Hey Hero

岬 アイラ

ヒーローは今日も

 問題だ。正義って、ヒーローってなんだろう。

 大楽おおらかまさの場合、必ずこう答えるようにしている。

「正義?ヒーロー?決まってる。僕のことさ!」

 どんなに冷やかされようと、白い目で見られようと、それはまごうことなき事実なのだから。


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「疲れしかない。ヤバい。終わってる」

 オフの正はこんな感じ。と言っても、学校、家、その他大抵のところではオンなので、この状態の正は個室トイレや彼の部屋くらいでしか見られない。


 今正は自室にて、住み着き黒猫の太郎を撫でながら、ぼんやりと愚痴っていた。

「もうみんな僕のこと正じゃなくてヒーローヒーローってさ。唯一のそれ以外のあだ名はまさぴよりんだし、最悪だよもう…って太郎寝てる」


 正は、ヒーローである。

 性格や趣味の問題ではない。学生と掛け持ちの、家業である。街、国、ひいては世界を、それぞれのヒーローたちは守っている。無力な人々は、ヒーローに自分たちの命運を懸けている。


「正ちゃん。この前の戦いも勝ったらしいわね。私は近所のおばちゃんってだけなのに、誇らしいわぁ」

「大楽、早退だ。悪の組織、倒してくれよ」

「え、まさぴよりん、今日も遊べないのかよー。まーしゃあないか。ヒーローさんは」


 その眼差しに、期待に、ため息に、完璧な笑顔と元気いっぱいの勝利宣言で答える。それが正の役目なのだ。


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 そして、正がまともにヒーローを続けている理由がもう一つ。


 彼は、生き別れの兄を探している。自分が五歳のときに留学するとかなんとかで家を出たきり、行方不明の兄を。

 父にも、母にも、祖父母にも、いろんな親戚に聞いた。しかし、毎回はぐらかされた。今も定期的に聞いているが、一度もちゃんと答えてくれたことはない。


 ならば自分で探すのみと、悪の組織をギリギリまで甚振ってから質問攻めにするのだが、首を横に振られるばかり。その首をねじって尋問をおしまいにするのが正の最近の終わり方だ。ヒーローの手段としては残酷なので、スピード感重視でやっている。


「正。幹部とモンスターだ。すぐに出発しなさい」

「わかったよ、今行く」


 物思いにふけっていた正は、父の言葉で慌てて立ち上がった。武器のついたベルトを装着し、窓からジャンプで家を出る。太郎は起きるなりどこかへ行ってしまったが、父に見つかったら面倒なので、それで良かった。


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「みんな、下がって!僕が来たからには大丈夫!」

 怯える街の人たちの前に立ち、高らかに叫ぶ。そして、電柱の上にいる幹部をキッと睨みつける。数は、想定していたよりだいぶ多かった。


「くっ、もう来たのか?!行け!俺の下僕たちよ!町を壊すのだ!」

「させない!【ボルケーノ・ヒーローショット】!」

 猿芝居の後は攻撃。火を吹くベルトをモンスターに構えた。いわゆる、火炎放射である。とにかくモンスターを焼き尽くす。幹部がいるならそちらに聞いたほうが話は早いので、わざわざ生かしておく必要はない。


 殺戮に次ぐ殺戮。こんなもんかなというところからさらに数秒、やっと正は炎を止めた。

 しぶとく生き残っていた数体のモンスターの頭を叩き潰し、パンパンと手を払ってからビシッと幹部に指を指す。


「次はお前だ!」

「ちょっと待て、話をしないか?」

「話などしない!お前は自分が何をしたかわかっていないのか?!」

「それについての話だ。俺とお前で…」

「【ボルケーノ・ヒーロー】…」

「話を聞けぇ!」

 怒号が飛んだので、火炎放射器もといベルトの留め具を下ろした。もしかしたら兄について聞けるかも、と、変に淡い期待を抱く。


「なんだよ、そんなに必死に聞かせたがって」

「俺とお前で、取引をしよう。お前がここで俺を逃がしてくれたら、次からモンスターが弱くなるように調整してやる」

「必要ない!言いたいことはそれだけか?」

 がっかりした。そんなことを聞くために猶予を与えた訳じゃないのに、時間と体力だけいっちょ前に取られて、イライラした。


「お前さ、敵とか悪とか言って殺しまくって、何が正義のヒーローなんだ?教えてくれよ」


 もう一度ベルトを掴みかけたその手を放す。その言葉を、どこかで聞いた。いつか聞いた。そして、幹部の眼鏡の奥の瞳に、兄の面影を見た気がして。

 もしかして、と、もう一度彼の顔を見ようとした。

「あばよ」

「待って!まだ話は途中だしお前を倒さないと!」

「自分のお命が惜しいならとっととお逃げあそばせ…ちなみに俺の名は阿久埜あくの!覚えとけ!」


 結局、見逃してしまった。あくの、なんてコテコテの偽名と、兄の面影だけ残されて。後味が悪いなんてもんじゃない。オンのテンションじゃ隠しきれない、最悪の気分だった。

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