終わった世界のはじまりの物語
それは偶然の出会い。
けれど、あとから思い返してみれば、必然としか思えない出会いだった。
「ひえぇー」
冒険者になって初の正式な仕事。月の地表部で行われる巡回任務の際の出来事。
大切な任務であるにも拘らず、直に見る天体に目を奪われた。じっと遠くを見るだけで吸い込まれそうな、近くに"何もない"空間。無数に輝いている光は、すべてが星だ。それを見上げているだけで、ここではないどこかへと連れ去られてしまいそうだった。
『エリカ、ぼーっとしない』
「お、おおっ、すいません!」
宇宙服を通じて聞こえる声は、本日のパートナーのものだ。慌てて周りを見れば、つい数メートル程度の距離にいた。
『ま、大抵はあんたみたいな反応するけどね。あたしも去年似たような感じだったし』
「そうなんですか?」
『先任のセンパイが、新人の巡回任務に付きそうのは恒例の行事だからね。エリカも来年やるんじゃない?』
どうやら、呆けた後輩を嗜めて映像に残すところまでが習慣らしい。意地悪な習慣と思うが、これも教育の一つなのだとか。確かに、無限回廊内で呆けてしまって足を引っ張るよりはいい。少なくとも、ここにモンスターは出ない。
月の地表部分の巡回といっても、やる事は本当にただの見回りだ。無人で可動している施設で問題が発生していないか目視確認して、チェックするだけの簡単なお仕事。遠隔で監視はしているし、常時にエラーチェックも行われているから、よほどの事がない限りは歩いて回るだけになるそうだ。時々は地上まで抜け出して来た住人を保護したりもするらしいが、それはよほどの事に含まれるだろう。
とはいえ、地表部の施設は結構広大だ。ちゃんと見て回るには一日仕事になる。移動は主に自動車。地表部に駐車してある専用車を使用する。運転はセンパイの役目らしく、私は助手席に座って異常がないかチェックをする役目だ。ほとんど何もないので広大な大地を眺めるだけになるが。
「そういえば……マニュアルにはトイレは各施設に設置してあるって話でしたけど、これ車使っても結構な距離があるような」
『エリカはお馬鹿さんねー。都市部と変わらない環境調整される場所で、なんのために宇宙服着てると思ってるの』
「え……」
それは念のためとか万が一とか、そういう事だと思っていたのだけど……まさか、オムツ代わりって事?
『ちゃんと施設のトイレ使いなさいよ。誤魔化しようないから。戻ったら爆笑されるから。毎年一人はいるの』
「こ、個人のバイタルデータなどは機密扱いになるはずでは?」
『そうだけど、不思議な事にこういうのは何故か漏れるのよ。おしっこだけに』
うわー、面白いジョークだなぁ……間違っても漏らさないようにしないと。
というわけで、タメにならない雑談も交えつつ移動を続け、一つ目の施設へ辿り着く頃には一時間が経過していた。……これはトイレ休憩はちゃんとしないといけないかも。
作業は難しい事は何もない。新人向けの研修として用意されているだけあって、基本的にミスが発生しようもないようなものだ。かといってサボったり適当になったりすると、ちゃんとバレて怒られる仕組みになっている。任務といってもやはり研修の意味合いが強いのだろう。
『これだって重要な任務だぞ。チェックを怠っていきなり都市の空気がなくなったり、隕石を探知できなかったりしたら大変でしょ』
と、センパイのありがたいお小言までついてくる。いや、確かにそうだ。私たちには、ここ以外生きていける場所はないのだから。
チェックを終えたあとはちょっと遅い昼休憩だ。宇宙服のヘルメット部分を脱いで支給された弁当を食べる。宇宙服を脱いで普通に食事を始める事に違和感は感じるが、見た目以外におかしなところはない。お茶もあるが、危険を感じて手は伸びなかった。
利尿作用、危険。
そんなこんなで順調に巡回任務を消化していき、最後の施設へとやって来た。
それは巨大な円形をしたプレートのような施設だ。地表部に構造物はなく、すべてが地下に造られているらしい。マニュアルによれば、これは月内部のチェックを行うための施設との事だ。私たちが住む場所を管理するための大切な施設である。
『で、恒例の新人講習なわけだけど、最後は一人でチェック行って来てね』
「え……? き、聞いてないですよ。マニュアルにもそんな事書いてないです」
『抜き打ちだからねー。べっつにやる事はここまでと一緒だし、一人で作業したっていう経験を積むだけだから。問題ないでしょ?』
「は、はあ……」
多分、問題はない。最初の任務という事でマニュアルは暗記するほど熟読したし、作業自体も簡単なものだ。
だけど、いざ一人で行動するとなると途端に不安になる。……ああ、もう。確かに必要な事かもしれないけど……いきなりはやめて欲しい。
『大丈夫、あとでもう一回回って二重チェックするから。あ、ちゃんと定時報告はするようにね。あ、あと三番区画の階段がちょっと足踏み外し易いから気をつけて。……あ、あと……』
なんだかんだでセンパイも一人で行動させるには不安らしい。その心配性な態度を見てこちらが冷静になるくらいだった。
そうして、無闇矢鱈に通信してくるセンパイの声を聞きながら、はじめての一人作業を進める。
しかし、機械の駆動音だけで人の気配はない静寂は恐怖を誘う。やっている事はこれまでと同じ特定箇所の目視チェックなのだが、一人というだけで格段に不安になった。通信ごしに頑張れー頑張れーと叫ぶセンパイも、ひょっとしたら去年同じ体験をしたのかもしれない。
作業も回る面積も大差ないのに、時間が長く感じる。きっと、ここで何かあったら対応できない。そう弱気になるくらい、一人での作業は精神を摩耗させる。
……ひょっとしたら、無限回廊の攻略に向けた一種の訓練の意味合いも含んでいるのかもしれない。
『次で最後だぞー』
呑気なセンパイの声に大分救われつつ、最後の目的地へとやって来る。
そこは地面の露出したホールのような場所だった。中央に杭のように巨大な金属が突き刺さり、その周囲に無数の計器が設置されている。用途は分からないが、おそらく地中の何かを調べるための装置なのだろう。ここでの作業は計器の値の確認と、物理的な破損がないかのチェックである。
当然、何かがあるわけでもないが、確認したあとに不安になってもう一度チェックを繰り返したりもした。
『あるあるだよねー。分かるわー。あたしも同じだったし』
初めての作業、その最後という事で緊張していたというのもあるのだろう。
計器の値におかしなところはない。……だが。まさか、アレは新人向けのドッキリか何かなのだろうか。
「あ、あの……センパイ?」
『どした? おしっこ? 確かにそこトイレの場所分かり辛いよね。あたしの時もテンパってて……』
「いや、そうではなく……アレ、なんです?」
『アレ?』
如何なる時も冷静に対応しなければならないとか、そういう冒険者の心構えを説くものであってほしいと思っていたのだが、どうにも違うっぽい。
『……どうしたの? こっちでは何も引っかからないけど』
「なんか……女の子がいます」
『は?』
さっきまで何もなかった場所に、全裸の少女が立っている。
少女はうっすらと光を纏い、ただボーッとこちらを見つめている。幻覚やおばけにしてははっきりとし過ぎ、モンスターなら愛らし過ぎた。
都市から脱走した市民が地表で見つかる事はあっても、セキュリティがガチガチに固められたここに来る事は考え難い。そもそも、住宅部から距離があり過ぎるだろう。
「え、えーと……迷子?」
いや、そんなはずないでしょ……と自分で突っ込みを入れてしまうほどに不自然な光景だった。
私の言っている事が理解できないのか、少女は首を傾げている。
それが私たちの出会い。
このすべてが終わった世界で起きた、蛇足のような邂逅だ。
-1-
私が生まれるほんの少し前、地上には迷宮都市と呼ばれる街があったらしい。
なんでも冒険者がたくさんいて、住人たちはその活躍を見て応援していたのだとか。映像記録も残っているが、その時期を知らない私としては少し想像し辛い話である。
たくさんの観衆の前で戦う冒険者対冒険者の試合など、異次元の領域だ。なんじゃ、アイドル冒険者って。
『本日未明より、第一市街区にて反冒険者党ADS主導と思われる立てこもり事件が……』
テレビから聞こえるニュースはテロリスト紛いの市民組織による事件。特に珍しい話ではない。
この街で冒険者と呼ばれる者たちの立場はかなり微妙だ。一部の選ばれし者。特権階級。制限の多い街の中で極端に優遇されているという認識が広がっているためだろう。
生活基盤の多くを冒険者が担っているという事実を差し置いても、生活レベルに差がある事が我慢できない。しかも、それが生まれつきの才能に依存するものともなれば尚更だ。努力だけでは決して超えられない壁が一般市民と冒険者の間に立ちはだかっている。……というお題目と解説だが、本当にそうだろうかと思う事もある。
「冒険者だって楽じゃないのにねー、ルナ」
「?」
大人しくソファに座ってテレビを見ていた同居人に声をかけるが、良く分からないという顔をされた。
おそらくは一般市民との関係が希薄な事が原因だろう。特にルナは、生まれてこの方冒険者やその関係者以外と関わりを持った事がないのだから。
「ご飯できたから運んじゃって。そろそろマナも帰ってくるみたいだし」
「あい」
いつもより時間をずらして作った朝食をリビングへと運ぶ。
内容は極普通のものだ。ベーコンエッグとサラダ、スープ。合わせるならパンだけど、和食党な家主用にご飯も用意してある。味噌汁も用意しろとか言い出したら、まことに残念ながら家主の朝食は抜きになるだろう。
こうして用意する食事はニュースで報道されている市民と変わらない。まあ、素材自体の差はあるらしいが、両方体験した身としても、少し美味しいかなー程度の差しか感じない。
彼らは食うや食わずの生活を強いられてるわけではなく、単に差がある事自体を認めたくないのだ……というのが、番組のコメンテーターの談。
「ぼーけんしゃって、エリカのこと?」
「そう。私、駆け出し冒険者。あなたも冒険者」
「ルナも?」
「そう」
この小さな同居人は自分の出自を理解していない。一般常識もなければ、一般じゃない常識もない。今はまだこうして一つ一つ物事を教えていくような段階だ。人間の赤ん坊とはまた違うのだろうが、齢13歳にして母親になった気分である。いや、母親がどんなもんだか知らないけど。
ルナと出会ったのはつい三ヶ月前の事だ。
冒険者に成り立てで割り振られた初仕事で拾って以来、同居する事になった。何故だかは今でも分からないが、刷り込みのように懐かれてしまったこの子を、放り出すという選択があったとしても選ぶ事はできなかっただろう。
ルナは人間ではない。《 看破 》すれば一発で分かるのだが、その種族は精霊だ。地上が失われた際、大量に発生した魔素が集まって形になったのだろうと聞いているが、実際のところは誰にも分からない。何せ、本人も自覚がないのだから。
ともあれ、ルナは最も新しく、そして唯一の精霊というわけである。月の精霊というやつだ。
「たーだいまー」
「おかえり……って、お酒臭ーい。また飲んで来たの?」
帰宅予告ちょうどで家主が帰還した。予想してはいたけれど、仕事や特別な用事で遅れたわけではなく、単にお酒飲んで帰りが遅れたらしい。良くある事だ。
「しゃーないでしょ。ウチのリーダー、誰かが付き合わないと延々と飲み続けるし。全然酔っ払わないくせに何が楽しくてお酒飲むんだろーねー。ねー、ルナ?」
「マナも冒険者?」
「おー、そうよ。あんたらとお仲間お仲間。ついでにウチの他のメンバーも冒険者。酒飲みのリーダーも冒険者」
「そりゃそうだろうね」
冒険者のパーティなのだから当たり前だろう。補足するなら、この街で一番の、という修飾も付く。
マナたちのパーティは、全員が大崩壊を知る数少ない冒険者の生き残りだ。
「といっても、そろそろ何人か冒険者じゃなくなりそうだけどさ」
「それ、結構前から言ってるけど……引退するとか?」
「引退というか、限界というか……。そろそろ本気で精神的にもヤバめなんだよね。そろそろ再編成を考えないといけない時期かもしれない」
「何人?」
「……四人」
……半分以上が問題を抱えてるのか。サラっと言ってるけど、それ大問題じゃないの?
「代わりのあては?」
「まったくない。誤魔化すだけならなんとでもなるけど、それなら今のメンバーでも当分はなんとかなりそうだし……。そろそろ本気で足踏みになりそう」
「深層って、燐さんがいても厳しいんだ」
脳裏に浮かぶのは、この都市最強の冒険者の姿。彼女は出会った頃から一貫して最強の座に君臨している。
彼女ができない事は他の人にはできないと言われるほどに明確な差が存在していて、ずっと変わらない。私も、何かに負けたり、挫折したり、苦悩する彼女の姿を想像できない。
「……ぶっちゃけると、多分おりんりん一人なら攻略層は伸ばせる。でも、誰かが足を引っ張らないと壊れちゃうから」
孤高の剣士……と言えばかっこいいけど、マナに言わせれば実情はブレーキが壊れた車のようなものらしい。
放っておけば、ブレーキだけでなくすべてが壊れるまで走り続けるだろうと。
「マナがその役をやってるって?」
「年齢差はあっても友達だし、パーティメンバーだし、遠縁でも一応親戚だし。……一番頼りになりそうな子はあんな状態だしねー」
あんなというのがどんな状態かは分からないが、それは容易に触れてはいけない部分なのだろう。
誰を指しているのか、名前だけは知っている。四神宮土亜。大崩壊前には燐さんと一緒に冒険者になろうとしていた人だと聞いている。生きてはいるし冒険者登録もされているが、現在活動していないという時点で何かしら問題を抱えているのは間違いない。
「人的資源豊富だった子供の頃が懐かしい。いや、あの頃は冒険者になるつもりなんて欠片もなかったけどさ。あ、お茶おくれ」
フラフラしてるマナを連れて朝食を摂り始めても話題は大して変わらない。
冒険者などこんなものだ。今日のような前フリがなかったとしても、せいぜい私が通っている学校の話が追加されるくらいだろう。黙々と食事しているだけのルナが、話題を振ってくる事もまずないし。
「……はいお茶。じゃあ、マナは何になりたかったの?」
「ケーキ屋さん」
「ケーキってあのケーキ? お店で売ってたんだ」
「あー、うん。大崩壊前はいろんなところにお店があったんだよ。誰でも普通に買えたんだ。エリカが見てる当時の資料の中にも映ってると思うよ」
大崩壊前の映像資料を見ていて、どういう用途で使われていたのか良く分からない建物は多い。多分、そういう中にケーキ屋さんはあったのだろう。今も作ってるプラントあるだろうし、趣味で作ってる人もいるだろうけど、わざわざ販売してたのか……。
「まー、ケーキ屋もたくさんケーキが食べられそうだからって理由だったけどね」
「和食党なのに、和菓子屋さんとかじゃなかったんだ」
「和食党になったのは最近だから。いや和菓子も好きだったけどね。ケーキだったのはたまたま。子供の頃なんて、目についたものなんでも憧れたりするもんでしょ。大崩壊がなかったら、多分接客業か何かをしてたんじゃないかな。『いらっしゃいませー』って」
「冒険者は選択肢になかったの? 人気あったんだよね?」
「ウチの姉……一番上の姉が才能の塊みたいな人でさ、目標にするにはちょっと遠い感じだったんだよ。冒険者目指した兄弟もいたけど、すぐに挫折したし。子供心に、ねーちゃんやべーって感じてたんだと思う」
マナが追いつけない才能ってどんなんだって感じだ。
マナの家は大家族で兄弟姉妹が多かったとは聞いている。お姉さんに冒険者がいた事も。しかし、マナを見ていてこれ以上というのはなかなか想像し辛い。内実はともかく、あの燐さんと肩を並べ続けてる唯一の人なのだから。
「あの頃のお姉ちゃんよりレベルは高くなった。経験も積んだ。多分、戦えば勝てるんだと思う。でも、何故か追いつけた気がしない。比べる方法すらないっていうのは残酷だよね、ほんと」
死者は残酷だ。並び立とうにも、すでにいない人に追いつく事はできない。この話にしても実際の才能云々というわけではなく、マナの中でのお姉さんは偉大というイメージが固まってしまっているが故の話なのだろう。
「大崩壊後の適性試験に引っ掛かったのだって、上澄みが軒並みいなくなったからじゃないかって気もするし。私、本当に才能あんのかな?」
「トップ冒険者なのに、そこに疑問を持つの?」
「だってさー、近くにいるのおりんりんだしさー、無限回廊の攻略ハードだしさー。もうちょっと楽させてくれー。あたしゃ末っ子で甘やかされて育ったんだからさー」
そんな事を言われても、無限回廊の先がどうなっているのか知らない私には理解できない。マナが末っ子っぽいのは分かるが。
「多分、あんたらのほうが才能あるよ。特にルナ」
「?」
特に会話に参加するでもなく食事を続けていたルナが、名前に反応してこちらを見る。多分、何を言われているのか理解していないのだろう。
「……ルナは出自が出自だしね。私は……どうだろう。適性試験には通ったけど」
「血統的には才能ないわきゃないって感じだし。良く知らないけど両親とも冒険者で、特にお母さんのほうはガチの魔術士だったんでしょ?」
「らしいけど……会った事もないし」
私の母は魔術士だったらしい。クラスでいう< 魔術士 >ではなく、なんの補助もなしに魔術を行使する事が可能な天然の魔術士。
確かに実力はあったのだろう。大崩壊前の当時、駆け出しと言っても良かった時期でさえ、資料上からは他の魔術士とは差を感じさせる。実際、旧魔術士ギルドの資料を漁ってみても、今の私ではその内容を理解できないほどだ。
一応、父も冒険者だったらしいが、魔術士ギルドの研究員でもあった母とは違って全然資料が残っていない。性格に至ってはどちらもさっぱりだ。
「まーさっさと上がって来てちょうだい。先に進まないと、例の計画だって止まったままだし。エリカもルナもね」
「うん、頑張る」
「おー」
ただでさえ他の人よりも優遇されているのだ。最低でもその分くらいは働かないといけない。
一般市民に理解してもらえないのはちょっと辛いけど。
-2-
かつて、大崩壊と呼ばれる災害があった。
それは、それまで住んでいた惑星すべてを破壊し、人類の文明を尽く失わせるものだったらしい。
かろうじて月に避難できたのも迷宮都市の極一部だけ。それから十数年、そのわずかな人々はかつての栄華を忘れられずに過ごしている。
一般市民が管理社会、ディストピアと呼ぶ月の都市の在り方は、彼らにとって息苦しく辛いものらしい。
実態を知らない者がただ受動的に生きていればそう感じるのも無理はないと思うが、改善は難しい。管理されているとはいえ、生活レベルは十二分に保たれている。医療や福祉だって充実している。しかし、それでも人々の不満は消えない。
私たち月で誕生した世代……いわゆるルナリアンと呼ばれる者は、これを当たり前の世界として生きてきた。
そんな私たちにとって、更なる福祉、自由、規制緩和を求める者たちの主張は理解し難いものがある。何せ、彼らはそんな私たちを哀れだと言うのだ。世代間の意識差に困惑するしかない。
「まー、当時の迷宮都市が美化されている傾向はありますねー。私も当時を知る世代ではありますが、決して市民団体が言っている完全無欠な楽園のような場所ではなかったですし」
冒険者として学ぶ『基礎教養』の授業で教師に聞いてみると、そんな答えが返って来た。
まあ、そうだとは思う。確かに違いは大きいのだろうが、残されてる資料を見るだけでも問題は多く存在したのが分かるほどだ。
そして、それらは決して制限された情報だけではない。大部分は見ようと思えば誰でも見れるものでしかない。
「実のところ、生活レベルという面だけ見てみるなら、大崩壊前と今は大差ないんですよ」
「そうなんですか?」
「迷宮都市限定ですがね。その外はそりゃもうビビるくらいに別物なので」
それは知っている。個人的には気になるところではあるけれど、今は関係ない話だ。現在、月に住むほとんどは元迷宮都市の住人なのだから。
「これは、ダンジョンマスターや冒険者が苦労してどうにかこうにか維持しているものです。ダンジョンから大崩壊以前の遺産を回収するには冒険者でないと無理がありますしね。一般市民でもそれは知っている事です。……では、何が問題なのか」
回答を促されてるようだけど、私はその答えを持っていなかった。
「実は回答としては色々ありますが、根本的な部分としてはズバリ人口です。人が足りない。月はこんなにも小さいのにスッカスカです。母数が少ないから多様性が生まれ難い。人が足りなければ、その手は必然的に必要な場所へと割り振られます。余裕がありませんから当然ですね。出生率も地を這っている現状ではなかなか改善も難しい」
必要な場所……一般市民の主な就業先は、農業や工業プラントだ。教師や警察、役場の職員などの職業もあるが、それらは最小限に抑えられている。もちろん、ケーキ屋さんもない。
「そんな中で最優先とされているのが冒険者です。しかし、知っての通り冒険者に必要な適性というものは稀有なものです。適性のある者をすべて割り当ててもまだ足りないというのが現状ですが、かといって昔のように門戸を大きく開くわけにもいかない。管理の負荷もありますが、才能ない人間を飼っていられるような余裕がないってのが最大の問題です」
その分、生活に必要な職に手を回して欲しいと。
「例の計画を含め、深層へと至れる冒険者だけがこの苦境をどうにかする術を持ち得る。それだけが希望と言える状況。……私感も入りますが、多分彼らには冒険者だけがかつての迷宮都市と同じように扱われているように見えているんでしょう」
「以前と同じように優遇されているのが気に入らないと?」
「んー、先生の考えはちょっと違います。それは確かに彼らが掲げているお題目には含まれていますが、そんなものは些細な事なんですよ。彼らは冒険者以外がこの月都市を構成する上で対して必要とされていない、という事が許せないんです。ようはなんでもいいから足を引っ張りたいって事です」
なんで、そうなるんだろうか。
「持たざる者の意識っていうのはなかなかに厄介です。明確にしないまでも、『お前は才能ねーから工場でモノ作ってろ』って言われているようなものですから、反発したくもなります。冒険者の才能はなくても、煽動者の才能はあったみたいですけどね」
授業に関係ない部分とはいえ、毒のある話だ。隣で大人しく聞いているルナに変な影響がないといいけど。
「元迷宮都市の住人の意識が問題なら、世代が変わったら好転しないでしょうか?」
出生率は低迷しているけれど、新世代がまったく生まれていないわけじゃない。
私だって月出身だし、年下の子供たちもそれなりにいる。彼ら彼女らなら旧世代の柵も薄い。
「……多分ですが、それはそれで別の問題が浮上してくると予想されてます。まー、月の上層部も何も考えてないわけじゃありません。ただ、結局のところ、この問題を根本的に解決するには冒険者の力が必要になるわけです。いやもうほんと、期待してますよ」
期待している……って、最近多いな。仕方ない部分もあるんだろうけど、少し重い。
確かに近年になるほど冒険者の人数は少なくなっている。適性試験が現状に合わせて最適化された事で、冒険者になってすぐ挫折したりする人は減ったけど、その分総人数も減少した。私と同時期に登録された人なんて五十人を切っている。
その内、事前訓練が完了しているのが半分以下。無限回廊攻略に入っている者はたったの五名である。
未成年の冒険者向けとして開かれているこの授業に私とルナしかいない時点で、どれだけ母数が少ないのか分かるというものだ。
-3-
この世界は閉塞している。月という非常に限られた範囲で造られた都市は機能的ではあるが、遊びが少ない。
生活は一定の水準を保たれている。福祉も十分だ。娯楽もある。しかし、未来が感じられない。生きるために働いている。生きるために体を休めている。生きるためにストレス発散している。生きるために生きているような街。
眼下に広がる街を眺めていると、人類が追い詰められているのを強く感じた。
月の都市を一望できる展望台。一般市民は出入りできず、冒険者もほとんど寄り付かないここは私のお気に入りだった。
冒険者になって三年が経った。
私は一線級には届かないものの、それなりに結果を残して来た。近い世代の子たちもそれなりに成長している。
しかし、燐さんたちは人員の不足によって攻略が進まず、全体としても進行は芳しくない。
ルナは……最近トップチームへと編入された。精霊という特異な出自は人間以上に冒険者としての素養を与えていたらしい。最初の頃、パーティを組んでいた私から見てもあの才能は頭一つ二つ抜けていると感じていたほどだから、順当といえる結果だろう。
「こんなところにいたんだ」
「……ルナ」
振り返れば、最近会う機会の少なくなったルナがそこにいた。
「エリカは何か辛い事があるとここに来るよね。また何かあった?」
外見は出会った頃とほとんど変わらないが、ルナの口調は非常に流暢なものへと変わった。これはこれで成長を喜ぶべきだろうが、『あい』とか言っていた頃が少し懐かしい。
私はといえば背が伸びた。女性としては結構大きいほうで、会った頃から背の変わらないルナとは結構な差がある。冒険者としての成長速度とはまるで逆だった。
「いんや、何も。……あー、話し辛いとかじゃなくて、本当に何もないよ」
「そうなの?」
こんなところで黄昏ていたのは特定の理由があっての事ではない。しいて言うなら、なんとなく行き詰まっている自分がもどかしいからだろうか。
「私自身は大した事ないんだけどさ……ルナはこの街を見てどう思う?」
「良く分からない」
「まあ、ルナはそうか。……私はちょっと危ういと思ってる。多分、致命的なラインを超えるまで時間はない。大人に近づくにつれて分かるようになってきたんだ」
表面上見え難いが、月の住人はそろそろ限界だ。何かしら未来を感じさせるようなニュースでもあればいいんだろうけど、それだって一時的なものに過ぎないだろう。結局、根本的な部分を解決しないといけない。
「攻略のほうはどう? 口外しちゃマズイ事もあるだろうから、無理には聞かないけど」
「ちょっと厳しい。リンが孤立気味で、私以外は脱落気味。……マナがいれば良かったんだけど」
「やっぱりそうなるか……」
一年前、歩調の合わないパーティ内をどうにかまとめようと奮闘していたマナが脱落した。
どれだけの負荷がかかっていたのか分からないが、精神崩壊一歩手前まで追い詰められていたのだという。
今はリハビリ中とはいえ普通の生活を送れているが、冒険者に戻れるかは正直怪しいところだ。
別に燐さんに問題があったわけではないのだろう。無限回廊の攻略はひたすら過酷だ。まともな精神ではやっていけない。私の攻略している層でさえ脱落者はいるのだから、未知の領域を攻略しているトップチームなら尚更だ。
再編成。再編成。できる限り人員に遊びを作らないようにとパーティメンバーは頻繁に変わる。
「できればエリカが一緒に戦って欲しい」
「ふはは、勧誘かね?」
「冗談じゃないよ。エリカは強くなると思う」
「ルナは真面目さんだからねー。本気なのは分かるけどさ。……でも、現状じゃ厳しいかな。ちょっと行き詰まってるんだよね」
数値だけ見れば成長が鈍化しているという事はないが、劇的な成長もない。
私だけでなく、今組んでいるパーティメンバーもそう。多分、他のパーティもそう。
基本に忠実に、堅実に強くなるのが大事だとは分かっているけれど、それだけじゃ足りないところにきているのだろう。何かしらのブレイクスルーが必要だと感じている。多分、それを超えているのは現時点で燐さんとルナだけなのだ。
「一度、リンと話してみて欲しい」
「上位者の意見を聞いてみるのはアリかもねー。元々あんまり接点ないけど」
燐さんとはマナがパーティメンバーだった繋がりで何度か会った事はあるけど、それだけだ。冒険者なら誰もが名前を知っている人だけど、性格についてはほとんど知らない。
「エリカだけの話じゃなくて……リンも結構まいってる感じだから、マナの話とかすれば気分転換になるかもって思ったの」
「……分かった」
私が考えている以上に状況は悪いのかもしれない。
トップチームの存在は冒険者の象徴のようなものだ。これまではいくらメンバーが変わろうが燐さんという支柱があったけど、そこに問題があったら月全体の問題へと発展しかねない。
「……失礼しまーす」
冒険者だけが集められた住宅街。その一番奥に燐さんの家がある。空間の余った中で更に広く造られている、日本家屋という変わった様式の建物だ。
そこへ訪ねてみたところ、併設している道場の方にいるという話を、対応してくれたお手伝いさんから聞いた。アポはとってあるので、そのまま道場へと向かったのだが……。
……酒臭い。
道場の引き戸を開けると、アルコール臭が充満していた。匂いの発生源は道場の真ん中で正座している。
「お久しぶり。エリカさん」
「ど、どうも」
燐さんはその姿勢のまま、身じろぎもしない。ほとんど釣られるようにしてその対面で正座した。
「ルナから言われて来たんだよね? メンタルケア」
「はい。……まあ、それはそうなんですけど、実は私としてもアドバイスが欲しいというか」
確かに言われて来たが、私に燐さんのメンタルをどうこうする力があるとは思えなかった。
「剣士と魔術士じゃ分野がまったく違うと思うけど」
「何やればいいんだろうってくらい行き詰まっているので、まったく別の観点からのほうがいいかもしれないなーと」
「なるほど……じゃあ、模擬戦……ってほどでもないけど、立ち合ってみようか」
「あ、はい」
そう言われて立ち上がる。幸い、まだ脚は痺れていなかった。
「あ、あの……」
「何?」
しかし、燐さんはその姿勢のまま微動だにしていない。
「模擬戦するんですよね?」
「どこからでもどうぞ」
「そ、その体勢のままですか? え、えーと武器とか」
「ご自由に」
「えぇ……」
燐さんはそのまま目を閉じてしまった。
この状態で攻撃するの? いくらなんでもありえないと思うんだけど。でも、相手はトップ冒険者だし……こっちが攻撃した途端、飛びかかってくるって事もありそう。
とはいえ、こっちだってそれなりの場数は踏んできた。もう新人でもない。接近戦が得意とはいわないけど、それなりに動けるように鍛えてはいる。何かされるとしても、そのまま一方的になる事はないとは思う……んだけど。
一切動かない燐さんと少し距離をとる。《 アイテム・ボックス 》から取り出すのは愛用の杖だ。
「で、では行きます」
「どうぞ」
その瞬間、私は敗北を悟った。
体が動かない。魔術的な干渉は一切受けていないにも拘らず、威圧感だけで拘束された。
これは……刃だ。一歩でも動けばバラバラにされかねない剣気が体の周りを取り囲んでいる。
燐さんは何もしていない。刀を抜くどころか、完全に無手だ。
魔術の構築は不可能。魔力を動かすだけでもバラバラにされる。
かといって、杖で打ちかかるのは論外。はっきりいって詰んでいる。私にはこれをどうこうする手立てはない。
「……うん、悪くないね」
いきなり全身を縛っていた威圧感が霧散した。私はそのまま倒れ込むように膝を付く。……力が入らない。
なんだこれ……どうなってんの。
「聞いていたよりずっと才能ありそう」
「はえ?」
一体全体何がどうなってそんな評価が出てきたというのか。先ほどの立ち合い……向かい合っただけの数秒を俯瞰してみたら、私は何もせずに膝をついただけに見えるだろう。
「そんなエリカちゃんにはコレをあげよう」
「は、はあ……」
燐さんは、どこからか小刀らしきものを取り出して見せた。……普通に受け取っちゃったけど、コレもらっていいの?
「銘は< 紅 >。本格的に使うなら小太刀は専門の技能が必要だけど、護身用として考えるならちょうどいいと思う。魔術士なら一撃でも防げれば他のパーティメンバーがなんとかしてくれるでしょ」
小太刀ってやつか。刀や小刀はまだそれなりに見るが、そのどちらでもない小太刀を使っている人はほとんどいない。
燐さんが言うように、取り回しに専用の技能が必要になるためだが、護身用として考えるなら確かにアリかも。
「それはそうですけど……これ、大切なものなんじゃ」
「昔、夜光さんって人がいてね。その人の形見」
えーと、そんな大切なもの人にあげちゃまずいような。
「私が持ってても死蔵するだけだし、使いそうな人が持ってたほうが本人も喜ぶんじゃないかな。人斬るのが好きな人だったし」
聞き違いかな……。まさかこれ、呪われてたりしないよね。
「それに、形見といっても直接手渡されたとかじゃなくて、無限回廊の遺産だから」
「ああ、遺産ですか」
無限回廊には大崩壊以前の名残なのか、宝箱が出現する。誰が設置したわけでもないらしいが、ダンジョン内で失われたものが出現する仕組みらしい。そんな中で、過去に冒険者が使っていた装備品などは遺産と呼ばれているのだ。
夜光という人も、名前だけは知っている。確か、準一線で活躍していた刀使いだったはず。という事は、これも結構な性能の武器なのだろう。
というわけで、なんとなくだが受け取ってしまった。これが活躍する機会があるとしたら、前衛を抜かれて直接私に攻撃が迫りそうになった時だろう。本当に護身用だ。
「はぁ……」
それからお茶を出してもらって、それを飲み干してようやく落ち着いた。とんでもない体験をしてしまった気分だ。
ちなみに私はお茶だが、燐さんが飲んでいるのは清酒だ。湯呑で飲むようなものではないと思うんだけど。
「燐さんって酔わない体質なんですよね。何か理由があって飲んでるんですか?」
「ウチの父が飲ん兵衛だったから。酩酊感はなくても、父が何を考えていたのか分かるかなってね。あと、匂いが落ち着くの」
酒臭いだけだと思うのだけど、本人的には違うんだろうか。
「確かお父さんが冒険者でしたっけ」
「そう。……マナにとってのお姉さんと一緒で、永遠に追いつけそうもない人。とはいえ、素の実力でも追いつけてないけどね」
「今の燐さんみたいな立場の人ですよね。トップクランの。数値の上ではもうそろそろ追いつくような」
「うーん。資料で見てる限り、冒険者として活動してた父はなんとかなる気がするんだけどね。……大崩壊の時、私を逃がすために使ったアレはそんな次元のものじゃなかったから。どれだけ隠し玉があったのやら」
それも、もはや失われた記録だ。決して追いつく事のできない壁として立ちはだかり続けるのだろう。
「燐さんの目標は……やっぱりそのお父さんに追いつく事ですかね?」
「違う。……別に隠してるわけでもないし、エリカならいいかな。このあと顔出すつもりだったし、一緒に行こうか」
「はあ」
……どこへ?
-4-
そうして燐さんに連れられて来たのは地下だった。
屋敷の地下ではなく、月の都市があるよりも更に地下。中枢と呼ばれている区域である。一般市民よりかなり上位のアクセス権限を持つ冒険者でもここに入れる人は極わずかだろう。もちろん私は論外だ。
月の運営に関わる場所という事だけは知られているが、それ以外の情報はない。噂では人体実験しているとか、危険物を解析しているとか。そんな黒い噂もチラホラ。
「こここ、ここ入って大丈夫なんですか?」
「問題ないよ。私の権限で同伴者を連れていけるところまでしか行かないし」
トップ冒険者ってやっぱりすごいんだなー。
「というか、私もここで何やってるのか詳細は知らないしね。聞けば教えてくれるのかもしれないけど、あんまり頭良くないし」
「またまたー」
「あっはっは」
深く突っ込む気が消失するような、乾いた笑いだった。
お馬鹿さんで人類の未来を担うトップ冒険者が務まるはずないし。そもそも戦術の組み立てだって頭は使うのだ。
「それでその……どこに行くんですか?」
「病院……みたいなところかな。もうここがそうなんだけどね」
言われてみれば、そんな感じがしなくもない。硬質な隔壁と機械で構成された通路だが、漂っている匂いの中に薬品っぽいものが混じっているような……。白衣を着た人でもいればそれっぽいんだけど。
でも病院なら一般市民用も冒険者用も別にある。わざわざ隔離されているような領域にあるという事は、それなりの意味があるという事で……。
「みたいというのは、それそのものではないという事でしょうか」
「時々噂になってる人体実験場ってやつの一端かな」
「な、何故そんなところに……」
まさか改造されてしまうのだろうか。いや、ちょっと前から一部を義体化しないかという打診は受けているけど、まさかそれ絡みとか。めっちゃ怖い。
「あのですね、私できればフレッシュな感じでいたいというか。必要なら考えなくもないですけど……心の準備が……」
「いや、別にエリカを改造しに来たわけじゃないから。というか、なんでそんな飛躍するの」
「その……眼を改造しようぜというお誘いを受けていてですね」
「どういう事なの……」
どうやら早とちりだったらしい。しかし、実際に打診が来ている身としては冗談で済まされないのだ。
アレも別に人体機能が失われるとかそういう事じゃないらしいけど、自分の体を一部とはいえ別物に置き換えるのは怖い。それが、母と同じものだったとしても。
「……ついたよ。これが私の戦う目的」
「これ……」
そうだ。ここに来たのは燐さんの目的という話だった。それで私の改造云々が出てくるはずもない。
いや、この際それはどうでもいい。それどころじゃない。……眼の前にあるコレはなんだ。
「モンスター……?」
巨大なガラスの向こう、隔離された領域に謎の生命体が拘束されていた。死んでいるのか、意識がないのか、こちらには一切反応していない。
「すでに人ではなくなっているけど、迷宮都市のモンスターの定義には当てはまらない。亜人とも呼べない。近いのは精霊や亜神だけど、この状態じゃそれとも違う」
「精霊って……ルナみたいな?」
でも、地上の精霊は大崩壊とともに消滅したはず。現在、精霊と呼べるのはあの子だけと聞いている。
「あの日、星が崩壊した日、自らの存在の根幹地を失った精霊や亜神は消滅した。ルナが精霊として生まれたのは、そこから発生した大量の魔素が月に集まったからじゃないかって言われてるけど、この子の場合も近い現象が発生した」
「でも……これは」
どう見ても人の形をしていない。いや、生物の形ですらない。たくさんの生物がくっついたような歪な体。辛うじて中心部に人の形のようなものはあるけれど……。
「昔、四神っていう迷宮都市を運営していた亜神がいたの」
「聞いた事はあります。当時のダンジョンマスターが創り出したとか」
セキュリティレベルが高く、冒険者でも評価が足りないと閲覧できない情報だ。私も最近知った情報だ。
「そして、その補助をする人間を四神の巫女と呼んでいた。巫女は四神と契約した時点で魂が縛られて、精霊と同じような存在になってたらしいんだ」
「つまり、大崩壊の時に……」
「そう、四神も四神の巫女も消滅した。……当時、まだ見習い扱いだったこの子を除いて」
えっと……ちょっと待って。
「中途半端に星の崩壊に引っ張られたこの子はバラバラに引き裂かれた。でも、完全消滅には至らなかった。そこに、消滅したはずの亜神の魂が行き場を求めて群がった。……結果、死にはしなかったものの、こんな良く分からないカタチになった」
これは……消滅した亜神の成れの果て。
「核になったのは、四神宮土亜。……私の幼馴染み」
「…………」
言葉が出なかった。それは以前からマナが口に出していた名前だ。燐さんの幼馴染みで、一緒に冒険者になろうとした近しい存在だと。
冒険者になっていないという事は知っていた。肉体的、精神的な問題を抱えるなど、それなりの事情があれば別におかしな事ではない。だから、せいぜい大崩壊の影響で重症の身だとかそういう類の事だと……。でも……これは、あんまりだ。
「私はこの子を元に戻したい。深層に至れれば解決する術はあるかもしれないって、エルシィさんからそう言われてる」
エルシィ……確かダンジョンマスターだっけ。本名はもっと型番みたいな感じだったと思うけど。
「月の医術でどうにかならないんですか?」
「現状は解析すら不可能だってさ。なんで生きているのかも分からない。こうして拘束されているのも生命維持のためとかじゃなくて暴れないようにするため。でも、大崩壊以前だったら水神エルゼル様か那由他様がなんとかできたかもしれないって」
つまり、今は無理って事だ。
「治す見込みはゼロじゃない。だけど、それは無限回廊の遥か先にある。……だから、これが私の目標。父に追いつきたいとか、そういう気持ちがないわけじゃないけどね」
「良く……分かりました」
私は漠然とした気持ちで冒険者を続けていた。
適性がある人が少ないから。両親が冒険者だったらしいから。少しばかりでも優遇されるから。なってみて、それなりにやっていけそうだから。目標としたのはマナや燐さんみたいなトップ冒険者。どれもこれも漠然としていて、明確な私がない。
ルナがトップチームに移籍した時だって、多少の悔しさはあれど普通に認められた。それはきっと、私に明確なものがなかったからだ。
私がこうだから、きっと他の冒険者も似たようなものだと思っていた。人類の未来を救うという目標は、曖昧でも高尚なものだったから。
……でも違った。一歩間違えば精神崩壊するような環境で、先行している人たちにはそれぞれ個人的な目的がある。なければやってられない。ここは、本来ならそういう世界なのだ。
その時、微かな地響きとともに声を聞いた。その元は目の前……ガラスの向こうに見える土亜さんからだ。唸り声のような、慟哭のような、悲しみを体現するような声。
「……意識はあるんですか?」
「コレの意識はある。私に反応するから、土亜の意識が欠片も残ってないって事はない……と思う。でも、表に出てきているのは別の意思」
「まさか、会話できるとか」
「会話にはならないけどね。時々意思を伝えてくるみたい。"妾は獣神姫カミルである"って」
「カミル?」
「昔、地上に暗黒大陸って呼ばれていたところがあったんだけど、そこの亜神たちに伝わる伝承に同じ名前があったみたい。口伝でも概要しか残されていないような話。獣神たちの始祖と呼ばれる女神さまの名前。獣神姫なんて……土亜ちん偉くなっちゃたなーもう。うち、どうしたらいいか分からんわ」
飄々と伝えてくる燐さんに涙が浮かんだ事は見ないふりをした。
-5-
「……なるほど、土亜に会ったんだ」
「うん。……ていうか、あれ駆け出し冒険者相手に喋っていい名前じゃないでしょ」
「あははー、そこまでセキュリティレベル高いわけじゃないからいいかなーって、つい」
「ついじゃないが」
後日、久しぶりに会ったマナは元気そうだった。こうして話している分には精神的なダメージを感じられない。
「そういう重いもの背負って戦ってんだよね、我らがトップは。土亜の代わりも誰かがしないといけないからあたしがやってた。まー、あたし自身はそこまで重い目標とかなかったからねー」
以前なら、そうなのかと聞き流していただろう。……だけどそんなはずはない。
マナがトップに居続けられたのには理由がある。それがどんなものかは分からないけど、ないとおかしいのだ。
マナの冒険者の素養は確かに一流と呼んで差し支えないものだろう。しかし、それだけで燐さんに並び立ち続ける事などできはしない。
ルナは……まあ、出自が出自で素養も人間のそれとはかけ離れてるから分からないでもないが、逆に言えば数少ない思い出がその目的になっている可能性はある。
「リハビリのほうはどうなの?」
「なんともない……とは言い難いけど、順調だぞ。今でも社会復帰"なら"できるってお墨付きもらってる」
それは、社会復帰しないと言っているも同然だ。
「……戻る気なの?」
「戻るよ。いつまでもリーダー放っておけないしねー。とはいえ、いきなり最前線ってのは厳しいだろうし、すでに結構差をつけられてそうだから徐々にってところかな。なんなら、エリカのとこで拾ってくれる?」
「それは別に構わないけど……」
本気かと問いかけるのは無駄だと分かってしまった。戻ると言った時のマナの目は本気そのもので、断固たる決意と覚悟を持ったものの目だったから。
……私は、かつての同居人がどんな想いを抱えているのかも知らない。知らないまま、そういう世界があるのだと知ってしまった。
「でも、私もちょっとお休みするから、再編成のタイミングが合えばね」
「あれ……ひょっとして冒険者が嫌になっちゃったとか。自分探しの旅に出るーとか」
「そういうんじゃないよ」
冒険者が一地区に隔離されているような状況で、どこに旅に出ろというのか。宇宙?
「えーとね、目を換える。簡単とはいえ、手術になるから」
「……あー、例のお母さんの目だっけ。いや、色々大丈夫なのって感じではあるけど……いや大丈夫なのそれ?」
「機能的には問題ないって。万が一失敗しても、元の目を再生してもらうから」
魔術的な要素が大き過ぎて解析もほとんどできない義眼。分かった事といえば、人間の視覚は問題なく得られるだろうという事と、遺伝子的な使用制限がかけられていて、私以外が使っても普通の眼になってしまうだろうという事くらい。
でも、意味もなく母が残したとは考え難い。何か意味があって残したと考えるべきだろう。
「実はさ、もうセキュリティレベル的に知ってるかもしれないけど、エリカのお母さん"行方不明"なんだよね」
「うん。私も調べた」
この場合、普通の行方不明とは意味合いが異なる。
大崩壊に巻き込まれて死んだ場合、明確に目撃でもされない限りは行方不明扱いだ。星一つ壊れた状況なら、それは仕方ないだろう。しかし、私の母の場合は違う。大崩壊後も生き延びて私を産んでいるのだから。
だから、行方不明という扱いも冒険者の機密的な意味合いが含まれたそれだと思っていた。何かしらの問題で死亡しているだろうと。
……思っていたのだが、いざ開示権限を与えられて確認しても結果は"行方不明"なのだ。月の管理上、追跡できなかったと。
ほとんどの人間が登録されている月では、調査すれば追跡不可能という事態は考え難い。ましてや、冒険者という身分で行方を晦ますのは不可能に近い。だけど、それが起きている。本気で意味不明な事らしい。
旧魔術士ギルド長……現魔術局長のイオさんに聞いても同様だった。
彼女にしても、母は理解不能な部分が多かったらしい。当時、迷宮都市以外ではほぼ存在しないと言われていた実戦可能な魔術士。その師も伝説と呼ばれるような人で、現在も解析不可能な術式が残っている。中でも、《 魂の門 》と呼ばれる魔術は誰も手が出せないほどに不可解な方式で組まれているのだとか。
はっきりいって、生きていると考えるのは楽観的に過ぎるだろう。だけど、そんな人が残したものに意味がないとも思えなかった。
その数日後。私は手術を受け、両目を義眼へと入れ替えた。いつでも戻せるようにと元の眼も残してもらっているが、自分の一部が保存されているというのもなかなかにグロいものだ。
一応、解析し切れていないモノを扱うという事で、手術を行ったのは例の地下施設だ。万が一があっても即応できるようにという配慮らしい。
執刀医はサードと呼ばれる少女だった。実際に手術を行うのはほぼ機械になるのだが、一応担当という扱いらしい。
聞いてみれば、彼女はダンジョンマスターの複製体なのだとか。顔を含め外見も同じらしい。女性だとは聞いていたが、私より小さい子だったとは……。いや、年齢と見た目が一致しないのは冒険者なら当たり前の事ではあるのだけど。
「それでは光を当てますので、眩しかったら手を上げて下さい」
手術後、特に違和感もなかったのだが、念のためという事で数日間目を開けられない生活を強いられた。
そして、ようやく目を開けると思えば段階的に試験を行う模様。目蓋の向こうから光を感じる。
これで目を開けたら何も見えなかったとか、あまり想像したくないが、勇気を出して開けてみた。
しかし、そこで待っていたのは予想外の世界だった。
「エリカ・エーデンフェルデ、何か問題ありましたか? 見えてますか?」
「あ、はい」
見えている。……見え過ぎている。視力が上がったとかそういう事ではなく、見えてはいけないものまで見えてしまう。
「……LC302-X5012-03」
「はい?」
サードさんの本名だ。自己紹介も受けていない。《 看破 》したわけでもないのに分かる。
名前だけじゃなく、種族や性別、年齢、ギフトや大量のスキルまで……。
「っ!!」
激しい頭痛が襲ってきた。サードさんは慌てたようだが、それを止める。
これは多分、脳が急激な情報量を処理できなかったから起きた現象だ。……そうだと分かる。
この眼にそんな機能があるなんて聞いていない。それはつまり、解析できなかった部分の機能という事。
……私の母はとんでもないものを残していったらしい。
《 天眼通 》。調査が進められた結果、この眼はそう呼ばれる事となった。誰かが命名したわけではなく、詳細があきらかになるにつれてそういうスキルが付与されているという事が分かった時点で無限回廊によって命名された。おそらく、見えなかったのは明確な名前が付けられていなかったから。
それは、現在確認されているほぼすべての
当然、簡単に制御できるはずがない。リミッターのようなものはかけられているが、膨大な情報の波に飲まれて幾度も気を失った。有用ではある。極めて強い力だ。しかし、強過ぎる。
「……予想外もいいところですが、おそらく現時点でもすべての機能を使っているわけではないでしょう」
私が扱えない故に解放されていない機能があるだろうと、サードさんは言う。
「《 天眼通 》の名前の通りなら、未来や過去も見通せる力です。さすがにそのままという事はないにせよ、それに近しい何かがあると考えるべきかと。どこまで人に許される力なのかは分かりませんが、輪廻に伴う情報やその人の在り方まで見通す可能性すらあります」
過分に過ぎる力だった。
「そんな異次元な機能はともかく、普通に考えるなら魔術士には途方もなく強力な力になると思われます。ただ、現時点でロクに使いこなせていないので、しばらくは冒険者稼業は休んで調整したほうがいいでしょう」
「そうですね」
事故が怖過ぎる。不意に変なものを見て気を失ったら大惨事だ。
実際、この眼の機能がそれだけでない事は分かる。というか、メインの機能はおそらく別にある。
ようはこれは魔術のサポートアイテムなのだ。魔術に関するものの中で本人だけでは処理し切れない分野、そういう支援能力が付与されている。特に魔術行使・操作に至っては、MPを使用しない原始的な魔術でさえ構築可能だろう。えらい手間のかかる作業だが、高度なのは確かだ。
きっと、資料映像に残されている母の理解不能な魔術処理の一部は、コレが秘密の一端だったのではないかと思う。あの《 魂の門 》という魔術を理解する鍵だって……。
「とはいえ、冒険者を再開できるほどに慣れたとしても、それで終わりというのは考え難い。調査は継続する必要があります」
「はい。通院……って言っていいのか分かりませんが、ここに足を運ぶべきでしょうか。それとも、しばらくここに住むとか」
面倒そうだが重要な事ではあるだろうし、都市としても未知の情報なら調査は必要だ。それに、使いこなせば行き詰まった状況も打開できるかも……なんて願望もある。それこそ、燐さんやルナに追いつく事だって……。
「定期的に足を運んでもらうのはもちろんですが、一人サポートを付けましょう」
監視という事だろうか。今でも大差ない状況だから、別に構わないけれど。
「ダンジョン・アタック以外は、極力そのサポートさんと過ごせって事ですか?」
「いえ、アタック中もです。ちょうど、ウチのオリジナルが投入しようとしていた個体がありますので、パーティの再編時期に合わせて編入というカタチで」
「は、はぁ……」
……個体?
「ここに呼んでいますので、そろそろ到着するかと」
そうして待つ事一分ちょっと。部屋のドアが開かれた。
入って来た人物の容姿に唖然となり、つい隣のサードさんと視線を往復させてしまう。
「どうも、エリカ・エーデンフェルデ。私はLC302-X5012-02です。二番目の複製個体なので、セカンドとお呼び下さい」
紹介されたサポートさんは、サードさんとまったく同じ容姿をしていた。
……いや、サードという名前でそういう存在がいるかもしれないという可能性は考えたけれども。マジか……。
-6-
果たしてダンジョンマスターの複製個体は何体存在するのか。そんな疑問が湧いたが、それは機密らしい。ついでに言うならセカンドが何者かというのも機密扱いだ。
ダンジョンマスターの容姿を知っている者はその顔を見て反応するが、深く突っ込みを入れる気はないらしい。
「あ、あはははは……ど、どうも摩那です。……ほんとにいたんだ」
「はい、どうも。セカンドとお呼び下さい」
マナと私のリハビリがてら、訓練場を使う際に発生したファーストコンタクトがこんな感じである。どうやら会った事はないらしい。燐さんは知っていたようだったが。
「あの、セカンドって事はサードよりも前に作られたって事ですよね? サードさんは以前から見かけていましたけど、セカンドさんは一体どこにいらっしゃったので?」
「これから冒険者として活動する以上、敬語は不要です。私はオリジナルとは違う個体とお考え下さい」
「あ、はい」
そう言われても、ダンジョンマスターと面会経験のあるマナとしてはやり辛いだろう。
「サード同様、用途もまったく別物です。この任務に就く以前は、宇宙艦艇のAIとして稼働していました」
宇宙? 現在、地表すら開拓予定はないはずで、更にその先となると艦艇も存在していないはずだけど。……調査用?
「ひょっとして……」
マナは何か思い当たる事があったらしい。
「はい。先日まで、火星のダンジョン探査を行っていました。冒険者間で例の計画と囁かれているアレの事です」
火星……いや、先代のダンジョンマスターがいたという世界で火星と呼ばれていた惑星に酷似している星の事だ。
そこには月でいう< 月の大空洞 >と同様の巨大ダンジョンが存在する。
無限回廊以外のダンジョンは、それを攻略した時点でその領域の支配権を得る事ができる。つまり、このダンジョンを攻略する事で火星を人類の生存圏にする事ができないかという計画が以前から立ち上がっていたのだ。
とはいえ、あまりに距離が遠いために攻略どころか辿り着く事も難しい。ダンジョンマスターならそれも可能だろうという話だが、月の管理を手放したらその時点で全滅だ。そもそも、ダンジョンマスターはあまり乗り気ではないと聞いている。
だから冒険者の底上げをして、それを攻略できる人材を育てているわけだが……調査自体は行っていたという事か。
「えーと、どんな感じだったんです?」
「機密が含まれるため詳細は明かせませんが、オリジナルはこのダンジョンを< マーズ・ディザスター >と命名。火星全域をダンジョンとする、過去最大規模のダンジョンと断定しました」
「ぜ、全域? 惑星ですよね?」
< 月の大空洞 >でさえ、巨大とはいえ月の一部分。それが、全域……しかも惑星規模の。
それは、攻略さえできれば火星全土が支配域になるのが確定と推測できるけど、同時に攻略難易度も跳ね上がる。
「現状、オリジナルがフルスペックで攻略に当たったとしても完全掌握に数年かかるという試算が弾き出されています。つまり、例の計画を遂行するためには最低でもそれくらいまで冒険者の底上げが必要になるという事です」
途方もないハードルだった。
マナは私よりも明確に想像できるのか、呆然としたままだ。
「とはいえ、オリジナルは不可能とは考えてません。リンを初め、トップ冒険者が底上げを続ける事で十分に攻略は可能と見ています」
「そりゃ、おりんりんならひょっとしたらって期待はあるけど……まだまだそんなレベルじゃ」
「はい。憂慮すべきは時間です。月都市に蔓延するネガティブイメージは日を追うごとに大きくなっています。あまり好ましくない方向に推移している現状でどれだけ時間を捻出できるか……」
昔から……ここ数年は特に月の都市に蔓延する空気は悪い。それは原因は分かっていても払拭は難しい問題で。悪化の一方だ。火星の入植が可能になれば改善されると見込まれていたが……。
「というわけで、時間はあまりありません。正確なタイムリミットが提示されているわけではありませんが、数十年と続けられるわけでもない。今まで通り冒険者の成長を待つのでは間に合いません」
「……おりんりんにこれ以上負担をかけるつもり?」
今だって無茶なハイペースといわれ、ルナ以外についていける人がいない状況だというのに。
しかし、返答は想像と違ったものだった。
「いいえ。リン一人が頑張っても無理があるのは承知です。だから、それ以外の底上げが必要と判断しました」
そうして、セカンドは私を見る。
「エリカ・エーデンフェルデ。オリジナルはあなたに期待しています」
「え? あ、はい……どうも?」
え、何この流れ。まさか、私に燐さんレベルの活躍をしろとか言わないよね。
「常識的な方法では遂行は不可能。月が把握できている要素での計算はどう楽観的に見てもいい結果を算出できない。ならば、常識外の部分で穴埋めするしかない。現状、月で解析不可能な要素は3つ。獣神姫カミルと月の精霊ルナ、そしてあなたに集約されている」
「え……と」
正気でしょうか。
「オリジナルが私を冒険者として投入したのは、そのバックアップのためでもあります。特定の人員だけに負担をかけるのは非常に好ましくないと理解してますが、どうかご協力お願いいたします」
いや、頭下げられても……。マナは不機嫌になってるし。
……一体全体、私に何を期待しているの。
それは、すべてが終わった世界で起きた、蛇足のような物語。
暗雲立ち込める世界で救世主になる事を強いられた、私たち六人のはじまりの物語だ。
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