薔薇と百合、ほとんど香らぬ正と悪、あと字余り

「いや誰…」

「あ゙ァ゙ん?何?あんちゃんが体で落とし前つけてくれんの?」

「【泡沫うたかた彗星すいせい】!!」

 すかさず母が武器を構え、鋭く水を発射した。

「そんなじゃア、せいぜぇ水蒸気爆発だ。笑わせる」

 そして、爆発オブ爆発。正は反射が遅れたが、母が首根っこを掴んで後ろに下がってくれたので無事だった。

 ちなみに水蒸気爆発は、めちゃくちゃ熱いものを水に入れたら大爆発するという現象だ。炎なら普通起きない。



「ホラ、里盆。せなのトコ行きな」

「え、えぇ…?」

「雪葉に行かせる気かい?」

「いやいやいや。そやなくて…いや、行くから!ちょい待っとってや!」

「雪葉。阿久埜止めな。うるさくてたまりゃしネェ」

「あーくんが死んじゃう!いやぁぁっ!!」

「おーちーつーけ。死にゃせんよ。エスパーで阿久埜だけ止めんの、できるね?」

 なんと、三十秒足らずで大混乱のみたらし談合を落ち着かせた。コイツ、中々凄いやつなのかもしれない。


 ギャルなゆるパーマ茶髪と、炎と同じ蒼の瞳と、何故かチャイナドレス。それも、短い上にスリットが入ってるエロいやつだ。正はお色気キャラは二次元三次元問わず苦手なので、マザコンと化す。


「ま、ママァ…」

「ちょっとは慣れなさい。ヒーローにもそのうち魅了系来るよ」

「いやだぁっ…」

「【泡沫・流星群】!」

 無数の泡は、ほんの少し、炎を揺らがせた。逆に言うと、水が炎に太刀打ちできなかった。

「なッ…」

「雑魚乙!!!」


 やはり言葉遣いが少々悪い。しかし、クソほど強い。

「正。援護」

「えぇ…」

 援護、援護射撃。つまり、雪葉と阿久埜に炎を浴びせろ。

 絶望しかない?いや、いける。

(圧倒的な実力差と射撃精度と運が上手く噛み合えば…)

 素早く小さなピストルに持ち替え、火の球を撃ちまくる。


「馬鹿だねェ」

(よし!)

 ガッツポーズは死んでもしないが、正は内心ニッコリした。勘が当たって、ギャルの炎が大きくなったからだ。

 それ自体は、自分の後ろを守るため、当たり前のことである。しかし、正の炎が飲み込まれた後、炎は、わずかばかり蒼さを増したのだ。

 さらに、ギャルは正解を発表してくれた。

「アタシの火は、炎を受ければ受けるほど、強くなるんだ。…同じ炎さえ、焼き殺せるくらいにね」


 ごうっ!と激しい炎が巻き上がる。ここに窓がなければ、ほぼ全員一酸化炭素中毒で終了していた。


ーーーーーーーーーーーーー


「おーい、氷波ひなみ!」

 このギャルはヒナミというらしい。

 声の主、里盆が、明らかにぐったりした人を背負って早足でやってきた。


「病人連れてきたの?!」

「今から無理矢理治すンだよ。…おめえらの為にな」

 死人にする勢いで、病人にファイヤーしている。危ないから止めないといけないけど、邪魔したら大変なことになりそうで、ぼけーっと見ているしかない。


「…おはよ、せな。立てる?」

 殺気は一旦消えた。ギャルは、別人かと疑うほど優しい声色と顔と態度だ。

「うん。ありがとう、氷波」

 小さなきれいな声で、そう答えるのが聞こえた。鈴を転がすような、が一番近い表現だろうか。髪の毛も肌も超真っ白で不安になる。


「ああっ!ストリートファイトの!!」

「あ、そうですよねぇ。昨日ぶりですねぇ。それで…」

 パキパキッ、ピキッ、と。スリッパからする音ではない音がして。

「みたらし談合に、何か御用で?」

 ぎゅるるるるるっと氷の渦が出てきて、ヒーロー二人を囲んだ。


ーーーーーーーーーーーーー


「正!」

「【ボルケーノ・ヒーローショット】!」



 想定外の事態が発生した。

 放った炎は、炎のままパキンっと凍ってしまった。正の母は、熱湯なんか出せない。

 シンプルに、終わりである。


「ねえ。大楽さんでしたっけ?」

「ちょっと!ここ、みたらし談合なの?!」

「ヒーロー…堕ちたものです」

「ねえ!!聞いてるの?!」

「貴女が私たちを潰せるように、私は貴女たちを潰すことができる」

「早く出して!ヒーローは、悪の組織を必ず終わらせるわ!」

「悪の組織…こちらからすれば、貴女たちこそ悪なのですよ」


 どちらも会話が通じていない。

 焦りや怒り。ヒリついた感情が、言葉の制御を疎かにするのだ。



 せなはため息をつき、雪葉は正たちを氷ごとエスパーで押して行く。このまま外に放り出されるのだろうか。

「今日のところはお帰りになってください」

「待って!真を返してよ!」

「わざわざ代わりを育てたのに?」

「っ…」



「え、いやいや、ちょっ、ちょっと待ってよ!」

 正からすれば、今のが一番の大大大大大ニュースである。

「僕、代わりなの…?」




 さて、兄弟の名前が同音異義語な時点でヤバさは露呈していたが、これは正にとっちゃ終わりの始まりな情報だ。

 正は断じて頭が良い訳では無いが、マンガみたいなすっげぇバカ脳をしている訳でもない。引っかかる違和感は、隠して誤魔化していた。

 故に。


「え?え?マミー、嘘だよね?」


 母が首を振ったとき、正の脳は混乱と悲しさで停止してしまった。

 正はメンタルが限界までくると意識不明の重体となるタイプだ。今まで分からなかったけど、今初めてそうなったことで判明した。


ーーーーーーーーーーーーー


「…」

 起きると自室だった。

 非常に気まずいし、誰も信用できないし、部屋の外に行きたくない。

 となれば、頼るは第三者である。

 ヒーロー界のすごい通信機器、デンパ・ツーシンで、颯天に連絡した。


「僕終わったかも」

「急に何?」

「かくかくしかじか」

「かくかくしかじかって何でも伝わる呪文じゃないんだよ?」

 改めて、かくかくしかじか。


「…終焉の炎が正を包んでるね」

「でしょ。笑っちゃうよね」

「家、ひと爆発させとく?」

「いや流石にしないし…」

「俺もそろそろ辞めたいんよ。姉ちゃんが分け前減らしてきた話したろ?」

 聞いたの初めてだよバーローと思いつつ、そんなことはしなくていいよと颯天を宥めつつ、お願いタイムだ。


「僕を颯天ん家に匿って!!!」

「よしきたお泊りパーリナイだ!!!!」

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