第3話 花火大会

「親父さんっ!」

 それは突然だった。いきなりじいちゃんが倒れたのだ。

「救急車だ! 救急車を呼べ」

 てっつぁんが大声で叫ぶ。

「じいちゃん! じいちゃん、しっかりして!」

「親父さん、最近無理しちまってたからなあ」

「え? どういうこと?」

「それが……」


 年に一度、河川敷で花火大会が行われる。そこでは毎年うちの花火が使われる。じいちゃん渾身の花火玉は大きさも色もきれいだと評判が良い。今年はかなりの大玉を用意していたらしく一年半がかりで作っていた。小さめの玉がだいたい二か月くらいだからどれだけ丁寧に作っていたのかがわかる代物だ。花火大会まであと一週間。最後の調整にずいぶんと神経を使っていたようだ。

「あとのことはお前に任せた……頼んだぞ」

 じいちゃんは病院に運ばれる前に俺にそう言った。

「じいちゃん、そういう悪い冗談はやめてくれよ。俺みたいな青二才にこんな大役出来るわけないじゃないか……」

「坊ちゃん、ほとんどの花火は確認作業だけだ。あとはなんとかなるよ」

 てっつぁんが慰めてくれる。そうだ。なんとかしなくちゃ。じいちゃんが丹精込めて作った花火を空に咲かさなきゃもったいないじゃねえか! 俺は職人たちと力を合わせ最終確認に励むことにした。


「そうか。それでジョギングに来なかったんだな」

 神社に来ない俺を心配して司が立ち寄ってくれた。

「うん。今日はごめん。しばらく行けないかも」

「しかたがないね……【人の病は我には専門外じゃからな】……なぁんて。は、はは」

「ねえ。司ってさ。ときどき独り言、言うよね?」

「そ、そうなんだよ。はは。気にしないで。それより俺も手伝わせて。花火は作れないけどご飯は作れるからさ。洗濯もできるよ。ちょうど夏休みだし暇にしてたんだ」

「本当か? ありがとう! 後でなんでもするからこの一週間だけ手伝ってくれ」

 その日の晩に司は着替えを持ってやってきた。てっつぁんも俺んちに泊まり込みで花火の仕上げをすると言ってくれてる。

「俺もここに泊まらせてもらう。ノートパソコンも持参したからはるかの傍で一緒に作業するよ」

「助かる! 1階の客間が空いてるから好きに使ってくれ!」

 俺は素直に喜んだ。猫の手も借りたかったからだ。最近は曲に合わせて花火を打ち上げたりする。そのタイミングも計算しないといけない。だから編曲作業なども必要だったのだ。司は音楽の趣味がよくいろんなCDや周辺機器についても詳しかった。

 

 てっつぁんが花火の最終調整を工房でしてる間に夕飯の買い出しに行く。リクエストは肉料理。すきやきととんかつの材料や、 夜食につくるインスタントラーメンも買い込んだ。

「なんか合宿みたいだな。って浮かれちゃあいけないんだけどさ」

 司が来てくれて心強かった。まだまだ見習いの自分にいくら職人たちが手伝ってくれても落ち込むことの方が多かっただろう。同じ年代の司がいてあれこれ一緒に手伝ってくれることで気がほぐれた。


「……本当は俺以外の誰かと二人っきりにさせたくなかったんだ」

 ぽつりと司がつぶやく。

「俺も二人よりも三人の方が賑やかで好きだよ」

 そういう意味ではないんだがなと司が苦笑いをする。俺はなんか悪いことを言ったのか? 続きを聞き出そうとしたがてっつぁんが戻ってきたのでやめた。

「お? 今日はすきやきですかい? こりゃあ頑張らないと!」

「おうよ。頼むよ。てっつぁん。俺ももっと勉強してすぐに追いつくからね!」

「ははは。坊ちゃんには親父さんとは違う感性がおありですから、ご自分の世界を大切にしてください。俺らはそれが楽しみでもあるんですよ」

 ありがたい。じいちゃんの弟子たちは皆見習いの俺を一人前に扱ってくれる。これに甘えずがんばらねえと。

「俺もはるかを支えれるように頑張りますんで」

 なぜか司が怖い顔で宣言してる。

「それはお手並み拝見といこうかな」

 てっつぁんも引いてない。

「ありがとう司。俺嬉しいよ。いつか司がイベント会社を立ち上げるときは俺が片腕になれるくらい知識と経験を身に着けとくからな!」

 俺がニコニコ答えると二人とも溜息をついた。


◇◆◇


 とうとう花火大会の前日がやってきた。

「……はるか、明日は雨がふる。台風になるかもしれない」

 司が青い顔をして言い募る。何冗談言い出すんだ。

「へ? 何言ってんだよ。こんなに晴れてるじゃねえか」

「でも、ふるんだよ。延期にできないのか?」

「無理だよ。運営は市町村がやってる。俺一人じゃ決められないし、多分ギリギリまで中止には出来ないはずだ。なんでそんなこと言うんだよ」

 俺は慌ててスマホの天気予報を確認するとさっきまで晴れだったのが雨雲のマークにかわっていた。熱帯低気圧から台風が発生したそうだ。明日の夕方から大雨になると出ていた。

「司って気象予報士の資格とかもってるのか?」

「まぁ、そんなようなもんだ」


 翌朝、すでに曇り空だった。俺は逸る気持ちを抑えてジョギングに出た。一週間ぶりに来た稲荷神社。俺はおいなりさんをお供えし、お狐様の元にひざまづいた。

「お狐様。コンコン様。じいちゃんが入院した病院から花火が見えるんだ。じいちゃんさ、頑固だから花火を見てからでないと手術しないって言い張っててさ……俺なんとか成功させたいんだ。どうかどうかお願いします」

「そうか【それがお前の願いなのか?】……」

「うん。それが俺の願いだよっ……て?」

 いつの間にか司が俺の隣に立っていた。まったく気配を感じなかったからびっくりした。家を出る時はまだ寝ていたのに。

「司? いつ来たのさ」

「はるか。お前の願いはかなえられるよ。きっと」

「そうだといいな」


 そこからは花火台のセッティングに大わらわで司の姿が見えないのに気づかなかった。俺達の願いが叶ったのか、それともお狐様が助けてくれたのか台風は跡形もなく突如消えたらしい。夜空には次々と花火が上がっていた。

 最後に上がった大輪の菊の花のようなじいちゃん渾身の花火。ウルトラスーパーなんちゃらは虹色に綺麗に色を変え時間差で花を咲かせた。河川敷にいる皆は口々に歓声をあげる。じいちゃん聞こえてるかい? 皆喜んでるぜ。


「司、どこに行ったんだろ? どこかで見ていてくれると嬉しいな」

 その後撤収作業を終え、帰宅すると真夜中になっていた。てっつぁんも自宅に戻ってもらった。ゆっくりと体を休めて欲しい。

「明日は早起きしてまたジョギングしよう。司にもお礼を言わなくちゃ」

 俺はうとうとと眠りについた。

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