簡単な取引(両者にとってとは言ってない)

「幹部を逃がした?…そうか。まあ、頑張れ」

 家に帰ってから次の日の夕方にかけて、正は基本的にこんな趣旨の言葉しか聞くことはできなかった。


 学校や家なんてまだマシだ。ほんの少しは息子やクラスメイト、生徒として見ているから気を遣ってくれる。もっと酷いのは登下校中だ。

「あの子、久々に負けたんだってよ」

「いい子だけども、元々ヒーローとしては頼りないのよねえ」

「しかも、うだうだ話してたら逃がしたんだろ?学生なんだけどさぁ…」

 とてつもない手のひら返し。思いっきり言い返してやりたいところだが、父が言うにはヒーローたるもの守るべきものに忠実であれということだった。つまり、言い返すよりもさわやかに笑って「次は頑張るよ」とでも言っておけと。

「僕さ、ヒーロー以前に社会的には子どもなわけ。そんなに責めたらヒーローも世界も持続不可能だよお…また太郎寝てるし…」

 人の気もヒーローの気も考えていなさそうな太郎を下ろして、正は窓の外を見た。


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 正はミステリアスなヒーローではないので、少しご紹介しよう。

 名前はご存知の通り、大楽正。善黎学園ぜんれいがくえん中等部三年の、最近肌荒れが気になる、染めた派手髪フレイムレッドのヒーローだ。顔は、まぁ一応イケメンな方ではあるというのが学友の評価である。

 正の自室は、割と大きい家の三階にある、これまた割と大きい部屋である。

 よくあるフローリングとベッド、その他愉快な家具たちに、大きな窓と小さなベランダがある、十五歳が使うには少し贅沢な部屋だ。代わりに、洗濯物が溜まった日には、お手伝いさんが物干し場所を求めてずかずか入ってくる。


 受験の心配を減らすため、幼稚園から大学まである私立学園、善黎学園に入っている。

 お気付きだろうが、正の家はお金持ちである。当然と言えば当然で、人々をたくさん守る仕事を家族全員がやっているのだから、家に入る金額も個人に入る金額もだいぶ多い。


 家の構成もちょっと変わっているかもしれない。まだ能力の使える水系曽祖父、未だ現役の氷系祖父と草系祖母、炎系父、水系母が主な家族だ。

 お手伝いさんは常勤である風系お姉さん、毒系お兄さん、炎系おじさんの三人と、ときどきお手伝いのお手伝いとして風系お姉さんの弟、風系少年が来てくれている。

 ちなみにこの風系少年とは、正のことを『まさぴよりん』と呼んでくるクラスメイト、風鈴颯天ふうりんはやてのことである。まあ、風系と言ってもヒーローとして、能力としての力は弱く、家事手伝いの方が得意なのだが。


 ちなみに『◯系』というのは、得意とする戦術やなんとなくのオーラや必殺技の傾向を自然を表す単語で表現したもの。『能力』とは、ヒーローの家系の者だけが持つ、不思議な力のことである。この二つは密接に関わっている。


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 何はともあれ、外を見たら、阿久埜がいた。


「え?」


 昨日名乗るだけ名乗って去っていったアイツが。いた。


「いやちょっと待て待て待て!」

 ヒーロー装備の銃だけ掴んでベランダからジャンプし、彼の立っている電柱まで全力で向かうと、阿久埜はへらりと笑った。

「よお、ヒーロー」

「【ボルケーノ】…」

「おっと、それは喰らえない」

 銃口を手で抑えられ、正はこのままトリガーを引くべきかちょっと悩んだ。結果、やめた。生きているからには情報を集めねばと思ったのだ。

「人が集まると面倒だから早めに聞くよ。君、僕の兄ちゃん?」

「さあ、どうだかね。俺は記憶がないもので。お前が言うならそうなのかもな」

「…」


 少しでも、期待したのが馬鹿だった。今からでも殺してしまおうかと考える。

 でも、ちょっとでも兄の面影を見てしまったからには。本当の兄でも、成り代わった敵でも、まだ殺したくない。

「お前、ヒーローやめな?」

「は…?」

「俺を殺すのを躊躇っている。理由が何であれ、その情がある限り、お前は弱いさ」


 人殺しじゃねーし情もクソもねーよ、ヒーローは。飲み込んだのは、そんなフレーズだろうか。

「僕は弱くないよ。理由がなきゃ倒すから」

「理由があっても悪なら倒すのがヒーローだろ?」

「正義ってのは、色々あるし」

「ヒーローは絶対正義だろ?」

 ああ、駄目だ。我慢が追いつかない。うるさすぎる。


「もういいよ!お前なんか、死んじゃえ!!」

 技を唱えることも、かっこよく正義ぶることも、忘れていた。憎たらしさだけに正の心は支配されていた。

「はい、録画完了」

「は…?」

「今の、色んなところで公開させてもらうぜ。もちろん、大楽正とか、ヒーローとか、そういうタグをつけてな」

 その言葉は、正に効果抜群だった。


(終わった…)

 ヒーローが、しかも、昨日負けたばっかの学生ヒーローが、ちゃんと戦いもせず死ねとだけ怒鳴る映像は、世界にどれほどの影響をもたらすのだろうか。

 ヒーローでなくなったとき、そもそも人として見られている気がしないのに、正を見てくれる人間なんて、いるのだろうか。


「お願い、それだけは、やめてよ。家族まで路頭に迷うことになる」


 焼け石に水だが、一応自分だけでなく周りのことも考えてるアピールをしておく。周囲には誰もいないのに。


「じゃあ取引だ。これから一週間毎日、スポーツカー買ってウチの本部に届けろ」


「…ト○カとかじゃだめ?」


「…まあ、いいだろう。○ミカなら一日三台だ」


 部屋の戸棚の奥底を探せば十個くらいは出てくるだろうか。正は金勘定は得意ではない。ただ、スポーツカーを毎日よりは確実に安いはずだとわかった。


「あと…あのさ、ちょっとやられたフリして帰ってもらえない…?」


「最終日、善黎の限定からあげパンも持って来いよ…クッ!やるな、ヒーローめ…これは損傷が大きい、回復しなければ……死んでしまう…」


 阿久埜は、さも致命傷を負ったかのようにフラフラと立ち上がると、背中に召喚した闇に倒れ込むようにして逃げた。やられたフリからの捨て台詞からの満身創痍っぽい逃げ方まで、プロのそれである。


ーーーーーーーーーーーーー


「えっと、おもちゃの車の値段は…えっ、高いのだとゼロがこんなに?!」


 偏った情報とは、ときに凶器である。正は、『スポーツカー ミニカー 中古』と検索ワードを入れ、初っ端からクソ高い限定モデルの例を見てしまったのだ。

 仕方ないので、ササっと街中をパトロールし、数体のモンスターを倒した。

 正の家ではお小遣いは、ヒーローとしての貢献度や倒した敵の数によって変わる。基本的に、倒したモンスター×五十円くらいが相場である。

 少なくね?と思った人は半分正解、半分不正解。モンスターは放っておけば人に危害をもたらすのだから、少なくもある。でも、モンスターという生き物は数で攻めてくるので、倒すこと自体は簡単なのだ。

 ぶっちゃけ、多少彼らの動きを見切ることができれば、ご家庭の身近な刃物でお手軽に倒して頂ける。簡単に言うと、倒せるけど倒したくない、ゴキブリ的な感じである。

 ヒーローが無駄にかっこよくて強い装備を持っているだけで、そこまで強くない。


 なにはともあれ、正は金策を始めることにした。

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