第4話 きつねのおきにいり

 どのくらい寝てたのだろう。窓ガラスに何かが打ち付ける音がして目が覚めた。

「はるか……起きてくれないか? はるか……開けてくれないか」

「え? 司? どうしたんだ? こんな夜中に」

 俺は慌てて窓を開けると、ずぶ濡れの司が部屋の中に入ってきた。

「おいっ。大丈夫か? しっかりしろ!」

「ああ、はるかだ。会いたかった。はるか……はるか」

 司に抱きつかれて俺はたじろいた。寝ぼけて窓を開けたが、よくよく考えればここは二階だ。ベランダなんて洒落たもののない窓があるだけの場所なのに、どうやってここまで登ってきたんだ?  震える身体をタオルでさすりながら顔をあげさせると真っ青だった。手足も冷たく尋常じゃない。

「何があったんだ? どうしてこんなに濡れてるんだ? 晴れていたのに」


【お前の願いを聞き届けたからじゃよ 。雨雲を拡散して戻ってきた。さあ霊力がきれかかっておる。お前の精気をあたえてやってくれぬか】


「え? 精気って? どうや……って」

 尋ねるよりも早く司に抱きつかれた。

「はるかっ……はるかっ……はるか」

 司がうわ言のように俺の名前を呼び抱きしめてくる。身体の震えが止まらないようだ。

「司? なに? どうしたんだよ!」


 抱きしめるチカラが強くなる。抵抗しようと思えばはねのけることができるかも知れない。だけど司があまりにも必死で。切なそうな顔を見ていると拒めなくなっていた。それにいつもの司じゃないことはわかっていた。

「はっ……だめだ。無理にしたく……【したくて堪らないじゃろ?】くそっ」

 その目は金色に輝いていた。見覚えがある。そうだこれは……。

「コンコン様?」

 すると金色の目が弓なりにニィっと笑った。


 驚きと共にまじまじと司の顔を見つめなおすと頭の上に茶色の耳が生えているのに気づく。

「うそだろ? お前っておきつね様だったの?」

【ふははは。やはりお前には精気が満ちておる。それに信心深いのが良い。司の番になれ。……ふふふ。これは我が言うまでもなかったかのぉ】


 ぶわぁあっと、どこからともなく風が吹くと司の背後にふさふさとした茶色の尻尾が現れた。揺れるたびに尻尾の数が増えていく。

「わぁ……尻尾……だ」

 俺って語力が少ない。見たまんまの言葉しか出てこないや。もぉなんかびっくりしすぎて変に冷静になってしまった。

「貴方は司の中にいるの? コンコン様でしょ?」


【そうだ。司は我らの依り代だ。お前の願いを叶えるためにこの身体を使ったのだ】


「俺の……」

 ひゅっと喉の奥が鳴った。俺のために司は身体を乗っ取られたのか? なんとなく理解した。おかしいと思ってたんだ。急に台風はなくなるわ。司はいなくなるわで。わけの分からない不安だけが残っていたから。


【おぬし。司を助けたいなら精気をわけてくれまいかのぉ】


「助けたいっ! 司を元に戻してくれ」

「……はる……だめだ……無茶は……【本当は欲しいのだ。どうする?】」

「大丈夫だよ。ちょっと怖いけど。俺は司の事嫌いじゃないよ。す……好きかも」 


【うむうむ。愛いやつじゃのぉ。どれ、変わってやろう】


「はるか……無理してないか? いいのか? 本当に」

「司? 大丈夫なのか? 俺、司にさわられても嫌じゃないよ」

「はるか。ありがとう。はるか。好きだ、好きなんだ」

 ヤバいっ。そんな風に切羽詰まって言わないでくれ。胸がきゅんってなっちまう。

「もぉ。いいよ。いいから教えてよ。俺はどうすればいい?」

 俺はぎゅっと目をつぶった。だけど司は俺の目元にキスを落として。

「そのままでいてくれ。怖がらせないから」って耳元で囁いた。

 うわぁ。なんだよ〜めっちゃドキドキしてきた。俺を見つめながら司がほほ笑む。イケメンの笑顔って破壊力がすげぇ。司をこんなに間近で見たことはない。


「司、あの。まさかキス……する気?」

 尋ねるよりも早く司が俺の唇に襲い掛かった。ちゅぱっと吸い付かれる。

 へ? へ? なに? 何が起こってる? 俺キスしてるの? うそっ。ファーストキスじゃん!

 それに吸い付かれると同時に ずずず……と体中の力が吸い取られるような脱力感が感じた。身体の力が抜けていくような感覚だ。


【美味じゃ。美味じゃ。よいぞ、よいぞ。もう少し。ほれ。】


「はるか。大丈夫か?」

「……うん。まだ大丈夫」

「悪いっ、はるか。もう少し付き合ってくれ」

「……うん。じゃあい一度顔見せて。顔が見たい」

「ぁ~、もぉ。可愛いなあ」


◇◆◇


 結局あのあと二人とも気を失う様にして眠りに落ちた。コンコン様はいつの間にか居なくなっていたようだ。

 目覚めると司の顔が目の前にあった。思わず叫びそうになったが、その長いまつげに見惚れる。こうしてみるとつくづくイケメンなんだよな。何だか昨日の事がまだ夢みたいだ。腰のだるさがなければ本当に夢かと思うくらい。

「俺……昨日、司と……」

 キスした事を思い出してかぁあっと顔に熱がこもる。かなり恥ずかしい。

「ん……は……るか?」

 司が目を覚ました。ぼんやりした様子で額にチュッとキスをされる。ひゃあ。


「あっ! 悪い。朝ごはんの支度っ」

 起き上がろうとする司に抱きつく。

「今日は皆に休みをあげたからもう少しゆっくりしても大丈夫だよ」

「そう……か。よかった」

 ほっとした様子でまた俺を抱きしめてくる。

「あの……司。その、お……俺達、付き合うって事でいいんだよな?」

「っ……。いいのか? いや、俺と付き合ってください!」

「ふふ。喜んで」

「あ~マジ幸せ」

「なぁ、お前いつからその、俺を……」

「一目ぼれなんだ。まぁ順序良く話さないといけないんだけど」


 なんと司はあの稲荷神社の宮司の三男だった。そういえば苗字も神宮司だった。何代目かごとに狐の依り代となる子が生まれる家系で、小さい頃からお狐様の声が聞こえていたのだという。

「物心ついてからなんとなく人と違うなあと感じててさ。家族も俺を遠巻きにしてたし、だから傍に居たくなくて離れたところで一人暮らしをしていたんだ」

 そんな司のところにある日、狐の呼び出しが届いたらしい。それも『つがい』を見つけたから合わせてやるといった一方的なもので。


「まあでもちょっと興味があったから観に行ったんだ。そして一目ぼれした」

「それが俺だったのか? 俺男なのに?」

「ははは。最初は驚いたよ。でも男とか女とかじゃなく、はるかに惚れたんだ。狐たちには性別は関係なかったみたいだ。神様って実体があるようでないからね。毎日熱心にお参りにきてくれる、はるかが気に入ったみたいだった。しかも俺の霊力の波動とはるかが合うみたいで……彼ら、はるかの精気も欲しがってたんだ」

「ええ? なんだか物騒じゃないか」

「まあね。だから今回の事は狐にとっても願ったり叶ったりだったんだよ」

「依り代って司にダメージがあったりすんじゃないのか?」

「ん~、本当はさ、俺がなかなか告白しないから狐たちが手を貸そうとして俺の中に入り込んでたみたいなんだよ」

 そういえば変に独り言が多いなと思っていた。あれはお狐様達の仕業だったのか。

「普通は滅多なことじゃ人間を依り代にしない。その分狐にもダメージがくるらしいから。だから今回めいっぱい俺らの精気と霊力を持っていったんだろう」


「なあ。司。今まで一人暮らしだったなら、うちに下宿にこないか?」

「え? マジ? いいの?」

「部屋は空いてるんだ。できれば一緒にいたい。俺お前と一緒に居ると楽しいから」

「くぅ~! はるかっ可愛いっ! ずっと一緒にいよう!」

 その日から早速、司は越してきた。てっつぁんだけは苦虫をつぶしたような顔でいた。じいちゃんがいない間に司が勝手に俺の元に転がり込んできたと思い込んだみたい。親代わりに想ってくれてるから心配したんだろうな。だが、それも司の人柄を見て納得してくれたみたいだ。

 そして二人で毎朝かかさずジョギングをする。折り返し地点の稲荷神社にお参りにいくためだ。


 そうそう、結局じいちゃんは手術も無事に成功し、退院した。

 俺らが付き合いだしたことを報告したときはさすがに驚いてたが、お前は一度言い出したら聞かないからとあっさりと認めてくれた。今は次の花火に付ける名前を検討中だ。







   おわり。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

きつねのお気に入りになっちゃった 夜歩芭空(よあるきばく) @yukibosiren

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ