エグいロリ
チョキの手が【何か】を切り終えたとき、雪葉の手に痺れるような痛みが走った。
(『また』だ。こんなことを何度も何度も…異常でしかない)
視線の先には、笑顔でクッキーを渡している海都。しかし、雪葉には別のものが視えていた。
どす黒い、ドロドロとした何かだ。雪葉にはハートの形として視えるが、実際はもっと汚い、重いモノに違いない。
雪葉のエスパー能力は、人の心を色付きのハートとして視て、読むものだ。例えば、オレンジは喜び、紺色は悲しみ、灰色は反抗心などがある。
黒は呪いの色だ。得体が知れない唯一の色にして、最も業が深い色。そして、雪葉は、彼の呪いが何かをよく知っている。
(束縛、執着、行き過ぎた愛情…何回でも切ると宣言したのに、まだ懲りないなんて。……今は顔合わせを目的としているのだから、大事にするのはよくないか)
エスパーの力で切ったものは浄化される訳では無いから、施設に持ち帰る。だから、このままの状態を保っていないといけない。
ピリピリとする右手に絆創膏を貼り、椅子に座り直して「エスパー、解除」。雪葉の利き手は左手なので問題はなかった。
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「なんか、今一瞬時が止まったような」
「私です。ぬこのヒゲが落ちかけたので」
「身近ッ!」
「…いやー、あい変わらず雪葉は能力の使い方が大雑把やなぁ。嫌いじゃないで!」
その後はわーわーとうるさくしたが、怒鳴る客もキレる店員もいなかったので、特になにもなかった。
「カラオケ行くけど、来る?」
「カラオケですか。久しぶりかもしれませんね」
「行く行く行く」
「近頃行ってないわぁ。俺も行きたい!」
「ねー南都、僕は?」
「兄ちゃん、まだ営業時間の三分の一くらいやろ」
「…否めない」
「おっし、プリキュ○歌いまくるぞ〜!」
こうして、悪の組織メンバーとヒーローたちは、近くのカラオケボックスへと移動した。
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「走れ〜爆走戦隊カイソク・ソルジャ〜!勇気エンジン、アクセル全開〜全速力ッ!!」
「いよっ!70点!」
「勢い重視!」
「好きの気持ちは伝わった!」
「雪葉の方がうまいです!」
只今、阿久埜のターン。何度も戦隊モノを歌うあたり、プリキ○ア三昧の正と兄弟というのは嘘ではないのかもしれない。
何も流行りの歌を歌えと言うつもりは一切ないが、こうも趣味のわかりやすいカラオケは中々ないだろう。正と颯天と阿久埜はご紹介したが、他もわかりやすい。
里盆は国歌とか国民的アニメのオープニングとかウケ狙いの歌を歌ってスベりまくり、雪葉は洋楽やJ、KPOP、プロパガンダ音楽まで様々な歌を歌いこなしている。そもそも何故プロパガンダ音楽が機械に入っているのか不明なところではあるが、里盆は爆笑していた。
「時間的に最後ですが…何を歌いましょうか?」
「国歌斉唱で締めようや!」
「…りぼんちゃんが言うなら、そうしましょう」
「「「そうするの?!?!?!」」」
途中で何度も、ドアのガラス部分から覗いて引いた顔で去っていく人がいた。年齢バラッバラな五人が無駄に真面目な顔で君が代歌ってんだから当たり前である。
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「いや〜楽しかったわあ。誘ってくれてありがとさん」
「中々に楽しかったです。また遊びましょう」
「いいか?次は85点までいくからな?俺の車への愛ナメんなよ?」
「あー、ハイハイ、じゃあね」
適当に返事をして帰ったものの、また会って遊べるかって言ったら確率はゼロに等しかった。
数日後、正とみたらし談合幹部は、予想外過ぎるきっかけによって再会を果たすことになる。
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「正。これ行ってみない?」
「えー、なに?母さんの知り合いだったらお断りだよ。話長いし」
「ん?何か言った?」
「謹んでお引き受けさせていただきます!」
「よろしい」
正の母親は時々こうして、息子を何かに誘う。大抵は彼女の知り合いの御姉様のヒーローたるもの系講座なので、NOT乗り気で参加しているのだが…
「実は今回のは、全然知らない人からのお誘いなのよねえ」
「えっ?」
どうやら今回は違うらしい。
「お母さんね、今日駅で知らない女の子にストリートファイト申し込まれてね、負けちゃったの!」
「はアァ?!?!」
おいおい嘘だろう。少なくとも正は嘘だと思った。大楽家はヒーローの家として超有名である。その中でも本家…正の家は屈指の強さを誇っていて、現役バリバリ水系ヒーローの金字塔の正マミーが一般人に負けるわけがないのだ。
「す、ストリートファイトって、殴り合い?」
肉体戦闘オンリーならばワンチャン、フィジギフの人には負けるかもしれないと踏んだ正。しかし、母親は余裕で期待を裏切った。
「ううん。能力オンリーの戦いよ!」
「マミーやばいじゃん!!!大楽家の恥さらし時代到来しちゃうよ?!?!」
「そんなことは置いといて」
「置いとかないで!」
「その人がちょうどヒーローの育成に励んでいるらしくてね、誘ってもらったの。どう?」
「ママに勝ててヒーローの育成してる人を僕が知らないわけないでしょ?!やばい団体なんじゃ…」
「強いんだし入ってみたら?」
なんだかんだで体験してみることになってしまった。
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「こんにちはー!いますかー?…ねえ、けっこう建物キレイじゃない?」
「そうだね~!もっとこう、道場的な感じだと思ってた〜〜!」
(言えない…ここ悪の組織ですよとか実は来たことあるんですよねとか口が裂けても言えない…!)
というか、みたらし談合は悪の組織。何故能力なのだろう。能力とは、ヒーローのものである。
「こんにちは。体験ご予約の大楽正さんでお間違いないですか?」
(えっ、阿久埜?!?!イメチェンハマったの?)
なんと阿久埜が受付役をしていた。しかし、イメチェンなのか偽装的な感じなのか、ガラの悪いメガネがただの真面目メガネになっている。わざわざ幹部なのはどうしてか。あんなにたくさんの手術室が埋まるくらいに人はいるらしいのに…
「はい。大楽です…あら?ストリートファイトのお姉さんは?」
「ストリートファイトのお姉さん?!…失礼しました、名前や外見の特徴などを教えていただけますか?」
「えーっと、白い髪の毛の若いお姉さ」
「あ〜!それはそれは失礼いたしましたあ。彼女は只今死んでおりましてえ」
「只今死んでおりまして?!?!」
「正。お世話になるんだから失礼のないヒーローでいなさい」
納得いかないままみたらし談合の施設内へ入る。母親はお姉さんいないならリベンジできないじゃないとかなんとか言って帰っていった。
ので、阿久埜とお話をする。
「まじ何やってんの?何その格好。てか他の人間は?」
「今日はどこぞのヒーローさんが来るから念の為幹部以外帰らせたの」
「なるほど」
「ストリートファイトのお姉さんの正体知ってんの?」
「あー、あれ俺らのボス」
「ボスってストリートファイト仕掛けるの?」
「その答えは俺と雪葉が解説するで!」
「アンタらもシンプルイケメンとシンプル幼女に成り下がりやがって!」
女装無し里盆とカラコン前髪スッキリ雪葉に何が残ろうか。まずは聞くだけ聞いてやろうと正は里盆の方を向いた。が、喋り始めたのは雪葉だった。
「みたらし談合のボス、氷室せなさんは、健康な状態でないと能力を使えません。そのときは全ヒーローの中でも最強レベルの出力で氷能力を使うことができますが、本人がとてつもなく虚弱体質なので、ちゃんと戦えるのは年に数日です」
「ボスがヒーローな前提なんだ…まあ個人の自由か」
「そんでもって、俺らも過保護気味やからなあ。恩があるし超メインウェポンやし、無駄に外に出したくないんよ」
「じゃあなんで駅でストリートファイト?」
「「「脱走」」」
「ああ…そう」
「てかそのヒーローを鍛えるなんたらって本当なの?」
「嘘八百どころか嘘千まであるで」
「まじか」
「せなさんが無駄に気を利かせた結果です」
「でもなあ。そういう展開になったからには強くならないと怒られるだろ?」
「た、たしかに…」
「やるか?みたらし流訓練。お前ヒーローだし幹部からでもいけるだろ」
「やります!」
だってやらないと流石に怪しまれちゃうから。ヒーローとは文字通りの信用商売である。
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偽装用のピンどめとカラコンを外すと、もふもふ髪に変な色の目の、いつもの雪葉に元通りだ。
どうやら強さは、雪葉→里盆→阿久埜→もう一人→氷室せなという感じらしい。概ね納得である。もう一人の正体を早く知りたい。
正は持参したヒーローの武器を装着。二人は向き合った。
「手加減はしてあげますので、頑張ってください」
「幼女に手加減されるの…」
「時は止めません。イマジネーションは気にしたら負け、エスパーは気合い、攻略法としてはこれで十分です」
「はい…」
「では始めましょう」
始まった。
…でも何も起きない。正から突っ込めば何かしてくれるだろうか。
「【ボルケーノ・ヒーローショット】!」
炎は真っ直ぐに雪葉へ向かう。雪葉は一言も発さずに、その軌道を変えた。
なんと、Uターンである。己の炎に焼かれてはまずいと咄嗟に躱した正だが、躱してばっかりだと即殺られる。
「なんで幼女なのに強いの?!」
流石にロリババアですかと聞く勇気は持っていないし最低限の礼節は弁えている正は、遠回しな聞き方をした。が、やはり雪葉は心の中の失礼な発言も分かってしまうのだ。
「おもしれー幼女…いえ、おもしれーロリババアで済まされるスペックでは、みたらしの醤油の一滴にすらなれないのですよ」
「なるほどね?!」
もうヤケクソだ。ヤケクソ。正は炎を出しまくって、とりあえず殴りにいく。でもちょっとは真面目に考えていた。
(多分だけど、こんなに避けるってことは直接の攻撃には弱いんだ!なら、絵面はまずいけど暴力しかない!)
「弱いんですよ、お手軽な一芸特化じゃ」
「は…?」
正の渾身の拳はちっちゃな手のひらに受け止められ、体はダンッと床に打ち付けられた。んな馬鹿げたことがあるか?その馬鹿げたことが今あったのだ。
「雪葉は、一般的に四天王最弱という立ち位置です。せいぜい仲間との絆再確認に使われるくらいの。主人公、ヒーローの踏み台第一弾なんです」
それこそアニメだったら過去回でも始まりそうな話の感じなのに、余裕でポルターガイストを起こしまくり、正を叩きのめしまくっている。
「でも、その踏み台が今までにないレベルで強ければどうなりますか?」
今度は普通に殴ってきた。正は人間なので、全然この攻撃も痛い。
「みたらし談合のみんなは、四天王最弱という立場の私にこう言います。まず四天王になるのがすごい、この年齢でこんなに強いのは私くらいだ、って」
それが事実である。小学校低学年なのに、訓練している中学生相手に手加減されてではなく、手加減して優勢な時点でおかしい。
「でも、それではヌルいと私は思います」
「いやヌルいってどこがぁっ!!」
「最初の砦が簡単に突破されてはダメなんです。ヒーローの士気をあげてしまうのです。頑張れば勝てると見なされちゃうんです」
「いや体力とか物資を消費するだけで痛いからねこっちは!」
「そして、私はせなさんの養子です」
「話変わった!」
「つまり、家族関係を結ばせ養わせている時点で、私はせなさんに多額の借金を抱えているも同然の状態です」
「重すぎるよ認識が!!つまりどゆこと?!」
「では頭の足りないヒーローのために、噛み砕きつつまとめて言いましょう」
「最初からそれで良くない?!」
「期待をはるかに超える幹部じゃなきゃダメなんです!」
「つくづくカタいよ!!」
「うっさいです!!!」
ツッコミに回ろうかと一瞬思ったのが悪かった。不思議パワー…世間一般的にはサイコパワーと呼ばれるものによって体を締め付けられ、正は気を失った。デジャヴではない。今回はハイヒールは飛んでないから。
「…ゲームセット。そこらへんの長椅子まで被エスパー者を転送します」
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