第13話「時計塔の戦い」




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『この遠征で、君に言っておくべき事があるんだ』


 それは、二人で将棋を指していた最中の事だ。急に思い出したようにグレンさんが語り出した。

 負けそうだから精神的に揺さぶりをかけに来たわけではないと思う。……いや、まさかそんなみみっちい事は。


『君だけ、というわけでもないんだが、ちょうどいいしな』


 確かにここには二人しかいない。ニンジンさんが観戦していたのも最初の内だけだ。フィロスやゴーウェンも誘ってみたのだが、卓上ゲーム自体あまり興味がないらしい。


『この戦争関連の事ですか?』

『違う。我々の本業の事だ』


 そう言われて思いつくのは冒険者という職業の事。無限回廊の攻略の事だ。

 確かに遠征関連の事だったら俺だけに言う必要はない。昼の集会や、臨時にでもメンバーを集めて言えばいい。何か言い出し難い事だったりするのだろうか。


『今現在、無限回廊の最前線は< アーク・セイバー >と< 流星騎士団 >二つのクランが交互に攻略を進めているような状態だ』


 それは当然知っている。多分、迷宮都市に住んでいる人なら冒険者でなくても知っているような事だ。

 ただ、交互といっても< 流星騎士団 >が先行する事はあまりない。現在の最前線、第九十八層までほとんどが< アーク・セイバー >が先行して攻略しているはずだ。

 二つのクランは攻略情報を共有しているらしいから、先行して攻略する方が情報がない分遙かに難易度は高い。

 その情報共有は攻略途中でも行われているらしい。全滅して新情報があれば共有、受け取った方はそれを次の攻略に活かす。

 それは競争しているというよりも共闘関係に近い。メンバーの行き来がないだけで、二つのクランは一緒に攻略しているようなものだ。

 情報の差、一位と二位の差はとてつもなく広い。だからこそ、ほんのわずかでも先行するようになった< 流星騎士団 >は快進撃と言われるのだ。

 第八十八層を攻略後、そのまま帰還せずに第八十九層を攻略してのけたのは、前線で戦うクランにとって、何より当事者たちにとっては驚異といってもいい出来事である。


『前線の状況くらいはさすがに把握してますが』


 雑誌やテレビ、ネットなどの一般的な情報源もそうだが、俺の周りにこうした情報に詳しい人も多い。実際に攻略している本人の知り合いもいる。目の前の人もその一人だ。公式に発表されていない詳細情報などは知らないが、一般的な情報であればさすがに知っている。


『まあ聞け。あ、その手はちょっと待ってくれないかな……そこを指されるとちょっと痛い……というか詰む』

『はあ……』


 言われるまま、盤の手を一つ戻す。……真剣な話じゃないのか。


『< アーク・セイバー >は近い内に解散する事になるだろう』

『…………は?』


 あまりの衝撃の事実に、言われた事を理解するまで時間がかかった。理解したあとでも、自分の聞いた事が信じられない。


『ど、どういった理由なんでしょうか。音楽性の違いとか』

『なんだそれは……単純に組織として限界が近いんだ。まあ、解散は言い過ぎにしても規模は縮小するだろう』


 それは一体どういう意味なんだろうか。

 < アーク・セイバー >ほど盤石な体制のクランは存在しない。組織の規模も人材も、< 流星騎士団 >と比較してでさえ勝負にすらならない。

 そもそもクランという組織はよほどの事がない限り解散しない。せいぜいが< アーク・セイバー >創設時に起きたような合併だ。

 冒険者の絶対数が増え続けているのだから当然である。< マッスル・ブラザーズ >のようなわけの分からないクランでさえ残っているのだ。


『我々が歪な組織なのは知っているだろう? 異様な規模の人材に加えてクランマスターは五人、しかも元々は全員が中堅クランのマスターだ』

『……それが強みだと思ってましたけど』

『確かにそういう面もある。人材を大量投入し、無数のトライアンドエラーを繰り返して勝利をもぎ取って来た。一方、流星の連中は一回一回が真剣勝負、捨て回が存在しない』


 そこに問題はあるだろうか。どちらも至極真っ当なアプローチに聞こえる。戦力に遊びがない分、むしろ< 流星騎士団 >の方が環境的に厳しそうだ。


『今まではそれで良かった。だが、むしろここまで保った事が奇跡に近いんだ。もう人数でのゴリ押しが通用しない世界が近付いて来ている』

『それは一〇〇層近くの難易度に関する問題ですか?』

『そうだな。一〇〇層という区切りがあるというのも問題だ。多くのメンバーがそこをゴールとして見てしまっている。その先があると知っている者でもだ』


 パチリと、グレンさんが手を指し直す。それは先ほどの一手よりもいい手だ。上手く俺の動きが封じられている。


『ゴールに到達してやる気がなくなると?』

『そういう面もある、そういう者もいる、という事だ。最も問題なのは主に資質の面、言ってみれば才能だ』


 それは、< アーク・セイバー >の現状から最もかけ離れた事にも思える。

< アーク・セイバー >の人材の平均点は高い。教育制度、スカウトの体制、放っておいてもいい人材が集まる。摩耶やフィロスが気にしていた視野が狭いという問題は抱えているにせよ、クランとしての実力は随一だろう。

 一方、< 流星騎士団 >は少数精鋭だ。< アーク・セイバー >も、下の方には問題のある冒険者がいるのかもしれないが、平均点を見てもそこに問題があるとは思えない。

 それはトップであるクランマスター五人を見ても一目瞭然だ。全員が怪物といっていい戦闘力の持ち主である。間違いなく、迷宮都市でも最高峰だろう。


『……長く続けていると分かるものなんだが、我々の才能はそろそろ頭打ちだ』

『そんな事はないと思いますけど……たとえばダダカさんとは良く一緒に訓練しますが、新しい事でも積極的に取り入れる人ですよ』


 もういいおっさんだが、あの人の考え方の柔軟性は若者のそれに近い。新しい事はとりあえずやってみて、必要なら取り入れる。問題点があれば、改善方法を探す。バイタリティに溢れた人だ。


『近い内とは言ったが、今どうこうというわけじゃない。まだ時間的な猶予はあるだろう。目安としては……そうだな、一五〇層から遅くても二〇〇層くらいだ』

『すごい先の話じゃないですか』


 多少早くなったとはいえ、今でも一ヶ月一層のペースだ。このペースなら五年以上先の話である。

 ……しかし、五年か。年数だけ見ると確かにすぐと言えなくもない。


『そうかな? 最近は攻略も早いからな。一〇〇層超えたらすぐじゃないか。……大体、君の影響なんだがな』

『は? そこでなんで俺ですか?』


 さすがに関係ないだろう。


『ローランの奴が君を見て奮起した。それはあまりに大きい事実なんだ』


 新人戦の事を言っているのだろうか。確かにアレを見て何か感じるものがあったからファンになったのだろうし。


『我々のような紛い物と違い、あいつは本物だ。少なくともそう在ろうとしている』

『グレンさんたちだって……』

『我々は違う。それを認めてしまっている。迷宮都市でトップの冒険者といえばローランか私という意見が多いが、それは間違いだ。あいつとは最初から大きな差を付けられているんだ。私の冒険者としての資質はアーシェリアよりも遙かに劣る。ひょっとしたら、夜光のほうが上かもというレベルだ』


 そんなはずはないと思うのだが、そういうグレンさんは有無を言わさぬ表情だ。そこまで辿り着いた人でないと分からない何かがあるのかもしれない。


『紛い物でもできる事はある。我々は元々そのつもりで結成したし、それを結果を以って証明した。もちろん一〇〇層は攻略するし、その名誉を< 流星騎士団 >に譲るつもりはない。一〇〇層を超えたあとも手を抜くつもりはない。だが、どこかで必ず破綻する。……そこが紛い物の限界だ』

『俺にはグレンさんたちが紛い物だなんて思えません』


 この人たちは常に挑戦し続けている。諦める事なく先を目指している。限界が近いと言った今でさえ、まだまだ先を見ている。


『君はダンジョンマスターに追いつくつもりだろう?』

『そりゃ……』

『我々だってそのつもりだ。だが、現状以上のペースで攻略する事は難しい。それじゃダンジョンマスターには届き得ない』


 最近は休んでいるらしいが、あの人だって先には進んでるわけだからそれはそうかもしれない。どこかでペースアップは必要だ。


『つまり今のままでは駄目、普通では駄目という事だ。それをなんとかするのがローランの言う"本物"なんだろう』


 現状のままでは届かない。それは分かる。


『ローランの奴は"本物"であろうとしている。そして、それを君に見出しているはずだ』

『しかし、それは……』

『ギフトの件はダンジョンマスターから聞いた。その力もあるんだろう。……だが、私はそれだけじゃないような気がするんだ』


 知ってるのかよ。


『似てはいないが、こう見えても私はローランの兄だぞ。ずっとあいつを見てきた。君からはあいつに似た何かを感じるよ。ついでに言うとフィロスやミユミ君にもな』


 駒を指す手が止まっていた。それは想像していなかった会心の一手だ。まだ詰みというほどではないが、かなり分は悪い。


『君は新人戦でアーシェリアに、先輩らしく先に行って待っていろと言ったそうだな』

『そうですね……生意気だとは思いますが、間違った事は言ってないつもりです』

『それは正しい。私も先達らしく先に行って待っていよう。せめてできるだけ長く追いつかれないように……そこまでは誇れる先輩で在りたいものだ』


 多分、グレンさんは先に進む事を諦めるわけじゃないんだろう。限界が近い事を悟り、その上で先を目指そうとしている。


『まあ、そんなわけで< アーク・セイバー >が今のままの形でいる事は難しいだろうと考えているという事だ。この体制が崩れるのはクランマスターそれぞれで実力に差が出始めた頃だろうと考えている。予想ではリハリトとエルミアはかなり先まで行けるだろう。このスピードアップ競争で無理が出てくるのはダダカ、剣刃、そしておそらく真っ先について行けなくなるのは私だ。……だから、まずは私を超える事を目指すといい』

『別に諦めるわけじゃないんですよね?』

『歩むスピードが遅くなる……いや、スピードはそのままで、早くなる奴らに付いていけなくなるだけさ。君たちの歩むスピードがそのままなら抜かせない距離だ。……その時を楽しみにしているよ』


 自分はこのまま変わらないペースで先に向かう。追いつくつもりなら、走って来いと。一〇〇層の遙か先で待っていると。


『王手だ』

『あ……』


 それは簡単なミスから来た王手だ。数手くらいなら逃げられるが、その先はなく完全に詰んでいる。

 ……俺の負けだ。


『まだまだだな』


 待ったをした上に、一回勝ったくらいで勝ち誇らないで欲しい。

 ……まあ、今は勝ちは譲っておこう。




-1-




[ 静止した時計塔 ]


 階段から上がると、そこは部屋の中央。螺線階段がそのまま上に向かって続いている。部屋を見渡すと、十二分割された円形の部屋という言葉から想像できる通りの空間が広がっていた。

 床には[ I ]から[ XII ]の数字が並び、時計針まで描かれている。針がわずかに動いてるところを見ると、これが残り時間を示しているのかもしれない。その予想が当たっているなら、この針は三十分で一周するはずだ。並ぶ部屋のドアにもそれに合わせた数字が刻まれていた。


「では、武運を祈る」


 グレンさんはそれだけ言い残すとその肩に乗ったリンダ、夜光さん、そしてブラックと共にそのまま階段を駆け上がって行く。

 馬の体では螺旋階段は上り辛いだろうに、器用なものだ。


「ロスタイム増やすのもなんですし、そいじゃ行って来ます」


 近場のコンビニにでも出かけるかのような軽いノリで美弓は一つ目の部屋に向かった。

 弓すら装備していないように見えるのだが、あいつはどうやって戦うつもりなんだろうか。……そもそも、あいつが戦うところまだ見てないな。


「補助魔術も必要ないのか……さすが上級に近い事だけはあるね」

「ランクだけでみれば、DとCで俺たちとは一つしか違わないはずなんだがな。ここから先はその一つがでかいって事だ」


 +-はあれど、ランクとしては一つだ。その差は上に行くほど顕著になる。つまり、夜光さん、そしてグレンさんとの差は更に隔絶しているという事なんだろう。


「ミユミちゃんは、特別、です」

「彼女は他とは違う何かがあるって事かな?」

「上手く、言えない、ですけど、着眼点が、違います」


 昔から変な奴ではあったからな。

 あいつもそうだが、サラダ倶楽部の連中はみんなどこか突き抜けていた。この世界にはいないみたいだが、もし冒険者になっていたとしたら大成できそうな連中が揃っていた。特にドレッシングさんこと伊月なんて、迷宮都市にいれば間違いなくエース級になれる逸材だろう。間違っても再会はしたくないが。そんな連中の背中を見て来たあいつがまともであるはずがない。

 あの部活でまともなのは部長である俺だけだ。きっと、唯一の常識人だったから、消去法で部長にされてしまったのだろう。


「ツナと似たようなものか……あの世界出身の人は何処か違うのかな」

「馬鹿言え、あの世界にそんな特別性はねーよ」


 日本の影響がモロに出た迷宮都市にいるから特別性を感じているだけだ。さっきまでいたあの世界だって、多分美弓が最初に取り込まれたから再現されただけだ。順番の問題である。


「あまり、時間、ないので、補助魔法、かけます」

「あ、おお、頼む」


 そういえば、一階の一部屋あたりの制限時間は五分だ。あまり待機できる時間はない。

 ニンジンさんでかけられる補助魔術を片っ端からかけてもらう。中に何が待っているか不明な状況のため、MP効率度外視で、役に立たなそうなものまで含めてだ。短期決戦の上、回復薬はあるから問題はない。

 ニンジンさんは専門の補助職ではないはずなのに、強化の度合いは本職の水凪さんよりも大きい。個体が対象になっている分、強力なのかもしれない。

 そして、制限時間の五分より少し手前になって、美弓から《 念話 》が入った。


「倒した、そうです。パラサイトが、取り付いてて、再生能力、向上、している、以外は、無限回廊の、モンスターと、大差ない、みたいです」


 強さも問題なさそうだ。時間がかかったのは、おそらく最初という事で観察していたのだろう。

 五分経過しないと出れないなら、情報収集するのは間違ってない。しかも一階なら間違って攻略失敗しても五分失うだけだ。何か試すとしたらこの一階以外には有り得ない。

 床に表示されていた時計針がわずかに戻る。美弓がクリアした事で五分追加され、全体を三十五分としたものに切り替わったのだろう。


「部屋に、入る前から、《 念話 》は、繋げます」


――《 お馬さんやミユミちゃんとも常に相互で会話ができるようにしておきます。何かあったら情報共有を 》――


「了解」


――《 センパイ。ここにいるのは思ったより弱いです。あたしたちが知ってる無限回廊よりもレベルも低いみたいで、スキルも基準よりは低レベルですね 》――

――《 それはあいつが言っていた無限回廊四十階の中でって事じゃなくて、その基準にも満たないって事か? 》――

――《 まだ一回目だからはっきりとはいえませんけど、感覚的には第三十層から第三十五層配置のモンスターくらいですね 》――


 やはり基準がおかしいのか。この世界の無限回廊が、普通よりも高難度に設定されてるって考えたほうがしっくりくる。

 まあ、楽になる分にはいいだろう。この分なら四階でも無限回廊第六十五層相当……俺たちだけならともかく、美弓がいればなんとかなるかもしれない。


「そろそろ行こうか」


 フィロスが声をかけて来たので、俺たちも[ II ]の部屋へと足を踏み入れる。




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 中は扇状に広がったシンプルな石造りの部屋だ。段差も遮蔽物もなく、戦い易い場所である。逆に言えば、射撃物を躱すための壁になりそうな物がないから、時間稼ぎには向いていない。どちらかというと時間制限の課せられた俺たちに有利な舞台だろう。

 扉を閉めると、その部分が壁に変わる。トライアルの時と同じ仕組みらしい。時間経過するまでは外に出しませんよ、という事だ。

 奥には魔法陣。そこから光が立ち上り、モンスターが出現した。現れたのは、ミノタウロスでもオーガでもサイクロプスでもない人型モンスター。褐色と桃色の肌が継ぎ接ぎになった歪な皮膚をしている。改造人間のような奴だ。


「名前はパッチワーク。Lv31。種族はパラサイト・レギオンだから、管理者と同じだね」


 俺が《 看破 》を起動せさる前にフィロスがつらつらと喋り始めた。


「種族や名前まで分かるのか?」

「《 魔眼 》ツリーの一つで《 看破眼 》っていうのがあって、< アーク・セイバー >内で持て余してたオーブを譲ってもらったんだ。魔力は使うけど、起動が早いから便利だよ」

「なるほど」


 こいつはこいつで進歩しているというわけだ。

《 魔力眼 》との同時起動はできず、《 鑑定 》とはまた違うスキルツリーの扱いになるから、《 鑑定 》用補助スキルの影響は受けられない。適性持ちが少なく、《 鑑定 》ツリーのスキルの方が使い勝手がいい事もあってあまり人気のないスキルらしい。あんまり多くの《 魔眼 》スキルを保有してると切り替えが難しくなるというデメリットもあるそうだ。……と、戦闘が終わったあとに聞いた。


 パッチワークとの戦闘で特筆するような場面は少ない。

 見たままの巨体を活かしたパワーファイターで、スキルは時折使ってくる《 チャージ・タックル 》と巨大な拳を振り回す《 ハンマー・ブロウ 》の二つだ。直線的なスピードはあるものの、小回りの利かないタイプで動作一つ一つの流れが鈍重である。

 試しに一度フィロスが攻撃を受けてみたが、マックスパワーと思われる《 ハンマー・ブロウ 》でも問題なく受け流していた。

 ブリーフさんの方がよほど強い、ただの雑魚だ。無限回廊三十一層のオーガたちにも及ばないだろう。


 俺が掻き回しながらダメージを稼ぎ、ゴーウェンの新技 バスター・クラッシュ を脳天に炸裂させるとその巨体は沈んだ。

 ハンマーで砕かれた頭だが、脳らしきものは見当たらない。俺たちとは根本から構造が違うのかもしれない。

 終わってみれば、かなりゆっくり対処して二分もかかっていない。これなら俺一人でも問題なく攻略可能だ。最初の階って事で様子見なのだろうか。それとも、レベル以上に俺たちとの差があるのか。情報が少ない。


「あまり気分が乗らないみたいだね」

「……そう見えるか?」


 確かに戦闘は楽勝で不完全燃焼もいいところだ。戦闘中から動きが精彩を欠いているのも見ていれば分かるだろう。フィロスの目も誤魔化し切れなかったみたいだ。


「ああ、いつもの鬼気迫る感じも懸命さも、ついでに余裕も感じられない。ただ、状況に流されて戦ってるってだけに見える」

「……否定はしない。……お前らはどうなんだ?」


 その言葉にフィロスは肩を竦めた。

 俺の目には二人も似たようなもののように見える。あの[ 鮮血の城 ]で戦った時のような気迫は感じられない。


「僕も似たようなものかな。……ゴーウェンはもっとやる気ないみたいだ。この前の合コンの事でも考えながら戦ってるんじゃないかな。かなり集中力が散漫だ」


 ゴーウェンを見ると目を逸らされた。さすがにゴーウェンさんがそんなむっつりさんだとは思わないが、テンションが上がっていないのは分かる。

 上手く行ったんなら、女の子とか紹介してもらえないかしら。とりあえず電話番号かメアドだけでもいいよ。


「似たような心境だから分かるっていうのもあるんだろうね」


 お互いにイマイチ気が乗らないって事だ。やる気のない三人衆である。


「……ここは、俺の道から外れ過ぎてるんだ」


 この戦いが重要なのは分かる。あの管理者が持つ情報は、無限回廊の謎を解き明かす上でとても重要である。ダンマスにとって、あるいはグレンさんにとっては絶対に落とせない場面だ。その重要性は、この世界の戦争拡大を止める、近隣世界の災いを回避するという正義感染みたものを含めてもいいだろう。

 そして、当事者のベレンヴァールやサティナはもっと切実だ。この戦いの結果が、そのまま運命を左右する。


 その一方で、俺自身はこの戦いを落としたところで失うものがない。俺個人という意味合いではなく、関係者を含めてもだ。

 ベレンヴァールとはちょっと話しただけで、サティナなんて管理者モード以外では見てもいない。少し話した感触やサンゴロさんから聞いたベレンの人格面は好ましいものだ。不器用そうなのは間違いないが、あいつの芯にあるのは真っ直ぐな善性だと信じられる。しかし、何がなんでも救いたい、助けたいと感じるには過ごした時間が短過ぎる。

 他の世界に連れ去られて災いを振りまいて滅亡させる、なんて状況は好ましくないが、それでもいざそうなっても罪悪感は感じないだろう。対岸の火事もいいところだ。

 個人的な好みで言うなら、あの管理者は嫌いだ。放置するのが危険なのも分かる。だけど、憎んでいるわけでもさほど殺したいわけでもない。一度逃がしてしまったところで、ダンマスだったらなんとかしてしまいそうだというのもある。

 実際のところ、あの管理者がダンマスより上だなんて思っていない。ただ、権限を持っているというだけで、個人の実力はせいぜいが無限回廊二〇〇層を単独攻略できる程度なんじゃないかとも思っている。断言するのは危険だから言ったりはしなかったが、おそらくはダンマスよりも先に二〇〇層の管理権を得ただけなんじゃないかと思うのだ。あのダンマスがなんとかできないなんて気が一切沸かない。それは確信に近い。

 こうして俺が感じている事をグレンさんが想定していないはずはない。この戦いだって、おそらくは保険の意味合いが強い。ダンマスがここにいない以上、俺たちの手でなんかできるならなんとかしようという事だ。

 ましてや、ここで死んでも俺たちは生き返る。前例がない以上保証はできないが、状況から判断するに無限回廊と変わらない。初死亡は俺にとってのデメリットになり得るだろうが、俺だって冒険者を続けていればいつかは死ぬ。その最初がここになるというだけの話である。ある程度のところで見切りを付けて、ニンジンさんのように部屋の外で待機しているだけでそれすら回避可能だろう。

 リスクもメリットも大してない。これじゃ、モチベーションも上がるはずがない。ゴーウェンは知らないが、俺を目標と言うフィロスだってそれは同じだろう。やる気がまったくないというわけではない。だが、それはせいぜい無限回廊の新しい層を攻略してやろうという感覚と似たようなものだ。

 あまりよろしくない心境だとは思う。真剣になれていない。状況に流されるまま惰性で戦ってしまっている。ラディーネあたりに相談したらまた煽られそうだ。

 ……むしろ煽って欲しいものだ。


「多分、今の君だったら僕でも勝てるだろうね」

「……違いねえ」


 その指摘はもっともだ。どんな状況でも十全に戦えるフィロスと違い、コンディションや感情に戦闘力を左右される俺は、こんなテンションでは全力を出せない。


「もう少しあの管理者がムカつく奴だったりしたらマシだったんだがな」


 あいつを殺してやりたい。殺さないと何か大切な物を失うっていうなら話は別だ。

 正直、あいつには興味が持てない。ボスにしてはポッと出過ぎるんだ。因縁がなさ過ぎる。まだワイバーンの方がボスらしい。


「早めに気付けて良かったのかな……このままだと、僕たちは三階くらいで誰か脱落する。そしたらジリ貧だ。グレン隊長次第なところもあるけど、できれば時間は稼ぎたいよね」


 戦い方は未だ確認できていないが、美弓が純後衛なのは間違いない。実力差がある今ならともかく、後半になれば前衛は必須になるだろう。

 俺たちそれぞれがCランク級の前衛の働きができるかどうかはともかくとして、三人合わせて一枚分くらいは盾になれないと話にならない。

 まずい事に、このままだと真っ先に脱落しそうなのは俺だ。

 ……ユキなら、こんな時なんて言うだろうか。想像するに、あいつはこんな状況でも真っ直ぐに前を見ている気がする。きっと< 五つの試練 >の報酬がなくたって、関係なく本気でいるはずだ。

 何が違うんだろうか。新人戦や[ 鮮血の城 ]のような試練でないからなのか? いや、アレだって根本的にはユキの試練だ。最悪、俺がいなくたって成立するイベントではある。


「ベレンヴァールを君のクランに誘うというのはどうかな。そしたら身内だ」

「お前……それはいくらなんでも適当過ぎないか?」


 元の世界にはすぐに戻れないだろうから日々の糧を得る必要はあるだろうし、タダ飯を食う様な奴じゃないから迷宮都市で冒険者やる可能性もあるだろう。結果、あいつがクランに入るとしてもそれは問題ない。むしろ歓迎する。サンゴロさんと一緒でもいい。だが、それをこの戦いのモチベーションにするのは違うだろう。


「……そうだよね。僕も思いついたから言っただけだし……でも、そんな理由でもいいんじゃないかなとは思うよ」


 あまりに取ってつけた理由だ。大体、それはあいつの意思を無視している。


「……まあ、いい奴っぽいから、一緒に冒険者やるのは悪くないかもな」


 それが同じクランで、というのもなかなか楽しそうな未来だ。この戦いが終わったあとに誘ってみるのはアリだろう。




――《 センパイ、そろそろあたしは次の部屋に入ります 》――


 美弓からの《 念話 》が入る。……もうそんな時間か。


――《 おう、頑張れ 》――

――《 でも、次から攻略方針をちょっと変えた方がいいかもしれませんね。センパイに一階は任せてあたしは二階の攻略に入るとか…… 》――


 それはあまり意味がない。ここの仕組み上、ロスタイムを防ぐにはただ交互に攻略すればいいだけだ。


――《 あのさ……こんな時になんだけど……お前、なんのために冒険者やってるんだ? 》――

――《 ……本当にこんな時になんですか……色々ですよ。生活のため、恩返しのため、パーティメンバーのため…… 》――

――《 何か別にあるだろ、絶対叶えたい願望って奴が 》――


 じゃないとCランクに辿り着くのは困難なはずだし、何より暗殺なんかの裏稼業まで手を出す必要がない。恩返しっていうのはダンマスに対するものなんだろうが、あの人だってそんな事は気にしないだろう。


――《 ありますけど、……言いたくありません 》――

――《 ……そうか、分かった……頑張れよ 》――

――《 はい 》――


 あいつが言いたくないってのに聞く気はない。それは多分、聞かない方がいい理由があるからだ。俺の勘もそう言っているし、実のところあいつの願望に興味があるわけでもない。


 制限時間が経過したのか、再び扉が現れた。部屋を出ると、変わらずニンジンさんが中央に立っている。美弓は三つ目の部屋に向かったのだろう。


「ニンジンさんは、なんのために冒険者を始めたんだ?」

「?」


 なんでそんな事を聞くのか分からないという顔をされた。まあ、こんな場面で突飛な質問だというのは分かっている。


「お父さんを、探して、ます」


 ニンジンさんの願いは父親の捜索だった。母親はすでに他界しており、生きているかどうかも分からない。手掛かりもほとんどない。だが、迷宮都市ならなんとかなるんじゃないかと考えたらしい。至極真っ当な願いだ。みんないろんな考えを持って冒険者をやっているって事が分かる答えである。

 サージェスも実は真っ当な願いを持っていると聞いている。頭のおかしいあいつだが、その願いは前世の死亡原因から有り得なくはないものだと理解できるものだ。あいつ、性癖に上塗りされて目立たないが前世はかなりハードだからな。

 他の奴はどうだろうか。……フィロスは聞いてるし……ゴーウェンは聞いても喋らなそうだ。決闘の時にフィロスが、ティリアとゴーウェンは自分の欲望には正直だと言っていたような気がするが……まさか、オーク陵辱願望と同レベル?

 夜光さんは……絶対参考にならないな。今は聞こうにも聞ける状態じゃないし、あの人の場合は人が斬りたいからって答えが返ってくる可能性がある。

 グレンさんは……どうなんだろうか。あの人は摩耶のような職業冒険者の延長線上、その究極にいるような人だ。……いや、どこかで聞いたな。どこだっけ?


『< アーク・セイバー >のグレンさんとか、< 流星騎士団 >のローランさんとか、トップにいる人たちは特にそんな感じらしいね。あの人たちは、自分たちが作ったものに対しての責任感とか、そう在るべしっていう理想を追い求めてるんじゃないかな』


 ……そうだ、ユキが言っていたんだ。あの時は表面上で、そういう理由もあるかもしれないと思った。だが、今は本人と話してその真意を聞いている。

 ローランさんは理想の本物を追いかけている。そう在ろうとしている。グレンさんは自分はその本物になれないと知りつつもそう在ろうとしている。

 それが、迷宮都市のトップに並ぶ二人の在り方だ。似ているようであまりに違う二人だが、その考え方、在り方はどちらも理想の自分を追いかけている。


『格好いい自分でありたいって?』

『ああうん、そんな感じ。いいんじゃない? 理由なんてそんな感じで』


 突き詰めていけばそういう事だ。人からどう見られるか、そして、自分がどう思うか。あの人たちは自分が格好いいと思う在り方を目指しているのだろう。


『無限回廊の先に何があるか気になるしね。冒険者なんだから、冒険しないと』


 ……ああ、ユキは格好いいな。存在自体は歪なのに、あいつ自身の本質はとても真っ直ぐだ。その生き方は見習いたい。

 猫耳と戦った時、俺はなんで意地を張ったのか。アーシャさんと戦った時、俺はなんで意地を張ったのか。

 負けても何も問題はない。むしろ負けて当たり前の戦いの中で、俺は意地を張って立ち上がった。

 それは、勝ちたいとか、誰に見られているからとか、その意地に意味を見出しているとか、そんな事じゃない。あそこで倒れてしまえば、自分が情けないと、格好悪いと思ったからだ。


「そろそろ、ミユミちゃん、出てきます」


 美弓から《 念話 》を受け取ったらしいニンジンさんが言う。……そんな長い間考え込んでたのか。

 今の俺は格好いいか? 脇役に甘んじている俺は格好いいか? ……駄目駄目だろう。どっからどう見ても駄目だ。いいところが一つも見当たらない。脇役として見たって最低だ。流されて当たり前だなんて言い訳は、できる事がなくなった奴が言うべき言い訳だ。


 俺は最善を尽くしているか?

 ……尽くしていない。やれる事はある。できる範囲ですら俺は全力を尽くしていない。

 ベレンヴァールをクランに誘う? なら、せめて胸を張って勧誘できるくらいの俺でないと駄目だろう。じゃないと、あまりにも格好悪過ぎる。


 今、俺に、俺たちにできる事を再確認する。

 俺たちに今求められている事は時間稼ぎだ。その上限は四時間。どれだけ稼げば足りるのかは分からない状況。

 この分なら一時間は問題ない。二時間もいけるだろう。三時間以上となるとどうしても美弓の助力が必要になる。

 四時間はどうだ。四階、いくら弱い基準だとしても無限回廊第七十層相当の敵は美弓がいたとしても攻略困難だ。四時間を稼ぐには絶対に俺たち三人の力が必要になる。

 美弓はここの敵は弱いから先行してもいいと言った。その提案に意味はない。ここは交互に攻略さえすればロスタイムは出ない仕組みだ。ただ役割分担をしようと、それぞれに合った場所で戦おうと言っているに過ぎない。……今やるべき事はそんな事じゃない。


「ツナ……そろそろ……」

「……悪い、次は二人で行ってくれ」


 それでも問題ないだろ? と視線を返す。

 それだけでフィロスは分かってくれたらしい。それ以上は何も言わず、ゴーウェンを伴って二人で[ IV ]の部屋に入っていった。


「どう、しました、ぶちょー?」

「美弓が戻ってきたら説明するよ。腹が痛いとかじゃないから安心しろ」


 一分も経たずに美弓が[ III ]の部屋から出てきた。

 部屋に残った俺を見て目を見開いたが、フィロスたちがいない事に気付き安心、そして怪訝そうな表情に変わる。考えている事が丸分かりな百面相である。


「一体どうしたんですか? お腹痛いんなら擦ってあげましょうか? お望みなら、もうちょっと下の方も……」


 いらんわい。お前以外ならちょっとグラつく提案だが。


「ここは、俺たちでも単独攻略可能だ。あいつら二人だけでも過剰戦力だ」

「はあ……そうですね。やっぱり、あたし先に二階攻略しましょうか?」

「いや、お前はこのまま一階の攻略だ。[ V ]の部屋は俺と入るぞ。オーダー変更だ」




-3-




 このダンジョンでの俺たちの役割は時間稼ぎだ。主力はグレンさんたちで、俺たちは脇役、それは間違いない。最低でも一時間、二時間稼げばグレンさんたちがなんとかしてくれる。それは現実的な見込みだ。それで何も問題はない。だが、それは"最善"ではない。


『最悪の場合はそれもやむ無しだが、手は打っている。……こちらの勝算はあまりないが……』


 グレンさんの言った管理者の逃亡阻止、勝算はあまりないと言っていたが、おそらくその中身はダンマスを呼んでいるという事だ。

 いくらダンマスでも、時間がほとんど静止したこの空間に割り込みをかけてくるとは考え辛い。やりかねないのがあの人だが、それは置いておく。

 勝算はあまりないという事から推察するに、転移前にギリギリでダンマスと連絡を取っていたとかそういう事なんじゃないかと思う。

 この空間は決して時間が完全停止しているわけじゃない。あくまで超加速しているだけだ。それは時間差でこの世界に来た美弓が半年さまよっていた事からもあきらかだろう。つまり、あの転移の直後、数秒でダンマス側の対応が始まっていればここに割り込んでくる事も可能……かもしれない。

 楽観的な考えなのは間違いない。一時間、二時間増えたところで焼け石に水という可能性も高い。だが、時間を稼いだ方がいいのは変わらないのだ。ならばその最善を狙うべきだろう。

 つまり、俺たちがここでできる"最善"は、四階までをパーフェクトでクリアする事。おまけにその後五階へと雪崩込めれば尚いい。

 当然攻略できない可能性も高い。ブラック、ニンジンさんという中継を利用してグラスを倒す時間を調整してもらう必要はあるだろう。

 たとえ五階に踏み込んでも、レベル一〇〇オーバーの敵相手に俺たちが役に立つなんて考えは持っていないが、少なくとも美弓がいれば援護はできる。

 何より、最後の場にいないで顛末を見逃すのは嫌だ。

 その可能性を少しでも上げるために今できる事。選択肢はあまり多くない。この場面に至ってこれ以上の戦力強化は難しい。

 ただ、それを狙うなら単独攻略が困難になると思われる三階までに最低限やらなければいけない事がある。それは、個々の能力確認、連携確認だ。


 俺たち三人はある程度の能力の確認は済んでいる。[ 鮮血の城 ]までの戦いでも、その後の決闘や訓練でもお互いに確認してきた。隠し玉と呼べるようなものはお互いほとんど持っていないはずだ。

 だが、ここに一つ"美弓"という例外が存在する。ニンジンさん以外の誰もがこいつの能力を把握していない。どう連携すればいいのかすら分からない。最大戦力である事は間違いないが、その最大戦力を十全に活かしきれる体制が整っていない。このままでは足を引っ張る事だって有り得る。

 だから、まずやらなければいけないのは、余裕のある一階で美弓の能力を確認する事。それは俺だけじゃなく、三人それぞれがだ。だから交互に組む面子を変える。これは戦力的に余裕のある今しかできない事で、"最善"を求めるならやらなければいけない事だ。


「なるほど……正論です」


 美弓に、《 念話 》を通してニンジンさんやフィロス、ゴーウェン、そして待機中のブラックにも話は伝えた。ダンマスについては話をボカしたが、それを汲めない奴らではないだろう。


「だから、とりあえずお互いの手の内を知って、おきたいっ!!」


 接近して来たパッチワークを大剣で薙ぎ払う。

 名前は同じ、強さも大して変わらないが、その姿は先ほど戦ったものとまるで違う。二体の人間が横に継ぎ接ぎされたような、不気味な姿だ。だが、見た目と違って大して強くはない。


「なら、出し惜しみは無しですね。とりあえずあたしの切り札からお見せします」


 そう言う美弓は無手だ。< 射撃士 >という割に、弓も銃もそれ以外の投擲物も見当たらない。


「昔は短弓を使ってましたし今も使う事はありますが、あたしの最大火力はこれです」


――――Action Skill《 トマト・キャノン 》――


 美弓の両手から伸びるように魔力が弓状の形に変化していく。その形は巨大で、実物の弓だったら攻城兵器と呼ばれるような大きさだ。台のないバリスタが近いだろうか。

 美弓の体格では引きようもない弓でも、魔力で形成された物であれば話は違う。そもそも手で弦を引いていない。

 弓と同じように魔力で作られた巨大な矢がパッチワークに向けて放たれる。


――――Skill Chain《 トマト・ボンバー 》――


 着弾した瞬間、矢は爆散し、パッチワークは跡形も残らず消滅した。おそらく、矢が内部まで貫通した直後、内部から破裂したのだろう。すさまじい威力だ。

 展開までの時間はネックだが、その時間に見合った攻撃力がある。


「ふふーん、どうですか。トマトちゃんの必殺技は。驚きました? 驚きました?」

「あ、ああ……」


 驚いた。威力も、派手さも、えげつなさも、ある程度は想像していたがそれ以上だ。だが、それ以上に驚いたのは……。


「お前、いくらなんでもそのスキル名はなくね?」


 《 トマト・キャノン 》に《 トマト・ボンバー 》って……。ダサい上に、完全にお前の専用技じゃねーか。


「あ、あたしが付けたわけじゃないです。勝手に付けられたんですよ」

「……そうか」


 新たなスキルが創られる際、無限回廊のシステムが勝手に名前を生成するという事は知っているが、それでもそれはないだろう。

 サージェスの《 フル・パージ 》同様、確実にお前の知識から付けられている名前だ。超ダセえ。中二病テイスト溢れるネーミングにしろとは言わないが、もう少し何かあるだろう。センパイは悲しいぞ。

「敵は爆散しちまったから、口頭でお互いの戦力確認するぞ」

「とはいっても、センパイの方は大体分かってるので補足程度でいいです。あたしの方は……あとはこれですね、じゃん」


 美弓がそう言って《 アイテム・ボックス 》から取り出したのはトマトだった。畑から採れたてのような瑞々しさである。そのまま齧り付けばなかなか美味そうだ。


「……非常食か?」

「違いますよ、これはトマトちゃんです。センパイも見た事あるじゃないですか」


 ひょっとして、ユキが海水浴で見せられたという不気味な奴か? 一分の一スケールの人形があるという……。

 掌に乗せられたトマトが半回転すると、反対側には不気味な顔があった。ハロウィンのようなデフォルメされた顔ではなく、目と鼻と口があり、何故か半笑いだ。……超気持ち悪い。


「……なにそれ」

「昔マヨセンパイに作ってもらった八分の一トマトちゃんフィギュアを元にした軍用トマトちゃん……名付けてトマトちゃんズです! びしっ!」


 びしっ、じゃねーよ。

 お前のデザインセンスはどうなってるんだ。伊月が師匠ならもう少しまともな物になるはずだろ……って、これはマヨネーズか……仕方ないな。


「……はっきり言っていいか?」

「なんでしょう」

「超ダセえ」

「し、失礼な。あたしの分身体でもあるトマトちゃんになんて事を言うんですか。キモ可愛いじゃないですかっ!?」


 キモ……可愛い? 良く聞くフレーズだが、その二つは同居し得るものなのだろうか。

 こうして見ても、半笑いのトマトはただ気持ち悪いだけだ。今にも生意気な口調で語りかけて来そう。


「センパイはセンスがアレですからね」

「何を言うか」


 というか、お前もやっぱりそう思っていたのか。ひょっとして俺の壊滅的センスは前世の時点で培われたものだというのか。


「……まあいい、それが可愛いかどうかは残り二人にも聞いてみろ」

「ふふーん。これは自信がありますよ。なんせ、等身大トマトちゃんフィギュアが商品化されるくらいですからね」


 それは魔除けとか、そういう類の用途なんじゃないか? 間違っても愛玩用ではないだろう。


――《 ごめん、言葉だけだと何が起きてるのかさっぱりなんだけど…… 》――


 情報共有のため、予め《 念話 》を繋げていたフィロスからとうとうツッコミが入った。


――《 あとで見せてもらえ。衝撃的な事実を目の当たりにする事になるぞ 》――

――《 ……不安だな…… 》――


 俺は見せられている今時点でも不安だよ。


「んで? そいつらは何ができるんだ」

「よくぞ聞いてくれました。まずこのトマトちゃん、変形して手足が出てきます」

「うおっ!!」


 美弓の掌に乗っていたトマトの内部から人間っぽい手足が飛び出し、立ち上がった。

 どうしよう、気持ち悪い。ポーズ取るな。極普通に自立行動するんじゃねーよ。


「トマトちゃんズはあまり強くはないですが、小型の銃火器と地雷、探査機を装備して< 斥候 >のような役割を果たしてくれます」

「な、なるほど……それはいいんだが……トマトちゃん"ズ"って事は、まさかそれ、いっぱいいるの?」

「修理中の物を含めて十五体います」


 衝撃の事実だった。こんな不気味な物が十五体も……。並んだら夢に見そう。


 トマトちゃんズはそれぞれがマスターである美弓と視覚を共有できるらしい。

 ステルス機能を備え、小型である事から隠密行動に長ける……との事だ。あと、実際に走ってもらったが、意外とすばしっこい。ジャンプ力もそこそこ。登攀技能まである。

 装備によっては超高度からの降下作戦もこなすそうだ。軽いのでパラシュートも小さい物でいいらしい。

 武装は主に銃火器。超小型のサブマシンガンのような物を装備している。こんなに小さいのに、一般人程度であれば蜂の巣にできるそうだ。

 背中には地雷を背負っており、作戦によってこれを遠隔設置、場合によっては自爆用として使用する事もあるらしい。トマトちゃんは自決を躊躇わないソルジャーなのである。

 美弓が単独の隠密行動に向いてるのは主にこのトマトちゃんズの働きによるところが大きいらしい。今回の作戦でも、ラーディンの王城にこいつらを分散して配置し、調査を行っていたそうだ。確かにこいつらの大きさなら、どこにでも潜り込めそうではある。

 加えて、ダンマス謹製の装備まであったのだから、そりゃ調査は万全と自信を持つのも頷ける。

 そしてなんと、万が一敵に発見されても手足さえ引っ込めればトマトに擬態する事ができるのである。半分くらい齧られても活動できるので、緊急時の食料としても使える。

 ……正に万能ソルジャーだ。難点は気持ち悪い事だけである。少なくとも俺は使いたくない。

 目の前で繰り広げられているトマトちゃんの組体操を見る限り、それぞれの連携も手慣れた物なのだろう。

 実はギルドショップや専門店でキーホルダーやフィギュアなども販売しており、美弓の知名度に合わせて地味に売れ始めているらしい。世も末である。


「火力はないから、あくまで偵察用って事か」

「基本的にはそうですね。今回役に立つとしたら、不意打ちからの牽制と自爆ですね。爆弾代わりにもなります」


 こいつは自分の分身体と言っている奴らを爆弾にする事に躊躇いはないのだろうか。


「高いんで普段は大事に使うんですが、今回はスポンサーもいる事ですし、全員自決させる覚悟で行きましょう」

「……お、お前がいいならいいんじゃないかな」

「トマトちゃんズについてはこんな感じです。あとはあたし自身の能力ですね……」


 トマトちゃんズのインパクトの前ではどんな能力も霞んでしまいそうだが、美弓のスキル構成はある意味理想的な< 射撃士 >だ。

 一部< 斥候 >のスキルを保有する以外は遠距離攻撃特化で、各種の命中補助、威力、射程、貫通力補正に集中してスキルを習得しているらしい。

 普段は普通の短弓も使うらしいが、基本的に使うのは《 トマト・キャノン 》だ。

 《 トマト・キャノン 》から発射される魔法の矢は、魔法扱いでもあり、矢でもあるという特殊な扱いらしく、< 射撃士 >としてのスキルがそのまま使える。

 弓矢扱いなのに、数キロ先の空き缶でもピンポイントで狙える超性能だ。今回は超長距離スナイプ能力は不要ではあるが超すげえ。


「センパイの方はどうなんですか? 例の中級に昇格した試験以降で」


 美弓は今回の遠征以前に俺たちの情報はある程度掴んでいたらしい。動画もダンマス経由で見たそうだ。


「なら、大体は把握してると思うが、新規のスキルは《 ブースト・ダッシュ 》と……」


 俺の新スキルは地味に多い。各種武器の基本スキルがメインとなるが、いろんな武器に手を出している結果だ。


「槍に棍、弓も手を出してるんですか?」


 使ってみて実感したが、俺はあまり器用さが必要とされる武器は得意じゃないようだ。

 棍はともかく、槍も弓も基本の武器スキルは習得したもののいまいちしっくり来ない。


「使えるってだけで連携は困難だ。斧と短剣、双剣は習得できてない。あとは格闘系をいくつかと、《 クイック・トリガー 》はそれなりに……」

「銃スキル? センパイ、銃まで使う気ですか?」

「ああ、実は免許はないんだが、今回の遠征でも護身用に一丁だけ持ち出してる」


 迷宮都市内で使えば違法だが、ラディーネさんからの借り物である。弾は二発しかないので練習も困難な本当に護身用だ。装填されてるのは護身には物騒な弾だがな。

 ちなみに弓も銃も少し離れると当たらないという駄目仕様だ。命中補正のスキルがあれば違うのだろうが、その手のスキルは習得していない。やはり才能ないのかもしれない。

 とりあえず振り回せばなんとかなる鈍器が向いてるらしい事は最近特に実感している。実は< 侍 >クラスを取得したあとは刀技スキルは一つも習得できていないという体たらくだ。

 その他、サージェスたちにも見せたスキルディレイ、キャンセル、カテゴリ拡張についても時間の許す限り説明する。


「なんか……おかしな成長してますね。歪過ぎます」

「言うな」


 俺だって分かってる。俺の技能はレーダーチャートで表示したらさぞかしギザギザで歪な形をしてるだろうさ。

 一部では上級ランクの技術に踏み込んでいても、一部では下級以下という有様だ。特に防御関連スキルが少ない。

 大体、ダダカさんとの訓練が問題だ。あの人、とりあえずやってみようの精神が強いから、俺まで色々手を出す羽目になる。

 あの人、大概の武器スキルは使えるという怪物でその上で新しい事を探してるわけだから、一緒に訓練すると巻き込まれてしまうのだ。

 結果、歪なスキル構成になる。……まあ、案外悪くないとも思っているが。


「歪ですけど、一歩間違ったらあたしも負けそうですね」

「さすがにランクが上の奴に勝てる気はしないな」


 俺のスキル構成は連携特化だ。爆発力はあるが、一歩間違えればそのまま終了の博打構成である。少なくとも安定性はない。

 大体、こいつの本気ってトマトちゃん十五体も相手になるわけだし、多勢に無勢過ぎる。まとわり付かれて自爆されたらアウトだ。




-4-




 その後、メンバーを切り替えて連携確認とそれぞれの能力調査を行う。

 ロスタイムを増やすつもりはないので、メンバー切替時には個人戦になってしまう事もあるが、一階であればさほど影響はない。

 細かい部分は《 念話 》で補足する形で、理想的なフォーメーションも見えてきた。


「回復役がいない上、補助はヴィヴィアン頼りなので、基本的には短期決戦型です。今回の条件にはちょうどいいでしょう。敵の防御力の上がるであろう後半……三階と四階はフィロスさんを盾として、火力はあたしという構図になると思います。センパイとゴーウェンさんは遊撃兼時間稼ぎで……」


 それは同感だ。今はまだ俺たちの火力でどうとでもなる状態だが、上の方に配置されているモンスターは堅いだろう。立派な火力がいるのだから、それを活かすのが理想である。


 一階は問題なくすべての部屋を攻略した。

 出てくるのはすべて変わらずパッチワークだった。名前が一緒なだけで、形はすべて異なる。あるいはこいつらはキメラのような扱いで、複数の種族の集合体なのかもしれない。敵の親玉が寄生生物なのだから、それは十分に有り得るだろう。


「ただ、それならそれで、どこが中枢なのかってのは気になりますね」

「脳は……なかったな。……どこかに本体が隠れてるって事か?」

「トマトちゃんやゴーレムのような魔法生命体でも核は存在します。どこかにそういう機能を持つ器官が存在していると思うんですよね」


 トマトちゃん、魔法生命体扱いだったのか。

 弱点があるなら、それを狙えばいいわけだから攻略も楽になるが……。


 二階に上がる。部屋の構成に大差はない。大きく違うのは部屋の数だ。一階の十二部屋に対し、六部屋。床は色こそ変わっていたものの、時計である事は変わらない。

 最初に失った数十秒以外ロスタイムが発生していない事で、進んでいるのは攻略にかかった時間そのままだ。もうすぐ一周を一時間半にしたものに切り替わるだろう


 現在一階最後の部屋である[ XII ]を攻略しているのはフィロス一人だ。

 ロスタイムを減らし、美弓との組み合わせを極力増やすために二回に一回は一人での攻略となってしまったが、俺たちの戦力的には問題ない。

 この場にいるのはニンジンさんを除いて俺、美弓、ゴーウェンの三人。二階の攻略メンバーをどうするか決めないといけないが、いくら想定より弱いとはいえ、無限回廊十層分相当の強化がされる最初のアタックではリスクを避けたいところだ。


「二階の最初だけでも三人で入るべきでしょうね」

「……しょうがないよな。安全考えるなら、ロスタイム発生する事を想定しても残り全員で挑戦すべきだ」


 階段の移動は多少時間かかるものの、隣の部屋への移動は急げば数秒で済む。中の敵が想像以上に弱くない限りは三人で攻略、一人は待機して補助魔術の準備、というのが基本になるだろう。状況によっては全員で攻略し、ニンジンさんも中に入れた方がいい事態になるかもしれない。


 だが、時間になり足を踏み入れた二階の部屋[ II - I ]は、少し想定と異なっていた。

 部屋の構造に大差はない。時間が広がった分扇も広がり、部屋が大きくなった程度だ。敵は想定通りの強化。レベルにして~10程度の上昇が見られる。……問題は数だ。


――《 フィロス、ニンジンさん、プラン変更だ。次からは全員で当たる 》――

――《 何かあったのかい? 》――

――《 出現する敵が三体に増えやがった 》――


 俺たち三人の前には更に歪な形になったパッチワークが三体。それぞれの部位がバラバラに追加されたような、実験体とでも呼ぶべき姿だ。

 レベルを考えるなら、これは俺たちが単独で攻略するのにギリギリの範疇。ただしそれは制限時間なしの状態でだ。十分以内の攻略を考えると単独で挑むのはリスクが高過ぎる。

 一階は本当に様子見って事で、ここからが本番らしい。


「まだ大丈夫ですけど、問題は三階ですね」


 ……いくら制限時間が三十分になるとはいえ、九体に増えたらどうしよう。

 一つ目の部屋……[ II - I ]については三人で問題なくクリア。続く、[ II - II ]ではフィロス、ニンジンさんと合流する事で、更に余裕はできた。

 ニンジンさんはサポートがメインだが、それでも攻撃魔術が使えないわけではない。装甲が紙同然の彼女に攻撃を通すのはまずいのでフォーメーションに気を配る必要はあるが、それでも火力が増えた分攻略は楽になった。

 補助魔術は攻略後の待機時間に行う。強化が持続する時間を考えると毎回かける必要もないが、MPと相談で切れそうな効果のかけ直しを行う。

 このままであれば、二階は問題ない。……そう、二階は問題ない。

 三階以降の制限時間は元々の余剰時間である三十分と一致する。すでにロスタイムで数十秒失っている以上、この先は一つも落とせなくなる。


「ロスタイムはもう考えない方がいいですね」


――《 ブラック。俺たちが[ III - I ]で戦力確認したあと、五階に入ってくれ。ここまでの状況は分かってるな 》――

――《 了解した 》――


 四階で待機しているブラックに、五階へ突入してもらうタイミングを指示する。

 出てくる戦力次第では、その三十分でケリをつけてもらわないといけない。そうでなくとも、突入タイミングはここしかないだろう。


「ニンジンさんは俺たちが四階の部屋に突入するのに合わせて五階に移動。詳細情報を伝えてくれ」


 グレンさんはおそらく三階までは攻略できると踏んで攻略しているだろう。それはダンマスの救援をギリギリまで見込んでの戦術なわけだが、四階攻略の見込みを伝える必要はある。

 四階には部屋が一つしかない。つまりそれで最後だ。補助のかけ直しを考えなくていいなら、ニンジンさんは部屋には入らず伝達役に回ってもらう方がいい。それに、この状況から推察するに四階は攻略が困難だ。彼女を護り切る事は難しい。


 そして、俺たちは三階に突入する。


「……予想通りとはいえ、これはハードだな」


 フィロスが呟くが、全員が同じ感想だろう。出現した敵は九体。しかも、それはすべて二階から更に十層分強化された敵だ。レベルにして平均50。

 おそらくこの世界の無限回廊より弱いとはいえ、この数はなかなかに厳しい。単純計算でも、レベルで上回っている敵を一人当たり二体受け持たないといけないのだ。

 しかし、ここまでの戦いで得た経験、感触からして不可能な難易度ではないはずだ。


――《 ブラック。結構きつそうだが、三階はなんとかなりそうだ。……四階は攻略できない事を前提として戦うよう伝えてくれ 》――


 少し見栄は入っているが、なんとかなるだろう。まだキツイだけだ。絶望は感じない。……この程度じゃまだまだ。


「いいね、ようやくいつものノリになってきた感じだ」

「……だな」


 だらけてた感覚も締まってきた。相変わらず何も言わないが、ゴーウェンも集中し始めたように見える。

 ようやく、俺の戦いになって来た。




-5-




 それは、控えめに言っても激闘と呼ぶに相応しい戦いだっだろう。俺たちの攻撃はダメージには繋がらず、ほとんどのダメージソースは美弓だ。

 辛うじてゴーウェンの《 バスター・クラッシュ 》であればダメージは通るが、まず当てる事が至難だし、それだけで倒すのは現実的ではない。

 美弓以外のHPは半分以下、特にニンジンさんの被害が甚大で、いつ死亡してもおかしくない状況だった。

 ガードするにもダメージ覚悟。死ななければ問題ない。つまり、いつものノリである。


 三階の部屋は二つ。一つ目の[ III - I ]を攻略するのに要した時間はおよそ二十五分。かなりギリギリだ。

 何か一手間違えただけでも時間を超過、あるいは誰かが脱落するケースは有り得た。だが、とりあえず全員無事だ。

 地味にトマトちゃんズの奮闘も大きい。攻撃力こそないが、ステルスで隠れたあとに別の場所からサブマシンガンでの奇襲。陽動に徹してくれたおかげで俺たちも動き易くなった。フレンドリーファイアもほとんどない玄人好みの戦法だ。渋過ぎる。ただ、やはり防御力のなさは如何ともし難く、たとえ余波でも敵の攻撃が当たれば簡単に死ぬ。敵に取り付いて自爆したものを含めるとこの一戦だけで四体が脱落した。

 躊躇わない狂気の自爆攻撃は、相手がまともな思考をしていたらさぞかし恐怖を覚えただろう。南無。


 回復、補助のかけ直しに使える時間は少ないが、急いで次の準備を済ませる。

 三階の二つ目[ III - II ]に飛び込んだ俺たちの前に現れたのは変わらず九体のパッチワーク。どれ一つとして同じ形状のものはいない。腕だけが極端に発達したもの、翼の生えたもの、スライムのような粘質モンスターまでいる。ハードな戦いになるのは間違いないが、俺たちだってここまでの戦いでコンビネーションは確立済だ。トマトちゃんズも地味に頑張っている。

 [ III - I ]の攻略速度を切る勢いで、だが慎重に殲滅を進める。

 このダンジョンの攻略も後半戦になり、重要性が浮き彫りになったのはとにかく美弓の火力を当てる事。そのための環境を作る事。その役目は俺とゴーウェンになる。まだニンジンさんもいるので、フィロスは完全に盾役だ。

 問題なのは敵の数だ。倍近い数のモンスターに対処するには、どうやっても俺たち前衛の負担が大きい。赤い野菜たちは役には立つが、さすがに数には数えられない。

 後ろから支援をもらっていても、時間が経つごとに状況は悪化する。逆に敵が一体でも減れば、俺たちはかなり楽になる。そうすれば、攻略速度も加速する。とにかく数を減らす事が重要なのだ。

 一体一体、確実に《 トマト・キャノン 》で仕留めていく。ここまで美弓のミスショットはない。大したものだ。

 回復役がいないので俺たちはズタボロだが、こんなのは慣れたものである。

 隣でハンマーを振るゴーウェンを見ると、少し楽しそうに見えた。……あいつもこういう場面は慣れっこだよな。共感だ。


 残り六体。

 ゴーウェンの《 ハンマー・クラッシュ 》で吹き飛ばされたパッチワークが一箇所にまとまった瞬間、美弓の《 トマト・キャノン 》が着弾、《 トマト・ボンバー 》に連携し爆散した。いいコンビネーションだ。

 三体まとめて仕留めた事で、大幅に敵の数は減らした。これであと三体……。詰めの段階だ。一体後ろに通してしまったが、フィロスが受け持っている。ゴーウェンが向かったのはもう一体――


――数が合わないっ!?


「センパイ! 上っ!」


 悲鳴のような美弓の声が響き、俺は確認するよりも先に防御態勢に入る。

 天井から降りて来たのは翼と槍のような嘴のような物で構成された歪な生物だ。それが猛スピードで突進して来た。

 いつだ。いつ見失った!? いや、そんな事はどうでもいい。今はとにかくこいつの攻撃をガードしろ!

 その攻撃はスキルこそ発動していないものの、ほとんど槍……回転するドリルそのものだ。全身が凶器となり、俺へと迫っている。これを防ぐには剣だけでは駄目だ。


――――Action Skill《 瞬装:グレートシールド 》――


 とっさに盾を展開。だが、奴はそれすらガリガリと貫いて直進してくる。どんな化け物だ。


「んなろっ!!」


 盾の内側まで嘴が抜けてきたところで体を捻り、可能な限りダメージを受ける箇所を減らす。

 脇腹を抉られるのはどうしようもない。拙いHP操作で、腹に膜を張るのをイメージする。やらないよりはマシなはずだ。

 多少でもダメージが軽減できたのか、奴は俺の脇腹の肉を刳りながら後方へと抜けていった。その先にいるのはフィロスだ。


「フィロスっ!!」


 いくら速いとはいえ、距離はある。逃げる事は可能だ。だが、フィロスは迷わずその場に踏み留まり、迎撃態勢をとった。

 ……その後ろにはニンジンさんがいた。確かに、盾役としてはそこを通すわけにはいかないな。


――――Action Skill《 魔装盾 》――

――――Skill Chain《 連装盾 》――


 《 魔装盾 》により、二重の魔力の壁を形成したフィロスの盾がパッチワークの突進を受け止める。

 受け止めただけ。止まってはいない。このままでは貫かれる可能性もある。ゴーウェンは気付いたが、もう一体の対処で間に合わない。美弓もニンジンさんもこのタイミングじゃ対応はできない――


――間に合うのは俺だ!


――――Action Skill《 ブースト・ダッシュ 》――


 俺は剣を投げ捨て、脇腹の痛みを無視して、パッチワークへと走る。未だ距離感、加速感の掴めないスキルではあるが、この際無視だ。


――――Skill Chain《 ローリング・ソバット 》――


 《 瞬装 》の発動する間もなかったため、無手のままサージェス直伝の《 ローリング・ソバット 》を発動させる。

 ほとんど博打のようなものだったが、なんとか脚をパッチワークの体に命中させる事に成功した。

 パッチワークの勢いが弱まる。危機は乗り越えたが、こいつと距離を離すのはまずい。再び博打になるが、仕方ねえ。


――――Skill Chain《 瞬装:ラディーネ・スペシャルII - クイック・トリガー 》――


 蹴りを放った体勢のまま、右手に銃を展開。

 一つだけ習得した銃のスキルを発動する。このスキルはただ連射を早くするためだけのもの。命中補正もかからないし、威力もそのままだ。

 だが、こうして連携は繋がる。そして、装填された弾丸は護身用に渡されたとっておき――

――< ヘヴィ・ペネトレイター >だ。


「おおおおおっ!!」


 ほとんど勘だけを頼りに引き金を引く。

 次の瞬間、腕がもげるのではないかという衝撃を伴って、< ヘヴィ・ペネトレイター >が発射された。なんだこれ、超痛え。

 幸運にも発射された弾丸はパッチワークの中心を貫いて抜けていった。仕留めた感触がある。

 反動で無残に地面に転がる。慌てて顔を上げるが、その時にはすでに残りの二体は仕留めたあとのようだった。最後の最後で危なかったが、なんとか勝ったらしい。


「……悪い、助かったよ。聞いてはいたけど、すごいね、それ」

「当たったのは偶然だ。しかもあと一発しかねえからあてにはするなよ」


 フィロスが差し出して来た手を取り、立ち上がる。

 しかしラディーネもとんでもない銃持たせやがる。何が護身用だ。肩が外れるかと思ったわ。冒険者で耐えられない反動の弾とか何考えてんだ。

 というか、当たると思わなかった。わずか数メートルの距離だが、アレを外すのが俺なのに。


「よし……これで三階攻略だな」


 腹が痛い。戦闘が終わって緊張が解けると急に痛覚が仕事を始めた。ついでに右腕も痛い。震える手でポーションを取り出し、飲む。


「かなり早く終わりましたが、次はどうしましょう」


 美弓が言っているのは四階に挑戦するかどうかだ。三階ですらこんなにズタボロで、危ない場面もあったのだ。難易度を考えるなら四階攻略は困難だろう。


「知ってるか? 中級ランク冒険者は安全マージンを取り過ぎなんだってよ」

「はあ……聞いた事はありますけど……」

「……俺たちは冒険者だ。困難と分かってても挑戦すべきなのが冒険者だ。痛かろうが、苦しかろうが死なねえんだ。ここは無理を承知で無茶を押し通すのが俺たちだ」


 四階には挑戦する。無理でも挑戦する。できるなら五階まで突入だ。

 それは制限時間がどうとか、管理者がどうとかじゃない。そんなのは関係ない。前に進むのが俺たちだからだ。

 辛いのが分かってて回り道する奴が、無限への最短距離を走れるはずがないだろう?


「……分かりました。なんか残り二人もやる気みたいですし、あたしだけ一抜けもできませんしね」


 確かにお前に抜けられるのは困るな。最大火力なのは間違いないし。

 ……予想以上に< ヘヴィ・ペネトレイター >の威力があったが、あれは保険に近い。もう一発はあるが、それ以上は銃身が耐えられないだろう。……だから二発なのだ。むしろ二発撃てるのがすげえ。

 主に俺の治療で時間を取られるが、補助魔術の再使用を含めてなんとか時間内に準備は終わった。

 グレンさんに分けてもらったアイテム類はそろそろ残り少ないが、まだ許容範囲だ。武装の耐久値はまだまだ大丈夫。トマトちゃんズは……動けるのは残り三体らしい。予想以上に消耗が激しい連中だ。


「ニンジンさんは四階の部屋には入らず、そのまま待機。中から《 念話 》で攻略可能かどうかだけ伝えたら五階に入ってくれ」

「分かり、ました」

「さすがにこの三倍の数はなんとかなる気はしませんけどね」


 美弓の言う通り、これまでのパターンなら十層分強くなった上に数が三倍になるだろう。……これまでのパターンならな。


「それは違う気がするね」

「……だよな」


 フィロスが否定するが、俺も同感だった。ゴーウェンも頷いている。これは確信に近い。


「あの管理者の性格は掴めなかったけど、嫌な奴なのは間違いない。リディンより性格悪いんじゃないかな」

「アレを比較対象にするのはともかく、この流れだと違うだろうな。……嫌がらせが待ってるはずだ」

「……なんか、こういう事に慣れてる感じですね」


 そりゃな。

 相手側に立ってどんなハードルを用意すれば相手への嫌がらせになるか。赤髪の吸血鬼さんあたりが考えそうな事を想像すれば、大体当たってるんじゃないかと思う。俺たちは三人共、それを散々やられた経験者なのだ。


「じゃあ、何体出てくると思うんですか? まさか百体とか……」

「「一体」」


 俺とフィロスの答えが重なった。……良く分かってるじゃねーか。

 美弓は呆気にとられたような表情を見せたが、少し考えると合点がいったらしい。この展開なら、ボスは一体だ。

 奴がエンターテイナーならそうする。迷宮都市の運営と似たような考えだ。おそらく精神構造だって似通った部分があるだろう。

 グラスもラスボスといえなくはないが、あれはグレンさんのボスだ。俺たちのそれとは別に設定しているはずだ。


「……そういう前提なら、一点。パッチワークというよりはパラサイト・レギオンですが、あいつらには弱点があります」

「なんだ、何か見抜いたのか?」

「あいつらの体の重要箇所にパラサイト・レギオンが寄生しているのを確認しました。ほとんど癒着、一体化してますが、完全に引き剥がせば本体の動きも止まります。……複数なら正直あてにはなりませんけど、一体ならそれを狙えるかと」

「重要箇所……場所は……って、バラバラか」


 あいつら脳が空の事もあったし、そもそも形状もバラバラだ。さっきの奴なんてほとんどドリルだし。


「もしも人型なら……脳か心臓……だと思います」

「確実じゃなさそうだが、狙う価値はありそうだな」


 どうせ勝機の薄い戦いなんだ。博打になるならそれでもいい。《 トマト・キャノン 》の精密射撃でなんとかなるかもしれないというなら、そのお膳立てをするのが俺たちの役割だ。


 制限時間が終わる。あとはこのまま四階に駆け上がり、最後の部屋に挑むだけだ。……いや、理想を言うならそれに勝ったあと、五階に雪崩れ込む。

 その前に終わってしまう可能性もあるわけだが……それは気にしない。

 五階の情報が分からないのが地味に嫌な感じだ。まさか苦戦してないよな。




-6-




 四階はこれまでよりもシンプルな構造だ。階段とドアが一つだけで、何もない円形の部屋が広がる。


「んじゃ行くか。ニンジンさん、伝令は頼んだ」

「りょーかい、です、ぶちょー」


 ニンジンさんを一人残し、俺たち四人はドアを潜る。

 そこは予想以上に広い空間だった。俺たちが出てきた塔の全周をぐるりと囲む形で部屋が広がっている。おそらく反対側はドーナツ状に繋がっているのだろう。四階よりもあきらかに広い。……いかにも、巨大モンスターを用意していますよ、という雰囲気だ。

 消えたドアから向かって反対側、部屋の奥に見慣れた魔法陣が出現する。


「さて……何が出てくるかね」


 美弓にはああ言ったが、複数体という可能性も十分にある。あの管理者が何も考えてなければ、二十七体のパッチワークという線もあるだろう。


「…………」


 だが、出てきたのは予想外の存在だった。大型でなければ複数体でもない。魔法陣の上に立っているのは一体の人型。そこまではビンゴだ。

 背は高いが俺たちと大差はない……ああ、良く知っている顔だよ。


「ベレン……ヴァール」


 この戦いで身柄を賭けられた男がそこに立っている。

 最後の最後で悪趣味極まりない展開だ。ああ、あの管理者良く分かってやがる……最悪だ。


「まずいですね。……アレ、普通の状況じゃありません」


 そんなのは見れば分かる。あきらかに本人の意識がない。目は俺たちを映していない。

 銀の髪は逆立ち、頭に生えた二本の角は禍々しく形状を変えて巨大化している。何より表情に理性が見当たらない。

 その手にはラーディンで支給された鉄の剣ではなく、謎の黒い大剣。

 黒い瘴気を纏い、立ち上る殺気は野獣のそれと大差ない。ビリビリと伝わってくる圧倒的気配は、あの変形したグラスに近い強者だと言っている。

 そんな凶暴な気配を漂わせながら、ベレンヴァールは一歩ずつ近付いてきた。


「種族名:パラサイト・レギオン、名前はベレンヴァール・イグムート。ベースLv83。クラスは……< 魔王 >」


 フィロスが《 看破 》した内容は、目の前のベレンヴァールが完全に敵である事を証明していた。だが、それよりも……。


「……< 魔王 >?」


 ……おかしい。ニンジンさんが《 看破 》した時はクラスはなかったはず……。


――《 ヴィヴィアン、今すぐ五階に走って! 四階攻略は困難と判断。時間追加なしで攻略を目指してって伝えて 》――

――《 ……何かあったの? 》――

――《 相手はベレンヴァール。詳細は不明だけど、< 魔王 >のクラスが付与されてる 》――

――《 ……了解。頑張ってミユミちゃん 》――




 ニヤリと不気味な笑いを見せた魔王が、ここが俺たちの死地だと告げていた。



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