殺され屋

狂酔 文架

第1話

 子供の頃から、頭の中に残っているのは、自分の頭の中が誰かの存在に上書きされる、そんな感覚だけで、誰かの代わりに殺され続ける人生に、”ワタシ”はもう、いなくなってしまった。


 生まれた時……からなのだろうか、いつから力を持っていたのかは知らない。

 物心ついた時には、私の人生は誰かの代わりに殺されるだけの人生だった。


 誰かの代わりに死ねる……与えられてしまったその力は、気分のいいものじゃない。私が殺されれば、殺した人間が思い浮かべた人間が代わりに死ぬなんて力を、どうして私は持ってしまったのだろうか。


 元は、鎌倉の時代近辺のある村でクマなどを狩る際に使われていた力らしい、力を持った子は御子と呼ばれ、緊急の事態にのみ、人を襲ったクマなどを視認しながら使っていた能力だそうだ。

 その力がなんの運命か、千年弱ぶりに私に宿ってしまったらしい。


 母が言うには、最初はなんともなかったらしい。

 しかし、2歳のころ転機がおとずれた、その時力を初めて使ったのは、皮肉にも私だった。


 齢2歳は目の前に現れたハチに怯え、無意識のうちに舌をかみ切りハチの代わりに死んだらしい。

 その姿を目に移した両親はひどく怯えたそうだ、娘が自殺をしたと、自分の舌を噛み切る死んでしまったと思ったからだ。

 

 でも、おかしいのはここからだった、たしかに二人の目に映ったはずのその光景だが、いざ私の口を開くと、そこには傷一つない舌があった。おかしいのはそれだけではない、さっきまで飛んでいたはずのハチが、突然床に落ちて動かなくなったのだ。


 それだけじゃない、それから立て続けに、私は舌を噛み切った、毎日毎日、母の乳を吸っているときだったり、ハイハイをしているときだったり、離乳食を食べているときだったり、タイミングはばらばらだったが、そのたびに死ぬ虫や動物の姿に、母たちは気が付いたそうだ、この子は昔この村にいた御子だと。


 そして、最初にその力に目を付けたのは父親だった。

 村にはすぐに広まり、私を普通に育ててくれようとしてくれた人も多かったらしいが、父はまだ物心もつかない私を使い、みんな殺してしまったらしい。


 そのころからなのだろう、物心ついた日にはもう、私の日々は《殺され屋》としてのものだった。


 毎日押し寄せてくる人々が私を誰かの代わりに殺していった。

 オキャクサマにも色々な思いがあるのだろう、私の殺され方が代わりに死ぬ人にも反映されるからか、殺され方はいろいろだった。

 薬を飲まされて安楽死をさせられたり、のどを掻っ切られて死んだり、心臓を刺されたり、銃で撃たれたり、いろいろな殺され方をした。


 殺されること自体は苦ではなかった、でも、殺されるたびに感じる私が他人に上書きされるような感覚が、自分を塗りつぶしていくようで、楽にはなれなかった。

 私がそれを感じる理由は、私が殺されるとき、殺した人は私の顔が代わりに死ぬ人間の顔に見えるからだと、父が言っていた。多分、村の人を殺して回った時に気が付いたのだろう。


 繰り返される《殺され屋》としての日々の中、私の目に映ったのは、私に重ねた誰かを見るオキャクサマの目だった。

 それは悲しそうだったり、憎しみに満ち溢れていたり、安堵していたり、憐んでいるようだったり、いろいろなものだった。


 一日一度、殺されれば次目覚めるのは次の日だという制約のおかげで、なんとか私はその日常に耐えられた。月に一度母が罪滅ぼしのように買ってきてくれるご褒美のおかげもあったのだろう。


 それでも、殺され続ける日常は一度終わった。

 私の力は広まりすぎてしまったのだ、法律で罪にならぬ行いだとしても、父は許されなかった。

 母と二人で父を置き去りにして家を逃げ出した日のことを、最後に見た私ではなくその力を手放したがらなかったあの顔を、警察に私を殺人鬼だと言い放った父の言葉をいまでも私は覚えている。


 でも、それで私の人生が”普通”になれるなら、もう関係のないことだと思っていた。

 その時の私は知らなかったのだ、地獄なのはこの先なのだと。




 《殺され屋》としての日常が一度終わった後、次にこの力を使ったのは母だった。


 父が私の力を使い稼いだ財産で逃げおおせるように転々としながら母と私の二人で生きていたのだが、母には限界が来たらしかった。


 父がいなくなり心のよりどころがなくなったからか、『ごめんなさい』、そう言い残して母は私の腹を刺した。

 当たり前のように私は痛みを感じなかった、穴が開いた感覚だけを感じて、血を出したのも、痛みに悶えたのも、死んだのも、母だった。


 

 その日からは何度か自殺を試みていた、首を縛ったり、ナイフで何か所も突き刺したり、でもそのたびに気を失うだけで、死ぬことはできなかった。


 13歳で一人になった私は、学校に行かなかったせいか生きるために必要な知識が乏しく、自分が知っている勇逸の仕事をするしかなかった。


 《殺され屋》という仕事を。



今日も、新しいオキャクサマがやってくる。

誰を殺すのかは知らない、誰が死ぬのかは知らない、私は今日も殺されるだけなのだ、自分の知らない誰かのために。




「やぁ、君で会ってるのかい? 《殺され屋》っていうのは」

 

 少し肌寒い風と共に現れたのは、茶色のコートを着て眼鏡をかけた男だった。

 老けは感じられない、年は行っても30といったところだろうか。


「思ったより若いんですねまだ子供……幼稚園児くらいですか?

 前のとは違うんですね? 前の人と同じならもう中学生だと思ったんですが」


 男は眼鏡をはずして私をみたり、目をこすったり眼鏡を吹いたりしながら驚いた表情でそう言った。


 私も最近気づいたが、どうやら私の成長は異常に遅いらしい。人生の半分以上を新で過ごしているからだろう、目が覚めるとは死んだ体では成長できない。


「いえ、前の人と同じです。今年で13歳になります。姿が幼いのは、人生の半分は死んでましたから」


 私が苦笑いをしながらそういうと、男はすこし寂しそうな顔をした。


 少しの沈黙が続いた後、先に口を開いたのは私だった。


「私を殺すのは、初めてですか?」


 私が《殺され屋》を始めたから来たオキャクサマには毎回聞いている、意味は特にないが、何度も人を殺せる人間はどんなひとなのだろうと、興味を持っているからだ。


「以前に一度……年老いた祖母が苦しんで生き続けるのが見てられなくなり、あなたを殺しました」


 寂しそうな顔で、涙を浮かべながら男は言った。

 二度目だと聞いた時はこんなおだやかそうな人が二度も人を殺すのかと驚いたが、理由を聞いて納得した。


「あの時はお世話になりました。おかげで祖母も、楽になれたと思います」


 死んで楽になれる……私にはよくわからない言葉だ、死に続ける私の人生は気持ち悪く苦しかった。

 私の死ぬ権利を奪って私の代わりに誰かが楽になる。普通の人間ならばそれも生きがいと謳うのだろうが、私はもう、普通じゃない。


「こんなことを言ってもしょうがないですね、すみません」


 浮かべた涙をハンカチで拭きながら男は言った。 

 私は聞こえなかったふりをした。別に、私を使うオキャクサマの言葉などどうでもよかったからだ。


「今回は私は誰の代わり殺されるのですか?」


 私殺しを催促するように、私は相手の涙が消えるのを待たずに口を開いた。早く死んでしまいたかった、また目が覚めるとはいえ、死ねば何も考えなくていいからだ。


 それにしても、いじわるな聞き方だと思う。わざと殺されると言っているのだ、オキャクサマからすてば決していい聞こえ方はしないだろう。

 

 でも、こうやって聞いて、私はどんな人に”ワタシ”を塗りつぶされるのか聞きたかった。


「今日は、あなたを殺しに来たんです」


 聞こえたのは、意外な人間の名前だった。でも男は確かに言ったのだ、目の前の男は初めて見る顔で、男は確かに私を殺すと。


「私を……ですか?」


 幼い顔で驚きながら、私はそう言った。

 姿に合わない声だっただろう、ありえないものを見るように、信じれられないものを見るように、私は言った。


「ええ、あなたを殺そうと思いまして」


 やはり見たことがない顔だ、この男がその表情に孕ませた感情がわからない。

 憎しみじゃない、どっちかというと安堵している。でもそうじゃない、もっとこう、暖かい感情だ。


「なんで、私をなんですか?」


「死ねなかったんでしょう、あなた」


 気を取り直して私がした質問に返ってきたのは、まるで私の心を読んでいるかのようなものだった。もう消える”ワタシ”を、見てくれているような。


「ここに来るまでの途中、木にロープが吊られてました、首を絞める感じで。でも、木の幹を蹴り飛ばして悶えた形跡だとか、いろいろ見ちゃって、死にたかったけど死ねなかったのかなって。」


 男から語られたのは事実だった、首を絞めても死ねなかったから、私は木の幹を蹴りなんとかロープをほどいた。


「しかも、あなた、あの時と同じ目をしてる。生きるのに疲れた目を」


 男に残った涙のあと、悲しさの象徴の涙のはずなのに、やはり男の表情は暖かった。”ワタシ”の思いに気づいてくれて、見てくれる。


「最後に名前だけ……いいですか?」


 スッと差し出された薬を、私は受け入れながら聞いた。


「木田 幸田です」


 水と一緒に薬を飲み込むと同時に、その返答は返ってきた。


「優しそうな名前ですね」


 あぁそうか……この男の表情を、この感情を、優しいをいうのか。

 私は死にゆく中、この男の暖かさの理由に気が付いた。

 初めて私を見てくれた人、初めて私に優しくしてくれた人、初めてワタシの思いに気が付いてくれた人。


 優しくされたのなんて……初めてだ。


 初めて感じるやさしさの中、最後まで私を見てくれる男の目に、私は生れて初めて、涙を浮かべた。








 


 




 

 



 


 


 

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