子猫の秘密

ゆき

第1話 出会い

 春の柔らかな日差しが差し込み、花の香りが漂う朝、夏希は眠い目をこすりながら住宅地を散歩していた。前を歩くのは黒猫のママ。夏希の実のお母さんだ。お母さんは、夏希を産んですぐに猫になった。幼いころに何度か理由を聞いたのだが、いつもはぐらかされてしまい、今はもう真相を知ることをあきらめている。誰にだって知られたくないことはあるだろう。ママにとってのそれがこのことなのだとしたらそれを知る権利はない。

「カラスのやつら、あんなところで何をやってるの」

 意識がそれていたため、ママの言葉が自分に向いていると認識するのにほんの数秒時間がかかった。ママが見ている先を見てみると、確かにカラスの群れが円を描くように上空を飛んでいる。

「なんだろう」

 夏希が返事をしようとして、ふと前を見るといつの間にかママとの距離が離れてしまっていた。急いで追いつこうと走る。ママに本気で走られたら絶対に追いつけないが、幸い早歩きでいてくれたから追いつくことができたが、夏希は息を切らし、肩で呼吸をする。

「ママ、待ってよ」夏希が呼び止めようとする声に被せるようにママは言った。

「あいつら何か獲物を見つけたみたいね」

「え……」

 夏希はまだカラスたちが何をしているのか検討もついていなかったから、ママがどうしてそんなことがわかるのかが不思議だった。ふとママが「行くよ」と言って駆けだした。ママを見失ってはいけないという一心で走る、走る、走る。途中、「獲物だ」「獲物だ」「横取りするなよ」という声が聞こえてきた。あのカラスたちの声だ。ママは一足先にこの声が聞こえていたのだとわかり、納得する。

「夏希」

 いきなりママが止まるので夏希はママにぶつかりそうになったがすんでのところでとまった。カラスの群れのところに着いたみたいだ。カラスたちの視線の先には白い何かがあった。よく見るとわずかに動いている。生きているのだ。

「助けないと」

 夏希がそう言ったとき、ママはすでにその生き物のところに走っていた。全身の毛を逆立て、低く唸り声を上げながらカラスに向かって威嚇した。ママが戦う姿を見て、大急ぎでその場に向かう夏希。近づいてみてみると生き物の正体は小さな子猫だった。子猫の呼吸は弱々しく、今にも止まってしまうのではと夏希は不安になった。着ていたカーディガンを布代わりにして子猫を包む。背後では、ママとカラスの戦う声が聞こえてくる。数の力は凄いもので、カラスはママを圧倒していた。ママも必死で威嚇をしているが気力だけで持ちこたえているような状況だ。

「夏希、この子を連れて病院にいきなさい」

 ママが振り返ることなく言った。夏希はカラスの群れに劣勢なママを置いていくことはできない。夏希は泣きそうになるのを堪えて、子猫を抱きしめるしかできずにいた。

 そんなときだった。「大丈夫? 」遠くから男の人の声が聞こえた。夏希が声のした方を見ると男はもうすぐ近くまで来ており、夏希の肩をさすってくれた。

「ママを助けて」夏希は男に伝えた。

 男は「そのつもりだよ」といってママに応戦した。男は着ていたジャケットを振り回してカラスを近づけさせないようにしていた。男の登場に背を押され、夏希は子猫を抱いて家へと急いだ。

 家への道中も夏希は一瞬も気は抜けない。腕の中の子猫がどのような容態なのかがわからない今、一時の油断も禁物だ。今、この瞬間、自分にできることは一刻も早くこの子を病院につれていくことだけだと夏希は自分を奮い立たせて足を回す。無我夢中に走っている間に、家に着いた。

 子猫を抱いたまま玄関の鍵を開け、中へ入る。車の鍵と財布だけを手に取り、再び外に出た。現金が足りるか不安だが、最悪カードを使おうなんて考えながら車の鍵を開け、エンジンをかける。

 夏希は超のつくほど方向音痴でどこへ行くにもナビは必需品なのだが、動物病院だけは自力で行くことができる。

 子猫は助手席に置いた。反動で子猫が落ちないよう、細心の注意を払ってブレーキをかける。その間、子猫は身動き一つ立てず、眠っていた。

 車を走らせること10分。動物病院に到着した。いつもママがお世話になっている病院だ。なんたってここの病院しかいやらしい。

 子猫を片手に、病院に駆け込むと夏希の慌てた様子に気づいたのだろう。事情を説明するとすぐに受付のスタッフが対応をしてくれ、病室に通された。

 看護師さんの指示通りに子猫を下ろしているときにママの担当医でもある先生から質問された。

「この子を拾ったときの状況とかを教えてくれるかな」

 カラスに襲われていたこと、自分が見つけたときにはすでに衰弱していたことを伝える。夏希の話を聞いている間、先生は子猫の身体をくまなく確認をし、採血の用意をするよう看護師に指示を出していた。

「採血をして、状態を確認しますね」

 先生は注射器を手に取り、子猫に向かう。子猫は看護師に支えられながら採血を受ける間、なんの反応も見せなかった。ひたすら、苦しそうな呼吸を繰り返している。「ちょっと見てくるね」と言い、先生は診察室を後にした。夏希は、子猫のことが心配で、「死なないで」と泣きそうになりながら、子猫のことを撫でることしかできない。そんな夏希を安心させようと看護師さんが「きっと大丈夫だよ」と声をかけてくれたが、その言葉に応える余裕はなく、ひたすらに子猫の命を心配した。

 しばらくすると先生が戻ってきた。

「結果を伝えるね」先生のその声は暗く、夏希はその先を聞きたくなかった。先生はそれを知ってか知らずか言葉を続ける。

「この子は、ひどい脱水症状と栄養失調を起こしている。親元を離れて長い間餌にありつけずに街をさまよっていたのだろうね。点滴をするけれど、いつ死んでしまってもおかしくはない。この子の生命力に掛けよう」

 夏希は、目に涙をいっぱいにあふれさせて「先生、この子を助けてあげて」と言った。先生はうなずき点滴をはじめる。病態が安定するまで点滴を続けないといけないとのことで子猫は入院することとなった。夏希は子猫に「また明日ね」と手を振り、病室を後にした。

 車に乗り込み帰っている途中、ふとママのことが心配になった。さっきまで子猫のことが心配で忘れてしまっていたがカラスのところにママを残したままだったことを思い出したのだ。誰かはわからないが男の人も助けに来てくれたし、万一にも負けることはないだろうが怪我をしてしまっているかもしれない。落ち着かない気持ちで夏希はハンドルを握る。

 いつも、近いと思っていた病院と家との距離が今日はとても遠く感じた。家に着くと夏希は勢いよくドアを開け、ママを呼ぶ。

「おかえり」

 返ってきたのはいつも通りのママの言葉だった。安心して夏希はその場に座り込んだ。

「どうしたの」

ママは驚いて夏希にすり寄る。何も言わずにママを撫でる夏希の手を静かにママは受け止めるのだった。

「ママが元気そうで安心した。子猫も今点滴を打ってもらってるけどあとはあの子の生命力に掛けるしかないって」

 夏希は泣きながらママに訴える。ママは静かに聞きながら「大丈夫、大丈夫……」「あの子は負けないよ。きっと」と夏希に声をかけ続けた。

 ふと夏希のお腹がぐーーっと鳴った。

「立派な音だ」ママが笑った。

「なんでそんなこと言うの」夏希はママに怒る。この瞬間だけは悲しい気持ちや不安な気持ちを夏希は忘れていた。そして、夏希はこれまでママに慰められていた自分が恥ずかしく思えてきて、そんな気持ちを隠すかのように立ち上がり、お昼ご飯の準備をしに、キッチンに向かう。

 冷蔵庫には昨日の夕ご飯のおかずがあるが、炊飯器の電源は当然ながらオフ。冷凍ご飯もない。麺という選択肢もあるが今から作るのは面倒だ。夏希は冷凍庫から冷凍パスタを、冷蔵庫からママの作り置きご飯を取り出す。ママのご飯をレンジに入れて温めて、冷ましている間に、パスタをレンジに入れる。

「子猫のこと、お父さんにも相談しないとね」

 温まるのを待っているとリビングからママの声がした。リビングの方を覗くと、テーブルにちょこんと座るママがいた。ご飯が出てくるのを今か今かと待っている子供のようで、夏希はくすっと笑う。かわいいなとママのことを見ているとピーピーとレンジの音が鳴った。

「お父さん、飼っても良いっていってくれるかな」

 夏希は料理をテーブルに置きながら言った。

「大丈夫でしょ」ママは夏希が並べる料理を眺める。

「お願いするのは私なんだからね」

 ママがあまりにも軽く言うことに夏希は少し腹を立てながらフォークを進める。ママは、夏希の言動など気にも留めない様子で一心不乱に食事を楽しんでいる。夏希も、いらいらしながらもママの口にご飯がついていることをかわいく思いながらタオルで優しく拭って上げるのだった。

 お昼ご飯を食べ終わり、夏希は子猫を迎え入れる準備を始めることにした。夏希は、ママが昔使わされていた猫部屋に行く。ドアを閉めようとするとママも一緒に入ってきた。

「なつかしいわね」ママは部屋の中央に行き、あたりを見渡した。

「ママ、いつも文句たらたらだったよね」

 夏希もママの言葉に昔の記憶が呼び起された。ママはこれまで自由に部屋の中を移動できていたのに、猫の姿になってからはこの部屋に閉じ込められることに不満を抱いていたのだ。今は、夏希がお父さんを説得して終日、自由に部屋を行き来できるようになった。夏希は懐かしい気持ちのまま、クローゼットの扉を開けるとたくさんの服が目に入ってきた。

「昔はこんなかわいい服をママは着せられていたんだね。ママもよく耐えてたよね」夏希が爆笑する。

「私が猫と入れ替わるように突然消えてしまったから、お父さんも猫のためにお金を使わないとやっていけなくなったのよ。これはお母さんが悪いから仕方がないの」

夏希は初めて、自分の妻が消えてしまったときのお父さんの心情を考えた。これまでこんなこと、考えたこともなかった。お父さんは夏希に一度だって悲しい顔を見せたことはなかったのだ。

「お父さん、無理して笑顔でいたのかな」

「いいえ」

ぽつりとつぶやいた夏希の言葉にママが続ける。

「お父さんが夏希に向ける笑顔にウソはないよ。まだ、夏希が小さい時、お父さんは夏希にかわいそうな子を見る目を向けていたの。でもね。夏希が私のことをママって呼んだその日から変わったわ。夏希にとって私がママなのだと知ってから、お父さんは明るくなったの。今のお父さんがいるのは夏希のおかげなのよ」

ママは夏希に体を擦り付ける。

「でもそれは……」夏希が反論しようとするとママは立ち上がり、空いた手で夏希の口を押えた。こんなかわいいことをされてしまったら、しっかり押さえられていないとはいえ続きを口にはだせない。夏希は今にも出そうになっていた言葉の束を飲み込んだ。

 服を手でかき分けてその後ろにあるものに手を伸ばす。今日はこれに用があってわざわざクローゼットを開けたのだ。その名もケージ。昔はママもこの中に閉じ込められそうになったらしいのだが、とにかく暴れまくるからお父さんがあきらめたということを聞いたことがある。ママも私を産むまでは人間だったのだから閉じ込められるのは嫌だったろうと一人共感していたのを覚えている。そんなケージを今から組み立てていく。

 ほとんど使われていないケージはきれいだったがほこりが溜まっているため雑巾で拭くことにした。途中、ひっかき傷のようなものを見つけて、夏希は暴れるママの様子を想像してくすっと笑う。以外にもケージを組み立てるという作業は楽しく、気が付いたときには完成した。

「ただいま――」

 夏希が達成感に浸っている時、お父さんが帰ってきた。そこで大変なことを思い出す。ご飯を炊いてない!

「ハンバーガー買って来たぞ」

 お父さんに謝りに行こうとしたとき、お父さんが神様かとも思える発言が飛んできた。急いで一階に降りて、ママのご飯を用意する。

「何してたんだ――」

キッチンにお父さんが顔をのぞかせる。

「子猫を保護したから、ケージを組み立ててたの」

「二階にいるのか! 」

「いや、保護した子猫なんだけどすごく衰弱してしまっているから今は入院してるんだ」

お父さんは、真剣な面持ちで夏希の話を聞いていた。

「ご飯を倍、作らないといけなくなるな」お父さんは笑顔で言った。

 夏希はどんなときでも前向きなお父さんのことが大好きだ。温かい気持ちに、お父さんが本心を隠していないのかとちょっぴり不安な気持ちもかぶさるのを感じながら、夏希はリビングに入っていった。

 翌朝、夏希はまだ薄暗い時間に目を覚ました。昨夜の子猫のことが頭から離れず、胸の中に残る不安を抱えたまま、朝食をとり、病院へ向かう準備をしながら時間がたつのを待った。

 病院が開くのと同時に病院に着いた。焦る気持ちを落ち着かせながら受付に声をかける。

「昨日の子猫ちゃん、元気になりましたよ」名前を伝えると笑顔で伝えられた。

 夏希はその言葉に安堵した。受付の人が行ったように子猫はとても元気で、入院スペースの扉を開けると大きな泣き声が聞こえてきた。「大丈夫、大丈夫」夏希がそっと子猫の背を撫でる。しばらく撫でていると子猫の力が抜けていき、静かになった。夏希は一瞬、子猫が再び意識を失ってしまったのではないかと不安になったが、子猫から聞こえるスースーという寝息を聞いて安心し、微笑んだ。子猫の鳴き声に緊張していた空気が落ち着いた頃、夏希は子猫を引き取る手続きをするため、一度部屋を出た。

 夏希は助手席に置いたキャリーをしきりに気にしながら運転をしていた。キャリーの中にはタオルに包まれた子猫が乗っている。夏希は子猫が車で気持ち悪くなってしまわないか心配だったが、子猫は車の揺れを気にする素振りもなく眠り続けた。もしかすると車に乗るのが慣れているのかもしれない。この子は飼い猫かもしれないな。夏希は遠い目をした。

 ガタンッ。夏希が子猫の入ったキャリーを車から取り出す。

「着いた〜? 」

 夏希は「うん」と言いそうになるが待てよと首を傾げる。

「あなた寝てたよね。どうしてどこかに移動したってわかるの」

「だって揺れてたもん。うっすら起きてたんだよ」

 子猫がすごいでしょとでも言うように夏希を見上げる。夏希は別の意味で驚き「すご」と言ったのだが、子猫は自分が凄いと言われて、照れていた。

 夏希の頭の中は子猫と会話ができたことでいっぱいだった。子猫は飼い猫だったのだろうか、それともママみたいに突然、猫になってしまったのだろうか。でもそれだとおかしい事がある。子猫が寂しがる様子がないのだ。そこで夏希は子猫に聞く。

「君は道路に倒れてたんだけどどうして倒れちゃったの」

「僕、倒れてたの?! これまでのことはあんまり良く覚えてないんだ。僕は誰だろう。お姉ちゃん知らない? 」

 子猫は急に不安そうになった声で夏希に問う。夏希はこの問いに答えられずにいると、玄関からママの声がした。

「なにしてるの。早く入りなさい」 

 夏希は問いの答えをごまかすように「中、入ろっか」と言い、玄関のドアをくぐった。

 子猫を出迎えるようにママがちょこんと猫部屋に座っている。慣れない環境に子猫がおかれることが心配で仕方ないようだ。

「えー。この中にいないといけないのー」

 夏希が子猫をケージに入れると子猫が抗議する。

「疲れてるだろうから、少し休もうね」ごめんねと思いながら夏希は子猫を撫でる。しばらく撫でていると、眠くなってきたのだろう。子猫があくびをして、丸くなった。夏希は「ちょっと待っててね」といって部屋を出た。

 夏希は子猫を起こさないよう、静かにドアを閉めるとママを探しにリビングへと向かった。ソファの上でくつろいでいたママは夏希が入ってきたことに気が付いて振り向く。

「ママ、聞いて」夏希はママの隣に座って続ける。

「ママみたいに人から動物になってしまった人っているのかな。あの子は私の言っていることがわかるの。もしかしたら、突然猫になってしまって、家にいられなくなって、外をさまよってしまったのかなって思ったんだけどどうかな。外での生活が大変だったからか記憶もないんだよね」

 ママは静かに夏希の目を見て、口を開かなかった。しばらくして、なにかを決心したように静かに語り始めた。

「夏希は、ママがもう人の姿に戻れないことは知っているよね。それは本当なんだけど、少しだけ間違っていることがあるの。ママの本来の姿は動物で、人の姿に変身していたの。でも、人の姿を保てる力が弱くなってしまって、動物の姿にもどってしまった。それとは反対に、世界には人の姿が本来の姿で、動物の姿になれる人も存在するの。あとは、先祖はこの力があったけど今は使うことができなくて、人間として生活している人や動物として生活している人もいるよ。私たちのような種族のことを獣人族っていうんだよ。あの子は人間の言葉と動物の言葉の両方を話せるし、コミュニケーションも取れるから少なくとも獣人の血は流れているだろうね。そして、人と生活していたのかもしれないね」

 夏希はときおり相槌をはさみながら真剣にママの話を聞いていた。そして、話し終えたママを抱きしめて、言った。

「ママは禁断の恋をしてしまったんだ」

「お母さんのせいで母親のいない家庭を作ってしまった……。ごめんね」

 自分が悪いとなげくママに、「私はいま、とても幸せだよ」と小さくつぶやいた。声こそ小さかったものの、その言葉に込められたものはとても大きなものだった。

 ガチャ。玄関のドアの鍵が開く音で夏希は目を覚ました。どれだけ眠ってしまっていたのだろう。窓からはオレンジ色の光が入っている。

「夏希~。ご飯どうする」

 お父さんが階段に向かって声をかけるのが聞こえた。「ここにいるよ」夏希はそう言ってお父さんのところに行く。まだ何も作っていないことを伝えるとお父さんが作ってくれることになった。ささっとオムライスを作ってくれたみたいで、ボーとしていたらすぐに呼ばれた。

 テーブルにつき、食べ始めると同時に夏希が切り出す。

「今から、子猫の名前決め会議を行います」

「あー、名前を決めないとなのか」

「お父さん、何かいい案ない」

 お父さんは真剣に頭を悩まし、「たま! 」と叫ぶ。

「却下」夏希がすかさずつっこむと、お父さんはうなだれた。

 その後も、ミケだのクロだのなんのひねりもない名前しかあがらない。夏希もお父さんに怒りながら、なんの案も出せていない。二人がため息をついたとき、「これは」とあきれたようなママの声が聞こえた。

 ママはある文字を指さしていた。

「春。いいね」

 すかさず夏希が採用した。春に保護したから”春”。単純だけどいいんじゃないか。二人ともママの案に納得した。

 翌日。「春。ごはんだよ」と夏希が猫部屋のドアを開ける。

「お腹すいた」春が伸びをしながら言った。それはそうだ。昨日、春は疲れていたのか夜になっても起きることがなかったため、ご飯を食べていないのだ。「どうぞ」と夏希が春の前にご飯を置く。

「なにこれ」

「ご飯だよ。食べ方も忘れてしまったの」

「こんな変なの食べれないよ」

 春は夏希の言っていることが信じられないとでも言うように叫んだ。別のご飯を食べてたのだろうか。夏希は頭を悩ませる。そこに、春の声を聞いたお父さんが「どうしたの」と言って入ってきた。ご飯を食べないと相談すると手作りご飯を挙げてみることを提案してくれた。確かに、手作りご飯なら食べてくれるかもしれない。そう思い、夏希はご飯を準備する。

「これは食べれるかな」

 おそるおそる夏希はご飯を春にわたす。春はゆっくりと食べ始めてくれた。夏希は安堵するとともに、春の出生についての謎が深まっていくことを感じた。

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