第4話 ステファニー嬢と人魚(1)

 フォールセット伯爵令嬢ステファニー・フリンジャーというのが、その子の名まえだった。

 鼻梁のはっきりした顔立ちで、髪はとび色、その自然にくるんくるん巻いた髪を背中に垂らしていた。

 歳は十二歳だという。十二歳にしては背が低いほうだろう。

 その浅く日焼けした顔を見ると、シク教徒に案内してもらってカシミールまで行ったという話はほんとうのようだった。

 最初は、侍女なのか付添役なのか、アリソンという歳上の少女が同行すると言って、船に乗った。

 甲板に並んで座って、強い日射しからお嬢様を守るんだと言って日傘をさし出していた。

 ところが、コリンス船長のスクーナー船パーシャンハウンド号が港から外に出たところで、揺れが大きくなると、アリソン嬢はさっそく気分が悪くなった。

 ステファニー嬢に傘を差し出すどころではなくなり、悪いけど横にならせてくださいと言い出した。

 それで船室に案内したのだけど、逆効果だった。

 船上にいれば遠くの景色も見えて、気分もまぎれるし、波のようすを見れば船がどう揺れるかも何となくはわかる。でも船室で横になっているとそれもわからない。

 しばらくして青い顔をして甲板に上がってきて、お嬢様わたしもう耐えられません、と言う。

 ほんとうにお嬢様に忠実な娘らしく、何度も、すみません、すみません、と謝っていた。

 コリンス船長は、そこで、いちど港に戻って、アリソン嬢を上陸させた。

 若くて、レースとかフリルとかふくらんだ袖とかの装飾たっぷりの白いドレスを着た娘を、酒の入った荒くれ者どもが日中から往来する港に一人にしておくわけにもいかない。だから、まず、船長がよく知っているチン国人の少年を呼んでフォールセット伯爵の宿泊先まで連絡してもらい、馬車を回してもらった。

 そのあいだ、青ざめた顔のアリソン嬢は、ずっと、ステファニーお嬢様とコリンス船長に「すみません」を繰り返していた。

 そんなことをしているうちに時間が経ってしまった。

 しかも、大型機帆きはんせんのエンプレス・オブ・ジュンガリア号がどこを通ったか、ステファニーお嬢様にもよくわかっていなかった。

 コリンス船長だって遠洋航路の船がどこを通るかまでは知らない。

 でも、吃水の深い大型船が遠浅の海岸に近づくわけがない。そこで、遠浅の海岸の外側を回る航路を想定してみる。

 お嬢様が人魚を見たのは沖側ではなくセントローレンスの島の側だったというので、船長と、ジェフ・ハンフリー航海士と、お嬢様とで議論して、その場所の候補を探していく。

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