第6話 捜査
奥秩父署の捜査本部は、事件の翌日から捜査方針に従って足取り班、
仲澤刑事係長が、立川市の長谷辺保のマンションに向かっている頃、足取り班の一つは、山梨市の市民バスの事務所に向かった。
五月二十一日金曜日、山梨市駅午前十時二十一分発のバスの乗務員は、新地平で登山姿の二人が下車した事と、終点の西沢渓谷で一人が下車したことは記憶していたが、背丈も容姿も記憶にはなかった。その乗務員が、その日の始発、つまり一本前の時間の九時十二分発のバスの乗務員に声を掛けた。その結果、そのバスには山梨市駅から登山姿の男性の乗客が、西沢渓谷まで乗っていたことが判明した。しかし、翌日五月二十二日土曜日の午後三時以降の、西沢渓谷から山梨市駅へのバスの乗客については、西沢渓谷から新地平までの間で乗車した乗客はいなかった。
市民バスの確認を終えた刑事たちは、近隣のタクシー会社での確認もしたが該当する客はいなかった。
その足で隣接する甲州市に向かった。ここでもタクシー会社での確認をした後、四月から十月までの土曜日、日曜日のみ運行する山梨交通バスの、五月二十二日土曜日の午後三時以降の乗客の確認のためバス会社の事務所に出向いた。そこで、西沢渓谷発午後三時四十分発の乗務員の記憶に残っている乗客がいた。その乗客は、登山姿で新地平から乗車してきたが、マスクは当然としても、車内でもサングラスを掛けていたため記憶に残ったということだった。
捜査班は、山梨市駅の五月二十一日金曜日の早朝と、五月二十二日土曜日の夕刻の構内カメラの画像と、塩山駅の五月二十二日土曜日の夕刻の構内カメラの画像を入手し、本部に戻った。
別の捜査班は、東京奥多摩町の西東京バスの営業所に向かい、五月二十二日土曜日の
刑事たちは、
また捜査班は、五月二十二日土曜日の早朝の雁坂トンネル料金所の防犯カメラの画像を入手し、犯人の早朝移動の可能性についても確認することとした。
そして捜査班は、
その他に、宿泊、テント泊をする可能性のある、営業小屋の
翌週の月曜日午前、各捜査班が集めた情報を基に、二度目の捜査会議が開かれた。
最初に刑事課長の野田が、足取りを追う各班からの情報を取り纏めて全捜査員に報告した。
「バス会社を調べた結果、犯行の行われた前日の二十一日金曜日に、当山域にバスを使って入った登山者と思われる人間は、第一発見者の二名と、その二人と一緒にバスに乗って終点の西沢渓谷で降りた一名。そしてその前の便のバスで入山した一名の合計四名だった。いずれも山梨市駅からのバスに乗っていた。塩山駅からのバスは土、日のみで平日は運行していないことから、バスによる入山は、この四名だけと考えられる。尚、タクシーによる移動も考えられるが、タクシー会社での確認では、二十一日、二十二日ともに西沢渓谷方面へも、また西沢渓谷方面からも利用者は無かった。
次に、宿泊についてだが、テント泊を含めて、二十一日金曜日の小屋利用があったのは、
次に、犯行の後の犯人の足取りだ。被害者の死亡推定時刻と、犯人の逃亡ルート、下山ルートの推測からすると、新地平に下りたとすれば、二十二日土曜日の午後三時以降に、
次に仲澤係長から被害者の部屋の捜索と、関係者からの聞き取りの現状を報告してくれないか」
報告を終えた野田は、ペットボトルのお茶を飲み、大きく息をついて椅子に腰を下ろした。
指名された仲澤は、手帳を持って立ち上がった。
「被害者の部屋から参考品として持ち帰ったのは、仕事に使われていたと思われる手帳と、日記らしきノートの二点でした。手帳から特に気になることはありませんでしたが、日記の内容からは、改めて確認しておくべきことが二つほどあると思われます。
一つは、弟の稔の大学院進学の時の兄弟間の軋轢。あと一つは仕事上の揉め事です。揉め事というのは、乗倉敏和、第一発見者でもある乗倉との仕事上の揉め事に関することを、確認する必要があります。
聞き取りに関しては、先崎文恵という、被害者の長谷辺保と交際していた女性から聞き取りました。彼女からは、乗倉敏和に被害者が雁坂峠に行くことを話したかどうか確認したところ、話していないということでした。長谷辺保の人間関係も乗倉との仕事上のゴタゴタはあったが、人から恨まれるようなことは、心当たりはないとのことでした。今後は、会社関係、仕事関係、それと
仲澤の話が終わると、また野田刑事課長が立った。
「仲澤係長、被害者周辺の聞き取りはその線で続けて欲しい。ただ、第一発見者の一人、空木健介という探偵は、国分寺署に関係する人間らしく、信用出来る人間ということだ。第一発見者の二人が、峠に着いた時間が、その空木という探偵の言う通り十一時二十分頃だとすると、二人の犯行ではないということになる。それを頭に入れて置いてくれ。それから、犯行に使われた凶器であるナイフの捜索にもう一日掛けることにする。雁坂峠周辺から雁峠にかけて、捜索をお願いする。以上だ」
五月二十一日金曜日に、
道中で他の登山者に出会わなかったかという刑事の問いに、その代表者の男性は、「単独行の男性とすれ違った」と答えた。その場所は、笹平の避難小屋から三十分位歩いた木賊山への登りで、時間は午後三時半頃ではないかと話し、その登山者の特徴については、挨拶しても背中を向けて、キバナシャクナゲの蕾を観察している様子で、全く反応が無かったことを記憶していると説明した。
二人組の宿泊者は、東京都練馬区に住む夫婦だった。二人は二十一日金曜日の朝九時頃、西沢渓谷の駐車場に車を停めて、徳ちゃん新道と呼ばれる登山道を甲武信小屋に向かい、小屋には午後三時半過ぎに着いた。ザックを小屋に置いて、甲武信ヶ岳を往復したと話した。
小屋までの登りで出会った登山者はいなかったが、
翌日は、四人組とほぼ同じ時間に小屋を発ち、西沢渓谷へ下った。その際には何組かの登山者とすれ違ったとのことだった。
五月二十一日金曜日に小屋に泊まった単独行の男性は、千葉県市川市に在住の会社員だった。休暇を取っての二泊三日の山行計画で、一日目は山梨市駅を午前十時過ぎに出るバスで西沢渓谷に入り、徳ちゃん新道を登って甲武信小屋に宿泊。二日目は、縦走路を西に向かい、国師が岳を経て
山梨市駅、塩山駅、奥多摩駅、各駅の構内カメラの画像の確認では、山梨市駅の五月二十一日金曜日の午前八時すぎから十時半までの間に、ザックを背負った登山姿の男性が、合計四名写っていた。全員マスクをしていたが、そのうちの二人組は、第一発見者の二人のようだった。
塩山駅の画像では、五月二十二日土曜日の夕方五時頃にザックを背負いサングラスとマスクをした登山姿の男が写っていた。
奥多摩駅のカメラの画像は、多くのハイカーを写していたが、午後七時を過ぎて写し出されるハイカーは少なく、二十二日の午後七時を過ぎて写っていた単独行と思われる登山姿の男は一人だけ、若い男が写っているだけだった。
カメラの映像は何れもマスクを着けていることもあって、容姿を特定することは出来なかったが、二十一日金曜日の山梨市駅のカメラに、九時十二分発の西沢渓谷行きバスに乗ることが出来る時間帯で、登山者らしき人間が写っていることと、二十二日土曜日の塩山駅のカメラに、サングラスを掛けた男が写っていたことが収穫だった。
山梨市駅と塩山駅のカメラに写っているこの二人は、県警本部の分析によって同一人物であることが判明した。
仲澤は、刑事課長の野田が言っていた、第一発見者の二人の、峠の到着時間が重要なポイントと認識していたものの、乗倉敏和への疑いを捨てていなかった。
仲澤たちは、静岡で執り行われた長谷辺保の葬儀から帰った乗倉と、万永製薬の多摩営業所がある三鷹駅の近くのコーヒーショップで面会した。
「乗倉さんからお聞きした話を、先崎さんにお会いして確認させていただきました。あなたの言う通り、先崎さんは被害者である長谷辺さんの行き先は、あなたに話していないと言っていました」
「刑事さんが、先崎さんに確認に行ったことは、先日彼女から聞きました。これで私が事件とは関係ないことが証明されたと思いますが‥‥」
仲澤は手帳を見た。
「もう一つ確認させていただきたい事があります。あなたと長谷辺さんの間には、仕事上のゴタゴタがあったとお聞きしましたが、それを詳しく聞かせてくれませんか」
乗倉は、やはりこの件は聞かれるのか、と思いながら、昭和記念総合病院で
手帳に目を落としながら聞いていた仲澤は、顔を上げた。
「今は、そう言う気持ちでも、雁坂峠で出会った瞬間は殺意があったんではないですか。こいつさえいなければ競争にはならなかったのに、という思いがあったんではないですか」仲澤の口調は、まるで容疑者を取り調べているような口調になっていた。
「何を言うんですか。そんな殺意を持ったことは一度もありません。とにかく私は、空木さんという先輩と一緒に峠に着いて、水を補給するために小屋に下りて行って、倒れている長谷辺を発見した。それだけです」
乗倉の声が、少し荒く、そして大きくなった所為か、他の客が二人の方に視線を向けた。
「まあまあ、そんなに興奮しないで下さい。その空木さんにも、またお会いしてお話を聞かせていただくつもりです。ところでお二人が、すれ違ったという登山者について、マスク、サングラス以外に記憶に残っていることはありませんか」
乗倉は、冷静になろうとして天井を向いて考えていた。
「‥‥空木さんの後ろを歩いていたので、すれ違う時にチラッとしか見なかったんです。マスクとサングラスが異様に見えたので記憶しているんですが、他は覚えていないんです」
「そうですか‥‥その登山者が特定出来るまで、若しくはお二人が、峠に着いた時間に間違いないことが確認出来るまでは、我々はあなたから目を離す訳にはいきません」
乗倉は、コーヒーに口をつけ、溜息をついた。
仲澤たちは、乗倉、先崎以外の山歩会のメンバーからの聞き取りもした。
岡部綾との面会は、会社のある立川だった。岡部綾からは、長谷辺保が誰かから恨まれるような話は聞かれず、長谷辺と直近で山に一緒に登ったのは、四月の御前山だったこと、弟の稔と岡部綾は、大学のサークルで一緒だったことが聞けただけだった。
昭和記念総合病院の足立医師も、杉本薬剤師からも、乗倉と長谷辺の競合の話はでたものの、新しい情報は何もなかった。
大和薬品工業の社内の聞き取りも、長谷辺が社内で恨みを買うような話は無く、疑いを抱かせるような人物は浮かんでこなかった。
被害者の弟の稔は、静岡から戻ってきていないため、聞き取りは出来ていなかったが、雁坂小屋の小屋番の話では、犯行があった午前十一時前後には小屋付近にいたように思った、とのことから、兄弟間の軋轢の確認は、稔が戻ってから聞くことにした。
事件発生から一週間経過した土曜日の朝、奥秩父署では三度目の捜査会議が開かれた。
これまでに集められた情報には、捜査を進展させる情報はなかったが、刑事課長の野田は得られた情報から、犯人の一連の行動の仮説を全捜査員に伝えた。
「被害者である長谷辺保に何らかの恨みを抱いた犯人は、何らかの方法で被害者が、五月二十二日土曜日に単独で雁坂峠に登ることを知り、殺害することを決めた。犯人は犯行日の前日、つまり五月二十一日金曜日にあの山域に入ることにして、山梨市駅発九時十二分発の西沢渓谷行の市民バスに乗車、西沢渓谷に午前十時過ぎに到着し、徳ちゃん新道と呼ばれる登山道を登ったと思われる。これは、雁坂トンネル料金所のカメラでは、駐車場に入る車は、被害者の乗って来たレンタカー以外に無かったことから、犯行当日の、車での入山は無かったと判断した。
そして、徳ちゃん新道を登った犯人は、他の登山者に出会うことがないように笹平の避難小屋に向かった。しかし、四人組には出会ってしまった。その際には、顔だけは見られないようにしたと思われる。そして翌朝、八時半から九時の間に小屋を出た犯人は、前を行く登山者に見られないように注意しつつ、午前十一時前には雁坂峠に到着していた。そして長谷辺が登って来るのを待った。峠から小屋へ下る北側の登山道は、身を隠すには十分だ。そして犯人は、ナイフで長谷辺保の腹部を正面から二度刺した。そして、雁峠から新地平に下ったが、犯行直後の午前十一時十分ぐらいに二人の登山者と出会ってしまった。この二人が第一発見者となった。犯人は、マスクとサングラスで顔を隠しながら、新地平に下り、西沢渓谷発午後三時四十分の山梨交通のバスに新地平から乗車、塩山駅の上りホームから帰路についたと考えられる。
ついては今後、塩山駅から乗った電車で、どこで下車したのかが分かれば、捜査範囲を絞ることが出来ると思うが、被害者の住所から考えて東京都内の可能性が高く、調べは困難を極めると思う。各班、頑張って欲しい。それから、足取り班は、犯人が歩いたと思われるルートと同じルートをたどって、何か掴めるものがないか当たってくれ。仲澤係長、私の仮説が正しければ、犯人の誤算は、犯行直後に第一発見者の二人に出くわしてしまったことだろう。空木と言う探偵にもう一度話を聞いてくれ、それと塩山駅の画像を見てもらえ」
野田は、一連の仮説を説明し、指示を出したものの、この捜査は一筋縄ではいかないと思い始めていた。
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