星野美樹の決意 - 父の背中を追って
星野美樹(ほしの・みき)は、宇宙港の展望デッキに立ち、広大な宇宙を見上げていた。28歳とは思えないほど若々しい容姿の彼女は、長い黒髪を後ろで一つに束ね、澄んだ褐色の瞳で星空を見つめていた。細身の体つきながら、宇宙飛行士としてのトレーニングで鍛え上げられた筋肉が、ぴったりとしたフライトスーツの下に感じられる。
「美樹、もう時間よ」
母・佳子の声に、美樹は我に返った。
「うん、分かってる」
返事をする美樹の声は、決意に満ちていた。今日は彼女にとって特別な日。父・航の後を追って、宇宙輸送船の船長として初めての長距離航海に出る日だった。
15年前、父が初めて宇宙に旅立った日を、美樹は鮮明に覚えていた。あの日から、彼女の人生は大きく変わった。父の背中を追いたいという思いが、彼女の心を支配したのだ。
家族の反対を押し切って宇宙飛行士になった美樹。そして今、彼女は父と同じ道を歩もうとしていた。
「お姉ちゃん、本当に行っちゃうの?」
弟の翔太が、不安そうな顔で美樹を見上げた。今や立派な大人になった翔太だが、姉の前では今でも幼い弟のままだ。
「うん、行ってくる。翔太、さくら、お母さんのこと、よろしくね」
美樹は優しく微笑んだ。妹のさくらは黙ったまま、ただ強く頷いた。
最後に佳子が美樹を抱きしめた。
「気をつけてね。あなたのお父さんみたいに、必ず帰ってきてね」
その言葉に、美樹の目に涙が浮かんだ。
「うん、約束する」
美樹は深呼吸をして、家族に別れを告げた。そして、宇宙輸送船「ステラ・ドリーム」へと向かった。
「ステラ・ドリーム」は、美樹が船長を務める最新鋭の宇宙船だ。全長500メートル、幅100メートルの巨大な船体は、まるで銀色の矢のよう。その優美な曲線と先進的なデザインは、見る者を魅了せずにはいられない。
操縦席に座った美樹は、慎重にシステムチェックを行った。心臓が高鳴るのを感じながら、彼女は出発の準備を整えた。
「ステラ・ドリーム、発進準備完了」
美樹の声が、船内に響き渡る。
「発進許可、確認」
管制塔からの返事を受け、美樹はゆっくりとスロットルを押し上げた。
巨大な宇宙船が、静かに浮上を始める。地球の重力から解放されていく感覚に、美樹は胸が高鳴るのを感じた。
窓の外に広がる風景は、息を呑むほど美しかった。青い地球が徐々に小さくなっていく。雲に覆われた大陸、深い青色の海、そして夜の側の輝く街の光。美樹は、その光景を心に刻み付けた。
「光速航行、準備完了」
副船長の声に、美樹は我に返った。深呼吸をして、彼女は光速航行のレバーに手をかけた。
「行くわよ」
レバーを引くと同時に、周囲の風景が一変した。星々が光の筋となって流れ、「ステラ・ドリーム」は文字通り夢の中を駆け抜けるかのように進んでいく。
美樹の任務は、父・航と同じく惑星ノヴァ・テラへの物資輸送だった。地球時間で80年の旅。しかし、船内の彼女たちにとっては約1年半の航海となる。
任務中、美樹は常にプロフェッショナルな態度を保った。厳しい訓練で培った技術と、父から受け継いだ冷静さが、彼女の判断を的確なものにしている。
しかし、夜、自室で一人になると、美樹の心は複雑な感情で揺れ動いた。
彼女は、小さな宇宙船の模型を手に取った。父が出発する前日、彼女にプレゼントしてくれたものだ。
「お父さん、私、ちゃんとやれてるかな」
美樹は、静かにつぶやいた。返事はない。ただ、無限の静寂が彼女を包み込む。
その静寂の中で、美樹は父との思い出を振り返った。幼い頃、父に肩車をしてもらった日。初めて星座を教えてもらった夜。そして、父が宇宙に旅立つ日。
「お父さんの背中を追いかけて、こんなに遠くまで来ちゃった」
美樹は苦笑いを浮かべた。でも、後悔はなかった。この道を選んだのは、紛れもなく自分自身だから。
航海の日々は、淡々と過ぎていった。美樹は、乗組員たちと絆を深めながら、ship内の雰囲気を明るく保とうと努めた。彼女の明るさと決断力は、乗組員たちの信頼を集めていた。
そんなある日、美樹は不思議な夢を見た。
夢の中で、彼女は無限の宇宙空間に浮かんでいた。周りには何もない。ただ、遠くに一つの光が見える。
美樹はその光に向かって泳ぐように進んでいく。近づくにつれ、その光の正体が見えてきた。
それは、少女の姿をしたロボットだった。
銀色の長い髪、碧眼、白と青のワンピース。そのロボットは、にっこりと笑いながら、美樹に手を振っていた。
「あなたは...誰?」
美樹が尋ねると、ロボットは優しく微笑んだ。
「私はエターナル・ウェイブ。あなたのお父さんも、私に会ったのよ」
その言葉に、美樹は驚いた。
「お父さんが...?」
「ええ。彼も同じように、ここにやってきたの」
エターナル・ウェイブは、ゆっくりと美樹に近づいてきた。
「美樹、あなたは正しい道を歩んでいるわ。自分の選んだ道を、胸を張って進んでいけばいい」
ロボットの声は、不思議と美樹の心に染み入った。
「でも、家族を置いてきてしまって...」
「大丈夫。彼らもあなたを誇りに思っているはず。そして、私がここで、ずっとあなたたちを見守っているから」
エターナル・ウェイブの言葉に、美樹は温かいものが胸に広がるのを感じた。
目が覚めると、美樹の頬には涙が伝っていた。不思議な夢だったが、心が軽くなった気がした。
1年半の航海を経て、ついに「ステラ・ドリーム」は惑星ノヴァ・テラに到着した。
美樹は緊張した面持ちで、ノヴァ・テラの大気圏に突入する準備を整えた。紫がかった空を通り抜け、艦は慎重に港へと降り立った。
ハッチが開き、美樹は初めてノヴァ・テラの地を踏んだ。少し軽い重力、甘い香りのする空気。そして、驚くほど地球に似た風景。
しかし、彼女の目は港の一角に釘付けになった。
そこには、夢で見たのと同じ少女型ロボットが立っていたのだ。
「エターナル・ウェイブ...」
美樹は思わず声に出してしまった。
エターナル・ウェイブは、変わらぬ笑顔で手を振り続けている。美樹は、夢中でロボットに近づいていった。
「こんにちは」
美樹は小さく声をかけた。もちろん、返事はない。でも、なぜか温かい気持ちになる。
「あなたは、本当にいたのね」
美樹は、ロボットの傍らに腰を下ろした。夕暮れの空を見上げながら、彼女は静かに語り始めた。
「私、お父さんの背中を追いかけてここまで来たの。でも今は、自分の道を歩んでいる気がする」
エターナル・ウェイブは黙って手を振り続ける。その姿に、美樹は不思議な安らぎを感じた。
「お父さんも、ここに来たのよね。同じものを見て、同じ気持ちになったのかな」
美樹は微笑んだ。胸の中に、小さな光が灯ったような気がした。
「きっと、また来るわ。そして、いつか家族全員で来られたらいいな」
そう言って、美樹はエターナル・ウェイブに向かって手を振った。ロボットは変わらぬ笑顔で手を振り返してくれた。
その瞬間、美樹は決意を新たにした。どれだけ時が経っても、自分はこの場所に、この存在に、必ず戻ってこようと。それが、彼女の新たな希望となった。
荷物の積み下ろしを終え、「ステラ・ドリーム」は再び宇宙へと飛び立つ準備を整えた。
美樹の心には、新たな決意が芽生えていた。父の背中を追いかけるだけでなく、自分自身の道を切り開いていく。そして、いつかは家族全員でこの場所に集まる。
時間を超越した存在、エターナル・ウェイブ。その不変の姿が、美樹に永遠の絆を教えてくれたのだ。
「ステラ・ドリーム」は、紫がかった大気圏を抜け、再び宇宙空間へ。光速航行に入ると、星々が光の筋となって流れていく。
美樹は操縦席に座りながら、胸ポケットの家族の写真に触れた。
「みんな、待っていてね。必ず戻るから」
彼女の瞳には、強い決意の光が宿っていた。時空を超える長い旅路。美樹の人生は、新たな章を迎えようとしていた。
宇宙の深淵の中で、「ステラ・ドリーム」は一筋の光となって進んでいく。そして港では、少女型ロボットが、いつまでも変わらぬ笑顔で手を振り続けていた。
永遠の絆が、美樹の心に刻まれた。彼女の新たな航海が、始まったのだ。
そして彼女は知らなかった。この瞬間が、星野家の宿命の新たな一歩となることを。時を超えて繋がる家族の物語が、さらに深く紡がれていくのだと。
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