第18話「流水を断つ」




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 一月末開催の特殊イベント< 四神練武 >は終了した。展開に波乱はあっても、イベントとしてみれば無事だ。

 発案者である玄龍の思惑通りの内容だったとは思えないが、交流自体は上手くいったと言っていい結果だし、ついでにこれまで絡みの少なかったクランメンバー候補との距離も縮まったように感じる。予想しなかった距離の縮まり方をしたケースも存在するが、それはまあ置いておこう。犠牲になったのは、主にどこかの吸血鬼さんの精神だけだ。

 内容が濃密だったとはいえイベント期間はわずか三日間、普段のダンジョン・アタックに換算すれば一層分の制限時間程度にしか過ぎない。基本的にスケジュールに影響する事はなく、一部最下位チームの皆さんだけは奉仕活動に従事している状況だが、俺たちのほとんどは普段の生活に戻っている。


 今後、あの龍人たちがどういった扱いになるのかはまだ決まっていない。

 異世界同士の交流といっても、環境の違いから主な拠点はこちら側になる事は明白で、その際の所属はウチが面倒を見る事になると思う。ただ、それも本格的な交流が始まって以降……おそらくはあちらの世界の視察後になるだろう。

 この件に関して面倒事をダンマスに押し付けられた感は強いが、そもそも俺の周りは面倒事の数え役満状態なので、今更ドラが三つ追加されて翻数が上がろうが関係ないのかもしれない。地方ルールでもない限り、数え役満は何翻になろうがただの役満である。

 無闇矢鱈に翻数を増やしているもう一つの原因であるところのベレンヴァールについては、やはり例外処置として中級冒険者相当の資格を得る事になった。トライアル、中級昇格試験は免除、ランクとしては暫定的にCが付与される。無限回廊の攻略層については、あちらの世界の記録は引き継がれずに再度一から攻略する必要があるらしいのですぐに合流とはいかないが、それも時間の問題だろう。

 むしろ、現在進行形で面倒事の翻数を増やしているのはオプションのサティナのほうなのだが、胃を痛めるのは俺ではなく主にベレンヴァールなので気にしない。彼女も、当面はサンゴロや他の面子と共に冒険者デビュー、中級昇格を目指す事になるだろう。

 というか、ウチの面子は基本的にドラばっかりである。意図的に集めたわけでもないのにツモる牌ツモる牌尽くがドラだ。偶に普通の牌が混ざっていたかと思えば槓ドラになったりする。と、意味の分からない麻雀ネタを続けていると麻雀を打ちたくなってくるが、この街で麻雀を打てそうな知り合いというと大抵がビッグネームだ。言えば場に混ぜてもらえるのだろうが、一晩で家が買えてしまうようなレートの麻雀に足を踏み入れたくはない。……って、麻雀はもういい。


 さて、二月といえば忘れてはいけない重要イベントがある。

 年に一度、プレゼントを手渡す儀式のような記念日。そう……俺の誕生日だ。これでようやく十六歳。まだ十六歳。迷宮都市の様々なサービスが解禁されるまであと四年もある。最近、月日が流れる速度が異様に遅くなった気がするのは決して、決してメタ的な意味ではなく、きっと迷宮都市に来てからのイベントが濃密過ぎるせいだろう。この半年だけで人生が変わるような特大イベントにいくつ遭遇した事やら。

 ……え、バレンタインデー? HAHAHA……はぁ……。義理チョコくらいはもらえるんじゃないっスかね。


 今後の予定として、大きな変化が訪れるのは四月頃。そのあたりでほとんどのメンバーが合流し、本格的に活動を始める事になる。無限回廊の第四十層攻略や、意味不明な超すごい魔法使いが指示した《 魂の門 》を潜るというイベントも残っているが、大局に影響するような事はないだろう。……ないと思いたい。いや、そろそろマジで。

 肝心要のクランについては更に先の話になるが、以前ククルが出してくれたスケジュールを見る限り、どれだけ早くても八月以前の認可は難しい。それだって限界まで無駄を排除した理論値なので、実際にはもっと遅れる事になるだろう。だが、遅くともクラン対抗戦の申請締め切りである十一月末までには発足させておきたいところだ。もし間に合わなかったら、夜光さんになで斬りにされてしまう可能性もある。間に合っても多分切り刻まれる八方塞がりの状況だぞ。わーい。……笑えねえ。




「本来一番のハードルとなるクランハウスはすでに確保した状態。メンバーも十分以上に揃っている。設立用のGPもまあ……頑張ればなんとかなるだろう。さしあたってクリアすべき課題は君とサブマスターのランク、あとは講習と資格かな。クランマスター講習は第五十層突破実績がないと受講できないが、それ以外にも受けるべき講習はたくさんある。ククリエール君の用意した計画表には、わずかでも設立時に有利になる講習や資格が優先度をつけて網羅してあるから、それを参考にして受講するといい」


 ギルド会館二階面談室。ククルの作成した計画表を前に、ゴブタロウさんのアドバイスを受ける。

 このゴブリン、アレな趣味を除けば優秀な事務員なので、こうした実務的な相談事にはうってつけだ。今日も、クラン設立について相談するのって誰がいいですかね、と聞いたら本人が一番詳しかったという展開である。


「この『経営者講習』とか『中小企業向け管理職育成講座』って必要なんスかね。内容的にめっちゃレベル高そうなんですが」


 というか専門外だ。どう見ても一般人向けの講習ではない。内容を見ても詳細が分からない状態である。

 ついでに講習料も高く、開催場所も商業区画か中央区画ばかりと、間違いなくスーツ着て行くところだろう。受付するにも名刺を出さないといけない類かもしれない。


「クラン運営は会社経営に近いものだからね。必須ではないが、審査が有利になるから可能なら受講しておいたほうがいい。付随の資格試験があればもっと認可時期を早められるが、それは現職の経営者でも受かるのが難しい試験だから、とりあえず受講だけでもね」


 企業の経営者が集まるような講習に俺が行くのは場違いにもほどがあると思うんだが……。要求される能力のベクトルが違い過ぎる。

 この手の講習って、実務経験がある事を前提にカリキュラムを組んでいたりするから、専門外だと本当に置物になってしまう。前世の話だが、嫌がらせ目的でドレッシングさんに連れていかれた、経営者向けのビジネス講座では本当にひどい目に遭ったんだぞ。今思い出したけど。


「この計画表には記載がないけど、この手の資格は共同出資者が保有していても特典がある。外部から専門家を雇うとかね。< アーク・セイバー >なんかは内部に子会社をいくつか抱えてるから、伝手のある君なら直接話を聞いてみてもいいかもしれない」

「はあ……」


 言えばそういう席を用意してくれるかもしれないが、果たして俺に理解できるのだろうか。専門家を雇うための専門家が必要なのではないだろうか。オブザーバーをくれ。


「まあ、この計画表は講習の開催日程まで含めたスケジュールになっているから、とりあえずこの優先度順で進めていいんじゃないかな。順調にいけば、クラン設立の最短記録は固いだろう。最短記録出して何があるというわけでもないがね」

「なら、今年のクラン対抗戦は出場できそうですね」

「年末なら、順当にいけば問題ないね。五十層攻略やCランク昇格によほど手間取らなければ、余裕すらあるスケジュールだ。あとは毎月頭に開かれる各クランのクランマスターとサブマスターが出席する定例会も他クランから推薦を受ければ出席できるから、発足後の事を考えるなら……」


 と、ゴブタロウさんのレクチャーが続く。各講習の概要説明の時点でお腹いっぱい。軽く許容量をオーバーした。

 クランという組織を運営するのだから必要なのは分かるが、どうしても冒険者の本業とはかけはなれた技能と知識になるから、頭を上手く切り替えられない。これらを普段の攻略や訓練、冒険者としての講習の合間に受講して、モノによっては試験勉強も必要になると。そりゃ冒険者は時間に余裕のある職業だから、スケジュールだけ見れば問題ないだろうが……。

 ……つーか、ククルすげえな。改めて計画表を見ると、俺のスケジュール把握した上で冒険者としての活動を阻害しないギリギリの計画になってる。理論上可能な最短での計画なんか、俺にプライベートは不要と言わんばかりの内容だ。……妥協は必須である。


「ところで話は変わりますが、ゴブタロウさんはバレンタインデーのレイドイベントには参加する方向で?」

「激しくデジャヴを感じる会話だが、資格アリの職員は強制参加だ。毎年参加しているが、参加賞で配られるチョコが美味いのがまた腹立たしい。……まさか、君が不参加という事はあるまいね?」


 その眼は『裏切る気か貴様』と問いかけている気がする。非難される謂れはないのだが。


「……まあ、参加資格はあるんですけど、スケジュール的に参加するかどうかは」


 二月八日から一週間かけて行われるレイドイベント< 血のバレンタイン >は男性のみで行われる大規模イベントだ。

 ある意味類似のイベントであるクリスマスとは異なり、冒険者がブラック・カポネチームとホワイト・モランチームの二軍に分かれて戦果を競う事になる。

 内容としては、一人身の男は黒軍に配置され、それ以外のリア充が配置された白軍に襲撃をかける。黒軍を待ち受けるのは白軍の冒険者だけではなく無数のカカオ兵士、そしてレイドボス扱いであるお菓子メーカーのマスコットキャラクターたちだ。これらを倒すとチョコがドロップするらしい。

 また、この一週間以内に黒軍の資格を失った場合、それまでに稼いだ戦果は無効、リアルヘイトともに白軍への移籍が行われる。

 観客席は主に白軍のみ、それも参加者のラバーたちは無償で閲覧可能だから必然的に黄色い歓声が飛ぶ。もしも白軍にいる自分の彼氏が傷つこうものならお返しとばかりに黒軍への罵声が飛び、深刻な精神ダメージが発生する事になる。この精神ダメージは< メンタルリング >で防ぐ事はできない特殊攻撃だ。イベントが終わっても後々まで心を蝕んでくる。

 このイベントは自由参加型なので登録さえしてしまえばいつ参加してもOKなのだが、黒軍の団結力は高く、毎年気合の入った連中がヘビーローテーションで戦果を稼ぎ出すのが恒例となっているらしい。ついでに、開催期間中……特に最終日に裏切りイベントが発生するのも恒例だ。

 ……俺としては、忙しいし正直出たくないというのが本音である。


「専用掲示板では、待望の大型新人という事で渡辺君が期待されているよ」

「……名指しで?」

「名指しで」


 絶対参加しねえ。黒軍で参加するのももちろん嫌だし、もしも白軍で参加したりしたら袋叩きじゃねーか。

 こういうのはゴーウェンさんに任せるべきだな、うん。クリスマスの時も頑張ってたし、今回も張り切ってくれるに違いない。あとでそれとなく参加を促すメールを送っておこう。




-2-




 そうして、その日の夜。俺はクランハウスのリビングでテレビを眺めていた。

 特に気になる番組があったわけではなく、ただの現実逃避だ。原因は主にテーブルの上に鎮座している鈍器……もとい参考書である。

 実はゴブタロウさんが過去に使用したという参考書を貸してもらったのだが、数ページ読み進めた時点で脳が思考を放棄した。勉強が嫌いというわけでも苦手というわけでもないのだが、さすがに頭から未知の単語だらけの書籍を解読するつもりにはなれない。一応、巻末に用語集が載っていたのだが、その用語集を解読するための用語集が必要な状態だ。ゴブタロウさん曰く、入門編から分かりやすく丁寧に解説してあるらしいのだが、入り口からこれでは先が思いやられるというものである。


「ただいまー。なんか今日の夜から雪降るんだってさ。ボクの季節って事だね」


 そんな感じで黄昏ていたら、罰ゲームの奉仕活動に出ていたユキが戻って来た。上半身は厚着でモコモコしているが、下半身は薄着な女の子ルックである。今更突っ込む気はない。


「おかえり。元の名前が雪なんだっけか。なら降る確率は20%だな……って痛っ!」


 背後から見えない手の不意打ちを喰らった。スキル発動ログは出なかったので、帰宅前から発動していたって事だ。


「殴るよ」

「もう殴ってるじゃねーか。なんで《 クリア・ハンド 》展開してるんだよ」

「訓練。普段から慣れてないといざって時に動かないし」


 ……まあ、分からんでもない。感覚器官が増えているようなものだから、普通のスキルよりは慣れが必要だろう。それで人の頭を殴っていいかと言われると、否と言わざるを得ないが。


「はい夕刊。あー、でも明日の奉仕活動は雪掻きも追加になるのかー。面倒だなー」


 と言いながら、ユキは部屋にも戻らずコートを脱いでソファに腰掛けた。……いや、寝転がった。


「奉仕活動ってゴミ拾いとかだろ? 少しくらい肉体労働が混ざったほうが、冒険者的にはいいんじゃないか?」

「ひたすら面倒なんだよ。精神的にキツイところはアレな人たちに任せてるけど、場所は広いし、神様は蛇口だし。ボクにもコーヒーちょうだい」

「コーヒーメーカーにまだ入ってるぞ。入れろって意味なら、横着せずに動け」


 神様ってエルゼルの事だよな? ……蛇口?

 雪が降る云々の話は新聞の夕刊に載っていた話らしい。小さくだが、天気予報が書かれていた。天気予報が情報の出処なら100%降るわけでもないだろうと思いがちだが、これは天気予報ではなく天気予告に近い。この新聞にも確率などは書かれておらず、ただ天気が記載されているのみだ。雨が降る日は決まっている。雪に関しても同じだろう。つまり、人為的に調整しているのだから、迷宮都市の天気予報は100%的中するって事だ。


「迷宮都市なら、雪の対策もしてるんじゃないか?」

「してるけど、意図的に対策する場所を分けてるんだってさ。線路とか大通りとかは積もらないようになってるみたい。そもそも雪降らすのだって、気候的なものじゃなくてイベントだし。つまり奉仕活動で行くような場所は関係ないって事」


 景観重視で、対策は重要なところだけ最低限って事か。まあ、全域で対策してたら、そもそも降らせる意味がないか。


「元々ここら辺って雨すら降らない地域らしいからな。雪降らすのも公共サービスの一種なんだろ」

「雪国の人には理解できないサービスだね」


 南国の人にとってみれば雪が降るってのは一大イベントで、熱帯の人にとっては未知との遭遇だ。イベントのネタとしては十分である。

 この街の周辺はかつて< 死の荒野 >と呼ばれる不毛地帯だったそうだ。一年を通して雨はほとんど降らず、ロクに作物も育たない。今はいないだろうが、野生のモンスターも凶悪なものがたくさん出現したらしい。交易どころか人が行き来するだけで命掛け、そんな魔境扱いである。迷宮都市の内部を知らない者にとっては現在もその認識のままだ。実際、今も迷宮都市の周りは荒野のままである。

 そんな中、迷宮都市がこうして快適な環境に保たれているのは、ダンマスや運営担当の四神がそう調整しているからだ。主に日本の気候に近い環境……雪や台風、ジメジメした夏なども再現されているので、必ずしも住みやすいだけの環境とはいえないが、元日本人としては馴染みやすいといえるだろう。ただ、今のところ地震は体験していない。ダンジョンボスが地面を揺らしたりするが、それは地震ではないし。


「雪っていえばさ、特殊環境型マップが出てくるのもそろそろだよね」

「そろそろっていうか、五十一層以降だろ。ちょっと気が早いんじゃないか?」


 ユキの言う特殊環境型マップというのは、単純な石造りや洞窟ではないダンジョンフロアの事だ。現在俺たちが難儀している第四十層の水没フロアも似たようなものだが、あれはあくまで水没した洞窟に過ぎない。

 特殊環境型マップは森や砂漠や荒野、雪原、溶岩地帯などの、洞窟ではない自然環境……[ 鮮血の城 ]で体験した[ 灼熱の間 ]と似たようなエリアが障害として立ちはだかってくる。これが第五十一層の壁と呼ばれる要素の一つなのだ。無限回廊以外の専用ダンジョンでは一部そういった環境もあるが、ダンジョン全体が同じ環境なので対策も容易だ。本格的に障害として立ちはだかってくるのは、ここにランダム性が追加されてからである。極端な話、灼熱の熱砂を越えるために対策して行ったら、次のフロアはブリザード吹き荒れる極寒地獄という事も有り得るのだ。


「早いかな? 今ならいけない? 五十層突破」


 ユキがそう判断した材料はおそらく< 四神練武 >の経験だろう。

 実際のところ、無限回廊五十層までよりも< 四神練武 >第四エリアのほうが難易度は上だ。敵の強さもフロアギミックの複雑さも、ついでに制限時間も余裕がある。四十一層から五十層までの間で構造に新たな仕掛けが追加されるわけでもない。五十層ボスの八本腕だって、強敵ではあっても常識内に収まる範疇であって、規格外ともいえない。情報が揃っているから対策だって立てられる、研究し尽くされたモンスターだ。


「……まあ、いけるかいけないかなら、多分いける。ただ、面子揃えるのに少し時間が必要だからな。第四十層の攻略メンバーを変える気はないし」


 現時点であの第四十層を超えるのにはどうしてもメンバーが限定される。それはあくまで第四十層の攻略を考えた場合の最良メンバーであって、通常フロアで戦うための最良メンバーではない。第四十一層以降で戦うためには他のメンバーもそこまで到達する必要がある。複数回に分けて攻略メンバーを増やしていく形になる事は以前から決まっていた事だ。

 だから一ヶ月の休養期間が必要になるという《 魂の門 》を使うのをその期間に合わせているというのもある。


「急ぐ必要はないけどね。どうせ第五十一層より先では時間かかる事になるだろうし、他のメンバーと足並みを揃える必要もあるし。ツナがいるとまたハズレマップになりそうだし」

「うるさいわい」


 本当にありそうだから文句も言えない。


「その第五十一層以降にしたって、ディルクとかセラフィーナが合流してくれば楽になるでしょ?」

「……そうな」


 大型新人ってレベルでは片付けられない規格外の二人だ。あいつらがレベルを上げて本格的に合流してきたら、第五十一層以降の攻略も格段に楽になるだろう。


「ユキさ、昨日の反省会でディルクが言ってた事どれくらい理解できた?」

「ああ……。えっとね……多めに見ても半分くらい?」

「だよな」


 ククルの超速作業で編集された動画と各種データを用いて< 四神練武 >の反省会を行ったのは昨日の事だ。事前にある程度の内容を聞いてはいるが、他チームの攻略について詳細部分があきらかになった。

 幸い全チームのリーダーがクランハウスに住んでいるので、このリビングでの開催だ。少なくともチームリーダーは出席しているのでその場の質疑応答も可能である。他にもセラフィーナやパンダなど出席可能な連中は参加した。

 Aチームの動画への反応は概ね想定通りだ。頭の悪い力押し、運だよりの攻略、ひたすら前に進む事だけを考えた戦略に驚愕する者もいれば、やっぱりこんな感じかと呆れ返る者もいた。あと、ロッテさんの待遇に同情と俺への非難の視線が集まった。

 ウチの変態さんがやらかしたサージェス劇場への反応はほとんどが失笑だ。あいつの性癖については大体みんな理解しているのだが、最後の《 ポージング 》はさすがに予想外だったらしい。

 Bチームの方針は分かり易い。最初から徹底した先行逃げ切り型で、序盤から中盤にかけては摩耶を単独、残る五人を更に二つに分割した効率重視の攻略である。そんな中、一番印象に残るのはどう考えてもゴブサーティワンである。事前に聞かされてはいても、真っ二つになったあとでも普通に戦闘行動を取っているのは衝撃的だった。主にビジュアル的に。

 最終日にユキがドヤ顔で自信を持っていた要因はなんとウチと同じモンスターハウスだった。どうやら第三エリアの探索を進めるうちにそれらしい大型フロアがあったので最終日の最後の最後で挑戦したらしい。結果としては被害はあったもののフロア内のほぼすべてのモンスターを殲滅する事に成功する。自信を持っていたのも頷ける戦果といえるだろう。……まあ、最下位だったわけだが。

 対してCチームはかなり変則的だ。ラディーネの蟲で先行偵察を行い、情報が出揃ってからマップを埋めに行く。ある意味堅実ともいえる攻略スタンスである。問題の第三エリアボス戦だが、元になった本人が言うのもなんだがツナシャドウの不死身っぷりが異常だった。本体と違ってHPを削れば消滅する仕様なのに、そのHPが削り切れない。玄龍が辛くも空龍シャドウを撃退し、集中砲火でガルドシャドウを粉砕してもまだしぶとく生き残っている。そんな中、メインタンクのティリアが落ち、パーティが瓦解する危険性が見え始めたところでボーグの自爆特攻である。正直、ボーグの機転がなければもう一人くらいは死亡していたかもしれない。しぶと過ぎるだろ、あいつ。

 そんな事があっての三日目。ボディの切り替えは早々に諦め、ボーグが戦線離脱した状況で行った悪足掻き。その一つがククルの単独行動である。第一、第二エリアの未回収宝箱をポイントで大量購入した< 魔法の鍵 >を使ってひたすら開けていく。実際、購入に使ったポイントとトントンくらいの結果にしかならなかったのだが、いくつかのボーナスアイテムと宝箱回収MVPで大幅な黒字に転換した。それを可能にしたラディーネの新兵器、ステルススーツは正直反則じゃね?と言いたいシロモノだったが、聞いてみれば欠点を多く抱えている上にちゃんと許可を取って持ち込んでいる。このMVPがなければ順位で上回っていたユキは不満そうだったが、順位で勝っているウチが文句をつけるつもりはない。

 そして問題のDチームなのだが……。


「あいつ、説明下手くそだよな」

「感覚型の天才にありがちなやつだよね。なんで理解できないのか理解できないってやつ」


 やってる事も意味不明で、何を根拠に行動しているのかも良く分からない。ディルクに聞いても、説明に抽象的な部分が多くこちらが同じ土俵にいる事を前提に話すから上手く伝わらない。指示を受けて行動しているセラフィーナは理解しているのかと思えば、セラフィーナ自身は俺たちより分かっていない。大量の情報を元に複雑怪奇な戦略を組んでいるのは分かるが、それらすべてが上手くいってるわけでもないので更にややこしい事になる。その上、説明に認識阻害や情報局の開示禁止項目が含まれるから、こちらとしてはチンプンカンプンな状態に陥るのだ。

 ベレンヴァールのほうはまだ理解できる範疇ではあるが、やはり異世界人特有の謎スキルが多い。最大ダメージを叩き出した《 刻印術 》の《 直列励起 》など、ただ光っているようにしか見えないのだ。唯一説明できる本人は反省会の席にいないし。

 そんなわけで、謎だったDチームの攻略は説明を聞いても理解不能という事が分かった。ついでに、セラフィーナは必要な事以外は極端にダメな子で、ディルクも想像以上に欠点がある事が露呈した。脅威的な能力を持った天才型という評価に揺らぎはないが、すべてにおいて万能な奴はいないって事だ。というか、あいつ結構ダメなところが多いと思う。


「色々調べた上での感想だけど、今のボクたちなら例の第五十一層の壁は問題なく超えられると思う」

「ああ……そうな」


 良く言われる第三十一層と第五十一層の壁は、俺たちにとって大きな障害にはなり得ない。その点については俺も同感だ。

 第三十一層の攻略の際にも感じた事だが、冒険者がこの先進む上で必要な力量を持ってさえいれば、壁は壁になり得ない。

 その境目には隔たりがあるのも確かで、大きく難易度が上がる、仕様が変わるのは間違いない。それは、その一つ前の層からしてみれば絶望的とも呼べる壁だろう。しかし、先駆者たちによって対策方法は確立されている事で、その難易度も大きく下げられている。時期によって新しい討伐指定種やフロアギミックが追加されたりもするが、それは根本的に関係ない話だろう。

 ようするに第十一層、第三十一層、第五十一層、そして多分第七十一層や、当たり前のように第一〇〇層にも存在する壁は冒険者の足切り用の層なのだ。冒険者として先に進むための素養、実力、心構えが試されているに過ぎない。

 ここまでくれば、トカゲのおっさんが言っていた事が実感として分かってくる。なぜ< ウォー・アームズ >が立ち止まっているのか。なぜ< 流星騎士団 >や< アーク・セイバー >、その他にもたくさんある後続のクランが超えられた壁が突破できないのか。おっさん自身がそれを超えられないのではなく、< ウォー・アームズ >としての限界がそこにあるという事なのだろう。


「……おじさんの事考えてた?」

「ああ。組織ってのは難しいよな」


 第五十一層の壁は俺たちにとって壁たり得ない。トカゲのおっさん個人にしても、やろうと思えば超えられるのだろう。だが、< ウォー・アームズ >が壁を乗り越える方法は思いつかない。

 あるいは、最古のクラン< ウォー・アームズ >が創設されたそもそもの理由、役割はそこにあるのかもしれない。

 その予想通りなら、たとえおっさんがどう足掻こうとも< ウォー・アームズ >が< ウォー・アームズ >のままで先に進む事はできない。そして、< ウォー・アームズ >という組織に拘りを持っているおっさん自身が先に進む事もできない。

 対策は簡単だ。切り捨てればいい。だけど、おっさんにはそれができない。あのおっさんはリザードマンの癖に情が深過ぎる。


「< ウォー・アームズ >の創設者はアレインさん、初期の副団長はアルテリアさん。時期的なものを考えると、二人は多分当時から第一〇〇層より先を攻略してて、クランとしての活動は本業じゃなかったんだろうね。< ウォー・アームズ >の存在意義も無限回廊攻略じゃなく……宣伝塔。黎明期だった冒険者たちの底上げを行うためだけに組織されたクランって事なんだと思う」

「創設者が< ウォー・アームズ >の攻略が停滞してる事に問題があるって思うなら、テコ入れしないはずねーもんな」


 本当に引退したっていうアルテリアさんはともかくとして、アレインさんは現役だ。それだけの権力があって、力がある。そうしないのは必要がないからだ。あの人にとって< ウォー・アームズ >はすでに役割を終えた存在なのだろう。おそらくは思い入れもない。解散したとしても気にも止めない程度の存在なのだ。

 俺の勝手な思い込みかもしれない。だけど多分それは正解で、確信に近いものを感じている。


『私……俺の場合は第一に家族の事、そしてその次が巫女様と新吾の二人の事、この領域を侵す事は絶対に許容できない』

『……大切なものを大事にするって普通の事じゃないですか?』

『それが極端になるのさ。それ以外の優先順位が下がってどうでも良くなる。必要なら世界を滅ぼすくらいやるだろう』


 アレインさんの大事なものに< ウォー・アームズ >は含まれていない。……きっと、最初から。


「おじさん、これからどうするんだろうね」

「行く先がないっていう話ならウチに誘ったっていいが、来ないだろうな」


 あのおっさんは中級冒険者でありながら、個人戦なら上級とも渡り合える実力者だ。ベテランだけに、他にも伝手は腐るほど持っている。クランを辞める事になったら弟子である剣刃さんは放っておかないだろうし、夜光さんのところでも欲しい人材だろう。

 でも、おっさんは多分そんな道は選ばない。ギリギリまでしがみついて……本当に諦める時は冒険者自体引退してしまいそうだ。

 だが、それもアリかもしれない。そう思ってしまうのは、俺が迷宮都市の、冒険者の本質を理解できてしまっているからなのだろう。

 そもそも、これは俺たちと直接関係のない別組織の問題だ。おっさん自身だって、何か特別な意図があって俺たちに発破かけたわけでもない。俺たちがどうこう言うのは筋違いというもので、それは分かる。だけど……。


「< ウォー・アームズ >はともかく、おっさんは恩人だからな。どこかで個人的に口出させてもらおう」

「フィロスみたいに決闘でもする? ボクには良く分からないけど、男と男の友情ーって感じで」

「それだと口どころか手が出とるがな」


 フィロスだって友情を確かめ合うために決闘したわけでもないだろう。別に仲違いしたわけでもないし。


「……ただまあ、本気のおっさんとやり合った事はないから、一度ちゃんと勝っておきたいっていうのはあるな」


 叶う事なら、クラン対抗戦。その舞台でおっさんと……< ウォー・アームズ >のグワルと決着をつけてみたい。


「お前はそういうのねーの? 一応宣戦布告された身だろ」

「いや特には」


 薄情というか淡白というか、男と女の考え方の違いなのだろうか。良く分からない。


「まあ、先の事ばっかり話してて足元が緩んでも仕方ないし、とりあえずは明日の第四十層攻略だね」

「お前が言い始めた事なんだが……。奉仕活動の疲れは残すなよ」

「大丈夫大丈夫」


 とりあえず言っただけで心配はしていない。ユキは要領いい上に、なんかローブの連中をこき使ってるって噂も聞いているからな。同志Aさんからは『何人か中毒に似た症状が出始めているが、まだ大丈夫』という不安になる文面の謎メールが送られてきたが、精神的にタフな連中だから大丈夫だ。……なんの中毒か知らんが、きっと。




-3-




 そんなわけで、いよいよ第四十層攻略戦である。攻略メンバーは俺、ユキ、サージェス、ボーグ、キメラ、摩耶の六人。防御面と継戦力、回復手段に乏しい面子だから四十層に到達するまでは少し厳しい事になるだろうが、対サーペント・ドラゴンだけを考えるなら現時点のベストメンバーといえるだろう。道中にしてもすでに事前に踏破済みの確定ルートなので、よほどの事がない限りは攻略に支障の出る問題はないといえる。ラディーネがいないためボーグのメンテナンスに不安が残るが、その懸念を払拭するために可能な限り短時間で攻略するつもりだ。

 初めて本格的に挑む相手という事で、作戦については全員念入りに打合せを行っている。キメラは分かってるのか分かっていないのか微妙なところだが、[ (・∀・)b ]と表示していたので大丈夫だろうと信じる。


[ 無限回廊 第四十層 ]

 ここで何かが起きるのが俺のパターンなのだが、今回は道中特に問題も発生せず、余裕を持って第四十層に到達する事ができた。また魚マンあたりがなんの脈絡もなく登場するかと思ったが杞憂だったようだ。

 ここからは長いボス討伐戦に移行する。第四十層の制限時間は三日だが、すべて作戦通りにいけば半日程度。どれだけ遅れても二日は必要ない。というか、そこまで時間がかかるようなら撤退を考えるべきだろう。

 慎重に、確実にサーペント・ドラゴンを仕留めるため、念入りに探索を行う。探索するのは主に摩耶とキメラなわけだが。


『発見しました。少し様子を見て、キメラさんに発信器を付けてもらいます』


 フロア入り口近くに設置した拠点で摩耶の通信を受け取る。

 発信器を取り付ける作業の性質上、どうしても接近する必要がある。現時点で最も水中移動の速いキメラでも、交戦は避けられないだろう。いくらサーペント・ドラゴンが巨体とはいえ、このフロアは水中ですら立体構造の洞窟なのだ。ここで奴を捕捉し続けるのは困難を極める。倒すだけならなんとでもなるが、とにかく位置を特定しない事には始まらない。


「了解。慎重にな」


 今回用意した通信機は< 四神練武 >で使用したような高性能のものではなく、冒険者であれば誰でも購入可能な民生品だ。トランシーバーのような仕様で、同時に双方向通信はできず発言の度に切り替える必要がある。作戦が開始したら基本的に水中での使用になるので、俺からの指示が伝われば問題ない。

 本当なら《 念話 》が使えれば相互通信もできて理想的なのだが、現在の攻略組の中で使える奴はいない。リリカ、ディルク、セラフィーナ、ロッテがここまで攻略を進めるか、ベレンヴァールの合流を待つ必要がある。現時点では習得していないが、ミカエルとサティナも適性はあるらしい。


「ユキ、ボーグ。時間はあるが、チャンスがそう何度も巡ってくるとは限らない。いつでもいけるよう準備はしておけ」


 キメラがちょっと危ない目に遭いながらも、発信器を取り付ける事には無事成功した。

 だが、場所を捕捉、特定できたからといってすぐに挑むわけではない。奴はボスであるにも拘わらずすぐに逃げるので、逃走経路や場所を考慮した状態で挑む必要があるのだ。

 相手を誘導する手段が限られる以上、どうしても待ち時間は発生する。そして、そのチャンスは相手依存にならざるを得ない。いつ、その時が来てもいいように準備を進めておく。


「準備といっても、私はパンツ履き替えるくらいなんですが」

「お前は別に心配してないが、一応予備のハンディジェットの点検でもしておけ。……あと、ここで脱ぐな」

「え?」


 今回のメンバーで、サージェスとキメラだけは水中戦に備えて装備を変える必要がない。キメラは水棲モンスターの部位へ変化させればいいし、サージェスなんて《 トルネード・キック 》だけで高速移動が可能だ。人類として何か間違っている気がしないでもない。

 俺たちが今回用意した各種装備は、そのほとんどがラディーネの試作品だ。信頼性には欠けるものの、スペック上では市販品よりも圧倒的に優秀なものばかりだ。背面に装備可能なジェットスクリューは移動時の殺人的な水圧を無視すれば水中戦を有利にしてくれるし、口の中に含んでおくだけで数分は水中活動できる超小型酸素ボンベなんて否の打ちどころのない出来と言えるだろう。

 ユキが携帯しているクロスボウ型のアンカー射出器< アンカー・ショット >や、俺が持たされた錨型の大型槌< スパイク・アンカー >はかなり使用者を選ぶ出来だが、それでもテストでは優秀な結果を出している。

 その裏側で大量の産廃物も存在するのだが、結果的に有用な物が出て来るのであれば、プラスの面のほうが大きいと俺は考えている。……開発費の大半は迷宮都市持ちらしいし。


 そうして、遠距離から散発的な攻撃を加えつつ理想の状況を作り上げるまでに数時間が経過した。

 現状、サーペント・ドラゴンは長い一本道の通路手前に身を潜めている。これが理想的な状況だ。あとは摩耶の合図を待って作戦開始である。


「……こうして肉眼で見るとでっかいね」


 水面から顔を出したユキが言う。

 水棲生物だからという理由もあるのだろうが、遠目で確認できたサーペント・ドラゴンの影はとてつもなく巨大で、全長だけならこれまで相対したモンスターの中でもダントツでトップ。でか過ぎて陸上に出る事はできないという豆知識もあるが、奴が水から上がってくる事はないので役には立たない。この大量の水を干上がらせれば可能だろうか。……今回の作戦にそんなプランは存在しないが。


『準備完了しました。いつでもどうぞ』


 通信機の向こう側から摩耶の合図が届いた。


「了解。カウントダウン後に状況開始する。……ユキ、ボーグ、準備はいいか」

「イエッサー」

「イエッサー」


 返って来た返事は何故か同じだが、二人の役割は別物だ。

 水中戦仕様に換装されたボーグの役割は移動用の乗り物である。魚雷と機雷誘爆用のネットも装備しているが、基本的には俺たちを運びサーペント・ドラゴンに取り付かせるのが役目になる。初期案では突撃用の衝角も付いていたのだが、激突の瞬間バラバラになるので見送られた。

 この仕様のため、ボーグはここまでの道中はほとんど荷物扱いだった。ラディーネがいればこの場での換装も可能だが、それは次回以降の話になるだろう。

 一方、俺とユキはボーグに乗ってサーペント・ドラゴンに取り付き、戦闘を行う役目だ。巡航速度であれば成人男性五人分の重量まで搭乗可能らしいが、サーペント・ドラゴンを確実に捕捉するため最高速度が維持可能な二人で挑む事になる。というか、摩耶はともかくキメラとサージェスは自力で高速移動が可能なので、そもそも乗る必要がない。一応俺たちは背面に水中移動用のジェットを装備しているがこれはあくまで補助、大まかな機動は基本的にボーグ頼りになる。


「ボーグ、発進のタイミングは任せる」

「OK。急激ナ水圧二気ヲツケテ」


 搭乗といっても、俺たちは単純にボーグの背に乗っているに過ぎない。取っ手と足場は用意されているが、それだけだ。高速移動すれば水圧もかかる。多分、冒険者の身体スペックでないと死ぬ圧力だ。


「カウントダウン開始シマス。5、4、3、2……」


 唯一水中で発声可能なボーグのカウントが始まる。

 準備は完了した。これが0になって発進すれば、あとは全力を叩きつけてやるだけだ。


「0!」


 噴射装置から轟音が鳴り響き、爆発するような勢いでボーグの体が前進する。

 分かっていた事だが、ゴーグルを着けていても前が見えない。ある程度接近すればゴーグルに反応が映るはずだ。事前に確認した相対位置と速度、そして研ぎ澄まされた勘でサーペント・ドラゴンへ取り付くタイミングを測る。

 あと少し。あと少し。……今だっ!!


――Action Skill《 ブースト・ダッシュ 》――

――Action Skill《 ブースト・ダッシュ 》――


 走るわけではないが、ボーグから離れる一瞬の踏み込みのために《 ブースト・ダッシュ 》を発動。俺とユキがほぼ同時に飛び出した。ボーグは両側から蹴られる事になるが我慢して欲しい。

 ほぼドンピシャの位置にサーペント・ドラゴンの表皮を目視した。


――Skill Chain《 シャープ・スティング 》――


 目眩のするような超加速の重圧に耐えつつ、水中を移動する。俺たち二人とサーペント・ドラゴンの距離がゼロになる。ボーグの噴射装置と《 ブースト・ダッシュ 》で極限まで加速したユキが放つのは刺突技 シャープ・スティング


――Skill Chain《 流水の太刀 》――


 それに続き、俺が放つのは水圧の影響を受けずに振り抜ける抜刀術。確かな手応えを以て、サーペント・ドラゴンの硬い外皮が切り裂かれた。

 発動可能武器も刀のみ、納刀状態からの居合いでしか発動しないと限定条件の多い《 刀技 》で、威力や剣速、種族特攻の補正があるわけでもない微妙な技だが、水中での発動という点に関してだけなら優秀だ。地上とほぼ変わらない感覚で発動できる。スキル名と違い、切り裂くのは液体であればいい。熟練者ならそれこそマグマであろうが両断するらしいが、今の俺には真似できないし、したくない。怖いし。


――Skill Chain《 瞬装:スパイク・アンカー 》- 《 削岩撃 》――


 続けて、俺は巨大な錨を展開し、サーペント・ドラゴンの表皮に追い打ちをかける。本来の用途ではないが槌扱いらしく、棘が食い込むので水中の相手に取り付くのにちょうどいいのだ。一方、ユキはラディーネが用意した< アンカー・ショット >を打ち込み、地上でやるのと同様に《 ロープ・アクション 》を始める。


――Action Skill《 瞬装:スパイク・アンカー 》- 《 削岩撃 》――


 両手に< スパイク・アンカー >を展開しつつ、サーペント・ドラゴンの体に沿って交互に攻撃を加えていく。

 うねり、身をよじるだけで簡単に振り落とされそうになるが、簡単には離れない。このままダメージを稼ぐ。

 このまま俺とユキの攻撃だけで終わればいいのだが、そう理想通りに状況は推移しないだろう。取り付いた相手を振り落とすためにこいつがとる行動は至近距離で自らも被弾覚悟の機雷発射か、子竜への指示……。

 揺さぶれられる中で、不意にユキと目が合った。ロープに引っ張られつつ、こちらを見る目は何かを訴えている。なん……だ?


 疑問は数秒後に氷解した。サーペント・ドラゴンが俺たちを振り落とすために取った行動は、まったく予想外の一手だったのだ。

 水面からの飛翔。遥か頭上の洞窟の天井に届こうかという大跳躍で、一気に空中に躍り出る……って高い、高い! お前、動画でこんな動きしてなかっただろうが!

 あまりに予想外の行動に、< スパイク・アンカー >を握る手が緩む。いや、緩まなくてもこのまま水面に叩きつけられれば振り落とされるのは必至だ。


「んなろっ!!」


 ユキが表皮を蹴って離脱するのを確認した。それに続くように俺も離脱する。

 猛烈な勢いで着水。追ってサーペント・ドラゴンの巨体で掻き回された水中で、方向感覚が失われる。上下左右、どこに向かって流れているのか分からない。というか、水面に叩きつけられたショックで息ができない。

 こんな状況ではユキやボーグの救助は期待できない。自らリカバリするしかないだろう。とりあえず水面に出ないと。上はどっちだよ!

 悪戦苦闘する事数秒。ようやく水面に辿り着いたと思ったら、今度は更に嫌な光景が目に入った。


――Action Skill《 ウォータープレッシャー・キャノン 》――


 動画で散々確認したサーペント・ドラゴンの得意攻撃。水を圧縮して撃ち出すブレス。それが放たれる瞬間だ。

 近づくのは困難。ここは逃げるしかない。


「摩耶っ!! プランBへ移行! 絶対に逃すなっ!」

『イエッサーです』


 イヤホンから聞こえてくる摩耶の返答。なんだ、流行ってるのかそれ。




-4-




 狙いも付けずに放たれた《 ウォータープレッシャー・キャノン 》で広範囲に渡って水流が掻き乱され、俺は再び水中でグルグルと回転する羽目になった。直撃を喰らっていたら一発でアウトだったので、これでも運は良かったのだろう。

 水流が戻っても下手に動くわけにはいかない。あいつは逃げる際に機雷をバラ撒く習性があるから、今俺の周りは機雷だらけのはずだ。数発喰らったところで死にはしないだろうが、ここはボーグの救助を待つほうが得策だろう。というか、自分がどこにいるのかも上下含めた方向感覚も分からない。

 ジッとしている事数十秒、俺の位置を特定したボーグによって回収され、再び地上に戻る。ユキは自力で地上へ脱出していたらしい。


 周りを機雷で囲まれている以上、その除去が優先だ。ボーグが誘爆用のネットを射出。安全な経路を確保する。

 プランBに移行した以上、急ぐ必要はない。摩耶が失敗したら再度作戦を練り直す事になるが、成功さえすれば奴は袋の鼠だ。


「ボーグ、噴射装置の換装に入ってくれ。もう一度突っ込むぞ」

「イエッサー」


 ある程度機雷の除去が終わり、再攻撃の準備を始める。キメラとサージェスに待機位置を指定し移動を開始してもらい、ユキは< アンカー・ショット >の装填、ボーグの噴射装置のチャージが終了すれば準備完了だ。あとは摩耶の合図を待つだけ……。


『カウントダウン始めます。5、4、3……』


 イヤホンから聞こえてくるカウントに合わせて、フロアごと倒壊するかのような巨大な地響きが鳴り響いた。

 サーペント・ドラゴンの逃げ道に仕掛けられた爆弾の音だ。奴が逃げた先は一本道。上手くいけば土砂に埋もれて身動きがとれない状態に陥る事になる。まあ、最悪でも逃げ道を封鎖できれば問題ないだろう。


『すいません。封鎖は成功しましたが、タイミングが少し早かったようで、生き埋めにはできませんでした』

「いや、上等だ。追い込みかけるぞ」

『了解』


 次の強襲に合わせて逆側の通路に陣取っていたサージェスとキメラを投入する。ここからは、逃げ場を失ったあいつと俺たちの総力戦だ。


 この状況に追い込んだ時点で、この戦闘はほぼ仕上げの段階に入ったと言っていい。

 もはや奴に逃走経路は存在しないし、時間も有り余っている。サーペント・ドラゴンを救助するために集まってくる子竜も、水中を泳ぎ回るキメラの敵ではない。ボーグは火力こそ低いが長距離から打てる魚雷をひたすら叩き込む。あとは俺たちがダメージを稼げばいいと、ほぼ詰みの段階だ。

 少しずつ、慎重にダメージを稼ぎ、HPを削り取っていく。狂化もしないこいつはHPが一割を切ろうが戦闘力はそのままで、行動パターンが劇的に変わる事もない。

 そんな中、苦し紛れで水面から巨体が飛び出した。《 ウォータープレッシャー・キャノン 》のモーションだ。


「今だ! 突っ込めサージェスっ!!」

『イエッサー!』


 お前もか。

 詰めの段階に入り、一番怖いのはなりふり構わない特攻だ。次点での脅威は奴の主力である《 ウォータープレッシャー・キャノン 》。だが、その発動には時間がかかる。予め準備していたサージェスが発動の阻害のために飛び込んでいく。


――Action Skill《 トルネード・キック 》――


 いつかヒュージ・リザード戦で見せたように、サージェスは錐揉み回転しながらサーペント・ドラゴンの体内に入り込む。当然、《 ウォータープレッシャー・キャノン 》はキャンセル。あとはサージェスが内部から攻撃を加え続ければ、あの巨体とてひとたまりもないはずだ。……と、推移を見ていたら、サージェスが飛び込んだ反対側から突き抜けた。……勢い付け過ぎだろ。


――Skill Chain《 トルネード・ターン 》――


 あ、戻った。

 サージェスは天井を蹴り、再び突き抜けた場所から体内へと侵入した。最初から狙っていたのか、失敗したのを慌ててリカバリしたのかは分からないが、結果が良ければ別にいいか。

 サーペント・ドラゴンが体内で暴れる変態に対処する術は存在しない。このまま放っておいても決着はつくだろう。


『ツナっ!?』


 通信機からユキの声が響いた。分かっている。

 奴が最後に選んだのは、誰かを道連れにするための特攻。危険など無視した巨体での体当たりだ。そしてその狙いは俺。だが、その行動は読んでいる。このまま正面から迎え撃ってやる。

 この距離で、この速度の突進から逃れる術はない。直撃を喰らっても死にはしないだろうが、どうせ避けられないのなら、この断末魔のような突進を真正面から受け止める。迎え撃つための始動技は《 流水の太刀 》だ。そこから可能な限り、全力でありったけをぶつけてやる。


――Over Skill《 流水の断刀 》――


 は……れ?

 強烈な違和感があった。不発というわけでもなく、むしろ普段よりも強烈に、正面の水を文字通り切り裂いてサーペント・ドラゴンの口から数メートルに渡って裂傷を刻み込んだ……のだが、タイミングが大幅にずれた。連携を考慮するなら取り返しのつかないほどに。

 当然スキルは打ち止め、技後硬直が始まる。動けないまま、魔化の始まったサーペント・ドラゴンの突進を目前にして。


[ 無限回廊 第四十層 階層ボス サーペント・ドラゴン撃破 ]


 困惑の中、最後の最後に豪快なリベンジを喰らいながら、俺は首よりも先まで大きく口が開かれたサーペント・ドラゴンの巨体と共に岩盤へと激突した。……なんとも締まらない幕切れである。




 サーペント・ドラゴンが魔化していなければ押し潰されて死んでいた可能性もあるが、結果として第四十層攻略戦は無事に終わった。俺もボーグに回収されるまで瀕死の状態ではあったが、とりあえず生きている。ポーションさえ飲んでしまえばあとは普段通りだ。

 ……普段通りのはずなんだが、最後の一撃の違和感が拭えない。


「ツナ、なんか最後の動き変じゃなかった?」


 あんな状況でもユキは見ていたらしい。


「ああ……俺にも良く分からんが、あとで話す」


 結局、あれはなんだったのだろうか。カードを見ても《 流水の太刀 》はそのまま残っているから昇華したわけでもない。

 ……Over Skillとか表示されていたが……オーバースキルってなんだ?


「摩耶もなんか心配事?」


 合流のため、こちらに歩いて来た摩耶も思案顔をしている。まさか、俺と似たような現象でも起きたのか……。


「いえ、ただ出口はどこにあるのかな、と」

「…………あれ?」


 そういえば普段と違ってここはフロア全体がボス部屋だ。撃破メッセージは出たが、転送ゲートに入らないとまさか攻略失敗になるんじゃ……と、慌てて全員で手分けして探す事、数十分。なんでもないような場所にポツンと転送ゲートが出現していた。時間に余裕はあったので問題ないが、これがギリギリだったら目も当てられない事態になりそうだ。

 あとで調べてみたら、経験者の間ではネタとして使われる初見殺しだったらしい。タチの悪い冗談である。

 ボス倒したからって気を抜くなって事だな。うん。




-5-




 無限回廊第四十層を攻略した事で、当面の目標は達成できた。

 今後はパーティを入れ替えて順次第四十層の攻略者を増やしていく予定だが、それはユキに任せて俺は一ヶ月前後の休息に入る事になる。別に体調不良とかデス・ペナルティではなく、例の《 魂の門 》を使用するためだ。

 リリカの話によれば《 魂の門 》を使用した場合、一時的に能力が大きく減衰するのだという。特にステータス値に関してはすべてが一桁になるそうだ。これは術を受ける対象だけでなく術者……この場合はリリカも影響を受けるらしい。個人差はあるらしいが、この能力減衰が元に戻るには長ければ一ヶ月ほどかかるという事で、念のため一ヶ月休むという申告をしているのだ。

 というわけで、状況は完全オフに近い。ついでなので、そろそろ滞っていたリリカの引っ越しをしてしまおうとしたのだが……。


「あ、いや……その、準備が……」

「なんの準備だよ。荷造りなら手伝うし、アレクサンダーなんてプロだぞ」


 リリカの反応はやはり芳しくない。この状況において引っ越しを渋る理由は分からなかった。

 引っ越したくないというのなら話は分かるがそういうわけでもないし、無駄に家賃のかかる寮にいるよりは、さっさとクランハウスに引っ越してしまうほうがいい。そもそも引っ越しの話はかなり前から伝えてあるのだ。今更準備ができてないというのもおかしいだろう。


「その、ね? ……荷物多くて」

「いや、だから荷造り手伝うぞ。第四十層攻略して暇になったし」

「あう……」


 埒が明かない。ギルド会館で問答していても始まらないと、リリカの部屋に向かう事にした。半ば強引に。


「き、汚いから。ちょっと引くくらいに」

「引っ越し準備してるなら、そりゃ散らかっててもおかしくないだろ」


 作業中まで、女の子の部屋に清潔感を求めてはいない。

 だが、扉が開かれた先にあったのはあまりにも予想外の光景だった。目の前に広がる腐海。いや、汚物があるわけではなく単に物で埋まっているだけなのだが、これでは部屋というよりも倉庫だ。天井まで物で埋まっている。


「……すまん、部屋を間違えたみたいだ。倉庫だったわ」

「いや、ここだから。倉庫じゃないから」


 入り口から引き返そうとする俺だったが、リリカに引き止められてしまった。

 ……え、マジで? 一応、荷造りの紐やダンボールも見当たるが、ほとんど手付かずのままだぞ。どこで寝てるんだよ。


「リリカはアレか、片付けできない人なのか?」

「う……か、片付け方を知らないだけだから。貧乏放浪生活で、こんなに物を持った事ないし」


 いや、その理屈はどうなんだ。そりゃ、物がなければ片付ける必要はないだろうが。

 そもそも、貴族として実家で生活していた頃はどうなんだよと聞いてみれば、その頃は使用人が片付けていたらしい。

 この分だとリリカさんの女子力は軒並み低そうだな。いつ見てもローブだし、あんまりオシャレに気を使うようにも見えない。体型も……うん、詳しく語るまでもない。


「まあ……引っ越し渋ってた理由は良く分かった。なんでこうなるのかはさっぱり分からないが」

「お金が入って、色々欲しい物を買っているうちにこんな事に……。荷造りしても、それ以上のスピードで物が増えていくの」

「会館の倉庫を利用すれば、マシになるだろうに」

「そっちも埋まってる」


 Oh……。


「つーか、これ整理だけで一日仕事だぞ。完全オフの日で良かった」

「が、頑張ろう。私も頑張るから」


 部屋の主なんだから頑張ってもらわにゃ困るんだが……。


「…………」

「な、なに?」


 ……いや、ダメだ。引っ越すのが分かっていてこの状況なのだ。しかも延期した上での惨状である。そんな部屋の主が頑張ったところで役に立つはずもない。手を出したら余計に散らかってしまう可能性もある。


「よし、リリカは先にクランハウスに行ってるといい。助っ人でパンダたち呼ぶから」

「なんでって!?」


 いやだって……ねえ?




 そういうわけで、俺も手出しはしない事にした。ここは完全にプロに任せてしまうべきだろう。

 アレクサンダーを含むパンダ連中と、その伝手で呼んだ元の職場の人員を投入し、プロの引越し屋たちが全力で作業に当たる事になった。そうして、そんなプロたちでも半日以上かかる作業を終えたあとは移動だ。一度に搬入するにも大量過ぎるため、とりあえずの暫定処置としてティリアの部屋の庭を物置として使わせてもらう。


「なんじゃこりゃ。狭いんだが」


 庭の住人から苦情まで入る始末である。


「悪いな。今日中には片付くから」

「構わんが……なにかイベントの設営か? それにしちゃ物の種類が偏っているが」


 俺が見ても良く分からないが、荷物は魔術関連の品がほとんどらしい。魔道具や触媒、リリカがこれまで買えなかった、外の世界では珍しいものらしい。迷宮都市なら店に行けば買える代物だが。


「まあ、ツナのクランに入ろうという奴だからな。むしろ納得するわい」

「あ、あれ? そこまで?」


 そこまでって、どこまでだよ。こんな状況を作り出すのが納得って、ガルドにとってのウチの印象はどうなってんだ。


「これはアレだな。お前に一人暮らしさせるのは問題あるな」

「そ、そう……かな?」


 いや、一目瞭然だろ。こんなの放置できんわ。というか、自分でも分かってるから引っ越し渋ってたんだろうに。


「クランハウスなら部屋拡張できるわけだし、お前誰かと相部屋にしろ。お前にしてもそのほうがいいだろ」

「その……ツナ君とか?」

「なんで俺やねん。普通は女だろ」


 極自然に異性を引き込もうとするんじゃありません。というか、普通に嫌だよ。整理整頓、掃除の代償にエロい事要求しちゃうぞ。それでいいなら考えてしまうかもしれんが。……あ、ディルクたちはまた別だぞ。あれは結婚前提だ。


「……今からだとロッテとかかな。あいつも酔っ払ってた勢いで部屋予約とか言ってたし。同じ魔術士同士なら話題も合うだろ」

「う、うん、そうだね。そうだよね」


 なんで残念そうなんだ。俺と同棲したかったわけでもあるまいに。


「掃除が駄目なのは分かったが、リリカは他の女子力はどうなん?」

「女子力……ってなに?」


 一人暮らしするのに必要な技能は整理整頓だけではない。クランハウスなら他の奴に頼るという手もあるが、何か分担できる作業があるならローテーションに組み込みたいところだ。


「ほら、料理とか。旅してたなら、ある程度はできそうだけど」


 たとえば料理は野営するにも必須に近い技能だろう。方向性は違うが、フィロスとかも騎士団では必要だったとか言ってたし。俺はできないが、個人ならなんとでもする自信はある。獲物さえいれば、生でもいける。


「料理? 得意……かな」


 本当かよ。あまり自信のない返事されても信用できないぞ。


「じゃあ、得意料理は?」

「鹿……の解体とか……猪とか、兎とか……あと馬も経験がある。切れ味のいいナイフさえあれば大抵の獣なら……」


 それは料理ではない。まったく関係ないとは言わんが、その前段階だ。むしろ高度だが、女子力は下がってるだろう。


「……さすがに生で食うわけないよな?」

「まさか。お腹壊すし、当然焼く。捌く前から焼けてる事も多いけど」

「……良く使う調味料は?」


 焼くにしても、そのままって事はないだろう。調味料なら嵩張らないし、旅をしていたならハーブ類も詳しいかもしれない。まあ、人間が活動するのに塩分は必須だから塩は持ち歩くとして、あとは……。


「……塩?」

「Oh……」


 予想以上にシンプルな答えだった。肉解体して焼いて塩振るだけかよ。

 というわけで、リリカさんの女子力は全面的に壊滅的だという事が判明した。クランハウスに住むなら必須ではないし、今後ユキさんとかに習うのもいいだろう。いくらなんでも、習うのすら断られる俺よりはマシだろと信じたい。


「それで例の《 魂の門 》だけど、第四十層も攻略した事だしそろそろ使ってみたいんだが、準備とかは必要か」

「え……。あ、うん。相性は大丈夫なはずだし……いつでも」

「相性?」

「術者本人以外に使う場合、よほど魔力の相性が良くないと弾かれるから」


 そうだったのか。エリカは相性が合わない可能性も考えて言ったんだろうか。あいつの不可思議っぷりなら相性を知っていたという可能性もあるが。


「俺とリリカの相性がいいって事か。……そういうのってちゃんと調べないといけないもんじゃないのか?」

「え……そ、う。ほら、私はこの眼があるから。そういう相性もバッチリだから。バッチリ」

「眼ってなんだよ」


 なんか態度含めて色々おかしくないか? 挙動不審だぞ。引っ越しの話からずっと。


「実はこの眼、両方とも師匠が用意した特殊な義眼で、迷宮都市でいう《 魔眼 》のような効果があるの」

「……そうなのか。言いたくない事なら言わなくていいぞ。複雑な事情がありそうだし」


 なんか踏み込んじゃマズイ部分なのか? どう考えても重い過去があるよな、これ。両眼とも障害があったとか、事故で失ったなんて話が待ってそうだ。


「事情? 魔術を使うのに便利だからって師匠に抉り出されて……」

「ごめん……想像以上に斜め上の事情だったわ」


 やむを得ずとかではなく、便利だから抉るのかよ。信じられねえな、その師匠。


「だからってわけじゃないけど、いつでも門は開ける。前も言った通り効果は保証できないし、一ヶ月程度は後遺症で動くのも大変になるけど」

「< 四神練武 >に第四十層攻略と、予定してたノルマはクリアしたからそこは問題ない。その間はスケジュールにはせいぜい講習でも詰め込んでおくさ」


 動けるなら、あの大量の講習を処理する事はできるだろう。勉強漬けになるのはちょっとアレだが、ちょうどいいといえばちょうどいい。


「なんの話だかは良く分からんが、ツナはしばらく冒険者として活動できなくなるという事かの?」


 と、ジッとしてたガルドが話に割り込んできた。


「そうなるな。他の連中の第四十層攻略には付き合えなくなるが、ユキやサージェスに任せておけば大丈夫だろ。結構前から話してあるし」

「……ふむ」

「なんだ、何か問題でもあるか?」

「それ、どうせなら来週にせんか? 一度、ワシと無限回廊に潜ろう」

「ガルドと? 急ぎってわけでもないし、一週間くらい問題はないだろうが……」


 あるとすればリリカだが、こいつも中級昇格が確定して三月中旬までは余裕のある状態だ。視線をリリカに向けると、肯定するように頷いた。しかし、ガルドが今更俺たちの攻略している層に用があるとも思えない。


「四十層あたりのレアモンスターかアイテムが必要とか? それなら手伝うのも……」

「いや、第五十層だ。休息に入る前に八本腕を倒しておくぞ」

「……は?」


 ……は?



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