第16話「四神練武・弐」




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 リーゼロッテ・ライアット・シェルカーヴェインは元モンスターの新人冒険者である。

 モンスターの分類が消えただけで吸血鬼である事に変わりはないのだが、迷宮都市での扱いは一般人と同様のものだ。一応、獣人などと同じ亜人種としても登録されているらしいが、そこら辺を区別している人はあまり見かけない。ゴブリンやオークが妖精種である事からも、如何に大雑把な分類か分かるだろう。

 そこら辺の分類はさておき、ロッテはモンスターを止め、新たに冒険者としての道を歩み出した。かつて本人も言っていた事だが、スキルが残るとはいえモンスター時代のレベル、経歴をリセットするというのはなかなかに勇気のいる行為といえる。

 実際、彼女のモンスター時代の経歴は華々しいもので、出自の関係からか他に例を見ないものだ。

 両親は揃ってユニークネームの吸血鬼。はじめて生まれた二世モンスターという事もあり、なんと六歳という若さでダンジョンモンスターとして活動し始めている。ユニークモンスターとして正式に認定されたのはその三年後。各種ダンジョンのボスやイベントボスの経験も多く、討伐指定種として選定された事もあるそうだ。人間である俺にはなんかすごそうという程度の印象しか感じられないが、冒険者になるという事はそういった経歴をすべて捨てて一からやり直すという行為なのだ。当然、冒険者としてもルーキー扱いである。

 かといってまるっきりの白紙というわけでもない。レベルや能力値、あるいはモンスターだけが行使できるものは使えないが、スキルは残るしモンスター時代に培ってきた経験もそのままだ。デビューするためのトライアルが別に用意されている事からも分かるように、人間が一から始めるよりは強くなるのは早いだろう。

 特にロッテは、父親の影響かダンジョン構築についても造詣が深い。冒険者の実力ギリギリで難易度設定するのが得意らしい。……うん、身を以て良く知ってる。つまり、そんなロッテさんが……。


『……本気? 乗るの? 第三エリアの話聞いて、ここら辺が限界かなって思ってたんだけど』


 ……と言い出したら、それは一般的な認識の限界より遙かに上の難易度という事なのである。良く考えなくてもモンスターとして、ボスとしての経験があるのだからそこら辺の判断は信頼の置けるもの……置けてしまうものだろう。

 基準の例としては、かつて挑んだ[ 鮮血の城 ]の特殊イベント。それが俺たちの平均レベルに合わせてそのままグレードアップしたようなものと考えれば分かりやすいだろうか。ルートもメンバーも自由度は高く、ゼロ・ブレイクではなく死んだらその日の再挑戦不可と異なる部分は多いものの、それらを加味した上での評価である。

 ガルドの経験や空龍の未知の部分を概算に入れた実力などを見積もりに含み、チーム全体の能力を加味した上での限界値。それが第三エリアくらいが限界という判断だったわけだ。

 俺は『第五エリアを目指すぞ』とか言ってしまったわけだが、ロッテさんの見積もりは正しかったと言わざるを得ない。


「アレクサンダー、まだかっ!?」

「あと三つです!!」


 そんな解説が頭をよぎってしまうくらいには、ハードな展開になっていた。

 即死、HP貫通ダメージの罠やギミックをメインに構築された[ 鮮血の城 ]とは異なり、第三エリアの環境は至極真っ当なものといえる。多彩かつ複雑ではあるが、即死するような仕掛けはあまり見られない。もちろん、本職の< 斥候 >がいなければどうにもならない場面も多いが、力押しで何とかなる類の仕掛けも多く設置されている。一本道で必ず突破しないといけないわけではなく、迂回して道を取捨選択すれば先に進めるルートは用意されている。共通するのは、そのすべてがハードモードだという事だ。

 ハード……有り体にいって超ハードな難関でも、俺たちの特性を有効活用できる場面はある。たとえば、現在ガルドとアレクサンダーが必死になって運んでいる石像のギミックもその一つだ。

 四方に入り口の設置された円形の大きな広間。俺たちの向かいたい北側の入り口だけが堅く閉ざされ、円の外周には台座が設置されている。広間各所に設置されているのは無数の石像。大小様々な獣の石像を台座に設置すれば北への道が開けるという仕掛けだ。ご丁寧に張り紙もしてある。

 必要な石像を破壊されたらその時点で失敗。台座が埋まるほどに東、西、南側の入り口からモンスターが多く発生するので、その対処も必要だ。台座と獣の石像の数は一致せず、形に合ったものを総当たりで選択しないといけないのも厄介である。そして何より石像は極端に重く、中には< 童子の右腕 >を併用した俺でさえ運べない物が存在した。一際目立つデカブツ……マンモスとか竜とか鯨の石像なんてビクともしない。ステータスカードのように《 アイテム・ボックス 》に入らないという制限まで付いてるらしい。

 ここを迂回して別なルートを探す場合、かなり遠回りになるのは付近の構造から一目瞭然だ。俺が見れば分かる程度に分かりやすく誘導されている。

 貼り紙を眺めて少し悩んだ末に、俺たちはここを突破する事を選択した。決め手はガルドとアレクサンダーの存在だ。いくら怪力の持ち主とはいえガルド一人では巨大像は持ち運べないが、< 荷役 >のスキルである《 重量軽減 》を持つアレクサンダーと二人がかりならギリギリなんとかなる。巨大な物から順に移動すれば手分けする事も可能だろうと。

 満足に使えるかどうかは別にして、アレクサンダーは< ミノタウロス・アックス >級の武器でさえ《 アイテム・ボックス 》に入れず持ち運びできるそうだ。< 引越屋 >時代に習得したスキルを活用できているのも大きいのだろう。

 敵を迎撃するフォーメーションは三つの門それぞれに俺、サージェス、空龍が陣取り、ロッテが広間の中央から援護という形をとる。予め各台座の近くにそれっぽい形をした石像を移動させておくのも忘れない。この分担であれば突破可能と判断した。

 一つ目の台座に竜の像を設置すると、正解だったのか台座が光る。ずいぶん良心的だが分かり易くていい。

 直後、湧き出るように各入口の奥からモンスターが殺到した。強さは道中戦ったモンスターよりは弱い格下。つまり、俺たちが普段無限回廊で戦っている雑魚モンスターと大差なく、俺、サージェス、空龍がそれぞれ単独でも倒せる、ロッテの援護までもらえば余裕もある程度の相手だ。だが、二つ、三つと石像が埋まるにつれて、その数が激増する事で不安を感じ始める。かつて試みてモンスターに埋まりかけたトライアル最下層の宝箱を思い出す量である。埋まる。

 四つ、五つ、六つ。ロッテの援護をフル稼働させても余裕がない。

 七つ、八つ、九つ。多い。多過ぎる。もはや殺到という量じゃない。モンスターを乗り越えたモンスターを、更に別のモンスターが乗り越えて襲ってくるという異常事態だ。倒すどころか通さないようにするだけでも手一杯だ。というか、倒すと魔化して消えてしまうので、ある程度ダメージを与えて瀕死にした状態で壁として扱っている状態である。……それでも押し込まれそうになるんだが。

 もしもわずかでも下がったらあっという間に戦線崩壊するという確信がある。サージェスと空龍の方を確認する余裕はない。時々上がる声では無事そうだが、あちらも余裕がなくなってきている。

 十。少し、ここの通過を決断した事を後悔し始めた。俺たち以外のチームの場合はここをスルーして別のルートを探すのだろうが、下手に対応できてしまう分、近道と分かっているここを避ける事は難しい。迂回したのが突破できるルートとは限らないのも問題だ。ここを引く手はない。引くわけにはいかない。こんな如何にも俺たち用に用意しましたといわんばかりの舞台で引いていて、どうアドバンテージを稼ぐというのだ。

 くそ、重くて硬いやつ来い。瀕死にしたあと壁にしてやるから。


「くそっ!! わらわらわらわらわらわらわらと」

「あと一つ!!」


 広間の奥からアレクサンダーの声が響く。そして数秒後、何かが外れたような音が鳴り響き、俺たちが戦っていた入り口の門が堅く閉ざされた。

 扉の向こうのモンスターたちが突き破ってくる事もなさそうだ。数体、扉に挟まれている奴もいたが、すでに魔化済みである。ようやく一息吐けそうだ。


「まったく、面倒なもんこさえおって。こんな仕掛け無限回廊で見た事ないぞ」

「役に立てたのはいいですが、正直しんどいです」


 ぼやきながら中央に戻って来るアレクサンダーとガルド。RPGではありそうな仕掛けだが、確かにリアルでこんな仕掛け用意されてもな。重量物を運んだアレクサンダーは疲れているようだが、こっちも大概だぞ。


「ないんですか。ずいぶん変わった事するんだなとは思いましたけど」

「無限回廊じゃないダンジョンなら時々あるかな。イベント的なアトラクションで。……こんなハードな設定じゃないけど」


 MPが枯渇しかけているロッテが< マナ・ポーション >を飲みながら言う。

 元の世界でも無限回廊以外に挑戦した事がないらしい空龍はギャップに戸惑っているようだ。そもそも、無限回廊以外のダンジョンという存在からしてピンと来ていないらしい。そういう意味ではここも別のダンジョンなんだが。


「リーダー。扉が開いていないようなんですが……」


 最後に遅れて合流して来たサージェスが、広間北側奥の扉を見ながら言う。

 解いてみろってパズルを用意されて、それをクリアしたなら先に進めると思うよな。……ただまあ、そんな簡単じゃないって事なんだろう。全員、薄々分かってるから広間の中央に集まっているのだ。そして、その勘はおそらく正しい。


「さて、まだ続きがあるらしいから気張って行くぞ」


 改めて武器を構え直す。ここまでもなかなかハードだったが、モンスターの強さ的にはゴミ掃除と変わらない。おそらくここからが本番だ。

 フォーメーションはアレクサンダーとロッテを中心に据えた全方位型。俺たちの向かいに立ち並ぶ石像は十二体。つーか、良く見りゃ石像には法則性がある。日本人なら大抵は思い付くであろう法則だ。


「うおっ!?」


 一際大きな音がして、床が揺れた。これは……。


「下に移動してるみたい。この部屋全体が昇降台って事かな」


 手の込んだエレベーターだ。そして、このまま移動すればいいってだけでもないのは、石像を見ればあきらかだった。

 柱のような巨像が動き始める。鼠、牛、虎、兎、竜、蛇、馬、羊、猿、鶏、犬、猪。まんま干支の獣十二匹が雄叫びを上げ、一斉に襲いかかって来た。もう少し捻ってくるかと思ったが、そのまんまらしい。


「ガルド! ロッテとアレクサンダーの二人をガードをしつつ、接近してくる奴を牽制。空龍はできる限り距離を取りつつ中央付近で攻撃に回ってくれ。サージェス、二人でぶっ壊して回るぞ!」


 干支の獣という字面だけ見れば、普段戦っているモンスターよりも大人しく感じるが、目の前の獣は大きさだけでも桁外れに大きい。一番小さい鼠ですらオークのような体格でこちらを威嚇してくる。虎はサーベルタイガーだし、鶏に至ってはコカトリスにしか見えない。兎枠でユキが出てきたら意外性があっただろうが、ただの巨大な兎だ。ひどく獰猛そうで、可愛らしさは欠片もない。放ったらかしにしても、寂しさで死ぬ事はないだろう。


「私を差し置いて龍の姿を形取るとは不届き千万。お仕置きして差し上げます」


 凶悪化した干支獣の中で比較的まともな外見を保っている竜は、空龍に怒られていた。なんかこだわりでもあるんだろうか。




 ……とまあ、数は多かったが、強さは常識的な範疇に収まる干支獣戦は損害もなく終わった。なんかボスっぽい演出だったけど、道中無数に転がってるイベント戦の一つだから別段不思議でもない。だが、獣たちを倒しても部屋の移動は続く。かなり深くまで移動しているのか、スピードが遅いのか。部屋が広いから感覚が掴み難い。


「アレ、特殊エリアボスってわけじゃないんだね。それっぽい感じだったけど」


 ロッテが言っているのは、一日目のリザルトで存在があきらかになった特殊エリアのボスの事だ。セラフィーナがMVP掻っ攫っていったアレである。


「説明受けた特殊エリアボスだったら、このあとの探索が楽になるんだがな」

『違うな。地図上の表記に変化はない』


 通信機の向こう側からティグレアの声が聞こえる。話は聞こえていたらしい。


「今更だが、なんか悪いな。担当にオペレーターやらせて」

『別にルール違反じゃねえから構わねえよ。手段選んでられる状況ってわけじゃねえのは分かってるし、勝ちたいのはこっちも同じだ』


 本イベント< 四神練武 >は通常加点される要素に加えて、いくつもの特殊ボーナスが設置されている。どんなボーナスがあるのかは見てのお楽しみというか、確認するまで秘密のままなのだが、一日の終了時までに他チームが獲得した特殊ボーナスについては、それがどういったものかを含めて情報公開される仕組みだ。

 その内、セラフィーナが獲得した特殊エリア制圧ボーナスは、配置されたボスを討伐するとその周囲が探索済みマップに変化するというものらしい。範囲内の罠はすべて解除されてマップが埋まり、モンスターも立ち入り禁止となり、更にはその分の得点も加算されるという美味しいボーナスだ。ボス自体も高得点である。

 先ほど戦った干支獣がもし特殊エリアのボスだったら、拠点でティグレアが見ているマップも広範囲で探索済みになり、しばらくはモンスターともエンカウントしない理想的な状況になったのだが、そう上手くはいかないらしい。


『お前らのルートはほぼ北に一直線で最短ルートだから、そんなところに配置してるとは思えんがな』

「それもそうだ」


 こうして予想をするって事は、どうやら四神は特殊エリアの位置は知らないらしい。減点覚悟でも場所の指示はできないという事だ。

 俺たちが辿っているのは第一エリアから一貫して北へ一直線だ。曲がりくねり、上下し、突破不可能な罠や構造の部屋もあるから完全とはいかないが、全体マップ上で見れば基本的に真っ直ぐな線を描いているはずだ。

 結局、他チームのマップは購入していない。B、Cチームは許可が出ていたものはすべて購入していたが、こうやって一直線に突き進んでいる俺たちが、他チームのものを参考にできるとは思えなかったからだ。マップ情報には未回収の宝箱の位置も含まれるが、戦闘力に乏しいアレクサンダーを単独で行動させるわけにもいかず、こうして全員で先へ進むという選択をしている。


 再び巨大な音がして、部屋が揺れた。どうやら停止したらしく、北側の入り口が開いた。ついでに他の入り口も開いたが、そちらを確認するつもりはない。

 北に向かう通路は分かりやすく一直線に続いてる。いくつか分岐路はあるが、ひたすら北上可能な道でかなり距離を稼げそうだ。



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 ここまでの第三エリア攻略は想像していたよりも順調といえた。出現するモンスターは強く、マップも複雑になり、罠も凶悪なものが増えたが、それでもまだ常識の範囲だ。無限回廊でやたらエンカウントする討伐指定種もここにはいないだろうし、水中で戦う事を余儀なくされる場面もない。少なくとも選択肢はある。ルートが多い上にエリアボスも複数あるのだから当然だが、[ 鮮血の城 ]のようにすべて突破しなくても先に進めるというのは助かる。

 ダンジョン構築経験者であるロッテの存在も大きい。完全にランダムな構造の場合は別にしても、物理的、意識的な死角をついた仕組みを把握している。普通なら気付かないような隠し通路の見当も付けられるし、ガルドの体格を狙ったような罠も事前に警告できる。加えて、このダンジョン設計者であるヴェルナーの考えがある程度読めるというのも大きい。嫌がらせのような罠やモンスターの配置も警戒できる。

 ……その話を聞いて、如何に冒険者の思考が読まれ研究されているのか分かった。それがいい事なのかは微妙なところだが、少なくとも今の状況では有用だ。まあ、ロッテがいる事を想定して裏をかくような仕組みもあるのだが、全体として見たら大きなプラスである。

 当面の問題は時間だ。八時間と聞くと長く聞こえるかもしれないが、一層あたり数日かけるのが当たり前なダンジョン探索と比べるなら、あまりに短い時間である。第五エリアに到達するためには二日目の時点で第三エリアは突破し、第四エリア攻略の目処も立てておきたいところなのだが……。


「第四エリアまでの距離はあとどれくらいだ?」

『直線距離なら三分の二はとっくに過ぎてるんだが、さっきから行ったり来たりしてて北に進んでない』

「それは分かっちゃいるんだが、そういう構造なんだよ」


 ずっと一本道なのに、嫌がらせのようにグネグネと曲がっている。

 はっきり言って時間がない。第三エリア突破に余裕があっても、そこ止まりではまずいのだ。

 俺たちの戦力・能力的に考えるなら、三日目は第四エリアでモンスターを狩り続けるのが無難だろう。実際、一日目や今日よりは得点も稼げるはずだ。だが、おそらくそれでは負ける。どのチームに負けるとかではなく、最下位コースである。

 ディルクが煽った事で、俺たちが賭けに出る……と他のチームが判断しているのが読める。自然、Bチーム、Cチームもリスク覚悟の挑戦をしてくるだろう。

 展開を予想するなら、最終的に全チーム第四エリアまでは到達する。第五エリア到達は戦力的にも時間的にも厳しいはずだ。ウチがアドバンテージを稼げるとしたらそこしかない。そこまで到達してようやく勝負の土俵に上がれると考えるべきなのだ。

 ……ほとんど運任せになるが、第五エリアで普通にモンスターを狩る以外の得点源があれば勝てるかな。勝てるといいな。


「すごーく、気になる事があるんだけど」


 長い通路を歩きながら無言になりつつあった中でロッテが切り出した。


「なんだ、罠が一個もない事か? それともモンスターが出ない事か? 分かれ道がない事か?」

「全部」


 それは口に出していないだけで全員の共通認識だった。あの昇降台を使ってから、これまで通って来た道には必ずといっていいほどに存在していたダンジョン特有の仕掛けが存在しない。第一エリアにすらある程度確認できたのに、ここに来てゼロである。ティグレアからの通信によれば、第三エリアはそろそろ終わりだ。何かあるといっているようなものだろう。あきらかに異常事態だ。


「一応聞くが、この手の一本道が用意されているケースってどんな場合だ?」

「……とんでもない強敵がいる場合か、とんでもない仕掛けが用意されている場合かな。ここまであからさまだと、ちょっとってレベルじゃなくて」


 もう三十分近く一本道を歩き続けている。RPGならボスが待ち受けてますと言わんばかりの構造だ。セーブポイントとかありそう。

 思うに、あの昇降台が鍵なんだろう。アレを突破できるかどうかで選別した超上級者用のルートとかそんな感じだ。待っているのは超強力なボスか、特殊なモンスターか。ただ、どちらにしても引き返すという道はない。

 ここで引き返す場合、絶対的な距離のアドバンテージが消え、逆にペナルティとして伸しかかってくる。余裕を持って第三エリアを突破して第四エリアの探索に割くための時間がなくなってしまう。というか、別ルートでの探索となると今日の第三エリア攻略すら危ういレベルだ。つまり、敗北必至である。


「まあ引き返すのはない。この先に何が待ってるとしても、それで決定だ」

「別に構わんじゃないか? むしろワシらには合った道だ。引き返すにしても時間が足りんだろ」

「そうなんだけど、心構えは必要かなって。あと、私とアレクサンダーをどうするか」


 ただ、二人の扱いについては難しいところではある。この先に昇降台の石像のように人手が必要な何かがある可能性は残っている。あの仕掛けを突破して来る場所なのだから、余計にありえるだろう。それに、第四エリアに行くにしても探索役は必要だ。ロッテの代わりは誰もできないし、アレクサンダーが担当してるマップボードも別に代役を用意すれば手数が減る。


「ロッテ、この先に待ってるのは第三エリアのボスよりも強い可能性はあるか? ああ、勘でいい」

「勘……あると思う。この手のダンジョンだと複数設置するエリアボスにそこまでの差はつけないから……」

「ありえるとしたら、それ以外に配置するか」


 まさにそのシチュエーションだな。制圧用の特殊エリアボスか、隠しルートのみで出現するモンスターだ。

 腕に自信のある方はお通り下さいと言わんばかりの構造である。


「ロッテとアレクサンダーは……悪いがギリギリまで付き合ってくれ。戦闘のみならなんとでもなるが、人数が必要な場面もありえるからな。第四エリアまで、どちらかは残るようにしたい」

「まあ、それも間違いじゃないね。……分かった」


 探索力以前の問題として、未踏の地を進むのに勘は必須になる。その勘は経験や知識を前提したもので、モンスターとしての経験やヴェルナーの癖を知るロッテの勘に勝るものはない。博打も博打だが、真っ当に博打が打てるのは今日までなんだ。このまま推移したら、最終日は全チームが安全を捨てて博打を打ってくるだろう。


『そろそろ第三エリア北端だ。何もなく直線が続くなら十分もかからん。かなり下まで移動してるから、どこまで登ればエリアボスに辿り着けるかは分からんが』


 ティグレアから通信が入った。何もなければゴールは近い。……まあ、あるわけだが。

 長い長い通路の先に見えるのは広間。距離から考えてボスエリアではないだろう。近づくに連れて感じるのは危機感。ここまで対峙した強敵や討伐指定種に匹敵するような何かがいるのを感じる。……ヤバイのがいる。


 そこは広い空間だった。円柱状の空間が縦に伸び、上へと向かう階段が壁に沿って設置されている。途中には踊り場が複数確認できるが、そのせいで先が確認できない。ゴールに向けてひたすら登れって事だ。

 ……"動く"モンスターの影は今のところない。


「……繭か、あれ?」


 途中の踊り場にいくつか繭のような影が見える。


「キラーマンティスの卵だね。近付くと孵るようになってるのかな。グロいし、いちいち相手したくないから駆け抜けたほうが速いかも」


 キラーマンティスはその名の通りカマキリの巨大モンスターである。無限回廊で何度か遭遇した事はあるが、攻撃、速度特化の能力を持つ。複眼によって視界が広いのも有利に働いているのか奇襲が成立し辛い面倒なモンスターだ。確かにヤツが大量にいるなら危険ではあるが……。


「……そうだな。ガルド、殿を頼む。抜けたあとの通路や階段はぶっ壊していいぞ」

「分かり易くていいの。任せとけ。ワシの体重で足場が抜けたらスマン」

「そしたら様子見て帰還してくれ。ある程度モンスターの足止めしてくれると助かる」


 それはさすがにどうしようもない。超巨体、超重量のガルドをパーティに組み込む以上、避けては通れない問題だろう。それが役に立つ場面も多いしな。

 広場に足を踏み入れ、奥に見える階段に向けて走る。先頭はサージェス。戦闘になりそうなら露払いをしてもらう。続いて空龍、アレクサンダー、ロッテ、俺、ガルドの順だ。

 階段に辿り着く前に上から落ちてくる巨大なカマキリが二体。構う事なく突っ込む。先行したサージェスが《 トルネード・キック 》で一体を粉砕。続く空龍が鎧袖一触でもう一体をバラバラにする。そこまで強くはないが、次々と落ちてくるのが見えるとうんざりするな。


「アレクサンダー、ロッテ、気にせず走れ! 対応は俺たちがやる!!」


 キラーマンティスは、弱いとはいえ二人のレベル帯では強敵に分類される相手だ。注意するのは防御よりも攻撃。奴の攻撃は速度も速く、腕の鎌は低レベル帯のHPなど簡単にブチ抜いてくる。ベストな攻略法は行動させずに倒し切る事である。


「サージェス! 先行して露払いを頼むっ!」

「了解しました」


――Action Skill《 飛竜翔 》――


 弾丸のように上へと跳躍するサージェス。そのまま次の踊り場に着地して、上から降って来るカマキリを粉砕する。すべてが対応できるわけではない。溢れた分は俺と空龍で処理する。少し上まで行ければ落とすだけでも効果はあるだろう。

 鈍足なアレクサンダーとガルドにはとにかく走ってもらう。ただ、殿を任せるガルドは遅れても単独戦闘が可能な分、そこまで問題はないはずだ。攻撃力特化とはいえ、キラーマンティスではガルドの防御を抜けない。


「ふんぬっ!!」


 後方を走るガルドが一つ目の踊り場を破壊した。カマキリたちは一階分程度であれば跳躍してくるようだが、少しは追撃の足を止められる。問題はガルドが落ちてしまう事態だが、そこは祈るしかない。回収はさすがに不可能だ。とりあえず、体重で踊り場が崩壊する事はなさそうである。


「渡辺様、レベルが上がってます」

「……ああ」


 傍らで対処する空龍に言われて気付く。上に行くに従って出現するカマキリのレベルが上がっている。

 今ならサージェス一人でも対処可能だが、そろそろまずい領域だろう。タイミングを見て合流する必要はあるが、あいつならそのタイミングを誤る事はないはずだ。

 ひたすら登る。階段を駆け上がり、踊り場を抜け、戦いながらガルドを待つ。すでに数十メートルは登ったはずだが、ゴールが見えない。くそ、まだか!


「リーダーっ!!」


 先行するサージェスの声は警告。次のタイミングで頭上から降って来たのはキラーマンティスよりも黒く巨大なカマキリだ。


「じぇ、ジェノサイドぉっ!? なんてもん配置してるの!!」


 悲鳴染みたロッテの声が上がる。カマキリが着地したのは俺の真後ろだ。

 対面して確信した。先ほどから感じていた危機感はこいつのものだ。キラーマンティスなどより遙かに格上。単体でボスと呼ばれても納得する気配を発している。


「アレクサンダー、ロッテ、空龍、先に行ってサージェスと合流しろ。ガルドと分断されるのはまずい」

「アレの攻撃は絶対受けちゃダメ。とにかく避けて!」

「ああ。ガルドっ!! 叩き落とすぞ」

「応よっ!!」


 踊り場に陣取るジェノサイドマンティスに向けて走る。こいつの特性は知らないが、ロッテの忠言から考えるにキラーマンティス以上の攻撃力特化だろう。しかし、倒す必要はない。上がってこれない場所まで叩き落としてしまえばいい。

 振り返り対峙した瞬間、感じる殺気。ほとんど予備動作もなく放たれる攻撃を剣で受けるが、鎌はそれを無視して俺の顔に傷を付けていった。


「んなっ!?」


 そんなアホな攻撃があるか。一瞬で剣が中ほどから切断され、耐久値が全損した。こんなもん生身で喰らったら一発でアウトだ。


――Action Skill《 瞬装:不鬼切 》――


 おそらくは盾で受けてもアウト。俺の手持ちで、唯一受けられるとしたら《 不壊 》の付いたこいつだけだ。

 鎌の形状からしてただ受けるだけでは首を飛ばされる。動体視力と反応速度が足りない。なんとか捌いているのはほとんど直感だ。速いが単調な動きならなんとか対応できる。何度も繰り返し放たれる鎌の攻撃に生きた心地がしない。ガルドはまだか。


「どぅおおおららららああっ!!」

――Action Skill《 フォートレス・バッシュ 》――


 ジェノサイドマンティスの背後に迫る巨体。普段は使用していない巨大な盾を持っての突進だ。

 そのままぶちかまし、盾ごとジェノサイドマンティスを吹き飛ばす。更に離した盾へのケンカキックのダメ押しで、ジェノサイドマンティスは場外へと消えていった。


「ツナっ! 奴はマズイ。ワシのガードすらぶち抜いてくるぞ」


 これまでにないガルドの声色は焦りを感じさせた。ヤバイのは分かるが、ガルドのレベル帯でもヤバイのかよ。

 急いで階段へと移動し、踊り場の連結部を破壊する。一息つけるかと思ったが、階段を登る最中、驚愕する光景が目に入った。

 下方、ジェノサイドマンティスが壁に腕を刺し込みつつ、登って来る姿が見える。そのスピードは速いものではないが、モタモタしてたら追いつかれる。


「ワシ、あいつ嫌い」

「とにかく急ぐぞ。踊り場の破壊より移動を優先だ」


 追いつかれたら堪ったもんじゃない。というか、あいつが一体とは限らないのだ。先行しているサージェスたちが気にかかる。

 急いで階段を登り、先行組と合流する。ほとんど時間が経ってはいないので、サージェスとはまだ合流していないようだ。


「おおおおおっ!!」

――Action Skill《 ドラゴン・スタンプ 》――


 と、横を見ればサージェスが別個体のジェノサイドマンティスに蹴りを入れつつ落下して来た。

 空中で再度踏みつけ方向転換。こちらへと跳躍してくる。その姿は贔屓目に見ても傷だらけで満身創痍だ。


「く、痛みもなく切り刻んでくるとは、なんてつまらない奴でしょうか」


 しかし、サージェスは平常運転だった。あいつの鎌は、マゾには受け入れ難い攻撃らしい。

 手当よりも、とにかく急がないとまずいだろう。二匹で終わるとは限らないし、下からは先ほどの個体も登って来ている。サージェスの落とした二匹目は……かなり下まで落ちたから復帰してこないだろう。


「五階上に奥に続く通路がありました。空間は上に続いてますが、階段はそこで終わりです」


 正解かどうかは分からないが、この空間から脱出できるなら助かる。あんな化け物を相手してられるか。

 生きた心地のしないまま階段を登る。ジェノサイドマンティスは落ちて来ないが、キラーマンティスの数は更に増え、行く手を阻む。殿を気にしていられる状況ではないため、戦力を前に集中して薙ぎ倒していく。


「三秒後!」


 アレクサンダーの声が響き、指定の秒数後に閃光弾が炸裂した。怯んだキラーマンティスの群れを割るようにして突破する。ガルドの後方に向けてついでに煙幕弾も投擲。ここは消耗品を出し惜しみする場面じゃない。アレクサンダーの判断は正しいだろう。問題は支給品はもうそんなに残ってない事だ。


「渡辺さんっ!! 来ました、黒いのですっ」


 ゴールの最上階。奥へと続く道の見えた段階で、最初に落としたジェノサイドマンティスが追いついて来た。踊り場に脚がかかる。相手にするつもりはない。とにかく道へと急ぐ。


「アレクサンダー!」

「ひええっ尻尾がっ!?」


 他の面子が駆け抜ける中、遅れたのはアレクサンダーだった。

 運がいいのか悪いのか、コケた瞬間にギリギリ射程に入ってしまった攻撃が尻尾に命中し、切り落とされた。


――Action Skill《 獲物を狩る猛牙 》――


 道の奥から空龍の扇が飛び、ジェノサイドマンティスに命中。一瞬だけ動きが止まり、その隙にアレクサンダーが通路へと滑り込む。


「ガルドッ!!」

「おうさ」


 ガルドが入り口に立つ。ジェノサイドマンティスとの距離はまだ離れているが、狙うのは敵ではなく天井。


――Action Skill《 ダイヤモンド・コート 》――

――Skill Chain《 魔装拳 》――


 拳をダイヤモンドへ変質させ、更に魔力で覆う。わずかな技後硬直の間にジェノサイドマンティスが迫る。


「ふんぬっ!!」

――Action Skill《 天をも貫く豪拳 》――


 ガルドが入り口の天井を破壊し、瓦礫で通路を埋めた。ガルドも巻き込まれたが、無視してこちら側へ避難してくる。

 よほど上部まで衝撃が貫通したのか、崩落した部分は見る影もない。あの化け物どもなら瓦礫を突破してくる可能性もあるが、奥に辿り着くまでの時間稼ぎはできるだろう。できれば崩落に巻き込まれて死んでてくれると助かる。


「ほんと信じらんない。パパはどんな基準であんなの配置してるのよ」

「……えらい目に遭ったの。あいつ、クラン解散前にワシが活動してたエリアでも出た事あるぞ」


 つまり、上級冒険者がパーティで対応するような相手って事だ。とんでもないのを配置しやがる。

 ロッテがパパと言っているあたり、余裕がない事を窺わせる。


「パンダさん、お尻大丈夫ですか?」

「ええ、痛いのは痛いですけど、尻尾千切れただけですから……ポーション飲んでおけばなんとかなります」


 アレクサンダーを見れば、ケツの部分の毛が尻尾ごと刈られているが、致命傷というほどではない。尻肉が削れていないのは幸いだが、毛の断面は真っ平らだ。相当な鋭利さがないとHPの上から柔らかい毛を斬るような真似はできないだろう。

 アレクサンダーが死んでないのは運が良かっただけだ。超危ねえ。というか、まともに攻撃を喰らったらここにいる全員がアウトっぽい。


「ガルド、あの盾回収できないだろうけど大丈夫か?」

「自作の量産品だから問題ない。たくさんあるしな」


 あんなデカブツたくさん持ってるのかよ。サッカーゴールとか入ってたし、こいつの《 アイテム・ボックス 》はどれだけ容量あるんだか。


 しばらく待ってもジェノサイドマンティスが瓦礫を突破してくる気配はなかったが、念のためとガルドが天井を崩壊させつつ奥へと移動する。退路を塞いでる形になるが、あんな化け物がいる場所に戻るつもりはないから問題ない。

 通路は長く続く一本道だ。わずかではあるが上下左右に曲がっているので先がどうなっているか見えないが、この先に第三エリアのゴールがあるのだろう。

 しばらく進むと通路の先に広間、そして巨大な門が見えた。第三エリアの外縁部、境界らしき場所だ。……ここがそうだと思うのだが。


「門しかないね」

「広間に入ったら強襲されるパターンとか?」

「それにしては狭過ぎるかな」


 第二エリアまでにいたようなボスがいない。ロッテの言う通り、でかい門があるだけだ。手前の広間は何も仕掛けがないらしいので、とりあえず中に入る。


『その門の先がボス部屋だ』


 どうやら、その情報は門を発見する事が公開トリガーだったらしく、通信でティグレアの補足が入った。第二エリアまでとは違い、中に入ったら戦闘開始の、いわゆる通常のボス部屋になっているという事か。


「わざわざ専用の部屋を作って見えないようにしてるのに、事前に伝えていいのか?」

『見えないようにするのが目的じゃない。そこは離脱・途中参加禁止エリアだ。第三エリア以降のボス部屋はすべて同じルールが適用される。帰還は可能だが、挑戦権は一回しかないから気をつけろ』


 離脱禁止って事は、複数人が入れ替わりで挑戦してボスの体力を削るって手は使えないと。第二エリアまででもやってないが正式に禁止されたって事だ。

 帰還がOKなら、とりあえず中に入って全力戦闘してから帰還って手は使える。ロッテのガス欠は心配する必要ない。

 挑戦権一回は、とりあえず挑戦させて通信で中の状況を窺う事を禁止しているのだろう。攻略失敗時は別のルートを探す必要があるが、ここに再度来る方法がないからそれは関係ない。


『ちなみに、第三エリアボスは複数体出現する。集団戦だな』

「ボスの情報まで教えてもらえるのか。……ジェノサイドマンティスじゃないよな?」

『さっきから聞こえてた悲鳴はジェノサイドマンティスが原因か。ログが出なかったって事は倒してはいないみたいだが、とんでもないのを相手にしてるな。それは特殊ルートにのみ配置されたモンスターらしいから忘れていいぞ』


 壁登って来たのはガルドが落とした個体だけだったが、サージェスが落とした二体目も踏み付けて落とされた程度じゃ死んでないか。というか、やっぱり特殊ルート扱いなのね、ここ。


『それで、ボスの情報だが。厳密に言えばモンスターじゃない。シャドウ……冒険者のコピーが出現する。数は六体。構成は三種類からランダムで選ばれる。……ここまで言えば分かると思うが』

「……他チームのメンバーか」

『正解だ。このイベントが開始した時点での情報を反映しているから、行動パターン含めて基本的には本物と同じ強さだと思っていい。違いは消費アイテムを使用しない事、言語などの意思疎通は行わない事、HPが0になった時点で消滅する事、装備の耐久ダメージと肉体への直接ダメージはHPダメージに変換される事。あとは一部再現できないスキルがある』


 強さは本人と同じでも各種制限で色々弱体化しているって事か。相手側だけゼロ・ブレイクの変則ルールだ。実質的にこちらが有利である。


「使用できないスキルってのは?」

『基本的に情報局のデータベースに登録されていないものは再現できない。あとはサージェスの《 インモラル・バースト 》のような後遺症の残るスキル群だ』


 まあ、相手は後遺症を気にする必要ないからな。

 ベレンヴァールや空龍たち三人も一部まだ登録されていないスキルがあるはずだから、弱体化していると考えていいだろう。ミカエルの《 パンダ・ファイア 》などはどうだろうか。詳細が掴めているかどうかは別として登録はされていたはずだ。


「さて、問題はロッテとアレクサンダーだな。第四エリアの探索には必要だが、ボス戦に参加させるには危険が大きい」

「どのチームが来てもお役に立てるとは思えないんですが。マイケルやミカエル相手でも正直……」


 アレクサンダーはそもそも戦闘職じゃない上、レベルも低い。どのチームも近いレベル帯のメンバーは混ざっているが、チーム戦である以上そいつだけを相手する事は難しいだろう。まず落としやすいところから狙うのは定石だ。一応確認してみたが、一日目、二日目で支給された消費アイテムも残り少ないらしい。

 ロッテは防御力こそ紙だが、遠距離攻撃が可能な上に飛べる。でかいのを撃って帰還してもらうって手もアリだろう。


「攻略成功した場合、この門の扱いはどうなる? 閉じたまんま、[ 拠点 ]東門からのみ移動可能とか」

『第二エリアまでと同様に開かれる。待機してても問題はないぞ。負けたら行き止まりに放置されるくらいだ』


 それは助かる。ならアレクサンダーは待機だ。通信機とマップボードを持ってるアレクサンダーが残るなら、誰かが死んだり帰還しても引き続き利用できる。代わりに、というわけではないが、ロッテは参加する事になった。後衛なら援護は可能だし、飛んで逃げる事も可能、できるなら相手チームの低レベルメンバーを相手してくれると助かる。

 ロッテに限らないが、危ないと判断した時点で迷わず帰還する。全員残るのがベストだが、一人でも攻略さえすれば最悪でも第四エリア開始で最終日を始められる。


「ジェノサイドマンティスが瓦礫突破してきたらアレクサンダーも帰還していいぞ」

「こ、怖い事言わないで下さいよ。トラウマになりそうなんですから」




-3-




 中に入ると短い通路、その先には何もないシンプルな広間が広がっていた。広間に一歩足を踏み入れた時点でシャドウが召喚され、戦闘開始となるらしい。相手はランダムとはいえ三パターンしか存在しない。そのどれもが見知った相手だ。完全とはいかないが、対策も立てられる。


 Bチームは一見バランス型に見えるがスピード重視の超速攻型。ユキ、摩耶、銀龍、三人の機動力、水凪さんとミカエルで後衛火力も充実している上に、回復・防御支援まで可能。大体水凪さん一人でカバーしているのがズルい感じだ。ゴブサーティワンは良く分からんが、前衛な上にレベル差もあるし主力にはなり辛いだろう。挑戦者側ならアレクサンダー同様待機コースだ。


「怖いのは肉体損傷耐性だから、HP切れで消えるルールなら肉壁にも使えない雑魚だよ」


 弟分相手なのにロッテさんは辛辣である。


 Cチームは前衛のキメラ、玄龍、ティリア、後衛のラディーネ、そしてどっちなのか事前に判断できないボーグが主力だ。ククルに関してはラディーネがどう扱っているかにもよるが、主力とは考え難い。

 狙い所としてはラディーネ、あるいはティリアを落とせれば戦況が一気に傾くはずだ。縦横無尽に暴れるキメラは怖いが、模擬戦の対戦経験は多いから対策はし易い。玄龍は情報がないから空龍に相手してもらうのがベストだろう。明確な実力差あるらしいし。


 Dチームは……低レベル帯のメンバーが多く所属するチームではあるが、ディルクとセラフィーナが怖過ぎる。

 ベレンヴァールも、[ 静止した時計塔 ]での戦闘経験を参考とするなら一人では相手したくない。ガウルも多人数相手の戦闘は得意な方だし、レベル差があるとはいえリリカも油断していい相手ではないだろう。マイケルは……まあ大丈夫かな。クラス・スキル名が変なだけで真っ当な格闘タイプだし、奇抜な手は使ってこないだろう。


 どのチームが来ても鍵になるのはおそらく空龍だ。彼女の魔力無効化は魔術を使う相手には無敵に近い力を発揮する。全チームの中で最も相手にし辛いだろうガルドはウチのチームだから、シャドウが出現する危険はない。

 こうして考えると第三エリアのボスはウチが最も有利に見える。他チームが俺たちのコピーを相手にする場合、戦闘力だけに特化したチームを相手する事になるのだ。ルール上、シャドウでは俺やサージェスの不死身っぷりを生かせないだろうが、それを差し引いてもやり辛い相手だろう。上手い感じに別チームを数人脱落させてくれると嬉しい。頑張って他チームを苦しめてくれ、ツナシャドウ。


「行くぞ」


 声をかけて広間へと踏み出す。数瞬後、広間の奥に立ち上る魔力光。展開された魔法陣から見覚えのある姿の影が出現する。影なので細かい判別は難しいが、その形だけでどのチームかは分かる。人型四体にパンダ、そしてゴブリンらしき影。これは、ユキ率いる……。


「Bチームだ! 予定通り行くぞ」


 開始と同時に動き出す敵前衛。その中でも真っ先に飛び出したのは銀龍だった。

 低レベル組のゴブサーティワンとミカエルはともかくとして、銀龍とは対戦経験があり、それ以外に至っては散々模擬戦を行っているメンバーだ。それぞれの手の内は読めるし、行動パターンも予想が付く。狙いは予想通り俺。ガルド、空龍ではなく俺を狙ってくるのは一番落とし易く、脱落時の影響が大きいと判断しているのだろう。それは銀龍だけではなく摩耶、ユキを含む前衛組の共通認識だ。読み易いが正解だよ。

 銀龍は、以前手合わせした時よりも遙かに洗練された動きで謎の棒を振り回してくる。あれから修練したのか、このイベント一日目で身についたのか。ただ、相変わらず棒としてしか使ってこないが、その形状はもっと別の機能があるようにしか見えない。刃は付いてるが槍ではないと思うんだが。

 それに数秒遅れて摩耶が苦無を投擲してきた。認識外の死角からの攻撃だが、それは慣れている。躱すまでもなく武器で弾く。


――Action Skill《 岩浸撃 》――

――Skill Chain《 インターセプトガード 》――


 銀龍の攻撃に合わせてガルドの防御スキルが発動し、床から伸びた石が視界ごと攻撃を遮った。

 発動タイミングを合わせるのは難しいだろうが、床が鉱物であれば遠隔防御すらやってのける。さすがは上級のタンクといったところだろう。

 この戦いにおけるガルドの役割は俺を含む全員の盾役だ。正直、広範囲に展開される全員を守りきるのは人間技ではないが、こうして遠隔ガード可能で人間でないあいつなら可能である。こうして前衛を受け持っている間に他のメンバーが後衛を仕留めに行くのが対Bチーム用の攻略プランである。後衛、特に水凪さんを落としてしまえば一気に戦況が決まる。ガルドの援護アリで持ちこたえるだけなら、前衛三人相手でもなんとか……。

 ……前衛? おかしい、何故このタイミングでユキが突っ込んで来ていない?


「ツナッ! 上だっ!!」


 ガルドの声に合わせるように、視界が影に覆われた。ガルドの防御スキルの届かない頭上からの攻撃。

 上を見れば、頭上高くからホバーボードを駆り加速しつつ落ちてくるユキの影。やっぱり持ち込んでやがった。

 出会い頭の剣戟は痛み分け。お互いに浅いダメージを与える。だが、立て直しが早い。ボードの上でクルクルと回転しながら高速で接近するユキへの対応が間に合わない。


――Action Skill《 ツイン・サークル 》――


「んなろっ!!」


 スキルはともかくその縦回転の動きは初めて見るもので、更に立体的になった軌道に対し判断が追いつかない。加えて銀龍と摩耶の波状攻撃と《 クリア・ハンド 》らしき飛翔する剣。相手は三人のはずなのに、ガードが追いつかない。ガルドの援護を受けても尚、浅くないダメージが蓄積されていく。機動力特化は伊達じゃないってか。


――Action Magic《 ストーン・ウォール 》――


 ガルドが俺の前に巨大な石の壁を複数展開した。

 すぐさまその壁を乗り越えて飛びかかってくる影。お前ら身体能力高過ぎませんかね、と愚痴でも吐きたくなる光景だ。人間でない銀龍は分かる。ユキもボードを使ってるからいいだろう。だが、摩耶は壁面を足場にし、空中に飛び出しても何かを蹴って軌道を変えてくる。あれはまさか水凪さんの《 ピンポイント・シールド 》か? ユキ以上に《 ニンニン 》してやがる。

 ……ああ、こりゃダメだ。こっちも肉斬らせていかないとガードすらままならねえ。無理してでも一人落とす必要がありそうだ。

 予めロッテが発動していた《 念話 》で合図を送る。

 相手チーム後衛を相手にしていたロッテと空龍からのタイミングを合わせた援護射撃。そしてガルドが床へ拳撃を放ち無数の床材を舞わせる。その刹那。舞った石の影から急接近する摩耶の影。その背後からの攻撃を"避けずに受けた"。


「甘いな」


 シャドウがどこまで思考を再現しているのか分からないが、命中すると思っていなかったのか、一瞬だけ動きが止まった。

 腕を掴む。その眼前には《 瞬装 》のタイムラグを無視するため、予め隠し持っていた< ラディーネ・スペシャルIIカスタム >の銃口。この至近距離なら外さない。

 ほぼ零距離で放たれた轟砲を受け、摩耶の体が吹き飛び、魔化するのが見えた。ついでに俺も吹き飛んだが、俺はHP関係ないし大丈夫。とりあえず一人。これで人数はイーブンだ。


「おまたせしました」


 吹き飛ばされ、転ぶ俺へ加えられた銀龍の追撃を遮るように空龍が立ちはだかった。……イーブンではなく人数的に優位に立ったようだ。目をやればミカエルシャドウの姿はない。水凪さんはサージェスとやり合ったまま戦況が硬直。ロッテは……まだゴブサーティワンを仕留めきれていないようだ。


「銀は私が。……傷は大丈夫ですか?」

「いつものかすり傷だ。兄弟喧嘩は任せた」

「これは姉の一方的な折檻です」


 直後、弾けるようなスピードで銀龍に肉薄する空龍。あっちは任せていいだろう。俺の相手はユキだ。ほとんどガルドと二対一だが、卑怯とは言わないだろう。視界に捉えているユキシャドウは余裕があるように見える。あいつの思考を推測するに、誰か一人でも、特に俺が落ちれば目的は達すると考えてるような気もする。

 腰を落とし、ユキの超スピードへ対応する姿勢を整える。


「……さあ来い」


 俺の呼吸を読んだようなタイミングで急接近するユキ。ガルドが展開した石盾を軽く飛び越え、空中から俺を射程に収めた。


――Action Skill《 ブースト・ダッシュ 》――

――Skill Chain《 シャープ・スティング 》――


 そこから、ホバーボードを足場にして猛烈な加速で空中に飛び出すユキの影。直線的とはいえ、超加速から繰り出される刺突はすでに弾丸と変わりない。反撃もままならない。《 クリア・ハンド 》の攻撃と合わせ、無傷での対応は不可能な手数と速度を実現している。

 空中へ飛び出し俺への攻撃を仕掛けたあと、ユキは俺の体を足場に跳躍。その着地点には狙ったようにホバーボードがあった。単発の攻撃を捌いても次の瞬間には離脱され、地に足を付ける事すらなく再びボードに搭乗、高速移動に移るというサイクルでのヒットアンドアウェイ。これではガルドの盾もロクに機能しない。

 あいつ、なんであんなものを乗りこなせてるんだよ。簡単にやって見せているが、アレに乗るのだけでも、ましてや戦闘行動を行うのは至難の技だ。そこから飛び出して攻撃するのも、慣性を利用して攻撃後の着地点にボードを移動させるのも尋常じゃない。あいつ一人だけ違う世界にいるぞ。


「く、そっ!!」


 状況は変わっている。ガルドにこちらを専念してもらうか。それとも空龍と合流して二対二の勝負に持ち込むか。くそ、摩耶シャドウに刺された腹が痛え。


――Passive Skill《 クリムゾン・シルエット 》――


 無数に切り刻まれる中で、視界が紅く染まる。

 目をやられた? 違う。何かが発動した。超集中時に感じる時間が引き伸ばされる感覚にも似た違和感。曖昧で靄のかかった視界の中で、ユキの影だけが明確な形を保っている。……いや、これはユキの姿だけに集中するように視線を誘導されているのか。目が離せない。これはまさか……[ 鮮血の城 ]でロッテ相手に発動したスキルなのか?

 ユキの影が動く度にその姿がブレる。残像を生み、視界内で捉えられる唯一の存在が認識をズラしてくる。強制的に集中して見せられている分、認識の差は大きくなっていく。超高速機動に加え、距離感まで奪われた。


 《 クリムゾン・シルエット 》はユニークスキルでこそないものの、ギルドでも詳細が公開されていないスキルだ。

 どんな前提条件で発動するのか不明だったから、[ 鮮血の城 ]での戦い以降、ロクに発動もできなかった。詳細も分からない。あるいは情報局のデータベースやディルクなら知っているのかもしれないが、少なくとも俺は把握していない。おそらくはユキ本人もだろう。


――《 離れてっ!! 》――


 ぼやけた意識の中で、ロッテの声が聞こえる。……そうだ。あいつはこのスキルを間近で体験している。あの時、ロッテはどうやって対処をした? 逃げの一手。そう、距離をとった。アレは追いつかれた末にとった行動というだけではなく、このスキルへの対処でもあったんじゃないか?

 《 クリムゾン・シルエット 》の詳細は分からない。対処方法も分からない。しかし、《 近接戦闘術 》ツリーに属するスキルであるのなら、有効範囲はせいぜい武器の届く範囲であるはず。ならば……。


「らっ!!」


 武器を大きく振る。当てる事ではなく距離を取る事が目的だ。だが、それだけでは距離が足りない。


――Action Skill《 ブースト・ダッシュ 》――


 ならば、後ろに向けてのダッシュ。無理矢理でも距離を離す。……ある程度離れたところで紅く歪んだ視界が晴れる。

 姿勢の制御ができず、このままでは転ぶという状況で、俺はユキへの反撃の手立てを考えていた。あいつが大振りを狙うとしたら今だ。このタイミングしか有り得ない。


「ガルドぉっ!!」


 叫ぶ。それがトリガーになったのか、予め用意していたのか分からないが、飛び退く俺の後方に石の壁が立ちはだかった。

 それを踏む。ただ、全力で。


「ああああああっ!!」

――Action Skill《 ストライク・スマッシュ 》――


 壁を足場にして、無理矢理もいいところの逆行ジャンプ。不格好な、全然なっていない空中からの打ち下ろしを放つ。

 当たれば儲けものという攻撃の先に、正に絶好という位置でユキの姿を捉えた。他の誰が相手でも失敗しただろう。だが、あいつならそこにいると確信していた。だからこそ狙いも定めない攻撃が成立した。

 全力で振り下ろす。続けて発動するのは《 パワースラッシュ 》――


「あだっ!?」


――それは手応えがないまま宙を切った。

 避けられたわけではなく、《 ストライク・スマッシュ 》でトドメに至ったらしい。よほど当たりどころが良かったのか、顔を上げれば魔化しつつあるユキシャドウの姿があった。

 よし、あとは他の連中の援護に回って駄目押しを……。


「終わったみたいだぞ。全員無事だ」


 ガルドが俺に近づきながら言ってきた。

 周りを見れば、銀龍の姿はなく悠然と経つ空龍の姿、ゴブサーティワンを過剰なまでに燃やすロッテ、そしてやはり《 パージ 》済みのサージェスの服が戻ろうという場面だった。振り返ってみれば、まともなダメージを喰らったのは俺だけだ。受け持ちや相性の問題もあるのだろうが、解せぬ。


「いやー、シャドウでも《 パージ 》に反応するとは。実に奥が深い。意外な反応に興奮しました」


 近付いて来たサージェスは楽しそうだった。ロッテが危機感を感じたのか、あからさまに距離を離す。

 シャドウが全滅し、第四エリアへの扉が開く。反対側、第三エリアの扉も開き、アレクサンダーの姿も見えた。

 時間を確認すれば、残り時間は二時間弱。まだ第四エリアを探索する時間は残っている。最低条件はクリアしつつここに来れた。


「あと二時間、これまで通りひたすら北上するの?」

「それは変わらんが、その経路で中継地点を探したい。ロッテ、勘で突き進むんだ」

「……は?」


 何言ってんだこいつって顔してるが、俺はマジだ。というか、それしかないんだ。


「ちょ、ちょっと待って。勘って……速度重視って事? 私、探索も担当してるし、速度重視じゃマップボードの範囲じゃ代わりの対応もできないし」

「探索は最低限だ。死ななければいい。いや、最悪数人死んでも誰かが中継地点に辿り着ければOKだ」

「ば、馬鹿じゃないのっ!? あの第三エリア体験したあとで言う事じゃないでしょ。どこにあるか分からないものを勘だけで探せって?」

「理想はそうだが、道順の確認もある。これくらいやんねーと勝ち拾えねーんだよ。たかがイベント。だけど最善を尽くすのが冒険者だろ。お前が分からねえはずねーだろ」

「あの、それ私のセリフで……」


 アレクサンダーうるさい。


「う……分かった。確率なんか保証できるもんじゃないんだから、失敗しても文句言わないでよ」

「誰も言わねーよ」


 実際、周りを見ても誰も文句を言いそうにない。他チームの行動なんて分かるはずがないメンバーまで、そのまま受け入れている。


「あ、サージェスは盾に使っていいから。お前は限界まで残れよ」

「お任せ下さい」

「そんな笑顔で言わないで。……わ、分かった。状況的に断れないのがキツイ……」


 こうは言っているが、ロッテもまったくの算段なしって事はないはずだ。

 俺もこれが奇跡と呼ぶような低確率とは思わない。全員揃って未知の中継地点に辿り着く可能性も10%くらいはあるだろう。




-4-




 主にロッテが神経を擦り減らしつつ、勘を頼りに進んだ第四エリアは有り体にいって悪夢の領域だった。

 第三エリアの時点で現在俺たちが主戦場としている無限回廊第三十五層~第四十層クラスのモンスターが出現していたのだから当然ともいえるが、出現するモンスターはそれよりも上の第五十層クラス。強さはそこまで変わるわけではないのだが、各種耐性、状態異常攻撃を備えたモンスターがメインとなってきて、対策の乏しい俺たちが対応するのは困難だ。ガルドや空龍ですら一蹴するには火力が足りない。俺とサージェスも喰らいついてはいるが、なんとかというところだ。格上相手の戦いは慣れてる分、これくらいのほうが調子がいい気もする。

 アレクサンダーに至ってはもはや戦闘に参加できるレベル差ではない。だが、それでもサポートだけは継続している。混戦の中での煙幕弾、閃光弾、残り少ない消費アイテムを限界まで活用する能力は第二クラスである< 冒険者 >の補正によるものだろうか。いや、その能力が発揮しだされたのはこの攻略の中でだ。案外、一番成長しているのはこのパンダかもしれない。

 一方、ロッテは極端に口数が少ない。指示を出す時と危険の報告、両方とも本職ではない以上、あきらかにキャパシティオーバーだ。何度かマジでサージェスを盾にしてやり過ごす場面があったので、負担がかかっているのは間違いないだろう。


 構造に関しては第三エリアと変わらない。ガルドに言わせても、無限回廊の基準ではない構造らしい。[ 鮮血の城 ]のように先を見据えたステージ構成ではなく、あくまでこのイベント用に用意された特殊構造という事だ。


 道中で、ボロ雑巾のようになったサージェスが惜しみ惜しまれつつ帰還。消費アイテムを完全に使い切り、目に見えて消耗していたアレクサンダーも帰還。ガルドも巨体のせいで通行できない場所があり、殿を務めた上で離脱した。無事な奴は一人もいない。特に俺がいつも通り大ピンチだった。

 そんな中、ほとんど時間ギリギリになって俺たちは初見となる西門を発見した時には歓喜した。ロッテさんの勘は正しかったのだ。途中、先に帰還専用の南門が見つかった時は膝から崩れ落ちそうになったが、見つかったのはその直後だ。

 門の前には狙ったように配置された大量のモンスター。門から一定距離以内には近づけないというルールがあるらしいが、道を阻むようにガードを堅めている。俺たちに気付いてるようだが、向かって来ない。

 ガルドがいればその防御力で突っ込むという手も使えたのだが、残念ながらここにいるのは俺と空龍とロッテの三人。その手は使えないのだ。


『門を潜る必要はない。誰かが触ればそれで登録される』


 通信機の向こうのティグレアも、状況を分かっているのか必死だ。登録条件は楽だが、状況を鑑みるとハードである。すでに俺は戦力として限界を迎えつつある。ここまでに流した血が多過ぎる。HPもないから自己治癒もロクに働かず、骨も何本か折れたまま。息するのもしんどい。ここは、二人に期待するしかないだろう。

 ……それで駄目なら気合いれて《 飢餓の暴獣 》狙いかな。


「い、今更だけど、ほ、ほんとにやるの?」

「……渡辺様が限界です。全力で援護しますので、御覚悟を」


 とる作戦は極めて単純、ロッテが全力で突っ込み門にタッチして帰還。空龍が援護だ。


「な、南無三っ!!」


 吸血鬼に似つかわしくない言葉を吐きながら、なけなしのMPで《 黒翼翔 》を展開させたロッテが弾丸のように飛び出す。

 空龍の魔術で無理矢理弾き出しただけで機動の制御など効かないはずだ。そのロッテの飛翔よりも速く空龍の扇が複数飛ぶ。その数は六。触れれば魔術無効化、突き刺されば魔術補助の恩恵が消える万能扇子だ。ちなみに間違ってロッテに当たろうものなら《 黒翼翔 》が消えて滑落、ゲームオーバーコースだ。あいつは生きた心地がしていないだろう。

 遠距離攻撃の魔術を止めた扇が三つ。直接攻撃して来た手を弾いたのが一つ。行動前に動きを止めたのが一つ。命中して爆散したのが一つ。そんなのもできるのかよ。

 だが、足りない。ロッテの前にはもう一体。


「なぁあああっめんなあっっ!!」


 身動きが取れないほどの急加速の中で、ロッテが声を荒げながら放ったのは蹴りだ。すれ違いざまの蹴りは、ギリギリ門に触れるかどうかの距離へと軌道を変える。


『登録された! 帰還しろっ!!』

「ロッテぇっ!! 戻れっ!!」


 ティグレアの指令を伝えると、帰還したのかロッテの姿は消えた。最後に壁に激突していたが、まあご愛嬌だろう。俺と空龍もそのまま帰還だ。制限時間を考えるなら途中にあった南門に戻るという手もあるが、そんな余裕はない。

 明日の開始はこの第四エリアを三分の一ほど北上した位置の中継地点から。綱渡りにもほどがある攻略方針だが、これでなんとか第五エリア到達への道は残った。使用には鍵が必要となるが、多少減点されても購入可能な物だ。そこで点数を惜しむつもりはない。




「うぼぁー……」


 [ 拠点 ]会議室ではロッテが頭から煙を出しつつ突っ伏していた。

 自身の経験、ヴェルナーの癖、一般的なダンジョン構築の知識を総動員して目的地を弾き出したのだ。無理もない。一番きつかったのは最後の弾丸ロッテかもしれんが。


「飲み物を用意してやろう。摩耶汁とかいるか?」

「そんな怪しいモノはいらない」


 怪しいのは確かだが、地獄の無限訓練ではみんな愛飲していたドリンクだというのに。いろんな意味で大人気だったんだぞ。


「しかし、お前らとんでもねえな。四神の誰一人として、二日目で第四エリア到達する予想してた奴はいないぞ。しかも三分の一は踏破済みのオマケ付きだ」

「そりゃ俺だってもう少し慎重に行きたいが、状況が許してくれないからな。……点数的にはまだ足りないぞ」

「相当稼いだはずなんだが……これで足りないのかよ」


 実際、点数だけ見たらそこまで稼げていないはずだしな。モンスター討伐の得点だけは群を抜いている可能性はあるが、一日目の結果を考えるとそれすら不安が残る。

 自信があるのは……第四エリア最速到達ボーナスくらい?


「ロッテ、部屋に戻って寝てていいぞ。明日の前半戦も似たような感じになると思うし」

「……やっぱりそうなの?」

「エリアボスの場所が推測できる分作成者の思考を読む必要は少なくなるが、それでもな」

「まったく、新人虐めは勘弁して欲しいんだけど。アレクサンダーと変な共感すら覚えそう」


 どっちも虐めてはいない。多大に期待しているのだ。


「モンスター時代、お前が冒険者に期待してた事と似たようなもんだ。できるんだからやれってな」

「……まーね。うん、分かってた。むしろ、想像よりずっと健全。……寝る。得点発表前になったら起こして」


 そういうとロッテは力ない足取りで自分に割り当てられた部屋に歩いて行った。


「……概要くらいはおれも知ってるが、お前らも変な関係だよな」

「あいつには使えるモノはなんでも使って水準以上の冒険者になれって試練を受けさせられたからな。なら今回も吸血鬼やパンダや岩巨人や龍やドMの手を総動員して挑まないと、ボス時代のあいつに怒られちゃうだろ」

「その考えは理解できるが、借りる手はもうちょっと……どうにかならなかったのか?」


 ちゃうねん。これでも戦闘力的には優秀やねん。真っ当な存在がいないって意味なら、他チームも対して変わらんし。


「借りる側が一番真っ当ではないから仕方あるまい」


 窓の外で静観していたガルドが口を挟んできた。……静かだから寝てるかと思ったが、必要ないんだっけ。


「お前がクラン入るって聞いた時は正気かとは思ったが、面白い奴ではあるな。そこら辺評価してのクラン入りか?」

「いや、誘われるまではロクに知らんかったぞ。特に人となりや冒険者としての面はこうして一緒に戦ってから知った。事前の判断材料は今の弟子が真っ当に冒険者やれてるみたいだから、その代表も真っ当ではないんだろうなという部分だけだ」


 ティリアが真っ当……? まあ冒険者として見るなら……いやでも、弱点あるしな。奇人変人どものリーダーをやっている事を評価されるのは分からんでもないが、だからって俺が真っ当でないというのは心外である。


「あいつと冒険者やってくだけなら、性癖さえ受け入れられれば許容範囲じゃないのか? 能力は優秀なんだし」

「お前さんが気付いてるのか気付いていないフリをしてるのかは知らんが、あやつが抱えてるものがそれだけであるはずがないだろう」

「…………」


 ……正直、ガルド側からその話を振ってくるとは思っていなかった。

 気付いている。ここまで何度も不自然な点はあった。中でもとびっきりに不自然なのはスキルだ。


「ワシと会っていなかった数年間で何があったのかは知らん。だが、やはり言動は不自然だし、なによりも……」

「《 再生 》」

「……そうだ。アレは真っ当な人間が後天的に習得する類のスキルではない。キメラの奴や、新人のゴブサーティワンのような例外はいるにしても、参考例があの二人という時点でまともではないだろう。それどころか、《 肉体補正 》絡みのスキルはワシが教示した時には軒並み存在していなかったものだ。クラスの補正もあるだろうが、それだけで習得したとは考え難い」


 他にも、妙に盾役としての在り方が極端だ。サージェスとはまた違った意味で死に急いでいるように見える。

 多分、一番それを感じているのは俺だ。[ 鮮血の城 ]での一幕。ラーヴァ・ゴーレムの《 溶岩弾 》から脱出した時の反応は、死ねなかった事を悔やんでいたようにさえ見えた。


「あいつの出自に特異性はないから、空白期間を調べれば容易に分かる事だろうが……正直、踏み込んでいいのか悩んどる。変な荷物になりかねんが頼んでもいいか、クランマスターよ」

「ああ、今更だ」


 ウチには無駄に壮大な背景を背負った奴が多いからな。……俺含めて。


「……話についていけてないんだが、それは例のオーク陵辱願望の事か?」

「その性癖は昔からだ。なんであんなけったいな趣味を持つようになったのやら。村で嬉々として迷宮都市製のエロ同人誌見せられた時はマジビビったわ」

「おれも電車の同人誌なら出すが、趣味が合いそうにないな。近寄りたくない」


 そこら辺の精神構造を理解できる奴はウチにもいないんだ。そういう意味じゃ、ティグレアはティリアの同類である。




 二日目は六人まとめて時間を使い切ってしまったので、休憩を含めても時間が余る。

 突発的な非公開情報ペナルティなどは有り得るが、日が変わるまでは別チームの情報も入ってこない。


「どうだ? 二日終わってみて」


 だから、初心である異世界交流でもしてみようと、[ 拠点 ]の外にいた空龍に話しかけてみた。

 首を捻りながら体を動かしているのは、運動後の体操などではなく、単純に体の動かし方が良く分かっていないからだろう。流れるような体術に見えるが、その動きはどこかぎこちなさを含んでいる。専門家じゃないからパッと見ただけでは分からないが。


「思っていたものとはかなり違いますね」

「そりゃやっぱり違うよな。玄龍も力試し的な事を想像してたみたいだし」


 試練だった[ 鮮血の城 ]とも違う。ハードではあるが、どこかアトラクション的な要素が強い。ヴェルナーが、本来の目的を踏まえて楽しませようと設計した部分もあるのかもしれない。人の体での力試しがしたかった玄龍には拍子抜けだった可能性もある。


「ただ、あの子も満足してると思いますよ。多分、私たちは何をやっても満足しますけど」

「なんでもって……そんなに元の世界と違うか」

「こちらの冒険者の方々と私たちとでは、無限回廊攻略という目的以外はほとんど一致しません。その無限回廊も、第一〇〇層までは私たち幼龍が一人前になるための鍛錬場ですから」


 ただ強くなるためだけの訓練場扱いか。根本的な意味は同じなんだろうが、スタンスはかなり違いそうだ。


「幼龍は基本的に下積みの段階ですから、共闘もしません。他の龍と顔を合わせるのも定期的な模擬戦くらいのものです。想像し辛いかもしれませんが、私たち三人の間でも言葉を交わす事すら稀な関係だったんですよ」

「飯の取り合いするくらいだから、少なくとも三人は仲良さそうな姉弟に見えたけど」

「あちらにはそのご飯がないですから。物も文明もなければ当然報酬らしい報酬だってありません。たまにお母様に声をかけて頂く事が一番の報酬でした」


 分かっちゃいたが、ストイックな生活してるんだな。拷問代わりに犯罪者を放り込んでいたベレンヴァールの世界のほうがまだマシに聞こえる。


「そんな生活で不満はなかったのか? ……いや、そっちの世界を貶めるような発言というわけではなく」

「知らなければ欲求だって生まれません。それが当たり前なんです。お母様はそれが問題だとは認識していたみたいですけど、その先の展望がありませんでした」


 ……それもそうか。俺が劣悪な環境でも生きてこれたのは、その外にある世界を知らなかったからだ。俺の場合、変に前世知識があるせいで苦しんでもいたが、それは夢の出来事に近い。特に、ロクにサバイバル能力もない村人連中がなんとか生きていたのは外の世界を知らなかった事による部分が大きいだろう。

 皇龍は唯一旧世界の文明を体験している身だ。自分たちの子供が何も考えず機械のように鍛え続けるのは思うところがあったのかもしれない。新しく何かを生み出す事ができないという特性上、打開も難しかったのだろうが。


「ダンジョンマスターや四神様、渡辺様は難しく考えているようですが、この異世界交流は私たち側から見れば最初の時点ですでに成功なんですよ。独自の文明を持ち、対話が成立する相手と接触できただけで、私たちには途方もない恩恵がある。それは、停滞した世界を動かし、我々に活力を与えるものです」


 どんだけひどい世界だったんだろうか。この先行く事になる可能性もあるという話だが、かなり不安だ。

 行っても誰も会話してくれなかったりして……いや、未知への興味はあるからそれはないのか。空龍たちは友好的だし。


「俺たちがそっちの世界に行くかもって話は聞いてるか?」

「ええ、その時は歓迎します。……あの、本当に何もないんで期待しないで下さいね」

「……古代遺跡の発掘とか」

「興味があるならお手伝いはしますけど。……ありますか?」


 とりあえず言ってみただけで、そこまで興味はない。ちゃんと調べれば何かしらの結果は出るんだろうが、それは俺の役目じゃないだろう。ディルクあたりが頑張るんじゃないだろうか。


「あっちで無限回廊に挑戦してもあまり面白くはなさそうだな。別なダンジョンとか?」

「無限回廊しかないです。お母様はこういった別のダンジョンを創る術を知らないかもしれません」


 マジで何もなさそう。水や食料も持ち込みだろうし、人間が生存できる環境じゃないだろうから対策も必要だろうし。海外旅行のノリじゃマズイだろう。……未開の惑星探査レベルの覚悟してたほうがいいんだろうか。


「強い奴はいそうだから、上級冒険者の誰かを連れて行くってのは良さそうだ」

「ああ、それはいいですね。ダンジョンマスターやアレイン様とはちょっと差があり過ぎますが、話に聞いた上級冒険者の方ならお兄様たちも実りのある模擬戦ができそうです。たとえば、あの神社で会ったエリカさんとかお強いですよね」

「エリカは……無理かな」


 自称Sランク冒険者だが、正体不明だし。……しかし、強いとは感じてたのね。


「数ヶ月もすれば無限回廊第一〇〇層も突破されるから、そこで一線級の上級ランクに声をかけてもいいかもな。そうなると俺は必要なのかって話になりそうだけど」

「それは有り得ません」


 軽い冗談で言った言葉だったのに、真剣な表情で断定された。


「文明を知り、友好的な交流はもちろん大切な事ですが、真の意味で同志となり得るあなたの存在はそれよりも重要です。特にお母様にとっては絶対に譲れない一線でしょう。たとえ、迷宮都市との関係そのものと天秤に掛けたとしても……いえ、ひょっとしたら、私たちと比較しても」


 同じ、因果の虜囚同士として、その天秤に乗る重さは漠然とではあるが感じられる。それはきっと俺たち以外の誰にも理解できない価値観だ。

 それは単純な優劣や損得ではない。納得や理解ともほど遠い、もっと根源的なモノだから。


「同じ宿敵を持つもの同士だから?」

「はい。こうして渡辺様と実際に話してみて、どこかお母様に似ていると強く感じて親近感を覚えています」

「娘としてそう思う部分があるって事か? どこら辺よ」


 そう尋ねると空龍は少し考え込む。朧げな印象を上手く言葉にできないのかもしれない。見た目って事はないだろう。外見であの月サイズの龍に似てるなんて言われても困る。

 少しだけ間を置くと合点がいったように、こちらへと近付いて来た。


「ここです」


 扇子で指したのは俺の胸だ。


「心、芯に抱くものの有無。根本的なものは我らが宿敵への負の感情ですが、そこから生み出されるものは強く激しい情念です」


 なるほど、それは理解できる。いいか悪いかは別にして、俺と皇龍の立脚点は同じものだ。そこから生み出されるものだって似かよるだろう。


「……理解はできるんだが、どうしても買い被られてる気がするな。俺と皇龍が同等かっていうと、そりゃ違うだろ」


 《 因果の虜囚 》を持っているのは、唯一の悪意を滅ぼす事ができる可能性を持った存在である。それはいい。

 だが、その呪いを植え付けられているのは俺だけというわけでもない。皇龍自身もそうだし、どこかの世界には俺たち以外にもいるんだろう。俺と皇龍を比較すればどうしたって差は出るし、月サイズの龍に追いつくにもスケールがでか過ぎで距離感すら掴めない。現時点で同じなのは多分、空龍の言う情念だけだ。


「でも、お母様にすべてを任せてしまうつもりはないでしょう?」

「それは……そうだな」


 たとえ皇龍があとは任せてリタイアしろって言って来ても決して頷けない。

 力がないから人に任せてしまうってのは……無理だ。許容できない。譲れない。あいつを殺すのは俺だ。どれだけ距離があろうとも、歩く事をやめるわけにはいかない。


「その意思が最も重要で、私たちが持ち得ないものです。私たちはお母様の手足になる事はできても、お母様自身にはなれない。真の意味でお母様と並び立てるのはあなただけです」


 自分たちが持てない資格、唯一の悪意への負の情念から産み出される意思こそが重要であって、能力は二の次って事か。

 ……なるほど。俺自身も理解し切れてはいないモノだが、多分言葉に表すならそういう事なんだろう。


「なんでしたら、お母様と同じように龍の長になるというのはどうでしょうか。配下に無数の龍を手足として従えて無限回廊を踏破するのです」

「それは……いくらなんでも荒唐無稽に過ぎるだろ」


 龍の立ち位置からして俺へ助力する事は問題にならないんだろうが、その上に立てというのは飛躍し過ぎだ。

 迷宮都市がバックアップしてどこかの小国を乗っ取るのとはわけが違う。文字通り世界丸ごと背負えって事じゃないか。


「そうですか? 資格はありますし、お母様も喜ぶでしょう。自分で言っててなんですが、良い案にも思えてきました」

「無茶言うな。皇龍と政略結婚でもして一族に取り込まれろって事か?」

「……お母様はちょっと無理がありますね。その場合、お母様の正統後継者である私と契るのが最も近道です」

「契るって……何、言ってんだ、いきなり。冗談……」


 と、不意に空龍がこちらに近づいてくる。え、あれ、近いよ。

 唇に感じる柔らかい感触。なんだこれ、どういう状況だ? キスされた?


「冗談ではありませんし、こうして表現する程度には渡辺様の事は好ましいと思ってますよ」


 顔を離しても、まだその距離が近い。


「あ……、いや、その……色々勘違いしてるような……ちょっと待て、混乱してる」


 冷静になれ。冷静になるんだ渡辺綱。混乱するんじゃない。もっと良くあの感触を思い出すんだ。もったいない。数秒前の記憶を隔離して保存するんだ。

 くそ、事前に分かってればもっと気合入れてねっちょりとした……って、いや、そうではなく……相手側からだから問題なさそうだが、大丈夫かなこれ。よく考えたら、空龍は数日前までキスの知識すらなかったわけで……。これ、意味分かってないんじゃ。


「あー、空龍さん。……キスの意味とか分かってんの?」

「ロッテさんに聞きましたがこれは親愛の表現方法らしいですね。こんな簡単な事で表現できるなら、イベントのご褒美などと言わずにしてしまえばいいのです」


 やっぱり、なんかちょっと勘違いしてるよ。そりゃそういう意味もあるが、ロッテは深く考えずに親愛表現と説明したんだろうな。


「……ひょっとして問題ありましたか? やり方を間違っていたとか」

「いや問題はないっ!!」


 なんなら意味もなく何回でもしたい。


「……問題はないが、友好的だからといって誰でも彼でもキスするのは、異文化交流として考えるとまずい。特に男に対してするのは非常にまずい。言い出しっぺのロッテにちゃんとした意味と手順を聞き直したほうがいいな。今回のご褒美は今みたいに軽いやつではなく、もっと濃厚なバージョンだし」

「濃厚? ……では、そちらは明日一位を取ってからという事で。これでも少しは意欲に繋がるでしょうか?」

「繋がる繋がる。この勢いなら明日個人MVPとか取っちゃうかも」

「それは私が取りに行くのでダメです」


 ……それはダメなんだ。基準が分からない。

 でも、一位は張り切って取りに行く。久しぶりの分かりやすいご褒美に、俺のテンションはマックスだ。

 しかし、ロッテさんがちゃんとディープなほうの説明をしていれば、今頃はもっとすごい事になっていたというのに。なぜ、こんなお預けめいた事になっているんだ。

 いやでも、勝てばいいんだ。勝てばヌロヌロのぐっちょんぐっちょんでも問題ない。


「ところで、男性にするとまずいというと、女性に対してなら問題ないのでしょうか」

「……俺はそんな世界は知らんが、そこまで問題じゃないんじゃ」


 ディープなやつじゃなければ同性の友達にそういう事をするヤツもいるかもしれんが、あいにく詳しくない。参考出展はせいぜい百合系の漫画くらいだ。女同士でも問題ないと断言するレーネさんのような人もいるが、極少数だろう。少なくとも、男同士よりは絵面的にもマシだ。


「なら、明日に向けてロッテさん相手に練習してきますね」

「え……」


 テンパっていた頭が、その一言で完全に真っ白になった。




 その日の深夜十一時半。二日目の結果発表を前にして会議室に現れないロッテを迎えに行くと、個室の中には真っ赤な顔をして頭を抱えるロッテの姿があった。


「あわ、あわわわわわ……」


 ……これは、濃厚なほうをやっちまったか。ちゃんと説明しないからこんな事になるんだぞ。




-5-




 とりあえず呆然自失としたロッテを宥め、表面上は落ち着きを取り戻させたところで二日目のリザルト発表である。


「……なんでロッテさん場所移動してんの? ……あ、いやなんでもないです」


 ロッテの座る位置が前回と違うのを指摘すると、キッと睨まれた。距離が離れても空龍に気にした様子は見られないから良しとしておこう。……明日の連携大丈夫かな。


「良くやった。色々ハンデを抱えているにも拘わらず、おれの想像以上の結果になったと思う」


 発表に先駆けて、ティグレアが昨日とまったく同じセリフを言うが、このタイミングだとまったく違う意味に聞こえてしまう。


「正直、想像以上というよりもやり過ぎているんじゃねーかって感じなんだが……。そこら辺どうなんだ、渡辺綱。お前は悲観的みたいだが、全員集まってる場で言ってみろ」

「現状、首の皮一枚繋がってる感じだな。まだ十分勝てる目はある」

「……え、あれだけやってもそんな予想なのか?」


 減点もないし最低限はクリアしてるから、予定通りではある。むしろ、少し余裕ができたくらいだ。

 だが、今日の結果に関しては、個人成績はともかく全体としては一日目と似たような感じになるんじゃないだろうか。


「ま、まあいい。色々考えるのは評価を見てからしようか」




[ 特別イベント< 四神練武 >二日目結果発表 ]

 時刻が二十四時を回ると同時に壁面に表示されていたマップが消え、結果が表示された。さて、最終日に向けた緊張の一瞬である。


[ 初回ボーナス ]

 第四エリア最速到達ボーナス:Aチーム

 活動時間延長アイテム初取得ボーナス:Bチーム

 総計ダメージボーナスLv1:Dチーム セラフィーナ

 最大ダメージボーナスLv1:Dチーム ベレンヴァール

 総計被ダメージボーナスLv1:Bチーム ゴブサーティワン


[ MVP ]

 モンスター討伐MVP:Dチーム セラフィーナ

 罠解除MVP:Bチーム 摩耶

 宝箱回収MVP:Cチーム ボーグ

 特殊エリア制圧MVP:Dチーム ベレンヴァール

 マップ探索MVP:Cチーム ボーグ

 総合MVP:Dチーム セラフィーナ


[ 死亡者 ]

 Aチーム:なし

 Bチーム:ユキ、ミカエル

 Cチーム:ティリア、ボーグ

 Dチーム:なし


[ ペナルティ ]

 Dチーム:火神ノーグ(退場)


[ マップ情報公開 ]

 Aチーム:OK

 Bチーム:NG

 Cチーム:NG

 Dチーム:NG


[ 総合得点順位 ]

 一位:Cチーム(↑)

 二位:Bチーム(↓)

 三位:Aチーム(→)

 四位:Dチーム(→)




「…………」


 一日目と同様、会議室が静まり返った。どうしても一点突っ込みたい部分があるが、ここは落ち着いて一つずつ評価していこう。

 内訳はともかく、獲得点数や順位に関しては概ね予想の範疇だ。

 一際目を引くのが二日連続で総合MVP、モンスター討伐MVPを叩きだしたセラフィーナである。特殊エリア制圧MVPをベレンヴァールに譲ったものの、一日目を上回る高得点を上げてきている。まだ下級ランクであるにも拘らず、戦闘に直結するモンスター討伐で一位ってのはやはり異常だ。パーティで獲得ポイントが分散されているにしても、高ポイントのモンスターやエリアボスを討伐している俺たちよりも上って事は、あきらかに少人数……おそらくは単独で行動している。多分、ベレンヴァールも。

 摩耶も同じように罠解除で二連続MVPであるが、宝箱の回収はボーグに遅れをとったらしい。これは単独の結果ではなくラディーネが裏でサポートした結果に思える。マップ探索についても同様だろう。予め蟲で探索したエリアを効率化したルートでひたすら走り回ったのではないだろうか。

 新たに発生した三種のダメージボーナスは、一体に対し一定時間内に与えた最大ダメージとイベント中の総計で発生するボーナスらしい。ダメージを与えるほうのボーナスは特に問題はない。何をやってダメージを稼いだのかは分からんが、ベレンヴァールならそういう手段を持っていてもおかしくはないし、セラフィーナもここまでの活躍を見れば予定調和だろう。むしろ気になるのは総計被ダメージボーナスを獲得したゴブサーティワンだ。それだけダメージ受けたのに、なんで死んでないんだろうか。

 順位も一応変化がある。ぶっちぎりの一位だったBチームが総合順位でCチームに抜かれている。二人死亡者を出した事で減点されているが、それはCチームも同様なので総合力で差が出たという事だろう。元々、チームの色を見るにスロースターター気味だったから三日目は更に躍進してくる可能性もある。

 この二チームが死亡者を出したのは、昨日の結果が原因である事は間違いないだろう。予想通り、リスクを度外視して得点を稼ぎに来たのだ。死亡による減点に比べて加点も多いので、その方針も間違っていないのがウチとしては厳しいところである。……なんか、ティリアだけはその思惑と関係なくオークと遭遇してしまっただけのようにも感じるが。

 問題のDチームは一日目と同じく四位。だが、三位の俺たちとの差があきらかに縮まっている……というか、ほぼ差はないに等しい。二日目だけで叩き出したポイントだけ見れば、大躍進したCチームを抜いての一位。初日の非公開情報によるペナルティはほぼ消えたと思っていい。このペースだと俺たちはおろか、更に上のチームすら抜きかねない勢いだ。

 マップ情報はウチ以外非公開。ウチはルートがバレても痛くも痒くもないが、他のチーム同士は牽制し合っているのだろう。どうせだから買ってくれないだろうか。

 ……そして、最も意味が分からないのはペナルティである。なんで四神がペナルティ受けとんねん。


「詳細は分からないが、どうもノーグの奴がやらかしてたみたいだな。一日目にあったDチームの情報公開ペナルティもあいつ絡みらしい。以降、Dチームの担当はエルゼルが引き継ぐそうだ」


 なら、昨日のペナルティはディルクの意思で受けてたわけじゃないって事なんだろうか。一切絡んでないって事はないと思うんだが。


「まあ、面白くなりそうだとかそんな理由で、情報を聞き出すように誘導したんだろうな。煽るのは得意だし」

「煽るの得意って……テラワロスみたいな奴だな」

「……そのテラワロスの上司だよ。生まれはおれたちの方があとだが、組織的には直属の上司部下って事になる」

「なんの組織? あのデュラハンがギルド以外に所属してるのなんて聞いた事ないんだけど……」


 ロッテも知らない組織らしい。まさか、地下の非合法組織か? 迷宮都市では考え辛いが、幹部が関わっているなら理解できる。


「『攻略促進委員会』。冒険者を負の面から誘導するヒール役。……冒険者を煽ったり、質屋の仕組みを作ったり、とにかく反骨精神を揺さぶる役目だ。表立って行動してるわけでもないから、ほとんどの奴は知らないだろ。非公開ってわけじゃないが、言いふらすなよ」


 名前だけ聞くと真っ当な組織に聞こえるのに、あのデュラハンが所属しているというだけでそのイメージが逆転してしまうのがすごいな。テラワロスも無駄に煽ってたわけじゃないと。……いや、すげえ楽しそうにやってるから擁護はできないし、したくないけど。


「ヴェルナーの奴が正面から試練を与えたり、報酬や環境を調整して冒険者を上から引き上げるのが表側とするなら、その裏の役目だ。情報局所属のディルクが攻略促進委員会を知らないはずはないんだが、引くに引けない状況を作り上げられたんだろうな」


 言われてみれば、あいつそんなに口が上手いわけでもないしな。たとえば、メリットデメリットを提示されて、わずかでもメリットが勝っていたら手を出してしまう性格だろう。結婚の話とか。


「ただ、奴らも嫌々やってるわけじゃなく元々そういうのが得意な連中だから、認識を改める必要はない。はっきり言って、許されて行動している分、悪質でタチが悪い。特に直接被害受けている奴は許さなくていいと思うぞ」


 説明してもロストマンさんたちは許してくれないと思うよ。


「まあ、ディルクか火神ノーグか、どっちの思惑かは知らんが、黒幕の真偽は置いておくにしても状況は変わらん。CとDが動くのは早かったが、大体予想通りの展開になったな。……乗らないと負けてたろ? ロッテさんや」

「……そうだね。多大な負担がかかった身としては認めたくないところだけど。これ、普通に攻略してるチーム一つもないでしょ」


 ないだろうな。そして、最終日は更に奇天烈な展開が待ってそうだ。だって安全策取ったら負けるし。

 他チームが盛大に爆死してくれる可能性もあるからあえて安全策をとるって手もあるが、どこもやりそうにない。性にも合わない。


「ようするに、最終日を迎えるまでにどのチームが勝つか分からないって状況にしたかったんだろう。結果として大乱戦。この流れになると、たかがイベントとはいえどのチームも引けない。あとはどこまで失敗せずにロープを渡り切るかの博打勝負になる」

「Cチームはある程度余裕ありそうだけど」

「それが安全圏じゃないのは明白だ。俺の予想だとCチームが勝負をかけてくるのは最終日かと思ってたから、焦っているのかもな」


 最終日の方針を固めたら、もうどのチームを警戒しても仕方ない。二日目の結果が予想の範疇で推移したのだから、方針の変更もない。明日はただ第五エリア到達に向けて突っ走るだけだ。


「このMVPというのは活躍してると評価されている気がしていいですよね。銀も玄も不甲斐ないですし、最終日くらいなんとか私の名前載せられないでしょうか」

「構造物破壊MVPとかないもんかの」


 やはり空龍はどこかズレている気がするが、やる気があるのはいい事だろう。問題はウチの方針だと狙えるMVPがないって事だが。……第五エリア次第だな。使える時間にもよるが、ひょっとしたらモンスター討伐MVPは狙えるかもしれない

 ガルドは確かに色々壊す事に関してはトップだろうな。柱とか天井とか床とか通路とか。ああいうのって普通壊せないもんじゃないのか?


「最終日に向けて担当から何かあるか? 激励とか」

「あーなんだ、おれにはもう展開の予想なんてつかねえが、せっかくここまでやったんだから勝てよ。何がなんでも一位もぎ取って来い」

「それだとディープキスが確定するけど、ティグレアさん的にはOKなん?」

「……お、おおおっ!! いいだろう、キスの一つや二つなんぼでもしちゃるわ!」


 ……忘れてたんじゃないだろうな。

 あきらかに動揺が隠せていないが、この分なら反故にされる事もなさそうだ。ほとんど男女のそれに反応せずにキスしてきた空龍とは真逆である。

 チラリと空龍を見ると、目が合ってしまった。恥ずかしがる素振りどころか、目を逸らそうともせずにクスリと笑う。……うーむ、この弄ばれてる感よ。これは鍛えに鍛えた舌技で悶絶させてあげないと。


 そんな使命感にも似た志を胸に抱き、俺たちのイベントは最終日を迎える。



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