女子校の王子は姫になりたい

橘スミレ

女子校の王子は姫になりたい

 私は可愛いが好きだ。


 たとえば猫や犬のぬいぐるみ。

 たとえば甘くて美味しいスイーツ。

 たとえばフリルとリボンがたっぷりのお洋服。


 全部大好きだ。

 月に一度、可愛く着飾り小さなぬいぐるみと一緒にアフターヌーンティーに行くのを楽しみに生活している。

 ご褒美のためならば噂好きの女子しかいない居心地の悪い学校も楽しめる。


 「可愛い」が大好きな私だが学校では王子扱いをされている。

 おそらく一番の原因は美しい姿勢を手に入れるために入った剣道部でそれなりの成績を収めていることだろう。

 防具が高価だったので簡単に辞められない。また試合で手を抜くといった無礼を働くわけにもいかず成績も変わらない。

 よって周りからの評価もそのままだ。

 本当に困る。ちょっと人を手伝っただけで黄色い歓声を上げて鬱陶しい。

 特に河嶋さんを手伝った時がひどい。


 河嶋さんはクラスメイトで私を王子と呼ぶなら姫と呼ぶのがしっくりくる人物だ。

 ゆるいウェーブのかかったダークブラウンの髪。

 ぱっちり大きな目。丸みのある体つき。スラリと長い手足。

 明るく人あたりのいい性格。周囲の人を引きるける笑顔。

 どの要素を切り取ってもお姫様と呼ぶに相応しい人だ。


 そんな彼女を手伝えば王子が姫を助けたと外野がワイワイガヤガヤとうるさくなる。

 だからといって無視するのは感じが悪いからしぶしぶ耐えている。


 昨日だって河嶋さんが荷物を落としてしまって困っていたから拾うのを手伝った。

 そうすれば通りがかった人たちが声をかけてくる。


「さすが王子様」

「やっぱりイケメンだね」


 ああ鬱陶しい。でもこれだけならまだマシだ。

 もっとひどいのがある。


「もうあそこ付き合っちゃえばいいのに」

「王子様とお姫様とか最高じゃん」


 そうこれだ。私は王子で、河嶋さんが姫。

 その関係性をしっかりとラベリングしてくる。

 ほんと嫌になる。


 でも王子より姫になりたいとバレて、「似合わない」と言われるのが怖い。

 だから私は今日もニコニコと笑って聞き流す。


「運ぶの大変でしょ? 手伝うよ」


 そうやって声をかけ、周りが求める姿をしつづける。

 全くこれのどこが王子なのだろうか。

 この状況をぶち壊してくれる誰かを待つ私はお姫様の方が近い気がする。

 シンデレラのように誰かがなんとかしてくれるのを待つお姫様だ。


 王子様なんてキャラじゃないよ。




 だがどんなに王子様になりきりたくないと思っていても日を追うごとに付き合えという圧は強くなる。休み時間のたびにいつ告白するのかと聞かれる。

 確かに河嶋さんは素敵な人だ。彼女が愛を差し出すならばそれ相応のお返しをしたいと思う。


 しかし、それ以上のものではない。

 わざわざ自分から恋人のポジションにつきたいとは思わない。ただのクラスメイトで別に不自由していないのだ。


 だが向こうはそうではなかったらしい。

 ある日の夜、メールが来た。


「周りの付き合っちゃえっていう圧がしんどいの。だから、形だけでいいから付き合っているってことにしてくれない?」


 私は特に断る理由もないので了承した。それで河嶋さんが助かるなら別にいいじゃないか。

 そう思っていた。

 だが世間はそんなに甘くない。


「ねえ聞いたよ。やっと河嶋さんと付き合ったんだね!」


 翌日の朝、学校に着くとクラスメイトに囲まれ話しかけられた。

 ふとみれば河嶋さんも似た状況に陥って困り顔だ。可哀想に。


 私は適当に返事をしながら人の間を縫うようにして動き、自分の席に向かう。

 荷物を置き、ロッカーに教科書を取りにいく。


「おはよう。河嶋さん困っているよ。やめてあげな」


 ついでに声をかけておいた。

 これで今日の付き合ってるよノルマは達成しただろう。この恋愛関係は周りにアピールしなければ意味がない。

 表向きは仲睦まじいカップルを演じる必要があるのだ。


「さっきはありがとうね。助かったよ」

「この程度なんでもないよ。恋人なんだしいつでも頼ってね」

「わかった。ほんと、かっこいいね」


 一限終わりの休み時間もちょっとわざとらしいくらいに距離の近さをアピールしていった。

 この調子で二限、三限と続けていった。さらに昼休みは二人だけでお弁当を食べた。


 学校のような狭いコミュニティの中では付き合ったという噂も瞬く間に広がる。

 根掘り葉掘り聞こうとする人たちもたくさん湧いてでてくる。二人の世界ムーズがなければ朝のように囲まれていただろう。


 しばらくの間は王子様と姫の圧は弱まった。

 しかし、時間が経ち慣れてくれば人々はさらなる刺激を求める。


「そろそろデート行ったりしないの?」


 それは進展だ。

 テストがあるとか言ってのらりくらりやってきたが、中間考査も終わればそうもいかない。


「今度の日曜日にデートいかない?」

「いいね。いく!」


 行き先は映画館。定番のデートスポットだ。

 お互い特に見たい映画もないので無難に流行りのものを選んだ。今回はデートをした事実が必要なのだ。これくらいがちょうどいい。




 集合時刻の15分前には着くように家を出た。

 友達と遊びに行くときのために用意しておいた趣味でない王子様のイメージにあう服をきている。

 おかげでどうもテンションが上がらない。

 せっかく出かけるなら可愛いお洋服を身にまといたい。

 もし一人なら今ごろお気に入りのお洋服を着て写真でも撮りに出かけてたんじゃないかと思うと悲しくなる。


 待つこと10分ほど。

 集合時刻の5分前に彼女だと思われる人はやってきた。


「河嶋さん?」

「あ、おはよ。待った?」

「全然だよ」


 彼女黒のスウェットと何かのバンドのものであろうパーカー。

 耳にはイヤーカフ、スマホを持つ手には指輪。


 ストリートファッションとかそういった系統の服を着ている。

 普段のお姫様と同一人物とは思えない服の選択だ。


「いつもはそういった感じの服着てるの?」

「うん。学校では圧があるからね」

「そうなんだ。あのお姫様がつくりものだったの、ちょっと意外」


 彼女も私と同じように圧に押されてキャラを作っていたのか。

 少し親近感が湧いてきた。


「似合わない?」

「いいや、とっても似合ってる」

「ありがと」


 彼女ははにかんで笑った。

 こういう笑った顔は姫らしい格好をしていなくとも可愛らしい。


「映画館いこっか」

「うん」


 特に手も繋がずに映画館へ向かう。

 ポップコーンを一つと二人分のジュースを買い、中へ。


 流行るだけあってそれなりに面白い映画を二人並んで甘いキャラメルポップコーンを食べながらみる。

 内容は日常系。出てくる料理が非常に美味しそうだった。


「あのハンバーグ食べてみたいね」

「わかる。すごく美味しそうだった」


 などと話しながら映画館を出る。

 まだ帰るには微妙な時間だ。


「葵、ドーナツ食べよ」


 河嶋さんに目の前にあったお店へと連行された。

 さっきポップコーン食べたばかりでは? と思ったもののそういう日があってもいいかと考えなおした。


「どれにしようかな」


 声が楽しげに弾んでいる。

 ドーナツ好きなのだろうか。


「葵はどれにするの?」

「普通のポンデリングにするかチョコポンデにするか迷ってる」

「両方いっちゃいなよ」

「……いっちゃうか」


 トレーに両方乗せた。

 贅沢だ。


「私はフレンチクルーラーと、オールドファッションにしよ」


 お会計をし、席へと運ぶ。

 河嶋さんは終始楽しそうだった。


「今日はほんと楽しかったよ」

「それはよかった」


 彼女はフレンチクルーラーを一口食べ、真剣な表情をしてこちらを見た。


「でも、葵が何か我慢してそうなのは残念だった」

「どういうこと?」

「気のせいかもしれないけど。葵、今日の私を羨ましいって思ったでしょ」

「そんなこと、ないよ」


 私は王子様でなければならない。

 だから肯定するわけにはいかない。


「そうかな。まあ私も今日この格好するのちょっと迷ったよ。学校でのキャラとは違うから」


 そうだ。

 彼女はお姫様のはずだ。

 世間が求めた姿だ。


「でも私は最強にかっこいいから。大丈夫っしょと思ってね」


 確かにかっこいい。

 私が引かないと思えるその心がかっこいい。

 強くて、自分に自信を持っている。

 とっても羨ましい。


「ねえ。葵は本当に王子様なの?」


 違うと否定したい。

 けれど他人任せな私には彼女みたいな強さがなければ自信もない。

 似合わないと否定されるのが怖い。


「私は服の力を借りて超つよつよガールになっているからね、大事な彼女の秘密の一つや二つぐらい受け入れるよ」

「恋人なのは流れでしょ」

「え、私のこと好きじゃないの? ショックなんだけど。まあいいや。ねえ、葵は王子でいたいの?」


 彼女を本当に信用していいのかわからない。

 まだ怖い。

 けれど彼女が先に素を見せてくれたんだ。

 私が見せないのは礼儀に反する。

 彼女の方法がちょっぴりズルいのはご愛嬌か。


「私は、可愛いものが好き。王子より姫でいたい」


 ああ。言ってしまった。

 彼女の反応が怖くて胃がぐるぐるする。


「姫、か。なんかしっくりきた」

「……ほんと?」

「うん。とっても」


 彼女の返答に不自然さはない。

 自然に発生した肯定の意だ。

 受け入れてもらえた。

 それがとても嬉しくて、安心した。


「あ、そうだ。明日から役割交換しよう」

「というと?」

「私が王子になって、葵が姫になる」

「それは……」


 まだ不安だ。

 みんながみんな、河嶋さんのように受け入れてくれるとは限らない。

 誰かに引かれるかもしれない。

 ちょっぴり怖い。


「大丈夫。誰にどんな反応をされようとも私が葵を肯定するから」


 そう言い切る河嶋さんは本当の王子様のようだった。

 かっこよくて私を肯定してくれる王子様。


「好き」

「え?」

「そういうイケメンなところ、好き」


 言ってから恥ずかしくなって、ポンデリングを頬張った。


「流れで恋人になったんじゃなかったの?」

「それは、その、過去の話だから」

「そっか。イケメンな私に惚れちゃったのか。嬉しいね。では改めまして私と付き合ってくれる? 可愛いお姫様」

「もちろん。私の王子様」

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