第2話 花火師
「うわあ。火薬のにおいがする」
司が感嘆の声を出すと中から声がした。
「あれ? 坊ちゃん、お友達ですかい?」
工房にはじいちゃんの弟子が数人いる。中には俺が小さい頃からの職人もいるのでどうしても坊ちゃんと呼ばれてしまう。普段は聞きなれているが、司はどう思っただろうか?
「なんだ遥、もう来たのかい? お前まだ学生なんだから、たまには遊んできてもいいんだぜ」
「じいちゃん、そんな心にもない事言うのはやめてくれ。どうせその後めいっぱいしごくつもりだったんだろ?」
「ちっ。バレてたか? で? 見学かい?」
「はい。ちょっと拝見させてもらってもいいですか?」
司がきょろきょろと周りを見渡しながらもじもじしてる。なんだそれ。普段のイケメンからは考えられねえくらい可愛いじゃねえか。
「おう! いいぜ。若いもんがうちの仕事に興味持ってくれるってのは嬉しいね」
工房の中は大きく分けて二部屋にわかれている。星と呼ばれる火薬の玉を作る作業場とその玉を詰める作業場。星づくりは難しい火薬の配合や色合いを決める要なので企業秘密っぽい場所であまり人にはみせたくない。そう思って今日は玉詰めの作業場に連れてきた。
「坊ちゃんは玉詰めが上手いんっすよ」
職人気質のてっつぁんが褒めてくれる。嬉しいが身内びいきに思えて恥ずかしい。司にしたら違いなんてわからないだろうから余計にだ。
「へー? 俺初めて見ました」
司が興味津々と言った感じで覗き込んでいる。俺の仕事に感心を持ってもらえるだけでも嬉しい。
半球型の容器に星を詰めていく作業は、一見簡単そうだがこれが意外と難しい。ここで色の組み合わせや分量を間違えると見目が悪くなったり、形が悪い花火となる。
「センスが必要な仕事なんじゃ。それにな自分が作った作品が夜空に上がった時の興奮は半端ないんじゃよ」
じいちゃんが司の傍に寄ってきて解説者ばりに説明をし始めた。
「へい。親父さんが作る伝説の色シリーズは凄いっすからね~」
横でてっつぁんが相打ちをうつ。てっつぁんはじいちゃんの一番弟子でじいちゃんの花火にかなり心酔してる人物だ。褒め上手で持ち上げるのがうまい。このままじいちゃんの饒舌がはじまっちまう嫌な予感がする。
「チッチッチ。せっかく若い見学者が来てくれてるんだ。正式名称で言ってくれや」
「じいちゃん、まだ諦めてなかったのかよ」
「あたぼうよ!俺っちの作った最高傑作だ。それにあった名前が必要だってんだ」
あちゃあ。じいちゃんのべらんめえ調がはじまった。血圧上がってきたかな。ハイテンションになっちまう。
「へ~どんな名前なんですか?」
わ~。司ったら話に乗らなくていいのに。
「いやあ! よくぞ聞いてくれた。こいつはウルトラバイオレットエクスタシースーパースターってんだ! どうだ、カッコいいだろう?」
「品がない! 却下だっじーちゃん」
「なんでぇ。孫のくせにエラそうに。よし! じゃあ、ダークブレードノクターンフレイムインフェルノモンスターだ!」
「じーちゃんっ! アニメの見すぎじゃねえのか! そんな長い名前恥ずかしいよ!」
「何を言うか! 見る人を悶えさせるほどの凄さっていう意味じゃねえか!」
「ぶっ……あっはははははは!」
耐えきれずに司が笑い出した。
「はるかのお爺さんって面白いっ。素敵な方じゃないか」
「おう! そうかそうか、お前さんには冗談が通じるようだな」
「は? じいちゃん、今の冗談だったのかよ!」
「はははっ。坊ちゃん、親父さんに揶揄われたんですよ」
「なんだよ〜。俺だけわかってなかったのかよ」
「いやいや、すんません。毎回坊ちゃんと親父さんのやり取りが楽しくって。つい、あっしらも止めるのを忘れてちまって」
そう言いながらもくっくっくと背中を丸めて職人たちは笑いをこらえている。
【ふむ。良い職場であるな】
「え? 司何か言った?」
「い、いや。なんでもないよ」
「あんちゃん。気に入ったぜ!はっはっはっ。メシでも一緒に食おうぜ」
「じいちゃんっ! 勝手に決めんなよ」
「いいですよ。俺一人暮らしなんで、大勢で食べる事に憧れてたんです」
「そうかそうか。じゃあ朝メシ食いに来いよ」
それからは毎朝ジョギングの帰りに時間がある時は、俺んちで茶を飲んだり朝飯を食ったりする仲になった。数回食事をするようになって、司が簡単なもんなら俺が作りますと台所に立ち出した。なんと司は自炊が出来る男だったのだ。俺んちは男所帯だったから飯関連は出前やスーパーの弁当がほとんどだった。皆家庭的な手料理に飢えていたのでこの申し出には喜んだ。司が来てくれる日を楽しみにするほどになった。
その代わり司も花火の勉強をしたいと言い出す。将来は野外中心のイベント企画の仕事をしたいらしく花火の扱い方もわかってたほうが良いらしい。やっぱり司は凄いなぁ。俺なんかより将来のことを見据えている。
司は中学から一人暮らしだったらしく家事全般に秀でていた。訳あって親元近くに戻ってきたっていう話だ。
「どこの家庭もいろいろあるんだな」
「まあね。今はそれ以上聞いてくれない方がありがたい」
「いいさ。司が言いたくなった時に聞かせてくれよ」
「……うん。ありがと」
「それよりさ。俺んち、賑やかすぎるだろ? 皆この近所に住んでるんだぜ。最初は皆うちで下宿してたんだけどさ。段々一人前になっていって皆ここから巣立ったっていうか……。母ちゃんが亡くなってから、少しでもうちの負担をなくそうって出て行ってくれたんだと思う」
「そうなのか」
「まあね。じいちゃん頑固者だからさ。父ちゃんとあんまり仲良くなかったみたいでさ。俺の親さ、離婚してんだ。家業を継ぐ継がないで揉めたらしい。もちろんじいちゃんが悪いわけじゃない。後継とか無理強いするつもりもなかったんだと思う。多分、俺の両親はもっともらしい言い訳として俺に伝えたんだろう」
司は黙って俺の話を聞いてくれてた。
「俺は母ちゃんと共にじいちゃんちに残ったんだ。家業がどんなものか気になったし、じいちゃんの事も好きだったし。小さい頃見た花火はそれは綺麗で。こんな凄いもんが人の手で作られるんだと知って、俺も作ってみたいと思ったんだ。そしたらまた母ちゃんや父ちゃんの笑顔がみれるんじゃねえかと。そんな単純な動機だった。母ちゃんが倒れて亡くなってから俺はじいちゃんの弟子になったんだよ」
「はるか……」
司が急に後ろから抱きついてきた。
「え? なに? どうした」
「いいから。なんだかわかんねえけど。今お前の事を抱きしめなきゃって思ったんだ」
「なんだよそれ。……でもありがとな」
俺もなんだかわからないが鼻の奥がつんとしてきた。司が後ろにいてくれてよかった。前からだったら俺の泣き顔を見られちまったかもしれないから。
「おまえはよくやっているよ。俺さ。頑張ってるはるかの事が好きだよ」
「はは。俺もだよ。司はいいやつだなあ!」
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