第11話 四十年後(2)

 アリソンは、サンフランシスコの酒場で働いているときに、まだじゅん男爵だんしゃくではなかったマシュー・フェアフィールドにめられ、結婚したという。

 マシューはもともと銀行の若手幹部として仕事でロンドンからアメリカ東海岸に派遣されていた。その休暇に、パナマ地峡鉄道が開通したこともあって、好奇心で、十年ほど前にゴールドラッシュが起こった地を見に来ていたのだ。

 アメリカ勤務が終わると、マシューは、アメリカで結婚したアリソンをロンドンへと連れ帰った。

 そのアリソンが、ステファニーを自分の付添役としてロンドン郊外の邸宅に引き取ってくれたのだ。

 そのころにはマシューも若くして銀行の頭取に出世し、準男爵となって生活も安定していた。

 ステファニーは付添役だから、アリソンが外出するときに同行したりもする。

 けれどステファニーは別の仕事も与えてもらっていた。

 ステファニーには学識があるということで、年に一本、博物学の論文を発表することを条件に、邸宅内に部屋を与えられ、専属研究者としての給料ももらっていたのだ。

 アリソンはステファニーの母も邸宅に引き取った。

 でも、母は、気候が寒いうえに行儀作法にうるさいイギリスが嫌いだった。

 しばらくフェアフィールド家の邸宅にいたが、ステファニーの生活が安定するのを見届けると、母は、マシュー夫妻が引き留めるのを振り切って、再びインドへと旅立っていった。

 途中、アフリカ東海岸のモンバサまでは手紙で連絡がついていたが、その後は連絡が途絶えた。どこでどうしているのか、ステファニーにもアリソンにもわからない。

 アリソンは、男の子二人、女の子一人を産んだ。

 マシュー卿は、子どもが産まれて専属の家庭教師を雇えるほどまでは裕福ではない、と言って、ステファニーに家庭教師を担当させた。

 長男のピーターはすなおだったが、次男のナサニエルには手を焼いた。その下の女の子パトリシアは、髪色が鳶色とびいろでステファニーに容姿が似ていた。それで情が移って甘やかしてしまったのだろうか。ステファニーの少女時代のような、活発な、おてんばな、いたずら好きの少女に育った。

 長男ピーターはマシュー卿の銀行に就職した。いつの日か、マシュー卿の後継者として頭取に就任することだろう。

 次男ナサニエルは、博物学者としてのステファニーの感化が効いたのか、「いまの進化論は欠点が多すぎる!」などとうそぶいて大学に残り、動物学の研究者になった。棘皮きょくひるいという動物の研究をしているという。

 それはいいが、結婚する気配がまったくないのが、マシュー卿とアリソンとステファニーには気がかりだ。

 ステファニー自身も結婚していないのに気をむのはどうなのだろうと思うけど、気がかりは気がかりだ。

 パトリシアは書店で店主の秘書をしていたが、砂糖きび農園を持つ製糖業者の男に見初められ、アメリカに渡って行った。

 砂糖のおかげで幸せにもなり、不幸にもなったステファニーは、この子に何か砂糖が好きになるような教育をしたかな、と思い返してみるのだけど、とくに思い当たることはない。

 砂糖よりも、その製糖業者の男が魅力的だったのだろう。

 そういうことにしておこう。

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