ぴえんってほどじゃないけどツイてない
「え…抹茶クリームパン売り切れてる…」
「まさぴよりーん!ブルーベリージャムパンの列空いてる!」
正は舌打ち衝動に耐えて振り向き、「仕方ないなー」と言う。これは、オンの正である。最近、颯天の前だと若干オフの姿が出てきているから、気を引き締めなければならない。
昼休み、約束通り300円分パンを奢った正は、いつも通り快活な
「ただいまー!」
「おかえり、正ちゃん。商店街にモンスターいるわよ。すごく多いらしいから、必要なら私も行くけど…」
「もー、ちゃん付けやめてよ!一人で大丈夫さ!行ってきまーす!」
帰ると即モンスター狩りに行かないといけない日もときどきある。そんなときのために正は、小さな銃を学校のリュックに入れている。もっとも、ガチピストルではない。異世界モノでファイアーボールと呼ばれるくらいのスケールの火が勢いよく出てくるだけの物だ。
そうしてモンスターを倒すと、終わったよと家に連絡を入れ、元気な笑顔で帰路につく…のだが。
今週はそうもいかない。
あのふざけた車オタクホムンクルクル頭ぐるぐる野郎と、同じくふざけたエセ関西弁オカマ野郎(仮)のいる場所に、ミニカーを運ばなければならないのだ。
ーーーーーーーーーーーーー
「おーい、阿久埜ー」
「だあれ?おきゃくさま?」
「うわっ?!」
そのみたらし談合の本拠地で出迎えてくれたのは、胡散臭い野郎どもではなく、見たことのない小さい女の子。幼女だ。ロリだ。もさもさの茶髪と瓶底眼鏡をもってしても、可愛らしさが隠せていない。
誓って正はロリコンではないが、小さい子は可愛い。しゃがんで目線を合わせ、話しかける。
「こんにちは。僕は大楽正。おねえさんは、阿久埜って人知ってるかな?」
ここでポイントなのは、幼女扱いしないこと。幼女は大抵大人に憧れている。そして彼女のプライドを傷つけないよう、正は気を使ったのだが…
「変に気遣いしなくてもいいですよ。阿久埜を呼んできます」
とてとてっと少女は歩いていった。正の節穴目で見る限り、小学校低学年だろうか。少なくとも、ヒーローを敵視する年齢じゃないはずだが…
「おお、おやつ来たか!」
「おやつって…」
「あーくん、持ってきてもらったら、まずはありがとうだよ」
「褒めてつわかそう」
なんだかどこから指摘すればいいか分からなくなってきて、正は幼女にピントを合わせた。
「ねえねえ、名前、なんていうの?」
「言い忘れていました。私は、イマジネーション・エスパーで、
「いまじねーしょんえすぱー?しもばしら組?」
正の頭ではうまく飲み込めない単語ばかりだ。名前しか分からない。静鈴小学校…静鈴女学園ってこの辺の女子校御三家じゃなかったかと正が考えかけたときだった。
「皆の衆ーー!何やっとるんやー?」
うるさい声が鳴り響いた。もはや車の咀嚼音は気にしていなかった。
「ほーん、案内される気になったんか!」
正は帰る気分ではなかったので、昨日誘われたみたらし談合ご案内ツアーに申し込むことにした。すると里盆、この笑顔である。そんなに案内したいのかと考えていたが、どうも暇なだけらしい。
「ほんならまずは、幹部ご紹介と洒落込もかあ!」
ツアーではなくメンバー紹介が先だった。しかし、普通は四天王とかそんな感じだろうから、それなら一人足りない。というか、何を洒落込むのだろうか。
「まず俺!
「門松雪葉です。偽名は使っていません。みたらし談合リーダーの、
「そしてご存知の通り阿久埜。あとは、もう一人と、ボス」
なるほど。聞きたいことが満載だ。里盆は本名と関連なさすぎるし、養子?!って感じだし、もう二人気になるし、正が一番聞きたい阿久埜の情報が少なすぎる。厳正なる脳内審査の結果、とりあえず阿久埜に質問することにした。
「本名は?」
「忘れた」
「学校は?」
「行ってない」
「備考は?」
「車大好き」
「記憶喪失?」
「ザッツライト!」
八方ふさがり故に、里盆にツアーの再開をお願いした。
「ここはシュミレーション室。ヒーローの心を揺さぶる一言を考える大喜利部屋や」
「なるほど…?」
「ここは第一実験室。炎系ヒーローの対策として、消火爆弾や水分たっぷりのモンスターを作ってる。あと土が意外に強いから、最近は目潰しも兼ねた砂爆弾がトレンドやで」
(そんなの受けたことないけどな…)
「こっちが手術室A〜N。幹部じゃなくても人間おるし、たまに痛手負うと普通に埋まる。もうすぐO作るけどな」
「そんなに埋まるの?!」
だめだ。常識が違う。到底理解できないスケール、到底理解できない説明の部屋がいっぱいだ。
「ヒーローの方がスケール小さいや…」
「ん?今なんか言うたか?」
「いや、こっちは国から系統にあった武器が来るだけだし、怪我したら病院連れていかれちゃうから。個々のスケールが大きいと便利だし、団結しやすいだろうなって」
正は気付いていない。阿久埜以外は、自分の正体を知らないと。そして、今ので完璧に身バレしたと。
「お前ヒーローなん?!マ?!」
「イマジネーションを取得。所属団体への反抗心を確認。しかし我々全体への敵意が認められたため、思考と身体を拘束します」
「うああバカすぎだろコイツ…」
あれよあれよという間に正の体は謎パワーに持ち上げられ、頭は回らなくなり、ハイヒールの甲で首を攻撃されて意識を飛ばした。絶体絶命というやつである。
ーーーーーーーーーーーーー
起きるとそこは車だった。嘘ではない。本当のことだ。起き上がると、その車がガチの車だということがよくわかる。
そして車窓からは、もう二つ車が見えた。もしかして車ごと阿久埜に食われるのではと思ったその刹那、噂の眼鏡男は姿を現し、扉を開けてくれた。
「起きてたのか」
「おはよーさん、大丈夫か?」
「さっきはごめんなさい。乱暴してしまいました」
想像していたより優しい三人の対応に、正は体の力を抜いた。
「あの…それで、ヒーローって、粛清対象?」
「YESやで〜」
「OFF COURSE」
「MOCHI NO RON」
「あっ、はい」
英語が苦手な正でも、雪葉の発音が良いこと、阿久埜も英語が苦手なこと、そして、やっぱり粛清対象なことはわかった。
「つっても、貴様とすぐ戦争やー!って訳やない。それに、そっちだって、悪の組織だと分かってここに来とるんやろ?」
なるほど。家に総攻撃とか来たらどうしようと言い訳を考えていたが、それはしなくても良いようだ。
「ただし…」
「ただし?」
「あなたが私たちに攻撃した瞬間、みたらし談合は餅を外し、串を剥きます。そこのところ、お願いします」
「ええ…」
ヒーローを生業とする正にとっては、死ねと言われているも同然である。モンスターを倒さないと、とんでもなく居づらい家が爆誕し、家出をして路頭に迷う未来が確定してしまうのだ。
「あ、モンスターは実は生命体ではなく、イマジネーションで動かしてる物体なので大丈夫ですよ」
「そうなんだ…ってか、そのイマジネーションって何?」
「一言で言うなら、イメージの力、です。強く強くイメージすることで、人の心を読んだり、物を動かしたりする力が使えるのです。それがエスパーみたいと言われたので、イマジネーション・エスパーです…面倒なのでエスパー呼びにしてますけどね」
心を読めるというのは本当らしく、正の聞きたいことを察して答えてくれた。すごい。そしてモンスターはOK。助かった。
そして正は、本題を思い出した。
「阿久埜、阿久埜の苗字って、大楽じゃない?」
「なんでだよ」
「だって、僕の兄ちゃんと似てるじゃん」
「どこが?」
「見た目…?あと、中身?あ、あとは、セリフ!」
「…あのね。もう三回目くらいだけど、俺は記憶喪失なの。たとえお前と暮らしていたとしても、記憶がなければ情もないし、義理もない。それなのに、兄かもしれないってだけで、お前はそんなに俺にこだわるのか?」
「…」
そう言われてしまえば、返す言葉などない。阿久埜の主張は納得のいくものだから。自分だって、同じ状況に置かれたら、似たようなことを言うだろう。
でも、それでも、自分の味方かもしれない彼と、別れたくなくて。だから、兄という可能性に縋っているのだ。
「ねえ、じゃあ友達!阿久埜って意外といい奴だしさ、友達でどう?」
「…」
「まあまあ、ダチくらいなったったらどーや?」
「あーくん、りぼんちゃんも言ってるし、どう?」
「…毎回車で遊ぶことになるぞ」
こうして正は、出会って四回目にして、とりあえずお友達から展開に持ち込むことができたのだ。
ーーーーーーーーーーーーー
「おー、けっこう暗いな。送ってくか?」
「別にいいよ。どーせ車動かしたいだけでしょ」
図星とばかりに阿久埜が黙ったので、正はさっさとバイバイし、家に帰った。
「正。これ何?」
「えーっとねえ…」
帰ると母親が、車の袋を持って待ち構えていた。もちろん、阿久埜のためのやつである。正は大急ぎでヒーローっぽい言い訳を考えた。
「ほ、ほら、子ども!ちっちゃい子はさ、車好きじゃん?そんで、パニックになったとき、あげたら落ち着いてもらえるかなぁって…」
「そんな訳ないでしょ。この髪の毛見てみなさい」
母が出したのは、小さい袋に入った、一本の髪の毛。それがどうしたと思ったら、とんでもないことになった。
「これ、機械にかけたらね、組織幹部のものと一致した。この幹部は車が好きとかなんとか噂になってたね。それに、昨日今日と遅くまで出かけて…もしかして、幹部と会ってるの?」
「いやー、幹部…じゃないと思うけど」
「…正はヒーローになってそこまで経ってないから、色々不満に感じることもあると思う。でも、そのうち分かる。守るべきもののために、命を懸けて戦うって、すごくかっこいいって。今回はお父さんたちに内緒にしてあげるから、その人と会うのはやめなさい」
「…うん。せーぎのヒーロー、だもんね、僕ら」
もうだめだ。今日は太郎もいないし、颯天もいない。正は趣味なし人間だから、何もできない。ストレスが非常に溜まっており、誠に遺憾である。
「にいちゃんの、ほんとうの、なまえ…」
仕方ないので、答えがなさそうであるような気もすることを考える。
次男が正しいと書いてマサと読むのだから、どうせ長男も、正しいとか、強いとか、そういったニュアンスの漢字だろう。最、強、正、義、真、実、剛、健、臨、兵、闘、者、皆、陣、烈、在、前…これでは埒が明かない。そもそも大抵の名前にはポジティブな漢字を使うのだから、本当にキリなく出てきてしまう。
「みたらしだんごーの、ぼす…」
こちらもまた、答えがあるけどわからない問題の一つである。
名前が氷室せなだったから、恐らく女かオカマである。いや、最近なら男でもおかしくはないし…名前から考えるのは無理かもしれない。
あんな問題児ばっかりの談合のボスということは、性格がすごいのかもしれない。…いや、あいつら以上の問題児か、放任主義か、母性の塊か、いつも不在なのかの四択だ。
だめだ。何も考えられん。そう思った正は、寝ることにした。こういうときは寝るに限るのだ。
そして数秒後、正は飛び起きる。
どうしたもこうしたもない。明後日、明々後日はテストである。勉強はおろか、提出物のワークに一ミリも手を付けていない。しかし、解答を写せば、成績の悪い正は疑われてしまうだろう。そして、解答を見ながら途中式や文章を書き、それっぽく間違えるという高等テクニックは、正にはできない。
ならば答えは一つ。
「まさぴよりん…これ携帯っぽいけどさ、そういう用途じゃないよ…」
「いいから助けて!!数学ワークの4ページ、四角の3のカッコ1から全部!!!いい感じに間違えて!」
「…は?こんなのもできないの?!同じ文字で足し算引き算するだけだよ?!」
「マイナスないよ?!」
「馬鹿!イコールまたいでプラスマイナス変えるの!!!」
ヒーロー界のすごいインカム、【デンパ・ツーシン】にて、颯天に助けを求めた。
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