もっとかっこよくバレるのがヒーローというものである。

「え?明日から来れない?嘘だろ動画振りまくぞ」

「お願いお願いお願いお願い」

 何せ親バレをかました上に、明日からテスト。正はどうにか母から取り戻した車の袋、内容量実に75台と善黎学園の唐揚げパンを阿久埜に押し付け、土下座の勢いでお願いをしていた。

「いやでも貰うと食っちゃうからさあ…」

「…里盆さん、雪葉ちゃん、なんとか言ってくれない?」

「約束は約束じゃないですか?」

「まあまあ、事情あるんやし、ここは阿久埜が折れてやったらどうや?」

 里盆の言葉のおかげで、正の悩みは一つ解決した。



「そや、テスト終わったら遊ばへん?」

「いや、禁止って言われて…」

「変装して待っとるからな!日曜日に会お。今なら友達連れてきても歓迎したるで〜!」

 握らされた厚めの紙には、「【趣味のカフェ・カラフルスコーピオン】鈴蘭通りで人知れず営業しております」とあった。単語一つ一つはちゃんと理解できても、全体としてのイメージはかなり掴めないタイプの店名である。


ーーーーーーーーーーーーー


「テスト、終わり、よーちぇけら」

「テスト、終わり、超めでたい」

「テスト、終わり、遊びましょ」

「テスト、終わり、叫ぼうぜ」

「テスト、終わり、嬉しいね」

 善黎学園には、「テスト終了の鎮魂曲レクイエム〜忘却戦だ〜」という歌が伝わっている。創立当時から、戦時中は細々と、バブル期は華やかに繋がってきた伝統歌だ。今や善黎生の第二の校歌として歌い継がれ、先生たちも歌える大人気ソングである。

 歌詞は簡単。「テスト、終わり」の後に、六文字程度のポジティブな言葉をリズムに合わせてぶち込む。そんだけである。もはや歌でもなんでもない。


 そんなテスト終了ハッピーハッピー人間共の中に、いるのだ。

 もう一つの意味でテスト終了してる奴らも。…すなわち、正も。

「まあまあ!月曜日までは遊ぼうよ!」

「うう…」

 颯天はサラっと切り替え、恐ろしい理系科目の存在を忘れているが、正はそうもいかない。なぜなら、全ての教科で酷い点を取っている自信があるから。前日の夜にやっと諦めてワークの答え写しを始め、終われば朝だった。


「ねえ正、なんか落ちたよ…ってなにこれ」

 いつの間にか落とし物をしていたようだ。正は颯天からそれを受け取ると、うげえっという顔になってしまった。無理もない。それは、先日里盆に渡された変な紙だったのだから。

「颯天。日曜日暇?」

「う、うん。なんで?」

「ここ、来て」

「は?てか何カラフルスコーピオンって。彩り豊かな蠍?」

「いいから。日曜日ここ行くべ。でもってカラオケでプリ○ュア歌うべ」

「押忍」

 正は一人も嫌いじゃないが、流石に得体のしれない場所に初見ソロプレイしに行くほどのボッチ好きではない。ここは素直に頼ろうと決めた。


ーーーーーーーーーーーーー


「マミー、日曜日に颯天と、ここ行ってくる」

「いいけど…なにここ?」

「最近流行りのカフェらしい。そのあとカラオケとか行くから、帰るのは夕方かな」

 正は、気分によって母親の呼び方を変えるタイプである。正自身が通常運転かつ母親の機嫌も良さそうなときはふざけ、母さん、マミー、ママ、母上、My motherなど様々な呼び方をする。お母様とかおっかさんとかの普通な感じではなく、父さんの彼女さんとか、水系ヒーローの金字塔とか、かなり奇をてらった変化球もたまに入れる。まあ滅多にこんな変化球は入れないので、基本は上の五つのうちどれかだ。

 なにはともあれ外出許可を得た。テストで疲れた正の心は、猫吸いを求めている。太郎を探しに外へ出ることにした。


ーーーーーーーーーーーーー


「おまたせぇ〜!遅れてごめん!」

「おお、来たか…」

 日曜日、繁華街の中で気まずそうに立つ颯天を見つけ、正は一目散にそちらへ向かった。


「ねえ、そのカラフルなんたらってどこ?」

「ここ」

「ええ…」

 噂の店は、ボロッボロの雑居ビルの二階にあった。なんとも初見殺しな外見である。オンボロンヌ感溢れるドアにも、何も書かれていない。


「大丈夫なの?」

「大丈夫!」

 正は、保証つきでここにいる訳でも、明確に場所がここと分かっている訳でもない。ヒーローとしての自信を備えつつ、後戻りできないノリで誘ってしまった吹っ切れから、このような態度をとっている。

 つまり、これはセルフ賭けである。勝てば失うものはなく、負ければ友人と多分兄である人と他数名からの信頼を失う…とてもやばいギャンブルだ。


「おーぺん!!」

 ぎいっという軋み音を立てて、正はドアを開ける。

「いらっしゃい…おや、珍しい。学生さんかな?」

「はい!」

「はい…」

 出迎えてくれたのは、場所からくるイメージの数十倍は優しそうな店主だった。縛ってあるサラサラの長髪、日本人男性にしては華奢な体型、少しタレた糸目。名札に「山田海都」とあるし、この外見だし、里盆の関係者かもしれない。

 何より、セーラーブラウスを着てへんぴな場所に変な名前の店を構えるトチ狂ったセンスは、あの人の好みに通じるものがあると正は感じた。


「兄さん!それ、俺のツレやねん!手ぇ出さんといて!」

「おや、浮気かい?」

「ちゃうわ!」

 バタバタと出てきたのは、その里盆である。どうやらこの男は、本当に関係者、実兄らしい。里盆は今日も今日とてロリータな服を着ているが、いつもとちょっと違う。

「化粧してる?しかもカツラ?長くない?」

「あの…それ、リリススモッグの新作の、くすみ桜アイシャドウですか?」

「友達くん、いい目しとんな。将来モテるで〜」

「何言ってんの…?」


 聞いてみると、善黎学園には、ヒーローかつ天才女優の先輩がいるらしい。その先輩が今度出るのが、プチプラブランド、【リリススモッグ】の新作アイシャドウのCMと。四日後からテレビで公開されるらしいが、正は先輩のことすら知らなかった。

 同業者ヒーローであり同じ学園の先輩であり女優になるほどの美人である人を知らない正は逆にすごい。原因は不注意か、はたまたヒーローというポジションに留まっていることによるコミュニケーション不足か。正は後者ということにするだろう。


「さ、腹減ったし座ろうや。二人も待っとるで」

 とりあえず、二人は一番奥の席に連れて行ってもらった。中はきれいに掃除してあった。


「お、友達、二次元じゃなかったんだな。安心安心」

「本当にお友達がいたんですね」

 戦隊ヒーローコスプレメガネに学ランコスプレ幼女の失礼コンビはさておき、正はロリータ男に率直な疑問をぶつける。

「ここって里盆さんのお兄さんのお店なの?」

「…ああ。まあ、店といっちゃあ店やな。ときどき作戦会議という名のお茶会をしとるんや」

「ふーん。お兄さんも悪の組織?」

「あー、ちゃうちゃう。兄さんは俺が心配らしくてな、こうやって場所作って見守りながら助けてくれてんねん」


「あのお…悪の組織?」

「「「「アっ」」」」


 そうではないか。颯天はまだ、正義のヒーロー的な方の人ではないか。正が悪の組織と絡んでることなんて一ミリも知らないではないか。

 正、他三名、大慌てである。雪葉の頭も、阿久埜の煽りも、里盆のエセ関西弁も、正のハッタリも、役に立たない。当たり前だ。ガッツリ聞こえる声で話したから。馬鹿にも程はあるとよく言うが、この失態は程を大いに超えた。


「えっと…ご注文、決まったかな?」

「あ、兄ちゃん…ごめん。ちょっと待ってや…」

「じゃあ、決まるまでここに居座っちゃおうかな」

 ナイスタイミングで現れたのは、店主の海都である。第三者がいればどうにかなるやもしれないと里盆は正に目配せした。が。


「颯天!よく聞いてほしい。僕は、悪の組織と繋がっている!」


 正は、成績が悪い。しかし、ここまでおバカになったのは久々のはずだ。中々の声量で、えげつない真実を、とてつもなく率直に述べたのだから。

「…そっか。ま、そんなこともあるかあ」

「え?………バラしたり、しないよね?そのノリ」

「しーなーいーよ。バラしたところで俺には何の得もない。あ、いちごソーダフロートください!」

 颯天はなんだかんだ優しい。信用できるかは置いといて、正は颯天を信じている。

 風鈴颯天は、守銭奴である。今回は正が奢らされるだろう。でも、そうすれば大抵の要求を飲むのがこの銭ゲバ野郎なのだ。そして、法外な金額は求めないのが、この無駄に中学生なヒーローなのだ。


「あ…僕、抹茶プリンと抹茶オレで…」

「クルマ、タベタイ」

「ぬこパフェ、バニラアイス、ひげはいちごチョコ、ブルーリボンクッキーでおねがいします」

「はいはーい…あれ?南都は?」

「…俺は手伝うわ。お腹、空いてないから」

 ひとまずおやつだ。一大決心の告白のあとは、成功しても失敗しても甘いものである。


ーーーーーーーーーーーーー


「里盆さん、なんかノリ悪くね?」

「え、里盆って偽名?」

「偽名です。ほんとはみなとくんですから」

「いつもはギャル?明るすぎてうるさいくらいなんだが…」

 待っている間、気の利いた話のタネなどない四人は、今いない人間について話すことにした。

 そう、里盆、この店に出てきたときから様子がおかしい。一番簡単に言うと、暗い。次に簡単に言うと、素っ気ない。特に、実の兄であるはずの海都に対して、ぎこちない言動が多過ぎる。

「うーん。なんで?」

「いや出会って一時間も経ってないのに俺の方見ないでもらえる?」

「気になるなら見に行ったらどうよ?言ってたことがホントなら今ごろキッチンで二人きりだ。隙はあるし、物だらけだから隠れられるだろ」

「それだ!」

「ええ…?」


「ちょっと待って」

 と、雪葉が立ち上がった。今まで黙って聞いていたから、てっきり賛成派だと思っていたが、そうではなかったらしい。

「誰にだって、秘密の一つや二つあります。りぼんちゃんだって、そのはず。あーくん、一番分かってるのはあーくんでしょ?知られたくない、暴かれたくない…思い出したくない。その思いは、りぼんちゃんだって同じだよ」

 雪葉は、里盆と仲良しである。年齢的にアカンということで、二人っきりで遊びに行くことはほぼない。でも、それで友情が切れないくらいには仲良しだ。だからこそ、彼の素性を無理矢理暴きたくはないのだろう。


「ケッ、つまんね〜」

「仲間なのに酷くない?!名も知らぬロリさんありがとう!」

「どういたしまして…?」

「雪葉ちゃんだよ。とりま雪葉ちゃんが言うならやめとこう。ね?兄ちゃん」

「兄ちゃん?!?!?!?!」

「コイツが勘違いしてるだけだバーロー」

 はやては こんらんしている!これは、学園でも大楽家でも見ない、珍しい現象だ。まあ無理もないだろうが…今日は混乱記念日だ。


ーーーーーーーーーーーーー


「おまたせしました〜。えーっと、いちごソーダフロートが君だね?で、ミニカーのチョコレートソースがけとぬこパフェは言うまでもないか。それで…」

 海都は正の方を見つめる。お盆には、注文通り、抹茶プリンと抹茶ラテ。何も間違っていない。正の額に気まずい冷や汗が浮かぶのを見て、海都は微笑んだ。

「グリーンティーセットだと、抹茶ラテと抹茶プリンに抹茶クッキーがついて同じお値段なんだけど…今なら変えられるよ、どうする?」

「え、あ、そっちで!!!」

「そう言うと思ったから…っと」

 海都は商品をテーブルに置いてお盆を脇に挟むと、どこからか大きめのクラッカーを出して、ポンッと開けた。するとどうだろう。小さな緑のクッキーが、たくさん飛び出してきたのだ。クッキーたちはほぼ垂直に打ち上がった後、きれいにクラッカーの中に収まり、正に差し出された。


「わ、わぁあ…」

 予想打にしなかったパフォーマンスで小さくて可愛い生物になってしまった正だが、雪葉はその後ろで何もせず突っ立っている里盆をじーっと見ていた。


「エスパー、発動」


 時が止まった。

 雪葉は椅子から降りると、里盆と海都の間に立ち、チョキの手で空間を切った。何も持っていないのに、ちょきん、と何かが切れる音がした。

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