星野さくらの挑戦 - 反逆から始まる宇宙への旅

星野さくら(ほしの・さくら)は、宇宙港の片隅で、ひっそりと宇宙船を見上げていた。25歳の彼女は、長い赤褐色の髪を無造作に結び上げ、鋭い緑色の瞳で周囲を警戒するように見回していた。小柄な体つきながら、その姿勢からは強い意志が感じられる。


さくらの手には、一枚の偽造IDカードが握られていた。


「これで、やっと...」


彼女の声は、決意と不安が入り混じっていた。


星野家の末っ子である彼女は、常に家族の期待と重圧に押しつぶされそうになっていた。父・航、姉・美樹、兄・翔太。全員が宇宙を目指し、輝かしい功績を残している。


しかし、さくらは違った。彼女は、その重圧から逃れるように、あえて真逆の道を選んだ。地球に留まり、音楽の道を歩むと決めたのだ。


だが、その決断は家族との軋轢を生んだ。特に母・佳子との関係は冷え切ってしまった。


「私には、私の人生があるの」


さくらは、そう言い聞かせるように呟いた。


しかし、彼女の心の奥底では、常に宇宙への憧れが燻っていた。それは、否定すればするほど強くなっていった。


そして今、さくらは一大決心をしていた。家族に内緒で、宇宙に飛び出すことを。


彼女が目を付けたのは、新興の民間宇宙輸送会社「ギャラクシー・エクスプレス」だ。この会社は、従来の航路とは異なる、未開の宇宙空間を進む冒険的な輸送ルートで話題を呼んでいた。


さくらは、偽造IDを使って、この会社の宇宙船「コスモス・ドリフター」の乗組員として潜り込むつもりだった。


「搭乗開始5分前です」


アナウンスが流れ、さくらは深呼吸をした。


彼女は、おそるおそる搭乗ゲートに向かった。心臓が激しく鼓動する。


IDチェックの瞬間、さくらは息を止めた。しかし、驚いたことに、警報は鳴らなかった。


「どうぞお進みください」


係員の言葉に、さくらはほっと息をついた。


「コスモス・ドリフター」の内部に足を踏み入れた瞬間、さくらは息を呑んだ。


艦内は、従来の宇宙船のイメージとは全く異なっていた。壁一面がホログラフィック・ディスプレイになっており、まるで宇宙空間の中にいるかのような錯覚を起こさせる。床は半透明で、その下には複雑な機械が見える。


「まるで、SFの世界...」


さくらは、興奮を抑えきれずにつぶやいた。


「新人さん?こっちだよ」


声をかけられ、さくらは我に返った。先輩クルーの案内で、彼女は自分の持ち場へと向かった。


「発進30秒前」


カウントダウンが始まり、さくらの心臓は再び激しく鼓動し始めた。


「20、19、18...」


彼女は、深く目を閉じた。


「もう戻れない」


その思いと共に、さくらの中で何かが変わった。怖れは、興奮へと変わっていった。


「3、2、1、発進!」


強大な推進力が船体を包み込み、「コスモス・ドリフター」は宇宙へと飛び出した。


さくらは、窓から見える光景に魅了された。


青い地球が、みるみる小さくなっていく。雲に覆われた大陸、深い青色の海、そして夜の側の輝く街の光。


「美しい...」


思わず声が漏れた。


しかし、その美しさを堪能する暇はなかった。「コスモス・ドリフター」は、通常の宇宙船とは比べものにならないスピードで宇宙空間を突き進んでいく。


「超光速航行、準備完了」


艦長の声が響き、さくらは息を呑んだ。


次の瞬間、周囲の風景が一変した。星々が光の筋となって流れ、「コスモス・ドリフター」は文字通り宇宙を漂うように進んでいく。


さくらの任務は、船内システムのモニタリングだった。複雑なデータが次々と画面に表示される。彼女は、音楽で培った感覚を生かし、データの異常を直感的に察知していった。


「君、新人なのにすごいセンスあるね」


先輩クルーに褒められ、さくらは少し照れくさそうに微笑んだ。


しかし、その平穏は長くは続かなかった。


突如として、警報が鳴り響いた。


「未知の空間異常、発生!」


艦長の声が響く。「コスモス・ドリフター」は、激しく揺れ始めた。


さくらは、必死でコンソールにしがみついた。画面には、理解不能なデータが次々と表示される。


「これは...」


彼女は、直感的にデータの意味を理解した。それは、時空の歪みだった。


「コスモス・ドリフター」は、未知の時空の狭間に迷い込んでしまったのだ。


混乱の中、さくらの目に、不思議な光が飛び込んできた。


それは、少女の姿をしたロボットだった。


銀色の長い髪、碧眼、白と青のワンピース。そのロボットは、にっこりと笑いながら、さくらに手を振っていた。


「あなたは...誰?」


さくらが問いかけると、ロボットは優しく微笑んだ。


「私はエターナル・ウェイブ。あなたの家族も、私に会ったのよ」


その言葉に、さくらは驚いた。


「家族が...?」


「ええ。彼らも同じように、危機的状況で私に出会ったの」


エターナル・ウェイブは、ゆっくりとさくらに近づいてきた。


「さくら、あなたは正しい選択をしたわ。自分の道を切り開こうとする勇気。それが、あなたをここまで導いたのよ」


ロボットの声は、不思議とさくらの心に染み入った。


「でも、このままじゃ...」


「大丈夫。あなたの中にある才能を信じて。そして、私がここで、ずっとあなたたちを見守っているから」


エターナル・ウェイブの言葉に、さくらは勇気をもらった。


彼女は、再びコンソールに向かった。不思議な力が湧いてくる。


さくらは、音楽で培った感覚を全開にして、複雑なデータを解析していった。そして、ついに異常の原因を突き止めた。


「艦長!時空の歪みの中心を特定しました!」


さくらの指示により、「コスモス・ドリフター」は危機を脱することができた。


クルー全員が、さくらに感謝の言葉を述べた。しかし、さくらの心は、あの不思議な体験に奪われていた。


危機を乗り越え、「コスモス・ドリフター」は予定通り、未知の惑星に到着した。


その惑星の港に降り立った時、さくらは驚愕した。


港の一角に、エターナル・ウェイブが立っていたのだ。


「やっぱり、あなたは実在したのね」


さくらは、夢中でロボットに近づいていった。


エターナル・ウェイブは、変わらぬ笑顔で手を振り続けている。


「こんにちは」


さくらは小さく声をかけた。もちろん、返事はない。でも、なぜか温かい気持ちになる。


「あなたは、ずっとここにいるんですね」


さくらは、ロボットの傍らに腰を下ろした。未知の惑星の夕暮れを見上げながら、彼女は静かに語り始めた。


「私、家族から逃げるようにして宇宙に来たの。でも今は、自分の道を歩んでいる気がする」


エターナル・ウェイブは黙って手を振り続ける。その姿に、さくらは不思議な安らぎを感じた。


「家族も、ここに来たのよね。同じものを見て、同じ気持ちになったのかな」


さくらは微笑んだ。胸の中に、小さな光が灯ったような気がした。


「きっと、また来るわ。そして、いつか家族全員で来られたらいいな」


そう言って、さくらはエターナル・ウェイブに向かって手を振った。ロボットは変わらぬ笑顔で手を振り返してくれた。


その瞬間、さくらは決意を新たにした。家族との絆を大切にしながらも、自分の道を堂々と歩んでいこうと。


荷物の積み下ろしを終え、「コスモス・ドリフター」は再び宇宙へと飛び立つ準備を整えた。


さくらの心には、新たな決意が芽生えていた。家族の期待から逃げるのではなく、自分らしい方法で宇宙に貢献していく。そして、いつかは家族全員でこの場所に集まる。


時間を超越した存在、エターナル・ウェイブ。その不変の姿が、さくらに永遠の絆を教えてくれたのだ。


「コスモス・ドリフター」は、未知の惑星の大気圏を抜け、再び宇宙空間へ。超光速航行に入ると、星々が光の渦となって流れていく。


さくらは自分の持ち場に座りながら、密かに持ち込んだ家族の写真に触れた。


「みんな、私なりの方法で頑張るわ。必ず、素晴らしい発見をするから」


彼女の瞳には、強い決意の光が宿っていた。時空を超える長い旅路。さくらの人生は、新たな章を迎えようとしていた。


宇宙の深淵の中で、「コスモス・ドリフター」は一筋の光となって進んでいく。そして港では、少女型ロボットが、いつまでも変わらぬ笑顔で手を振り続けていた。


永遠の絆が、さくらの心に刻まれた。彼女の新たな航海が、始まったのだ。


そして彼女は知らなかった。この瞬間が、星野家の宿命の新たな展開となることを。時を超えて繋がる家族の物語が、さらに深く、そして広く紡がれていくのだと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る