きつねのお気に入りになっちゃった

夜歩芭空(よあるきばく)

第1話 ランニング仲間

 朝焼けのすがすがしい空気の中、木村遥きむら はるかはいつもの境内に来ていた。油揚げをお供えすると柏手を打つ。

「コンコン様。今日も一日お願いいたします」

 俺は毎朝ジョギングをするのが日課だ。ちょうど折り返し地点に稲荷神社があるのを見つけてからは毎日参拝を続けている。こじんまりした神社だが鳥居をくぐると神聖な空気が漂う。

 ここの神社には狐の石像が三体ある。一匹は口に鍵をくわえており、もう一匹は宝玉を咥えている。最後の一匹は他の二匹より少し大きめで巻物を咥えていた。

 いづれも切れ長の瞳でしっかりと筋肉の付いた足にふさふさとした尻尾の持ち主だ。

「おはようございます。やっぱり皆カッコいいなあ」

 俺は石造一匹づつに声をかけ、その風貌に見惚れた。何故だか俺が声をかけるとほんの少しお狐様の顔が優しくなるように思える。まあ完全なる思い込みだが。


「お〜い! はるか! やっぱりここだったか」

 境内の階段を登りながら声をかけてきたのは神宮寺司じんぐうじ つかさ。俺のジョギング仲間だ。この近所に住んでいるらしい大学三年生。俺と同じ学年で、最近よく見かけるようになった。人懐っこい性格のようで初対面からいろいろと話しかけられ、いつの間にか友達になっていた。

「おはよう司、今日もかっこいいじゃん」

「なあに言ってんだよ。ばあかっ」

 言われた司は目じりがほんのり赤い。照れてるんだな。司は俺よりも少しばかり背が高い。いつもどおり俺の横に並んでストレッチを始める。程よくついた筋肉にすらりと伸びた足。栗色の髪に切れ長の目の美形だ。

 ちくしょーっ。俺もカッコよく産まれたかったぜ!


「なあ。この後さ、朝バーガー食べに行かないか?」

 司が走りながら声をかけてきた。

「何言ってんだよ。お前ダイエットのために走ってるって言ってたじゃねえか」

「それはそれ。これはこれ。今日から新作バーガーが出るんだって。一緒に食べようぜ」

「しょうがねえなあ」

 なんて言いながら、俺も新作バーガーには興味を持っていた。本当は誘ってもらえて嬉しかったのだ。司とは気が合うし、何より一緒に居ると楽しい。もっといろいろと司の事が知りたいと思っている。

 バーガー屋に着くと朝だというのに満員だった。やっぱり皆考えることは一緒だ。ここのバーガーは肉厚でジューシーでかぶりつくと肉汁がジュワっとでてくる。それに特製ソースが絡み合って若者の胃袋を掴むのだ。新作は夏野菜がたっぷり入ったバーガーらしい。

「イートインする場所がないね。どうする?」

お持ち帰りテイクアウトにする?」

「そうだね。ここから俺んち近いんだ。寄ってく?」

「え? いいの?」

「もちろん。時間あるならうちに来いよ」

 司がほころぶように笑った。ああ……笑うと可愛いなあ。でも誰かに似てる?

 

 たわいない話しをしながら坂道を登る。登り切った先の赤い屋根の二階建てが俺んちだ。すぐ横にある倉庫がうちの工房である。

「さあどうぞ。遠慮せずに入って」

「お邪魔します~」

 引き戸を開けるとだみ声が聞こえてきた。

「おや? 遥の友達かい? いらっしゃい」

 玄関先でじいちゃんが靴を履いていた。今流行りのブランドもののスニーカーだ。俺が小遣いを貯めて買ったのを見て自分も欲しくなったのだと言う。昔ながらのはんてん姿がいかにも職人風な、いかついジジィなのに気持ちだけは若者気分を味わいたいらしい。

「は、はい! 神宮寺司じんぐうじ つかさといいます。よろしくお願いします!」

 司が几帳面にあいさつをしてて思わず笑ってしまった。

「じいちゃんまだいたんだ?」

「なんじゃ。いたら悪いんかいの?」

「ははは。いやぁ。仕事場に行ってるかと思ってたからさ」

「ふ〜ん。まあいい。先に行っとるよ。お前が友達連れてくるなんて珍しいのぉ。まぁ今日はゆっくり来たらいいで」

 じいちゃんがにやにやしながら玄関を出て行った。なんだあの笑い。俺だって友達ぐらいいるって〜の!

「はぁ〜。なんか緊張したぁ」

「はは。ここでじいちゃんと二人暮らしなんだ」

「え? そうだったのか。突然やってきてよかったのか?」

「いいよ。それより食べようよ」


 俺は二階の自分の部屋へ司を連れてあがった……が! しまった。部屋に入るとデザイン画が散乱していた。そういえば昨夜は遅くまで描いてて、朝そのまま飛び起きたんだった。

「やっべえ。片付けてなかった」

 あわててガサガサとその辺に片寄せると、司がすでにその一枚を手にしていた。

「これは? はるかが描いたの? 花火の絵?」

「わ〜っ! っと。まだ人に見せられるもんじゃねえんだ」

 司の手から取り返そうとするも見られてしまう。

「すごいっ。綺麗じゃないか」

「え? ほ、ほんとに? お世辞じゃなく? そう思うか?」

「うん。よかったらもっと見せて欲しいな」

「そ、そうか? へへ。わかった。まだ試作にもまわしてないんだけど見てくれるか?」

 結局、誰かに見て欲しかったのだと今更ながらに気づく。

「試作って? もしかして」

「ん? あぁ。うちは花火作ってんだ。じいちゃんは花火職人なんだ。隣に工房があるんだよ」

「うそっ。すげえ~!」

「へへ。俺があの稲荷神社に通うのはそれもあるんだよ。花火を見るときってみんな『たまや〜』とか『かぎや〜』っていうでしょ?」

「うん。聞いたことあるよ。ひょっとしてあの狐たちが咥えてるやつか?」

「そうそう。昔から花火師にとってお狐様は商売繁盛と火除・火防の神さんなんだ。だから敬って大事にお参りしなきゃって思うんだ」


「……そうか。それで……気に入られたのか」


「え? なんか言ったか?」

「あ、いや。別に。はるかは凄いなぁ。まだ大学生なのに」

「俺も花火を作りたいんだよ。こうみえて高校生の頃からじいちゃんの元で習い始めたからもう三~四年は修行つんでるんだよ」

 はるかが見せた画帖には、デザイン画だけでなく、打ち上げの角度の計算式なども載っていた。

「すごっ。計算とかもするんだ?」

「うん。どの方向に飛ぶかぐらいは簡単にするよ。後はどの順番であげたら良いとかさ。組み合わせも考えるんだ」

「はるかって本当はすっごく頭良いんだな」

「なっ。なんだよぉ。ってか、今まで俺の事どう思ってたんだよ〜? ただのジョギング馬鹿ぐらいにしか思ってなかったんだな?」

「あははは。いやいや、そんな意味じゃないよ」

「うそつけ〜っ。えいっ」 

 俺は司の口の中にポテトを詰め込んでやった。まぁ、要するに照れ隠しだ。自分の作品を褒めてもらうほど嬉しいことはない。

「ふふ。お返しだ~」と今度は司が俺の口の中にポテトを突っ込んできた。

 あれ? なんだこれ? なんかイチャついてるのか俺達? 急に恥ずかしくなってうつむくと司が心配そうに覗きこむ。

「どうしたの?」

「い、いや。のどに詰まったんだよ」

 俺はわざとケホケホと言いながらドリンクをがぶ飲みした。

「悪い。詰っこみすぎたかな? ははは」

 楽しそうに笑う司の流し目がやけに色っぽく感じる。切れ長の目の端が朱に染まっている。ふと横顔が稲荷神社のお狐様と重なる。あぁそうか。誰かに似てると思ってたらお狐様の石像に似てるんだ。普段は清潔感があるイケメンなのに、笑うと可愛いくて愛嬌がある。


 わわわっ。なんだ俺? めっちゃドキドキしてきた。その上、一口頂戴なんて言いながら司が俺のバーガーに齧り付いてきた。チーズ入りとチーズなしで食べ比べようぜと言い出したのは俺だけど。口の端についたソースを舌でペロリと舐め上げる仕草は誘ってるようで目に毒だった。

 俺って男もイケたのか? いや。司……だからかな。

「さっきから黙りこくってどうしたのさ?」

「そ、そりゃあ。じっくり味わってるからだよ」

 へ〜えと言いながら、司がまた俺の顔を覗き込んでくる。近いっ。距離が近すぎ。

「そ、そうだ。うちの仕事場覗いて行かないか?」

「え? 花火作ってるとこ? 見せてくれるの?」

「うん。まだ時間ある? 見においでよ」

「行く! 今日の授業は午後からなんだ」

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