第2話 正体

 春の体力も回復に向かってきたころ、病院での診察にて部屋の開放を許可された。春は大興奮で、家に着いた瞬間に出せ出せコールが鳴り響き、リビングでキャリーの扉を開けてやった。

 春の、「やっほー」と言う声がリビングを駆け巡る。子どもの元気さには追いつけない。夏希がソファーに腰を掛けると、ママが隣に来た。ママは元気な子猫の様子に安堵した様子でじっと子猫を目で追っている。

 これまでこの子は人として暮らしていたのだろうか。それとも動物として暮らしていたのだろうか。これからはどうなのだろうか。獣人については分からないことばかり。誰か教えてくれる人はいないのかな。

「獣人族の人はどこにいるんだろう」気づいたら口から出ていた。

「そういえばこの前助けてくれた男の人、私の言葉がわかってたわ」

 夏希のつぶやきに、ママがふと思い出したというようにぽつりと言った。

「え、ほんとに。ママ、その人の匂いとかっておえたりする」

 その人に会いたい。会って、獣人についてもっと教えてもらいたい。夏希は強くそう思った。ママが「やってみようか」と言ってくれて一緒に男を探すことにした。

 17時。ふと時計を見た夏希は急いで立ち上がる。お父さんがもうすぐ帰ってくる。今日は夕ご飯を作っとくって言ったんだった。野菜を切っているときに、春の声が聞こえてきた。

「おねえちゃん、何作ってるの」

「カレーだよ」

「いぇい。僕、カレー大好き」

 夏希は会話をしながらリビングの床を見たが春の姿はない。上の方にいるのかと見るけどいない。きょろきょろしていると後ろから「ここだよ」と声がした。下を見ると裸足の足。目線をあげると裸の男の子が立っている。

「だれ……」

 夏希は初めて見る男の子に困惑し、立ち尽くしてしまった。近所の子どもが迷い込んだのか。普通、昼間っから真っ裸でいるか。頭の中があらゆる思考で埋め尽くされていく。

「春だよ」

 春の泣きそうな声で我に返った。春の目は今にも涙が出てきそうなくらい真っ赤だった。

「ごめんね。春くんの人の姿を見たことがなかったからわからなかったんだ」

 夏希は春の身体を両手で包み込む。春もしきりに自分の体をさわったり、見つめたりし始めた。

「僕、おねえちゃんと同じ姿になった」

「そう。おねえちゃんもびっくりしたよ」

 戸惑っている春を安心させようと春の背中を擦る。

 ふと顔を上げるとママが驚いた様子で廊下を走ってくるのが見えた。

「君、人に変身できるの」

 ママは、夏希たちの近くに来るなり、春の身体をじっと見つめている。そして続ける。

「猫に戻ることってできる」

「わかんなーい」

 真剣なママの声とは裏腹に、気の抜けた声で春が応えた。それにはママも笑ってしまい、緊迫した雰囲気が一気に落ち着いた。

「そうだよね。どうしようか。お父さんがもうすぐ帰ってきてしまう」

 ママの言葉に夏希はハッとして時計を見る。時計の針は5時半を挿していた。お父さんが帰ってくるまであと30分。やばい。と思ったが、ふとある疑問が浮かんだ。

「ねね、ママ。お父さんにばれたらどうしていけないの」

「獣人族の存在が人にばれてしまったらこわいことが起こるのよ」

 意味がわからない。ばれたら何が起きると言うのだろう。夏希は納得できなかった。

「春はもう猫には戻れないかもしれないでしょ。お父さんなら良いように解釈してくれるって」

 夏希は深く考えることをやめてカレーの支度に戻った。

 カレーがあと煮込むだけとなったとき、お父さんが帰ってきた。夏希が小さい頃に着ていた服を着た春がお父さんにかけていく

「おかえり」

「え、夏希が小さくなった」

 お父さんは春のことを二度見する。

「夏希はこっち。この子は春〜」

 夏希がキッチンから顔をのぞかせて訂正する。お父さんは夏希と春を交互に見つめた。

「夏希は小さくなってなくて……。このちっこいのが……」

「はーるー」

 事態を理解できずに言葉を詰まらせるお父さんに春が無邪気な声でかぶせる。夏希はキッチンから出てきて春を抱き上げ、椅子に座らせるとすぐにまたキッチンに戻って何事もなかったように料理を続ける。

 夏希がカレーを盛り付けてリビングに行くと全員、椅子に座ってご飯を待っていた。お父さんは未だ春をじっと見つめている。夏希は料理をみんなの前に置き、手を合わせる。

「いただきます」

 夏希の言葉が終わると同時に春が食べ始めた。勢いこそすごいものの上手にスプーンを使ってカレーを食べている。この子は必ず人として暮らしてきたに違いない。少なくとも人に変身したことが初めてというわけでは絶対にないだろう。夏希は春をじっと見つめた。

「おねえちゃん、食べないの」

「ん?食べてるよ」

 ふと春に言われて、カレーを一切口にしていなかったことに気づく。夏希は言葉を返すと同時にカレーをすくい、口に運んだ。春は不思議そうにしながらも「おいしい」と口にしながら、カレーをもくもくと食べ進める。満足そうなその顔を見ているとこの子についてのことはまた後で考えようと思えた。お父さんとママを見ると二人も春の姿を見て微笑んでいた。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

子猫の秘密 ゆき @yuki-515

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ