わがままお嬢様とボディーガード

アールグレイ

第1話

「もう! なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないのよ!」

 高級ブティックの試着室から響く甲高い声。ため息をつきながら、ボディーガードのチホは腕時計に目をやった。

「あと10分ですレイカ様」

「わかってるわよ! うるさいわね!」

 チホの任務は、大物政治家の娘、レイカのボディガード。レイカは、その美貌と奔放な振る舞いで世間を騒がせる、いわゆる「お騒がせセレブ」だった。

「じゃあ最後に、チホ、このドレスどう思う?」

 試着室から出てきたレイカは、真っ赤なミニドレスを身に纏っていた。

「……レイカ様。ご令嬢としては、あまり適切な服装とは思えません」

 チホの言葉に、レイカはふくれっ面をした。

「もう、うるさいわね! 私は政治家じゃないんだから、好きな服を着る権利があるでしょ!」

 チホは何も言わず、ただレイカの背後を警戒する。レイカの奔放な行動は、常に危険と隣り合わせだった。

「ねえ、チホ。今日のディナー、キャンセルしちゃおうかな」

 レイカは気だるげにスマホをいじりながら、チホに視線を送った。

「...…キャンセルする理由は何でしょうか?」

「だって、なんか面倒くさいんだもん」

 チホは眉をひそめた。今日のディナーは、レイカの父、大物政治家の主催する重要な会合だった。キャンセルすれば、政治的な影響は計り知れない。

「レイカ様、今日のディナーはキャンセルできません」

 チホは毅然とした態度でレイカに告げた。レイカは、チホの言葉に一瞬ひるんだが、すぐに顔を上げた。

「チホ、あなたは私のボディガードでしょ? 私の言うことを聞くのが仕事じゃないの?」

 レイカの言葉に、チホは何も言えなかった。確かに、彼女はレイカのボディガードだ。しかし、レイカのわがままを全て受け入れることは、彼女の地位を脅かすことになる。

「レイカ様……どうか」

 チホは静かに、しかし力強く言った。レイカは、その真剣な眼差しに、何かを感じ取ったのか、口をつぐんだ。

「...…わかったわ。ディナーに行くわよ」

 レイカは小さく呟いた。チホは、安堵の息を吐いた。

「ありがとうございます、レイカ様」

 チホはレイカの背後を警戒しながら、ブティックを出た。レイカとの任務は、今日も難航しそうだ。


 高級ブティックを出たチホとレイカは、駐車スペースに停めてある黒塗りのリムジンへと向かった。しかし、その行く手を阻むように、数人のチンピラが現れた。

「おいおい、こんなところで何してるんだ? 美人さんじゃないか」

 リーダー格の男が、レイカに向かってニヤリと笑った。レイカは眉をひそめ、男を睨みつけた。

「あなたたち、何なの? 邪魔よ、どいてちょうだい」

 レイカの高圧的な態度に、男たちは面白くなさそうに顔を歪めた。

「なんだよ、その態度は? 俺たちに挨拶ぐらいしろよ。調子に乗ってんじゃねぇぞ」

 リーダー格の男がレイカに詰め寄ろうとした瞬間、チホが素早く動いた。チホはレイカの前に立ち、男たちを鋭い視線で睨みつけた。

「レイカ様には、指一本触れさせません」

 チホの言葉に、男たちは一斉に笑い出した。

「なんだよ、こいつ。ガキが生意気な口を聞くんじゃねえよ」

 リーダー格の男がチホに掴みかかろうとした瞬間、チホは男の手首を掴み、一瞬で背後に回って投げ飛ばした。

「アニキィ!」

「やってくれるじゃねぇか!」

 他の男たちもチホに襲いかかったが、チホは流れるような動きで攻撃をかわし、次々と男たちを倒していく。

 最後の男に、見事な足払いを食らわせ、あっという間に、チンピラたちは全員地面に倒れ伏していった。チホは、微動だにしないレイカに視線を向けた。

「レイカ様、ご無事ですか?」

「これに懲りたら、もう二度と顔見せないで頂戴」

 男たちにべーっと、舌を出すレイカ。レイカは、チホの強さに改めて驚きながらも、相変わらずの態度を続けた。チホは、そんなレイカを慣れた様子でリムジンに乗せ、目的地へと向かった。

 車内で、レイカは静かにチホに尋ねた。

「チホ、そういえばあなたは一体何者なの?」

 チホは、少しだけ微笑んで答えた。

「私は、レイカ様を守る者です」

「……そう」

 レイカは、チホの言葉に、何かを感じ取ったのか、黙って窓の外を眺めた。チホは、レイカの美しい横顔を見つめながら、心の中で誓った。

「私は、必ずレイカ様を守り抜きます」

 リムジンが突然、けたたましいスキール音と共に急停止した。運転手が青ざめた顔で前方を見る。チホは反射的にガンホルダーの銃を握り、レイカの身体を庇うように覆い隠した。

「何事ですか!?」

 チホが叫ぶと、運転手が震える声で答えた。

「前方に、黒いバンが...」

 チホは窓の外を見た。路地を塞ぐように一台の黒いバンが停車しており、覆面姿の男たちが銃を構えているのが見えた。次の瞬間、銃声が鳴り響いた。

「伏せてください!」

 チホはレイカを座席に押し倒し、左脇のガンホルダーから愛用の拳銃を取り出した。銃口を窓の外に向け、冷静に引き金を引く。正確な射撃で、相手の動きを牽制し、レイカが隠れる時間を稼ぐ。

「レイカ様、頭を下げて!」

 銃声が車内を満たす中、チホは叫んだ。

「な、なんなのよ〜!」

 レイカは恐怖で身を縮めながらも、チホの指示に従い、座席の下に隠れた。チホは、流れるように車外へ飛び出し、リムジンに身を隠しながら敵に向かって銃弾を浴びせた。

 銃撃の応酬が続く中、チホは一瞬の隙を突いて、バンに向かって走り出した。敵の銃弾がチホの足元をかすめ、頬を横切るが、彼女はひるむことなく前進する。

 バンの裏側に飛び込むと、チホは瞬時に状況を把握した。3人の男がひしめき合って銃を構えている。チホは迷わず近接格闘戦の技術を駆使し、敵に接近戦を挑んだ。

 素早い動きで敵の腕を掴み、銃口を逸らす。間髪入れずに肘打ちを叩き込み一人制圧する。そして、2人目の敵へと流れるように移行する。狭い空間での戦闘は、チホの得意とするところだった。

 華麗な上段蹴りで敵の銃を弾き飛ばし、2人目。そして関節技で腕を捻じ上げ3人目。関節を締め上げられた男の悲鳴が響き渡る。チホは容赦なく締め上げ続け、瞬く間に3人を制圧した。

 男達がぐったりして静まり返ると、チホは息を整え、レイカの方を振り返った。レイカは座席の下から這い出し、呆然とした表情でチホを見つめていた。

「け、結構やるじゃない! まあ、私のボディガードとして当然だけど?」

 レイカは少し赤くなりながら、虚勢を張ったように言った。チホは小さく微笑み、レイカに手を差し伸べた。

「レイカ様、もう安全です」

 レイカはチホの手を取り、立ち上がった。そこには、倒れた男たちの姿と、静寂が広がっていた。


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わがままお嬢様とボディーガード アールグレイ @gemini555

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