第10話「接触」




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 俺たちは部屋の外に待機していたゴーウェンを加え、報告にあった高級住宅街に向かっていた。

 ついでにネーゼア辺境伯も一緒だ。軍人とはいえ、冒険者でない彼の足では付いて来れそうもなかったのでゴーウェンが小脇に抱えている。

 ゴーウェンも辺境伯も複雑そうな顔をしていたが、ここは我慢してもらいたい。ニンジンさんと違って俺が担ぐには辺境伯はデカイからな。おっさんとか担ぎたくないし。


 グレンさんの補助魔術の力も借りて、常人では有り得ないスピードで疾走し、目的地であるエリアへと到達する。

 この辺りは本来富裕層の住むエリアだが、住人は隣町への避難を済ませているため閑散としている。人影もほとんどないゴーストタウンの中、まともに住居として機能しているのは領主館を含んだわずかな屋敷だけだ。

 その人気のないはずのエリアで、わざわざ門番まで立たせて警護をする屋敷があった。ここが報告にあった場所なのだが、如何にもそこに何かありますと言っているようなものだ。

 ……こいつら、馬鹿なんじゃないか?


「な、なんだ貴様ら!?」


 無茶苦茶な速度で接近してきた俺たちに対し、怯えるように叫ぶ門番。格好だけみれば騎士だが、階級章がない。おそらくは騎士の従者だろう。


「迷宮都市遠征軍のグレンだ。悪いが中に入らせてもらうぞ」

「な、何を言って……ここは私邸だ。貴様にそんな権限があるはずないだろう。とっとと失せろっ!」

「悪いが力尽くでもどいてもらうぞ」


 こんなところであまり時間はかけられない。手っ取り早く魔術を行使しようとしたグレンさんだったが、わずかに遅れてきたゴーウェンに担がれた辺境伯はそれを止めた。


「あー待ってくれ、グレン君。おい貴様。お前が誰かは知らんが、ここはすでに避難している貴族の館だ。勝手に使われては困るな」

「だ、誰だ貴様……辺境伯っ!?」


 驚きもするだろう。領主、しかも王国軍で一番偉い人が巨人のような男に抱えられているのだから。威厳もクソもないが、軍隊に所属している以上上官の顔を知らないはずがない。


「貴様らがやっている事は王国を滅ぼしかねん最悪手だ。分かったらさっさとどけ」

「し、しかし……」

「あー、もういい。デーモン君やれ!」

「あいさー」


 埒の開かない問答に苛ついたのか、グレンさんが俺に命令する。

 確かにグレンさんがやるより、正体不明の謎の甲冑がやった方が色々面倒がないだろう。

 俺は門番が反応できないスピードで後ろに周り、チョークスリーパーを仕掛ける。


「ぐえっ!!」


 首が折れないギリギリの力加減で締めると、門番は鶏のような声を上げて失神した。

 反応できなかった分、気を失うまでは早かった。わずか数秒の出来事だ。……猫耳の時もこれくらい簡単に落ちてくれれば楽だったんだがな。


「……ところで、いつの間にデーモン君が合流しているんだね。ここまでは全力疾走だったはずなんだが」


 辺境伯の疑問ももっともだが、一緒に走り出したはずの俺がいない事には疑問を感じないのだろうか。

 走ってる最中、ゴーウェンが少し遅れたタイミングを利用して《 瞬装 》で着替えたのだが、上手く隠せたらしい。正体明かしても困る事はないが、謎の方がいいよね。


「実は先ほどの部屋にもいたんですよ。辺境伯も暗殺されたくなかったら彼を怒らせないように」

「わ、分かった。普段は姿を消して監視しているのか……」


 辺境伯は喉を鳴らして素直に警告を受け入れた。勝手に大げさな解釈しているが、グレンさんも嘘は言ってない。

 これで、デーモン君は普段は姿を現さない謎の暗殺者という無駄な設定が追加されてしまった。……無駄に辺境伯の恐怖を煽る必要はないと思うんだけど、わざわざ訂正するつもりもない。




「な、なんだてめえらっ!! うぼぉぇっ!!」


 屋敷の中にも関係者らしき奴らはいたが、蹴散らして進む。

 人数が多いとチョークで絞め落とすのは面倒なので、殴って無力化させている。骨くらいは折れているだろうが、死んじゃいない。最初からこうしてたほうが良かったかもしれない。

 甲冑姿なのに、特に武器は使わずに格闘技で殲滅していく姿は異様だろう。ちょっと暗殺拳っぽいポーズを取ってみたりもした。

 もっと人数が多ければグレンさんが睡眠魔術などで無力化するのだが、微妙な人数だから俺の出番が多い。というか、戦ってるのは基本的に俺だけだ。ゴーウェンは逃げ出した奴の逃走路を塞いで張り倒したりもしているが、フィロスが何もしていない。

 見ると、ひどくバツの悪そうな顔をしていた。……まあ、古巣の連中だからな。全員が騎士ではないようだが、何人か顔見知りがいたとしてもおかしくない。

 ……まあ、ここは俺に任せてもらってもいいよ。


 屋敷は広く監禁されている場所が分からないため、一人を《 強者の威圧 》で脅し、監禁部屋まで案内させる。

 この鎧、《 威圧 》系統のスキルを発動させると一部の形状と色が変わるらしいので、脅しには最適だ。私は怒ってますという意思表示ができる超無駄機能である。

 案内役はそんな俺の脅しにも最初の内だけは抵抗の意思を見せたものの、辺境伯の姿を見るとさすがに分が悪いと判断したのか、大人しく案内してくれる事になった。

 地下に隠し部屋……監禁部屋なんてものがある時点で、王国貴族の闇が垣間見えるな。普段何に使うんだよ。しかも、隠し扉とそれを作動させるための隠しスイッチのギミック付きだ。案内させなければ探索に時間がかかったかもしれない。


 石造りの階段を降り、ジメジメとした狭い通路を行く。ここだけ見るとダンジョンと大差ないな。

 地下道だからなのか、部分部分で極端に狭くなる箇所がある。後ろの方でゴーウェンが背よりも低い天井に難儀しているのが分かった。動き辛そうだが、あれだけ隙間がなければ別の経路でもない限り逃走は不可能だ。ここまでは一本道だったので、是非蓋役をお願いしたい。

 途中、用心棒のようなちょっとだけ強そうな奴が待機していたが、前口上もなしにぶん殴って終了だ。貴様らに台詞などやらん。

 案内のまま先に進むと、不気味な地下道にそぐわぬ豪華な装飾の扉があった。

 中は待機部屋のようなリビングだ。ソファが置かれた部屋で何人かの貴族らしき連中が酒を飲んでいる。

 一体どんな用途で使われる部屋なのか分からないが、拷問する人たちの休憩所か何かなのだろうか。酒があるところを見ると、お客さんを歓待する場所という事も有り得る。

 しかし、ここ避難した貴族の屋敷なんだよな。許可取ってるならともかく、普通に窃盗じゃねえのか?


「ふ、フィロ……ス……!?」

「リディン……」


 その内の一人、鎧は着用してないがやたら派手な格好をした男がフィロスの姿を見て驚愕した。どうやら知り合いらしい。

 謎の全身甲冑とボロボロになっている案内役の姿を見て状況を判断したのか、一瞬でその表情が恐怖へと変わった。


「なんだてめえらっ!! 外の傭兵はどうしたっ!!」


 酒を飲んでいた男の一人が叫ぶが、そんなモブさんたちの事は忘れました。

 どいつもこいつも小物のオーラを放っているが、立ち振舞いからしてあのリディンとかいう男が首謀者なのだろう。

 とりあえずそいつを後回しにして、情報を上手く引き出せるようできるだけ惨たらしく他の男たちを無力化していく。叫び声を上げさせるのと、骨を折る時に大きく鳴るようにするのがコツだ。戦う間、俺は終始無言のままだったが、その方が怖いだろう。そして、立っているのが一人だけになると、リディンと呼ばれた男は開き直ったのか顔面を蒼白にしたまま笑い始めた。


「は、……はは、なんだこれはっ、ええ? スラム上がりの貧民が随分と偉くなったものだな」


 未だこの状況が理解できていないのか、始まったのはフィロスへの罵倒だ。

 何か聞いた事があると思ったら、ジェイルが真似していた台詞だ。確かに似ているな。上手いもんだ。


「……僕の事はともかく、周りを良く見た方がいいんじゃないのか?」


 まず確認しないといけないのは、この圧倒的な戦力差だ。どう足掻いても勝ち目はない。俺一人でも十分である。

 次に状況。出口は塞がれて逃げる事も不可能だ。そして最後が一番問題だろう。


「アレイジアの所の倅か。子爵家の次男如きが随分と偉くなったものだな。……貴様がこの一件の首謀者か」

「何……を」


 リディンの視線がフィロスから外され、奥の出口を塞ぐ半巨人に向けられる。正確にはその腕に抱えてた髭面のおっさんに。


「辺境……伯」


 辺境伯は貴族としても比較にならないような格上、軍隊としてもこの領地にいる王国騎士団遠征軍の最高権力者にあたる。

 俺たちだけなら押しこみ強盗呼ばわりして足掻く道もあったのだろうが、そんな相手がいては言い逃れもできない。そもそもこいつに正当性なんかないし、当主でもなければ嫡男でもない奴が辺境伯に何か言えるはずもないのだが。


「そ、そうですっ! 辺境伯、この奥にラーディンの密偵を捕らえておりまして……」

「馬鹿が。お前如きが何をしたのかくらい調べはついとるわ! お前も、お前の親父もっ!! 儂自らが叩き斬ってくれる」


 とっさに事実を捏造する方向に切替えたようだが、それではこの状況は好転しない。大男に抱えられたままでは格好が付かないが、言葉だけでも辺境伯の怒りは伝わるだろう。


「いくら辺境伯といえども、父を直接処断するなど……」

「関係ないな。儂が決めたのだ。儂のすべてをかけてお前の家を潰す。昔から貴様の親父は気に入らんかったのだ。親子揃って邪魔ばかりしおって……」


 辺境伯の権力はいまいち分からないが、迷宮都市との関係を考えればなんとでもなりそうな気はするな。多分に私怨も混ざってそうなのがアレだが、個人的には俺も応援したい。なんかコイツムカつくし。


「聞いて下さい辺境伯、私は……」

「もういい黙れ。……デーモン君やっちゃって下さい」

「あいさー」


 何故俺に敬語を使うのか分からないが、辺境伯直々のお願いだ。聞くしかないだろう。

 フィロスに目をやっても、特に止める様子はない。むしろ『何か名前呼んでるけど、知らない人です』といわんばかりにひどく冷めた目つきだ。

 こいつは色々事情聴取が待っているだろうし、折るのは腕くらいにしておくか。折る骨がなかったら尋問官さんも困るだろうし。

 骨を折った途端喧しい叫び声が響いたが、追加で一回腹を踏んでやると大人しくなった。気絶したともいう。


 続いて部屋の捜索に入る。

 拷問に使われる部屋は複数あるらしく、見張りとしてその場にゴーウェンだけを残し、俺たちは手分けして対象を探す事にした。

 牢屋のような鉄格子なら中が確認できて分かり易かったのだが、残念ながら個室だ。やたら厳重な鉄製の扉が部屋を塞いでいる。

 今更文句を言われる事もないだろうと、そのままタックルしてぶち破る。


 一つ目の部屋は空だ。埃に血や薬品などが入り混じった特有の空気の中、拷問具らしき物も置かれているが、生物はいない。

 正常な人間なら確実に顔を顰めるような、悪趣味な部屋だ。俺でも用がないなら長居はしたくない。

 二つ目の部屋も同じく空。して三つ目の部屋の扉を破ると、これまでの部屋とは違う、濃厚な血の匂いが鼻についた。

 中には磔にされた裸の男が一人。全身に無数の切り傷、打撲痕が確認できる。部屋の中にはとても拷問具とは呼べない、攻城兵器のような大型の器具が転がっていた。

 ……男は幸いまだ生きている。くそ、最悪じゃないが、ひどい状態だ。


「おいっ! 大丈夫かっ!?」

「お……おお、リーダーじゃない……ですか。一日ぶりです」


 磔にされていたのはサージェスだった。……なんでやねん。

 ラーディンからの連絡役というのが間違った情報なのか? と疑問を抱えつつ、妙に厳重なサージェスの拘束を解く。《 看破 》で確認するとHPは0、ステータスとしても< 裂傷 >、< 骨折 >など多数の異常が確認できる。

 ……ああ、この兵器群はHPをぶち抜くための代物か。確かに時間をかけてコレらを使えば可能かもしれないが……どんな拷問だよ。


「で? お前、何やってるんだ」

「色々有りまして……リーダーたちが乗り込んで来たという事は、やはりそういう事です……か」


 それだけ言い残すと、極度の疲労で気を失ってしまった。

 サージェスは立てる状況じゃないが、冒険者なら死ぬような状態ではない。放っておいて、別の部屋を探すか。

 その直後、グレンさんが調べた部屋に対象の男が捕まっている事が確認された。死んではいないが、その状況はサージェスどころではない。目で見える限りでもサージェス以上の傷痕、そして、片腕に至っては切断されているのが見えた。接合だけならこの場でも可能らしいが、切断された先が見当たらない。魔術か何かで復元するしかないだろう。……不意に汚物がぶち込まれた桶に指が見えてしまったが、アレではど接合は無理だな。

 とりあえずこの場で必要なのは応急処置だ。《 念話 》で呼び出したベネットさんたちを待つ間グレンさんが治療魔術をかけ、そのまま搬送してもらう事になった。


「くそ、胸糞悪い」


 グレンさんが珍しく悪態をついていた。俺も同感だ。……多分、この場にいる全員がそうだろう。


 気絶した犯人一味を用意してもらった馬車に詰め込んで、王国騎士団の宿舎まで送る。

 その後、辺境伯自らも参加しての事情聴取……という名の暴力も厭わない詰問が始まった。サージェスも連絡役の男も気を失っている状態で、集められる情報は犯人一味からのものだけだったが、それで本件の大体の経緯は掴む事ができた。

 この街の衛士が夜中に巡回していたところ、勇者の連絡役として接触してきた男を武装解除の後に拘束。迷宮都市と連絡が取りたいという事だったので、簡単な調査の後、辺境伯かその下の副官に連絡を取るつもりだったらしい。

 確実な証明はできないが、男の持っていたマジックアイテムで勇者本人の顔と音声が確認できたので、衛士の直属の上官へ報告。その上官がリディンの手下であり、事の発端だ。迷宮都市にいい印象を抱いていない一派が集まって情報を隠蔽し、連絡役を拘束、監禁した上で拷問にかけたらしい。

 完全なる私怨で、そこに意味などない。ほとんど迷宮都市と無関係に近い人間相手に対し、娯楽感覚で拷問を仕掛けたのだ。

 ただの馬鹿としか言いようがないのだが、この一派、以前からこういった遊び半分で市民を拉致していた前科があったらしい。その延長線上の出来事というわけだ。本人たちは、せいぜい嫌いな迷宮都市に少し迷惑がかけられれば面白い、程度の感覚しかなかったのだろう。


「要するに権力を持った馬鹿な快楽殺人者だ。死んだほうが世のためだな」

「あー、否定はしない。正直僕も同感だ。……噂には聞いていたけど、まさかあそこまでひどいとは思ってもいなかった」


 フィロスも悪態をつかれたり組織だった嫌がらせは受けていたらしいが、それでも本性は知らなかったらしい。

 魔術を使って強引に余罪を吐かせたところ、王都でも二桁以上の誘拐、殺人をしている。それを子爵家という立場と権力を使って強引にもみ消して来たようだ。少し問い質しただけでもこれだ。本格的に調査すればもっとヤバイ事実が出てくる可能性もある。

 今のところリディン本人の言だけしか証拠がないが、辺境伯曰く当主の子爵も似たような人物らしい。まあ、仲良く地獄に堕ちてもらおう。

 また、あのアジトに関してだけ言えば実は合法だった。メンバーの一人の実家が所有する屋敷のようで、無断で占拠していたわけじゃない。どっちかといえば俺たちが強盗だ。とはいえ、あんな本格的な拷問部屋を造っている以上、叩けば大量の埃が出てくるのは間違いないだろう。避難しているという貴族もあらぬ所で悪行が露呈してしまったというわけだ。

 その貴族は辺境伯の寄子ではあるらしいのだが、彼が庇う事はないだろう。むしろ、自ら処断しに行きそうだ。


「結局、サージェスは何だったんだい?」

「あいつは一応助けに行ったらしい」


 昨日、あいつはこの街の裏通りにある……なんというか怪しい店で遊んでいたのだが、そこでラーディンからの使者が拉致されたとの話を耳にしたらしい。

 調査を開始するも、不確定な情報しか集まらない。分かったのは連絡役は勇者の関係者という事だけ。なので、いまいち確証は持てないが、調査の結果どう考えても怪しい場所があるから強引に中に入ったところ、連絡役の男を人質に取られて逆に捕縛されてしまったという経緯だ。

 どこから入手した物かは分からないが、あいつが拘束されていた物はかなり頑丈な物だった。いくら冒険者の力でも内側から破壊するのは難しい。

 加えて、逃げる事で人質が殺される可能性もあるから、逃げるに逃げられずそのまま拷問を受け続けたらしい。……邪な考えはなかったと信じたい。


「あいつの場合、素直には褒められないがファインプレーだな」


 救出には失敗しているが、あいつがいた事で連絡役の男が死を免れた可能性は高い。

 後一歩で死に至るくらいひどい状況だったのだ。加害者の手が分散しただけでも意味はあっただろう。サージェスのHPを削るために時間がかかったであろう事は、あの兵器群を見れば分かる。


「本来ならサージェスがいなかった事に気付くべきだったんだよね」

「あいつすぐいなくなるし、緊急時は《 念話 》で連絡してもらってたからな……迂闊だった」


 《 念話 》はスキル発動側がコネクションを張れば相互に会話ができる。

 定時連絡をしているだけで被害を抑えられたのに、それを怠ったのは俺たちのミスだろう。反省だ。





-2-




 会議室には重苦しい雰囲気が立ち込めていた。

 夜光さんはいまいち状況が飲み込めていないが、まずい状況なんだろうな、と理解している顔。

 グレンさんはあきらかに怒っている。それが向かいに座っている辺境伯に向けられたものでないのは分かるが、それでも怖い。

 俺の横に立つフィロスも機嫌が悪い。過去に所属していた組織、しかも元同僚の駄目な部分を見てしまって色々複雑な感情を抱えているのだろう。

 俺の後ろに立つベネットさんが一番冷静だ。静かに《 念話 》での状況報告を待っている。

 一番ひどいのはグレンさんの向かいに座る辺境伯だ。あきらかに憔悴して、口から魂が抜けかかっているような状態である。無能な部下を持つと管理職は大変ですね。


「とりあえず最悪のケースは免れましたが、少々問題がある状況ですね」


 死んではいなかったから最悪でないというだけで、問題は山ほどある。

 連絡役の男がまだ目覚めていない状況で情報が入手できていない事もそうだし、起きても発狂する可能性だってある。それらも怪我の治療と合わせてなんとかしてしまうのかもしれないが、迷宮都市の技術でも精神的な傷は癒やし切れるものではない。

 サージェスに関しては……まあどうでもいいだろう。今は寝ているが、基本的には元気だ。鞭打ちされる夢でも見ているんじゃないだろうか。


「や、夜光君、なんとかならんかね」


 辺境伯が最後の頼みの綱とばかりに夜光さんに伺いを立てる。人斬りの戦闘狂らしいが、辺境伯にとっては最後の良心だからな。


「その……この状況なので一応聞いておきたいんですが、グレンさんたちの請け負ってる案件は……」

「ダンジョンマスターからの直接依頼だ」

「あー辺境伯、すいません。ちょっと俺の権限ではどうにもできません。これ、戦争の勝敗より重要っぽいです」

「……そんな」


 暗黙の了解に近いが、俺たちが請けた依頼はギルドが王国から受注した援軍よりも重要度が高い。

 ダンマスの名前は俺たち冒険者、それもトップに近ければ近いほど強烈な意味を持つ。詳細を知らない夜光さんが即答できるレベルだ。

 あの人、俺たちが束になっても敵わない究極兵器だからな。辺境伯もなんとなくヤバイというのは感じとっているだろう。


「最悪ではないので、物理的に辺境伯の首が飛んだり王国がなくなったりはしないでしょうが、それでもケジメをつける必要はあるでしょうな」

「なんだ、あいつらの首か? それならいくらでも持って行って構わんが。……儂が直接やってもいいぞ」


 なんなら今からでも首を狩りに行きそうな勢いだ。


「彼らへの処遇は追々考えるとして……以前から辺境伯が打診していた迷宮都市への移住の件は、娘さんの結婚と合わせて白紙になりそうですね」

「馬鹿な……あんな奴らのために儂の老後が……」


 辺境伯、迷宮都市に移住する気だったのかよ。そりゃ御機嫌取りに必死にもなるわ。


「これ以上の失敗は許されない。出だしから躓いてしまったが、なんとしてでも『ロクトル』との交渉は成功させないと。……ベネット、連絡役の容態はどうなんだ?」

「つい先ほど、《 念話 》での連絡がありましたが、命に別状はないようです」


 後ろに控えていたベネットさんが淡々と答える。それは朗報だ。死んでなければなんとでもなる部分は大きい。


「現時点で分かった情報だけでいから報告を頼む」

「はい、報告します。連絡役の名前はサンゴロ。勇者との関連性は不明ですが、迷宮都市のデータベース情報によればラーディン出身の傭兵。彼自身も、所属している傭兵団もさほど有名でもなく、規模は中の下といったところでしょうか。今回の戦争に合わせて、傭兵団ごとラーディン王国軍に組み込まれたようです」


 随分と貧相な体格だと思っていたが、傭兵だったのか。


「外傷は左腕が中ほどから切断されているのと、右の眼球が喪失、両足を含め複数の骨折、全身に無数の切り傷と鞭の痕……そのほとんどが新しい傷なので、今回の監禁で付けられたものと思われます。……死んでいてもおかしくない重傷でした」


 愉快犯に近いから拷問を長引かせる意図はあったにせよ、あの状況じゃまともな治療は受けてないだろうからな。最低限の止血はされてたみたいだが、一般人ならショック死しててもおかしくない。


「サージェス君に助けられた形になりますね。彼がいなかったら死んでいた可能性もある」

「……個人の思惑は分からんが、結果的にはそうなるな」


 サージェスの性癖を理解しているグレンさんでも、結果は否定できない。夜光さんの意見は当然だろう。

 理想の展開はサージェスが単独行動せずに援軍を呼ぶ事だったのだろうが、状況がそれを許さなかった。あるいは侵入時点で未確定事項が多過ぎた可能性もある。

 ファインプレーではあるんだが、何故か手放しで称賛できない結果だ。だってあいつ、ボロボロだったけど絶対楽しんでたし。


「サージェスさんについては如何致しましょうか。治療済ですが、疲労はあるでしょう」

「……まあ、寝かしておいてやってくれ」


 超複雑だけど、功労者ではあるし叩き起こすのは躊躇われるよな。状況変わって手が足りなくなったら無理矢理起こすけど。


「彼がいなかったら儂の命はなかったかもしれないと考えると、個別にお礼をしないといけないな。……あとで彼の欲しそうな物を教えてもらえるか?」

「はあ……本人に聞いておきます」


 辺境伯が助けられた事は事実なんだが、お礼はどうだろうか。グレンさんの回答も歯切れが悪い。

 ……鞭で叩いてあげればいいんじゃないかな。辺境伯直々とか、レア感があって喜ぶかも。


「サンゴロ氏の腕や眼球の復元はここでできそうなのか?」

「復元だけなら可能ですが、治療を担当した魔術士の見立てでは、後遺症やリハビリを考慮すると迷宮都市に搬送したほうがいいのではないかとの事です」

「そうか……なるべく丁重に扱ったほうがいいから、手配はしておいてくれ」

「承知しました」


 治療魔術といっても、ここが本拠地でない以上限界はある。

 特に遠征軍のほとんどは中級ランクだ。肉体欠損の復元がどこまで高度なものかは分からないが、ちゃんとした設備で治療したほうがいいだろう。


「とりあえずはサンゴロ氏の治療待ちだな。ベネット、連絡が来たら最優先で報告を」

「了解しました」


 そう言うと、ベネットさんはそのまま退出した。




「加害者たちの処遇はどうしましょうか」

「死刑でいいだろう。拘束しているが、あんな奴らに食わせる飯ももったいない」


 辺境伯は短絡的である。

 ただ、今回やった事、大量に出てきた余罪を考えると死刑は免れられなそうだ。貴族でもこれをひっくり返すのは難しいだろうとの事。

 辺境伯と迷宮都市に正面から喧嘩を売ったようなものだから、助けてくれる人もいないだろう。


「しかし……冒険者の力は目の前で見ているはずなのに、ああいう馬鹿は一向に減りませんね」

「あいつらが馬鹿なのは間違いないが、ああいう輩は絶対に認めようとしないのだ。奴らの中では王国貴族が絶対の権力者であってそれ以外は無条件で従うものという構図が固まっている。……いっそ帝国含めてお前たちが統治してくれれば楽なんだがな。王には儂から進言してもいいぞ」

「国家転覆の打診ですか……王国の大貴族とは思えない発言ですね」

「茶化すな。……王も理解しているから嫌とは言わんよ。そのほうが重圧から解放されて楽になると考えているかもしれん」


 それをするだけの力はあるだろう。やらないのは、それに魅力がないからだ。ダンマスの目標が地球への帰還である以上、無理に領地経営なんてしたくないだろうし、すべての相手が素直に従うはずもない。あの街ですべてが完結しているから、それ以上のメリットがなければそんな事にはならないだろう。俺がトップでもやらないと思う。


「ウチは面倒臭がりと超過激派のツートップですからね。やめておいたほうが賢明かと思いますよ」

「迷宮都市の水の巫女か……昔は大人しかったんだがな……」


 ツートップってのはダンマスと……ダンマスの嫁さんの事だろうか。会った事があるのか。

 面倒臭がりは多分ダンマスだから、過激な人なのか? ……王国なくなるとか言ってたから、そうっぽいな。


「もう儂、移住じゃなく冒険者になろっかな……」


 辺境伯がテーブルに倒れこんだ。口調はすでに威厳の欠片もない。『なろっかな』じゃねーよ。


「……辺境伯自身がですか。軍人としての能力はあるわけですから、問題があるとすれば年齢くらいですが」

「若返りの宝珠があればなんとかなるだろう。王国で胃にダメージを受け続ける日々は正直疲れた」

「胃の精神ダメージの代わりに物理的にダメージを喰らう事になりますが、それでもいいなら息子さんに家督を譲ったあとにでも……」

「……くそ、それだと引き継ぎにえらい時間がかかるな。……酒飲んだ時も話したが、もう全部放り投げたいんだ」

「私たちは王国貴族というわけでもないので愚痴を言うのは構いませんが、それだと王国は相当に困るでしょうね」

「あの内戦を経験しているのに状況を理解できていない輩が多過ぎるのだ。ロクな人材がいない」


 辺境伯の家督相続なんて大イベントだ。それに業務の引き継ぎまで考えると年単位の時間が必要になる。

 そこから冒険者デビューする事を考えると……気が長い話になるな。家族もいるわけだし、妾まで含めて冒険者というのは厳しいだろう。決して無理じゃないが、ちょっと現実的ではない。


「もし冒険者になるのなら、まずは事前に鍛え直した方がいいでしょうね」

「本格的に鍛え直すにしても、どのくらいの腕があればいいんだ? そっちのフィロス君が新人だという事は聞いているが、元騎士団ナンバーワンだろ? それくらいの実力がないと不味いものなのか?」

「いえ、彼は優秀ですからね。隣のデーモン君も同期デビューですが、どちらも歴代でもトップクラスの優秀さですよ」


 それほどでもないぞ。もっと褒めてくれ。


「……ちょっと待て。アレが新人なのか?」

「そうですね。半年前に迷宮都市にやって来たそうですよ」

「……なるほど、何故あんな格好をしているかは分かりませんが、誰なのかは分かりました」


 夜光さんは俺の正体が分かってしまったらしい。やっぱりそれなりには名前が知られてるって事だな。……同類とか思われてたら嫌だな。


「半年であの領域に立つ必要があるのか……冒険者とは恐ろしいものだな」


 辺境伯が思い浮かべているのは、屋敷への移動や格闘戦だろう。……冒険者になるにしても、あんまり参考にしないほうがいいと思うぞ。


「彼らを基準に考える必要はないでしょう。デビューするだけならハードルはもっと低いですよ」

「あの二人や、さっきまで一緒だったゴーウェン君はちょっと突出してますが、最近は新人のレベルは高いですよね。俺たちの頃とは随分と違う」

「そうだな、あまりのんびりしているとお前より早く剣刃に到達されるぞ」

「あまり冗談にならない話ですよ。……今はともかく、一年後はどうなっているか分からない」


 そう言いながら、夜光さんはこちらを見る。それはどちらというのでもなく、俺たち二人に向けられた値踏みだ。あるいは俺たちを通して新人冒険者全体を見ているのかもしれない。


「実は、個人的には剣刃さんの娘さんが一番怖いんですけどね」


 剣刃さんの娘って……燐ちゃんの事か?


「彼女はまだ冒険者になると決まったわけではないだろう」

「……なりますよ、絶対に。親だろうが誰だろうが、あんな才能を閉じ込めておけるはずがない」


 随分と高評価だな。才能云々は剣刃さんから聞いているだけで、本人は至って普通の……自信過剰気味なだけの女の子だったけど。


「まあ、というわけで辺境伯が冒険者になるのなら歓迎しますよ。権力を利用して移住するよりは周りへの印象もいいでしょう」

「ただの思い付きだから、なるかどうかなんて分からんぞ」

「昔は実力派だったらしいじゃないですか。移住後に冒険者になるのも面白いかもしれませんよ」

「実力派を気取っていたのは二十年以上も前の話だ。儂の伸びていた鼻はあの内戦で根本から折れてなくなったわ」


 どうやら内戦の爪痕はこの人にも深く刻まれているらしい。


 さて、雑談になったようだし、俺そろそろ昼飯食いに行きたいんだけどな……。昼食の時間は過ぎているが、食堂に行けば何かしら用意してくれるだろう。

 だが、誰も退出しようとしない。ぶっちゃけ、辺境伯が冒険者になる話なんて興味ないんだが……。

 どうやって退出するかを考えていると、ドアがノックされて、再びベネットさんが入って来た。


「失礼します」

「どうした、サンゴロ氏が目を覚ましたか?」

「いえ、騎士団の方が辺境伯をお訪ねに……通してもよろしいでしょうか」

「そうか……我々は席を外しましょうか?」

「いや、いてくれ。今更聞かれて困るような事もない」


 ベネットさんに案内されて入室して来たのは見覚えのある男だった。ここ数日顔を見ていなかったジェイルだ。部屋の中にフィロスと俺がいる事にギョっとしていたが、気を取り直して辺境伯に向き合う。


「どうした、グローデル」

「いえ……その緊急事態なんですが」


 緊急と言うわりには反応が悪い。……ああ、内密な話だから、俺たちがいる事を気にしているのか。


「いいから言え、この場にいる者なら問題ない」

「で、では……その……拘束していたリディンたち一派が脱走しました」


 ジェイルの爆弾発言に、辺境伯が崩れ落ちた。




-3-




 捕らえたばかりなのに、あっという間に脱走されてしまう警備体制に問題があるのか、それとも最初から迷宮都市側で拘束しなかったのが問題なのか。

 とにかく、あまりに杜撰な体制にショックを受けて辺境伯は倒れてしまった。ストレス性の胃炎らしいので簡単に治療は済んだが、心労は計り知れない。俺だったらすべてを放り出して逃げたくなるほどの失態だ。

 戦争中、それも前線基地で何をしているんだという状況だが、捜索しないわけにもいかない。王国側は一般兵まで動員して捜索を開始する事になった。それこそ、休暇の人間まで駆り出しての大捜索である。


「俺たちはどうする?」

「捕まえないといけないのは確かだけど、感情的なものを置いて考えると優先度は低いね」

「だよな」


 サンゴロさんの場合は殺される可能性があったから緊急性もあったが、犯罪者が逃げただけなら大した悪影響はない。

 個人は割れているのであとから魔術を使って捜索する事だって可能だ。グレンさんもそれが分かっているから、いつものところで休憩に入っている。

 この場合、考えられる最悪のケースは報復に現れる事だろう。その対象が俺たちなら特に問題ないが、サンゴロさんと辺境伯を狙われた場合は危険なので冒険者の警備を付ける事になった。一応サージェスにも。


「……悪い、ちょっといいか?」


 報告を終えて捜索に出たと思っていたジェイルが戻ってきた。その顔は珍しく真剣だ。


「あの場で言うのはどうかと思ったんだが、もう一箇所警護したほうがいい場所がある。……いっそ保護したほうがいいかも」

「保護って事は人物かい? 誰かな?」

「フィオちゃん」

「なんでフィロスの幼馴染……ああ、フィロスの顔は見られてるから、無関係じゃないのか」


 しかも、一般人で警戒すらされていない対象だ。


「でも彼らはフィオの事を知らないと思うんだけど……、いや、何か根拠でもあるんだね」

「ああ、どこで調べたかは知らないが、何日か前に連中がフィオちゃんの事を話しているのを聞いたんだ。報告しようとは思ったんだが、この騒ぎでな」

「いやいい、助かった。……ちょっと団長に相談してみるよ」


 そう言うフィロスは声こそ普通だったが、目が笑っていない。今なら笑顔でリディンを斬り殺しそうだ。




「なるほど、事情は分かった」


 お茶を飲んでいたグレンさんにその事を説明する。だが、話を聞いても特に焦った様子はない。


「すみません、こういった場面での対処方法が分からず」

「実は連中には魔術的な発信機を付けてあるんだ。せっかくだから何かの現場を取り押さえて、連中の死刑を確固たるものにしようと思っていたんだが……」


 あまりの落ち着きっぷりに大体想像はしていたが、連中にハナから逃れられる運命はなかったらしい。

 現在は街の郊外、位置的には地下にいるとの事だ。今回の現場とは違う場所にアジトを構えているのかもしれない。


「位置情報は共有の上、可能な限り冒険者を総動員して、私のポケットマネーから懸賞金をかけよう」

「いいんですか?」

「私もちょっと怒っているのだ。……辺境伯に同情する程度には」


 あの人が一番悲惨だよな。実害がでか過ぎる。


「まあ、現在位置からして、どこを襲撃するにも時間がかかるだろう。……それは準備を進めるとして、フィロスとしては落とし所の見当はついているのか?」

「落とし所? ……取り敢えず、連中を拘束し、そのまま更迭して頂ければ自ずとそのまま死刑になるのでは?」


 あまり口を挟むつもりはないが、そんなところだろう。

 奴ら……特に首謀者のリディンはもはや国外に亡命するくらいしか生きる道はない。それでも追いかけるのが迷宮都市だ。発信機まで付いているなら容易である。


「それだと、ただ王国の罪人が王国の法で裁かれるだけだからな。迷宮都市としても何かしら要求したい」


 面子とか立場って事だろうか。今回の件を見てると、舐められるのがまずいっていう事良く分かるしな。


「たとえば、どんな……」

「そうだな……王国騎士団としてもあんな連中はいらんだろうから、全員四肢をもいで生きたまま王都で磔にでもするというのが無難な……」

「ちょっ、ちょっと待って下さい!? なんでそんな強烈な仕打ちが待ってるんですか。嫡男……かどうかは知りませんが、一応貴族の子息も混ざってましたよ」


 超怖え。なんでいきなりそんな事サラっと言っちゃうんだ。

 サンゴロさんがやられた事をそれ以上にしてやり返すって事かよ。人数が人数だけに王都が死の都になるな。


「……しかしだな、この手の事はやってやり過ぎる事はない。ならば、連中に迷宮都市との上下関係と怖さを分からせるためにもだな」

「それにしたって全員磔というのは強烈過ぎるでしょう」

「これでも私は< アーク・セイバー >の中では穏健派なんだがな……それに面子だけじゃない。お前の親しい人間が襲われるかもしれない状況だぞ」


 これで穏健派って、他の四人何したんだよ。


「それはそうなんですが……そちらは未然に防げそうですし」

「では、連中の実家ごと取り潰しにしてもらうか。これなら血は流れない。最近王国は増え過ぎた貴族の整理をしたいと考えているらしいからな。ちょうどいい」


 血は流れないかもしれないが、血が断絶するな。業務や領地の引き継ぎで辺境伯が死んじゃうかもしれない。


「そ、それでも過剰なんじゃ……。全員の実家にまで被害が及ぶって事ですよね。二桁以上の貴族が断絶しますよ」

「なら、どうしたいのだ。ただの更迭程度じゃ舐められるぞ。私としてもそれは避けたい。ここは次の問題が発生しないようにきっちりさせておくべきだ」

「そ、そうですね」


 フィロスはあまりに過激な意見を聞いたためか、思考が働いていないようだ。代替案が出てこない。あの冷徹な目をしたフィロスさんはどこに行ってしまったのか。なんかこっち見てるし……一般市民以下だった奴に助け求めるなよ。……しょうがないな。


「リディンって奴はどうしようもないから置いておくとして、他の連中には情状酌量の余地がある奴もいると思うんですよね。そういう奴らの命まで取る事はないでしょうし、家の取り潰しまで行くとやり過ぎです」

「だが、将来に禍根を残す事になるぞ。王都に住んでいる以上、フィロスの幼馴染だって安全とはいえまい。見せしめは必要だ」


 確かにフィオちゃんへのアフターケアが必要になるな。大丈夫だとは思うが、時間を置いて関係者が報復に現れないとも限らない。


「僕としてもフィオに何かされるのは避けたいですね」

「……その中に嫡男がいるなら廃嫡して、全員勘当ってところじゃないですか? 貴族でなくなれば、後始末も楽になるし」


 フィロスの視線がこちらに向いたので、意見らしきモノを言っておく。一般市民まで格が下がれば、再度何かしようとした時に大した影響もなく殺す事もできる。謎の暗殺者さんが殺してくれるだろう。これだって相当過激な意見だと思うが。


「過去の事例では、その後迷宮都市への破壊工作を企てた事があるな。もう少し、強行手段に出ないか?」


 普通こういうのはどれだけ穏便に済ませるか考えるもんじゃないだろうか。なんでより過激な手段を取ろうとするのか。……フィロス、冷や汗ダラダラ流してるんだけど。


「じゃあ、たとえば< アーク・セイバー >の他の四人だったらどんな対処をするんですか?」

「大抵はその部隊自体が消滅する。物理的に」

「…………」


 さすがの俺もドン引きである。あれー。そんなに物騒な人たちだったの?


「もちろん、まともな対応してくれればそんな事はしないが、王国や帝国以外……木っ端のような小国ほど、我々を舐めてふざけた対応を取ってくるんだ」


 そりゃ、何もしないのに暴れるような人たちではないとは思うが、そんなにひどいのか。……まさか、王国ってこれでもマシな方なのか?


「剣刃や私だったらこの程度で済ませるが、他の三人は過激だな。部隊のみならず、騎士団本体に殴り込みに行くダダカ。傭兵としての参加とはいえ、黙って敵側に付くリハリト。エルミアが一番派手だ。状況が状況とはいえ、あいつは小国を一つ滅亡させたからな。『城落とし』なんて異名までもらって遠征禁止令が出されている状態だ」


 何やってるんだ。この人たち。自由過ぎるだろ。城落としってエルミアさんの事だったのかよ。『頼む、この人を止めてくれ』とフィロスが熱いまなざしを送ってくるが、お前がなんとかしろよ。お前のところの団長だろ。


「じゃあ、もう少し穏便に行きましょう。……フィロス、ジェイルはオカマ伯爵の息子って話だったよな」

「あ、ああ、嫡男じゃないけど、そうだね。騎士団では仲良くしてもらった数少ない友人だ。そ、そう、騎士団には友人もいるんだ」


 いや、そんな予防線張らなくても、ジェイルや騎士団自体に被害はいかないようにするよ。


「オカマ伯爵という名前の貴族がいるのか。日本語だと大変な事になるな」

「いや、オカマっていうのはツナが言ってるだけで、グローデル伯爵家です」

「……ではまさか、本当にオカマなのか。……ああ、そういえばそういう人がいると辺境伯から聞いた事があるな。財務大臣だったか」

「以前そこにウチの兄貴が買われて行ったんですが、ジェイルとその伝手を使って奴らにオカマ地獄の刑を与えましょう」

「え、何それっ!?」


 フィロスが兄貴の話に疑問を覚えてしまったようだが、そこはスルーである。

 オカマの餌食にするなら、男としての尊厳を破壊する形になるが表面上は穏便だ。案外、獰猛さが消えておとなしくなるかもしれない。なんなら取ってしまってもいい。何をとは明言しないが。


「なかなか変化球で攻めるタイプなんだな、君は。あまり聞いた事のない粛清方法だが、その伯爵にも恩が売れそうだし効果もありそうだ。では、迷宮都市からもその手の人材を派遣しようか」

「いいですね、< マッスル・ブラザーズ >にもその手の輩が何人か所属してると聞きますし」

「い、いや、それはいくらなんでも……」


 もう知らん。フィロスがもたもたしてる内に賽は投げられてしまったのだ。止めたいなら代替案を出せ。


「では、死刑が確定しない連中は更迭、勘当処分のあとにオカマの刑だな。さっそく辺境伯と話し合ってくるとしよう」

「ちょっ……いえ、ナンデモナイデス」


 あまりのフットワークの軽さにフィロスがストップをかけようとしたが、すぐにその手は引っ込んだ。代替案が見つからなかったのだろう。実際、問題は解決するしな。

 グレンさんは少し楽しそうに部屋を出て行き、俺たちは二人、その場に取り残される。


「ツナ、も、もうちょっとどうにかならなかったのかい?」

「そもそも俺に任せるなよ。どっちかというとお前の問題だろうに」

「だからって……いや、いい。多分、僕のほうが悪い」


 俺は別に騎士団ごとなくなったって気にしない。ジェイルには悪いかなと思うが、あいつは迷宮都市に来るらしいし。


「まあ、グレンさんだけに任せると、関係者は全員確実に死んでた上に実家も多大なダメージを負いそうだからな。多少はマシになったんじゃないか?」

「まだマシなほうか……これはマシなのか? 罪状の軽い人は、せめて死なないようには取り計らってもらおう」


 お前が被害受けてる側なのに、相手を心配するのか。大丈夫だよ、立派なオカマダンサーになるさ。舞台に出演するようになったら見に行こうぜ。


「それより、フィオちゃんはどうするんだ。今回の件を乗り切っても危険にならないか?」


 犯人たちの処遇はいいとしても、そこは考えるべきだろう。恨み辛みは伝染するものだ。どこから復讐の手が伸びるか分からない。

 スラムっていう地域がある意味防壁になるとしても、乗り越えて来かねない。


「確かにこんな事があった以上、師匠がいるとしても王国に置いておくのはな……。この際、迷宮都市に連れてくるか……」

「フィオちゃんは冒険者の素質でもあるのか?」


 ジェイル同様、上からサポートすればデビューくらいはなんとかなりそうだが。


「同じ師匠の下で一緒に鍛えてはいたから、ない事もないけど。……いっそ、ガウルみたいに結婚して移住させるか」


 結婚って……フィロスとって事だよな。……え、こいつ結婚するの!? 随分と思い切りのいい話である。結婚ってそんな簡単にするものだったっけ?


「ま、まあ、お前がいいならいいと思うけど……移住に使うGPはどうするんだ? お前足りないだろ」

「そこは団長と相談かな。クラン内でのGPの貸し借りは基本的に認められてないけど。結婚する場合は補助制度があったと思う」


 通常GPの譲渡には多くの制限があるが、こういう手続きにかかる物の場合はかなり緩かったと思う。そういう制度があってもおかしくない。


「俺が立て替えてやろうか? 今ちょうど余ってるし」


 クラン拡張するには微妙なポイントだが、ガウルから聞いてる移住に必要なポイントには足りるはずだ。討伐ボーナスは伊達じゃない。


「さっき助け船出してもらっていう事じゃないかもしれないけど、あまり君にそういう借りを作りたくないんだよ。GPもそうだけど、特にお金とか」

「貸すだけだよ。一割増しくらいで返してくれ。もしくは貸し一って事で、俺が困った時に助けてくれ」

「うーん……分かった。団長に相談してからだけど、どうしようもない場合は頼むよ」


 結婚祝いとして渡したっていいが、そうするとガウルのほうも考えないといけないしな。

 ……いや、あいつのほうも何もなしは不味いだろ。結婚祝いは考えないと……結婚式はやらないみたいだし、何がいいんだ? ブラシとか?




 その後の話をしよう。

 連中がとった行動はジェイルの懸念通り、フィオちゃんへの襲撃だった。どうやら、あの場にフィロスがいた事で交渉材料になると判断したらしい。

 だが、位置情報までバッチリ確認されている連中が待ち構えていた冒険者相手に何かできるはずもなく、全員何事もなく拘束された。

 その後は予定通り王都へ更迭。逃走防止のため、わざわざグレンさんが魔術的な処置を施すという徹底ぶりだ。

 騎士団の人数が減って随分とすっきりしてしまったが、今更騎士団の有無で戦局がどうこうなる事もないだろう。残ったのは比較的真面目な連中みたいだし、むしろ規律が守られて効率が上がるかもしれない。

 リディン含む数名は死刑が確定。余罪を追求されて家ごと断絶する事になるだろうとの事。辺境伯が死んでも潰すと言っていたので、もはや逃れられないだろう。名前くらいは残るかもしれない。

 それ以外でもほとんどは牢屋の中へ直行。比較的罪の軽い奴も貴族は籍除名の上、グローデル伯爵の元へ売られていく事になった。幸いなのは、犯人の中に貴族の嫡男がいなかった事だろうか。家督相続の問題が発生する事はないようだ。

 フィオちゃんに関しては、念のためだが迷宮都市遠征軍の宿舎で保護される事になった。簡単な事情だけ話して詳細は隠したままだが、素直に従ってくれた。

 遠征が終わるまでは部屋から出れず、ほとんど軟禁に近い状態になるが、本人は出される料理に舌鼓を打っているらしい。逞しい子である。




-4-




 そして、長いイベントの明けた翌日の事である。サンゴロさんが目を覚ましたとの報告があった。

 サージェスを除くメンバー、俺とフィロス、ゴーウェン、ニンジンさんの四人で病室として使っている部屋に入るとすでにグレンさんがいた。

 先に状況を説明していたようだが、その姿には拷問による精神的ダメージはほとんどないようにも見える。少なくとも会話が成立しないという事はないようだ。

 治療は済んでいるのか、腕も目もある状態だ。ただ、腕は繋がってはいてもまだ動かせないらしく、目もかなり視力が落ちているようだ。冒険者ならすぐ動けるようになるのだが、一般人は勝手が違うらしい。


「はー、ベレンの予想以上だ。これが治るとはとんでもねえな」


 リハビリが必要になるが、迷宮都市に戻ればさほど時間もかからず動くようになるし視力も元に戻るとの事なので、本人も気にしていない。むしろ、もっと健康になるんじゃないだろうか。


「そのベレンというのが、例の勇者の名前かな?」

「ああ、ベレンヴァール、ラーディンが異世界から召喚した勇者だ。ロクトルっていうのは偽名だな」


 それが勇者自身の知識なのか、それともラーディンの知識かは分からないが、ここが異世界だという事を認識しているようだ。


「君はそのベレンヴァール氏とどういった関係なんだ?」

「別になんでもねえよ。話す機会の多かった同僚ってだけだ。あっちは友人とすら思ってねえかもな」

「それにしては随分と危険な橋を渡るものだ」

「……正直、こんな目に合わされる事は想定外だったが、傭兵なんてやってるんだからある程度は覚悟してるさ」


 傭兵やってる人間がみんなそこまで覚悟完了してるとは思えないぞ。酒場に来てた傭兵さんとか、かなり無責任な事ばっかり言っていたし。


「それで、こんな事までしたと?」

「ああ。……なんていうか、あいつさ、不器用なんだよ。生き方が不器用過ぎて見てらんねえんだ。昔の自分見てるみたいでちょっかい出さずにはいられない。……恥ずかしいから本人には言わないでくれると助かる」


 茶化して言っているが、多分本心なのだろう。チンピラっぽい風貌だが、そう答えるサンゴロさんの目は真摯な物に見えた。

 俺はベレンヴァールさんを知らないしサンゴロさんの感覚も分からないが、この人は自分の感覚に従って、それ以外には見返りもなく行動していると感じた。昔の自分と言っているが、今の生き方だって大概不器用だろう。好感の持てる人物だと思う。

 異世界に拉致されてる段階で不幸なのは間違いないが、ベレンヴァールさんにとってこの人との出会いは幸運であったはずだ。


「では、ウチのメンバーも来た事だし、状況を整理しよう」

「ああ……といっても、大した情報はないけどな」


 サンゴロさんが聞いている勇者……ベレンヴァールの要求は二つだけ。

 一つは召喚士サティナの死の呪いの解呪。これが一番のネックで、呪術関係のスキルを持っている可能性の高い迷宮都市に接触してきたらしい。

 もう一つはサティナとベレンヴァールの保護。こちらは何も問題ない。むしろ俺たちの目的そのものだ。

 こう聞く限り、やはり召喚士との確執はないようだ。むしろ良好な関係にも聞こえる。案外恋人同士だったりするのかもしれない。……問題はやはり魔術師のほうか。


「ベレンが何を代価として払えるかは本人と交渉してくれ。俺はただの連絡役だからな」

「私たちの目的は彼の保護だからな。交渉するまでもなく問題ないだろう」

「それならいいんだが……で、肝心の解呪できそうな奴はいるのかい?」

「グラス・ニグレムの呪術レベルなら手持ちのアイテムでも解呪可能だが、念のためこの基地に来ている中で最も呪術が得意な者を連れて行こう」

「あの魔術師の名前まで分かってるのか……」


 それどころか、今王城に赤い野菜が張り込んでます。

 召喚士を連れ出す事もできるみたいだから、ベレンヴァールさんと合流したあとは安全なところまで連れて来てもらうのもいいかもな。


「それで、ベレンヴァール氏と合流する予定の場所と時間を教えてもらえるかな」

「ああ、えーと地図があったほうが分かり易いんだが、公開して問題ないような簡易地図はあるか? 一般人が買えるような物でいい。なければ何か書く物があれば……」


 迷宮都市にいると感覚が狂うが、詳細な地図は本来機密扱いで、軍隊などの機関でしか使用されない。辺境伯のような領主なら自分の領地の地図は作成しているだろうが、それでもかなり簡易な物だ。

 グレンさんは空気を読まず、迷宮都市で売られている凶悪な精度の地図を広げた。


「な、なんじゃこりゃっ!! この付近どころか、ラーディンの王城まで……つーか俺の家まで分かるじゃねーか」

「このペンで直接書き込んでいいぞ」

「あ、ああ……もう何がなんだか……全部筒抜けじゃねーか」


 どんな方法で作ってるんだか分からないが、その異様な精度を見る限り衛星で探査していると言われても驚かない。

 サンゴロさんは戸惑っていたが、見る角度が違うとはいえ知っている場所を見つけるには時間がかからなかった。


「ここと……ここだな。予め俺がマークを描いてあるからそれを目印にすればいい。ベレンはその付近の状況が分かるように仕掛けをしているらしい」

「……二箇所?」

「ああ、こっちの平地の方が本命だが、部隊が展開される可能性もあるから予備のポイントも用意してある。こっちはほとんど人の手の入ってない岩場だ。まず人影はない」


 結構離れているが、予備という事はそれが待ち合わせの時間内で移動できるギリギリの距離なのだろう。


「……と、待ち合わせの時間はいつなんだ?」

「ああ悪い……って、今日が何日なのかも分からねえんだが……まさか過ぎてないよな」


 マジかよ。……監禁されてたんだから、日付なんて分からなくてもしょうがないか。

 王国で使われている暦で教えると、まだ過ぎてはいないようだ。……過ぎてはいないのだが。


「今日かよ……。俺は、あんなところにそんなに閉じ込められてたのか」


 どうも待ち合わせの予定は今日らしい。しかも、予定時刻は日没前~日没後数時間程度だ。あまり時間がない。


「二手に分かれよう。ポイントAの方はフィロスとゴーウェン、ポイントBにはツナ君とヴィヴィアン君が向かってくれ」


 候補が二つ以上ある以上、それは当然だが……。


「グレンさんはどうするんですか?」

「夜光を探してから合流する」

「夜光さん?」

「奴は専門家というわけではないが、この基地で最も呪術に長けているからな。サンゴロ氏の言う通り呪いが関わっているなら、最初から連れていったほうがいいだろう」


 なるほど。俺たちはとりあえず接触できればいいわけだからな。知識のある人がいてくれたほうが話は早い。


「どちらかが対象と接触したら《 念話 》で連絡の上で合流。日没まであまり時間がないから、急ぐぞ」


 フィロス側にはその手段がないため、マジックアイテムを使った交信になる。こちらはニンジンさんが《 念話 》を使えるので問題ない。

 サージェスは……無理すれば連れていけない事もないだろうが、時間がない。今は戦力よりも時間だ。話を聞く限り戦闘にはなりそうもないし、ラーディン王都へ向かう際にでも合流できればいいだろう。


「フィロスたちのほうは平地だから馬車を使っていいぞ」

「それは助かるけど……ツナたちの方はどうするんだい?」

「こっちは山の中だからな。どっちにしても途中からは走っていくしかない。ニンジンさん担いで行く」

「担がれ、ます」


 屋敷へ向かう際もそうだったが、最近走ってばっかりだな。




-5-




「ここら辺だな……」


 マラソンランナーどころか馬もびっくりの速度で全力疾走した結果、ポイントへ到着したのは日没前だった。

 ニンジンさんの付与魔術の影響も大きい。慣れるまでは転びそうになったが、時間はかなり短縮できたはずだ。山に入ってからは岩と木の根を避けるアクションゲームだったぜ。また世界を縮めてしまった。


「戦闘にはならないとは思うが、念のためにニンジンさんは少し離れたところに居てくれ」

「はい。了解、です。到着の、連絡も、入れて、おきます」


 俺よりレベルは高いとはいえ、ニンジンさんにはほとんど戦闘力はない。相手を確認するまではとりあえず俺一人で対応したほうがいいだろう。

 辺りは一面岩場だ。隠れる場所は多い。ニンジンさんは小さいから、どこでも隠れられるはずだ。


 サンゴロさんが付けたという目印は分かり易く、かなり目立つマークだった。そのマークの書かれた岩の前でしばらく待つ。

 こちらのポイントは予備なのでこのまま現れない可能性も高いが、フィロスたちと合流する際はもう少しゆっくりにしたい。さすがにこの距離の全力疾走は疲れた。

 そんな事を考えていたら、岩陰から人影が現れる。……どうやらこっちが正解だったようだ。


「サンゴロの奴……本当にやってくれたのか」


 岩陰から出て来たのは浅黒い肌をした銀髪の男。長めの耳もあり、それだけならダークエルフに見えない事もないが、決定的に違うのは後方に向かって伸びた二本の角だ。

 一般的な種族の外見的特徴には当てはまらない。ハーフならあるいはという事もあるが、亜人同士のハーフは非常に珍しく、ほとんど確認されていないらしいからその可能性も薄いだろう。その外見は予め聞かされていたものと一致する。彼がロクトル……ベレンヴァールだ。


「あなたが『ロクトル』さん?」


 凶悪そうな顔をしているが、特に好戦的な雰囲気は感じない。むしろ、こうして会って感じる印象は静かな水面のような男だ。つまり、穏やかに見えるけど怒ったら怖そうという意味である。


「すまないが、ちょっと慎重になってるんだ。自己紹介の前に、そちらが迷宮都市の者であるという証拠が欲しい」

「サンゴロさんから手紙は預かってますが」

「それだけだと、どうにでもなってしまうからな。俺の本名と……レベルを言ってみてくれるか? 《 偽装 》は解くからちょっと待ってくれ」


 多分、こちらが《 看破 》を持っている事が前提の確認方法なのだろう。迷宮都市以外だとレベルまで分かる《 看破 》持ちはまずいないからな。


――――《 確認しました。種族名Unknown、名前はロクトル、本名は……ベレンヴァール・イグムート、ベースLv83、クラスは……なし? 》――


 《 偽装 》を解くまでもなく、念話で《 鑑定 》結果が伝わってくる。ニンジンさんは念話だと普通に話せるらしい。

 しかし……随分と高レベルだ。元々それくらい高かったのか、召喚に際して付与された力かは分からないが。


「いえ、《 偽装 》はそのままでも大丈夫です。ベレンヴァール・イグムート、Lv83ですね」

「……随分と高レベルの《 看破 》を持ってるんだな……いや、そっちの物陰に隠れたほうか」


 バレてーら。


「失礼かと思いましたが、彼女は戦闘能力がほとんどないので念のため身を隠させています」

「ああ、そのほうがいいだろう。……なんなら武装も解くぞ? ただの鉄製の剣と鎧だが」


 それはラーディン軍の使っている装備と同じ物だ。

 武装も鑑定情報も、随分とアンバランスな人だな。ラーディンには秘蔵の魔法武器とかないんだろうか……ないんだろうな。


「いえ、そのままで構いません。それで、まず謝罪しなければならない事が一点……」

「謝罪?」

「実はサンゴロさんについてなんですが……」


 サンゴロさんの容態とそこに至る経緯を一通り説明する。ベレンヴァールさんは黙って聞いていたが、複雑に入り混じった感情が表に現れていた。


「そうか……迷宮都市とオーレンディア王国の関係について不明瞭な部分が多過ぎて、危険な一手だったというわけだ。助けてもらって感謝する」


 表情で分かるのは、サンゴロさんへの暴力に対する怒り、重傷とはいえ生きている事への安堵、あとは自分への無力感といったところだろうか。こういう時に何もできないのは苦しいものだ。

 本人はあんな事を言っていたが、この人にとってサンゴロさんは大切な友人なのだろう。今回は助かったから良かったが、もしも死んでいた場合……そこまでいかなくても治療手段がなかった場合は相当に心象は悪かったはずだ。最悪、戦闘にすらなりかねないほどに。そんな感触を覚えた。


「それで、あいつは治るのか? 無理だというのなら、俺がなんとかするが……」

「大丈夫です。ただ、完治後のリハビリを兼ねて迷宮都市へ搬送する手はずになってます。もちろん本人の了解の上で」

「その方がいいだろうな。ここは色々危険だ」


 戦争してる最前線だからな。拷問をした王国軍もいるわけだし、また変な事態が発生するのは避けたい。


「それで、あなたの亡命に関してなんですが……」

「ああ、大抵の要求は飲もう。最悪、亡命が叶わないとしても、ラーディンに残している少女の呪いだけはなんとかしてもらいたいのだが」

「呪いに関しては確認してからになりますが、基本的にどちらも問題ありません。こちらからの要求はあなたの保護だけなので」


 俺たちが請けた依頼は、この男の保護と召喚術式の抹消だ。召喚士が保護対象である場合、一緒に亡命してもらうのはこちらとしても望む状況である。


「……そうなのか? よほどの事がなければ従うつもりだったんだが」

「今、《 念話 》で仲間を呼んでいるので、詳しい話はそれからでも……とりあえず、それまで現状の摺り合わせをさせて下さい」

「了解した」


 ニンジンさんにフィロスとゴーウェン、そしてグレンさんに連絡を取ってもらう。夜光さんも無事捕まり、グレンさんと一緒にこちらへ向かっているらしい。


「待ってる間に何か飲みますか? 食べる物も持って来てますけど……」

「塩の味しかしない干し肉でなければ頂けるかな……。それと、特に敬語はいらないぞ。君が普段からそういう言葉遣いというなら別だが」

「そうですか。じゃあ、普通にさせてもらうかな……」


 その後、隠れていたニンジンさんを呼んで、岩場でのティータイムだ。

 ベレンヴァールさん……ベレンは召喚されてからほとんどロクな物を口にしていなかったようで、携帯用の糧食でも美味そうに食べていた。

 特に戦争が始まってからは、保存用に大量の塩を使用している干し肉ばかりだったそうだ。地理上でしか知らないが、ラーディン海ばっかりだからな。

 そういうのってお湯で戻して食べるモノって印象があるけど、そうも言ってられない場合だってあるだろうし。


「一応聞いておきたいんだが、君たちは俺の情報はどこまで掴んでいるんだ?」

「異世界から召喚された事と、《 看破 》で分かる情報、それとサンゴロさんやあなたに直接聞いた事くらいだ。あとはグラス・ニグレムに脅迫されている事かな」

「グラス……? ああ、あの魔術師の名前か。そんな事まで調べてるんだな」

「現在、王城に潜入してる奴がサティナさんの保護、グラスの暗殺の準備をしてる」

「すべて筒抜けというわけか……大したものだ」


 ここからの手はずは、まずサティナ嬢の呪いの鑑定、解呪、そしてグラスの殺害だ。ベレンも同じ手順を想定していたようで、特に指摘もなかった。


「その後は迷宮都市に移動と……そこでの俺の扱いはどうなるか教えてもらってもいいか?」

「俺たちは保護するところまでしか聞いていない。……ただ、今回の命令を出した人の人格からして、害を受ける事はないと思う」

「今回のように、脅迫されて使い潰される事は心配しなくて良さそうだな」

「断言はできないけど、話を聞いて終わり、なんて事も有り得るんじゃないか?」


 ダンマスと境遇が同じだから、術式を抹消したいから、というのが今回の依頼の根本部分だ。言葉は悪いが、迷宮都市にとってこの人はそこまで利用価値があるわけでもない。冒険者になって無限回廊に挑戦するという道も、提示はされるだろうが強要はされないだろう。迷宮都市に定住するとして、生活環境については……交渉次第かな。


「随分余裕があるんだな、迷宮都市という場所は。それほどまで隔絶しているという事か」

「あそこはちょっと別世界だからな。ここら辺の街と同じ感覚で入るとびっくりすると思う」


 規模も文明も常識も何もかもが違うのだ。ベレンのいた世界の文明レベルがラディーネの前世のようなSF的な世界でもない限り驚くだろう。


「その迷宮都市の名前で気になっていたんだが……君たちは無限回廊というダンジョンを知っているか?」

「え? ……なんで無限回廊の事を?」

「そのままの名称なのか……いや、翻訳されているのかもな。……実は俺は元いた世界で無限回廊に潜っていたんだ」


 随分強いとは思っていたが、冒険者……そう呼ぶかどうかは分からないが、俺たちに類似する立場だったのか。この人の強さは異世界の無限回廊で戦っていたから得られた物というわけか。


「……なんで迷宮都市に無限回廊があると思ったんだ?」

「君たちの強さから、ダンジョンかそれに類似する何かがあるんじゃないかと想定していたんだが、かつて俺の友人で無限回廊は異世界と繋がっていて、俺と同じように攻略している奴がいるんじゃないかって説を唱えていた奴がいたんだ。その話を思い出してな」


 随分と無限回廊に詳しい奴がいたんだな。


「ベレンのいた世界では、異世界って概念は普通にあるのか? 観測しているとか、自由に移動できるとか……」

「いや、ない。こちらでいう転生の概念もない。無限回廊が異世界に繋がっているという話は誰も信じてなどいなかったのだが……この世界に無限回廊そのものがあるという事は、おそらく正解なのだろうな」

「一般的じゃないが、こっちでも世界が繋がっているって考えてる人はいる」


 ダンマスが長い攻略の果てに辿り着いた回答だから、多分正解なんだろう。


「無限回廊、潜ってるのに、なんで、クラス、ないです?」

「君はまた随分と変わった話し方だな……。クラスというものに関しては、迷宮都市の人間を《 看破 》した際に確認しているが、まったく知識がない。おそらく、世界でシステムに差異があるんだろう」

「クラスがないのにそこまでレベルを上げたのか……」


 クラスがないって事は、クラスによるステータス補正、スキルの習得などの恩恵もないという事だ。スキルを地力習得するにしたってクラスの補正は受けているし、ないと相当厳しいはずなんだが。


「良かったら、そのクラスについて詳しく聞かせてくれないか?」


 簡単にクラスについて説明をする。といっても下級冒険者がデビュー前に習う程度の事だが。


「なるほど……つまり、予め役割を決めて成長の方向性を固定するのか。スキルの自動取得と合わせて、随分と有用なシステムだな。攻略が楽になりそうだ」

「クラスないとスキル覚えるのも大変じゃないか?」

「……大変だな。だからほとんどの者は浅層……いわゆる第三十層までも突破できない」


 そこらへんの区切りも一緒なのか。


「ちなみに、ベレンは何層まで攻略してるんだ?」

「かなり無理をしての記録だが、俺の最高到達層は第七十層だ。基本的には第六十層~六十五層あたりで活動している」


 そりゃすごい。こっちと同じ物ってわけじゃないんだろうが、システムの補助に差がある事を考えると相当ハードな道のりだっただろうに。

 でも、システムに差異があるって事は、逆に考えるならこちらにはないシステムがあるのかもしれない。それをこちらで再現できるなら、攻略が更に捗りそうだな。


「俺はあの世界での到達層記録保持者だ。……こちらはどれくらい進んでいるんだ?」

「……それについては回答していいのか判断がつかないから、迷宮都市に戻ってから責任者に聞いてくれ。……参考までに、俺は三十一層でウロウロし始めた状態だ」

「あたしは、五十六層、です」


 ニンジンさんたちもすごいな。< ウォー・アームズ >の壁を突破済って事か。


「到達層に随分差があるが、君たちはチームというわけではないのか?」

「違い、ます」

「別のパーティだな。今回は迷宮都市の外の依頼って事でチームを組んでるだけだ」

「そうなのか……もう一つ疑問なんだが、迷宮都市とやらにはそんなに探索者……無限回廊に挑戦する者がいるのか?」

「そんなにっていうのがどれくらいを指しているのかは分からないけど」

「たとえば、俺の世界で無限回廊に挑む者は狂人の類か、罪人だけだ。継続して挑戦している者は数えるほどしかいない」


 それ、自分が狂人か犯罪者ですって言っているようなもんなんだが、突っ込んだ方がいいのか?


「それなら……、そういえばどれくらいいるんだ?」


 改めて聞かれると正確な人数は知らないな。IDだけなら四万五千人以上登録されてるけど……これって抹消されたりしないんだろうか。


「それなりに、活動、してる、人数なら、一万、以上、です」

「いち……まん?」


 そんなにいるのか。ベレンは驚愕しているが、俺もびっくりだ。

 おそらく、年に数回しかダンジョン・アタックしないような人も含んでるんだろうが、正直もっと少ないと思ってた。記念受験する奴もいるくらいだし。


「ちょっと桁が違い過ぎるな。……まさしく別世界だ。そこまで多いなら、俺より強い奴もたくさんいるんだろうな」

「たくさんかどうかはともかく、今ここに向かってる内の二人はベレンヴァールよりレベルが上だな」

「……戦場で鉢合わせしてたら死んでたかもな。俺は運が良かったというわけか」


 レベルもそうだが、その鉄の剣じゃ無理があるよな。クラスの補正もなければ余計に差はあるだろう。……まあ、それ以上にヤバイ人もいるわけだが。


「その二人、来ました」

「え、フィロスたちじゃなくて?」


 まだそこまで時間は経っていない。距離を考えるとグレンさんたちの合流は最後になると思っていたんだが。


「あれ、です」

「あれ?」


 ニンジンさんが指差したのは空だ。……飛んで来たって事なのか?

 その方向を見たら本当にいた。……本人は確認できないが、グレンさんたちが乗っていると思われる乗り物が。


「……エルダー……いや、エンシェントドラゴン……だと」


 それを見てベレンが驚愕していた。

 空からこちらに向かっているのは巨大なドラゴンだ。地竜でもワイバーンでもなく、れっきとしたドラゴン。迷宮都市でも最強種に分類されるカテゴリのモンスターである。

 おそらくアーシャさんたちでいうグリフォンのような騎乗生物なんだろうが……あの人、あんなのに乗ってるのかよ。でか過ぎて縮尺がおかしな事になってるんですが。


「……とんでもない差だな。アレ一体だけで俺を含んだラーディン軍すべてを一掃できるぞ」


 いや、さすがにアレは俺も想像以上だった。ダンマスが騎竜と言っていたから、竜種ではあるんだろうと思っていたが、まさかあんな超生物とは……。

 しかも、騎乗生物って事は乗ってる本人は多分それより強いわけで……グレンさんがどれだけ強いのか評価が難しくなってきた。


 その巨大ドラゴンが少し離れた場所に着陸する。生物だから、飛行機よりは着陸の地形を選ばないようだ。

 しかし、なんでまたあんなのに乗って来たんだ? この距離なら走ってもそこまで時間は変わらないし、目撃した人はびっくりして腰抜かしちゃうぞ。

 ドラゴンから降りたグレンさんと夜光さんは、少し慌てているように見える。


「ああ……すまないがベレンヴァールさん、このまま私たちと一緒にラーディン王都に向かってもらえるだろうか」


 自己紹介もなしに、突然の予定変更を告げられた。間違いなく普段のグレンさんじゃない。


「何かあったんですか?」

「つい先ほど、ミユミ君との連絡が交信中に途絶した。発信機の反応もロストした上、同じタイミングでラーディン王都から強力な魔力反応を検知……何か強力な結界が張られている」


 どういう事だ。そんな魔術が使えるような奴がいるって情報はなかった。最高位でもグラス・ニグレムのはず……。

 聞く限り、トマトさんが何かしたってわけでもなさそうだよな。


「このままフィロスとゴーウェンを拾って王都へ急行する。いや、この状況なら私と夜光だけで向かう方が正解……いっそダンジョンマスターを呼ぶか」


 グレンさんもよほど想定外の事態らしい。軽くパニックに陥っているのが分かった。

 サンゴロさんが捕まった時や、リディンが脱走した時には見られなかった狼狽が表に出てしまっている。


「落ち着いて下さい。……ここまでのイレギュラーケースなら、ダンマス呼ぶべきでしょう。あの人なら無駄になったとしても文句は言わないですよ」

「……そうだな。悪いが予定変更だ。君たちはベレンヴァールさんを連れて一旦基地に帰還してくれ。我々はダンジョンマスターに連絡したあと、二人でラーディンに向かう」


 それが妥当だろう。戦闘があるかもしれない事を考えると、俺たちはあきらかに戦力外だ。武装がないベレンもこの二人に合わせるのは厳しいだろう。

 ……美弓は心配だが、ああ見えて俺よりは強いからな。


「ベレンヴァールもそれでいいか?」

「……ああ、そちらの二人だけのほうが対応できるだろう。今の俺では足手纏いになりかねない。すまないが、サティナの事は……」



――――その時、俺の中の何かが強烈な危機を察知した。



 戦闘時の極限状態にも似た、限界まで時間が引き伸ばされる感覚。強襲……いや、この状況なら気付けないはずはない。

 危機の反応は……ベレンヴァールからだ。


 振り返ると、同じ物を感じ取っているのか呆然としているベレンヴァールの姿。

 これはベレンヴァールが何かしようとしているわけではなく、本人でも想定外の状況なのか。

 何か起こるのか想像が付かない。あまりに唐突な事態に、誰も反応できていない。


「俺から離れろっっ!!」


 とっさにベレンが叫ぶ。

 だがその次の瞬間、ベレンを中心に強烈な閃光が迸った。



――――Trap Magic《 グレーター・テレポーテーション 》――



 俺たちは何もできないまま、その光に飲み込まれた。



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