第2話「五龍将」
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「まったく、びっくりしたよ。朝起きて隣の部屋見たら空だし、共用掲示板に書いても反応ないし、誰に聞いても行き先知らないし」
「ああ、悪い。ちょっとのめり込み過ぎてたな。めんごめんご」
「……謝ろうという気が感じられない」
「ごめんなさい」
俺を探すために奔走したのか、ユキは珍しく本気で怒っているようだ。
そりゃ世界規模の交流で相手側のお偉いさんと会うって時に、予定を忘れてすっぽかすのはまずいよな。今回は非公式とはいえ、それ故にグレンさんもヴェルナーもいない場だし。
「ガウルも、一緒にいたなら連絡くらいくれれば良かったのに」
「す、すまねえ。ついムキになっててよ……」
でもその狼さん、スケジュール把握してなかったっぽいぞ。俺と一緒にいなかったら、何事もなくすっぽかしてた可能性が高い。
ユキがそれに突っ込まなかったのは、おそらく目標が分散する事を避けたためだ。奴は多分、俺だけを追い詰める事を第一目標にしている。きっと俺がガウルの事を指摘すると、何故か言い逃れしているように誘導されるのである。
「まあまあ、こうして間に合いそうなんだからいいじゃないか。冒険者なんて時間にルーズなものだし」
援護射撃は当事者ではないところから……運転席で運転せずにコーヒーを飲むラディーネから放たれた。あ、俺にもくれないかな。
「間に合いそうなのは、ラディーネがスーパーボーグ用意してくれてたからだけどね」
『プロフェッサーハ、自分ダケ楽シヨウトシテタダケデスガ……キメラハ先ニ行キマシタシ』
「黙りたまえボーグ」
「……助かったのは事実だからいいんだけどね」
転送装置まで結構距離あるしね。移動手段があるなら使いたくもなるだろう。
そのボーグに乗って移動しても、目的地まではまだ時間がかかりそうだ。多分、あと十分くらい。
ちなみに徒歩だったら間に合わない可能性は大。走っていけば問題はなさそうだが、勢い余って道を間違ったりしたら死ぬ可能性がある。一昨日の夜に空龍と移動した時とは違い、安全地帯を示すロープは張られているから間違える事はないのだろうが、全力疾走は避けたいところだ。
「はぁ……それで? シミュレーターのほうはどうだったの? ツナはS6シャドウと戦うのは初めてだったよね?」
ラディーネとボーグのやり取りに毒気を抜かれたのか、ユキが話題を変えた。追求しても意味がないと判断したのかもしれない。
「あ、ああ、Lv60までは全員攻略したぞ。お前が来る直前にLv80のs1とやり合ってたんだが、あれは次元が違うな。ちょっと攻略の目が見えない」
Lv60の時点でもおかしな強さだったが、それでも付け入る隙はあった。だが、Lv80のアレは正に次元の違う領域だ。再挑戦しても、今の俺ではダメージを通す事すら厳しいだろう。剣刃さんや夜光さんのほうがまだ可能性はある気がする。
……それでLv80なんだよな。次にLv100が控えてるのは確実、その先もあるっぽいし、どんだけだよって感じだ。
「……は? Lv40じゃなくて? 一回でそこまで行ったの?」
「もちろん一回じゃないがな。……何回くらいやったっけ?」
「覚えてねえ。セカンドなら記録とってるだろうが」
お互いの挑戦が終わったら即交代してたから、回数は結構な数になっているはずだ。しかも制限時間すらそのままだから三分単位である。
大体、一戦ごとにガウルと入れ替えるのが当たり前になって来たあたりから記憶が不鮮明になってくるな。一戦ごとにやり直してたらサバイバルでもなんでもねーなって言ってたのは覚えてるが。
「いや、問題は回数じゃなくて……ひょっとしてガウルもそこまで?」
「俺はs3のLv60が攻略できなかったから、それ以降……Lv60のs4~s6も未攻略だな。あいつ硬ってえから、ツナの《 シールド・ブレイク 》的なスキルがないと厳しい」
「時間制限アリだと、あいつもキツイよな」
正直、時間制限アリだとLv60では一番の難関だった気もする。飛んでる盾を全部壊すわけにもいかないから、ピンポイントで破壊した直後に強襲をかけるしかないのだ。
ただ、本体で同じ手が通用するとは思えない。シャドウが持つ装備は特性を最低限再現しているだけで、それはあくまで魔素で作られたものだ。セカンドも言っていたが、こんなパーティでメイン盾やってるのにそんな対策もしていないのは考え難い。本物は全部の盾が《 不壊 》持ちだったとしても不思議ではないのである。シミュレーターの特性上、他のメンバーも本体の方が遥かに強いのは間違いないだろう。
「えっと……そりゃ、相性の差で一部攻略してる人はいるけど……Lv60全員? というかボク、s1のLv40も倒せてないんだけど」
「知ってる」
過去データを保有しているセカンドがいたのだから、当然そのあたりは把握してる。つまり、俺は一日で他の連中の記録をほとんどごぼう抜きにしてしまったという事になるな。ふはは。
「それを言ったら、ワタシなんてLv20でも限定的な相手にしか勝てないんだが」
「いや、どう考えてもラディーネ……というか後衛向きの設定じゃないでしょ、アレ」
「s6は相手し易いからLv40でもなんとかなるんだがね」
「ボクはむしろそっちが苦手」
アレを後衛がどうこうするのはかなり無理があるだろう。レベル的に格上の水凪さんだって、そこまで成績は良くなかったはず。
パーティ上の役割分担として前衛後衛の違いは感じられるが、あいつらは基本的にオールラウンダーがほとんどだ。純粋な意味での後衛はs6……エリカくらいである。
そのs6だって前後衛問わず倒すのは容易じゃないだろうが、ラディーネの場合はスキルタイミングや動作に影響しない銃器をメインにしているが故に相性がいいという事なのだろう。魔力をほとんど使わない相手なら、あいつの干渉はあまり意味がない。
ちなみに、まったく話に絡んでこないボーグはそもそもほとんどシミュレーターに手を出していない。今は車だし、向こうにいた頃も車になるための改造が優先されていたのだろう。……妙な文字面だが、別に間違った事は言っていない。間違っているのはボーグの常識だ。
「こいつが頭おかしい事やるのは今更だろ。ユキが一番良く知ってるじゃねーか」
「……そうだね。会った直後からそうだったもんね。チッタさん囓ったり」
「色々自覚はある」
少なくとも一般的な冒険者のそれではない。それは認めよう。アンチスレで語られてる渡辺綱伝説は半分以上が真実だしな。
「でも、ツナはともかくガウルは調子悪かったんじゃないの? こっちに来てから加護効いてないんでしょ?」
「……ないならないなりにやりようはあったって事だ。少なかろうが持ち札だけでやりくりするしかねえのは< 鮮血の城 >で散々やって来たからな。特に[ 灼熱の間 ]」
……いやな思い出だったね。
「あの時の《 ブリザード・ブレス 》みたいに、新しいスキル覚えたとか?」
「いいや。ようは、加護がない素の俺にもまだまだ引き出せてねえポテンシャルは残ってるって事だ。……あの虎にさんざん言われた事を実践するみたいでムカつく話だが、言ってる事は正しいからな。弱いままでいるよりはマシだ」
何を言われたかは知らんが、航行中リグレスさんと模擬戦ばかりしていたのは目にしている。その際にアドバイス的なものをもらっていたという事なのだろう。
「訓練でも、なんかそういう相性ってあるのかな。ツナとガウルが組むと低確率で訓練結果:大とか」
「育成シミュレーションか」
「でも、そういうとこあるよね。< アーク・セイバー >の訓練の時とかさ」
「違いはあるだろうな。ツナじゃなくサージェス相手で同じ結果になる気はしねえし」
「せやな」
ガウルはケツに火が付くのは遅いが、その分爆発力はある。今回はその爆発のタイミングで、それに相乗りしたという事かもしれない。
実際、俺一人でやっていて同じ結果になった気はしない。
ちなみにサージェスはああ見えて訓練では安定している。時々変な方向にかっ飛んでいくだけだ。
「セカンドが色々情報解析してくれてるから、ユキもそれ聞いて再挑戦してみるといい。意外な発見があるかも」
「むー、なんか上から目線。予定忘れてたくせに」
「……それはほんとすいません」
「そろそろ到着だ。転送ゲートが見えて来たぞ」
ボーグの向かう先を見ると一昨日もくぐった転送ゲートが見える。巨大故に遠近感が狂っているが、それでもこのスピードなら数秒の距離だ。予定時間にはまだ三十分以上もあるから、遅刻扱いは避けられそうである。
ゲートの周りには今日参加するメンバーも揃っている。ここにいないサージェス、ティリア、摩耶、ディルクとセラフィーナ、キメラ、ベレンヴァール、あと空龍たち三人もだ。
スーパーボーグがスピードを落とし、ちょうどゲート前に止まるように移動する。集まっていた連中はそれを察してゆっくりと移動を始めた。
そんな中、逆にボーグの前に飛び出してくる影が一つ。
「う、うわっ!! なんだ、大丈夫かねっ!? おいっ!!」
減速中ではあったが、避けられないタイミングを狙って飛び出して来たので、勢い余って撥ねてしまった。慌ててラディーネが車外に飛び出す。
「す、すいません。……つい興味を惹かれて」
撥ねられたのはサージェスだった。俺はその直前から、なんかやりそうな気配を感じていたので驚かない。実際、慌てていたのもラディーネだけだ。
「……なんだ、サージェス君か。撥ねた側が言うのもアレだが、当たり屋のような真似はやめたまえ。ビックリするだろう」
「当たり屋とは失敬な。私は未知の体験にあえて身を晒す事で、同志たちの未来を切り開こうと……」
「よしボーグ、思う存分轢いてやれ」
『了解デス』
やめろよっ! 喜んじゃうだろっ!!
-2-
「ぅぐああああっ!!」
サージェスの悲鳴のような何かが轟く中、俺たちはボーグを降りてゲートへ近付いていく。
両手脚を縛られ、ボーグに引き摺られているサージェスを見て困惑しているのはわずか数名だ。その困惑には、当たり前の事とスルーしてしまっている俺たちへの反応も含まれるのかもしれない。
「あ、あの……渡辺様。アレは放っておいてもよいのでしょうか?」
その中の筆頭である空龍が話しかけて来た。
「時間はまだあるだろ? あいつの好きにさせてやるといい」
「時間の問題ではないのですが……」
勢い余ってロープの外に出てしまうかもしれないが、あいつならまあ……死ぬ事はないだろう。
「色々話には聞いていたが、目の当たりにすると反応に困る性癖だな」
龍の三人とは違い、ベレンヴァールはサージェスについての情報を把握している。動画などでも目にしているはずだが、それでも実際に目にすると困惑するのだろう。大体、ダンジョン籠もりを始める前の俺たちと一緒だ。
「それで、まだ予定時間前だがどうする? ゲート抜けてからも距離あるし、全員揃ったならもう移動してもいいんじゃないか?」
「それが……どうも移動制限がかけられているようでして。時間にならないと使えないようです」
それで全員ここにいたのか。俺たちを待つにしても、全員固まっている必要はないと思っていたのだが。
「なんでまた」
「どうも、新しい装置に興味を持ったお兄様たちが向こうとこっちを行ったり来たり遊んでいたらしくて……一番上のお兄様が対策として制限を。……ああ、なんて恥ずかしい」
実に反応に困る話である。というか、また事前情報と大きな乖離があるな。主に目の前の銀髪が言っていた事と。
「な、なんだよ」
「まだ何も言ってないが」
銀龍に視線を向けると、露骨に動揺しているのが分かった。心当たりはあるらしい。
「お前食堂で会った時に色々言ってただろ? 現地の龍は面白みのない奴らばっかりだから楽しくないとか。トーナメントといい、その後に会った連中といい、面白キャラばっかりだぞ」
相対的に威厳が壊滅状態だ。そこは問題ないとするにしても、言われた事との乖離が激し過ぎる。
「なんつーか……正直俺も困惑してんだよ。こっちに戻って来た直後は、日本語こそ使ってても言った通りの反応だったしさ」
「すると、お前が帰ったあとに何かが起きたと?」
いや、そんなすぐに変化があるもんじゃないだろう。一匹二匹の話じゃなく、大体全部面白キャラと化してるぞ。だが、もし銀龍が言っている事が本当で、それ以降に極端な変化が発生したのだとすると……。
「実は私がいた時も、お兄様たちに変化は……玄?」
「な、なんだ姉上。まさか、俺が兄上たちが豹変した原因だとでも言うつもりか」
だって、時系列的にお前以外考えられないだろ。
「……ま、まあ、色々聞かれた事に答えたりはしたがな。一度話を始めたら食いつきが良かったから、多少余計な事も……あだっ!!」
空龍の扇子が玄龍の額に飛んだ。目に留まらない一瞬の出来事である。
「どうやら原因はこの子のようですね、まったく」
原因は分かったが、たかだか数時間話しただけでそこまで変貌したというのか。龍の皆さんが乗せられやすいのか、あるいは玄龍に扇動者の才能があるのか。
……おそらくだが、玄龍の言動だけが直接影響したという線は時間的に無理があるし、困難だろう。順当に考えて、そこから口コミの要領で伝わったというのが正確なところではないだろうか。龍は
「まあ、親しみのあるキャラでいいんじゃないか? 飾らない素の姿を見せるのも交流の一つって事で」
「私の心労が倍増するじゃないですか」
そこは諦めるしかないな。代表ってそんなもんだ。俺もメンバーの動向に胃を痛めていた時期はある。……主に今ボーグに引き摺られている奴とか、何気に怖いもの知らずなユキさんとか。他にも色々……問題児が多過ぎるな、ウチ。
「というわけで、俺は悪くなかっただろ?」
「あ、ああ、そうかもな。元を知らないからはっきりとは分からんが」
その後、一応空龍たちにも再確認してみたのだが、どうやら銀龍の主張は正しかったらしい。
元々、龍は姿形からして厳ついのだ。俺としては気楽に対応できるほうがいいのだが、外交ともなるとどちらが良いとも言いづらい。普通に考えるなら弱みになるような類のものではあるし。難しいところである。
そんな話をしている内に予定の時間がやって来て、転送装置の制限が解除された。
案内役は空龍なので、特に中から人員が追加される事もなく全員揃って移動を始める。車状態のボーグはどうするのかと思ったが、そのまま参加だ。強度的に俺たちが進めないルートでも進めるので、施設内の移動も問題ないらしい。その内部にはラディーネ、ユキ、ディルク、セラフィーナ、あとは銀龍が乗り込んでいる。好奇心に正直な奴とその保護者というメンツだろう。
その後ろには相変わらずサージェスが引きずられているが、さすがに環境整備されていない場所ではロープを解くと信じたい。いや、あいつなら宇宙空間程度なら生き残りそうではあるが。
二日ぶりの人工衛星だが、特に変わったところが見られるわけでもない。一部環境整備された範囲が広がったのと、内部の掃除が進んだ事で歩き易くなっているくらいだ。案内によれば、辿るルートもほとんど同じ。前回、機龍が立ちはだかったフロアから分岐するようだ。
「皇龍と五龍将がここに住んでるのは聞いたが、他にどんな龍が住んでるんだ?」
「基本的にはそれに加えて一番上のお兄様だけです」
「……あれ、前に会った機龍は? ひょっとしてアレが五龍将だったとか」
「アレは忍び込んでただけです。一応、別の惑星調査の任もあるので、入場許可はあるはずですが」
普段ここで会うようなお偉いさんではないって事ね。
サイバーな見た目通り、宇宙を移動するのに適した能力を持っていたりするのかもしれない。
「別の惑星に行く龍もいるのか」
それに反応したのは、黙って横を歩いていたベレンヴァールだ。
「宇宙旅行に興味でもあったのか?」
「元の世界では種族的な問題もあって、宇宙船を遠くから眺めるのが関の山だったからな。実際、資格があったとしても乗ったかどうかは分からんが、なんとなく惹かれるものはある」
一応ここも宇宙空間ではあるが、自覚は薄いだろうしな。
惑星間の旅行に興味があるかって聞かれたら、そりゃ俺だってある。明確に移動をしている実感を持ち易い分、クーゲルシュライバーよりも旅をしている気分に浸れるだろう。
「例の問題が片付いたあとになるだろうが、そういう機会もあるんじゃないか? 迷宮都市の学者だって、他の星は気になってるだろうし。滅びたとはいえ、別の惑星にも文明はあったんだろ?」
「あ……え、と」
これまでほとんどタブーのようなものを感じさせなかった空龍だから、普通に肯定が返ってくるものだと思ったのだが……表情は暗い。触れられたくない話題なのだろうか。
「……文明の残滓はあります。環境も……ここよりは遥かにまともな星ばかりです。渡航手段はありませんが、迷宮都市の技術ならどうとでもなりますし、お兄様に転送施設を運んでもらうという手もあります。ただ……オススメはできません」
「危険があるわけじゃないよな?」
唯一の悪意が現れたという事は、そこに住む文明や生命が絶える事と同義だ。自然現象の問題はあるだろうが、敵性生物などいるはずがない。俺がいた地球が最終的にどうなったか知ら…………ああ。
かつて見た悪夢の光景が脳裏を過り、暗く冷たい激情が内から込み上げる。
「この星のように跡形もないほど崩壊したのならば、ある意味問題はありません。ですが、アレは地獄の跡地のようなものです。あらゆる存在が滅ぼしあった絶望の爪痕。風化した今でさえ、その傷が強く残されています」
俺や美弓が駆け抜けた地獄の光景がそのまま残されているという事か。
人と獣、虫、植物、無機物に至るまでが憎しみ合い、殺し合う狂気の世界。空は割れ、大地が蠢き、巨大な摩天楼が叫ぶ、そこに立っているだけで発狂しかねない地獄だ。……嫌な光景を思い出してしまった。
「……どうも、気軽にという雰囲気ではなさそうだな」
「背景を知った上で研究や特別な目的があるのならともかく、観光に行くような場所ではないでしょう」
……しかしそうか。この星の惨状を見て忘れかけていたが、この世界だって同じ光景が繰り広げられたはずなのだ。その爪痕が残っていないはずもない。アレは数千年規模で遺跡化しようが、怨念として残り続けるだろう悪夢の残滓なのだから。
俺たちがいた地球だって"きっと同じ"。形だけはそのまま、死と怨念の星が今も残り続けているのだろう。
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目的地の中継地点である例のホールへとやって来た。迂回ルートを使うために途中で離脱したスーパーボーグ組もすでに合流済みだ。予定ではこのホールから別の通路を辿り、人工衛星の一角を住処としている五龍将それぞれの元へ向かうらしい。
ただ、ここまでの展開から考えるに、五龍将とやらが大人しく部屋で待っている気がしなかった。有り得そうなのは前回の機龍と同様の待ち伏せ。……天丼ネタとして扱うには微妙なイベントだ。芸人なら同じネタを繰り返す愚は侵さないだろうが、相手は龍である。何が起こってもおかしくはないと、一応警戒して例のホールへと足を踏み入れる。
中に入っても龍の強襲はない。……その代わりに、斜め上方向に理解できないものはあったが。
「時間通りですね。ウチの代表は礼儀を忘れていないようで、感心感心」
ホールのド真ん中には謎の円卓。備え付けられた椅子の一つに、優雅に紅茶か何かを飲みつつこちらを見るヴェルナーが座っている。
……この場所はネタを披露するための場所か何かなのだろうか。訪れる度に変なイベントが発生するんじゃないだろうな。
誰かの仕込みかと他のメンバーを見渡してみるが、全員が困惑しているようだ。位置の関係から、サージェスは良く分からないが。
仕方ないので、代表して俺がヴェルナーに近付いていく。
「……五龍将との面会に、あんたは参加しないって聞いてたんだが」
「その手前に予定が入っていたのが私というわけです。ここに残っているのは……後処理ですかね? あ、飲みますか? 血ですけど」
「いや、血はいらんが」
誰の血だって感じではあるが、単純に迷宮都市で市販されているものだろう。パックから直接飲んでいたロッテと変わらない。これが五龍将の血ですというのならドン引きだが、彼らのほとんどは血液がないらしいし。
「先ほどまでその五龍将と模擬戦をしてましてね。想定以上にハッスルしてしまった結果、ノックダウンさせてしまいました」
「何やってんだ」
「まあ、そう言うな。妾も見ていたが、悪いのはウチの連中だろう」
いつの間にか、円卓の席の一つに皇龍の幻影が座っていた。
一瞬、その姿を晒してはまずいんじゃないかとも思ったが、ヴェルナーも動じた様子はない。良く考えてみればダンマス相手にしている時もこの姿だったし、人間を相手にする際は基本的にこの姿なのかもしれない。
後ろを振り返ってみれば、驚くような表情の空龍がホールの入り口近くに……って、なんで誰も入って来てねえんだよ。面倒そうな事は俺が片付けろとか、そういう事なのか?
「……つまり、その模擬戦で想定外の事態が発生してしまったって事か」
ノックダウン程度なら文字通りどうとでもなるのが冒険者だ。その上圧倒的に強固なフィジカルを持つ龍ならもっとだろう。
ゴブタロウさんならなんの脈絡もなく外道行為を始めても不思議ではないが、この吸血鬼がそこら辺の手加減を誤るとは考え難い。非公式のギルド職員危険度ランキングでもマシな……若干マシな位置にいるし。
「実力を確認した結果、私のほうが強いという事が分かりましてね。彼らのプライド的にそれでは納得がいかなかったらしく、些細な……そう、些細な口論に発展した結果、ダンジョンマスターと同様に一対五の戦闘……模擬戦が開始されました。セメントルールというやつです」
「……色々突っ込みたいセリフではあるが、まさか面会できないほどにボコボコにしてしまったと?」
「はい。さすがに五体相手では余裕がなかったので、かなり血を使ってしまいましたが。おかげで貧血気味です」
当たり前のように肯定しやがったぞ、こいつ。
……頭痛くなって来た。話聞く限り悪いのは向こうっぽいが、そこはヴェルナーの側が抑えるべきだろう。
「後処理というのは、主に渡辺さんへの事情説明ですね。単純にゲートが開いていないというのもありますが」
「はあ……それで、俺たちは予定変更って事ですかね?」
何もなく来た道を引き返すのはアレだが、そういう事情があるなら仕方ないだろう。予定としてはただの顔合わせで、後日改めてって形になっても問題はないし。
「いや、別に死んだわけでもないから、面会がてら見舞いにでも行ってくれるか。起き上がれないような情けない姿を見られるのもいい教訓になるだろう。いや、情けない連中に会う気はないと引き返してもいいかもしれんが」
皇龍も自分の息子相手に容赦ないな。いや、身内だから容赦ないのか?
というわけで、見舞いなのにぞろぞろ大人数で行くのもなんだと人数を分散して会いに行く事になった。
案内役が空龍たち三人しかいないので、それぞれに二、三人ずつ同行し、順番に回る形だ。三人が向かった方向がバラバラなあたり、五龍将が住んでいる場所もバラバラなのだろうか。
「で、俺が最後ってのはどういう意図があるんだ?」
それに同行せずに残る事になった俺は円卓に座り、ヴェルナーに出された紅茶を飲みながら尋ねる。遅刻しそうにはなったが、このメンツの代表のつもりなんだが。
「《 因果の虜囚 》に過剰反応するかもしれんしな。向こうでも銀龍が暴れたと聞く。もちろん奴らも知ってはいるが、そこの男にプライドごとズタズタにされた状況だと、……まあ、ないとは言えん」
「ああ……」
俺と銀龍が一騎打ちした時の反応の事か。あの時は何が起きたのか良く分からなかったが、言われてみれば《 因果の虜囚 》に反応した可能性は高い。模擬戦なのにガチになってたし、俺も半分死にかけだったからな。
「聞いている限り、相当な暴れっぷりだったようですけど、一体何があったらそんな事に……」
何故か他の連中についていかず、この場に残っていた摩耶が尋ねる。わざわざ濁していた部分を積極的に暴きに行くスタイルらしい。
「軽くあしらっている内に向こうがヒートアップしましてね。……煽りにダンジョンマスターへの罵倒が含まれ始めたので、まとめて粛清しました」
「あの豹変ぶりはすさまじかったな。派手でなかなか見応えがあった」
「堪能していただけたようでなによりです」
皇龍と二人で何やらいい思い出のように語っているが、ついさっき起きたはずの出来事である。
……しかし、ヴェルナー相手にダンマスを罵倒したのか。知らなかったのかもしれないが、命知らずだな。
「その五龍将というのがこの世界の準最高戦力だと聞いているのだが、これは純粋に戦闘力のみで判断した結果という事だろうか」
今度は少し離れた椅子に座るベレンヴァールだ。摩耶同様、何故残っているのか良く分からない。
「そうだ。元々は妾のパーティメンバー候補という事で長く生きた龍から順に五体をそう扱っていたのだが、そちらの暦でいう数百年前に色々あってな。以降、レベル上位から五体を候補として扱っている」
「先ほど、空龍が一番上の兄がいると言っていたのだが、その龍は候補ではないという事か」
「……あやつは、すでに戦闘ができる状態ではない。数百年前にあった糞虫との争いで唯一生き残った将ではあるが、その際の代償が大き過ぎた」
糞虫……数百年前の色々って、ネームレスの事か。
「……そうだな。あやつならヌシに過剰反応する危険もないだろう。向こうも興味を持っていたようだし、会ってみるか?」
というわけで、俺を含めた居残り組は龍の長兄さんと会う事となった。皇龍が案内をしてくれるのかと思ったのだが、俺でも分かる場所という事で、彼女はヴェルナーと共に歓談を続けている。
向かうのは以前皇龍と会った謁見の間。そこから直通路が繋がっているらしい。
「それで、お前らはなんで他の奴と一緒に行かなかったんだ?」
今更ながら、一緒について来た連中に向けて疑問を投げかけてみた。ついて来たという事は、特別皇龍やヴェルナーに用事があったという事でもないだろう。
「元々はお前と同じ班にしようと思ったのだが……誰について行こうか悩んでたら取り残されていた」
ベレンヴァールからはなんとも微妙な理由が返って来てしまった。いや、別に誰についていこうが、その場に残ろうが構わないといえば構わないのだが。随分慣れてきてはいるが、まだ微妙な距離感が残っているな。アレか、地獄の無限訓練に放り込めばいいのか?
「サージェス……は別にいいや」
「放置されました。プレイの一貫ですね」
「プレイ言うな」
何故か半裸状態のサージェスも同行している。先ほどまでも床に転がっていたのだが、残していくのも問題だろうと引っ張って来たのだ。
「流れでそうなったのは分かるが、着替えておけよ。パンツ一枚は色々まずいだろ」
「龍の皆さんは全裸ですが」
「彼らは性的興奮を求めて服を着ていないわけじゃないからな。ないなら貸すぞ。体格的にはベレンヴァールのを借りてもいいだろうし」
ベレンヴァールは少し嫌そうな顔をしている。
「そうですね。せっかく用意した余所行きのスーツはボロボロになってしまいましたし、パンツも戦闘用の< 内ゲバ >タイプしか……いえ、ちょうど全身覆うタイプのラバースーツがありました」
「……もうそれでいいよ」
何言っても無駄だろうと、サージェスの意思を尊重する事にした。
サージェスが取り出したのは全身に密着したラバースーツで、体のラインはもちろん局部の形まで分かるようなものだが、頭まで全身隠れる仕様だ。何を考えてこんなものを用意していたかは知らないが、露出度はゼロだし、顔が見えない分むしろ健全かもしれない。
「ふごごー」
そのため喋れないようだが、こちらとしては助かる。……これから会う長兄さんに突っ込まれる可能性はあるが、強引に押し通そう。ちょっと宇宙っぽいし、なんとか……。
……いや、本当にいいのか? 色々感覚がおかしくなっていないだろうか。
元々予定にない非公式面談とはいえ、仮にも代表だ。その代表の一員が顔まで隠れる一体型ラバースーツというのは……いやしかし、パンイチでも全裸でも喋れる状態のほうが失礼という可能性もある。それならいっそ連れて行かないという手もあるが、放置したら放置したで何かやらかしそうだ。……くそ、俺の基準がすでにおかしくなっているのか。何が常識的なんだ。
この中で常識人は……摩耶? いや、どうだろうか。彼女はサージェスとの付き合いも長いから、汚染も進んでしまっている。そうだ、付き合いの短いベレンヴァールなら、異世界人という違いはあっても比較的常識的な反応をしてくれるはず。
そう考えて視線を向けると、なんとも判断に困る曖昧な表情を返された。外国で未知の状況に遭遇した日本人が見せるアレと同じだ。曖昧過ぎて何が言いたいのか分からない。
このまま押し通すのが正解なのか。自分の判断に自信が持てない。……よし、このまま突き進もう。
「で、摩耶もなんとなくで?」
「アレは放置ですか……今更ですけど」
サージェスが着替えてる間、摩耶にも元の話を振ってみた。
改めて聞いてもこの流れだと同じ答えが返って来そうだが、むしろ話題転換にこそ意味があるのだ。現実逃避ともいう。
「私は、何か問題が起きるとすれば渡辺さんの近くだろうと思ったので。ユキさんがいれば別ですが、ボーグさんに乗って行ってしまいましたし」
「ああ、サージェス……あのラバーマンから聞いたが、色々気にしてくれてるみたいだな」
「正直、役に立ててるとは言い難い状況ですけど。……ラバーマンはやめて下さい」
なんで半笑いやねん。ツボに入ったのか。
「気にしてくれてるだけでも十分助かる。一人じゃどうしても視野は狭まるし」
現在、俺の周りで進行している問題は大きなものばかりで、そのどれもが本来個人で対応するようなものではない。
当然負担も大きい。心臓に毛が生えてるどころか鉄でできてるんじゃないとまで言われる俺だが、そんな程度では到底耐えられないような状況である。ラバーマン曰く、摩耶はそんな俺の負担を軽減できないかと動いてくれているらしいのだ。
効果のほどはまだ分からないが、注意の目を光らせている者が多いにこした事はない。ついでにラバーマンの面倒も見てくれると助かるんだが。
-4-
皇龍と会った謁見の間。前回は気が付かなかったが、その入り口から右に向かったところに巨大な扉があった。目算だと大体四メートルくらいだろうか。この謁見の間の入り口を含め巨大な龍が扉を使うとは思えないが、何故か人間サイズでも龍サイズでもない大きさである。あるいは、遥か昔にここを使っていた旧人類の名残だろうか。……ちょっとでかかったとか。
とにかく、ここが皇龍から指定された目的地だ。
「どうぞ」
ノックをすると、何故か極普通の声が返って来た。龍の出す声とは違い、しわがれてはいるが人間に近い印象を受ける。
しかし、中に入ってみるとその疑問もすぐに氷解した。部屋の中で俺たちを待っていたのは、巨大ながらも常識的なサイズの人型だったのだ。
「ようこそ、人の子よ。見苦しい姿ですまないが、歓迎しよう」
巨大な椅子に腰かけた姿は龍というよりも巨人のそれだ。インパクトという意味では、その大きさは大した事はない。おそらくガルドよりも小さいだろう。
目を惹くのはその体躯に刻まれた傷……いや、欠損部。その姿はあまりに痛々しいものだった。
他の龍の中には異形としか言い表せない者も多いが、これはそういう類ではない。これは元々持っていた体を欠損している。
この世界で医療技術が進んでいるかどうかは知らないが、スキルなり魔術なりで治療する手段は持っているだろう。なのにそのままという事は、治せない理由があるという事だ。
「この姿が気になるかね?」
「あ……と、いえ」
思わず話す事も忘れて見入ってしまっていた。気にしているのだとしたら、失礼極まりない態度だっただろう。
「気にする必要はない。この身は恥であるが、誇りでもあり、決して忘れてはいけない教訓だからね」
だが、咎める事も隠す事もしない。それが当たり前のような振る舞いを続ける。
極めて穏やかで儚い、その姿には皇龍のそれとも違う奇妙な存在感があった。
「以前、この身は君たちがネームレスと呼ぶ虫に寄生された。その際、無理矢理引き剥がした結果がこれだ。あまりに深く侵食されていたせいで龍としての機能のほとんどを失う事になった」
その言葉にベレンヴァールが反応するのが分かった。
ベレンヴァールには後遺症のようなものは見られない。俺の目の前で虫を抉り出す時も、一体化というほどには侵食されていなかったはずだ。
寄生されてからさほど時間が経過していなかった事もあるだろうが、ネームレスにとって人質であった事、ゲームの賞品であった事も関係あるだろう。アレは紳士的でもないし義理堅くもないだろうが、強烈な執着もしていなかった。
しかし、グレンさんを中心とするゲームが発生しなかった場合はまったく別の結末を迎えていたはずだ。……これは、ベレンヴァールが辿ったかもしれない可能性の姿でもあるという事か。
「君たちはさほどあの虫に執着していないようだが、アレがこの世界に残した爪痕は大きい。如何に力を封じられたとはいえ、気を許していい相手ではない事を忘れてはいけない」
「それは……そうですね」
操られていた当のベレンヴァールにあまり憎悪の感情は見られないが、アレは相互理解が不可能な相手だ。無害化されたとはいえ、気を許していい相手ではない。ダンマスだって、未知の情報源という要素がなければあっさり消滅させているだろう。
……そういえば、あいつは今どういう状況なんだろうか。まさか、野放しになってたりはしないと思うが。
「我々がこれまで邂逅した異世界の住人もアレと同様、理解し難い者が多かった。意思疎通さえ不可能な相手ばかりで、ようやく話ができる相手と出会った。そこから来る油断が、あの悲劇を生んだのかもしれんな」
「ひょっとして……」
「君たちが五龍将と呼ぶ者の前任は、私を含めすべてあの虫の餌食となった。寄生され、洗脳され、同志討ちを呼び、無数の龍が巻き添えになった。辛うじて生き残ったのは、龍としての機能を失い壊れた私だけだ」
想像以上に壮絶な過去があったらしい。理解し難い存在だとは思っていたが、それほどまでに危険な存在だったのか。
「現在の五龍将はその結果繰り上がった若造共に過ぎない。だから礼儀知らずでも多少はお目こぼししてもらいたいところだね」
「いや、それはどうなんでしょうか」
「はっはっは」
真剣な話から一変してユーモラスな雰囲気になった。思わず乗ってしまったが、それは最初からそういう意図だったのか、空気を変えるために狙ったものなのか。……どうも、これまで会った龍とは違う老獪さを感じる。
「さて、少々イレギュラーな会談ではあるが、何か聞いておきたい事はあるかね? ……いや、その前に自己紹介がまだだったな。私は人龍という。字は人間の『人』だ」
「人……ですか?」
「見て分かる通り、この身は龍のそれではない。空龍たちが行った人化の被験体になったのだが、元々の体がボロボロだっただけに失敗してね。どっちつかずの異形と化した。術そのものは問題なかったようだから、これは単純に私の体の問題だな」
それで人の龍か。
「じゃあ、こちらも自己紹介を。まず俺が渡辺綱。今日この衛星を訪れている者たちの代表を努めています」
「母上と同じ《 因果の虜囚 》持ちだったな。なるほど、確かに近しいものを感じる。……不思議なものだ」
「そして、こちらが摩耶、その隣にいるのがベレンヴァールで……以上です」
「ふごー」
「以上です」
ラバーマンは不服のようだったが、思ったよりもちゃんとした龍だったようなので存在自体を抹消したかった。
「……この世界の情報収集役だから、もちろんそこのサージェス殿も知ってるがね。いや、何故そんな格好をしているかは知らんが」
「ふごー」
そう言われて大仰で優雅な立ち振舞いを見せるサージェスだったが、根本的に駄目なのでフォローにもならない。
「情報収集役……つまり、こちらの情報はほとんど把握していると」
「ああ。今日の来訪者は興味の惹かれる者が多いから、五龍将だけといわずこちらにも来てもらいたいものだ。……だが、特に興味深いのはベレンヴァール殿だな。君はある意味、渡辺殿よりも興味深い」
意外にも人龍が興味を示したのはベレンヴァールらしい。
……パラサイト・レギオンの寄生経験によるものだろうか。痛々しい姿を見てると、口に出すのは憚られるのだが。
「俺が何か……」
「遠く異世界より招かれた召喚者。その異世界とやらは、どれだけ遠いのか。君たちの世界に属さない、その世界を内包するあの虫の管理世界に属さない、更にそれを内包するこの世界にも属していないようだ」
だが、興味の対象は別のところにあるらしい。
「あの虫もそんな事を言っていたが、そう言われても実感は沸かない。……確かに種族的に違いはあるが、それだけなら差異の大きい種族は山ほどいる。俺の世界にしても、ほとんど変わりない人間はいた。改めて興味を持たれるようなものでもないと思うが」
「表面上に大した違いはないだろう。私の興味も漠然としたものだ。しかし、いざこうして会ってみて気付いたが、君のギフト……それは欄そのものがないな?」
「……欄?」
ベレンヴァールにギフトがない事は把握しているが……ステータスカードや《 看破 》上では枠自体は存在しているはずだ。それとも、それは単純にあるはずのものだからフォーマットとして存在しているだけだとか?
「受け入れる部分がはじめから存在していない。おそらく、新たにギフトを得ようとしても弾かれるだろう」
「そうか……周りを見ている限り強力なものが多いから、得られれば大きな力になると思っていたのだがな。後天的に得る事は少ないと聞いていたが、チャンスそのものがないという事か」
それが興味の惹かれる部分なのだろうか。迷宮都市の外にいる、HPがない人たちと大差ない気もするが。
「一見、それはデメリットに感じるかもしれないが、逆に考えればマイナス効果を持つギフトも受け付けないのではないだろうか……と私は考えた。確認する術は今のところないのがもどかしいところではあるが。……思考の発展性がないのは龍の弱点だな」
何が言いたいのか良く分からなかった。ベレンヴァールも理解できていないように思える。
基本的にギフトというのはプラスの効果が多い。マイナスのギフトというと、真っ先に思い浮かぶのはクリフさんの《 超不幸 》だろうか。この世界に来ているグラサン兎二号の《 毛根死滅 》はスキルだし……ああ、サージェスの《 ドMの星 》なんかは捉えようによってはマイナス…………《 因果の虜囚 》も?
「渡辺殿は思い当たったようだが、その特性はダンジョンマスターや糞虫、母上……もっと言えば更に上に君臨しているであろう亜神の呪いめいた力を受け付けないのではないだろうか。もちろん他者のギフトの影響を受けないわけではないだろうが、未知の呪いを直接植え付けられないだけでも一種の保険になる。得体の知れない力でパワーアップする事はないが、その逆もないのは《 因果の虜囚 》持ちの近くにいる君にとってメリットになり得るのではないかね?」
得体の知れないギフトを強制的に植え付けられる事がない。もしそれが本当なら羨ましい事この上ない特性である。……俺の今の苦悩はギフトに振り回された結果なわけだし。
それに、まるっきり根拠がない話ってわけでもない気はする。ベレンヴァールがネームレスに寄生された時、クラスは弄られたがギフトは手付かずだ。加護に見られるように、ギフトへの干渉が亜神たち超越者の権利だとするのなら、より強い力で縛らないのは少し不自然だろう。
「唯一の悪意が望むものは自らの死らしいが、他者にそれを望むという事は自身がその手段を見つけられていない可能性が高い。しかし、自身が管理する世界にあるものを把握していないとも考え辛い。だからこそ、自らの手で創り出し、育てるという手段をとったのだろうが……まったくの管理外世界ならば、その手段があるかもしれない。これが私が君に興味を抱く理由だ」
この場合、実際にあるかどうかは別だ。事実はどうあれ、完全なる未知があれば可能性があると考えるだろう。そして、それは良くないものも呼び寄せる危険を孕んでいる。
「実際、どれくらい離れた世界かは分からないがね。唯一の悪意の管理世界内である可能性だって高い。ただ、それでも君や君の世界に興味を持つ存在は多いだろう。気をつけるといい」
「…………」
おそらく、ベレンヴァールは言われた事の本質を飲み込めていないだろう。
しかし、本人がどうあれ、聞いてしまった以上は無視できないのも確かだ。ここまでのほとんどは人龍の推測だが、可能性は考慮する必要がある。今はあやふやで形のないものかもしれないが、もしかしたらベレンヴァールの存在が強烈な楔になり得るかもしれないと。
-5-
出会い頭に強烈な話題を出されてしまったが、人龍は基本的に穏やかな性格らしい。
口調もそうだが、皇龍を含め他の龍に見られる荒々しさを感じさせない。
「老いというやつかもしれない。龍には本来有り得ない現象だが、それが一番しっくりくる言葉だ」
確かに、相対して感じるのは老人の気配だ。強い情念を感じない。
あるいは戦力以上にそれを失った事が五龍将を退いた決定的な理由なのかもしれない。
この世界における人龍の役割は頭脳だ。
かすかに残った旧世界の情報を集め、集積、整理する事。それには機龍が別の惑星から運んで来たものも含まれる。
決定的なまでに失われた記録の中からわずかに残る情報をサルベージする。有用であるかは関係なく、長い時間をかけて総当りで回収し続けるのが現在の彼の役目らしい。
そこから何かを生み出すのは種族の特性上難しいらしいが、極めて地味で、大変で、尊い仕事だと思った。
「自由に行き来できるようになって以降の話だが、迷宮都市の学者たちと共同で旧世界の情報を集める計画も進んでいる。私の出る幕があるかは分からないが、興味深い試みだと思うよ」
いくら偉い研究者だろうが、数千年単位で瓦礫の中から情報整理を続けた存在を無視はできないだろう。
「という事は、現時点で迷宮都市側の情報について詳細な部分までは把握していないという事でしょうか?」
それを言い出したのはラバースーツから顔だけを出したサージェスだ。話に参加するつもりはあったらしい。
「ある程度は把握している。しかし、やはり表面的な部分の情報が多いね。空龍たちの報告も偏っているし」
やはり偏っているのか。
「私としては、迷宮都市外の風土やそれに基づいた文化などが分かる資料が欲しいところだ。体験談などがあると尚いい」
「それならば私がお役に立てるでしょう。世界各地を旅してましたので」
「それは面白そうだ」
……えーと、何やら意気投合してしまったようたが、いいんだろうか。
確かにサージェスは旅人だ。迷宮都市のある大陸のみならず、暗黒大陸にも足を伸ばしている稀な存在である。しかし、その体験のほとんどは歪んだ性に彩られている。最初に伝える情報としてはいかがなものだろう。
「では、ちょうど資料もありますので、帝国の各地で見られる拷問の違いについてから……」
「おいやめろ」
いくらなんでもまずは国の風土や特色などから始まると思ったのだが、いきなりフルスロットルだった。
いや、それだって貴重な情報ではあるんだろうが、あまりにジャンルが狭過ぎるだろう。前提となる知識はまったく足りない。
クーゲルシュライバーの中での講義で使ったのか、やたら気合の入った資料を取り出すサージェスを取り押さえつつ、人龍の要望を踏まえて説明する内容を選定する。実際に説明するのはサージェスだが、ガワが決まっていればそこまで脱線する事は難しいだろう。
結局、時間との兼ね合いもあり、迷宮都市と王国などの主要国家についての説明を行う事となった。
地図のどのあたりが迷宮都市でどのあたりが王都なのか、どこからどこまでが王国なのかという程度の簡単な内容だ。
勉強というわけでもないので、脱線して俺の出身地であるドルキア山脈の位置を教えたり、ラーディンの小ささや周辺の都市国家群の複雑さについて解説したり、雑談めいた話がほとんどだ。そのほとんどに説明がつけられるあたり、サージェスの旅人としての経験はすさまじいものがあると知った。
意外だが結構な知識人と呼べるだろう。
「本当は大陸の反対側……このあたりから東の帝国領のほうが詳しいんですがね。王国主体の地図だからか、この地図はあまり詳細な情報は載ってないんですよね」
サージェスの出身はリリカと同じリガリティア帝国だ。旅の経験も自然とそちらよりになるのだろう。説明に使っている地図は帝国に関しては王都や大きな領地の情報しか載っていない。
ついでに、暗黒大陸など大陸外の地図もない。世界地図を含め、迷宮都市でもそれらの情報は制限されている。
「あ、帝国の地図でしたら私が持ってますよ」
諦めて簡易地図で説明を始めようとしたところ、意外なところから声がかかった。何故か摩耶が帝国の地図を持っているらしい。
見れば、それは地方の村まで載っているようなレベルの詳細地図だ。むしろ、サージェスが使っていた王国地図よりも詳細である。
その妙に詳細な帝国の地図を使ってサージェスの解説が続く。
「……なんで帝国の地図なんて持ってるんだ?」
同じような情報量の王国地図も持っていれば、遠征などを想定した情報収集とも考えられるが、持っているのは帝国だけらしい。
「ティリアさんの足取りを追う作業のために買ったんですよ。もっとも、新たに分かる事はありませんでしたけど」
「ああ、例のいつ覚えたか分からない《 再生 》の話か。俺も聞いたけど、やっぱり分からないままだったんだよな」
ガルドに言われて軽くティリアに聞いてみたのだが、大した事は分からなかった。
分かったのは帝国各地のオーク生息情報とティリアのぼっちっぷり、あとは迷宮都市に来るまでの大まかな道筋くらいだ。
……あいつ、ビビるほど人と接触していないんだよな。同業者ですら、合同の仕事くらいでしか話してないっぽい。リリカも似たようなものだが、あいつはコミュニケーション自体はとっていたっぽいし。
「しかし、ずいぶん熱心に調べたんだな。書き込みもすごいし。あの黒丸ってティリアが拠点にしたところだろ?」
「いや、そんなには。使ったのもせいぜい事前調査と本人に聞き込みをした時くらい……で……」
「ん?」
変なところで会話が途切れた。横を見れば、虚空を注視する摩耶の顔がある。
「なんか今になって気になった事があったとか?」
「いえ、……なんでもありません。上手く言えないんですが、何か忘れているような気がして」
「そうか、そういうのめっちゃ気持ち悪いよな」
本人に直接してはっきりしなかった事と、現在進行中の問題と関連性がなさそうという事で特別アクションを起こしていなかった話だが、この件もガルドが気にしている以上無視はできないだろう。
『お前さんが気付いてるのか気付いていないフリをしてるのかは知らんが、あやつが抱えてるものがそれだけであるはずがないだろう』
スキルだけでなく微かに見られる不自然な言動、ガルドはそれに対して踏み込むべきか悩んでいた。
あの師弟には会っていない空白の期間が存在する。ならば、違いがあるとすれば迷宮都市に来る以前の経験によるものと考えるのが普通だろう。
ぶっちゃけ俺の場合、ガルドが感じているほどには違和感は感じられていない。ティリアがあまり過去の事を話題に出さないのもあるが、俺自身人の過去に干渉しない方針なのも原因だろう。
しかし、ここまでの経験で細かい違和感は感じている。
死地における過剰なまでの自己犠牲精神とタンクとしての拘り、こうあるべきという理想を実現するための行動が極端だ。しかし、それはサージェスなども同じで決して有り得ないとまではいえない。《 再生 》にしても、習得の過程が抜けているだけで有り得ないものではない。
オーク陵辱趣味は昔からなんだっけ? トマトちゃん、エロ同人誌、エロゲーに声優のバイト……やべえな、ロクな情報がない。
違和感といえば、あいつの存在自体が違和感と言うしかない。基本的に逸脱してるから、違和感が仕事をしていないのだ。むしろ、普通の感覚を見せられたら違和感を感じるだろう。
性格はそんな逸脱した状況からの普通っぷり。人間を性的な対象として見ていないから、かなり無防備で危なっかしい。抜けているところやドジな部分もあるので、周り……特に摩耶がフォローする事がほとんどだ。年齢は逆だが、その関係は仲の良い姉妹のそれに似ている。
あとは……ぼっち気味? 仕事の関係者で飲みに行ったりとかオークの声優に振られたとかは聞くが、あんまり友人と遊びに行ったりとかは聞かない。せいぜいクラン員の誰かと一緒に出かけるくらいだ。
「……ん?」
何か引っかかるな。……ぼっち体質が?
あいつがぼっち体質なのは今更だ。パーティを組む前からどころか、外で冒険者をやっていた時もほとんどがソロである。なら、何が引っかかる?
『はい、種族とか性別が前世と乖離している場合は、最悪、名前とかの情報が残るだけって聞きました。私は前世とかないんで実感ないですけど、そういうのを調べてる人に話を聞いた事があるんです』
……あの時のセリフか?
そういえば、会って間もない時期……地獄の無限訓練の時だから特に何も感じなかったが、今にしてみれば微妙な違和感があるな。
話題の流れとしてはいい。ティリアにとってはほとんど正体不明のトマトさんが前世の記憶を持ったまま別種族として生きているのだから、それを有り得ないと指摘するのはおかしな話じゃない。知っていれば極自然な突っ込みだろう。
しかし、ティリアティエルという人物像を良く知った上で振り返ると、そもそも『転生』という単語が結び付かない。
あいつ自身は転生者じゃない。精霊であるガルドもそうだ。オーク趣味も関係ないし、ついでに言うなら、普段もその手の話題がティリアから出てくる事はない。
迷宮都市に来て講演か講習か……あるいはテレビなどで聞いた情報に対して『そういうのを調べてる人に話を聞いた事があるんです』などと言うだろうか。となると、ぼっちティリアに友人……かどうかは知らないがそういう知人がいたという事になる。
……転生について研究している人なんて、そんなにいるんだろうか。迷宮都市ならいるのか?
「ティリアの関係で転生関連の学者がいるって聞いた事ある?」
「えーと、ずいぶん限定的ですね。私は聞いた事ないですけど。少なくとも話題に上がった事はないです。……というか、友人関係の話自体があまり……」
悲しい事言うなや。
「いやさ、前にそういう人に話を聞いたって話題が出たんだけど、迷宮都市の外ではそんな酔狂な学者はいないよな?」
「いない事はないでしょうけど極少数でしょうね。ティリアさんにそういう知人がいたら、話を聞いた時に出てきそうなものですが」
「故郷の村では?」
「交友関係はかなり限定的だったとは聞いてます。そもそも地方の漁村にそんな人がいるとも思えませんが……ないとは言えないですけど」
可能性として有り得るのはそれくらいか。
「直接本人に聞けばいいか。……なんだ?」
「え?」
「いや、手」
「あ、あれ? すいません」
いつの間にか、手首を掴まれていた。つい触れてしまったとかそういうレベルではなく、かなり強くだ。これは何かの意思表示だろうか。自分が手がけた案件だから最後までやりたいとか。
「まあ、大した違和感じゃないが、気にはなるしティリアに聞いておいてもらえるか? すぐじゃなくていいから」
「あ、はい……」
何か奥歯に物が挟まったような返事だ。ちょっとらしくないが、疲れてるのだろうか。
「あー、アレだぞ。クラン内で色々細かい担当してくれるのはありがたいが、それはお前も対象なんだからな。何かあったら言えよ」
「そ、そうですよね。はい」
ここで新たに問題が増えたらどうしようかって感じではあるが、問題があるならスルーするわけにもいかない。
……そういえばサージェスが説明を始めてから結構な時間が経つが、未だに連絡がない。
五龍将と面談する番になったら空龍から《 念話 》が入る手はずになっているんだが……。
――――《 渡辺様、お兄様たちとの面会ですが、申し訳ありませんが少し時間がかかりそうです 》――
と、考えていたところにちょうど《 念話 》が届いた。
――――《 なんかトラブルか? 》――
――――《 トラブル……といえばトラブルです。どうも、無礼な口をきいたら自身の敗北動画を延々と再生する仕組みが用意されていたみたいで、界龍お兄様がちょっと発狂気味に…… 》――
……あの吸血鬼なにやっとんねん。
――――《 でも、いい薬かもしれませんね 》――
空龍さんの身内に対する扱いが段々雑になってきたぞ。
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