じゃ済まないぜ?
んでさ、挙句の果てには、ばあちゃんに身一つでほっぽり出されたんだよ。しかも、実は家族全員了承済み!終わってんだろ?
もー大ショック。で、ブラックアウトからの記憶喪失彷徨いボーイからのここに来たってわけさ。
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「いやツッコミにくいな」
「泣けませんね。グロ過ぎる」
「おーおー、お前も相当黒いモン抱えてんじゃねぇかよぉ」
「…うっせ!車奢れ!」
さっきまでの雰囲気が大爆発だ。既にちょっと明るい。騒がしくしやがって。
「それで…これからのことだけど」
わいのわいのとしていたメンバーは、せなの言葉で黙った。
「阿久埜、あなたは、どうしたい?」
「俺?何をするってのさ」
「いや、総攻撃とかなら私達も協力…」
「しないしない!しないって!…ま、強いて言えば弟の力くらいにはなってやりたいけど…」
なるほど何をすれば良いか分からないのか。ならば話は早い。
「まずパーティーせえへん?」
「「「「大いに賛成」」」」
困ったらパーティーすんのが、みたらし談合のここ五年くらいで出来たしきたりである。
「会場は?りぼんちゃんのお兄さんのとこ?」
「あー…今回は、パスで」
いつもはノリノリの里盆が珍しく、自分から宴会場提供を断った。
「兄さん、最近不安定やから。…ってかしばらく来れんかも。ごめん」
「海都くん、まだ私たちのこと信用してない?」
「全く一切ってほどにな」
里盆の兄、海都は、いろいろ事情があるようだ。いつかは判明するだろうし、重い話は続けてするもんじゃない。
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「水希。水希。水希ったら!」
「…」
「起きな!!!ったく四十手前にもなって…」
ピシャアンと襖を開けて怒鳴るのは、孫の前ではまだまだ猫被りのおばあちゃんである。
「まさに、バレた」
「ちょっと。何言ってるの」
「第一のマサと第二のマサがいるって!!兄の存在は正しい記憶だって!!もうだめ!!!全部おしまいよ!!!」
大楽水希もとい正マミーは、人妻どころか大人の女性の雰囲気すらなくし、幼子のように泣き叫んだ。
「もう、ヒーローなんて、わかんないよ!」
零れる涙は、皮肉にも、彼女を本物のヒーローに仕立て上げたものだった。
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十五年前の四月、名古屋港付近。後の【真珠姫の降臨】と呼ばれる出来事。
当時最も大きかった悪の組織【パピルス・ゴーストライターズ】が、東京湾付近にて宣戦布告。二十七分後、本格戦闘が開始した。
狙われた三大都市中、最優勢、大阪ヒーロー連盟すぅぱぁみらくるド正義本舗、最劣勢、愛知ヒーロー連盟尾張最強英傑隊。ネーミングセンスが分かりやすいことこの上ない。
そして午後三時一分から三分。名古屋港に群がる推定六千二百体のモンスターを、一人のヒーローが完全制圧。
大楽水希、二十四歳。ちなみに嫁入りではなく婿入りスタイルであった。
第二子を妊娠中の身でありながら現場に出動。ヒーロー業の福利厚生が大変心配である。
で、傷を負った仲間の姿に涙を流すと。名古屋にいたから、もうメッタメタのギッタギタのヒーローがいっぱいいて、泣いちゃったと。
しかしその涙は、想定外の奇跡を起こすこととなる。彼女の、内なるヒーローを覚醒めさせたのだ。
【泡沫・三千世界】の発動。意図的に津波を起こし大量の水を制御。圧倒的な範囲攻撃でモンスターを殲滅した。
涙の数だけ〜的な言葉は、この年のトレンドワードになった。
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まあ何が言いたいかと言ったら、誰が好きで自分の子供捨てっかよバーカということである。おばあちゃんも、全体を優先した結果こんなクソ極端な手段に出ただけだ。
水希もまた、この連鎖のひとパーツなのだ。
好きでヒーローになれたらハッピーである。生まれがヒーローなら死ぬまでヒーローがオーソドックスな世界では、それが叶わない。
一言でまとめると、ヒーローってヤバすぎるんだよ。
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