第17話「四神練武・参」




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 特別イベント< 四神練武>最終日。第四エリアは様々な意味でギリギリの攻略となった。

 いや、第三エリアからずっとギリギリじゃねーかって感じではあるが、どこまでいっても綱渡りなのだ。しかも、ロープは先に進むごとに細くなる仕様である。

 とはいえ今日で三日目、最終日だ。綱渡りもゴールが近い。それがゴールなのか後ろからロープが千切れていくタイムリミットなのかは判断が難しいところだが、あと少しで終了という状況なら頑張る気力も湧こうというものだ。

 実のところ、攻略難度という意味だけで言うなら二日目終盤、第四エリアの中継地点を探索していた時よりも下がっている。

 ロッテの勘を頼りにどこにあるかも分からない中継地点を発見する、どうしても極端にルートを限定される博打に比べ、当面の目標である第四エリアボスはエリア境界線上に複数設置されているのだから、ルート選択の余地が残されている分楽なのだ。分かり易く言うならガルドの巨体が通れない道を迂回する事も可能という事である。その分、罠的、仕掛け的な難易度は格段に下がっていると言っていいだろう。

 戦力はギリギリ足りている。誰か一人でも脱落……いや、初日に見た転移などで分断された場合でも、あっという間に壊滅の危険のある状況であるというのが足りていると言っていいのかは微妙なところだが、俺とサージェスでパーティ前提の戦闘ならなんとかなるし、ガルド、空龍の二人に至っては残り二人をフォローしてもまだ余裕がありそうだ。低レベル帯の二名に関しては、すでに純粋な戦力として活躍できる余地は残されていないが、探索、攻略ルート策定、アイテムによるサポート要員としては重要である。死亡のリスクがあっても簡単に帰還してもらうわけにはいかない。サポートの手が減るという事は、その分戦闘要員の手を取られるという事になるのだ。とにかく、問題なく探索が進められる程度にはパーティとして機能している状況と言っていいだろう。わずかでも油断しなければという前提は付くが、そもそも油断なんてできるわけがない。俺たちが普段戦っている層よりも遙かに高レベルのモンスターがそこら辺をうろついているのだ。


「というかだな、ここら辺、クラン解散する前の主戦場と大して変わらんのだが……」


 ぼやくガルドの言葉は、ここが下級ランクが来るような場所ではない事を示しているが、戦えているのだからまだいい。

 現状の問題は戦力ではなく時間だ。二日目終盤、第四エリアの攻略で稼げた距離は直線距離にして三分の一程度。これが稼げただけでも奇跡的だが、逆に言えば第四エリアは三分の二も残っている。普通に考えて、広大な第四エリアの三分の二となると八時間かけても踏破は不可能。探索を必要最低限、ロッテの勘を併用しても一時間程度残して突破できればいいほうだろう。第五エリアに入って得点稼ぎしようとしている以上、この残り時間が鍵となる。ボーナス補正のかかったモンスター討伐を行うにも、それ以外の何かが起こる事を期待するのにも、前提となる時間がないと話にならない。

 確実に進んでいる。このペースなら第四エリアボスには届く。しかしどうしても焦りが出る。


「焦らないで。……多分、もう少しペースアップできる。段々このダンジョンを構築した時のパ……お父様の思考状況が読めてきたのです」


 口調がおかしな事になっているが、慣れてきたのかここに来てロッテの勘が冴え渡っている。違いは戦力とフロアギミックの兼ね合いだ。どうも、ここまで複雑化したフロアギミックを相手にするなら多少遠回りでも迂回したほうが結果的に早道になる場面が多いらしい。迂回した先も楽ではないんだが、二日目終盤に遭遇したような極悪な仕掛けは見ていない。ただ、それもルート選択が可能な中盤までの話で、エリア終盤になるとルート上どうしても突破しなければならないフロアが出て来る。

 俺たちが遭遇しボス部屋への道を阻むのは、第一エリアからいくつか確認されていたダーク・ゾーンの亜種だ。

 第四エリアの最後の最後で遭遇した、そのアップグレード版とも呼ぶべきフロアは一切の光を反射しない素材で造られており、光源を出しても見えるのは俺たちの姿だけという危険なゾーンである。このゾーンのために用意されたような、見えず、《 看破 》も効かないモンスターを相手にしながら、見えない道を手探りで辿る必要がある。おそらく、構造的には壁で仕切られた迷宮ではなく空中に浮かび移動する通路。いや、見えないから分からんねん。


「見覚えがありますね。[ 鮮血の城 ]の第一関門で似たようなフロアを体験しています。私が先導しましょう」

「[ 明滅の間 ]ね……。あれは一瞬の記憶を頼りにダーク・ゾーンを抜ける仕掛けで、ここはその一瞬の構造確認すらないんだけど」

「大丈夫ですロッテさん。記憶力には自信がないので、あの時も空気の流れと反響音、あとは勘で進みました」


 それは大丈夫と言っていいのか?

 しかし、ここを突破しないという手はない。距離で判断するなら、第四エリアのゴールは目の前なのだ。


「自信あるなら先導してくれると助かる。アレクサンダー、光源用の消費アイテムあっただろ。サージェスの姿だけでも見えるなら……」

「無用です、リーダー。私にはこんな時のために存在するような、うってつけのスキルが存在します」


 ……あったっけ? また、恒例のいつ覚えた分からないスキルか?


――Action Magic《 ブライト・マッスル 》――


 発動に合わせて暗闇に浮かび上がるのは光る筋肉。光っているのは筋肉だけなので人体標本のようだが、目印としては使えそうだ。

 ちなみに、サージェスが最もアピールしたい部分は筋肉ではないので自然と修正がかかる状態だ。あまりにアレな絵面にアレクサンダーが呆れ、ロッテが露骨に嫌そうな顔をしているのが想像できるが、見えないのだから関係ない。

 ……そういや、そんな魔術覚えてたんだっけな。筋肉をアピールする目的なら、ここ以上の場はない。誰もが見ざるを得ない上に、そもそも見る物がそれしか存在しない。サージェスに指南した< マッスル・ブラザーズ >のみなさんも喜ぶだろう。というか、いつの間に脱いだんだよ、お前。

 そんなサージェス……いや、サージェスの光る筋肉を目印に暗闇を進む。どうやら、《 ブライト・マッスル 》には見る者のヘイト……いや注目を集める効果があるらしく、見えないモンスターの攻撃もサージェスに集中するので俺たちも楽だった。多少噛まれたり食われたり削られたり抉られたりしているが、奴にはご褒美なのである。援護はし易いし、ちょっとしたフレンドリーファイアも許容範囲内だ。死ななければ別に構わない。

 そんなダーク・ゾーンを抜けてみればかかった時間は一時間程度。長い、気の遠くなるような時間をかけて突破したような気がしたが、感覚が狂っていたらしい。実際、ティグレアが確認しているマップ上でも距離はそこまで進んでいない。

 だが、目標は近い。この状況なら誰でも分かる。


「第四エリアボス部屋だ」


 一直線に続く長い通路の果て。モンスターのひしめくその先に巨大な門が見えた。




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 第四エリアのボスエリアで待ち構えていたのは通常仕様のボスだった。第三エリアのように事前に正体が明かされるという事はなく、ルートによって出現するボスが異なる仕様だ。

 ティグレアによれば、多少バラつきはあるが無限回廊第五十層~第六十層のボスクラス。Cランク前後の冒険者が対峙するモンスターである。トマトさんたちがメインで戦っている戦場と言えば分かり易いだろうか。

 参加するのは俺とサージェス、ガルド、空龍の四名。アレクサンダーとロッテはボス部屋の前で待機となる。第三エリアのように前情報があるというわけでもないので、極力リスクを減らす目的だ。

 ただ、ロッテには《 念話 》の中継をしてもらう。この距離なら問題なく《 念話 》も継続できるし、部屋の外で待機していれば中継が切れる事もないので安心だ。サージェスはダーク・ゾーンで受けた無数の傷が残り、見た目満身創痍でボロボロだが、いつもの事なのでボス戦に参加である。


「く、スーツが上手い具合に引き裂かれてしまうなんて……これではふとした拍子にポロリとしてしまう」


 いつもの事なのである。


 第四エリアボスは"強敵だった"。

 純粋なパワーファイターと、式符という特殊な魔術を使うサポートの二体。単純だが、能力的にはガルド、空龍の実力を加味してもまだ格上。本来六人で戦うような、しかも格上の相手に対し四人というのはやはり厳しかった。

 パーティ内で万全に役割を果たせているのはタンクのガルドのみ。それも、押される俺たちのフォローで負担が大きくなる。

 消費アイテム以外で回復ができないというのも厳しい。そのアイテムもここに来るまでにほとんど使い切ってしまっている。わずかにでも残っているのはアレクサンダーの遣り繰りの賜物だろう。

 サージェスは相変わらず良く分からんが、空龍ですら攻めあぐねる。基本的に能力に依存したゴリ押し、人型の戦闘経験値が足りないのが浮き彫りになった。途中、ここが最終戦になる事を覚悟して一度しか使えない切り札を出そうと提案されたがそれは却下だ。まだ、その時じゃない。

 状況は長期戦。それも少しずつ押されていた。

 なのに勝てたのは相性が主な理由だ。この状況で状況を覆す決定的な切り札を俺は有していた。決め手は俺の< 不鬼切 >。そこから繰り出される……《 鬼神撃 》……で、勝負が決まった。……決まった?

 ……第四エリアボスは"強敵だった"?


「なに、ボーっと突っ立っとる。もう残り時間は三十分強しかない。このまま第五エリアに突っ込むぞ」

「……あ……え?」


 惚ける俺にガルドが話しかけてくる。その言葉は、第四エリアのボス戦が終了したような内容だ。近くには待機していたはずのロッテもアレクサンダーもいる。

 ……どういう事だ? 俺は何と戦った? なんで、こんなあやふやなんだ?


「……すまん、状況が掴めない。第四エリアボスで何があったか説明してくれ」

「何言ってるの? 戦闘中に普通に《 念話 》で会話してたのに。鬼だったんでしょ?」

「今のところ専用ダンジョンでしか見かけない妖怪カテゴリの鬼種だな。豪烈鬼と陰陽鬼。どちらも単独でイベントボスを張れる大物だ。……トドメ刺したのはお前さんなのに覚えてないのか?」

「鬼……あ、いや、覚え……てる」


 握られた< 不鬼切 >に残っている感触、< 童子の右腕 >に残った《 鬼神撃 》発動後特有の感覚がそれを真実だと告げている。そして何よりも俺自身、その"記憶がある"。

 ……覚えてるな。言われてみたら、ちゃんと戦った記憶がある。いつも通り苦戦して、ほとんど捨て身の特攻で《 鬼神撃 》を叩き込んだんだ。

 どんな姿だったか、どんな戦い方だったかも覚えている。……なら、これは認識阻害じゃない。なんだ? 鬼が原因なのか?

 《 因果の虜囚 》の影響が頭をよぎったが、発動時にいつも感じている不快感や唯一の悪意に対する負の情念はない。空龍を見てもそれらしい反応は特になく、心配そうにこちらを見返して来た。……少なくとも、感じ取れるようなものはないという事だ。

 ……記憶飛ぶような戦い方でもしたのかな。バーサーカー的な。


「悪い。第五エリアへ行くぞ」


 分からない事をあれこれ考えても仕方ない。今すべき事は第五エリアへ突入して最後の得点稼ぎをする事だ。ガルドが言うように、残り時間が三十分しかないなら余計である。

 第五エリアに何が待っているのかは分からないが、基本的にモンスター狩りがメインとなるのは間違いない。予定では狩りの状況が安定した時点で事故防止のためにアレクサンダーを帰還、ロッテも状況を見て拠点へと戻す事になるだろう。これから始まるのは俺たち四人の修羅場だ。


 拠点からの転送に使われるであろう門を潜り足を踏み入れた第五エリアは、第四エリアまでとは趣きの異なる装飾が施されていた。

 何が、というわけではないのだが、全体的に大きな……そう、装飾を含めた構造物の規格がこれまでより大きく感じる。巨大ではあってもあくまでも人間向けだった造りが巨人向けのサイズに変更されたような、こちらが小人になったような違和感。別にそういう特殊な攻撃を喰らったというわけではないだろう。おそらくは、この先はこういった巨大なサイズのモンスターが当たり前になるのだ。


「……広いな」


 単純に通路を歩くだけで数倍の距離がある。普段の一歩分進むのに数歩が必要になる感じだ。


「第五十一層以降で良く見られる大型モンスター向けの構造だな。ダンジョンは基本的に挑戦者のサイズを前提として規格が構築されるが、それは出現する雑魚モンスターが巨大であった場合も適用される。ボスだけなら広間がでかくなるだけなんだがな」


 ガルドの補足があった。概ね俺の認識と同じ回答だ。


「へー、そうなんですか」


 だが、空龍はその回答に感心しているらしい。知らなかったのか?


「なんだ、お前さんのところの無限回廊は仕様が異なるというわけでもあるまい。……まさか違うのか?」

「いえ、龍のサイズに合わせて構築されるので、それよりも巨大なサイズのモンスターが出てくるという状況があまり……」

「そういや、お前さん本体はでかいんだったな。挑戦者が全員でかいなら気付かんかもしれん」


 俺が見た事ある本体は銀龍だけだが、確かにあのサイズが基本として構築されるなら気付かないかもしれない。皇龍も本体だろうが、さすがにアレは例外だろう。


「これよりもう少し広ければワシの愛騎も呼べるんだがな」

「このサイズで呼べないのかよ。岩の竜だっけ?」

「岩晶竜という。ここでも呼べん事ないが、暴れたら確実に崩落する。もう少し開けた場所だったら即召喚陣を展開するつもりだが、残り時間を考えるなら……おい、もう十分ほどモンスターと遭遇しとらんぞ」


 今頃かよ。というか気付いてなかったのかよ。ここまでモンスターも罠もないただの通路だぞ。


「いや、お前以外全員気付いてるんだが。……不可解だとは思うが第三エリアにあったアレだろ?」

「そう……だと思う。なんかどこかで見た事あるような気も……」


 歯切れは悪いが、ロッテもその判断だ。おそらくは第五エリア基準でもよほど危険なモンスターが待ち構えているとか、そういう事なのだろう。

 まさか、第五エリアを使う想定をしていなかったからモンスターが配置されていないとかそういう事はないと信じたい。それならやり直しを要求するぞ。


「罠の反応もないですね。第五エリアに入ってから、ボードが故障したのかと思うほどフラットで……す」


 と、アレクサンダーの歩みが止まった。


「おい、どうした?」

「な……なんだこれ……ボードに表示されてる全領域から罠反応?」

「しまったっ!? 全員走って! これは超広域に展開された時限式トラッ……」


 ロッテの反応を待たずに床が発光を始める。いや、床だけではなく構造物のすべてが魔力光を発している。

 その現象は初日に第二エリアで見た転移罠や、かつてベレンヴァールに仕掛けられていた強制転移の術式と良く似ていて……。


「転……バラ……」


 必死に状況を伝えようとするロッテの声が消えていくのが分かった。




 落ち着け。この状況は体験済みだ。転送までの数秒で状況を整理しろ。

 おそらく、俺たちが喰らったのは転移トラップ。それも非常に大がかりでロッテの認識すら擦り抜けて来る類の珍しい代物だ。だが、ただ単純に別の場所に転送されたというのは考え辛い。十中八九全員バラバラに飛ばされた。

 冒険者のパーティが強いのは役割分担し、特化した長所でお互いの短所を補える部分が大きい。しかし、そういった役割が偏重したパーティの場合、誰か一人が脱落しただけで壊滅の危機に陥る。通常はそれでも特化せざるを得ないのが冒険者だが、次善の策として各役割のサブを用意するのが一般的だ。……しかし、一人どころか自分以外の全員が脱落したら? パーティ前提の場所でそんな事になれば、ソロ冒険者以外はまず間違いなく壊滅するだろう。

 転移罠はそれを強制的に引き起こす危険な罠だ。だからこそ、第二エリア以降ここまですべての転移魔法陣を避けて来た。なのにここに来ての強制発動。

 ……俺たちのチームで、ロッテ、アレクサンダーを除く四人はある程度個人戦闘が可能な人員で構成されている。最悪、ロッテとアレクサンダーは即帰還させるという判断もあるから、本番のダンジョンと違い、そこまで致命的というわけでもない。これまで死に物狂いでお膳立てした準備、少しでも確実な勝利を捨てるなら俺たちも即帰還という手はある。問題は第五エリアに配置されたモンスターの強さが分からない事。残り時間が極端に少ない以上、個別で対応できるなら限界まで……。

 いや……違う。楽観的に考えるな。そんな簡単なはずがない。わざわざこんな大がかりな仕掛けを用意して来たんだ。バラバラに転移させる"だけ"であるはずが……。


 その疑念は転移が完了した時点で氷解した。

 眼前に広がるのは巨大なフロア。遥か遠くにガルドの巨体……その頭の部分が辛うじて見える。他の奴らの姿は確認できないが、つまり、このフロアに全員、あるいは複数人がバラバラの位置で飛ばされた。

 ……多少離れてても同じフロアなら合流も容易だ、なんて楽観的な判断がこの状況でできる奴はいないだろう。

 巨大過ぎて天井も壁も視認できないほどの規格外。そのフロアを埋め尽くすように配置されたモンスターの群れ、群れ、群れ。

 第三エリアで散々苦労させられたジェノサイド・マンティスの姿もある。そんな奴がその他大勢として扱われるような強敵の群れ。

 転移地点、俺の周りだけは数十メートル間隔で開けた空間がある。しかしそんな距離、こんなところに出てくるモンスターなら一瞬で詰めてくるだろう。つまるところ、これは強制転移を利用したパーティ分断トラップとの合わせ技。合わせて来たのは……。


「……モンスターハウスだと」


 三百六十度すべてから放たれる殺気に、危機感が警鐘を鳴らした。




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「ティグレアっ!! 転移トラップだ。マップ情報と全員の位置を教えてくれ!」


 接敵までの数秒、どこまで対応できるか。初手を間違えば一瞬で全滅する。現在優先すべきは情報。最も手早く確認できる手段を取る。


『マップは超巨大な平面で……位置が表示されない。今どうなってんだ、ヤバイモンスターがいるのか?』

「な……にっ!?」


 こちらの状況が伝わっていない? そういう情報封鎖型のゾーンって事なのか。

 これでは、通信機を利用した合流指示も場所の確認もできない。ガルドだけは辛うじて位置の把握はできるが、それ以外のメンバーがどこにいるかも分からない状況ではどうしようもない。いや、最低限、ティグレアからアレクサンダーが持つ通信機に撤退の指示を……。


――《 ここ、超大型のモンスターハウス! バラバラに転送されて状況が掴めない! 念話繋いだから全員に指示して 》――


 緊急でロッテからの《 念話 》が繋がった。よし、全員に繋がってるなら対処のしようはある。合流するなら、目印は……アレだ。


――《 助かった。悪いがロッテ、お前の帰還は合流ギリギリまで粘ってくれ。可能ならアレクサンダーは帰還。全員、ガルドの巨体を探して合流しろっ! 》――

――《 了解です。あとは任せました 》――

――《 ガルド様のお姿は見えますが……簡単に合流させてもらえそうにないですね。数が多過ぎます 》――

――《 リーダー。こちらからではガルドさんの姿が見当たりません 》――


 空龍は目標を確認可能。サージェスだけは別のフロアか? いや、違うだろ。これだけ広ければそんな場所もあるに決まってる。くそ、どんだけ広いんだよ。


――《 こちらで石柱を立てるから。それを目印にしろ 》――


 さすがというか、手慣れている。ガルドが身長以上の高さの柱を造れるのはこれまでで確認済みだ。それなら目印になるだろう。


――《 自己判断で帰還。全員、必然的に無理する事にはなるが、それでもヤバいと感じた時点で離脱だ 》――


 ここはヤバ過ぎる。ジェノサイド・マンティスは分かるが、他のすべてが初めて対応するモンスターだ。それぞれ、どんなモンスターかなんて判断できる状況じゃない。《 看破 》してる余裕もない。イベント前にディルクに見せてもらった《 情報魔術 》なら、視界のすべてが情報で埋まるだろう。そんな異常事態だ。


『アレクサンダーの帰還を確認した』


 ティグレアからの連絡が入る。拠点への帰還防止とか、そういった制限はかかっていないらしい。アレクサンダーがモンスターの波に飲まれる前に対応してくれて助かった。

 応答する間もなく接敵する。幸い、各モンスターの巨大な体躯が邪魔をして、体格差のある俺に対して戦闘行動可能な領域は狭い。

 代わりに逃げ場はない。攻撃を回避するのに使うのは他のモンスターの体だ。死角になりそうな部分を狙って緊急の避難場所を確保する。だが、残念ながらそんなところに逃げ込んでも同士討ちはしてくれそうもない。こいつら、全員揃って最低限の知恵はある。

 剣が振れない。振るスペースを確保できない。こんな状況で活きるのはユキが使うような小剣などの小回りが利くショートレンジ武器、あるいはサージェスなどの格闘だ。扱う得物が大きい俺にはこの状況は厳しい。――と、《 ローリング・ソバット 》を放つ。

 そんな中、わずかだがモンスターの壁に穴が開いた。しかし、脱出路には使えない。その先にいるのは魔術を発動させようと杖を構えるオークの亜種らしきモンスター。


――Action Magic《 ソーン・バインド 》――


「しまっ!?」


 攻撃かと思えば、飛んで来たのは搦め手の一種。魔力で構成された棘のような鞭が俺の右足首に絡みつく。

 拘束力は大した事がないが、不意に足を引っ張られ、わずかに体勢を崩してしまう。その瞬間を狙って複数の攻撃が迫る。

 判断は間に合う。反応もできた。だが、対処するには圧倒的に手数が足りない。足を絡め取られたままでは大きく回避行動も取れない。

 なら、受ける。どれもが大ダメージ必至な攻撃だが、致命傷に至らないものを厳選して喰らう。死地の中にある活路はそれだけだった。


――Action Skill《 ブースト・ダッシュ 》――


 そして、移動が制限されるなら引っ張ってる術者の元に向けて走る。阻むように群がるモンスターの群れを強引に押し切って、《 ソーン・バインド 》の術者に一撃を加えた。加速を加えた斬撃に、《 ソーン・バインド 》の効果が切れるのを感じる。だが、それだけだ。術者を仕留めてすらいない。

 逃げるように群れの中に移動するオークを追撃するのは愚策。しっかりと他のモンスターが壁に入っている。奴ら、ちゃんと連携してやがるぞ。モンスターハウスは単純物量で押し切るもんだって聞いたんだけどな。開始十数秒でもうボロボロだ。


「ティグ、レア、……このフロアの大きさは分かるか?」


 情報が欲しい。周りにはモンスターしかいない。

 四方八方から放たれる攻撃を転がるように避ける。巨大なモンスターに何度も踏みつけにされるが、明確な攻撃でない分まだダメージは小さい。モンスター側も数が多過ぎてこちらの状況が掴み切れていないのは好材料だ。悪夢のように並ぶ悪材料の中の微かな好材料だが。


『……正確な大きさは分からんが、マップとして表示されているのは端から端まで直線距離で数キロメートル以上の長方形。完全な平面ってわけでもなく多少起伏がある。そこから繋がる通路はない。おそらく何かしらの個別の脱出手段が……』

「キロ……?」


 モンスターの上げる咆哮に紛れて聞き取り辛いが、聞き間違いであると思いたかった。

 第五エリアの大きさではなく、そこにある部屋の大きさがキロ!? 遠くに小さくガルドの姿が見えるが、ひょっとしてこの位置でも近いのか? 正直、ここからでも合流できるかも怪しいんだぞ。


――《 こちらガルド。リーゼロッテと合流した。随分近かったようだな 》――


 ここに来て嬉しい報告。ロッテがタンクであるガルドの傍にいれば、《 念話 》が途切れる心配をしなくて済む。代わりに自分の心配が必要だ。


――《 ロッテ、最低限援護だけしてそのまま…… 》――

――《 よし、リーゼロッテ、手を貸せ!! 召喚するぞ!! 》――


 だが、俺の指示を遮るようにガルドの《 念話 》が飛ぶ。近くにいる相手に《 念話 》で叫ぶな。


――《 え……ええっ!? まさかこんな状況で喚ぶ気? 》――

――《 応よ。これだけ広ければ問題なくワシの愛騎を呼べる。構築に必要な時間は稼ぐ。暴れるぞ 》――

――《 ああもう、分かったわよっ!! 聞いてた大型召喚陣の術式でいいんでしょ? 陣の構築に必要なMPリソースは私のを使うから 》――


 諦めたように呟くロッテ。説明はないが、二人が何をしようとしているのかは分かった。打てる手があるなら打つべきだ。口を挟むつもりもない。


――《 その前に位置関係。ここを中心として十二時方向にお兄ちゃん、二時方向に変態、九時方向に空龍さん 》――

――《 助かる! 》――


 本人は見えないが、指示された方向にチラリと目をやればサージェスと空龍がいるらしき流れが見えた。しかし、サージェスが遠い。間には山のような体格のトロール種が複数体立ちはだかっている。ガルドを目視できないのはアレのせいか。


――《 お兄ちゃん、上っ!? 》――


 脳内にロッテの警告が響く。次の瞬間、俺の周りのモンスターが距離を開けた。

 なんだよ、そんな危険物が降ってくんのかよっ! 俺も避難させろよっ!?


「……や、槍?」


 誰が投げたかは知らないが、上を見上げれば数えるのも馬鹿らしくなるほどの投槍が俺に向かって降って来ていた。周囲にいたモンスターたちがとった距離からして、着弾点はかなり広範囲。《 ブースト・ダッシュ 》でも逃げられる距離じゃない。さっきと同じだ。すべてが避けられないなら、致命傷だけを避けて撃ち落とせ!

 イメージするのは剣刃さんの姿。トカゲのおっさんの姿。何モノも寄せ付けぬ剣の結界。


「あああああああっ!!」

[ スキル《 剣結界 》を習得しました ]


 払う。払う。払う! ここは俺の領域だと全力で打ち払う。剣の届く範囲ならすべて撃ち落としてやるっ!!

 逸れた槍が頬が掠める。腹を、腕を、足を抉り取っていく。気付いてないだけで全身穴開いてんじゃねーかって感じだが、大丈夫。つーか、開いてても死んでたまるか。

 止め処なく振る槍は徐々に数を減らし、視界に捉えている本数は残り数十。これが終われば周囲のモンスターが再び距離を詰めてくるだろう。そのタイミングを見計らい、対応を切り替えて……。


「かはっ!!」


 槍が降ってきた方向とは逆の上空から、石の塊が降ってきた。いや、石は石でも人形。人形の体当たりだ。

 その人形を巻き込んで、俺の体を複数の槍が貫通していく。脇腹、太腿が重症。左腕は……ダメだこりゃ。動かねえ。


「……ストーン・ゴーレムだと」


 石だったら槍降って来ても気にしないよな。ガルドもやってたよ、ちくしょう。

 間髪入れず、ゴーレムは拳を振り上げる。太腿に突き刺さった槍のせいでろくに移動もできない。


「なぁあああめんなあああっ!!」


――Action Skill《 瞬装:グランド・ゴーレムハンド 》-《 ヘヴィ・ブロウ 》――


 瞬時に展開した< グランド・ゴーレムハンド >で真正面から対抗する。厳密に言えば俺のは盾だが、拳同士がぶつかりあい、双方粉砕する。


――Skill Chain《 瞬装:グレートソード 》-《 ストライク・スマッシュ 》――


 だが、粉砕したといっても俺のはあくまで盾だ。追い打ちをかけるが如く、砕け散り、舞う石片の上から剣を叩きつけ、ゴーレムの上半身の中ほどまでめり込ませてやった。抜けなくなると困るが魔化が始まったので大丈夫。……一匹は仕留めたが、ここまでだけでズタボロだよ。< グランド・ゴーレムハンド >も在庫切れだ。まさか二つとも使う羽目になるなんて……。

 刺さった槍を抜かずに切る。刺さった箇所が深過ぎて、抜いたら大出血。血が足りなくなるのはまずい。

 周りを見れば、警戒するように再び距離を詰めるモンスターの群れ。……さて、どうする。移動すらままならないぞ。

 落ち着け。把握できる範囲から情報を拾え。この位置から最も遠いのはサージェス。逆に空龍は案外近くにいる。向こうも分かっているのか、ガルドではなくこちらに向かっているように感じる。ガルドとロッテの位置は微妙だ。空龍と合流すれば届くかもしれない。


――《 空龍! まずは合流するぞ!! 》――

――《 はいっ 》――


 モンスターは全周囲に陣取っているが、特に戦力が集中しているのはガルドの方向だ。目印になりやすいガルドとの合流阻止を目標に動いているのだろう。おそらく指揮官はいない。全体的な意思はある程度統一されていて連携も行ってくるが、個々の動きはバラバラだ。


――《 吹き飛ばします。ガルドさん合わせて下さい! 》――

――《 応よっ! 揺れるぞっ!! 》――


――Action Skill《 大地を揺さぶる震脚 》――


 材質は分からないがやけに硬そうな床がガルドの踏みつけによって震えた。予期せぬ振動に地を這うモンスターたちの動きが一瞬だけ止まる。


――Action Skill《 絶空扇 》――


 それに合わせて進行方向、空龍のいる方向にいるモンスターが複数押し寄せてきた。スキルの詳細は知らんが、事前の合図がなければ俺も押し潰されていただろう。この流れは避ける必要も逆らう必要もない。

 流れを利用して、無防備になったモンスター共に斬撃を加える。無茶苦茶な状況で正確なところは分からないが、今ので少なくとも二体仕留めた。無理なトドメはいらない。とにかく今は空龍と合流するのが第一。崩れた陣形を割るようにして突き進む。あと少しっ!


――Action Skill《 旋風斬 》――


 大剣による薙ぎ払いで先の空間が見えた。その先に、お世辞にも無事とはいえないが、モンスターと対峙する空龍の姿が確認できる。


「ガルドと合流するぞ。道中の敵は薙ぎ払って得点にしてやる」

「チャンスです。これだけいれば最後の最後でMVPを狙えます。これで姉としての面目も……」


 合流した空龍の口から出たのは目立つ算段だった。




-5-




 空龍と二人がかりでガルドまでの道を抉じ開ける。正に抉じ開けるという表現が正しい。気分は蠢く壁を掘って進む異形の採掘師である。反対側からの援護もあり、俺たちがガルドと合流したのは数分後。さすがにサージェスの姿はない。


「ダメだ。サージェスの位置が遠い。ここからでは合流なんぞ到底無理だぞ」


 俺が考えている事を伝えるまでもなくガルドが言った。視点が違うから状況判断も容易なのだろう。

 どうする。《 飛龍翔 》で飛べば距離を稼げるが、そんな事はあいつが考えてないわけない。原因は飛行するモンスター群だ。積極的に攻めて来ていないが、上空に出れば簡単に撃墜されるだろう。地上にいる奴らも対空手段を持っていないはずはない。ダメだ、あいつと合流する手立てがない。


――《 話していた切り札を切ります。数十秒集中する時間を稼げませんか? 》――


 空龍から声がかかる。モンスターに気取られる事を警戒してか《 念話 》経由だ。ロッテは術の展開で手が離せそうもないが、ガルドがいればそれくらいなら……。


――《 ならば私がなんとかしましょう 》――


 しかし、俺よりも早く応答したのは、未だ合流できずにいるサージェスだった。


――《 サージェス? お前、そんな余裕があるのか? 》――

――《 合流は不可能ですが、囮程度なら。ですが、おそらくこれを最後に離脱する事になります。稼げる時間も数秒といったところですが 》――

――《 ……分かった。任せるぞ 》――


 悩んでいる時間はない。ここまでいくつもの危機を脱して来たサージェスなら、あるいはという期待もある。

 空龍は何も言わず、術式の準備に入った。魔法陣が展開されたという事は魔術。ロッテが準備している召喚術に近い印象を感じる。

 そこから間髪入れず、サージェスがいた方向から地響きが鳴った。


「さあ私を見るがいい!」


 広範囲に渡り響き渡る大声。

 そこには三体のトロール種が崩れ落ち、山のような巨体の上で仁王立ちするサージェスがいる。もちろん全裸だ。


――Action Skill《 優雅なるダブルバイセップス・フロント 》――


 始めたのは、何を思ってかボディビルのポージング。何やってんだと突っ込みたいところだが、どういうわけか目が離せない。

 スキルとして昇華された筋肉の輝きに目を奪われる。くそ、なんて優雅なんだ。認めざるを得ない。


――Skill Chain《 華麗なるトライセップス 》――

――Skill Chain《 荘厳なるモストマスキュラー 》――

――Skill Chain《 魅惑のサイドチェスト 》――


 流れるようなポージングの切り替えに目が離せない。筋肉にもボディビルにも興味はないはずなのに、恐ろしい奴め。

 サージェスの周りには誰もいないはずなのに、無数の筋肉の幻影さえ見える気がする。いや、スポットライトや観客までが……いや、あれはモンスターだ。あいつらサージェスの筋肉に熱狂しているのか!?


「そして最後に……ぬわあああっ!!」


 と、締めにかかる手前で一切反応しなかったモンスターに突進され、サージェスは瀕死のトロールの体から落とされた。

 ……そりゃ、注目を集めるスキルとはいえ、効かないモンスターはいるだろう。目がない奴もいるし。


――《 く、なんて不完全燃焼な。リーダー、撤退します。ご武運を 》――

――《 あ、うん。お疲れさん 》――


 と、ここからでは見えないが、サージェスが帰還したようだ。


「十分です。みなさま、サージェス様がいた方向に大きいのを撃ちますので射線に入らないように」


 あまりに予想外の展開だったが、目的の時間稼ぎは果たしている。ポージングに見向きもしなかった空龍の準備が終わったようだ。

 サージェスのポージングに惹かれたのか攻撃のために群がったのかは分からないが、ちょうどその方向には多くのモンスターが集まっているし、ちょうどいい。何撃つのかは知らんが、まだ帰還してなかったらサージェスごと吹き飛ばしていいぞ。


――Action Skill《 顕現:空龍 》――


 空龍のいる方向を見れば、宙空に浮かぶ巨大な穴が出現している。その向こうには異次元にでも繋がっているような歪んだ空間が見えた。

 そこから空間を切り裂くが如く出現したのは透明な龍の顔。すべてがガラスのように光を乱反射させる姿は生物というよりも彫像のようだ。

 スキル名からして、まさかあれは空龍の本体なのか?


「さて、ご覧遊ばせ」


 龍の口が開く。ガウルや銀龍が放ったブレスのように何かの現象が起きているようには見えないが、そこには確かに何かが集まっていた。冒険者になってから感じ始めた魔力の流れ。それが、あの口に収束していき、無色透明な力へと変化している。


――Action Skill《 虚無へ還る撃咆 》――


 その瞬間、龍の口から何かが放たれ、その射線上のモンスターが海を割るが如く"消滅"した。

 残るモンスターを含め、その場にいたすべての存在が一瞬だけ動きを止めた。あまりの状況に理解が追いつかない。


「……ふむ、少し角度を間違えたようですが上々。これにて打ち止めですので、お先に失礼します」


 と、全員が呆然とする中で、あっさりと空龍の姿が消えた。切り札を使ったら数日はガス欠になるという話だから、拠点へ帰還したのだろう。

 ……つーか、信じらんねえ。なんだあの火力。……いや、火力って言っていいのかは分からんが、文字通り消し飛んだぞ。


「がははははっ!! やるではないか、空龍っ!! おいリーゼロッテ、まだか?」

「もうちょっと……できた! お兄ちゃん、足元に気をつけて」


 ……足元? まさか俺の足元を狙って召喚しようとしているのかと思ったが、特にそんな兆候はない。

 いや……そうじゃない。これは俺の足元を含む範囲で展開される超大型の魔法陣……。


「さあ来い!! グロスグロンっ!!」


 ガルドがかけ声に合わせ術式を起動させると共に地響きが鳴り、地面が隆起する。昇降台にでも乗ったかのように視界が上がり、俺の身長の数倍を超えて圧倒的質量が出現した。岩晶竜グロスグロン。ガルドが騎乗するのは岩の竜とは聞いていたが、この形状は竜というよりは亀……いや、島だ。


「さて暴れるぞグロン。ツナ、リーゼロッテ、この上にいれば安全だぞ。どうする?」


 振り向いたガルドの表情は挑発染みていて、最後の見せ場はもらうと言わんばかりだ。


「冗談。……いい加減吹っ切れた。残り五分もないんだから、私も暴れる」

「む、撤退もしないつもりか? ここから援護するにしてもMPなしでは……」

「必要ない。お兄ちゃんとあなただけ残すわけにもいかないし。ちょうど条件も揃ったし」


 いつの間にか、ロッテの右手にはこれまで手にしていなかった鎌が握られている。そして左手には銀のナイフ。

 武器を二つ使った白兵戦……というわけではない。予想通り、ロッテはナイフを自らの心臓に突き立てた。

 ナイフはすぐさま引き抜かれ、ロッテは吹き出す血を払うように鎌を一閃する。


――Passive Skill《 鮮血姫 》――


 目を輝かせ、血色の魔力光を纏った吸血鬼が降臨した。


「得点はどうしようもないけど、最後くらいは目立っておかないと。……お兄ちゃんの見せ場はなさそうだね」


 と、いつかのように挑発するような言葉を残し、ロッテはグロスグロンの背から飛び降りた。

 ……にゃろう。俺も《 飢餓の暴獣 》を使いたいところだが、条件が揃ってない。大して腹減ってねえよ、くそ。

 だが、負けてられるか。いくら敵が格上だろうが、五分程度すぐだ。それくらい素の状態で疾走してやる。


「来いやあっ!! いくらでも相手してやらあっ!!」


 ロッテの背を追うように飛び降り、そのまま着地点のモンスターに剣を突き立てた。

 ここに至って、残った三人がスタンドプレイである。だが構うものか。二人は放っておいても死にそうにない。終盤で見せ場は逃してしまったようだが、なら一点でも多く得点稼いでやる。


 長い五分が始まった。

 正直、無我夢中で何をやっているか良く分からない。ただ目の前に現れた……いや、四方から群がるモンスターを叩き伏せる。剣を切り返せば違うモンスターに当たるような状況でトドメを刺す暇はない。とにかく剣を振るい、ダメージを稼ぐ。


――Action Skill《 ペトロ・ブレス 》――


 岩竜が石化ブレスを噴き、モンスターを踏みつける。ガルドはその背から魔術で防壁を張る。人馬一体なんて言葉はあるが、ガルドは文字通り乗騎と一体化していた。それは騎兵というよりもケンタウロスとかそういった類のものだ。そして、こんな状況でも上手いタイミングで防御用の壁を作ってくれる。攻勢の中で役割を見失わないのは、さすが< 要塞 >と言ったところだろう。


――Action Skill《 サイクロン・ラッシュ 》――


 視界の隅では鮮血姫モードのロッテが暴れ回る。

 その姿は、かつて[ 鮮血の城 ]で見たものとは比較にならないほど遅く、キレがない。確かに普段よりは強化されているようだが、せいぜいが素の状態の俺程度の身体能力だ。それも、徐々に勢いをなくしている。レベルダウンに伴う弱体化は、切り札を発動する事でより顕著に表れていた。かつての狂気染みた暴力を取り戻すにはまだ時間がかかるという事だろう。

 だが、敵ではなく頼れる味方だ。背中合わせというにはスタンドプレイ気味だが、ロッテも俺の動きに合わせ、利用し、流れを読むように白兵戦を続け、俺もそれに合わせる。


 暴れ回るガルドはともかく、俺とロッテは暴れるというよりは悪戦苦闘という表現が似合う戦いだった。

 死んではいないし鎌を振る手が止まったりもしないが、だからといってその攻撃でモンスターを仕留められているわけでもない。なんとかダメージは通っているという程度だ。それは直接得点には結びつかないだろう。

 しかし、当の本人はそんな事は関係ないとばかりに暴れ回る。やけくそか、とにかく憂さ晴らしに暴れたかったのか、少しでも目立ちたかったのかは分からない。

 俺も似たようなものだ。モンスターを倒した感覚があっても、その対象がどこにいたのか分からないほどの混戦だ。次第に何をやっているのかすら曖昧になっていく。

 それでも俺たちは最後の瞬間まで剣を振り続けたし、鎌を振り続けた。制限時間が来て拠点に転送されても気付かずに戦い続けたくらいだ。虚空に向かって必死に剣を振り続ける俺の姿は、端から見たら滑稽だったろう。


 こうして俺たちの四神練武が終了した。

 俺よりも他の連中の見せ場のほうが多かったような気もするが、チームとして活躍したのだから問題はない。あえて言うなら第四エリアのボス戦で活躍したようだが、記憶がボヤケてるからな。

 出たとこ勝負の第五エリアも想像以上に得点を稼げた事だし、最終結果に期待が持てる。




-6-




「お前ら、本当に馬鹿だろう? なんであの状況で帰還するのがアレクサンダーだけなんだよ。通信にもまともに応えないし、全滅するんじゃないかとヒヤヒヤもんだったぞ」


 拠点の会議室に戻るなり、ティグレアが文句を言い始めた。だが、言葉とは裏腹に表情は笑顔だ。

 担当チームが最後に得点を稼ぎまくったんだから嬉しいのだろう。どう見ても特別報酬の事は忘れている顔だ。


「一番の稼ぎどころではないか。実際、MVP狙えるくらい稼いだだろう?」

「いや、お前空龍に負けてるぞ。ログで計算してるから間違いない」

「な……に?」


 最終的に一番目立ってたのに、空龍のあの一撃に負けたのか。


「という事は最終日の個人討伐MVPは私が頂けそうですね」

「他のチーム次第だが……さすがに狙えるんじゃないか? 二日目のセラフィーナから三倍以上の得点稼いでるぞ」


 ティグレアの話を聞きながらモニターに表示されたログを追うと、確かにえらい事になっていた。

 ログ自体は流れてしまっているので過去分まで戻る必要があるのだが、少し遡ると空龍のログが一面を埋めている。あの一撃はそんだけの威力だったって事か。第五エリアのモンスターが持つレベルにエリア補正がかかって、一つ一つの得点も高水準だ。すごいとしか良いようがない。

 モンスター討伐結果もだが、更に目を引くのはマップだ。俺たちが飛ばされたらしきモンスターハウスのエリアがでか過ぎる。視界の端までモンスターで埋まってたから広いんだろうなとは思っていたが、単純に面積だけで第一エリア全体を超える大きさだ。広大になった第五エリアだからできる構造である。一つのフロア扱いだからか、これによって探索の得点までもらえてるらしい。

 ……しかし、これマジで賭けに勝ったんじゃないか? 多少差はあるにしても一位から四位まで平坦な得点差で最終日が始まったわけだから、今日のAチームの得点がそのまま結果に繋がるような状況になる。少なくとも、二日目まででこれだけの得点を稼いだチームは存在しない。


「今日の分の結果発表も二十四時になるのか? 日中で全チームが終わるケースもあるだろ」

「全チームが終わったあと時間を置いて発表だ。まだBチーム、Dチームの攻略が途中だが、集計、準備を含めても二十時くらいには始まるんじゃないか?」


 深夜から挑戦したから俺たちが一番早いかと思ったのに、Cチームは終了しているらしい。


「準備ってなんだよ」

「最終日だけは全チーム合同の結果発表になる。中央宮殿の一室を使って立食パーティをしながらな。お前らは終わったから会場に移動してもいいぞ。疲れたなら仮眠とってもいいが」


 ああ、最終結果なら他チームの得点や反応を見ても影響ないからな。三日ぶりにまともな飯が食えそうだ。ダンジョン・アタック中は珍しくもないんだが、随分長い事ちゃんとした食事をしていない気もする。


「空き時間ができるなら、今日の動画を確認したいんだが、見る事は可能か?」

「ん? そりゃ自分のチームなら拠点内でも見れるが、もう反省会するつもりか? 明日にしろよ」

「……そういうわけじゃない。ちょっと気になった事がある。具体的には第四エリアのボス戦を確認したい」


 何があったのかは覚えてる。確認しても再発見がある可能性は低いだろう。だが、確認せずにはいられなかった。




 他の連中がパーティ準備に移動する中、一人残った俺が会議室で動画を見る。

 編集されていないから観賞用としては微妙だが、状況の推移は掴み易い。こうして見ても別段変わった事はない。ボスの鬼二体も記憶にある通りだし、苦戦している事で奴らの強さも分かる。鬼気迫る表情で戦う俺は怖いが、これはいつもの事である。

 ボス戦だけなら大した時間ではない。何度か確認する内に、終了間際の俺の表情に違和感を感じた。意識が途切れたとかそういう印象はないのだが、わずかに驚愕したあと、急に感情の発露が激しくなったようにも見える。ようにも見えるというだけで、注意しなければ分からない程度だが……。


「分からん」


 何があった? 何かはあったはずだ。第四エリアが問題なのか、鬼が問題なのか、それともボス二体が問題なのか、< 不鬼切 >か、< 童子の右腕 >か、それともまったく関係ない何かか……。ただ暴走して意識が飛んだというだけでは説明がつかない。……くそ、なんだこのモヤモヤは。




[ 中央宮殿 臨時パーティルーム Cチームリーダーの場合 ]


 動画視聴を止めて着替えを済ましてから指定された部屋へ向かうと、なかなかに豪華なパーティ会場が設営されていた。

 まだ参加者が集まっていないため閑散とした雰囲気だが、ガルドの巨体でも入る会場は中央宮殿の荘厳さそのままに飾り立てられている。

 準備を続けているのは狸と狐のメイドさんと、その部下らしきメイドさんたちだ。人数少ないのに妙に手際がいい。今はまだいないが、迷宮ギルドのお偉いさんや一部の職員、あとはディルク関係なのか情報局の人も出席するそうだ。……なんのイベントだか承知の上での参加だろうか?


「ああ、Aチームも終わったのか。一足先に頂いてるよ」


 ラディーネだけが俺よりも早く会場にやって来ていた。チラホラと飲み食いして歓談している人はいるが、今のところ参加者は俺たち二人だけらしい。

 正式にパーティが始まったわけではないが、軽食と飲み物はもらえるとの事で、俺も見知らぬメイドさんから飲み物をもらった。


「他のCチームの奴らは?」

「玄龍殿は他の二人を待つそうだ。ティリア君とマネージャーはまだ準備中。残り二名はいつもの如く不参加だ」


 確かに、ボーグとキメラがこういった場に現れないのはいつもの事だが……。


「特にボーグは君のシャドウ相手に自爆してしまったから、今もメンテ中だよ」

「お前らのシャドウはAチームだったのか。戦力重視のウチとしてはラッキーだな」

「……本当だよ。ティリア君も死亡するし、残ったメンバーもボロボロ。ボーグは三日目に参加できないし、散々だ」


 ティリアはオークに遭遇して死んだってわけじゃなかったのか。

 話の内容的に、第三エリアボスに二日目で挑戦して半壊しつつもなんとか突破したと。詳細を聞いてみれば、一番厄介だったのはガルドでも空龍でもなく俺との事。なんでやねん。


「やっぱり一日目のDチーム見て焦ったか」

「そりゃ分かるだろうね。結果的に黒幕は火神殿だったらしいが、アレの立案自体はおそらくディルク君だ。どうすれば場が荒れるか、実現方法までやり口がそのまま。完全に誘導されているのは分かるんだが、遺憾ながらワタシとしても動かざるを得ない」

「それで、Cチームの自信のほどは?」

「……盛大にミスをしてる以上、トップはない。一応最後まで足掻きはしたが、君たち次第では最下位すら有り得ると思ってる。これが、予定通り勝負を三日目に持って来れれば話は違ったんだがね。リーダーとしての経験値がまだまだ足りないという事か」


 意外にも大人し目の予想だったが、その口ぶりからは納得していないというのが良く分かる。知ってはいたが、こいつもなかなかの負けず嫌いというわけだ。

 二日目の失敗とボーグ離脱はそれほどの影響という事。あいつ、ちゃんとメンテさえできれば全レンジ対応できるし、使い易いからな。良くやったぞ、ツナシャドウ。


「そういうAチームはどうかな?」

「自信はあるぞ。ずっと綱渡り気味だったが、渡り切って博打に勝ったからな」


 実は俺がそんなに活躍していないというのは内緒だ。


「まったく、君のどんな細い綱だろうが渡り切るところは本当に強みだな。……肝心の異世界交流については? こちらは玄龍と有意義な話ができたぞ。龍の住む世界はなかなかに過酷な環境だが、古代文明の遺跡などは非常に興味を惹かれる。スケジュールが合うなら是非訪問メンバーとして名乗りを上げたいくらいだ」

「あ……うん。こっちも上手くいってる……ぞ、うん」


 俺の想像以上に。わずかだけど肉体的接触行為もあったし。ロッテさんに至ってはえらい事になってしまった。

 空龍……だけじゃないな。あいつら、もうちょっとこっちの世界の価値観を考慮して活動すべきだと思う。


「なぜ口を噤むのかね。……アレを見る限り問題はなさそうだが」


 ラディーネがそう言うのは会場に入って来た空龍たち三人を見てだろう。楽しそうに談笑している。

 ここからでは内容は聞こえないが、お互いのチームで何があったのか姉弟三人で話し込んでいるのかもしれない。なんとなくだが、空龍が弟二人に不甲斐ないとか言って、最終日にMVPが取れるかもしれないと自慢しているのが想像できる。アレで、こっちの世界に来る前はほとんど会話した事もなかったっていうんだから、分からないものだ。

 というか、銀龍がいるって事はBチームも終わったって事だな。あとは問題のDか。


「Bチームも終わったようだが、最後のDチームは時間がかかるだろうな」

「なんでそう思う?」

「分かってると思うが、おそらくあのチームは単独行動が多い。意図的に時間をズラして二十四時間の枠をフルに使って活動しているはずだ」


 俺もある程度は想像していたが、ラディーネは確信しているようだ。

 時間をズラして二十四時間をフルで使うってのも、言うのは簡単だがなかなかにハードだよな。単独で活動する奴もそうだが、それをフルで活かすためには拠点のサポートも必要なわけで……。代役がいるとはいえ、本来の担当である火神が退場してしまった以上、ウチでいうティグレアのようなオペレーター役も自分たちで用意しないといけない。そういった適性はディルクが群を抜いているから、必然とあいつに負担がかかると。……自分の探索も考えると、あいつこの三日間寝てないんじゃないか?


「まあ、あとで動画を使って反省会だな。一般公開するのは難しいだろうが、ウチが見る分には構わんだろ」

「さっきちょっと見てきたから問題ないはずだぞ。……というか、動画撮ってるのって探索だけだよな?」


 そういえば、空き時間が撮影されているか確認していない。


「ダンジョン内である以上記録は残ってるだろうが、プライベートな部分は最初の基礎編集の時点で自動カットされるはずだ。なにか見られて困る事でも?」

「んー、困……りはしないんだが」


 眼前に迫った空龍さんの顔と例の感触が頭をよぎる。……他の目が触れない最初の時点で確認しておこう。

 一位取れたら、ご褒美は動画撮影の危険性がない場所でもらいたいものだ。……いや、万が一最下位でも。

 ……最下位は嫌だな。




[ 中央宮殿 臨時パーティルーム Bチームリーダーの場合 ]


「お疲れー。どうだった?」


 着替えを終えたユキが会場に姿を現したのは、それから一時間後の事だった。

 銀龍を見かけた時点でBチームは攻略完了していたはずだから、風呂にでも入っていたのかもしれない。心なしか紅潮しているし。


「上々。いつも通りの博打戦法がハマった」

「あちゃー。やっぱり? そんな気はしてたんだよね。……実をいうと、イベント開始前から」


 ユキの反応は意外にも淡白だった。どうも付き合いの長いユキは、より正確に俺の動向を読んでいたらしい。試しに三日間の流れ、思惑を予想させたら、第五エリア手前までは大体合ってるでやんの。すげえな。


「でも、こっちも自信あるよ。二日目でCチームが失敗したみたいだからちょっと強気に出たんだ。そしたら、これが予想以上に上手くハマってさ……」


 おそらく全チームの中で最もバランスがいいのはBチームだ。堅実に点を稼ぐのも得意。どこかに注力して行動してもなんとかなる。機動力という武器を備えた上に戦力での穴も少ない。そんなチームが強気に出て失敗した様子もないとなれば、その自信も分かるというものだ。でも、いくらユキでも俺たちがモンスターハウスで荒稼ぎした事は想像つくまい。俺自身予想してなかったし。ふはは。


「そういえば、お前いつの間にホバーボード乗りこなしてるんだよ」

「あれ、なんで知ってるの? もう動画見たとか……。ってああ、第三エリアのボス戦か。そっちはBチームだったんだ」

「ああ、そっちはどのチームだった?」

「Cチーム。こっちは機動力特化だから、後衛主体のCチームは相性良かったよ。さっきラディーネに会ったらAチームと当たってひどい目に遭ったって嘆いてた」


 それは本人から聞いた。……となると、ラディーネの予想通りCチームの最下位ってのが濃厚かな。


「ボードはねえ、苦労したよ。秘密特訓だったけど、用事がない時はほとんどあの上で過ごしたりご飯食べたり。まだ、戦闘で使うには一長一短だけどね」


 結果の話そっちのけで、ユキのボード語りが始まった。

 どうもかなり苦労したらしく、自分でもパーツから組み立てられるくらいは構造についても熟知しているそうだ。

 もう少しシンプルにして一般向けスポーツ用品として売り出せないかという提案もあったが、年末のパーティでユキの装備スポンサーとして名乗りを上げた企業を通せば案外いけるかもしれない。自由に乗りこなせるなら絶対楽しいしな。いつか、自由自在にボードを乗りこなす冒険者も現れたりして。




[ 中央宮殿 臨時パーティルーム Dチームリーダーの場合 ]


 結果発表前の立食パーティが始まり、もう夜という時間帯になってようやく現れた最後の参加者は、今にも死にそうな顔をしていた。


「仮眠してたって聞いたが、あまり眠れなかったのか?」

「渡辺さん……そういうわけでは。どちらかというと、精神的な疲れが大きくて……。本当、あの退場神のせいでひどい目に遭いました」


 それは仮にも神様に向かってする表情ではないだろう。

 ディルクだけでなくセラフィーナとベレンヴァールもダウンしていて、二人は欠席らしい。チームリーダーでなければディルクも欠席だったろう。


「よっぽどの事をされたって事か」

「……あ、いや、思い返すとそれほどでもないですね。態度含めて、ムカつくのはムカつきますけど」


 どっちやねん。


「つまり……売り言葉に買い言葉といいますか。一位取る自信があるなら、これくらいやってみせろと言われたんですよ」

「という事は、最初から随分自信があったんだな。俺はてっきり勝つために場を荒らすつもりだと思ったぞ」

「まさか。なんでそんな事しないといけないんですか。順当に勝ちに行くつもりなら、真っ当に得点稼ぎますよ」

「だよな」


 一日目だけでは分からないが、二日目の結果を加味するとそのまま稼ぎにいったほうが勝つ確率は高そうに見えた。

 少なくとも上位同士を争わせてその隙を突くような真似は必要ない。セラフィーナの出した得点はそれほどのインパクトだ。


「ただ、場を荒らすって目的は完全に間違ってるわけでもないです。全チームがリスク承知で積極的に動く方法を考えたのは僕ですし。それをあの退場野郎に利用されたので。あの野郎、本当にどうしてクレヨウカ……」


 疲れてるのか知らんが口が悪くなってるな。結婚話持ちかけた時と同じ顔になってるぞ。


「結果的に強制的にハンデ戦にされて、その補填のために三日間神経すり減らして奔走する羽目になりました。セラは当然としても、ベレンヴァールさんがいなかったら本当に危なかった」

「なんか終わったみたいな言い方だが、結果は出てないぞ」

「そうですね……。あ、結果出る前に一つ聞いていいですか?」

「なんだ?」

「第五エリアには届きましたか?」


 おっと。やっぱりそういう重要な予想はしてくるんだな。バレバレか。


「お前の予想は?」

「渡辺さんの話し方から想像するに、届いたんじゃないかと。それも最良に近い形で。……で、どうです?」

「ご明察。綱渡りは渡り切ったぞ。渡辺綱だけに」

「あー、本当に出たとこ勝負になったよ……。本当、さすがというか、信じられない事平然とやってのけますね」


 平然とはしていないぞ。あと、ダジャレには反応しろよ。


「まあ、お前が来たって事は結果発表もすぐだろ。ここは大人しく結果を受け入れようぜ」

「渡辺さんの性格からして、自信なかったらその台詞も出て来ないんですよね……」


 と、落ち込んでいるディルクだが、俺はといえばこの会話で戦慄を感じていた。

 最良の結果で第五エリアまで到達したというAチームの推移を予想して尚、出たとこ勝負とか言いやがった。まさかあんなモンスターハウスまで予想できているとは思えないが、近いところまで予想した上での言葉だったら尋常じゃないぞ。

 全チームのリーダーと話をして、いざ結果発表という段になっても順位の予想が付かない。あれだけやって、まさか最下位って事はないと思う……思いたいんだが、不安が拭えない。この際一位じゃなくてもいいから最下位は勘弁して欲しい。

 ……いや、駄目だ。俺にはグチョグチョのぬろんぬろんという崇高な使命が。


『はーい、それでは出席予定の出場者が揃いましたので結果発表に移りたいと思いまーす』


 場繋ぎのためにクイズ大会をしていた狸メイドさんがマイクで進行を始めた。最後だが、四神の誰かが司会を始めたりとかヴェルナーが乱入して結果発表するというサプライズはないらしい。ダンマスたちもいない。

 地神は出席しているが、ティグレアが敵愾心を持つような印象は受けない。話してはないが、やたら髭の長い温和そうな爺さんだ。あれはきっと髭が本体に違いない。

 ちなみに途中退場になった火神は欠席だ。立食パーティで個別の席はないのだが、壁際に設置された休憩用の椅子にそれらしき遺影が飾られていた。

 ……そういえば、火だけは四神も巫女さんも見てないな。どちらも未だ写真しか確認できていない。


『それではまず各種MVPから。稼いだ分以外に加算される最後の得点です。それではどうぞ!』


 メイドさんの声に合わせ、舞台の奥に備え付けられた巨大モニターに結果が表示される。

 二日目までに発表されていたものと同じ形式だ。ただ、順位の表示はない。


[ 特別イベント< 四神練武 >三日目結果発表 ]


[ 初回ボーナス ]

 第五エリア最速到達ボーナス:Aチーム

 総計ダメージボーナスLv2:Aチーム 空龍

 最大ダメージボーナスLv2:Dチーム ベレンヴァール

 総計被ダメージボーナスLv2:Bチーム ゴブサーティワン


[ MVP ]

 モンスター討伐MVP:Aチーム 空龍

 罠解除MVP:Bチーム 摩耶

 宝箱回収MVP:Cチーム ククリエール

 特殊エリア制圧MVP:Dチーム ベレンヴァール

 マップ探索MVP:Dチーム ガウル

 総合MVP:Aチーム 空龍


[ 死亡者 ]

 Aチーム:なし

 Bチーム:なし

 Cチーム:なし

 Dチーム:セラフィーナ


 参加者でない出席者たちがおおーと騒いでいるが、アレを見て意味が分かるんだろうか。単にノリだけかもしれんが。……まさかサクラじゃねーよな?

 一方で、俺たち参加者の反応はバラバラで、結果を見る強い視線だけが共通している。おそらく、あの結果から色々と推測しているのだろう。


「やった、やりましたよ。とうとう名前載りました」


 なんか空龍が奥のほうで騒いでいるが、得点を見ればダントツでMVP取って当たり前というような差を叩き出しているから予定通りだ。総計ダメージボーナスも獲得している。ガルドもアレに及ばないまでも近い数字は出してるし、俺やサージェスも……まあ目立たないが結構稼いでいるわけだから、Aチームのモンスター討伐得点はダントツのはずである。むしろ、ここでMVP獲得できていなかったら、その時点でアウトだった。

 気になるのは死亡者だ。とうとう三日目で息切れを起こしたか、セラフィーナが唯一死亡している。MVPにも名前が載っていないし、二日目が現在のあいつにとっての限界だったのかもしれない。いや、それでも二日目までの驚天動地の活躍が霞む事はないだろう。

 地味なところでは、ガウルが探索のMVPを獲得している。セラフィーナが脱落した事で、とにかくマップ埋めようと走り回る狼さんの姿が目に浮かぶ。俺たちが出したモンスターハウスの探索点より広範囲を走り回ったって事はないと思うが、こちらはチームで分散されてるって事だろう。

 そして、驚愕の結果が宝箱回収MVPである。まさかのマネージャーだ。何をどうしたらククルがMVP獲得できるのか。さっぱり分からん。


「どうやったか知らないけど、やっぱり第五エリアまで行ったんだ」


 いつの間にか隣に来ていたユキが呟いた。


「到達したあとも大変だったぞ」

「それはまあ……空龍の得点みれば大体。でも、言われてみれば納得って感じかな。ツナならやりかねない。なのに名前が載らないのもツナっぽい」

「うるさいわい」


 空龍のアレやガルドの岩晶龍と張り合えって言われても無理があるだろ。あとで動画見て度肝抜かれるぞ。


「空龍とも仲良くなったみたいだね。手振ってるよ」

「あ、ほんとだ」


 子供のようにはしゃぐ空龍と、子供のように悔しがる銀龍と玄龍は分かり易いくらい単純で、純真な文化の差を感じさせる。

 手振り返せばいいのかな。イエーイ。


『では、お待ちかねの最終順位の発表です! まずは三位から。総合獲得点は……』


 司会の進行に合わせて、スクリーンの表示が切り替わる。

 MVPよりも大きく表示され、下から二番目、つまり三位からの発表だ。このイベントで賞金と罰ゲームが用意されてるのが一位と最下位だから、影響の少ない無難なところからなんだろう。……って焦らすな。早く表示しろよ。


『Cチームです! ちょっと残念ですが、敢闘賞として温泉宿泊券の目録が授与されるので、チームリーダーは壇上までお越し下さい』


 一切賞品が出ないのは絵面的にどうかと思ったのだろうか。予定にない賞品が送られるようだった。ないよりはマシだが、超地味である。

 スポンサーの名前が載っているから、この中にいる出席者から名乗りが上がったという事なのかもしれない。

 壇上に向かうラディーネの表情に見えるのは悔しさよりも安堵だ。よほど戦力的に厳しい三日目だったのだろう。


「ツナはどのチームが一位だと思う?」

「そりゃお前、ウチに決まってるだろ。最後の最後で半端じゃなかったぞ。……どうせお前も自分のところが一位だと思ってるんだろ?」

「そりゃもう」


 ユキが自信満々なのは、こいつの中にその裏付けがあるという事だ。少し離れたところにいるディルクもそうだが、お前ら自信持ち過ぎである。

 表に出してないが、実は俺は不安でしょうがないぞ。なんてったって、なぜか俺だけ一位の褒賞と最下位の罰ゲームがあるんだからな。

 三位はいい。無難なところで納得もいく結果だ。だが、前情報からしてCチームだけがある程度予想が付く唯一のチームだったから、他の順位の予想がつかない。いや一位はA、一位はA。少しくらい夢見させて。


『残念でしたで賞の二位はAチームです! もっのすごい接戦で、一位との得点差はほんのわずか! 二位のAチームには敢闘賞として……』


 ……え?


「え?」


 なんだそれ。どうなってんの? ……あれで、負けた? あれだけ大量に点稼いだのに? 空龍なんて、MVPだよ。

 放心状態のまま壇上に向かい、目録を受け取る。拍手と共に元の位置まで戻ってきた俺は無表情だっただろう。


「残念だったねー」


 元の場所には勝ち誇るユキが待っていた。これは悔しがればいいのか? それとも罰ゲームを回避できた事を喜べばいいのか?

 ……つーか、目録もらったけど、なんだっけこれ。超納得いかねえ。


『それでは一位と最下位はいっぺんに発表しますよー。天国と地獄っていうには生温ーいですが、一位のチームには最下位担当の四神様のポケットマネーから賞金六百万円が、最下位のチームには後日ちょっとハードな奉仕活動が待ってます。それではどうぞ!』


 超どうでも良かった。あれだけ必死になって、なんという肩透かし感だ。

 くそ、しかもマジで一位とほとんど点開いてない。モンスターハウスで一体倒せば稼げた点じゃねーか。あの時俺がもう少しだけ気合入れてぶった斬ってれば結果が変わったのに。ああもう!


『優勝はDチームです!』


 勝利を確信し、満面の笑みを浮かべていたユキが視界の端で崩れ落ちた。

 ディルクが出たとこ勝負と予想していた最終結果はあいつに軍配が上がったらしい。



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