第11話「新年」




-1-




 迷宮暦。今更だが、掲示板などでも使われているこの暦は独自のものであり、名前の通り迷宮都市でしか使われていないものである。もっと言ってしまえばこれはダンマス基準、杵築新吾がこの世界に召喚された年を零年として刻まれてきたものだ。

 たった二十四年しか経っていないのに四桁なのは、地球の西暦を元にしているとかそういう事なのだろう。月や曜日、日数の数え方も同じだ。異世界なのだから環境も違うし、本来なら一年の日数や一日の時間が同じ保証はないのだが、実は一日の時間は二十四時間、一年の長さは同じ三百六十五日、なんと閏年まで存在するらしい

 制定した本人に聞いてみたところ、実際に調べたわけではなく無限回廊の時刻システムからこれらの情報を知ったとの事だ。

 よくよく考えてみれば、俺たち転生者と違ってダンマスは完全に地球人である。今ならともかく、召喚直後は大気の成分が少し違うだけでも簡単に死にかねない。そんなダンマスが普通に生きて飯を食って水を飲んでるという事は、つまり地球とこの世界の環境は近しいものであるという事でもある。これがただの偶然なのか、あるいは世界間召喚の術式の中にそういう条件が組み込まれているのか分からないが、可能性としては後者の方が有り得るだろう。


『実のところこの星は、異世界における地球に相当する星なのかもな』


 などとダンマスは言っていたが、丸っきり根拠ない冗談というわけでもないらしい。

 大陸の形や生態こそ違うものの、太陽までの距離や星のサイズもほとんど同じ、これまで隠蔽されていたが月はあるし、なんと火星や金星、木星などの太陽系惑星に相当する星もあるのだという。太陽系外まで離れると完全に別物らしいが、偶然で済ませてしまうには一致する部分が大き過ぎる。

 とはいえ、そんな壮大な話に俺が関与する事はないだろうし、関連性や謎が解き明かされる事もないだろう。

 関係あるとすれば、この星が地球に似た環境であるという事、同じサイクルで月日が進んでいる事、そのおかげで迷宮都市では日本にいた時のような感覚でカレンダーが使えるという事くらいだ。

 現在は迷宮暦〇〇二四年十二月三十一日。一年の最後の一日が終わろうとしている。




「同じエビでも、こんな風にして食うとまた違うもんだな。田舎で食ってた頃は考えもしなかった」

「ラーディンに海産物などあったのか。干し肉しかないと思っていたぞ」

「いくらなんでもそりゃ言い過ぎだ」


 新年を目前に控えた今、何故かクランハウスのリビングではベレンヴァールとサンゴロが年越し蕎麦を食っていた。

 入団予定なのだから二人がいても問題はないのだが、年が変わろうという時になって飯をたかりに来るのはどうなんだろうとは思う。

 ちなみにエビと言っているのは、蕎麦に載せられた天ぷらの事だ。それだけでも一品として通用する巨大な物である。豪華。


「首都は内陸だが、あの国は海沿いにあるんだぞ。俺の故郷なんて離れ小島だし、海産物が多いのは当たり前だ。輸送手段ねーから内陸部だと実感できねえが」

「一応、あそこにもまともな食文化はあったんだな」

「……自分で言っておいてなんだが、こういう料理を見ると胸張って食文化があったとは言いづれえな。焼くか茹でるかしか選択肢ねーし、野菜もあんま種類ねーし、あの国独自の料理も聞いた事がねえ。というか、干し肉だって本来は贅沢品の類だ。それに引き換えこの街は、特別な日とはいえこんなのがポンと出てくるんだからとんでもねえよな」


 ユキさん手製の年越し蕎麦は、それだけでラーディンの食文化を置き去りにしたようだ。比べるほうが間違っているともいう。


「パンダたちの分も用意してたから、少しでも処理できて良かったよ。水凪もいないし」


 居候まで含めると、ウチのクランハウスの住人はほとんどがパンダである。だからユキが気を利かせて奴らの分の蕎麦を用意したのは理解できる。だが、忘れそうになるが奴らはパンダなのだ。マイケルたちは冒険者の身体機能故か普通に食うが、他の奴らは基本的に蕎麦など食わない。ビール飲んで野球観戦してるような奴もいても、基本的に常食するのは竹や笹ばかりだ。パンダって本来雑食のはずなのに。

 今更思うが、パンダとコアラの食生活だけはどうにも理解できない。あいつら、自然界の生物として間違ってないかな。


 というわけで、結局大量に余った蕎麦の処理役はそれ以外のメンバーが担当する事となったのだが、こういう時に限って人がいない。

 サージェスは除夜の鐘イベントで不在。ティリアも年を跨いで行われる姫騎士ティリアのコラボ企画イベントとやらで不在。ボーグやキメラはそもそも普通の食事をしない。新婚のガウルは自宅で過ごすし、摩耶は迷宮都市の実家に帰省中。同じくディルクもセラフィーナを連れて帰省中だ。

 フィロスは王都に帰郷中だし、何故かゴーウェンもそれについて行った。リリカは良く分からないが忙しいらしい。そうして残ったのは俺とユキとラディーネだけという状態だ。そりゃ余るわ。

 今でもリビングのソファには、ラディーネがノックダウン状態で転がっている。……蕎麦を食う前に酒を飲み過ぎて加減が分からなくなった結果である。二人が来ても挨拶が限界だった。たとえ二人分減ろうが蕎麦は大量に余ったままなので、業者に保存処理をしてもらった上で時間をかけて消費していくしかないだろう。まあ、水凪さんのスケジュールが空くまでの期間だろうが。


「飯食う所は軒並み閉まってるし、寮の食堂も朝しかやってねえし、自炊しようにもこっちの食材わけ分かんねーし、寮の目の前にあるコンビニってところで弁当は売ってるが、世間は賑わってるのに男二人で顔付き合わせて弁当食うのも嫌だよなって思ってたんだ」

「飯に誘ってきたのはお前だろう」

「この街に飯食う知り合いいねーんだよ。なんか傭兵時代に戦った顔はチラホラ見るが、お互いいい印象ねーしな」


 やっぱり傭兵出身の冒険者もいるんだな。確か、以前レーネ絡みで拉致したフェイズがそうだったか。


「しかし美味えな。これ、自分で作ったんだろ? 嬢ちゃんいい嫁さんになるぜ」

「そ、そう? さすがに手打ちじゃないけどね。サンゴロさんいい人だね」


 ……そうな、いい人な。そしてユキさんは相変わらずチョロいな。


「領主館のパーティの時から疑問だったのだが、ユキ……だったか? お前はどっちなんだ?」

「は……」


 唐突なベレンヴァールの言葉にユキが固まった。ソファにうつ伏せになって沈黙を続けていたラディーネの体が震えるのが分かる。


「嬢ちゃんがどっちって何がよ?」

「いや、男か女か分からなくてな。人間種なら見れば分かるんだが、ユキだけははっきりしない」


 確かトカゲのおっさんにも一発で見抜かれたし、異種族には分かるものなのかもしれない。いや、あれは《 看破 》したからかもしれないが。


「あー、うーんと、……微妙?」

「なんだ微妙って……。まさかそのナリで男ってのはねーだろ。……え、ないよな?」


 ユキさん、20%になる前から大して変わってないけどな。

 サンゴロが説明を求めるように視線をこちらに向けたが、俺は気付かないフリをする。


「くっ……くくくくく……」

「ラディーネも笑わないっ!」


 酔っ払いの笑いのツボに入ったのか、とうとう笑いを我慢できなくなったラディーネを一喝するユキ。


「いやー、すまんすまん。というかサンゴロ氏はメンバー候補なのだから教えておいたほうがいいだろう。先々クランとしての活動にも関わってくる事なんだからね」

「それはそうだけどさ……」

「なんというか……お前は、随分と既視感を感じる話し方だな」


 ベレンヴァールは別の事に興味を持ったようで、すでに我関せずといった感じだ。


「本人からは言い辛いだろうから俺から説明しよう。ユキさんは前世が女な男の子。女に戻るために迷宮都市に来ました。現在20%だけ女です」

「……すまねえ。さっぱり意味が分からん」

「端折り過ぎだよ」


 ……だよな。これで分かったら超能力者か何かだ。俺もこれだけ聞かされて理解できる自信はない。

 別に急ぐ話でもないので、最初から順を追って説明すると最終的には理解してくれたようだ。


「前世持ちとは難儀なものだな。今のところ、俺にはデメリットしか感じられん」

「まあ、理解はしたけどよ……今現在、男の子的なアレはどういう状態なワケよ」

「断固黙秘します」


 それは俺も気になるところではあるが、ご神体だからね。しょうがないね。


「じゃあ何か? 半年前まではもう少し男っぽかったって事か?」

「ここに半年前のユキさんの写真があります」


 と、ステータスカードに昔のユキを映してみる。こんな時でもないと有効活用できないからね。

 それを見たサンゴロは実物のユキと写真のユキを交互に見る。何度も繰り返しているのは、違いが発見できないからだろう。ユキもピースするな。


「……何も変わってねえじゃねーか。俺の目が腐ってるのか?」

「いや正常だな。ずっと一緒にいた俺から見ても……お前随分髪伸びたな」

「そりゃもう半年だしね。ずっと伸ばしてるんだけど……比較しないと気付かないのか」


 お前の場合、正面上部にある巨大アホ毛のインパクトが強過ぎてな。


「……まさか、そっちの嬢ちゃんも男ってことはないよな」

「はっはっはっ、ワタシは見た目通りだよ。サンゴロ氏に嬢ちゃんと呼ばれるような年齢ではないがね」


 再びサンゴロの視線が俺に向いた。……俺は解説役か何かなのか。


「アラフォーだっけ?」

「ああ、九月末に三十九歳の誕生日は迎えた。ここまで来るともう感慨も湧かんね」

「その見た目で俺より年上ってマジかよ……。まあ、世の中いろんな奴がいるよな……うん。これからは見た目には騙されないようにしないと痛い目を見そうだ。娼館とかなら大丈夫だよな……いやしかし」

「俺は七十五歳なんだが、二十年程度じゃ変わらんぞ」

「何百年も生きるような種族と一緒にするなよ」


 ベレンヴァールはぶっちぎりで最年長だ。ティリアの師匠が入団するならそれも書き換わるが、それを考えるならラディーネの年齢など気にするようなものでもないのかもしれない。

 そういえば、デビューさえすればサンゴロは娼館行けるのか……羨ましい奴め。別に忠告してやるつもりはないが、娼館にも見た目小学生のお婆ちゃんがいたりするんだぞ。


「ところでベレンヴァール氏よ、先ほど何か言いかけていたようだが」

「ん? ああ……お前が友人に似ていてな。少し気になった」

「なんだ、古い口説き文句かな。おいワタナベ君、アラフォーにしてとうとうワタシにもモテ期が来たらしいぞ」


 酔ってるからなのかラディーネのテンションが微妙に高い。……普段はあまり表に出さないが、意外と男に飢えてるんだろうか。そいつ人間じゃないんだけど。


「いや、そんなつもりはないんだが……」

「いやいや、みなまで言う必要はない。それで、アレかね? その知人というのは美人なのかね? さぞかし格好良いお姉さんなんだろうね」

「男だ」

「……おいワタナベ君。ワタシは喧嘩を売られてるらしいぞ」

「俺に振るな」


 まったく関係ないじゃねえか。ベレンヴァールもそんなつもりはまったくないだろうし。


「お前、酔っぱらい過ぎだ」

「悪い悪い。というか、蕎麦湯割りが美味いのが悪いな。意外な飲み方だった」


 アレ、好みが分かれる味と風味だと思うんだが。


「確かラディーネは学者だったな。俺の知人……ロクトルというんだが、そいつも学者でな。同じく学問を志す者同士、喋り方が似てくるのかもしれないな」

「転生は時間軸無視するらしいし、案外ラディーネの前世だったりしてな……って、それだと記憶保持できないか」


 ユキや美弓のケースはあくまで特殊ケースだ。他に例がないとは思わないが、ラディーネがそうならダンマスも気付いてるだろう。


「ワタシは前世からラディーネだ。ラディーネ・グラッセリエーナ。家名はもう使ってないし一族は星ごと吹き飛んだが、そこを間違える事はないよ」


 星間戦争に巻き添えで死んだんだっけ。……ウチはいちいち重い前世持ちが多い。

 そうこうしている内に夜中の十二時が過ぎ、年が明けたらしい。流しっぱなしにしていたTVでは新年の挨拶を初めていた。


「明けましておめでとう。今年もよろしくね」

「ああ、よろしく」


 妙なメンバーで年越しを迎える事になったが、長かった迷宮暦〇〇二四年もようやく終わり、迷宮暦〇〇二五年が始まった。




「ところで、このテレビは寮のロビーにある奴と同じなのか? チャンネルってのか? ボタンが多いみたいだが」


 サンゴロがリモコンを手に持って言うが、メーカーや機種が違えばリモコンも違うのは当然である。

 寮のテレビは別途に視聴契約のできない簡易モデルなので、リモコンも簡易なのだろう。サンゴロに伝わるとは思えないが。


「ああ、モノ自体は一緒だぞ。見たいチャンネルがあったら月額で契約できるんだよ。冒険者専用のチャンネルとかあるぞ」

「ふーん……確かここ押せば切替わるんだよな」


『それでは、見事百八発に渡る除夜の鐘イベントを成功させたサージェスさんにインタビューしてみたいと思います。なかなかに強烈なイベントでしたが、さすがですね』

『いえ、さすがに悶絶しました。何度昇天するかと思った事か……。しばらくは収まりそうにありません。今年の初夢は決まりですね』

『この企画を立案したのもサージェスさんだとか……』


「ていっ」


 何やら見た事ある姿がやり遂げたいい笑顔で映っていたが、ユキがチャンネルを変えてくれた。

 ……何やってんねん、あいつ。




-2-




 早々に汚されてしまった気がするが、それでも新年を迎えた事には変わらない。

 二人は年が明けて早々に寮へと戻り、俺たちもそのままお開きになったが、ラディーネだけはあのあともパンダと蕎麦湯割りを飲んでいたらしい。

 夜が明けてもう昼近くだが、サージェスやティリアはまだ戻ってきていないようだ。


「おはよう。年賀状来てるよ。……ボク、完全に頭から抜け落ちてたよ」


 リビングに行くと、ユキがハガキの束を持って唸っていた。俺もそんな風習の事は忘れてたわ。

 ……年賀状とか、前世でもほとんど書いてなかったな。ほとんどがメールで済ませてしまう年代である。

 サラダ倶楽部では割と古風なドレッシングさんとキャベツさんの二人だけが毎年送ってきていたが、ほとんど返した覚えはない。トマトさんですら超長いメールを送ってきたくらいだ。もちろん返信はしていない。


「誰から来てる? 年賀状のシステムがどういう風に機能してるか知らんが、送って来た相手くらいには返信しておいた方がいいだろ」

「これ持って来たのが勤務中のミゲルだったんだけど、明日までに書いて渡せば三日に届けるって言ってた。地味に身内特権だね」


 年賀ハガキを買ってくる必要はあるが、明日なら問題ないだろう。

 本当に地味な身内特権だが、ダビデや他大多数のパンダのように笹食って寝てるだけとか、食い扶持だけ稼いであとはビール飲んで野球観戦してるミッシェルに比べれば遙かに役に立っている気がするな。どちらがパンダとして正しい姿かはこの際置いておいて。


「でも、見た感じサージェス宛以外はほとんどクランや企業からのダイレクトメールっぽい奴かな。パーティでスポンサーの話をしたところからも来てるし。個人で来てるのは……フィロスくらい?」

「……あいつもマメな奴だな」


 唯一年賀状を出しているのが迷宮都市歴も浅く、日本とも縁がない奴だけとは……。摩耶から来てないあたり、あまり浸透していない文化なのだろうか。見せてもらった年賀状はちゃんと日本語で書かれていて、字も以前の果たし状よりは上手くなっているようにも見える。一枚程度ならすぐ書けるし、後でミゲルに渡しておこう。

 そしてステータスカードからメールを確認してみれば、こちらは年賀状代わりの挨拶メールでいっぱいだった。大体一行か二行程度の短文なので、適当に返しておく。迷惑メールとして振り分けられてる中にはテラワロスのものもあったが、これはそのまま削除でいいだろう。


「つーか、アレだな。年末になってダンジョン潜れなくなってからずっと思ってるが、こういう長期休暇は暇だな」


 ずっと生きるために必死だった事で習慣になっていたのか、迷宮都市に来てからもこんなに長い間何もしない事はなかった。ダンジョン・アタックや準備のない日でも、大体訓練したり講習に出ていた気がする。

 強要されているわけでもないだから、迷宮都市を満喫するなり趣味に没頭するなりすればいいと思うのだが、何かしていないとどうも落ち着かないのだ。そんな状態だから、ダンジョンも訓練所も使えない今は何していいか分からない状態である。……まさか、ワーカーホリックなのか。

 新聞のテレビ欄を眺めていても、正月っぽい特別番組ばかりであまり面白そうではない。

 ……あ、でも深夜にやる『バッカス今年の軽犯罪特集』は興味あるな。あのおっさんしょっちゅうニュースで見るし、どれくらい世間様に迷惑かけてるのか気になる。


「正月なんだから、正月らしい事すれば? 王国にいた頃は特別何かした事はないけど」


 王国の習慣は俺も良く知らん。去年の今頃何してたかっていうと……普通に働いてたな。何か特別な事をした記憶も、周りで何かやっていた記憶もない。そもそも、新年っていう概念すらなかった気がする。暦が違うんだから、年替わりの時期がズレててもおかしくない。


「あ、お餅食べる? 既成品だけどおせちもあるよ」

「食う」


 せっかくだし、餅は食わないとな。


「さっきTVでやってたけど、初日の出は結構賑わってたらしいよ」

「日の出って……この街壁に囲まれてるだろ」

「その壁の上に登れるんだってさ。あとは竜籠とか、観光区画の天空城とか。どれも事前予約が必要みたいだけど」


 ああ、それは悪くないかもしれない。今年は逃してしまったが、来年デートする相手がいたら是非コースに追加しよう。ダンマスならきっとやってくれると信じてるよ。

 他に正月らしい事といえば何があるだろうか。餅つき……はもういいか。年賀状。おせち。門松。羽根つき。凧揚げ。福笑い。初詣。初日の出。お年玉。初夢とか。バーゲンや福袋も一応そんな感じか。やりたい事って前提で考えると、どれも微妙だ。


「ひょっとして、お年玉用意したほうがいいのかね」

「誰に渡すのさ。周りの人、大体年上なのに」

「そりゃ、ディルクとかセラフィーナとか、ロッテとか? ……全員自立してるな」


 ディルクとか、絶対俺より稼いでるぞ。

 働いてない子供って誰かいたっけ……。土亜ちゃんは正式な巫女さんだし、……ああ、燐ちゃんがいたな。剣刃さんに挨拶する時にでも持って行こう。あとは……一応、パンダはみんな年下だな。クローン連中に至っては最年長のミカエルで三歳だ。……パンダにお年玉やるの?


「お前も一応年下だろ」

「もう十五歳になったよ。一時的にだけど同い年だね」

「なん……だと」


 そりゃ、俺は二月生まれだからそういう事もあるんだろうが、ユキさんが同い年というのが違和感しかない。


「ボクも忘れてて、ステータスカードの表示見て思い出したんだけどね。王国だと誕生日に特別祝ったりしないし」

「今年からはメンバーの誕生日パーティでもするか?」

「やらなくてもいいんじゃないかな。クラン全員となるときりがないし。パンダまで入れるともっと分からないし」


 それもそうか。主観時間が曖昧になる職業だから、誕生日といわれてもピンとこないしな。

 それに、ラディーネに四十歳おめでとうとか言ったら、いくら気にしてないっていっても殴られそうだ。




「明けましておめでとうございます」


 ユキが用意してくれた雑煮を食いながら、ユキとそもそも正月とはなんだって話をしているとククルがやってきた。

 挨拶は新年のものだが、着物を着ているわけでもなく普通の仕事モードである。迷宮ギルドの営業も年末年始の縮小体制で最低限しか動いていないのにもう仕事に入っているのかと思ったのだが、半分プライベートらしくただの挨拶がメインだ。正式に発足したわけでもないが、クラン付きのマネージャーとしては普通の事らしい。それだけなら仕事始めに合わせて来ればいいんじゃないかとも思ったのだが……。


「年賀状というわけじゃないんですが、例の遠征絡みで王国から感謝状が出てまして」

「俺個人に? ……って、読めねえ」


 ククルから渡された無駄に豪華な便箋に書かれてるのは、達筆な文字で書かれた大陸共通語だ。

 生きていくのに最低限の教養しか得ていない俺は、大陸共通語に関してはほとんど文盲で、自分の名前くらいしか書けない。ここに来て多少は覚えたが、それでも必要最低限読める程度だ。

 手紙の文章は、見るからにその最低限を飛び越えてガチガチに装飾され形式ばったものに見える。日本でも大昔の手紙見せられても分からないようなもんで、一般的な読み書きレベルだと理解できない領域なんだろう。……ククルさん読んで下さい。


「修飾過多で回りくどい文章ですが、言っている事は簡単ですね。こちらの差出人はネーゼア辺境伯で、デーモン君への感謝の言葉が綴られています」

「デーモン君?」


 ……辺境伯かよ。謎の暗殺者に向けて感謝状なんて出さなくてもいいだろうに。アレは二代目に上げちゃったし、辺境伯が会う事はもうないぞ。

 存在を知らないユキは俺のあだ名か何かと思っているようだ。


「そしてこちらはグローデル伯爵から渡辺さんへの感謝状と……王都にある劇場のチケットですね」

「……なんか偉い人ばっかりだね。どっちも、実家にいた頃から良く聞いてた名前なんだけど」

「どっちもお近付きにはなりたくなかったな……」


 特に後者。

 内容を聞いてみれば、遠征の際にオイタをしてしまった下級貴族をプレゼントした事への感謝状である。

 オカマの刑は伯爵本人も大層気に入ったらしく、迷宮都市から出張したそのスジの人と意気投合して様々な実験を行ってしまったらしい。詳しい内容は書いていないが、何人かは洗の……更生が成功して伯爵がパトロンをしている店舗で働く事になったそうだ。もう、新しい世界で頑張って下さいとしか言えない。


「チケットは……えーと王都にあるポルノ劇場のものですね。ニド、というダンサーのデビュー公演らしいですが、知り合いですか?」

「いや、知らないな。伯爵に送った貴族の誰かだろう」

「それにしては家名も書いてませんけど」

「剥奪されたって事じゃないのか?」


 決して俺の兄ではない。……つーか、何がどうなってポルノダンサーになってんだよ。酒場のレベッカさん泣くぞ。


「俺行きたくないんだけど、やんわりとお断りの代筆をお願いしてもいいかな。興味あるならあげるけど」

「え、えーと、これって男性のアレですよね? さすがにちょっと……」

「ユキさんいる?」

「いらないよっ!? 王都にも行きたくないし、二重の意味でいらないから!」


 ……だよな。これ、まさかフィロスやグレンさんのところにも行ってるんだろうか。

 サージェスを通して、雑誌編集者のホセさんにでも進呈しようかな……ダメだ、ホモでマゾなのはともかくとしてショタコンが混ざってる。あ、レベッカさんに送ればいいのか。


「じゃあ、王都で世話になってた酒場に送ってもらってもいいかな。簡単に説明付けて」

「王都市民だと、伯爵の相手は厳しいのではないでしょうか」

「一応伯爵とも知り合いだから大丈夫。ひょっとしたらあっちにもチケット送られてるかもしれないけど、無駄になったところで問題はないし」


 好きだった人が見ている前でポルノダンサーとしてのデビューを飾るのはさぞかし精神的な拷問だろうが、奴もきっと調教されているに違いないから大丈夫。


 余談だが、後日この件に関してグローデル伯爵から再度手紙が送られてきた。

 せっかくの招待状を別の人に渡すとか本来はあまり褒められた行為ではないので怒られるかなと思ったのだが、逆に甚く感激されてしまった。伯爵曰く、想像を絶する恥辱プレイになったと。

 ……どんな光景が繰り広げられたかは知りたくないが、意図しないところで無駄に伯爵の好感度が上がってる気がするのは何故だろうか。




-3-




「そういえば、クランとして新年にやらないといけない事ってあるか? 別のクランへの挨拶回りとか」

「基本的に冒険者は自由で気ままな人が多いので、そういった慣習は強くないですね。ない事もないですが、元日からクランハウスにいる人も多くないですし」


 言われてみれば、クランハウスを自宅として使っているのは少数派だ。< アーク・セイバー >幹部やクランの寮という例もあるが、基本的には事務所や共用施設として使っているところがほとんどである。


「主だったところは大体四日から稼働するので、その際に一緒に回りましょうか。親しい関係なのが、大クランばかりというのは少し気になるところですけど」


 そんな事を言われても、成り行き上関係ができただけなんだが。

 中規模で親しいっていうと、……< 獣耳大行進 >くらいか? < ウォー・アームズ >は中級メインのクランとはいえ、中規模とは言い難いだろう。


「ダンマスも挨拶くらいしておいた方がいいと思うが、あの領主館に何度も行くのはハードル高いよな」

「あの……大分認識がズレてますけど、ダンジョンマスターと直接関係を持ってたり領主館に行く事ができる人ってほんの一握りだけですからね」

「分かっちゃいるんだがどうもな」


 そういえば、年末のパーティに出てた迷宮都市のお偉いさんでさえ、領主館にはほとんど入った事がないとか言ってたような。迷宮都市の実業家としては、四神宮殿に招待されてようやく一流、館に招待に招待されるのが超一流の証だと。

 ダンマスはどうもレア度が足りない。SSRとか書かれてるのに、ガチャ回したら大量に出てくるイメージだ。俺的には、四神やその巫女さんたちのほうがよっぽどレアである。火の巫女さんとか、まだ会ってない人もいるし。


「でも、領主館にはククルも近々行く事になるんじゃないの? 龍の人たちの拠点って今あそこだよね」

「龍の人?」


 そういえば、まだククルには説明してなかったな。龍の人というだけだとリハリトさんと勘違いしてしまいそうだ。

 年末のパーティで依頼された異世界交流について簡単に説明する。ついでに、向こう次第だがクランに参加する可能性がある事も。


「……変な事が起きるのは慣れてきたつもりでしたけど、異世界との交流とか、さすがにこれは許容オーバーじゃないですかね。……私、新人ですよ」

「空龍さんたちがクランに入るとか、ボクも今聞いたんだけど」

「それに関してはまだダンマスが思いつきで言ってるだけだからな。正式に活動するにしてもすぐってわけでもないだろうし、本人たちに聞いたわけでもない」


 ククルは遠い目をしているが、こればっかりは慣れてもらうしかない。すでにダンマスの想定を超えている以上、今後これ以上に非現実的なイベントが発生しないとも限らないのだ。……いや、そこに唯一の悪意の因果改変が絡む以上、確実に起きるといっていい。

 大量に発生するであろう雑務処理はマネージャーの手腕に期待する。主に書類とか。


「あ、ククルもお雑煮食べる? 年越し蕎麦も残ってるけど。……大量に」

「え、はい。頂きます。……って、そうじゃなくてですね」

「今更今更、ツナなんだから。お餅、いくつ入れる?」

「はあ……そうですね、今更ですね。……お餅は二つで」

「もうイベント体質なのを否定する気はねえよ」


 呆れた顔をされるのももう諦めた。これからは、いくらでも旗立てていくぞ。


「それに、ただダンジョン潜るより波乱万丈な方がいいよ。ボクらは冒険者なんだし。冒険しようぜ」

「私、ギルドの事務員なんですが」

「まだ冒険者辞めたわけじゃないでしょ。知ってるよ、まだ時々無限回廊の浅層に潜ってるって」

「……ギルド職員はみんな潜ってますよ」


 ゴブタロウさんたちが潜ってるのは聞いていたが、ククルもそうなのか。……諦めたわけじゃないのかね。

 浮かない返事なのは上手くいってはいないからなのだろうか。たとえ第十層を超える事ができても、冒険者としてやり直すかどうかっていうのはまた別の話だしな。マネージャー辞められても困るし、難しくてデリケートな問題だ。




「ヒマなら初詣にでも行く?」


 TVで流れている初詣の賑わいに釣られたのか、ユキがそんな事を言い出した。


「今日はあんまりオススメしないですねー。元日はどの神社も本当に混んでるので、明日以降の方が楽ですよ。観光区画にある形だけの神社でも、今日は芋洗いです」


 TVに映っているのはここのところ行く機会の多い水霊殿だが、境内が人で埋まっている。冒険者らしき人が持っている武器が超邪魔そうだ。あの人混みを見ると、行く気力がなくなるのは確かだな。散歩がてら足を伸ばすにはちょっと尻込みしてしまう光景だ。

 ティリアもサージェスもいないし、ラディーネも飲み過ぎでダウンしてるし、他の奴を誘うにしても明日の方がいいだろう。


「領主館のパーティに水凪さんの神楽と、年末からずっと水霊殿ばっかりだから、どうせなら四神の神社全部回ってみるか。他の区画にあるんだろ?」

「中央区画に火霊廟、商業区画に風霊堂、生産区画には地霊院があります。冒険者はダンジョン区画の水霊殿くらいしか足を運びませんけど、稀に全部回る人もいますね」


 その中だと、生産区画には入った事ないな。中央もあまり縁がない。


「駅からは近いのか?」

「水霊殿もそうですが、どこも交通の便は良くないですね。全部回るなら車を出した方が早そうですが」

「車って……誰が運転するんだよ」

「え……私ですけど。あと、ラディーネ先生も免許を持っているので二台までは出せますね」

「マジかよ……」

「いや、そもそもギルド職員の必須項目ですし」


 迷宮都市出身なら分からなくもないが、目の前のククルさんが車を運転してる姿が思い浮かばない。ラディーネはまあ……ありそうだ。あいつは昨日のアルコールが抜けてないだろうから、やはり明日かな。




-4-




 というわけで、ヒマを持て余しつつ明日のお誘いも兼ねて、ガウルさんの新居にやって来ました。

 ダンジョン区画の中心から外れた少し不便なところだが、庭の付いた一軒家である。銀狼族の慣習は知らないが、新婚夫婦二人で過ごすには十分な広さだろう。いつも顔を合わせてはいるが、こうして自宅まで来たのは引越しの時も含めて二回目だったりする。


「ツナ? なに人の家覗き込んでんだ?」


 興味の惹かれるものが目に入ったのでインターホンも押さずに塀向こうの庭を見ていたら、後ろからガウルに声をかけられた。どうやら出かけていて、ちょうど帰ってきたところらしい。


「いやさ、アレがどうにも気になってさ」


 庭の片隅にポツンと置かれた犬小屋。普通の家庭なら何もおかしなところはないのだが、この家に限っては不自然極まりない。


「まさか、お前あそこで寝てるとかじゃないよな」

「お前は俺たちをなんだと思ってんだ。……アレはこの家借りた時から備え付けてあるもんだ。前の契約者が犬飼ってたんじゃねーか?」

「でも、[ がうる ]って書いてあるぞ」

「んなアホな……って、マジで書いてあるな。前の住人の置き土産か、ウチの嫁のイタズラじゃねえかな? さすがに本気じゃねえだろ」


 鳴き声みたいな名前だから、前の契約者がそういう名前の犬を飼ってたとしてもおかしくはないけどな。


「ならいいけどさ……。夫婦喧嘩して、あそこに押し込まれるガウルさんを想像してしまった」

「やめろよっ!? リアルに想像しちまったじゃねーか! 嫌だな。あとで消しておこう……いや、別にペット飼う予定はねーし、解体するか」


 実際はともかく、そんな想像できるくらいには嫁さんの立場が強いのだろうか。


「で、なんか用か? まさか犬小屋見に来たわけでもねーだろ」

「散歩がてらの新年の挨拶。あと、明日初詣行かない? 宗教上の問題があるとかだったら無理には誘わないけど」


 組織的には別物なんだろうが、獣神の事はチラホラ話に上がるし。


「ああ、そういやそういう行事なんだっけな。地元だとまだ先なんだが……。神社行くのも別に問題ねえだろ。あいつら絶対グルだぞ」


 もしも敵対してたり疎遠だったりしたら、ガウルがここにいる事も不自然だ。ガウルさんの名前がガウルで固定されてしまっている事だって、無関係ではないのだろう。同調してガウル弄りをしてるのかもしれない。まったく、ひどい連中だ。


「ヒマなら茶でも飲んでいくか? ウチのとも、まだちゃんと話してないだろ」

「ああ、そういやそうだな」


 レーネ絡みの問題が発生した時に少し吠えられたくらいだ。……あれ、名前すら知らないぞ。




 招かれて入った家の中は極めて普通の一般家庭だ。賃貸だから当たり前なのかもしれないが、獣人特有の何かがあるわけでもない。

 日本家屋なので玄関で靴を脱ぎ、そのまま居間に入ると畳張りの部屋が待っていた。その真ん中には炬燵が鎮座していて、そこから狼が顔だけ出してこちらを見つめている。


「……なんじゃおんし。ここはわしの縄張りぞ」

「あ……と、ガウルさん?」


 嫁さんが猫みたいになってるんだけど。それでいいのか狼。


「客来てるんだから炬燵から出ろよ」

「嫌じゃ。この街は寒い。寒いのは苦手じゃ」

「お前、仮にも凍獣神の巫女が言っていい台詞じゃねーぞ」


 別に家の中寒くないよな。エアコン効いてるみたいだし。というか、外だって今日はそれほどでもない。


「あー、こんなナリで悪いが、嫁のピアラだ。ピアラ、こいつが渡辺綱。一度会ったけど覚えてねーだろ」

「おお、おんしが。旦那様から色々武勇伝は聞かされとったぞ」


 [ 灼熱の間 ]の話でもしたんだろうか。まさか、ネタ的な意味じゃないよね。そうだったらガウルさんの恥ずかしい話暴露しちゃうぞ。メイド服で深夜の街を疾走した話とか。


「だ、大丈夫だぞ。別に変な事言ってねーし。だからお前も変な事言うなよな」


 ……勘のいい奴め。俺が何を考えているかまで読んでやがる。


「変な事とはなんじゃ」

「お前は知らなくていい事だ。まあ座れよ。……ピアラ、お茶用意してくれるか?」

「あい分かった。暫し待て」


 とりあえず、ピアラさんの頭が見える位置で炬燵に入る。

 ……この狼さん動かないんだけど。お茶淹れてくれるんじゃないの?


「あの……ピアラさん?」

「今淹れとるから急かすな」

「大丈夫だ。こいつはものぐさだが、茶くらい入れられる」


 でも、動いてないよ。……まさか、炬燵の中で入れてるとかじゃないよな。

 しかし、炬燵布団を捲って中を見ても、ガウルの足と狼の胴体があるだけだ。以前見た時より頭が大きかったので人型になっているのかと思っていたのだが、狼のままらしい。


「捲るな。寒いじゃろ」


 炬燵の中で淹れているという事もなさそうだ。

 と不審に思っていたら、誰もいないはずなのにドアが開いた。開いた先には湯呑みを載せたお盆がフヨフヨと浮いている。そして、お盆はそのまま炬燵のテーブルの上へと下りて来た。ちゃんとお茶は人数分注がれている。

 ……え、どういう事なの?


「ウチの村で栽培してる茶だ。クセはあるが、迷宮都市にも出荷されてて、結構評判いいらしいぞ」


 不可思議な現象に説明を求めてガウルさんを見ると、お茶の解説が始まった。確かに臭いからして緑茶じゃないが……。


「いや、お茶がどうこうではなく、この超常現象について説明が欲しいんだけど」

「念力じゃ。気合を入れれば、台所のお茶を入れるくらいわけないぞ」


 ……まあ、超能力のようなものだと思っておこう。魔術やらスキルやらの不可思議システムがある世界だ。超能力くらいあるさ。


「絶対、手で入れたほうが楽なんだけどな。こいつ頑なに炬燵から出やがらねえ」

「ぬくいのじゃ」


 なんか色々ダメな感じだが、言われてお茶入れるくらいはするわけだ。炬燵の魔力は理解できなくもないが、もうちょっと旦那の顔を立ててやって欲しいとは思う。

 ……あ、結構美味いな、このお茶。


「ガウルは去年の正月って何してた? 他の奴らもゴロゴロしてるか、実家に帰省中だからヒマでさ」

「去年は地元に帰ってたな。デビューして軌道に乗りかけてたから、その報告がてら。この時期は多いから手続きも簡略化されてて楽なんだよ」


 だから暦が違うにも拘わらず帰省者が多いのか。でも、あまり参考にならないな。地元にも王都にも行く気はないし。


「わしが来たからもう帰省する必要はないな。あやつらの顔を見んでいいと思うとせいせいするわ」

「ピアラさんは地元に嫌いな奴がいるとか?」

「おるぞ。こやつの一族じゃ。凍狼様の指示でこやつが冒険者になる事を薦められるまで、わしも同居する流れだったからな。それを思うとここは極楽じゃ。炬燵もあるし」


 炬燵の占める割合が大き過ぎる気もする。


「随分と嫌われてるみたいだけど、お前の家族は何したん?」

「そこはお前……俺の名前で察しろよ」

「生まれた時点でわしの許嫁になる事が決まっとる相手にガウルなどと付けおって。こやつの家に行くとガウルガウル連呼されるんじゃぞ。名前呼んどるだけなのに、恥ずかしくて敵わん」

「お前、わざと言ってねえか? 炬燵しまうぞ」

「それは勘弁じゃ」


 ガウルって名前なんだから呼ぶのは仕方ないが、そう名付けたのが意図的なら擁護はできないな。ひどい連中である。


「ピアラさん的にもガウルの名前は嫌なわけね」

「当たり前じゃ! 人の旦那の事をガウルガウルと。日常から男性器の名で連呼されるなど恥辱の極みじゃ」

「す、すまんピアラ……、そろそろ俺の心が限界に近い」


 この嫁さんも何気にひどいな。


「そうだよな。ガウルのガウルはあくまで体の一部であってガウルはガウルだからな」

「そうじゃ。なんじゃ話の分かるおのこじゃのう。良かったではないか旦那様」

「お前らいい加減にしろよ。人の名前で遊びやがって……炬燵しまうぞ」

「それは勘弁じゃ」


 と、ガウルがキレそうなところでこの話題はストップである。


「じゃから、故郷の連中も、同じように旦那様をおもちゃにしとる他の獣神も好きになれん。主神である凍狼様はともかくな」

「……薄々分かってたが、俺はやっぱり遊ばれてたのか」

「あそこにいる時は口止めされてたからな。もういいじゃろ」


 明かされてしまった事実に、ガウルさんのテンションが下がったのを感じる。

 神の悪戯というと壮大なイメージを浮かべてしまいがちだが、マジで悪戯だからな。下品な言葉を連呼して笑ってる小学生と大差ない。


「前日与えられた《 ネームタグ 》は加護に含まれた呪いのようなものじゃから、亜神超えできるまではガウルのままじゃ。面倒かけるが旦那様の事はしばらく頼むぞ」

「あ、ああ」


 加護っていうくらいだから、亜神としての格で上回れば消えたりするのかな。この嫁さんどこまで知ってるんだろう。


「そういえば、明日初詣に行くんだが、ピアラさんも行くか?」

「寒いから嫌じゃ」


 宗教上の理由とかはないというのがいっそ清々しいな。


「それに、数日前からこの街に獣神の気配を感じる。誰かは知らんが、凍狼様以外の獣神とは会いたくもない」

「……獣神が? お前が知らねえ気配って事は、俺も知らなそうだな」


 良く分からないが、獣神も初詣に来たのだろうか。亜神同士、仲いいのかな。




-5-




 結局、初詣巡りに参加する事になったのは俺とユキ、サージェス、ガウル、ラディーネ、ククルの六名だけだ。

 こんな思いつきのようなイベントに帰省中の奴を呼び出すのも気が引けるので、人数が少ないのは仕方ない。何やら電話する度に焦りを感じるようになってきたリリカは置いておくとしても、二十四時間耐久のイベント帰りでベッドへ倒れ込んだティリアを無理に連れ出す事もないだろう。デビュー前という事で別区画への移動ができないサンゴロや、移動制限が不透明なベレンヴァールも不参加である。

 六人なら、少し大きめの車一台で済むというのもいい。……ククルとラディーネ、どちらかの運転技術に問題があっても代わってもらえるし。


[ ダンジョン区画 水霊殿 ]


 まず訪れたのは徒歩圏内にある水霊殿だ。ガウルや、出先からの合流になるサージェスとはここで待ち合わせになる。年末のパーティの際に通った地下道までククルが車を回してくれるらしい。ラディーネもそれに同乗だ。


「昨日TVで見たほどじゃないけど、まだ混んでるね」


 境内は出店が並び、お祭りのように賑わいを見せていた。来客者はやはり冒険者の姿が多く見られる。すべてがそうとは思わないが、少なくとも武器を持ってる奴はそうだろう。あとモヒカンとアフロと筋肉。

 他の時期の祭と違って独特なのは巫女さんが多いという事だろうか。この時期だけのバイトなのかもしれない。

 ただ、水凪さんはいない。四神の巫女は三日まで四神宮殿で過ごすらしいから、これから行く先でも会う事はないだろう。ガウルが風花と出会ってしまう危険性もないので、その点は安心だ。


「他の所にもあるだろうけど、おみくじ引く?」

「……俺はいいや」

「そう? じゃあちょっと引いてくるね」


 今抱えてる問題を考えると、そういった縁起物は避けたい気分だった。

 俺のゴールにいるのは因果すら操作する化物で、そういった運否天賦を超えたところにいる。それを覆すのはきっと己の内にあるものだけだ。運勢を占ったら方向性を定められてしまうような気がする。


「どうだった?」

「中吉だったよ。目的に大きな前進が見られるでしょう。割り込み注意だって」


 引いたおみくじを木に結んで来たユキに聞いてみると、なかなか無難な結果だったようだ。割り込みは知らないが、目的が前進するのならいい事だろう。来年中には60%くらいになるって事なのかもしれない。今回の40%だって先行しての権利だから、変化途中でも前倒しで試練を超えてしまってもいいわけだしな。

 一応参拝もしておく。祀られてる神様そのものを知っているから少し変な気分だが、亜神とはいえ神には違いない。ここまで来て何もしないのも無礼というものだろう。

 ただ、何を願うかというと、水神エルゼルが叶えられるものじゃないとダメなんじゃないだろうかと考えてしまう。失礼かもしれないが、唯一の悪意絡みはあきらかに範囲外だろう。……ダンマスにお願いしたお見合いが上手くいきますように、と。

 そして、暫し待つ事十数分。珍しく厚着なガウルと合流した。あとはサージェスだけなのだが。


『すいません。急で申し訳ありませんが、迷宮都市外から来た知人とバッタリ会ってしまって、流れで案内をする事に……』


 と、ドタキャンの連絡が入ってしまった。


「サージェスから?」

「ああ。外から来た知人の案内をする事になったってさ」

「……あいつの知人って、想像がつかねえな」


 大した用事でもないので知人を優先するのは問題ないのだが、ガウルの言う通り奴の知人とやらが想像できない。

 迷宮都市における奴の交友範囲は、俺たちと一部の冒険者、あとは特殊性癖関連のお近付きになりたくない方たちばかりである。具体的には百八回急所を叩かれて昂奮してしまうような人たちだ。世界を放浪してたわけだからそりゃ知人もいるだろうが、絶対に真っ当な人ではないだろう。


 サージェスのキャンセルが入ったので、これ以上待つ必要はない。ククルとラディーネが待つ地下駐車場へと向かう。年末と違い、地下に向かう途中でかなりの人数とすれ違った。ここは専用口というわけでもなく、意外と利用されているらしい。

 ギルド経由で借りたという車は、いつかの高級車ではなく普通のワゴン車だ。走り出すまでは運転席に座るククルの姿に若干の不安を覚えたが、意外にも普通の運転である。

 良く考えてみればククルは元々冒険者としてデビューできるだけの実力はある。見た目に騙されがちだが運動音痴というわけでもない。そもそも、ギルドの業務で乗る事もあるらしい。俺の心配は杞憂だったといえる。


[ 中央区画 火霊廟 ]


 まず向かったのは迷宮都市の中心地、中央区画だ。地下でしか車を走らせられないダンジョン区画とは違い、地上に出る。

 ここに来てから乗った車は地下ばかり走ってたから、こうして地上の車道から風景を見ると不思議な感覚を覚えるな。学校の敷地内を走るバスとも違う。

 中央区画は迷宮都市の表の顔とも呼べる区画である。中央都市庁舎、企業の本社ビル、ディルクの所属する情報局など、様々な分野の管理部門がここに集まっている。百貨店などの店舗もあるが、基本的には高級ブランドの本店がテナントとして入っているそうだ。少し道を外れれば住宅街だが、超が付く高級住宅街である。風俗店ではあるが、ここに店を構えるみるくぷりんも実は超高級店なのだ。

 当然、迷宮都市の一般市民が住みやすい環境とはいえないし、商売に向いた環境でもない。ただ利便性や利益を求めるなら、一般区画や商業区画という専用の区画に根を張ればいい。株式公開しているような企業の場合はここに本拠を置かないといけないルールもあるらしいが、それだって名義だけ、小さな事務所だけというところがほとんどらしい。

 この区画で家を持ったり店舗を構えたりする事はあくまでステータスであり、一流である事の証明なのだ。


 そんな区画に建てられた神社……火霊廟はやはり参拝客もそういった人たちが多い。高そうなスーツやコートに身を包んだ偉そうな人ばかりで、中には袴の人もいる。実際ほとんどの人が偉いんだろうが、他区画からの移動が制限されているわけでもないので、俺たちのような庶民も混じっている可能性は高いだろう。

 おみくじやおまもり、破魔矢などの販売店舗あるが、出店はない。全体的に落ち着いた雰囲気である。


[ 生産区画 地霊院 ]


 一方、生産区画は極めてのどかな田園地帯だ。道路は整備されていても縦に長いビルはなく、自然を中心とした景観が保たれている。だが建物が少ないわけではなく、用途不明な謎の建造物が結構な数見られる。想像するに、農業の研究施設や生産プラントの類なんじゃないだろうか。

 この区画で働く人たちの住居も多い。高級感はあまりないが敷地の大きなものがほとんどで、庭が広い平屋ばかりだ。周りに自然も多いし、交通の便が悪いわけではないから、実は住む場所としては良い環境かもしれない。


 そんな区画にある地霊院は、ここまでに訪れた神社とは異なる賑わいを見せていた。

 参拝というよりはお祭り。新規開発されたものなのか見た事もないような食材を使った食い物の屋台が多い。新製品の発表会に近い様相だ。

 客層は年配者が目立つ。この街で見た目を信用してはいけないが、少なくとも他の区画よりは年齢層は上だろう。そんな爺さん婆さんたちが、神社の販売所で売られている土亜ちゃんのグッズを買って熱いファン議論を交わしていた。元気なものである。

 あと、人間以外……牛や豚、羊、鶏の姿が多い。家畜かペットか知らないが動物だらけだ。


「最近、サシが許容レベル以上に増えてきたから痩せろって言われたモー。でもあんまり動きたくないモー」

「ストレス溜めて味落とすのはマズイから、エサで調整するしかないモゥ。脂肪燃焼を促進する新製品が確か年末に出てたモゥ」

「サンプルもらったから食べてみたけど、アレまずいモー。量食うには厳しいモー」

「我慢しろモゥ」


 飼い主から離れて喋る牛たちの会話は、内容だけ聞けば何気ないダイエットの相談にも聞こえるが、その裏にあるものを読み取ると途端に恐ろしいものに変わる。

 ……やっぱりこの区画、住む環境としては適さないかもな。ここで育ったら倫理観ぶっ壊れるわ。


[ 商業区画 風霊堂 ]


 一転して、商業区画はオフィスビルや大型店舗が立ち並ぶ活気ある区画だ。ここは俺も買い物に訪れるから馴染みが深い。

 ちょっとマイナーだったり通販なら買えるけど実物も見たいな、という物でもここに来れば大抵のものは揃う。携帯用の食料や消費アイテムなど、冒険者が使う物もあるから便利なのだ。でも多分、この街に関してはユキの方が詳しいだろう。用がなくてもウインドウショッピングに来てるらしいしな。

 人が多いのは利便性以外にも理由があり、この区画はいわゆる中央ターミナル駅が存在する。他の区画間でも移動経路はあるが、ここに来れば大体一本で済む。バスやタクシーなどの本拠地も多いらしく、交通の要という雰囲気だ。


 風霊堂はそんな商業区画の中心部にそびえる最も巨大なビルの最上階にあるらしい。境内まで続くのは階段ではなくエレベーターやエスカレーターである。

 神社自体は意外と普通だ。ビルが巨大であるからか敷地内は樹木が茂り、ここだけ見れば一見自然の中にあるようにも見え……いや、普通じゃねえ。良く見れば、路線図や運行状況の案内板、模型の販売所、そして奥には電車の車両が鎮座していた。なんか妙に人影も少ないし……なんだここ。


「ん、参拝客か? ここに来るとは、さては鉄オタじゃねえな」


 境内で掃除していた巫女さんが俺たちを見て呟いた。

 一人しかいないが、風神の巫女 四神宮風花ではない。ボサボサの黒髪を適当に結って黒縁眼鏡をかけた、やる気のなさそうな巫女さんだ。普段のラディーネよりだらしない。しかし胸は平坦である。


「鉄オタじゃないですけど……確かに他の参拝客はどこに」


 他の神社のような出店もなければ他の参拝客もほとんどいない。とても新年とは思えない寂れた……電車だらけで寂れてはいないな……とにかく人が少ない光景だ。


「ウチは車両の系統ごとに分社があるんだよ。初詣でも、鉄オタどもは自分の信仰する分社に行く。ここに来るのはニワカだ」

「そりゃニワカだが……」


 あんまり鉄道に興味はないし。いや、そうじゃないだろ。なんで神社で鉄道祀ってるんだよ。


「えっと、ここ風霊堂ですよね。風の四神を祀ってるんじゃ」

「ああ、間違いねえよ。ここはおれを祀る社だ」

「おれ?」


 おれっ子? いや、そうじゃなくて、おれを祀る?


「ん? そっちのお前、どこかで見た事あるぞ」

「ワタシかね? ……面識はないと思うが」

「あー、グラッセリエーナだ。前に四神宮殿に来てた。お前も鉄オタじゃなかったよな」


 人物の判断基準が鉄オタかどうかなのかよ。


「……まさか、風神殿本人なのか?」

「おうよ、分霊だけどな。……ああ、そっちのデカイのは、良く見りゃ渡辺綱じゃねーか」

「お、おお」


 俺の事も知ってるのかよ。……全然実感が湧かないが、この子がマジで風神ティグレアだとするなら知っててもおかしくない。これはつまり、年末の水神エルゼルのように人間の姿に変身しているって事なのか? 威圧感も神々しさも一切ない、ただの目つきの悪い姉ちゃんだぞ。


「って事は、そっちの白いのはユキ。そっちの狼は……お前、風花の言ってたガウルか?」

「……風花?」


 あの、その狼さん何も知らないんで勘弁して上げて下さい。


「風花はこの神社の巫女さんだよ。き、きっと、ガウルのファンかなんかなんじゃないかな」

「ああ、水凪の言ってた他の巫女って奴か。確か冒険者じゃなかったはずだが、俺の知名度も上がったもんだな」

「う、うん」


 頑張って誤魔化してくれ、ユキさん。任せたぞ。


「その眼鏡は知らねえな」

「ギルド職員なので当然かと。渡辺さんのマネージャー担当のククリエールです。はじめまして、風神様」

「って事は全員渡辺綱の関係者か。揃って初詣かなんかか。冒険者なら、こんな鉄オタの巣窟じゃなく水霊殿に行けばいいのに」

「ヒマなんで、どうせなら全部回ろうかなと」


 まさか四神と遭遇するとは思わなかったが。


「信仰してるわけでもないだろうに、殊勝な心がけで結構。おれは風の神を名乗っちゃいるが、実態は交通・流通の運営がメインだ。冒険者にご利益はねーが、好きなだけ参拝していくといいぞ」


 ……いや、それもどうなん? 参拝って神社そのものにするわけじゃなくて、祀られた神様にするものだろ。その本人が掃除してる脇で神社を拝むのか? かといって本人に向かって拝むのもアレな構図だよな。


「その風神様が、なんで神社の掃除してるんだ? 祀られてる本人だろ」

「あー、賭けに負けたんだよ。去年一年の電車遅延が一昨年のものより軽減されるかどうかで、なんでも言う事を聞くってな。ダイヤマスターのおれとしてはあとに引くわけにいかねえし、実際に十一月までは調子良かったのに、あの岩が……」

「……岩?」

「まあいいや。おれは掃除しねえと。……おい庭石っ! ちょっとそこどけ。掃除の邪魔だ」


 境内の隅にそびえる巨大な岩に向かって、ティグレアが蹴りを入れる。

 なんであんなところに岩があるのか分からないが、本人の数倍の体積だ。普通に考えて動くはずがない。だが、四神の一柱という前提で考えると、あるいは動くのかもしれないと思っていたのだが……。

 ……岩から手足が生えて立ち上がった。


「……痛いのう。なにすんじゃい」


 しかも喋ったよ、おい。想定外の事態ってレベルじゃねーぞ。


「邪魔だ。ちょっとズレろ。ついでにそのままどこか別のところに行ってくれると助かるぞ」

「もう少し気長に生きてみんか? ワシの経験だと、十年くらいじっとしてたらご神体として崇められたりするんだが」

「ここはおれの社だ! 乗っ取る気かてめえっ!?」

「じっとしとったのに、無理やり起こしてここに連れて来たのはお前さんだろうに」

「線路のど真ん中で寝てるからだっ!! お前のせいでヴォルダルとの賭けに負けるわ、こんな格好させられるわ散々だ」

「……そういえば、珍しくオナゴの格好しとるな」

「うっさいわっ!!」


 再びティグレアが蹴りを入れるが、岩はビクともしない。

 その光景に、俺たちは絶句していた。岩が動いたという事実もそうだが、その存在に心当たりがあり過ぎる。


「お、おいワタナベ君。……あれ、ワタシの勘違いでなければ……」

「ああ、間違いないだろ」


 ここまで条件が揃ってたら、違うと言われた方が驚くわ。


「す、すまん。ちょっといいか?」

「ああっ!? まだなんかあんのか。ああ、あの車輌の解説が欲しいんだな。いいだろう。アレはおれが一番最初に設計を手掛けたものでな、数年前に引退する事になったが今でも同志たちの心を掴んで離さない、言わば元祖モデルだ。ダンジョンマスターが作ったものもあるから厳密には元祖じゃねえんだが、やはり一般の交通網を支えたという意味ではこちらの方が……」


 なんだ。なんでこの人、突然マシンガンのように喋り始めるんだ。これはオタ特有のアレなのか?


「いや、電車の事じゃなくてだな。……その岩……岩人? なんて言えばいいか分からないが、ひょっとしてガルデルガルデンさん?」

「ガ……なんだ? おまえ確かガルドだろ?」

「如何にもガルデルガルデンはワシの事だ。ガルドは愛称だな」

「面倒くせえ名前してんな。二つも似たような名前並べなくてもいいだろ」

「そんな事はワシゃ知らん」


 いや、名前の事もどうでも良くて……。


「あんた、< ストーン・ヘンジ >が解散してから、行方不明扱いになってるぞ。弟子が探してる」

「ああ、お前さん冒険者か。< ストーン・ヘンジ >の連中もな、言う事は分かるんだが、もう少し長い目で物事を考えられんものか……弟子?」

「お前、岩のクセに弟子なんかいるのか。そこら辺の石でも拾ってきたのか?」

「岩石巨人の弟子はおらんな。長い生の中でワシの弟子と呼べるのは一人だけだ。ああ、人間だぞ。ティリアティエルという」

「また面倒くせえ名前だな。縮めろよ」

「帝国に言え。ワシもこの大陸に来るまでは名を持たなかったが、しばらく鎮座してるウチに名付けられてしまってな」


 この人たち、脱線しがちな上に自分語りが長いよ。


「あいつからの伝言という事は、遠征に行った先ででも会ったのか?」

「……遠征?」


 あれ、どういう事だ? ガルドはティリアが迷宮都市にいるって事を知らないのか?


「あいつは壮健かな? あの妙な趣味は治ったかの?」

「お前の弟子も変な趣味持ってるのか。おれの担当巫女も大概変な奴だから同情するぞ。といっても、アレ以上はなかなかねえと思うけどな」

「オークに陵辱されたい願望持ちだ」

「マジモンのド変態じゃねーかっ!?」


 風花も大概だけど、人間として女としてどっちがまずいかっていうなら、そりゃティリアだよな。


「趣味は治ってないが元気だぞ。……ひょっとして、あいつが冒険者になってから会ってないのか?」

「…………」


 ……あれ? 反応がない。


「ひょっ?」

「うおっ!?」


 岩肌の何もなかったところが動き、真っ赤な宝石のような目が見開かれた。ビビるわ。


「……冒険者? あいつが? そりゃ昔いくらか手ほどきはしたが……人間とは分からんもんだな」

「いや、お前の方が生物として意味不明だぞ。ゴーレムでもないのに、岩が動くなよ」


 それは同感だが、あんたちょっと黙っててくれるかな。話進まない。


「……ちいとばっかし厳しくしたから、会いに来辛かったのかもしれんな。しかし、あいつが冒険者か……」

「あんたが住む所なくなったんじゃないかって心配してたぞ。クランハウスに庭まで用意して」

「なんだ、お前こいつ引き取ってくれるのか? 是非持って行ってくれ。ビル解体用のクレーン車用意するか?」

「いや、ワシ普通に歩けるからな。ここにも歩いて来ただろうに。まあ、とりあえず話してみるか……カードは更新中だったか。すまんが連絡取ってもらっていいか?」

「ああ、ここに呼び出せばいいか?」

「構わんよ。しばらくはじっとしてる」

「いや、どけよ。とりあえず少しズレるだけでいいから。そこ掃除できねえだろ」


 罰ゲームだというのにこの神様も意外と律儀である。口と目つきは悪いが、性格が悪いわけではなさそうだ。


「ところで、お前さんの担当巫女というと、ここに住んどる風花の事か? あやつ、そんな変な趣味しとったかの」

「お前の弟子に比べればマシだけどよ、あいつも大概だぞ」

「お前さんの巫女だからの、主従同士似とるんだろ」

「ふざけんなっ!! 突然ち……あんなモノ描き始める奴とを一緒にするんじゃねえ!」

「あ、なんだって? ワシ、最近耳が遠くなってのう」


 あんた、耳どこにあるんだよ。


「う……だから……その」

「え? 聞こえんな。もっとはっきり言ってくれんか?」

「チンコ描き出す奴と一緒にするんじゃないっ! わざとやってるだろてめえっ!」

「わはは、ウブだのう」

「だーっ!! うるせえっ! このっこのっ、砕け散れ!!」

「効かんなあ」


 ビクともしない岩に蹴りを入れ続けるティグレア。その姿はただの女の子で、とても迷宮都市の運営を司る亜神とは思えない。

 ……何やらコントが始まってしまったが、もうこいつらは放っておいてもいいだろう。


「とりあえず、ティリア君を呼んだ方がいいんじゃないか?」

「ああ、電話かける」


 まだ寝てるかもしれんが、起こしても呼ぶべきだろう。


『……ふぁーい、なんですかリーダーさん。私、まだちょっと寝不足で……』

「お前の師匠見つかったぞ。目の前でコントやってる」

『は? …………え、えええええっ!? ちょ、ちょっと待って下さい! 師匠、いつの間に芸人に?! と、とにかく、今すぐ行きますから』

「ああ、場所は……って、切りやがった」


 場所も聞かずにどこに行くつもりだよ、あいつ。


「そういえば、ユキたちはどうしたんだ? いつの間にかいなくなってるけど」

「ああ、君がガルド氏と話してる間に連れられていった。あそこで電車の解説を受けてるよ」


 ラディーネの指差す先には、さきほどティグレアが解説しかけた電車の車輌がある。その前で、謎の男に説明を受けるユキとガウルとククルの姿があった。男は喜々として話しているが、三人の目は死んでいる。


 ……なんかもう、どうなってんだ、この神社。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る