第1話「穿道に眠るもの」




-1-




『結果から言えば大正解だったぞ。……あきらかに崩壊の原因と分かるシロモノを発見した』


 ……それはあまりにも予想外な展開だった。

 ダンマスたちが規格外なのは重々承知しているから、< 地殻穿道 >をほぼ攻略済みというのはまだ分からないでもないが、ここまで散々警戒し、対策を検討してきたものがあっさりと特定できてしまうのは肩透かしというより他はない。

 それでは、事前情報さえあれば力押しで対処して終わりにできるものだったという事になる。避難計画や準備が無駄になるのは別に構わないが、この一連の流れはそんな簡単な話だったというのか?


「……マジで?」

『マジで』


 マジかよ。……そうか。

 いまいち状況を理解できていなそうな皇龍は『今のやりとりに意味はあったのか』と言いたそうな顔をしているが、思わず無意味な事を聞いてしまうくらいの衝撃だったのだ。

 ここで嘘でしたーって言われても、それはそれでキレる自信はあるが。


『ちなみに、見つかったのは超圧縮されたエネルギーの塊だ。あまりに強力過ぎ内部がどうなっているかも分からないが、星くらいは軽く破壊できるエネルギー量が計測されている』

「正体が分かったわけじゃないと」

『ああ。ついでに言えば、見つけただけで対策できたわけでもない。< 地殻穿道 >の攻略を途中で止めてるのも、それが起爆トリガーになってる可能性もあるからだな。下手に手を出したらボンッて可能性は高い』


 ……そうか。トントン拍子には違いないが、そこまで簡単な話でもなさそうだ。

 そもそも正体不明で爆発するものなのかどうかも分からないが、エリカの世界における時系列を考えれば、攻略がトリガーになっているというのも有り得る話だ。

 迷宮歴〇〇二五年四月にダンマスと領主さんの二人が< 地殻穿道 >に突入し、最短最速で攻略した事によってトリガーが引かれ、知らない内に起爆して星が崩壊したって流れで説明は付く。それなら原因不明だ。

 だが、それが実際にあったとしても、ダンマスたちが行方不明になった事をはじめ説明が付かない事も多い。まったく関係なさそうな……ダンマスがいない平行世界が滅びている事、そもそもなんでそんな危険物がそんなところにあるのかもさっぱりだ。である以上、迂闊に手は出せない。エリカの情報からすれば、原因っぽいものを発見しただけでも大きな前進ではあるが。


『未制圧ダンジョン内だからリアルタイム映像は見せられないが、動画は撮ってきたぞ』


 ダンマスがそう言うと別の宙空ウインドウが表示され、そこには植物のようなもので構成されたフロアが映されていた。

 その中心に煌々と輝く光の珠が浮かんでいて、良く見ればゆっくりと脈動しているのが分かる。一見するとただの光でしかない。

 ……しかし、それは見ているだけで不安になるような、そこに存在する事を許してはいけないような、そういう類の感情を想起させた。


『フロアはそれなりに広いが、光球のサイズはせいぜい直径五メートルほど。ダンジョンボスやモンスターのレベルからいってもあきらかに異質なエネルギー量。フロアにしてもここだけが構造が違う。ついでに、かなり緩やかではあるが膨張してる。少しでもダンジョン攻略に関わった経験者なら、一目で分かるくらい異常だ』

「中心……核になってる部分に何かがある可能性は?」

『下手に手を出すわけにもいかんから調査の手段も限られるし、現時点じゃそれすら分からん。何かあるって前提で調査はしてるが』


 物理的に隔離されているわけではなさそうだが、触れられない、近付けないという制限があったら調査手段は限られるな。


「横から口を出してすまんが、それが爆発して直撃を受けたとして、ヌシが死ぬとは思えんのだが」


 この件に深く関わるつもりのなさそうだった皇龍が口を挟む。それは、ダンマスと同じ超常の存在であるが故の疑問だろう。


『……最大限に見積もっても、俺たちが死ぬ事はないな。HPすらロクに削れないと思う』

「あんた、どういう体してんだよ」


 ……しかし、そういう謎もあるか。そもそも、エリカの世界でもダンマスは死んでいない可能性は高いが、星の崩壊に関わっていたのなら、行方不明になる原因はそこにあると考えるのが普通だ。


『いくら高出力でも、真っ当な現象だけじゃ俺たちは傷付かないって事だ。それは皇龍も同じはず』

「妾ならそうだな。亜神でも、ウチの雛っ子どもでは怪しいが」

『単純なエネルギーだけでなく、中に特殊な何かがあって……あるいはいて、そいつが未知の能力を持っている可能性だってある。なんの脈絡もなくエネルギーだけがあると考えるほうが不自然だ』

「未知の能力……《 宣誓真言 》とか?」

『ディルクからもう聞いてるのか。……そうだな、アレなら俺たちでも滅ぼし得る。というか、理論上滅ぼせない存在はない。……ただ、あんなものを使える奴がそうそういるとも思えないし、ただ使えたからといってどうにかなるものでもない。クーゲルシュライバーの掘削用ドリルのほうがまだ現実的だ』


 そりゃ、落ちないリンゴを創るだけじゃダンマスは殺せないよな。もしそれを実現するなら、そういう目的に沿ったピンポイントな方向性と途方もない強度の認識が必要になる。


『アレも……他に使い手がいないはずはないんだよな。ディルクが創ったスキルじゃない以上、どこかに創始者は"いる"はずなんだ』


 普通に考えるなら生きているとは限らないが、時間を無視して繋がっている以上、いた、という過去形にはならない。

 少し迂闊な発言だったが、《 宣誓真言 》に興味を持つかと思われた皇龍に変化は見られない。あるいはすでに知っているのかもしれない。


「そいつの調査は続けるとして、今後の方針は?」


 どこかに移動するのは、……下手な刺激与えかねないから危険か。


『これが爆発した場合の規模を計算して、それを押さえ込める数倍……できれば数十倍の強度で那由他が障壁を張る。その上で刺激しないように解析って流れになりそうだな。調査の結果次第ではあるが、本格的な避難活動に移るのはまだ早い。警告された最速の時期より半月ほど早いし』

「どんな強度になるんだ? いや、いくら強力な結界だろうが安心はできないんだろうが」

『俺の全力でも数発じゃ抜けないくらいの壁を百層くらい?』

「そりゃまた……」


 なんと分かりやすく、理解不能な強度だろうか。

 星を壊せる人が全力で張る障壁ならさすがに……最悪、その分の威力は抑えられるだろう。

 まだ三月中旬に入ったばかりだ。時限式であっても時間に余裕はあるから、時間のかかる対策でも問題はない。渡る石橋は限界まで補強したいところだ。


『とはいえ、それさえも貫通してくるようなものである可能性だってないわけじゃないし、俺たちじゃ対処不可能なものである可能性だってある。その場合は大人しく避難だな。……ギリギリまでなんとかする気ではいるが』

「そのギリギリのライン……タイムリミットは?」

『対策の目処が一切立たない場合は余裕を持って三月末、遅くても四月頭には見切りを付けるつもりだ。エリカの世界では月に避難できるくらいの期間があったはずだから、実際にはもう少し余裕はあるかもしれないが』


 ……エリカからもたらされた崩壊時期を考えると、手立てがないまま四月に突入してしまうのは危険域だろう。平行世界での崩壊時期も数日単位で差があるようだし、ラインとしては妥当といえる。

 もう少し余裕はあるかもしれないが、そこまで対策が立てられないようなら避難に当てるべきだろう。


『時間に余裕がある内に対策の目処が立った場合、即実行じゃなく、この通信を通じてツナ君に説明した上で実行したいと思っている』

「《 因果の虜囚 》の勘も見ると?」

『一応な、一応。ちなみに、ここまでの話で違和感はある?』


 違和感と言われれば、あまりに早く原因……原因っぽいものが見つかったのが違和感ではあるが。


「その光を見た時、強烈な不安を感じた。そこに在る事を許してはいけないような、宿敵を前にしたような焦燥感や、怒り……悲しみ……自分でも良く分からないくらい負の感情を揺さぶられる」

『程度は分からんが、同じようなものは見た全員が感じてるな。おそらくそういう未知の力が働いてるんだろうが……これが何か重要なものであると感じるのもそのせいだろう』


 勘だけでいうなら、これが原因だと断言できる。それほどに巨大な存在感を持っている。しかし、その一方でこれだけなのかと疑問視しているのも確かなのだ。俺の試練……死の煉獄はその程度のものなのかと。


「世界間の通路が安定して避難所の設営さえ終われば、クーゲルシュライバーの往復は五日くらいって話だったよな? 避難便は3~5回くらいってところか」

『ああ。あと、それについては少し朗報がある。空間掘削機能はないが、亜空間とそちらの環境に耐えられるだけの大型旅客機なら用意できるって話が技術局から上がって来てるんだ。テストすらろくにしてない試作品だが、これで避難可能な人数上限は跳ね上がる』


 それは確かに朗報だ。……最悪の事態が多少マシになるかって程度のものではあるが、ないよりは遥かにいい。


『第二便以降の話になるが、世界間の穴が完全に安定すればクーゲルシュライバーなしでの航行も可能になるかもしれない。いよいよとなったら安全性度外視で強行する事になるかも』

「という事は避難計画も続行と」

『むしろ規模の拡大が必要かもしれん。……まあ、上手く回避できてもそっちの世界とは継続的に交流するつもりだから、施設を造っても無駄にはならんし。できれば龍が使うダンジョン関連の設備なんかも移動したい』


 言われてみれば、災害対策の避難所があって困る事はない。土地がないならまだしも有り余ってるし。

 現地責任者の都合もあるだろうと皇龍に視線を送ってみたが、特に問題はなさそうだ。


「好きに使ってくれて構わん。この交流からして、こちらの利しかないような話であるしな。例のトーナメントも普段まったく喋らない連中がはしゃいでいたようだし、変な名前付けられてもいい経験になるだろう」


 おっと、ここで糞龍さんのインターセプトだ。弁解の用意はしてないぞ。


『……えっと、ツナ君そっちでなにしてるの?』

「俺、無関係、悪いの、ユキさん」

『なんで片言やねん。問題ありそうだったら止めろよ。保護者だろ』

「保護者違う。……大元はともかく直接の原因は現地の龍だし、大丈夫」


 ……多分。


「特に問題はないように思えるがな」


 糞龍さん自身も現時点では大した問題だと思っていないかもしれないが、後々までの事を考えるとどうしてもね。

 この数ヶ月で激変した空龍たちを見るに、迷宮都市の文化に触れたら価値観がガラリと変わる。人型と龍の違いがあったとしても、糞龍さんが名前の大事さに気付く可能性は高いだろう。俺だったら、『お前の名前、今日からうんこマンな』とか言われたらグレる自信あるぞ。


『まあ、何かあったら責任者のヴェルナーを折檻するとして……こっちはそんな感じだ。現地の連中には情報共有しておいてくれ』

「了解」




-2-




 そうして翌日。情報共有を済ませ、個別に細かい説明を行いはしたものの、特に予定の変更もなくスケジュールは進む。

 問題はないのに心中の不安だけが膨らんでいく。もしダンマスが何も発見してなくても同じだろうから、結局は俺の心の持ちようという事になるのだが。


「はー、すごいねー。ここって昨日何もなかったのに。相変わらずというかなんというか」


 無機質に立ち並ぶ建物を眺めてユキが感嘆も声を上げる。これはクーゲルシュライバーの発着場近くに設営された仮宿舎だ。クーゲルシュライバーに乗船していた冒険者向けに造られたものである。


「仮宿舎とはいえ、一日で建てるのはすごいよな」


 冒険者が使う簡易コテージやテントのようなものではなく、れっきとした集合住宅である。

 灰色で飾り気のない、如何にも間に合わせで造りました的なものではあるのだが、住むだけなら問題なさそうだ。

 また、いつの間にかクーゲルシュライバー自体の格納庫も出来上がっていた。そっちもビックリである。


「これで地下もガンガン工事してるんでしょ? あっという間に街ができそう」

「むしろ地下がメインらしいぞ。万が一の時に嵐の影響を受け辛いようにって」


 高重力はどうしようもないが、可能なら安全性の高い場所に建てたいというのは当然だ。

 となると当然嵐の中でも吹き飛ばなかった大地の下が有力だが、地下は地下で色々問題はありそうな気もする。少なくともある程度の安全が確認させるまでは、一時的とはいえ一般人の転居は避けたいところだろう。

 今回こうして実験的な仮宿舎が用意され、転居が進められたのは主に冒険者だ。万が一の際に、少しでもこの星の環境に適応できる"かもしれないから"という理由かららしい。

 現在遠くで工事している建物が一般人向けの宿舎になる予定らしいが、地上部分はほとんどガワで、メインの設備はやはり地下らしい。冒険者はテストのために地上に住みなさいというわけだ。解せぬ。


 一時的な転居なので、荷物はバッグ一つ程度だから引っ越しという気分でもない。ほとんどの荷物はクーゲルシュライバーに残したままだ。どちらかと言えば旅行先でホテルを借りるような状態で、《 アイテム・ボックス 》のある冒険者の中には一つも荷物がない人もいるだろう。

 そんな中で俺に割当てられた部屋は極めてシンプルなワンルームだった。最初から最低限の家具は用意されているが、如何にも大量生産品を設置しましたといわんばかりのシンプルさである。かつて借りた寮の部屋と比べても遥かに殺風景。色も白か灰色ばかりで、ついでに窓の外も延々と続く荒野である。


「……まったくおんなじだね」


 俺の隣の部屋を割り当てられたユキが覗きに来たが、やはりどの部屋も同じらしい。

 実験の意味合いもあるから仕方ないのだろうが、できればクーゲルシュライバーの客室に戻りたい。


「トイレは共用のが各階に一つ、キッチンに至っては共用すらなし、当然お風呂もシャワーもないと」

「その辺はクーゲルシュライバーに戻れって事なんだろうな。とりあえず寝る時はここにしろって事か」

「よし、この実験はツナに任せるとしてボクは船のほうに……」

「戻るな」


 俺だって嫌だが、お前この話が来た時は真っ先に手を上げたじゃねーか。


「もう少し日当たりのいい部屋が良かったな」

「そもそもどこも太陽射し込んでないがな」


 結界が放つ光がある分、地下よりはマシといったところだろうか。別に暖かくはないが。


「それで、このあとの予定は何か聞いてる? うわっ、ベッドも硬い……というか、寮のやつと同じなのかな。最近自分のベッドや客室のやつばっかりだから分かんないけど」


 部屋のベッドにユキが腰かける。部屋はもういいから別のところに行こうという催促だろう。

 全体の予定としては今、龍の代表がクーゲルシュライバーに来て挨拶兼見学会を行っている最中で、午後からは専用に用意した広場で交流会という名のド付き合い……もとい模擬戦が行われる。これは希望者だけだ。

 あとは、主に芸術関連のお披露目という事で音楽や絵画、彫刻などの発表会のようなものも行われるらしい。これは空龍が希望したものだそうだ。

 つまり俺たち個人の予定は特になし。個人的な挨拶については各々自由に行って、問題があれば適宜ヴェルナーかグレンさん、あるいはクーゲルシュライバーの職員に連絡して指示を仰ぐと。


「明日の午前中に五龍将っていういわゆる幹部と会う話になってるが、今日は何もないな」

「せっかく来たのに、船の中で待機してたのと変わらないのか」

「降りても何もないぞって言っただろ」

「そうだけどさ」


 この世界間交流にしたって、別に俺たちは代表というわけじゃない。裏で深く関わってはいるが、代表は別にいて、メインで応対する人員も用意されている。"何か"があるまでは表に出張る事はないだろう。

 それはそうとして、皇龍や五龍将といったメインどころには顔を繋いでおく必要はあるし、ダンマスとの定時連絡として例の人工衛星まで行かないといけない。


「観光もなー、どこ見ても同じ風景だし、気が滅入りそう」

「名所ってわけじゃないが、一応見どころはあるらしいぞ」


 大自然……というか自然すらないような場所ではあるが、嵐を無視して見て回れるなら観光地になりそうな場所はある。

 結界の外、遥か数千キロ離れた場所にそびえ立つこの星最大の丘陵……というか山や、同じく数千キロ離れた場所にある地面の亀裂『大断崖』、コロコロ場所は変わるが嵐の中でも特異点的風速を誇るものが見られたりもする。あと点在する謎の樹。


「俺たちでも行けそうなのは……皇龍のいる人工衛星とか? 宇宙旅行やぞ」

「それは興味あるけど、ボクらみんなあとで行くんだよね?」

「予定では明日だな。この星の地上よりは観光地っぽいぞ」


 ひょっとしたら、道中のホールで突然勝負を挑まれるサプライズがあるかもしれない。

 訪ねて行った五龍将が襲って来る可能性もあるが、さすがにそれはないと思いたいな。


「身近なところだと、外で戦闘訓練してたら龍が寄ってくるらしい」

「……そのまま模擬戦になりそうだね」


 模擬戦は他のところでやってるが、それだけでカバーし切れるはずもない。龍のみなさんは気が長いという話だったが、目の前に珍しい相手がいて我慢できるほど辛抱強くもないのだ。特に選考から漏れたような龍は見学だけで満足しようもない。だから訓練してるのを見たらついつい襲いたくなっちゃうのだろう。




 というわけで、俺たちは微妙なラインナップの中でも穴場となりそうな場所に向かう事になった。

 ……グレン夫妻に用意された幹部用宿舎である。


「ようこそ。……といっても、見た目通り大したものはないが」


 そこでは、他の冒険者よりも早めに移動したらしいグレンさんが出迎えてくれた。奥さんは一般人なので、まだクーゲルシュライバーの中にいるらしい。


「……なんというか、待遇の格差を感じる」


 目の前……冒険者用の仮宿舎から少し離れた場所に用意された幹部用宿舎は、豪邸とはいわないまでもちゃんとした一軒家だった。

 < アーク・セイバー >クランハウス内にある邸宅に比べれば雲泥の差だし、景観もアレな感じではあるが、ガウルが借りている家よりも箱物としては立派だ。各ギルドマスターや代表格とその家族にはこういう家が用意されているらしく、ここら辺の建物は大体みんな同じ形である。

 それを見て、ユキさんは不満なようだった。


「私はしばらくこちらに残るが、妻と合わせて不自由ない程度には整えないといけない。クーゲルシュライバーが往復している間に何かあっても困るしね」

「龍が突っ込んできたりとか?」

「……ありそうな話なのが困る。昨日、早速同格の……亜神化していない中で上位の龍に勝負を挑まれたんだが、彼らはあまり周りに注意を払わないからな。仕方ない事だというのは分かるのだが……」


 グレンさんはすでに龍の歓迎を受けていたらしい。


「あれ? な、なんか庭があるよ!!」


 よほど意外で目を引いたのか、挨拶もそこそこにユキは目に入った庭……庭へと歩いて行ってしまった。


「勝負的にはどうだったんですか?」

「あ、ああ。かなり変則的な模擬戦ではあったが、亜神化していない龍相手なら私でも問題なく勝てるな。それ以上となると……特に例の五龍将はさすがに格が違う。アレはヴェルナー殿に任せるしかない」


 ある意味予想できていた事ではあるが、Lv100付近までいけば種族の差は埋まるものなのかもしれない。

 更に言うなら、ダンマスの手が入った無限回廊を攻略している冒険者の場合は同階層付近の龍と比べてベースレベルもかなり高いそうだ。種族的な土台の上でかなりの差があるとしても、それくらいで覆し得るという事だな。あまり具体的な想像はつかないが。



 ユキを追って庭へとやって来た。

 家の中からでは良く分からなかったが、そこにはいくつかの樹や観葉植物、池があり、地面には芝生が敷かれている。なんというか、普通の庭だ。


「すごいね、久々に緑を見た気がする」

「クーゲルシュライバーの中にあっただろ。あと< 黒老樹 >」

「アレはなんか違う。……いや、周りに何もないところにこうして緑があるとさ、すごく目立つよね」


 たかが庭でもユキが興奮しているのは分からないでもない。白黒灰色がメインな世界でそこだけ色彩が違うのだから。だが、こんなところに植えて大丈夫なのだろうか。ある程度調整したとはいえ、ここが死の大地である事に変わりはないのに。


「これは長期滞在者向けのサービスでもあるらしいんだが、基本的にはどれくらい手を入れればこの世界で生物が生きられるかの実験を兼ねているらしい。とはいえ土壌はほとんど総入れ替えしてるし、そこの池は空だがな。今のところは本当にただ持って来ただけという感じだ」

「交流が続けば、こちら産の食料なんかが迷宮都市で売られる可能性もあると」

「地下では魚の養殖試験もしているし、家畜も何種類かはこちらに来ているそうだから、ないとは言えんな。先は長そうだが」


 品質が大した事なくても、物珍しさで売れそうではある。今のままだと産地偽装のようなものだが。


「開発計画を見る限り、かなりの広範囲に渡ってテラフォーミングする予定のようだ。計画だけだが、この星以外にも手を出すつもりもあるらしい。ダンジョンマスターは王国や帝国にあまり近寄りたくないようだし、ひょっとしたら今後はこっちがメインになるかもしれんな」


 確かに他文明圏との交流は本来面倒臭いものだ。実際クレストで失敗しているらしいし、無傷の圧勝とはいえ内戦も起きている。

 こちらの世界は脳筋な龍がメインで極悪な環境ばかりという要素はあるものの、逆に言えばデメリットはそれだけだ。迷宮都市の技術があれば無駄に友好的なこちらを優先したくなってもおかしくはない。

 ……加えて、この世界にはおそらく龍以外の先住生物は存在しない。開発を進めたところでかち合う事もないだろう。


「塀があって見づらいが、向こうに少し行ったところには大型の人工湖も造られている」

「へー」


 ユキは興味深々で塀をよじ登……らずに飛び乗った。なんてはしたない。


「おー、ほんとだ。でっかい湖ができてるよ!!」


 追うようにして塀に近付いて向こう側を覗いてみれば、荒野のド真ん中に不自然な巨大湖が出来上がっていた。そこでは何匹かの小さめの龍が雄叫びを上げながら水浴びをしているのが見える。……何考えているのか分からんが、多分楽しいのだろう。


「うわっ、つめたっ!!」


 その内の一匹が勢い付けて飛び込んだせいで、水しぶきがここまで飛んで来た。俺は塀の上にいたユキを盾にしたが、当の本人はずぶ濡れである。

 ……あれだけ何も裏のなさそうな相手なら、こちらを優先したくなるかもな。少なくとも陰謀渦巻く外交とは無縁だ。




-3-




 何事もなく時間は過ぎる。太陽が見えないからいまいち実感は沸かないが、艦内調整時間的にはもう夜中だ。

 仮宿舎に設置された硬めのベッドに横たわり、飾り気のない天井を眺める。


 問題解決に至ってはいないものの、星の崩壊の原因は特定した。アレが原因でない可能性はあるが、画像越しに見ただけでもあれほど不安を煽ってくる存在が無関係とも思えない。アレ以外の原因がないかの調査は続けるわけだから、不安視する事はないはずだ。

 あれが星の崩壊の原因であると、俺の中の何かが訴えてるような気さえする。


 普通に考えるならすこぶる順調といっていいだろう。このままなら何も問題はない。

 そう、正解を導き出したのなら問題はないはずなのだ。調査の結果、たとえダンマスたちに対処ができないものであったとしても、時間に余裕ができ、最低限以上の避難は行えるのだから。

 問題は根本的な部分……本当にこれで解決としていいのだろうかという事。……そんなはずはない。ここまで散々指摘されてきたように、これが《 因果の虜囚 》が導いた試験だとするのなら、何事もなく終わるはずがない。……しかし、ならば何が起きるのかといっても思いつかない。

 アレが単純に爆発しただけではダンマスたちが用意した対策に阻まれて終わり。その防御を貫通する何かであったとしてもダンマスたちが死ぬ事はない。未来では行方不明という事実から転移関係の罠って可能性も考えたが、そんなものを想定していないとも思えない。


 なら、あの中には何かがいて、あるいはあって、それがダンマスたちを殺し得るものだという可能性が一番自然に思えるのだ。そう仮定するならば、それはエリカの世界でダンマスと領主さんの二人をどうにかした力という事になる。


 確信がある。……まだ何も始まっていない。しかし、その始まりはすぐ近くまで迫っていると。

 《 因果の虜囚 》がそう囁きかけている。本人に自覚はないだろうが、皇龍が自身の死について言い出したのも同じ原因によるものなのではないかと感じてしまう。

 考えれば考えれるほど、不安は募る。好材料しかないのに、そのすべてが見せかけに見えてしまう。

 多分、ここまで不安視しているのは俺だけで、隣の部屋のユキは何事もなく寝入っている事だろう。


 俺はあの光と直接対峙しないといけない。そんな使命感にも似た何かが芽生えている。

 第二便以降もクーゲルシュライバーに乗る予定だったが、ここは戻ったら一度ダンマスに連れて行ってもらう必要があるかもしれない。画像ごしでは分からなかった事も、直接見ればまた違うだろう。




 一向に眠りにつく事ができなかったので、諦めて部屋から出る。

 目的地はクーゲルシュライバーの訓練場だ。とりあえず体を動かして疲れたら眠くもなるだろうという考えからの行動である。

 徹夜や睡眠不足は好ましくないが、一日程度でどうにかなるようなものでもない。体を動かすついでに、そろそろS6のシミュレーターに手を出してもいいかもしれない。ウチで未だ挑戦していないのは俺だけだ。


「なんだ、珍しいな」


 しかし、訓練場には先客がいた。最近いいところのない狼、ガウルさんだ。技の訓練でもしていたのか、目の前のカカシはボロボロである。


「ツナか。……珍しいか? 全体訓練以外でも頻繁に使ってるんだが」

「いや、リグレスさんと一緒じゃないのかって」

「あの虎と四六時中一緒にいるみたいな言い方するんじゃねーよっ!!」


 航行中は大体一緒にいただろうに。同室な上、特にこの訓練場で見かけた時はほとんど模擬戦中だったはずだ。ガウルたちはまだ仮宿舎に移動していないから同室のままだろうし。


「あいつなら部屋ででかいイビキかいて寝てる。耳栓しても振動が伝わってくるレベルだから、逃げ出して来たんだよ」

「ああ、クロがそんな事言ってたな」


 つまり、ガウルも寝られなくてここに来たって事か。仮宿舎の利用に立候補すれば良かったのにと思ったが、何か見えない権力で弾かれた可能性はあるな。同室の虎さんとか。


「航行中はどうしてたんだ?」

「あいつがいねえ時に寝たり、ロビーで寝たり、シアタールームで寝たりだな。起きたらサージェスのドM講座が始まってた時は泣きそうになった」

「それは確かに嫌だな」


 変な夢見そう。


「暇なら訓練付き合え。死ぬほど疲れればどこでも寝れるだろうさ」

「俺は環境的な問題で寝れないってわけじゃないんだが……」


 ベッドは硬いが一人部屋だし、そもそもクーゲルシュライバーの客室でもユキさん静かだったし。


「模擬戦でもいいが、どうせならS6のシミュレーター使わないか? そろそろ挑戦しようと思ってたんだが……あれ?」


 訓練場に併設されているシミュレーターの方向を見れば稼働中だ。こんな時間に誰かが使ってるのだろうか。


「お前らがセカンドって呼んでるこの船の管理AIだ。なんか、専用の体があるんだとよ」

「会ったから体があるのは知ってるが、あいつが使ってるのか」

「普通のシミュレーターかS6かは知らねえが、もう一時間以上前から使ってるぞ」


 意外ではあるが、別におかしな話ではないのか。本人は戦闘できると言っていたし、そのスペックはエルシィさんを基準にしているとも言っていた。アンドロイドの体がどうなっているのかは分からないが、扱い慣れていない義体を使いこなす訓練をするのは極自然な事だろう。

 最悪を考えるなら、予備とはいえ戦力が増えるのは助かる話だ。


「そろそろ終わるんじゃねーか? 昨日は大体このくらいの時間に終わらせてたはずだ」


 昨日って……セカンドはともかく、ガウルも同じ事してたのか。

 じゃ、待つかな。ガウルと訓練しててもいいが、本来の目的はあっちだし。




「そういやお前、こっちに来て何か影響受けてるか? 航行中もかなり調子悪そうだったけど」


 セカンドが出てくるのを待ちながら、整理運動を始めたガウルに話題を振ってみる。

 気になっているのは主に加護の事である。事前に聞いている話では、星を離れれば獣神の影響は受け難くなるはずだ。


「……如何に獣神様の加護に頼ってたか思い知らされてるよ。空間に穴が開いてるからかまったく加護を受けられてないわけじゃねえが、ブレスは使えねえし、《 精霊魔術 》も威力半減、身体能力もガタ落ちしてる。地獣神のほうに至ってはほとんど無効状態だ」

「シミュレーターの成績は?」

「向こうでなら、Lv20は全部クリアした。Lv40もs1以外は全部。Lv60は手も足も出ねえ。こっちでは……まだやってねえな」


 どうやら見た目以上に影響は大きいらしい。加護の有無での落差を知るのが怖くて手を出していないようにも見える。


「って事は、リグレスさんも落差に戸惑ってるのかな」

「あいつは……なんだろうな。影響受けちゃいるみたいだが、俺よりも影響少ないっぽいんだよな。亜神に近い場所にいるから、レベルの差かもしれねえ」

「水凪さんやお前の嫁さんが言ってた話か。亜神になると加護消えたりするとか」

「正確には存在としての格が上回れば消えるらしいぞ。虎が言うには、獣神は軒並みあの星で生まれた天然の亜神だから、無限回廊第一〇〇層突破した時点で同格。加護がなくなるんじゃないかってな。前例はねえが」


 未検証っぽい話だが、そういう扱いなのか。


「あいつが使ってた《 獣王転身 》も半分以上はあいつ自身の力なんじゃねーかな。加護だけに頼ってて、あれだけ星との距離が離れた場所で使えるようなスキルとも思えねえし」


 ウチの六人パーティを真正面から食い破ったアレか。元々虎のパーツが半分くらいだったのがほとんど虎になって、HPまで全快した変身スキルだ。


「つまり、ゆくゆくはガウルも同じような事ができると」

「あいつと同じっての嫌だが、多分な。ピアラのアレも劣化版みたいなもんだし、実は今の俺だって似たような事はできる。スキルにもなってねえし、実戦で使えるようなものでもねえが」

「見てろって言ってたもんな。後輩を指導してくれるいい先輩じゃねーか」


 そう言うと、ガウルはあからさまに嫌な表情をした。


「生理的に嫌いってのは仕方ないかもしれないけど、あの人別に間違った事言ってないだろ?」


 ガウルの事にしてもおっさんの事にしても、相手を考えての言葉、行動だ。暑苦しい性格かもしれないが、その在り方はシンプルに正しい。


「……ああ、正論だな。まったくもって正しい。それがまたムカつく」


 どないせいっちゅうんじゃ。


「正論だけじゃ人は納得させられねえし、動かせもしねえよ。あいつはその正論をゴリ押しする手段を知ってて、その上で労力を厭わずに自分の正しさを押し付ける。ゴリ押しされたほうは納得するしかねえが、どうしたって禍根は残る。あいつはそれを理解した上で行動して結果を出してる。それが損だと分かって憎まれ役でも買って出る。そこがムカつく」

「……意外にちゃんと見てるんだな」


 てっきり感情だけで嫌ってるんだと思っていたが。


「航行中にやった模擬戦にしても、聞いている限りあのリザードマンには必要な事で、いい加減決着を付けなきゃいけない話だったんだろうよ。そこに口を出すつもりはねえが、俺はあいつのやり口は気に入らねえ。ついでに言うと、金虎族っていうのはああいう全身で俺が正しいって主張する奴が多いんだ。ちなみに正しくなくてもゴリ押しする。おーやだやだ、暑苦しいったらありゃしねえ」

「ま、まあ、人によっては距離が必要な相手っぽいな」

「……つーか、お前だって正論で納得できない部分を根底に抱えてるだろ」

「……そうだな」


 正しくないというだけで否定されるのなら、俺の目的そのものがアウトだ。突き詰めれば復讐なのだから、正義とは言い難い。

 これを否定される事は俺の在り方そのものを否定されているのと同じ事だ。折り合いなど付けようはずもない。それほどに俺の魂に刻み込まれ、同化している。

 もし、この在り方を真正面から否定されたら俺はどう反応するのだろうか。それで曲がる事はないにしても、ムカつくのは避けられないだろう。……あるいは、敵対さえ辞さないかもしれない。


「冒険者なんてそんな感じの奴が多いはずなのに、《 流星騎士団 》は良くあんなのを飼ってるもんだ」

「あそこはトップからして真っ直ぐな感じだからな」


 ……言われてみて気付いたが、なるほど。ローランさん、アーシャさん、リグレスさんと性格はバラバラなのに、方向性はどこか似通っている気がする。この分なら団員だって似たような気質が揃っているだろう。集まるべくして集まった団員という事なのかもしれない。




 しばらくそんな事を話していると、ようやくシミュレーターの扉が開いた。中から出てきたセカンドは、そのままこちらへトコトコと歩いてくる。


「何かご用件ですか。渡辺綱」


 俺の前に立ち止まり、見上げて問いかけてくる。どうやら、俺がここを訪れたのはセカンドに用事があっての事と判断したらしい。


「寝れないからS6シミュレーターに挑戦しようと思ってな」

「そうですか」


 無表情なまま、ちょっとだけ声のトーンが沈んだ。命令待ちの従者の如く、何か用があると期待していたのかもしれない。……悪い事したかな。いや、別に主従でもなんでもないのだが。

 というか、外観がエルシィさんの時点で命令はない。


「あー、できればガウルの挑戦中に駄目出ししてもらってもいいか? こいつ最近調子悪いし」

「了解しました」


 いきなり話を振られたガウルは困惑しているが、調子悪いのは事実なのだから問題はないのである。

 直接口に出したりはしないが、俺の目を見て理解するのだ。


「……まあいいけどよ」


 さすがガウルさんは空気の読める狼だ。こういう時は決して断ったりしない。




-4-




 得手不得手もあるし、ただ適当に相手を選んで訓練するよりも勝負形式の方が真剣になるだろうと、即興でルールを決めた。

 ルールはS6全員を順番に倒していくサバイバルだ。Lv20のs1からs6を倒したあと、Lv40のs1に戻るという順番である。これは初挑戦である俺がLv20からしか挑戦できないので、わざわざガウルに合わせてもらった側面が大きい。とはいえ、ガウルもこちらの世界に来てからは初挑戦だ。どれくらい落差があるのかは確認の必要がある。

 制限時間は一人あたり三分。これは実戦に近い状況を想定しての制限だ。三分というのは短いようにも感じるが、最初から一対一の試合でもない限り延々と一人で戦う状況は考え難い。突発的にパーティから孤立したにせよ、時間稼ぎにせよ、状況が変化するのはそれくらいが限界と考えた上でのルールである。この間に倒し切れなければそこで終了だ。

 ちなみに罰ゲームはシミュレーター待機室にある自販機のジュースを奢る事である。ユキさんの外道な罰ゲームと違って、なんて良心的な罰だろうか。


 というわけでまずはガウルからシミュレーターに挑戦する事になった。俺とセカンドは脇にある控室で観戦である。どう考えても後攻有利なのだが、俺が初挑戦という事で譲ってくれたらしい。

 ……でも多分、外道な罰ゲームだったらそんな事はなかっただろうなとも思った。実体験からの結論である。


 飲み物片手にセカンドと並んで椅子に座る。他の奴がS6相手に模擬戦するのは見ているのでまるっきり知識がないという事もないが、アンドロイドから見た対戦相手の分析は別の知見をもたらすだろう。ガウルが奮闘している横で、色々情報を引き出しておきたいものである。


「セカンドもS6のシャドウ相手に訓練してたのか?」

「はい。主にs5を相手に」


 相手を決め打ちしてるのか。s5っていうと、ユキがロボットっぽいって言っていた奴だな。


「前にユキがs5はお前に似てるって言ってたんだが、そこら辺が関係してたり?」

「確証はありませんが、アレは多分私の類似モデルです。もしくは未来の私本人という事もあり得ます」

「……本人?」


 ……ああ、有り得なくもないのか。

 エリカの世界でクーゲルシュライバーがあったかどうかはともかく、セカンド自体は作られていただろう。AIやアンドロイドが成長するものかは知らないが、ダンマスの現パーティメンバーであるエルシィさんから作られたというのなら、可能性は十分だ。

 その未来の自分から戦闘訓練を受けるのは、ある意味理想的と言えるかもしれない。


「ひょっとして他の奴の正体も分かったりとか」

「s6はこのデータを送信して来たエリカ・エーデンフェルデ。s5は先ほども指摘した通り、おそらく私の類似モデル。はっきりと言えるのはここまでで、s2とs3は使用スキル、戦闘スタイルから見て完全に未知の存在と思われます。s4は極めて優秀な< 遊撃士 >ですが、汎用的過ぎて逆に特定は困難です。ただ、s1は……時期的に該当しそうな者が一人」

「s1は分かってる。エリカが名前を漏らしてたが、アレは燐ちゃんだ」

「参考データが少ないので確証はありませんでしたが、やはりそうですか」


 現時点のデータから推察されるってだけでもすげえな。デビューすらしてない子供がどんだけだよって感じである。

 しかし、他の奴は分からないか。やっぱり知らない奴なのかな。現時点で生まれていない可能性も高い。S6のエリカからして崩壊後の生まれらしいし。


「他のシャドウも一通りは試したので、ある程度は解説できると思います」

「レベルはどこまで?」

「全員Lv60までクリア。時間制限なしなら、s5だけはLv80相手にも辛勝しています」


 さすがの基本スペックというところか。普通の中級冒険者ならLv20のシャドウ相手でも手が出ない奴は多いと思うぞ。正直、俺もLv60は自信ない。




 準備が終わったのか、モニタに映るガウルと相対してシャドウが出現した。最初なので当然Lv20のs1である。

 Lv20でも手強いのは確かだが、ガウルもここまで激戦をくぐり抜けて来た冒険者だ。加えてs1が得意とするのはシンプルな正面物理戦闘である。大幅な格下相手に手こずるような事はないだろう。もちろん未来のSランク側から見ても、何もできずにという事はなさそうだが。

 サバイバルである事を考えるなら、少しでも余力は残しておきたいところだ。


「Lv20段階でのs1はシンプルな前衛アタッカーです。間合いを重視して常に一定の距離を保ち、相手がわずかにでも射程に入れば居合いの刃が襲ってきます。どちらかといえば後の先を狙うカウンターを得意とするようですが、こちらが距離を取ると判断した途端に強襲してきます。遠距離攻撃の手段があれば対処し易くなりますが、それも絶対ではありません」

「近付くなら一気に決めるつもりで行かないと斬って落とされるな」


 剣刃さんと訓練して実感しているが、居合いってのは厄介だ。間合いが掴み辛い上に、抜刀術に分類されるアクションスキルが多彩過ぎる。

 抜刀による加速も馬鹿にできない。こっちが抜き身でも余裕で速度を超えて来たりするし。


「装備している刀の特性かs1のスキルかは不明ですが、ほぼすべての攻撃でクリティカルを警戒しないといけません。HPは裂傷の自然回復用と割り切ったほうがいいでしょう」

「壁にならないのか」

「操作して分厚くすれば、この段階ならある程度は防げますが……上級前衛のHPでも無傷というのは厳しいでしょう」


 正に一撃必殺を体現してると。……おっかない奴だな。

 何が怖いって、Lv20の段階でこれという事だ。段階が上がるにつれてその一撃必殺は精度を上げていく。

 間合いに入った相手は超高速の抜刀で斬って落とされ、段階を上げればその間合いは広くなる。近付くのも容易じゃない。

 更にs1の怖いところは、盾役でもないのにある意味その役割も果たしているところだ。一対一なら気にする必要はないが、間合いを測りかねていると後衛の一撃が飛んでくるのだろう。


「s6と組んだら手が付けられないな」

「同感です。わずかでも行動のタイミングをずらされれば居合の餌食でしょう。彼女たちは一対一も強いですが、その真価はチーム戦です。誰が誰と組んでも強く、その人数が増えるごとに死角はなくなって来ます」

「前人未到のSランクは伊達じゃないって事な」


 まあ、Lv20の段階ならやり易い相手ではある。居合の間合いと速度、攻撃力……というか貫通力は驚異的ではあるが、基礎スペック差で補える範疇だ。実際、モニターの中のガウルも範囲外から光のような一閃を躱した上で強襲。そのまま仕留めている。多分、俺も同じ事はできるだろう。……s1の場合、問題は次以降の段階だ。

 そうして、三分を待たずしてLv20のs1は沈黙した。ガウルの戦闘方法は俺に近いところがあるから実に参考になるな。ブレスや《 精霊魔術 》も使わないから尚更だ。



 制限時間の残りを休憩にして、続いてs2。

 s1と比べて本来らしきシルエットは小さく、そして歪だ。姿が見えていればまた違った印象なのだろうが、影だけだと人間に見えない。


「s2が使ってくる《 獣神纏憑 》は迷宮都市の未登録スキルです。< 流星騎士団 >のリグレスが使用する《 獣王転身 》に近しい効果のようですが詳細は不明。名前からして獣神の縁者である可能性はありますが……」

「獣神の巫女だったら死んでる可能性が高い」

「はい。星が崩壊した時点で獣神は全滅しているはず。加護もないのに獣神の力を使ってるのだとすれば、かなり特殊な方法によって実現しているのかと。そもそもシミュレーターで未知のスキル・ギフトを再現するのは困難なのに、一体どうなっているのか」


 そこら辺は未来のテクノロジーといったところなのだろう。分かったところで現状が好転するわけでもないから、今は置いておく。

 s2の特筆すべき点はその応用力だ。状況に合わせ瞬時にそのシルエットが変化し、その行動パターンも変わる。その変化はリグレスさんの《 獣王転身 》に近いが、パターンが豊富だ。ついでに全身が変わるのではなく体の部位ごとに変化させる事も可能らしい。そういう意味では、かつて魔王ベレンヴァールが使った形状変化のほうが近いのかもしれない。

 戦闘位置は基本的に前衛。後の先を狙うs1に対し、こちらは先の先……強襲役である。……あと、形状がコロコロ変わるから間合いを測り難い。正直、Lv20の段階だとs1よりやり辛い相手だろう。

 ガウルも制限時間ギリギリまで使ってようやく仕留めたようだ。というか、すでに傷が多く息も上がっている。


「大丈夫か? 休憩入れる?」

『いらねーよ! わりといっぱいいっぱいなんだから話しかけんなっ!!』


 マイクで話しかけたら怒られてしまった。普段のガウルならもう少し余裕を持って対処できるはずなのだが、加護がない影響は大きそうだ。

 そして、二十秒ほどの休憩を挟んでs3の登場である。

 シルエットでしか判断はできないが、s3の目を引く部分はやはりあの飛ぶ盾だろう。複数の飛行盾がs3の周りをクルクルと回っているのが分かる。


「s3の特筆すべき点はその硬さとカバー範囲です。参加しているかどうかでパーティの戦術が最も変わるのがs3の存在でしょう」

「かといって個人戦が弱いわけでもないと」

「積極的に攻撃はしてきませんが、どのポジションでも有効打が当て難い。離れていてもカバーできる。オールレンジ・タンクという異色な存在です」


 言葉だけなら意味不明であるが、見たらすぐに納得してしまう。なんだよオールレンジ・タンクって。

 《 精霊術 》で離れた場所をカバーするガルドでもそんな言われ方はしないぞ。


 そんなs3相手にガウルは攻めあぐねている。果敢に攻めるものの、どうしても有効打が入らない。逆にガウルの側もダメージは少ないが、制限時間アリのルールでは不利になる一方である。

 硬直しかけた状況を一変させたのはやはりガウルの奇襲だ。飛ぶ盾によって攻撃を仕掛けたs3に対し、その盾を逆に足場にして距離を詰める。s3の間に割り込もうとする盾を強引に弾き飛ばし、直撃を通したあとにラッシュを続けて終了だ。盾職とはいえ、やはりレベル差からくるHP量の違いは大きいらしい。決してスマートとはいえないが、不正解ではない。

 そして休む間もなくs4との対戦が始まる。




「s4は他に比べて特筆するべき部分のない相手なんだっけ?」


 今のところ、他のメンバーが対戦した際にも未知のアクションスキルを使ってきたという話は聞かない。


「未知の部分がないというだけで、この六人の中に含まれるだけの戦闘力は保有しています。おそらくパーティの< 斥候 >役なのでしょうが、前中衛としても一級です。一対一で気をつけるのなら、まず驚異的なスピード、次に牽制用の飛び道具、そして《 幻影魔術 》です。そして、近距離まで近付いても一撃があります」

「一撃っていっても、使ってるのはナイフっぽいが」

「パッシブスキルで複数のクリティカル補正を保有しているようです。s1ほどではありませんが、HPを貫通してきます。そして貫通した先で待っているのは……」


『ぐぅっ!!』


 モニターの中でガウルが呻いた。s4との距離は超至近。高速で動き回るs4をようやく捕らえ、そのまま決めようとした直後の事だ。

 ……途中ガウルに変な動きがあったな。加護なしで使えない動作を使おうとして隙を突かれたってところか。


「……毒です。それも複数種類の毒による状態異常を誘発。状態異常発生自体に関してもスキル補正があると思われます。これはあくまでシミュレーターなので、実際はもっと強力でしょう」

「迂闊に近寄れないと」

「更に言うなら、毒以外の攻撃も凶悪です。人体の弱点となる箇所、HP分布の弱い箇所、相手の動きを阻害する箇所を的確に狙って攻撃を仕掛けて来ます。Lv20といえば下級ランクもいいところですが、戦闘知識と技術においては上級ランクと比べても遜色のないレベルに仕上がってします。パーティ中最高かもしれません」


『ぐあああっ!!』


 逆に反撃を受けたガウルの叫び声が響き渡る。それは、一見しただけならナイフと格闘を織り交ぜたただのラッシュにしか見えないかもしれないが、良く見ればわずかでもHPを貫通すれば致命傷になりかねない場所ばかりが狙われている。その戦闘技術は……単純に上手い。

 ガウルの問題はs4の攻撃で警戒すべきものを誤った事だ。クリティカル補正があると思わされたナイフを重点的に防ぎたくなるのは仕方ないが、パッシブスキルを多重に抱えているのなら他の攻撃だって補正がないはずはない。注意を逸らされた結果、ガウルはよりにもよって顎へのクリティカルをもらってしまった。脳を揺さぶられ、前後不覚になったところをs4の無慈悲なラッシュが猛追する。


「相性もあるでしょうが、実際のところ低レベル帯で最も難関なのはs4かもしれません。過去の実績からもそれが見てとれます」


 と言って、セカンドはモニタの端に過去の戦績らしきものを表示した。

 当たり前の話ではあるが、記述されているのは主にウチのメンバーだ。追加でリグレスさんやグレンさん、あとはセカンドのものも含まれている。そこには挑戦から初攻略までにかかった戦績も載せられているのだが、s4は極端なまでに回数が多い。

 初見で攻略に成功したのはサージェス、ベレンヴァール、ディルク、セラフィーナの四名だけ。リグレスさんたちも攻略しているが、土台が違うのでそれは考えないでおく。もちろん、今中で戦っているガウルを含めて攻略済みではあるのだが、その数字は他と比べても圧倒的難関である事を告げていた。

 ガウルが今劣勢なのは、連続戦闘で疲れているところに小さなミスで掴まってしまったという事なのだろう。……慣れててもきついって事だな。


『ッシャオラッ!!』


 すでに満身創痍といった感じではあるが、ようやくガウルの攻撃がs4を捕らえた。

 反撃に転じようとするs4の行動を先読みしての連打。HPがなくなった時点で終了なシステム故にそのまま終了となったが、あの動きから察するにs4は逆転を狙っていただろう。そしてそれを可能にする技術もある。……怖い相手だ。




 さて、いっぱいいっぱいな上に複数の状態異常まで喰らってるガウルさんだが、サバイバルはまだまだ続く。

 次なる相手はs5。セカンドの類似モデルか本人と言われたシャドウだ。


「s5については、Lv60まではほぼすべてのデータを網羅しています。装備品の中に未知のものはありますが、基本的に私と同じ……オリジナルと同様の戦闘スタイルになります」

「外部から見てて、一番わけ分からない事してると思ってたんだが」

「人間からすれば異色な戦闘スタイルでしょう」


 これに続くs6も大概なのだが、アレは一応リリカの知識で説明の付くものではある。外見が頻繁に変わるs2もかなり異様ではあるが、s5には負けるだろう。

 なんせ、普通に体の一部と思ってた場所が刃物になったり、そこから弾丸が飛んで来たりするのだ。特に法則性があるわけでもなく、その度にアクションスキルが発動するわけでもない。つまりパッシブスキルか体がそういう仕組みだという事になる。


「アレは《 生体兵器 》と呼ばれる私たち固有のスキルです。内部に取り込んだ武器を再構成し、肉体の一部として展開します」

「元々は普通の銃器だって事か?」

「ダンジョンマスターが作ったものを普通と呼ぶかはともかく、既成品ではあります。それを体内で分解して組み合わせ、状況に応じた形で再現しているため、元々の姿ともかけ離れています」


 無茶苦茶言ってるぞ、おい。


「キメラの《 生体融合 》に近いって事か」

「有機物と無機物という違いはありますが、その解釈で良いかと」


 生身で無機物を融合するなよ。

 イメージ的にはキメラとボーグの間の子のような感じだが……順番的には逆か。


「もう一つ疑問がある。ダンマスをはじめ、迷宮都市の銃使いは有効的な攻撃スキルを保有していない。なのに、s5のそれはただの銃弾じゃない。あきらかにスキル効果の乗ったものだし、アクションスキルも使ってくる。これは何故だ?」

「その答えは簡単です。私たちの体で再構成された兵器は、銃でも剣でも< 生体兵器 >というカテゴリとして扱われるので、その専用スキルを使っているわけです。使用頻度が多くなるのは< 投擲武器 >のスキルでしょうか」

「……弾丸は?」

「体内で精製しています」


 なんという反則的な汎用性だ。遠征で練習した武器カテゴリの拡大など目じゃない。

 そして真似もできそうにない。方向性から考えたらボーグなら可能性はあるような気もするが……ラディーネが聞いていないとも思えないし、現時点で使っていないという事は適性がないという事なのだろう。


「ダンジョンマスターのパーティにおけるオリジナルもこのS6におけるs5も、他メンバーのポジションとの兼ね合いから後衛を努めていますが、私たちの真価は汎用性を追求したオールレンジの戦闘スタイルです」

「なんでも再現できるなら、確かにあらゆる状況に対応できるな」


 モニタの中の動きを見る限り、再現するスピードも速い。《 瞬装 》と変わらん。

 聞いてる限りコンピューターなども取り込めそうだから、索敵などの支援も得意だろう。防御だって専用の兵器を取り込めばいい。


「聞いていいのか分からんが、弱点とかない?」

「出自故か、MP量はともかく《 魔術適性 》はほとんどありません。あとは再構成する兵器や矢弾が多数・複雑になるほど演算に負荷がかかり、エネルギー消費も激しくなります。MPを代用するなどの工夫をしていますが、オリジナルにしても継戦時間はまだ課題が残ると言っていました」


 弱点であり課題なんだろうが、問題になるようなものでもなさそうだ。《 魔術適性 》は十分以上に代用が利きそうだし、継戦能力にしても数時間の全力行動が無理とかそういうレベルなんじゃなかろうか。

 月がボコボコだったのはエルシィさんの掃除の結果なわけで、それを作り出したのがこの能力って事か。


「演算能力の問題から、クーゲルシュライバーの掘削用ドリルなどを再現する事も困難です」

「あーうん、分かった」


 どうするんだって感じの戦闘スペックだな。s5の動きを見る限り、おそらくはレベルによって制限は受けるのだろうが、全体的に高水準過ぎる。少なくとも現時点では弱点が弱点になっていない。

 いや、何かあった時に頼もしい味方がいると考えればいいのだが。


 肝心のs5戦だが、一応ガウルは勝利した。辛くもという言葉が付く、ダメージ的にも時間的にもギリギリの一戦ではあったが、やはりウチのメンバーらしく窮地に強いらしい。ちなみに、毒は治ったようだがHPはすでにほとんど空。普段なら《 地獣神の加護 》で回復しているのだが、今はそれもない。

 そんなギリギリの状況で面倒くさいs6、エリカ・エーデンフェルデの出番である。




「s6の戦闘スタイルは相手の行動に割り込み、邪魔をするという事に特化しています。アクションスキルやその連携はタイミングをずらす事で妨害され、魔術は行使前に術式を崩されて最悪魔素分解、通常の行動も何かしらの干渉を行い微妙に阻害してきます。完全に動作を止めるというわけではなく、あくまで干渉というのがコンセプトなのでしょう」

「面倒な相手だよな」


 エリカと話していて感じた事はないが、この戦闘スタイルは非常に性格が悪い。リリカも似たような事はできるらしいが、ここまで相手の阻害に特化した形まで実現できるとは思えない。


「そして、更にやっかいなのは干渉した相手の魔力すら利用して魔術を改変している事でしょう。分解した魔素をその場で変換し、自分のものにしています」

「ああ……」


 なるほど。今なら解説された上で見れば理解できる。

 ほとんど魔術を使用しないガウルだから今はアクションスキルのものを見るしかないが、魔力の流れが不自然だ。

 エリカと相対した状況で複雑な魔術の構築・発動は致命的だろう。術式が制御を離れた途端に暴発……くらいならまだいい方で、下手をすれば味方へ攻撃が飛んで行くよう誘導される恐れすらある。HP操作すら、あいつ相手では危険かもしれない。


「対抗策は単発のアクションスキルなどで圧倒するか、最初から魔力を使用しない戦闘を行う事です。真正面から魔術で対抗するつもりなら、《 暗号化 》や《 圧縮 》、《 偽装 》などの手順を加えるか、《 隠蔽 》、あるいは対処できないほど超高速で発動を行う必要があります。レベルが上がるごとに精度は跳ね上がっていくので、対処は困難になっていくのですが」


 分かってはいたが、いざ対戦するとなると面倒くさ過ぎる。

 そして、チーム戦ともなると更に厄介になるのが目に見えている。あいつがいるだけで極端に手が制限される上に、周りを固める奴らが化物揃いである。確実に真っ先に落とさないといけない対象なのだが、相手もそれは理解してフォーメーションを組んでくる上に、当の本人は攻略し辛い。


 ちなみに、本来は回復や支援などは真っ先に叩くのがチーム戦のセオリーと言われているが、こいつらの場合はそれが通用しない。得手不得手はあっても大抵自分一人でも完結しているので、誰を倒してもそれだけで戦線が崩れる事はないのだ。それでいて、人数が増えれば相乗効果で強くなっていくという恐ろしいパーティなのである。


『おおおっしっ!! どうだこんちくしょう!!』


 モニターの中では、ガウルが勝利の雄叫びを上げていた。


「s6の弱点は、いわゆる感覚派……理屈よりも感覚で戦闘動作をこなす相手です。なので彼やリグレスのような相手は苦手のようですね」

「夜光さんと一緒だな。多少のズレを苦にしない奴なら、干渉や阻害もある程度は無視できると」

「それだけでないのがs6の怖いところですが、満身創痍でもLv20はなんとかなったようです」


 ……まだLv20なんだよな。あいつ、このままLv40の燐ちゃんが出てくるのを忘れてないだろうか。

 まあ、絶賛大不調なあいつとの勝負はともかく、このあとは俺も頑張らないといけない。そういう意味で、セカンドの解説はすごく助かった。


 しかし、ガウルはLv40のs1はなんとか撃退した。続くs2では開始直後の強襲でHPをゼロにされてしまったのだが、意地を見せたという事だろう。これでも自分よりベースレベルは下だというのは指摘してはいけない。……何故なら俺も自信はないからである。




-5-




 黒いシルエットの少女と対峙する。

 一部の隙もない。正に剣聖とも呼ぶべき脅威の威圧感。抜刀こそしてはいないが、むしろ居合術を得意とする相手ではこの状況のほうが厄介だ。

 どこに踏み込んでも斬られる未来が見える。……いや、剣気によってそれを見せつけられる。その上で踏み込んで来いと誘っているのだ。


『お前もやってみれば分かる。Lv20からLv40、Lv40からLv60と技量の上がり幅が尋常じゃない。本物がどんな奴だか分からんが、紛れもない怪物だ』


 以前、ベレンヴァールが言った言葉が脳裏を過る。

 なるほど、今になってその言葉が身に染みるほどに理解できる。

 Lv20はなんとかなった。Lv40も初見での攻略は困難でも対処のしようはあった。Lv60だって、強烈な実力差こそ感じはしても、まるっきり手が出ないというほどではなかった。

 ここまで格上ばかりを相手にしてきたのだ。そういう力の差を引っ繰り返す奇跡は体現してきたつもりだ。


 しかし、目の前に立ちはだかるのは決して揺らぐ事のない壁だ。

 手を出せない。一歩踏み込んだだけで終わる。そう確信させられている。しかし、迎え撃つにしても手段がない。相手の行動を許した時点でアウトだ。一発目の攻撃をしのげるかどうかすら怪しい。

 S6のリーダー、s1のシャドウLv80はそれほどまでに化物じみていた。


 なんだコレは。こんな奴がいていいのか。あの燐ちゃんがこれほどまでに化けるというのか。一体どれほどの苦境を乗り越えればここまでに到れるというのだ。

 行動の予備動作すら掴めない。だが、気配がそろそろ行くぞという意思を隠しもせずに伝えてくる。


――Over Skill《 命断刃ノ壱・烈火 》――


 反応ができない。俺の限界まで引き上げた反応速度でも知覚できない速度で、いつの間にか絶妙な位置にまで接近を許していた。

 しかも、繰り出されるその技は元のスキルでさえ未見の《 刀技 》。しかも、隠す気はないと言わんばかりのオーバースキルである。


「っざっけんなっ!!」


 半ば本能だけで回避動作を取る。当然の如く刃がHPを貫通し……いや、まるで極小の隙間でも存在するかのように擦り抜けて、俺の体を切り刻んでいく。< 不鬼切 >で防がなければ武器ごと寸断されていてもおかしくはない。

 致命傷とも呼べる裂傷が刻まれたが、まだ終わりではない。なんせ瞬きも許さぬ刹那の行動だ。出血で死ぬような時間はない。

 だが、耐えれば次に繋がると思えるほど、この相手が優しいとも思えなかった。


――Over Chain《 命断刃ノ弐・返シノ残光 》――


 超神速の抜刀からわずかの間もなく放たれる切り返し。多少剣速は落ちたものの、それでも光のような速度。そして視認する事すらできないこの刃はそれ以前の相手の動きを読む事すらできない。

 何故なら、それすらもおそらく本物ではない。初見故に判断が難しいが、今見えているすべてが偽物の幻影だ。ユキの《 クリムゾン・シルエット 》と同様の、攻撃対象だけを惑わす幻惑の剣。そう判断するしかない。

 ほとんど勘だけで回避体制をとる。防御は駄目だ。この化物は一切の防御を抜いてくる。防御するためには専用の、それも複数の防御スキルが必要となるだろう。


「っ!!」


 あきらかに刀の全長よりも長い距離をとって尚深い裂傷が追加された。見えないだけでなく伸びているのだろう。そういうのズルいと思います。


――Over Chain《 命断刃ノ参・死突 》――


 わずかばかり距離が離れた俺に対し、追加の突進技。体制を崩された俺に回避の術はない。

 正に万事休すである。ついでに、これを防いでも続く第四、第五の連携が待っている確信があった。

 スキル名そのまま、完全に命を断ちに来ている。


 いや違う! これは――


――Skill Cancel――

――Over Chain《 夢幻刃・雅 》――


――突進力を上乗せした上での別スキルの発動。見た事も聞いた事もないスキルの使い方。

 まさか、発動中のスキルを中断して連携先を変更するとでもいうのか。連携を多用する俺だからこそ、それが如何に無茶なものなのか理解できてしまう。

 しかもそれで放たれるのは……。


 ……といったところでシャドウが消えた。

 どうやら最初の対峙は体感以上に時間をかけていたらしく、制限時間の三分を超えたらしい。つまり、s1が仕掛けてきたのは動かない俺に痺れを切らせてという事なのだろう。

 大きく斬られた胴体の裂傷がひどい事になっているが、それは気にならない。今は痛みも感じられない。

 それよりも、バカバカしくなるほどに手が震えていた。……いや、目立つのが手というだけで体全体がいう事を聞かない。

 それは恐怖か、未知の段階にある強敵への武者震いか。


「ははっ!!」


 そのまま床へと身を投げた。どうせ、すぐには歩く事もできないだろう。


 強い。強い。ただひたすら強い。

 なんだアレは。あんな化物が存在していいのか。あまりの差に笑いが込み上げてくるほどだ。




 不調に屈辱を上塗りされたのか、S6シミュレーターを出てきたガウルが言ったのは『とことんやるぞ』の一言だった。

 それに釣られ、ついでにちゃんと賞品のジュースももらった上で、俺たちは自分の限界へ挑戦を始めた。……まあ、いつもの事である。誰かにケツを叩かれるでもなく、自分から奮起するガウルさんは男気があると思います。


 繰り返し繰り返し入れ替わりで、セカンドの分析と駄目出しを受けながらS6シャドウへと挑戦を続ける。

 そうして、なんとかLv60のエリカを倒したのがついさっきの事。すでに時刻は朝を過ぎている。


 そして勢いに乗ったまま、Lv80の燐ちゃんも倒してやるぜと意気込んだが、結果はこのザマである。

 手も足も出ないとは良く言ったもので、対峙しただけで文字通り体が動かない。

 これは実際に相対した者でなければ分からないだろう。実力の上がり幅を見て、ベレンヴァールが挑戦を止めるのも分かろうというものだ。

 ……アレ、ひょっとしたら今の剣刃さんより強いんじゃないだろうか。しかもその上があるんだぜ。パねぇ。


 真っ黒で表情など分かるはずもないが、シャドウの姿に見えたのは執念。

 彼女が何を目標に崩壊した世界で戦っていたのかは知らない。しかし、凶悪なまでの才能とは別に、何かしらの目標を持っていたのは分かる。

 アレは、そうでなくては辿り着けないような領域なのだろう。


 俺はまだあんな領域には立てない。しかし、やがては……いや、もしかしたらすぐにでもあの領域に立ち、更には超えていく必要があるのかもしれない。今求められている強さはそういう次元の話なのだ。


 目標が見えない。今何をすれば先に進めるのか分からない。そんな崩壊という試練を前に、あまりにぼんやりした中で見たのは明確な強さだった。

 何故だかは分からない。単純に魅せられただけかもしれない。


 しかし五里霧中の今、純粋に目標にしようと思えた、ただ一つの明確な姿だった。




 そんな感じでボーっとしていたら、急にマイクの音声が入ってユキの声が聞こえた。


『ツナー。そろそろ移動しないといけないんじゃなかったっけ? 五龍将と会うとか』

『なんだ、お前用事あるのにこんな時間までやってたのか。遅刻はすんなよ』

『いや、全員だからガウルもなんだけど……』

『……え?』


 ……やべえ。



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