ダークヒーローは救えない。

新世界秩序

第1話 出会い 

 平穏という言葉の意味が書かれている辞書がすべて燃えてなくなってしまったこの国で生き残るのは簡単ではなかった。

 私が生まれたのは戦争が始まって二年後。その頃はまだ王都には侵略者の影すら見えなかった。それから5年ほどたった頃、敵軍の力が異常なくらい急激に強まった。王都はすぐに包囲されたものの5年ほど耐え続けた。世界中どの国よりも進んだ科学技術と王都の兵士の練度がそれを可能にした。毎日パンは食べられるしたまにケーキも食べられる。そんなほどほどの日常は敵軍の最高指揮官が到着したという知らせから一日も経たずに崩壊した。

 私の母が殺されるのを見た。母は最期まで偉大だった。それからは地獄のような日々が続いた。本は焼かれ宗教施設や文化的に重要な建物は破壊された。男は皆殺された。国が、本当の意味で壊されるのをこの目で見た。そんな中生き残るのはやはり簡単ではなかった。




 「おい!治癒魔法をくれ!」

 「こっちに援護射撃!」


 あちこちで助けを求める声が響く中、私はただ立っていることしかできなかった。

 

 「おい邪魔だ!」


 前から走ってきた剣士風の男とぶつかりそうになり慌てて横によける。こんなはずじゃなかった。比較的安全と言われている夜行馬車の護衛の依頼。まったく戦闘にならないことも珍しくなく、私のような駆け出しの冒険者達が好んで受ける、いわゆる美味しい依頼のはずだった。しかし突然現れた蟲型のモンスターの群れによって大きく狂わされた。


 「助けてくれっっ!」

 「うわあああぁぁぁああ!」


 私の横を蜂に似たモンスターが通り過ぎる。杖を握る手に力がこもる。何人生きているのだろうか。いまだに戦闘の音は止まないものの聞こえてくる人の声は明らかに少なくなっていた。私は何もできずただ立ち尽くしたままだ。




 どのくらいたっただろうか。もうすでに人の声は聞こえなくなっていた。恐る恐る辺りを照らす。


 「ひっ…!」


 蟲達が死んだ冒険者や乗客の亡骸に卵を産み付けていた。胃の内容物が喉元まで上ってくるのをこらえ再び隠密に徹しようと試みる。しかし、すでに蟲達は私の存在に気が付きこちらをじっと見ていた。ずっと強く握っていた杖が地面にコロンと転がる。慌てて拾おうとするが、拾ったところでこの状況を打開することはできないことが分かっていたため動作は途中で止まる。

 この世界では生まれ持った才能でほとんどすべてが決まるといっていい。私はいわゆる攻撃魔法と呼ばれる類のものは全く使えなかった。故に今戦うことも自害することもできない。あきらめて座り込む。せめて急所に…と思ったが周りの亡骸を見るにそう簡単には逝けないであろうことを察する。


 パンパンパンというような乾いた音が響く。すぐに音の方向を確認しようと思ったがわからない。そう考えている間も小さくその音は鳴り続ける。目の前の蟲が地に落ちる。


「…死んだ?」


 周りを見るとほかの蟲も同様地に落ちていた。音が止んだ。どうやら私はその音の攻撃の対象ではなかったらしい。呆然としていると後ろから足音が聞こえ振り返る。


 「よく生き残れたな。」


 声をかけてきた男は不思議な恰好をしていた。仮面のようなものから私を見る目はとても冷たかった。手に持っているものは武器だろうか。黒く細いそれは杖や剣には見えなかったがお前の命くらい簡単に奪えるぞというような存在感を放っていた。


 「お前は人間か?」


 男に問われる。手に持っていた武器はいつの間にか私のほうを向いていた。ずっと黙っていたから、人間かどうか聞いているのだろう。なにか答えなくては。


 「あっ…うぅ」


 思ったような言葉が出ない。男が一歩下がる。まずい。焦れば焦るほど言葉は詰まる。男が両手で武器を持つ。


 「人間ですっ!!」


 思ったよりも大きな声になってしまったが何とか誤解は解けたらしい。男が武器を再び下に向ける。何か言葉を私にかけたように聞こえたがそれにかぶせるようにして耳に触る音が大きく響く。


 『ピギャアアアアア!!!』


 人間の亡骸を食い破るようにして蟲が飛び出してきた。数は数えられないほど多く、まだまだ孵化途中に見える個体もいるため、それより更に増えると予想できる。


 「だ、大丈夫なんですか!?」

 「お前どうやって蟲の攻撃を凌いでいた?」

 「魔法を使ったんです!私の魔法で周りの光を吸収、発散できるんです!」


 そう言い終わる前に私の体がふわっと浮いた。


 「えっ!?」


 体が宙に投げ出される。どうやら男に持ち上げられ、遠くに投げられたらしい。


 「いったあ…」


 分厚いローブを着ていたため大きな傷はできなかったがかなり体が痛む。慌てて周囲を確認するも、周りに蟲はいないため一応安全な方に投げてくれたらしい。


 「俺の合図でなるべく強い光を灯せ」


 男が私に言う。人のことを投げ飛ばしておいてさらに命令するなんて!とも思ったが、素直に従う。

 強い光を放つにはまず光を吸収する必要がある。杖はさっきいた場所に置いてきてしまったので、腰にさしてある予備の杖を持つ。杖と体が同化するのを感じる。息を吸うような感覚で光を吸収すると体が魔力で満ちるのを感じる。周囲が暗くなる。

 男の姿は見えなくなったがかなり激しい戦闘の音が聞こえる。さっきの武器は使ってないのだろうか、先ほどしていた奇妙な音は聞こえなくなっていた。全身に魔力が行きわたるのを感じた。


 「準備できました!」

 「3、2、1で灯せ。その後すぐに地面に伏せろ」

 「はい!!3、2、1…」


 全身の魔力を杖の先に込め、放出する。


 「まぶしっ!!!」


 目の前が真っ白になる。と同時に頭も真っ白になるが男に言われた地面に伏せろという言葉が頭に残っていたため急いで伏せる。まだ目は見えない。

 すると脳に直接響くようなドッドッドッというような轟音が轟く。しばらくして音は止んだが、耳があまり聞こえない。目もまだ見えないので周りの状況を確認できず、伏せ続けていた。


 どのくらいたっただろうか。体を誰かに起こされる。


 「大丈夫か」


 耳が聞こえることに気が付き、目を開けると目も見えるようになっていた。蟲の死骸がそこら中に転がっていた。


 「どうやってやったんですか?」


 思わず聞いてしまう。が、答えは返ってこない。


「町まで送ってやる」


 そう言って男は歩き出した。私も後を追う。


 「あの、ありがとうございます!!自分の魔法にこんな使い方があるなんて今まで気が付きませんでした!」

 「よければ名前だけでも教えてくれませんか?」


 男に言った。


 「名前はもう忘れた。長いこと誰からも呼ばれてない」

 「そうですか…」


 そう言いながら後ろを歩く。色々聞きたいことはあったが聞いていいのかわからず、また、返答がもらえるかもわからなかったので何も聞けなかった。そのまま町についた。

 

 男が私の方を向いた。


 「ゆっくり休め」

 「あの、あなたはどちらに行かれるのですか?」

 「聞いてどうする」


 どうする…か。私にもわからなかった。家族もおらず、特定のパーティに属することのなかったが、この男について行ってみたいと思ったのだろうか。答えられずにいると男が先に答えた。


 「しばらく町にいる」


 そう言って町の中心に向かって歩き出す。もう少し話がしたかったので追いかけようとも思ったが疲労がひどかったため、宿屋に向かった。


 宿につき、ベッドに横になる。これからどうしようか。自分の弱さとこの世界で生きていける実力を持った人間を同時に知ることになった。強くなりたい。漠然とそんなことを考えながら、意識は深く落ちていった。

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