ドラッグストアの黒い影

武藤勇城

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ドラッグストアの黒い影

 自分は生まれつき、とても目が悪く、小学生の頃からメガネを掛けて生活をしていました。両親も姉も目が悪いので、これは遺伝的なものでしょう。


 小学校に上がる前、家の中から窓の外を眺めていた時、外にある樹木は緑色の、もこもこした物体だと思っていました。生まれて初めて木の葉を間近に見た時、1枚1枚がこういう形をしていて、それが集まってこういう風に見えていたのだと知りました。

 小学校で身体測定がありました。その時点で自分の裸眼視力は1.0どころか0コンマ幾つ、0.3程度しかありませんでした。それからも視力はどんどん落ちて、小学校の高学年頃には既に0.1を下回り、0.0幾つでした。視力検査で使う、Cの文字が右を向いたり下を向いたりする、片目を塞いで測定するアレ、分かりますよね。その一番上の大文字が、所定の位置からでは判別出来ません。何歩か前に出てようやく一番上が見える、それが0.0幾つという世界です。


 ここまで目が悪いと、メガネを作るのも大変です。特注のレンズが必要になったり、レンズが分厚くなり、「牛乳瓶の底」なんて悪意を持って呼ぶ人もいました。中学生から高校生ぐらいの時でしょうか。メガネを作り直す際に、乱視の検査も行いました。上下左右、二本の平行線が引いてあり、どこか歪んで見えないかと問われます。あまり歪んで見えたわけではないのですが、「どこか曲がって見えませんか?」と聞かれると、何となくそう見えてしまうものです。言わなければいいのに、気のせいで曲がって見えた部分を口にしてしまいました。完成したメガネは乱視用で、自分の目に合っておらず、掛けているだけで気持ち悪くなりました。我慢して使い続けた結果、乱視になってしまいました。

 眼鏡って凹型になっていますよね。中央が薄く、脇に行くほど分厚くなります。レンズが厚くなれば、当然重くなります。メガネが重いのは嫌でしたので、なるべく小さいものを作りました。高性能な特注レンズで作ったメガネは、かなり高額でしたので、長い間愛用していました。ボロボロになり、更に落ちた視力にも合っていませんでしたが、軽さと使い易さを重視しました。

 メガネを掛けている人ならお分かりでしょう。メガネって視野が狭くなるんです。メガネのレンズのない部分、上下左右の隙間は見えません。レンズが小さくなれば当然死角も増えます。そんなわけで、当時の自分は小さいメガネの影響による視野狭窄状態でした。足元や横の方はほとんど認識出来ません。だから何かに躓いたり蹴っ飛ばしたり、他人にぶつかってしまう事もしょっちゅうです。


 その日は近所のドラッグストアで買い物をしていました。買い物カゴを持って店内を物色。特に買う予定もなかったお菓子コーナーの通路を、空のカゴを右手に歩いていました。通路に入る時に奥の方まで誰もいないのは確認していました。ただ、左右の棚を眺めながら、ゆっくり歩いていたので、奥の方から誰かが来たのかも知れません。誰もいないはずの通路で、右手に持つカゴが何かにぶつかって、右手が後ろの方に持っていかれました。


――しまった、誰かいたのか。あるいは子供でもしゃがみ込んでいるのに気が付かなかったか――


 慌てて後ろを振り返りました。振り向く一瞬、視界の隅に黒い影があったような気がしました。しかし通路には何もなく、右手に持っていたカゴが何かにぶつかった感触だけが残っていました。「すみません」謝ろうとして開きかけた口。がらんとした通路だけが、自分をあざ笑うかのように、そこにありました。

 あの時の、何かにぶつかった右手の感触。視界の隅に見えた黒い影。それが何であったのか、今でも分かりません。

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