第12話「管理者」
-1-
『……無限回廊の挑戦者諸君。我が管理者領域、無限回廊マイナス二〇〇層へようこそ』
その短い挨拶に含まれたあまりの情報量に、一瞬軽くパニックになりかけた。
落ち着け。俺が対応を強いられているわけでもない。順番に情報を整理しろ。
まずこいつは、俺たちが無限回廊に挑戦している事を知っている。そしてここは無限回廊であると。更にここはその管理者領域。……管理者領域ってなんだ。……何より、マイナス? 何故、階層に負の数値が存在する。逆走でもしてんのか? いや、マイナス層というのが、管理者の領域という意味……なのか?
その言葉を聞いて脳裏を過る風景は、あの白い世界。石柱の設置されたそれ以外何もない空間だ。
俺たちはあそこからここに転移した……ように見えた。だが、その感覚は転移とは異なる物だ。あれは、むしろ空間の書き換えとか、そう言った言葉のほうがしっくりくる。
転移の体験があるから、白い空間を体験したのが二回目だからというのはあるだろう。もしも俺たちが移動したわけでなく、ここがあの白い空間と同じ場所だとしたら、俺は管理者領域を知っている。
無限回廊の管理者と言われて、真っ先に思いつくのはダンジョンマスター杵築新吾だ。ここにいるほとんどの者がそれを連想するはずだ。そして、それはおそらく間違ってはいない。ならば、この少女がダンマスと同じ存在という事なのか? ダンマスを見ていれば、外見だけで判断する事などできないというのは分かるが……しかし、あまりにも見た目と印象が一致しない。目の前にいる少女は、どこにでもいるような街娘だ。
黒幕と言われるよりは、ベレンヴァールがそうしようと思ったように、庇護の対象となるべき弱い存在にも見える。事前情報では、こんな場所に姿を見せるような立場では……そもそも歩けもしないはず。
こんな場面でなければ演技を疑うところだ。そうじゃないとしたら、洗脳……いや、別の何かに乗っ取られている?
――《 名前:グラス・ニグレム、種族:パラサイト・レギオン……。
グラスを《 看破 》した際のニンジンさんの言葉が蘇る。……パラサイト? この子も寄生されているのか?
「誰だ、貴様。サティナをどこにやった」
『失礼、失礼。この世界に干渉するための稀少な適性持ちなんだ。許して欲しいな』
ベレンヴァールの反応は冷たい。自分が助けようとした相手に向けるそれではない。はっきりと別の存在だと分かるほどに様子がおかしいという事だ。
彼女を知っているはずの美弓に目をやっても、驚愕して俺の視線に気付いた様子すらない。
『意識がない間、間借りしてるだけなんだ。接続してるだけで、死んだとか中身を食ったとかいう事はないから安心して欲しい』
「……それで、その間借りしている貴様は何者だ」
『ああ失礼。私は君たちが挑戦している無限回廊の管理人。正確にはその一人だ。管理者は人ではないから一人というのもおかしな話だがね』
管理者は人ではない? 寄生生物というなら人でないのは分かるが、その括りだとダンマスも人ではなくなってしまう。
『名前はないので、……そうだな、"サティナ"とでも呼んでくれ』
名前がない……。それはともかくとして、乗っ取った宿主の名前で呼べというのは悪趣味だな。ベレンヴァールを挑発しているようにしか見えない。
ポーカーフェイスを貫いているが、隣にいるとすさまじい怒りが立ち込めているのを感じる。
「貴様が何者だろうと、その子に手を出させるわけにはいかないんだ。とっとと出て行ってもらおうか」
ベレンヴァールが腰の剣に手をかける。
『……うーん、君、少し邪魔だな。ちょっと黙っててくれないか』
「なに……を……」
急にベレンヴァールの動きが止まった。
「どうした、おいっ!!」
叫んでも反応はない。
手を伸ばすと、何かに拒絶されたような感覚があった。壁……ではない。何か空気の断層のような……。
石像……いや、まるでベレンヴァールの周りだけが時間を止めたように硬直していた。
「……ベレンヴァール氏に何をした」
『あー、警戒しないで欲しいな。別に君たちと敵対するつもりはないし、その黒いのにも特に危害を加えたわけじゃない。そいつの周りだけ時間を止めてるだけだよ』
「時間停止……だと」
グレンさんが絶句するのが分かった。俺にだって、それがどれだけの離れ業かくらいは分かる。
しかも、あいつは何もアクションを起こしていない。魔術もスキルも、それに伴う動作一つなしにベレンヴァールの動きを止めたのだ。
警戒するなと言われても、そりゃ無理ってもんだろう。こいつを警戒せずに、何を警戒しろってレベルだ。
『さて、うるさいのが静かになったところで……改めまして、この世界における無限回廊の挑戦者諸君……代表は……君かな?』
大仰な身振りを見せ、サティナ……管理者の視線がグレンさんに向けられる。この中での力関係は分かっているらしい。
「ああ、私でいい。……それで、一体何の用なんだ。こんな大規模な仕掛けまで用意して」
『なに、同族探しだよ。世界を跨いだ物だから大規模にもなるのさ。これだって苦肉の策なんだ』
「……同族?」
それは、サティナの、という事ではないだろう。おそらくベレンヴァールの同族という意味でもない。何か良く分からない、サティナに寄生した者の同族という事なのか?
「私……いや、我々の内の誰かがお前の同族だというのか?」
『……いや違うね。残念だが、この実験は惜しくも失敗らしい』
こいつの言う同族についての見当は付くが、現状との結び付きが分からない。
『しかし、しかし惜しい。せっかく網に引っ掛かったと思ったら、到達層が九十八層とは……』
無駄にオーバーアクションで、残念そうな声を上げる管理者。
「……私の事か?」
到達層って、無限回廊の攻略層の事か。九十八層は確か現在の最前線のはずだ。つまりグレンさんが到達している層で合っている。
無限回廊の到達層を確認する方法なんて、今のところ自己申告以外にはないはずだ。攻略完遂した層からしか無限回廊に挑戦できない以上、記録はあるんだろうが、《 看破 》で表示されるようなものじゃない。
……管理者とやらだから分かるのか?
『Lv100オーバーで一〇〇層に至っていないとは随分と慎重な事だ。これは条件を見直す必要があるな』
「……なんの事だ。さっきから言っている事が掴めないんだが、説明してもらえないだろうか」
そう言うグレンさんは緊張を解いてはいないものの、穏やかだ。少なくとも敵対しようという意思は見られない。
グレンさんはこの管理者と何か交渉をする気なのだろうか。そりゃ、変身したグラスのように話が通じない事はないんだろうが……。
『私が用があるのはこの世界の管理者だ。権限を持たない者には用がない』
「権限……?」
シラを切るつもりなのか、グレンさんの反応は鈍い。
だが、その言葉で思い至らないはずがない。この場にいるほとんどが確信したはずだ……こいつの目的はダンマスだと。
グレンさんがチラリとこちらを見た。……黙ってろって事だな。《 念話 》で言ってこないのは、それを看破される可能性を考えての事だろう。
……俺は空気読める子だから黙ってるよ。置物のように突っ立ってるのはデーモン君で慣れたものだ。任せてくれ。
『まあいい、近隣世界にいる事は分かってるんだ。こうして引っ掛かる者もいるわけだし、同じような手を使えばいつかは捕まるだろう』
こいつはダンマスの存在に気付いてるわけじゃないって事なのか? ただ、手当たり次第に網を張っていると……。
つまり、ベレンヴァールに仕掛けられた罠はグレンさんのLv100以上という数値だけに反応した……トラップ。
『あー君たち、そこの黒いの以外はもう帰っていいぞ。用はない』
「待て。この事態がどういう事なのかの説明もなしにただ帰れとはふざけた言い分だな。それにこちらもベレンヴァール氏に用があるんだ。置いてはいけない」
『……説明ねえ。しても構わないが、非常につまらない状況だな。正直面倒だ』
そいつは心底どうでもいいという態度で言う。隠しているわけでももったいぶっているわけでもなく、ただ手間の問題だと。
力尽くで、というのは難しいだろう。変形したグラスの存在もそうだが、あいつは更に得体がしれない。
ダンマスの事を出せば交渉にはなるかもしれないが、本人がいるならともかく、目的が分からない以上それは危険過ぎる。
『ま、いいだろう。もうすぐ一〇〇層を超えそうな君に、先達としてこれからの事を教えてあげよう』
「……それはどうも」
『我々は同志を求めているのだ。数多に存在する世界を巡り、無限回廊の管理権限を手に入れた者を探してる』
「一〇〇層を超えるとその管理権限とやらが手に入ると?」
それはグレンさんも知っている事。ただ、相手に感付かれないための保険のような確認作業だ。
『ああそうだ。その近隣世界の管理権限。神に一歩近付く。言ってみれば亜神だな』
「……その亜神……管理者を見つけてどうする」
『特にどうもしない。ただ会いたいだけさ。我々は、いわゆる同類という者が極端に少ないからな。会ってみたいと思うのは当然じゃないのか?』
好奇心……なのか? 理解できない。誰が好き好んでこんな怪しい奴と会いたいっていうんだ。ダンマスだってお断りだろう。
「その相手が拒絶しても?」
『ああ、拒絶。いいね、それもいい。負の感情は私の薄れた我を呼び覚ましてくれる。無関心は喜ばしくないが、それでも相手を振り向かせようと思う事ができる。相手がいるというのはいいものだ』
「悪いが、理解できないな」
『もうすぐ一〇〇層を超える君ならじきに分かるだろうさ。……我々はひたすら孤独だ。永遠とも呼べる時間の中で欲や我を失っていく。元々持っていた物がゴミになっていくんだ。……となると同じ価値観を共有する者を求める。自然とそれだけを求めるようになる。会った結果、どうなるかは問題じゃない。反発されても、拒絶されても、愛されても、嫌われても、殺し合いが始まっても面白いだろう。我々はそういうモノだ』
完全な視野狭窄に陥った狂人の考えだ。それだけしか見えていない。
……ダンマスがこれと同類? とてもそうは思えない。あの人は壊れかけで、表に出している程度は知らないが演技の部分も大きいのだろう。だけど、ここまで何も持っていないって事はない。
こいつはただひたすらに虚無だ。虚ろな人形にしか見えない。
「一体どうやって探すつもりだったんだ。こうして私がここにいる以上、何かしらの方法で絞り込んではいるんだろう?」
『知りたいかね? 薄々気付いているとは思うが、レベルで当たりをつけているだけだ。Lv100にもなれば一〇〇層くらい攻略していると思ったんだが、そういうわけでもないらしい』
「関係ない者も混ざっているように思えるが?」
『レベル持ちというだけで引っ掛かったようだが……そこが良く分からんな。何故、こんなにもレベルが離れた者が近くにいる? それほど差があるなら、協力して攻略しているわけでもないだろう』
「……彼らは私とは無関係だ」
それは苦しい言い訳じゃないんだろうか。どう見ても関係者だぞ。
『そうだろうがね。協力できるとしても、せいぜいそこの黒い髪の奴とドラゴンくらいかな。まあ、君か君たちかは知らんが、近い内に再度会いに来よう。……さっさと一〇〇層くらい攻略して来たまえよ』
だが、管理者はそのままの意味で捉えたらしい。 疑っている風でもない。……思考放棄しているのか、どうでもいい事なのか……それとも、奴にはそれが常識なのか?
「言われなくても攻略はするが……貴様はこれからどうするつもりだ」
『私か? やる事は変わらない。この近隣世界に災いを振りまいて、管理者が現れるのを待つ。知性体が存在するかどうかは判別できるようになったんだ。そう時間もかからないだろう。偶然とはいえそこの黒いのと線は繋がったから、別世界からでも呼び出せるだろうしね』
「ベレンヴァール氏をどうするつもりだ」
『私は管理外世界では大きく動けないからね。ソレには災いの芽を振りまく種になってもらう。今回は随分と早く網にかかったから自覚はないだろうが、その世界で争い事を大きくするように仕掛けをしてるんだ』
災い……戦争。予め、何かしらの仕掛けをしていた?
この戦争を引き起こしたのはベレンヴァールじゃない。だが、それが大きくなるように無自覚で動いていたと? いや、言っている事そのままなら、その前段階なのか?
この言い振りからして、こいつは……すでに似たような事をやってる。まさか、手当たり次第に平行世界を滅ぼして……。
「……それは、穏やかじゃないな」
『気に入らないのなら、一〇〇層を超えてから殺しに来たまえ。なんなら私から再度出向いてもいいぞ。この世界で十年後くらいには君も管理権限を得ているだろう?』
「……そちらの言い分は分かった。今の私が眼中にない事もな。だが、お前が用があるのはあくまで管理者であってベレンヴァール氏ではないだろう?」
『それを探す道具として必要なんだ。珍しく管理外世界から呼び出せたから研究サンプルとしても価値がある』
「だが、優先度が高いわけでもないだろう? 聞く限り代替は可能だ。要は世界を滅ぼす手と網としての役割がこなせればいいわけだからな」
『何が言いたいのかね?』
グレンさんはどうするつもりなんだろうか。口を挟めるような雰囲気ではないが……。
「最初に言ったように、我々も彼に用事がある。連れて行かれるのは困るんだ。……だから、取引といこうじゃないか」
『君に差し出せる物があるとは思えないが?』
「あるさ。言うように私は無限回廊一〇〇層の攻略に王手をかけている。お前の望んだ存在まであと一歩だ。予定通りなら、あと数ヶ月で完遂できるペースだぞ」
『なるほど、それは随分と早いペースだが……そうだな。……それで?』
「攻略して管理者権限とやらを手に入れたら真っ先にお前に連絡すると約束しよう。もちろん連絡手段は用意してもらう必要はあるが」
『だから、そいつは置いていけと』
「そうだ。永遠の時を生きているというのなら、数ヶ月ほど度瞬きをするのと変わらないだろう? ここは先輩として譲ってはくれないかな」
『…………ふむ』
これは……脈ありなのか? あいつの価値観が独特過ぎて、さっぱり理解できない。
『……いいだろう。私もそれほどその黒いのに執着しているわけでもない。なりたてとはいえ、この世界の時間にしてたった数ヶ月で同胞と出会えるのなら、それは収穫だ』
「なら、交渉成立だな」
『いや、単にそれだけじゃつまらない。ここは余興といこうじゃないか。……その黒いのを賭けて勝負をしよう』
「……なんだ、お前と殺し合えとでも?」
『ここは無限回廊だ。別に死にはしない。それに、権限を持っていない相手と殺し合っても私は楽しくないし、ここまで実力の隔絶した相手とハンデ戦というのもつまらない。……まあ、殺し合うといっても、我々を滅ぼす方法があるのかは知らないがね』
あいつの実力は分からないが、一〇〇層は軽く超えて攻略しているんだろう。ダンマスほどの力を持っていると考えた方がいいのか?
どう低く見積もってもグレンさん含めた俺たちが対峙していい相手じゃない。
『ああ、せっかくだ。ここにいるこいつ。こいつと戦ってもらおうか。レベルはちょうどいいくらいだろ?』
管理者はそう言いながら、不気味なフォルムの巨大生物を手で叩く。それは、先ほどから微動だにしないグラスの成れの果てだ。
「……いいだろう。お安い御用だ。ただ、私以外の者は……」
『せっかくだから、周りの者たちにも参加してもらおうじゃないか。いくら弱者とはいえ、ただの見学じゃつまらないだろ?』
勝負とやらから俺たちを除外しようとしたグレンさんに待ったをかける管理者。余計なお世話だよ。
『昔、似たような状況があったんだ。その時の残骸もあるし、再現といこう』
「一つ確認したい。……ここは無限回廊という事だが、死んだ場合はどうなる」
『ん? 知っての通り無限回廊の零層……この世界のどこかに放り出されるだけだよ。どこかは知らん』
……なんだそのルール。ゼロ層?
「……分かった。その条件を飲む」
『よしよし、では、無限回廊マイナス一五〇層あたりの空きスペースを使うとしよう。少しだけ待っていてくれたまえ、作戦タイムというやつだ』
――System Command《 ダンジョン・クリエイト 》――
再び、俺たちの視界が切り替わり、景色が変わった。
-2-
瞬きもせずに視界が切り替わった。俺たちがいるのは石造りの四角い部屋だ。
転移とは違う、ラーディン王城へ移動した際と同様の現象だ。……管理者領域内で新たに造られた空間って事なんだろうか。
場所以外の違いは……あの管理者と化物、そしてベレンヴァールがいない。さすがに賞品までは一緒にするつもりはないらしい。
……余興と言っていたが、暇潰し程度にはなると判断したって事か。これができるなら、交渉なんて関係なく俺たちだけを排除する事もできたはずだ。それを曲がりなりにも勝負の形に持っていけたのは大きい……のだろうか。正直、弄ばれているだけという可能性も捨て切れない。
だが、ベレンヴァールの身柄もそうだが、それ以上にあいつの情報を集める時間が取れる。状況次第では、ベレンを見捨てる事も考えるべきなのか……。それを判断するのはグレンさんになるんだが……それを許容していいのか?
混乱は大きい。訳の分からない事ばかりだ。それはきっとグレンさんだって同じはず。
「……すまんな。どうやら妙な事に巻き込んでしまったらしい。上手く私だけに対象を誘導できれば良かったんだが」
――《 盗聴の危険もあるから、ここから重要情報のやり取りは念話で行う 》――
グレンさんは通常の会話を始めつつ、《 念話 》でのやり取りも始めた。
確かにここは敵の腹の中だ。慎重になってなり過ぎるという事はない。念のため、頷きもせずに会話を続ける。
「大丈夫です。問題ありません。というか、今更ですよ」
わけも分からず巻き込まれた夜光さんが許容するのだから、そもそも依頼されて来ている俺たちは何も言えない。
これが当初想定されていた出来事かっていうと、そんなわけないんだが。……ウチのマネージャーが立てたフラグ以上に変な事態になってしまった。まだドラゴンの強襲の方が対応が楽だった。あいつには今度フラグ管理について詳しくレクチャーしてやらねばなるまい。
――《 この念話自体が傍受されている可能性は? 》――
――《 ないとはいえんが、低いはずだ。先ほどの会話の途中でフェイクをいくつか仕込んだが、一切反応がなかった 》――
そんな事をやっていたのか。確かにそれに気付いたような反応はなかった。演技って線もあり得るが、判断のしようがない。
――《 パラサイト・レギオンは群体種族ですからね。同種である事が前提ですが、意思の疎通に言葉は不要ですから常用しないんでしょう 》――
――《 夜光は奴らを知っているのか? 》――
――《 俺の生まれた地方で時々見かけた種族の亜種でしょう。絶対じゃありませんが、つまり個別の意思疎通は不要と考えている可能性があります 》――
――《 なるほど、これからも含めて、出てくる奴はすべて情報共有していると考えた方がいいな 》――
グラスの種族は< パラサイト・レギオン >だった。サティナに寄生しているという事なら、あの管理者も同じ種族という事は十分に有り得る。
……群体の感覚なんて分からないが、蟻なんかと同じって事なんだろうか。あんなのが、外をうろついてる地方があるの? 超怖いんですけど。
――《 ダン……杵築さんの事は…… 》――
――《 念話でも極力出さないように頼む。最悪の場合は交渉材料にする事も考えたが、不確定要素が大き過ぎる 》――
念話でもダンマスとは言わない方がいいな。ダンジョンマスターなんて、まんまの呼び名じゃバレバレだ。
思考が読まれてるならどうしようもないが、そちらは対策のしようがない。もうたくさんダンマスダンマスって考えてるし。
「ヴィヴィアン、あの管理者のステータスは見た?」
美弓たちはあいつに聞かれても問題ない会話を始める。何も喋らず黙ってるのも不自然だから必要だろう。
「何も、見えません、でした。差が、あり過ぎ、ます」
ニンジンさんに見えないのなら、この中で奴を《 看破 》できる奴はいない。
夜光さんのスキルレベルは知らないが、戦闘特化である以上そちらのスキルは重要視していないだろう。
「あんなのを見破れなかったのは、擬態ではなく寄生して一体化してたからなのかな……それともレベル差?」
「そもそもが想定外の相手なんだ。どんな方法で監視を擦り抜けたかなんて分からんだろう」
「今後の課題ですねー。……はあ、ちょっとショック」
話に聞く限り、グラスもサティナも美弓の監視下にあったはずだ。それを潜り抜ける手段はいくつか想像は付くが、現時点ではどうやっても推測の域は出ない。グレンさんの言う通り、未知の存在過ぎて対応不可能な手段というのも十分に有り得る。
――《 あいつはマイナス二〇〇層って言ってましたけど、二〇〇層までしか攻略してないって事じゃないんですかね? それなら……なんとか 》――
――《 ここがマイナス二〇〇層と言っていただけで、奴自身がどうかは分からないからな 》――
上手い事聞き出せれば良かったんだが、あいつ自身の攻略層は分からない。
ダンマスは、自分の持っている権限は一〇〇層までと言っていた。攻略層と権限が一致しないなら、あいつが一〇〇〇層以上攻略している可能性は十分にある。
少なくとも権限はあちらが上なのだ、下手にダンマスの存在をバラせば取り返しの付かない事になりかねない。世界間戦争なんて始まったら目も当てられないしな。
どうしようもない場合ならともかく、現時点では交渉の余地はある。なら、まずその手で当たるべきだ。
――《 誰かが死ぬといった最悪の事態は避けられそうだが、面倒な事になったものだ 》――
――《 最前線のトップであるグレンさんが死ぬのは致命的ですしね 》――
――《 私は……そうでもないだろう。おそらく渡辺君やミユミ君のほうが重要度は高いはずだ。私が一番代替が利く立場という事もあるしな 》――
――《 そんな事はないんじゃ…… 》――
< アーク・セイバー >で一番表に出るのはこの人だ。実質的に迷宮都市の顔といっても良い。
――《 あるんだよ、それが。夜光もそう思うんだろ? 》――
――《 俺に振られても困りますが、……そうかもしれませんね。あくまであの中ではって評価ですが 》――
――《 軽んじられているとは思わないが、無理をすれば代替は用意できる、というのが私の立ち位置だ。その点、君たちは替えが利かない 》――
そうだろうか。レコードホルダーだから? それとも元日本人だから? グレンさんが知っているかどうかは知らないが、無限回廊の深層に関わる手掛かりを持っているから? どれも重要ではあるだろう。だが、それはグレンさんの重要性を下げるものではない。ダンマスはグレンさんを失う事は決して許容しないだろう。少なくとも軽くなんて見ていない。
あの管理者は、自分とその同種以外はゴミだと言った。だが、賭けてもいいがダンマスはそんな価値観で動いていない。たとえ擦り切れても、大切な物は分かってる。だからこそ、ああして立っていられるんだ。
近しい人や創造物であるモンスターたちは、彼を盲信しているところが大きいようにも見える。
それは立場や生い立ち、様々な要因によるところもあるんだろう。ダンマスも、それを理解した上で動いてるという面もあるだろう。
だが、それだけじゃない。ダンジョンマスターではなく、杵築新吾という存在そのものに惹かれている部分だってあるはずなんだ。
俺には、彼が周りを不要と断じて切り捨てられるような存在には見えない。
もちろん本質は理解し切れていない。実際分からない事だらけだ。だけど、そんな男だからこそ、あんな先まで行けたんじゃないかと、そんな気がするのだ。
あいつとウチのダンマスは同じ管理者なのかもしれないが、その在り方は決定的に違う。そう言い切れる。決して相容れないモノだ。
「グレンさんは必要です」
「……そうだな。そう言ってもらえると助かるよ」
《 念話 》ではなく、思わず口にしてしまったが、それは間違っていないと断言できる。ダンマスにも俺たちにも、迷宮都市にもこの人は必要だ。
人が人らしく。生物が生物らしく在るためには、余計なものは必要なんだ。
そういう物を少しずつ失って、あるいは切り捨てていった先にある成れの果てがアレなんじゃないかと思えてしょうがない。ダンマスはそれを知っている。気付いている……はずだ。
「……なるほどね」
夜光さんが俺を見て、何かを理解したという表情を見せる。思わせぶりなその顔で見られると、まるで値踏みされているような感覚を覚える。
……あまりこの人に評価されたくないと思ってしまうのは、考え過ぎだろうか。興味持たれたら斬られそう。
「どちらにせよ、我々がここで死ぬ事はないというのは大きい。グラス……あの化け物に関してもそこまで問題じゃないだろう」
「あの化け物はグレン隊長でもなんとかなるんですか?」
フィロスの懸念はもっともだ。ニンジンさんの《 看破 》情報だけでも間違いなく強敵。その上、相手の情報がない。
「Lv100オーバー相手だろうが、こちらの人数が少なかろうが、戦い方はいくらでもあるさ。そういうのは慣れてる」
「勝算はどの程度を見込んでるんですか?」
「未知の部分を含めて、五分といったところだろう。エルミア以外なら絶対勝つと言うだろうから、情けない話だがな」
言いそうである。そして、本当に勝ってしまいそうだ。しかし、それでも結構な自信なんじゃないだろうか。
「これから提示されるルール次第だが、あいつと戦うのがもし私一人でなくていいのなら勝率は跳ね上がる。……夜光はあの手の輩とやり合った事があるか?」
「さすがにLv100オーバーはないですが、近い種族なら……俺とグレンさんで相手にしていいなら問題ない相手です。リンダがいれば確実に」
マジかよ。三人……二人と一匹なら勝ち目があるとかじゃなく、確実に勝てると言い切れるのか。
「ただ、あの手の輩は時間がかかるな。一体だけでも数時間は必要になりそうだ。夜光の火力があっても一時間は切れないだろう?」
「それはさすがに難しいでしょう……あちらが小細工をしてこないとも限らないし……向こうさんが提示してくるルール次第ですね」
「……あいつはこの勝敗などどうでもいいと思ってそうだがな」
これは[ 鮮血の城 ]の特殊イベントのようなものだ。負けたらベレンヴァールを失う、相手はロッテほど優しくない未知の存在って違いはあるが……って、全然違うな。
まあ、勝負の条件や環境は違うとしても、ダンジョンを利用したゲームという事に変わりはない。最悪でも俺たちの全滅というケースは回避できている。
「それに、ここが無限回廊というのなら、ホームみたいなものです。準備不足の感はありますが、死なないならいつも通りの戦い方でいい」
「それはそうだが、あくまでここが相手の腹の中だと言う事は忘れるなよ」
「りょーかいです」
夜光さんはこの状況にも拘らず飄々としている。その印象は剣刃さんにも似ているが、また違うようにも感じる。性格を掴めていない事もあるが、この人は緊張したりはしないのだろうか。……まあ、今は夜光さんの性格についてはいいだろう。
しかし、どうにも気になる。
無限回廊について俺たちが知らない事があるのはいい。マイナス層なりゼロ層なり、実際攻略に結び付かない情報はダンマスが不要と判断して情報を出してなかっただけの可能性は高い。管理者領域の事だってそうだ。
だが、あの管理者……ベレンヴァールもそうだが、ダンジョン攻略やその環境について、俺たちと随分差があるように感じる。
あと二層を数ヶ月で攻略する事を早いと言い、Lv100で一〇〇層に到達していない事を慎重と言う。冒険者の人数にしても、ベレンヴァールの世界は随分少ないように言っていたが、あの管理者はそれ以上……まるで仲間が存在しないような言い方だった。
世界ごとに常識が違うというよりはむしろ……ベレンと管理者の世界が近しい環境で、他の世界も似たような……むしろ俺たちの世界のほうが異端のような……そんな印象だ。
交渉といったって、グレンさんは突飛な事やハッタリを言ったわけじゃない。そういう世界間の認識のズレが誤解を呼んで、上手い事話が進んだようにも見えた。
「……ところで、ここでどれくらい待てばいいんですかね?」
トマトさんがしゃがみ込んでぼやき始めた。さっきから裏で関係ない事も喋っていたが、これは単純に愚痴だろう。
見れば、隣では釣られてニンジンさんもしゃがんでいる。並ぶと小学生が遊んでいるようにしか見えない。
「奴の感覚を私たちと同じで捉えるのはまずいだろうな……年単位はやめて欲しいものだが」
――《 最終的な目標はどうするんですか? ベレンヴァールを取り戻せたとして、あいつを放置するとか 》――
――《 最悪の場合はそれもやむ無しだが、手は打っている。……こちらの勝算はあまりないが…… 》――
そうだとしても、ここがダンジョンである以上時間の流れが違う。現時点でコンタクトが取れていない以上、救援は見込めないと思ったほうがいい。
「それは……勘弁して下さいよー。あたしもう半年くらいさまよってるんですけど……」
「……それはご愁傷様としか言いようがないが……もうちょっと我慢してくれ」
トマトさんは死活問題だよな。俺たちがいる分あそこよりはマシだろうが、そろそろ家に帰りたいんじゃないだろうか。
――《 現実的に考えるなら、やれる事はやって他の事はあとで対応する事になるだろうな。欲をかくならあいつを拘束したいところではあるが…… 》――
それは、俺たちには無理難題じゃないだろうか。
「遅くなるようなら大声で叫べば聞いてくれるんじゃないか?」
「聞いてるなら大声じゃなくても気付きそうですけど……」
そろそろ、念話と通常の会話で頭がこんがらがって来た。口を挟んでこない奴らは面倒臭いからに違いない。
「フィロスはこんな状態でも落ち着いてるな。……ゴーウェンは相変わらず良く分からんが」
「ん? そうかな……」
かなりの急展開だったはずなんだが、フィロスも夜行さんと同じくらい落ち着いているように見える。さっきから口を挟んでくる様子はないが、ゴーウェンも馬も表面上は平静だ。まさか、まったく関係ない合コンで知り合った女の子と遊ぶ予定を立てていたとか……いくらなんでも、そんな事はないだろうな。どんなむっつりやねん。
「君といるとこんな事ばっかりだし、慣れてるからね……」
「俺のせいかよ」
「せいというか、おかげというか……」
どっちにしても、俺本人が落ち着いてねえよ。変な事ばっかりに巻き込んでるのは確かだが、俺は今回脇役じゃねえ?
「まったく、想定外の事ばかりだ。これじゃ、また剣刃に笑われてしまう」
「グレンさんは昔からそういうところがありますからね。以前、酒の席で『あいつは想定外の事があるとすぐパニクりやがる』って笑ってましたよ」
「あいつめ……前に出る事が多くなったから、これでもマシになったんだぞ」
「大丈夫ですよ。ちゃんと代表やれてますって。昔の動画とか良く見せられましたけど、全然違うじゃないですか」
「……頼むからその話はやめろ」
本当に嫌そうだ。グレンさんも成長の途中という事なんだろうか。
俺はあまり拘らないタイプだが、過去を恥ずかしいと思う奴には迷宮都市の動画システムはキツイものがあるよな。大体の記録は残ってしまっている。
……サローリアさんの恥ずかしい記録とかも公開してくれないかしら。
「まだ時間がかかりそうだな……ルールが分からない以上、他にやれる事は……よし、フィロス、ゴーウェン」
「は、はい、なんでしょうか」
「お前たちと……渡辺君にもいくつか武装を渡しておこう」
あ、そうか。こんな不測の事態ならダンマスだって文句は言わないだろう。
俺たちが主戦力ではないとはいえいい武装があれば、多少でも勝てる可能性は上げられる。パワーレベリングにはならないぞ。
「……とは言ったものの、こうして見ると手持ちにはロクな物がないな。能力値制限に引っ掛かりそうな物ばかりだ」
《 アイテム・ボックス 》か何かを覗きこんでいるのか、中空を見てグレンさんが言う。
こうして中空を見るのは冒険者やギルド職員にも多い。俺たちが使っているスキルとは違うものなのかもしれない。
「《 アイテム・ストレージ 》で倉庫と直結していればまた違うんだがな」
「グレンさんに< 荷役 >を期待している人はいないと思いますが」
どうも、武装という物は上級ランクに向かうにつれて何かに特化し、代わりにマイナス特性や能力値制限が付くものらしい。
俺の< 童子の右腕 >のような専用アイテムは実は他に例がないらしいが、それでもほとんどが個人用にカスタマイズされたものだ。
ここでグレンさんが用意できるのは上級ランク、それもトップレベルの物だから、当然俺たちの能力値では扱えない物も多く、扱える物でも何かしらの問題のある物が多いようだ。
ここが迷宮都市なら、倉庫から直接物色できるんだろうが。出先だからしょうがない。
結局、グレンさんの手持ちで俺たちに扱える武装はあまり多くなかったため、数える程度しか武装の強化はできなかった。
ゴーウェンは腕力が常時強化される小手< オーガパワー・ガントレット >、フィロスはグレンさんとポジションが近いために盾と片手剣が、俺もそれに近い剣を借りる事になった。
ただ耐久性、攻撃力、斬撃強化に優れているだけのものだが、それでもかなり強力な物には違いない。《 サイズ調整 》も付加されているので、すぐに慣れるだろう。
「オマケで、渡辺君には俺からこれを貸してあげようか」
「え?」
そう言って夜光さんが取り出したのは一本の刀だ。
「< 侍 >クラス持ってるんだろう? これなら、なんとか使えるはずだ」
「いいんですか?」
「この状況で戦力強化できる物をケチるほど馬鹿じゃない」
受け取り、抜いてみると、血のように真っ赤な刀身が姿を見せた。吸い込まれるような、妖刀と言われてもおかしくない魅力を放つ刀。
「銘は< 紅桜 >。俺の昔の愛刀だ。貸すだけだから、壊さずにちゃんと返してくれよ」
「……はい」
使ってないのに持ってるって事は、やっぱり大事な物だよな……壊したら弁償で済むんだろうか。ダンマスに泣きつけばなんとか……。
やばいな、これ壊すフラグじゃね?
「あたしも何か貸せたら良かったんですけどねー。ポジション全然違うし、護身用の剣はあげちゃったし……」
「< 射撃士 >から何か借りようとは思ってねーよ」
「なんならトマトちゃん貸しておきましょうか。あんまり戦闘力はないですけど……」
「いや、なんとなくだけどいい……」
トマトちゃんがなんだか知らないが、こいつ本人の事ではないだろう。正直、その響きだけで敬遠したい。受け取ったら微妙な気分になりそうだ。
その後、消耗品についてもある程度渡された。グレンさんたちが戦闘中に使わないような微妙な性能の物ばかりだが、俺たちにとっては高級品だ。
迷宮都市の外なら国宝になったりする類のポーションなどだが、これは返さなくてもいいらしい。ここで使わなくても後々有効利用できそうではある。
死んだらロストするだろうから、ケチって使用しないっていうのは悪手だ。必要なら惜しみなく使わせてもらう。俺はエリクサーを惜しみなく使うタイプなのだ。
-3-
結局、管理者からのコンタクトがあったのは、それから軽く三十分以上経ったあとの事だった。
伝令役として部屋の中に突然現れたのは、貴族のような華美な服装をした小太りの中年だ。口から涎を垂らし、白目を向いているゾンビのような奴だが、一応ちゃんと自分で立っている。本人ではなく、寄生しているパラサイト・レギオンとやらが動かしているのだろう。
「ど、ドモも、マタタタタタ」
何を言っているのか分からない。……伝令役として機能していなかった。どうすんだよ、これ。
「……ラーディン国王」
トマトさんがその男を見て正体を言う。ずっと張り込んでいた奴の言う事だから間違いないんだろうが……あれがラーディンの国家元首か。よりにもよって、なんでその人選よ。
「元からああだったのか?」
「いえ……転移前はただのデブでした」
戦争している相手とはいえ、仮にも国家元首相手にただのデブとはひどい言い草である。
目の前のデブは、すでにただのデブですらなくなっているわけだが。
「で、デは、ルールのセツメイヲヲヲヲ……ああ、まどろっこしいな』
突然、ラーディン国王の言葉が流暢なものに変わった。いや、言葉が二重に聞こえる現象……重なる声は違うが、例の管理者と同じものだ。
『下等種は言語野の発達が遅くていけない。本当に同じ種族だったのか疑わしく感じるな』
「……管理者なのか?」
『ああ、面倒だから切り替わったんだ。代わりに私がルール説明をしよう』
あのまま続けられても、ちゃんとルール説明できたかどうかは怪しい。
だが、その代わりが本人なのか……。なんか、頼りになる部下のいない奴なんだな。支配下に寄生生物しかいないんだろうか。
……社長だけが実力のある零細ワンマン企業だな。世界を滅ぼせるワンマン社長だ。
改めて黒幕自らによるルール説明が始まった。
『これから君たちが挑戦するのは[ 静止した時計塔 ]。十二の部屋で区切られた円形の塔だ。そこにある階段を上れば、その最下層の中央部へと出る事ができる』
先ほどまではなかったはずだが、部屋の中から天井にかけて続く階段が設置されていた。ここからでは良く分からないが、その先は開いていないように見える。開始するまで移動はできないんだろう。
……しかし、こいつの世界も時計は十二進数で作られてるのだろうか? 迷宮都市もそうだが、かなり天文学的な確率になるもんじゃないのか? ……いや、どうでもいい事ではあるんだが。
『塔の構造はここを含めずに全五階。最上階にはボスを待機させてある。制限時間内にこれを倒せば君たちの勝ちだ。あの黒いのは素直に渡そう』
「一応聞くが、負けた場合は?」
『そのままあいつを連れて消えるとしよう。ああ、君たちが勝った場合でも、私は消えるから覚えておいて欲しい。賞品はあくまであの黒いのだけだ』
「……分かった。制限時間などのルールについて説明をくれ」
勝っても負けても自分は逃げると。グレンさんは逃がす気はない、という顔だが、果たしてどれくらいの勝算があるんだろうか。
『制限時間は三十分』
「……随分とスピード勝負だな」
『まあ、聞きたまえ。この制限時間を稼ぐのが君以外の挑戦者の役割という事にした』
それは俺たちの事か。
先ほどの会話の中で、グレンさんはグラスを仕留めるには数時間が必要と言っていた。夜光さんとリンダを加えた三名でも三十分以内の攻略は難しいはず。俺たちはその時間を稼げという事だ。
『各階には、この制限時間を増やすための仕掛けが用意してある。一階には五分区切りで十二部屋、二階には十分区切りで六部屋、三階は三十分で二部屋、四階は一時間区切りの一部屋を用意した。各部屋にはモンスターを設置してあり、これを攻略した時点でその部屋の区切り分制限時間が増える仕組みになっている。制限時間を気にしないなら、すべて無視してグラスを倒しに行ってもいい』
そのまま時計が分割されているのか。
つまり、すべてを攻略した場合は四時間がまるまる追加される事になる。この戦いは最短で三十分、どれだけ時間がかかっても四時間半で決着が付くスピード攻略って事だ。
「その途中の部屋は私が攻略しても構わないのか?」
『構わないが、各部屋で増加する時間分出入りを禁止させてもらう。途中入場はできないし、早く攻略しても出られない』
なるほど。制限時間を増やす場合でも、部屋の攻略者は同じだけの時間を拘束されると。
必然的に手分けする事を強いられるって事だ。当然、グラスと戦う主力はそこから除外する必要がある。
全員ですべての部屋をロスなく攻略したとしても、制限時間は変わらない。むしろ手間だけが増え、移動時間のロスの分時間は失われるだろう。
……これは、俺たちが挑戦すべき戦いだ。わざわざ見せ場を用意してくれたというわけだ。ありがたくて涙が出るね。
「中のモンスターを倒せず、その時間を超過した場合は?」
『その部屋の攻略は失敗。もちろん、制限時間は増えない。挑戦者はそのまま強制退出。同じ部屋への再挑戦も不可とする』
「各部屋の挑戦人数についての制限は?」
『ない。それぞれの部屋も、グラスへの挑戦も人数は問わない。何人で攻略してもいい』
「敵の強さ、種類などの情報は?」
『そうだな……目安だが、一階で無限回廊の四十層程度。そこから上に上がるごとにプラス十層程度強化されていくように調整してある。グラスは……君たちが《 看破 》していたようだが、一応秘密にしておこう』
わざわざ敵の強さまで調整してくれたって事だ。
無限回廊四十層といってもピンキリだが、なんとか俺たちでも攻略が可能な範囲だ。その上……二階の第五十層クラスになるとかなり危険は増える。
グレンさんたちが四階以下の攻略に参加しないなら、一階でも慎重に複数人で当たるべきだが……。
「スキル・アイテムなどの制限は?」
『五階以外は自由にしていい。四階と五階の間はあらゆるスキルを遮断させてもらうから、四階以下からの遠隔支援はできないと考えてくれ。当然中では自由に使えるから、全力で戦って欲しいな』
四階以下に関しては、《 念話 》で部屋の中とのやり取りも許可するって事だ。その他、部屋に挑戦する前に補助魔術をかける事もできるだろう。
「四階以下の挑戦中は出入りに制限をかけるとの事だったが、五階も途中入室はできないのか?」
『いや、五階だけはいつでも入室可としよう。ただし、退出は不可だ』
俺たちがあとから入室する事も許されると。
「最後だが、死んだ者の再挑戦は不可という認識でいいな」
『あー、そうだな。後付で悪いが、君が死んだ時点でこのゲームは終了としよう。メインディッシュが脱落したあともダラダラ続けてもつまらないしね。それ以外はこの世界の無限回廊のルールに準ずる。残念だけど、どこで復活するかは知らないから、その責任は取れない。……君たちの方が詳しいんじゃないかな』
[ 鮮血の城 ]のように何度も挑戦できるわけじゃない。すべて一発勝負。死んだらリタイアだ。
……ひょっとして、迷宮都市の病院に転送されるんだろうか。
「さあな……以上か?」
『そうだね。では、開始は、今から十分後としよう。健闘を祈るよ。せいぜい楽しませてくれ』
そう言い残すと、ラーディン国王はその場に崩れ落ち、爆発した。
「っ!!」
あたりに肉片と血が飛び散り、死臭がたちこめる。嫌な演出だな、おい。
-4-
「時間がないが、オーダーを決めるぞ」
ラーディン国王の末路は無視して作戦会議が始まる。
グラス同様顔を顰めてしまうような最後だが、因果応報ともいえる。あまり同情もできない。
相手側の国家元首が死んでしまったから、これで戦争も終わるのだろうか。……ここはダンジョンだから、案外終わったらケロリと生き返っているかもしれない。
「五階へは私とリンダ、夜光で向かう。ミユミ君は四階以下に残って部屋の攻略を頼む」
「了解です」
それは、確実にグラスを仕留める事を前提にした戦力だ。
美弓の遠距離援護はあったほうがいいんだろうが、なくても問題はないという事だろう。
「ブラックは攻略に参加せずに四階で待機。四階以下の攻略に問題が生じた場合の連絡役だ。入室のタイミングについての判断は任せる」
「承知した」
ブラックの戦闘力は分からないが、いくら高レベルでも冒険者でない以上そこまでは期待できない。
しかし、俺たちの攻略状況を伝える連絡役だって必要な役割だ。
となると、四階以下の攻略は俺とフィロス、ゴーウェン、ニンジンさんと美弓の五人って事らなるな。
「残りは四階以下の攻略を頼む。パーフェクトですべてを攻略する必要はない。ある程度時間を稼いだ上で、それ以上の攻略が困難と判断したらそこでストップして構わない。五階に合流するかは……各自の判断に任せる」
時間差を置けば四階以下の状況を五階のメンバーに伝える事はできるが、その逆は不可というのが地味にキツい。あとどれくらい時間を稼げばいいのか判断が付かない。可能であれば、パーフェクトで攻略したほうがいいんだろうが……。
「僕たちの方はロスタイムを減らす事を考えると、最低でも二チームに分散した方がいいね」
内部構造は単純なんだろうが、部屋の出入りや階の移動で時間はかかる。少ない人数を更に分ける事になるがしょうがない。問題はその内訳だが……。
「《 念話 》でタイミングを見計らって、交互に攻略する形にしましょう」
「チーム分けはどうする?」
「ヴィヴィアンを中継役として部屋の外に置きます。とりあえずセンパイ方は三人で組んで下さい。少なくとも一階ならあたし一人でも十分なはずなので」
「……分かった」
戦力を考えるなら無難だろう。一階だったら俺たちでも単独攻略は可能だろうが、最初だけでも余裕はあったほうがいい。死んだら脱落だからな。
ニンジンさんのサポート能力は部屋の外に置いても十分に機能するから、下手に一緒に部屋に入らないという判断も分かる。
「お前一人になっちまうが、気をつけろよ」
「……状況を見て合流します。ロスタイムを考えると極力分けた方がいいですが、脱落する方がまずいので。目安としては二階か、遅くても三階……」
「それくらいだろうな」
無限回廊六十層クラスになると、さすがに俺たち三人だけでは対処は難しい。絶対に無理ってわけじゃないんだろうが、どうしても死亡の危険性が出てくるだろう。
……こんな事なら、無理矢理にでもサージェスを連れてくるんだった。こんな展開を予想できたはずはないんだから、言ってもしょうがないんだが。
視界の隅に、何度か見た事のある[ 1:00.00 ]という数字が現れ、更にその値を減らしていく。残りは一分だ。
この手の時間表記は実に緊張する。必要ないはずの焦燥感が体の自由を奪っていく。周りを見ても緊張しているのは俺だけに見えた。少なくとも表には出していない。大したものだと思う。
全員、階段の前で待機する。壁で覆われていてその先は見えないが、このカウントダウンが終わると同時にどこかへと繋がるのだろう。
出た瞬間から別行動だ。美弓はともかく、グレンさんたちとはこの戦いが終わるまで会わないという事も有り得る。
「開始前に聞いておきたい事があるんだけどいいかな?」
「なんだよ、もう始まるぞ」
この土壇場でフィロスが話しかけてきた。
もうカウントダウンは始まっている。一分もしない内に攻略開始だ。事前に確認しておく事があるなら、多少とはいえ時間はあったはずだ。今更、こんな状況で何を聞くというんだろうか。
「……アレは、君の敵か?」
フィロスから出た問いかけは、この攻略とは直接関係ない、だが本来であれば持って然るべき疑問だった。
そのあまりに簡素な質問は、時間が押しているからとかそういう理由ではないだろう。盗聴の危険回避もあるんだろうが、おそらくはそれだけでも十分伝わると確信しているからこそだ。実際、聞きたい事は分かった。
――アレは俺の敵か?
あの管理者を名乗る奴は俺が殺したい奴か。あいつが、俺に謎ギフトを植え付けたのか?
「……違う」
あいつは違う。別物だ。立ち位置的には有り得なくもないが、それは違うと断言できる。
あの管理者は正直好きじゃないし、嫌悪感すら抱いている。敵かどうかと聞かれれば間違いなく敵だろう。だが、フィロスが言っている敵とは、そんな事を指す言葉じゃない。
あいつを見ても俺はそれを思い出しもしなかった。今こうして問いかけられても一切が結び付かない。
俺の魂の底から湧き上がるような嫌悪感、敵愾心、恐怖、怒り、そういった負の感情の奔流が向けられる先はあいつじゃない。
正直なところ、あいつには大して興味も沸かない。排除すべきとは思うし、持っている情報に興味はあるが、それだけだ。
俺のゴールはあいつではない。そう確信があった。
「まあ、そうじゃないかとは思ったけどね。一応の確認さ」
「……なんか嬉しそうだな」
そう言うフィロスは何故か喜んでいるように見えた。表情に出しているわけではないが、口調からそう感じる。
これから始まるのは死なないゲームとはいえ、未知の相手との殺し合いだ。ベレンヴァールの身柄も賭けられている。楽観的に捉えていい状況ではないんだが。
「あの程度が君のゴールじゃ、僕も張り合いがないからね」
「……言うじゃねーか」
あの程度とは言うが、アレだって想像を絶する怪物だ。今の俺たちには手も足も出ないほどの規格外である。
「目標は高く、大きく、遠く。そのほうがいい。僕にとっての目標は君だけど、その君にとっての目標があの程度じゃつまらないじゃないか」
「……この会話も聞こえてるんじゃないか?」
あの程度とか……気分を害してもロクな事にはならないんだが。
「あいつは僕らの会話に興味なんて持ってないよ。矮小な相手の言葉なんて聞く価値を見出すはずがないと思ってる。……多分、そこら辺が違いなんだろうね」
何との違いかは聞かない。答えは分かっているから。
フィロスだって、ダンマスとは長い間一緒にいたらしいからな。ある程度の本質は掴んでいるんだろう。ひょっとしたら俺より理解しているかもしれない。
「あの程度は乗り越えて、さっさと次のステージに行こう」
「……そうだな」
虚勢でもはったりでもなく、そう思う。あるいはあいつは俺の中継地点ですらないのかもしれないと、そう思う。
そもそも、あいつが見ているのはグレンさんだし、この問題を根本から解決できるのは多分ダンマスだけだろう。囚われているのはベレンヴァール、操っているのはサティナだ。きっかけになったラーディンとの戦争にだって、俺は大して関わってはいない。
俺がここにはいても直接の関わりは薄い。ここは俺の人生の本流……グランドストーリーとは関係がない場所だ。
変な展開になってしまったが、やっている事は遠征当初の目的であるお勉強から大して変わっていない。学ぶべき事は多く手を抜いていい場面でもないが、脇役という事に違いはないだろう。
正直なところを言ってしまえば、いまいちモチベーションは上がらない。
だが、負けるつもりはない。あの管理者は気に入らないし、ベレンヴァールを救いたいと思う自分もいる。
「さあ、行くぞ。準備はいいか」
グレンさんが振り返り、俺たちを一瞥した。俺たちは無言で頷く。
カウントダウンが終わる。
……さて、脇役は脇役なりに頑張るとしようか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます