第9話「捕虜」




-1-




――――Action Skill《 パワースラッシュ 》――


 発光しつつ加速する斬撃が覆面戦士ラージェスへと放たれる。

 覆面戦士ラージェスはその発動を見てから超高速で反応、ナックルの金属部分をピンポイントで使い弾き軌道をずらす。

 剣のスピード、それも冒険者の膂力からスキルで加速して放たれるそれを拳で打ち払い、完全に無効化するのは並大抵の事じゃない。まともな人間なら視認する事すら不可能な斬撃に対し、接触する位置、勢い、タイミングをピンポイントで合わせて初めて可能となる芸当だ。

 そして、覆面戦士はすでに次に続く攻撃に備えを始めている。先の打ち払いを必要最小限の動きで行ったからこそできる準備速度。この各行動間の素早い移行が、スキル連携の柔軟性に並んで< 格闘家 >系統クラスの強みといえる。

 このまま攻撃を続ければ同じく無効化されるか躱されるだろう。それを確信できるほど、俺たちは模擬戦を繰り返して来た。

 ……俺が模擬戦をしてきたのはサージェスであって覆面戦士ラージェスではないのだが、それは置いておく。どっちも変わらんし。

 通常であれば、このあとに放つのは《 ハイパワースラッシュ 》。

 大抵の剣士であればそうするし、事実俺も選択肢をとる事が多い。理由は単純に同スキルの上位であり技の特性が似通っている事、連携の発動確率、タイミングに補正がかかる事。そしてなにより弾かれた体勢から撃てる剣技はそう多くない。振り下ろしに限定される《 ストライク・スマッシュ 》は発動できないはずだ、と普通は考える。

 加えて、俺であれば体勢をあえて崩す事で無理やり振り下ろし限定の《 ストライク・スマッシュ 》を放つ事も可能だ……と散々模擬戦を繰り返してきた覆面戦士ラージェスなら考慮するだろう。

 だが、ここで俺がとる選択はどちらとも異なる。

 ……ここはあえて何も打たない。次の瞬間にとる行動は体勢を整える事だ。結果、コンマ数秒の空白時間が発生する。

 スキル連携をして来なかった事に多少驚きつつも、覆面戦士ラージェスはスキル発動後の硬直時間を狙って来る。

 俺の狙いはそのタイミングだ。わずかに遅らせたタイミングでスキルを発動させる。


――――Skill Chain《 ストライク・スマッシュ 》――


 驚愕に見開かれる目を確認しつつ、全力で剣を振り下ろす。

 予想外の行動とはいえ、覆面戦士ラージェスも黙って斬られたりはしない。相打ち覚悟で剣に拳を合わせてくる。


――――Skill Chain《 瞬装:ニーダガー 》――


 拳は宙を切った。その先に剣はなく、ただ何もない空間が広がるのみ。


「っらあっ!」


 如何に覆面戦士ラージェスといえどこの体勢からは避けられない。

 俺が放つのは膝蹴りだ。ただし、その膝には特注で作成した膝用の短剣がある。俺はその膝に装着した短剣で"剣技"を発動させた。


――――Skill Chain《 パワースラッシュ 》――


「っがあっ!!」


 膝の短剣が剣技によって加速し、本来なら出す事のできないスピードで放たれる。

 覆面戦士ラージェスの露出した腹部に短剣がめり込むのを感じた。


「そこまで!」


 フィロスが模擬戦終了の合図を出して試合は終了だ。有効打を一度当てたら終了のルールなので、この勝負は俺の勝ちである。

 直撃とはいえ、覆面戦士ラージェスのダメージは大きくない。それよりも驚愕が優っているようだった。


「……リーダー、今のは一体……」

「研究の成果だな。スキル連携間のタイミングをずらすスキルディレイ、武器の持ち替えによるスキルキャンセル、そして武器カテゴリの拡張だ」

「二番目以外は何が何やら」


 武器持ち替えによるスキル再発動は元々サー……覆面戦士ラージェスの経験から発展したものだ。フィロスとの決闘でやった、《 瞬装 》で同じ武器を持ち替える事で連携上に同じスキルを組み込む技術はもちろん話してある。

 残りの二つはここ最近ダダカさんと戦闘研究をしている中で身に着けたものだ。以前からダダカさんと検証を続けていたのだが、《 瞬装 》から繋げてのスキル連携にはまだ未知の部分が多い。迷宮都市全体でも《 瞬装 》の使い手は少ないので検証が進んでいないというのが実状らしく、俺のように積極的に使うのは更に稀だそうだ。それこそ、俺とダダカさんくらいしかいない。

 下位にあたる《 ~・チェンジ 》は習得者も多いのだが、どうも《 瞬装 》に比べて制限が多いらしく、検証には不向きという話だった。


「ディレイのほうは上級冒険者が時々やるね。闘技場個人戦の動画で時々見かけるよ」


 近付いてきたフィロスが補足を始めた。どうやらディレイについては知っているらしい。


「そうだな。これは個人戦で良く使われる技術みたいだ」

「モンスター相手だと、タイミングずらす意味がない事が多いしね」


 連携は確かに強力で隙もないが、その実防御するだけなら容易だ。なんせ、発動するタイミングが一緒なのだ。

 人によって、状況によって多少のズレはあるとしても、同じ連携を続けて放てば対応される。対人戦に慣れた冒険者ならそれくらいはやる。

 それをヒットさせるには《 旋風斬 》と《 旋風斬・二連 》で軌道をずらすような工夫が必要となるのだが、もしもタイミングをずらせるなら攻撃パターンに膨大に変化を付けられる。

 以前から、極めてシビアなスキル連携の発動タイミングを任意でなんとかずらせないかという考えを持っていたのだが、それをダダカさんに伝えたところ、返って来た答えがこのスキルディレイだ。


 元々スキル連携というものはひどく難易度が高い。中級ランクに上がりたての前衛だと、なんとか一、二パターンの二連携が使える程度らしい。猫耳は使えないみたいだが、斥候職なら珍しい事でもないようだ。

 アクションスキルは基本的にスキルのイメージ固定→発動前の溜め→発動→発動後の硬直というプロセスをなぞる形で発動する。

 連携する場合、最後の硬直は無視して次のスキルに繋げるのだが、その前のイメージ固定と溜めを次のスキル発動に合わせるタイミングで先行して行わなければならない。このタイミングが少しでもずれれば不発になり、スキル連携を続けるごとにこのタイミングは短くなっていく。しかもそのタイミングは手探りだ。目押しできるようなもんじゃない。もちろん、溜めが間に合わないスキルの発動は不可能だ。

 ただでさえコンマ数秒というタイミングに倍々で補正がかかり、いつぞやの八連撃などほとんど刹那の瞬間を見極めないと発動しない神業である。それを戦いながらやらないといけないんだから、そりゃ誰も実戦投入しない。しかも、失敗すれば長時間の硬直タイムが待っているのだ。

 スキルディレイはスキルの発動タイミングの指定を事前に行い、そのタイミングをずらす事を可能とする。

 受動的にタイミングを待つのでなく任意に指定して能動的に発動するのだから、その処理が増える分、更に難易度は上がる。明確なイメージがなければ不発で終わりだ。

 これは、軌道までを含めた技を発動するイメージを維持しつつ、それのイメージ自体をリアルタイム修正した上で、コンマ数秒の中に存在する発動タイミングを見極めて発動するような、途方もない集中力が必要となる。当然、発声起動では発動しない。

 タイミング調整や、溜め時間の延長などのメリットはあるが、成功確率も低い上に失敗時のリスクもでかい。連携が不発に終わる事を考えるとギャンブルが過ぎる技術だ。だからこその高等技術なのだが、はっきり言って現時点で必要になる事はそうそうないだろう。あくまで先を見据えた訓練だ。


「なるほど……私には非常に有用な技術ですね」

「だな、どっちかというお前向きの技術だ」


 覆面戦士のように連携を多用する格闘戦主体の戦闘スタイルの場合、この恩恵は跳ね上がる。

 こいつにとって今後必須となってくるスキルだろう。HP操作と併せて覚えておいて損はない。だからこそ、ほとんど未完成な状態でも見せたのだ。


「君の場合は、《 瞬装 》から展開される無数の攻撃パターンが更に読み辛くなるって事か。……やるね」


 格闘戦はもちろんだが、俺やダダカさんのような戦い方の場合でも実に有効だ。《 瞬装 》を絡める分難易度は上がるが、自由度も格段に増す。

 フィロスはこの時点ですでに対策を考え始めているんだろう。称賛してても目が笑ってない。


「ディレイやキャンセルは分かるけど、最後のはなんだい?」

「これは完全に新技術のはずだ。できる事が分かったって段階だから、まだ実用性は皆無に等しい」


 剣技、槍技、斧技、あるいは弓などの射撃武器でもいいが、これらの技を発動させる基準というのはどこにあるのだろうと考えていた。

 かつて、< 鮮血の城 >でサージェスは《 ダイナマイト・インパクト 》を《 トルネード・キック 》の着弾に合わせて使用した。これは《 ダイナマイト・インパクト 》が打撃技のカテゴリであり、《 トルネード・キック 》は蹴撃技でありながら、打撃技にも含まれるスキルだという事を意味する。打撃という言葉だけ見てみればハンマーでも発動しそうなものだが、体術でないと発動しないという前提もあるため発動不可らしい。

 実戦で使えるかどうかはともかく、これらは中級ランク以上の< 格闘家 >であれば知ってて当たり前という技術である。


 ならば違う武器カテゴリ、たとえば剣技はどうだろうか。トライアル以来ずっと世話になっている《 パワースラッシュ 》。これは剣技だ。両手剣だろうが片手剣だろうが、あるいは短剣でも発動する。発動の仕方も自由度が高い。振り下ろし、振り上げ、薙ぎ、刺突は駄目らしいが、とにかく剣カテゴリに含まれる武器での斬撃であれば《 パワースラッシュ 》は発動する。

 では、手に持たなければ発動しないのか? と、そう考えたのだ。

 たとえば、ユキが《 クリア・ハンド 》で作ってるのは手だが、それは本来存在しない体の部位だ。ならば、別に手じゃなくても良いんじゃね? と。

 その答えはさっき実演してみせた通り発動する、だ。ただし、《 ソード・マリオネット 》のような遠隔念動では発動しない。ユキの《 クリア・ハンド 》のような形でもいいから、とにかく自分が振っていないといけない。

 つまり、何が言いたいのかというと、脚で剣を扱っても《 パワー・スラッシュ 》は発動するのである。


「相変わらずとんでもない事考えるね」


 《 瞬装 》はいわば武器の切り替えである。一般的な使い方は相手の攻撃に合わせた盾の切り替え、耐久度が減少した武器から予備武器への切り替えなどが主で、戦闘中にこれを行う者はほとんどいない。シビアなタイミングには極度の集中力が必要とされるため、一手ミスをしただけで致命傷となりかねない状況では敬遠されるようだ。

 下位互換とはいえ、フィロスは《 ウエポン・チェンジ 》で武器の切り替えを行うが、これは俺の影響だろう。聞いてみたら、これが当たり前だと思っていたらしく、< アーク・セイバー >の模擬戦でやったらギョっとされたようだ。

 普通は予め手に持った武器でしかスキルは発動しない。武器のアクションスキルと体術系のスキルを組み合わせた連携はすでに前例があるようだが、これはその亜種である。


「では、最初から各所に武器を装備していれば良いのでは?」

「それでも問題ない。要は武器さえあれば体術系スキルのように全身で使えるってだけだからな。俺の場合は持ってなくても使えるからそうしてるだけだ」

「ちょっと、それ貸してもらってもいいかな」


 早速試してみたいようなので、フィロスに膝用の短剣を貸してみる。フィロスが蹴りを放つ姿は見たことがないので少し新鮮だ。

 だが、やはり上手く発動できないらしい。


「うーん……難しいな」

「剣を振っているって概念がないと発動できないらしい。ダダカさんも最初は苦戦してた」


 膝につけた短剣を剣と同じ感覚で扱うイメージがないとこのスキルは発動しない。固定観念に縛られた剣士では難しい領域だろう。

 ただ、何故か俺は最初からできた。案外俺はこういう奇天烈なスキルの使い方に適性があるのかもしれない。盾を足場にしてのジャンプもぶっつけ本番で成功させたし。


「まあ、実験だな。今すぐに役に立たなくても、これが活きてくる場面はあるだろう」

「私は《 パワースラッシュ 》は適性がないようですが、それ以外にも使い道はありそうですね。何より、攻撃スキルを発動できる箇所が増えるというのが良い」


 そう、この実験の最大の肝はそれだ。

 極端な話、右手の《 ダイナマイト・インパクト 》から、左手、右足、左足、頭突き、肘、膝、肩で《 ダイナマイト・インパクト 》への連続攻撃さえ可能なのだ。実際は連携による発動タイミングの縮小化や再発動時間の兼ね合いから現実的とは言い難いが、他のスキルを組み合わせるだけでも可能性はかなり広がる。それに近い事が武器スキルでも可能となるのだ。

 もちろんこれは膝だけではない。ラディーネにお願いして膝、肘、爪先、踵用の短剣を作ってもらい、発動だけならできるようになっている。全部合わせれば刃物人間爆誕である。

 現時点ではあくまで実験の域は出ないが、これはもう一つの高等技術であるアクションスキルの多重起動に繋げるための準備でもある。

 複数の武器で同時にスキルを発動するというのは、攻撃力の強化の他に、相手に防御・回避させて手を止める事ができるというメリットがある。

 手数が多いという事はそれだけで強力な手札になり得るのだ。同時じゃなく、ユキのように少しタイミングをずらして発動させるだけでも攻撃の幅も広がるだろう。


――――Action Skill《 パワースラッシュ 》――


「お」

「できたね。……成功率は低いけど、できる事が分かっただけでもいいか」


 見たその場で再現できるだけでも大したものだと思うぞ。ダダカさんでも一時間くらいはかかってたし。


「腕がない場合の攻撃手段としてもいいね。問題は《 ウエポン・チェンジ 》は対応してないから、事前の仕込みが必要って事か」


 フィロスの使う《 ウエポン・チェンジ 》は《 瞬装 》の下位互換であるためか、足への特殊な武器展開などはできないらしい。ダンマスは面白がって《 瞬装 》のスキルオーブを渡そうとしたらしいが、フィロスには適性がなかったようだ。

 辞退して習得はしていないものの《 シールド・チェンジ 》、《 アーマー・チェンジ 》の適性はあったらしいので、将来的には下位の装備変更スキルは一通り使えるようになるのだろう。


「腕がない場面での戦闘方法を真面目に検証してるのかよ……どんな世界だ」


 さっきから現実逃避気味に見学していたジェイルが言う。


「迷宮都市の冒険者やってると、腕千切れるとか日常茶飯事だからね。戦う手段があるなら、そこで諦める事もない」

「聞くだけで怖いな。腕切断されて戦意失わないのが普通なのか」


 何気なく参加しているジェイルだが、やはり迷宮都市外の人間との意識の違いは大きいようだ。


「でも、痛みはあるわけだろ?」

「そりゃ悶絶するほど痛いけど、それよりひどい場面はあるからね」

「どんな地獄で生きてるんだ」


 俺の場合、手足がなくなる経験は主に[ 灼熱の間 ]のものが多いな。何回炭にされたか分からない。

 でも、ロッテの使った《 死の追想 》なんかはそれが霞んで見えるほどの苦痛だった。


「慣れればいい感じに興奮しますよ」

「そりゃお前だけだ」


 マゾと一般人さんを一緒にしてはいけない。大抵の冒険者はステータスに現れない部分で痛みへの耐性を備えているが、それを性的興奮に変換できるのは選ばれしドMだけである。

 こうして考えるとドMというのがすさまじい才能に見えてくるから不思議だ。全然羨ましくはないが。


「部外者にこんな場面を見せてもいいものなのか? ……見ても訳分からんというのが正直なところだが」

「団長からも許可はもらってるし、いいんじゃないかな。それに、ジェイルは迷宮都市に来る気なんだろ?」

「そりゃもう行く気満々だよ」


 渋々了解という形だったが、この見学にはグレンさんの許可も出ている。

 許可が出たのは、ジェイルが迷宮都市に来る事を伝えたのが大きいだろう。フィロスが騎士団を辞めてからずっと検討はしていたようだが、それが昨日の食事で振り切れたらしい。

 フィロスとは違い、貴族、それも伯爵なんていう大貴族の人間が騎士団を辞めたり、家を出たりする事はなかなか手間がかかるのだろうが、あのオカマが親父なら問題ない気もする。オカマだけど、かなりさっぱりした性格だったし。


「なんか悪いな、推薦してもらって」

「推薦っていっても、あんまり意味はないらしいけどね。街に入る時のすごく長い審査がちょっと短くなるくらいだってさ」

「それだけでもありがたいよ。中に入ったら経験者から色々話も聞けるだろうし」

「あの審査はなかなか長いですからね。放置プレイの苦手な方は大変でしょう」


 通常、迷宮都市に入るための審査は本来数日に渡るものらしい。俺やユキが数時間で済んだのは元日本人だからだ。実はかなり優遇されている。

 実のところ、こうやって遠征した冒険者と出会った事がきっかけで推薦をもらい、迷宮都市を目指す者は多いらしい。身近なところだとティリアなんかがそうだ。ゴーウェンもそうらしいと聞いているが、喋らないから詳細は分からない。


「なんなら、フィロスがトライアルの同伴者をやればいいんじゃないか?」

「あー、そういえばもう受注できるのか。いいかもね」


 猫耳がやっていたように、トライアルの同伴者は中級冒険者の仕事だ。

 初回攻略して隠しステージまで行ったら友人同士の殺し合いに発展するわけだが、……まあ難易度からいっても杞憂だろう。ひょっとしたらもう撤廃されてる可能性もあるし。


「しかし、お前らを見てると追い付ける気がしないんだが」

「まあ、僕もツナも覆面戦士ラージェスも迷宮都市の中ではかなり早くランクを上げてる方だからね。スピードを張り合うのは難しいかもしれないけど、長い目で見るならいくらでも強くなれるさ。それに、ジェイルは強くなる事に関しては真摯だからね」

「元々の基盤が違うとはいえ、お前らはそこまで半年で到達したわけだろ? その中級ランクっていうのは、普通ならどれくらいの期間をかけてなるものなんだ?」

「大雑把だからあまり参考にならないかもしれないけど、登録してからデビューまでが半年から一年、そこから数年がかりで中級に上がるらしいよ」

「……お前らがおかしいって事が分かって良かったよ。超スピード出世じゃないか」


 ほとんど成り行きだが、ランク上がるのは早かったよな。記録出してるし。あまり基準にすべき見本ではないだろう。


「おかしいのはリーダーとフィロスさんであって、私はここまで二年くらい経ってますよ」

「そもそもあんたは何者なんだ。当たり前のように参加しているが冒険者なのか」

「私の名はラージェス。ちょっぴりマゾな覆面戦士だっ!」

「お、おう……」


 ニンジンさんと練習していたちょっと格好いいポーズで自己紹介を始める覆面戦士。迷宮都市に来ると言っている人相手なのに偽名である。


「こいつは迷宮都市の中でも一際変だから基準にしないほうがいいぞ。なんなら存在を忘れてもいい」

「そ、そうなのか……」


 迷宮都市には変な奴も多いが、こいつはその中でも特例に近い変人だからな。あと、お前は間違ってもちょっぴりではない。


「覆面戦士はともかくとして、聞いただけでも飯は美味いし、女の子も可愛いとくれば行かない手はないよな。俺でも結婚できるかも」

「ジェイルはモテそうに見えるが、オカ……親父さんの影響ってそんなに大きいもんなのか?」

「でかいな。その上、王都にいる限りは貴族……それも子爵あたりの家じゃないと家格の問題もある。そこら辺気にしなくていいだけでも随分違うな」


 家格の近い相手しか結婚相手に選べないって事か。その家に年の合う子がいるとも限らないし、大変そうだ。

 ついでにジェイルの場合、親の問題も上乗せだ。あのオカマ伯爵と縁を結びたいかっていうと難しいところだよな。


「それに迷宮都市にはいろんな種族がいるんだろ? エルフさんとかもいたりするのかな」

「多いってわけじゃないが、普通にいるな。少なくともハーフならこの建物の中にもいるし」


 ニンジンさんとか。他にもいると思う。王国貴族は亜人嫌いが多いって聞いてたけど、ジェイルはそうでもないんだろうか。


「でも、エルフって成長遅いみたいだぞ。今回同行してる二人もチビっ子だし」

「それがいいんじゃないか。小さい子っていいよな。兄貴は熟女好きだから分かってもらえないんだ」

「あー、ジェイルはどうもその……幼女趣味というか……。家系なんだろうね」


 あの親にしてこの子ありか。……オカマでホモよりは全然マシだと思うけど。


「度合いにもよるが、迷宮都市は広いからロリコンくらいいてもおかしくないだろ」

「だ、だよな。分かってくれる奴がいて嬉しいぜ。さては同志だな」


 ストライクゾーンが広いという自覚はあるが、別に同志ではない。デカ女でも熟女でも普通にアリだぞ。


「一応、極端なのは犯罪になるから気をつけろよ」

「大丈夫だ。俺は紳士だからな。未成年は愛でるだけにしておく」


 親父ほどの極端さがなければ大丈夫だろう。駄目でも放逐されるだけだ。それに迷宮都市には合法ロリもたくさんいるからな。六十二歳の幼女AV女優みたいなのもいるわけだから、きっと需要は満たせるだろう。


「私の知り合いの雑誌編集者でホセさんという方がいるんですが、その方も小さい子が好きですね」

「……お前の知り合いで雑誌編集者って事は、マゾ雑誌作ってる奴って事か?」

「ええ、『月刊マゾボーイ』という雑誌の編者者で、マゾでホモのショタコンという壮絶な性癖を抱えた人です。彼を超える人はなかなかいないでしょう」

「さすがにそいつと同じカテゴリとは思われたくないな……」


 覆面戦士にここまで言われてしまうという事は、よほど救いようのない変態なんだな。




-2-




 静かな午後だった。そんな静かな空間で、男が二人、向い合って一つの盤面を睨み合っている。

 ここが戦場である事を考えれば、見ようによっては作戦の検討をしているようにも見えるかもしれない。

 だが、目の前の盤は戦争ゲームの側面はあるとはいえ、ただのゲームだ。……というか将棋である。


「王手」

「む……」


 俺の手にグレンさんの眉が寄った。

 王手ではあるがまだ逃れる事は可能。だが、その逃げ道は行き止まりの袋小路だ。逃げ切る事はできない。最大でもあと三手で決着となる詰み状態である。


「……駄目だな。投了だ」


 グレンさんはあまり将棋は強くなかったが、戦況が読めないわけでないらしい。少しだけ考えたら、あっさりと負けを認めて投了した。

 ダンマスが持ち込んだというなら将棋歴だってそう長くはないだろうし、この強さは妥当なレベルだ。


「< アーク・セイバー >で指揮官役やってるから将棋も強いかと思ったんですが、そうでもないんですね」

「私はどうもこの取った相手の駒を使えるというルールが苦手でね。剣刃は得意みたいだが、あいつとやると瞬殺されて良く分からないまま終わるんだ。大人げない」


 あの人が大人げないのはみんな知ってる事なので今更である。チェスなら得意だったりするんだろうか。


「次はニンジンさんがやってみるか?」

「あたし、ルール、知りません」


 俺の後ろでじっと盤を覗いていたニンジンさんに振ってみるが、そもそもルールを知らないらしい。知らないで将棋観戦してたのか。


「やはりにわか仕込みだと厳しいな。日本出身には勝てないか」

「俺もそんなに強くはないと思いますが、たとえば美弓だったら弱いから勝てると思いますよ」

「ミユミ、ちゃん、将棋弱い、です?」

「弱いな。犬といい勝負だ」

「犬……」


 将棋を打てない犬相手に時間制限待ちで勝った事があるのは覚えている。あくまで前世での事なんで、今は上達しているかもしれない。


「さすがの私でも犬に負ける事はないぞ。……いや、迷宮都市ならあるいはそんな犬もいるのか?」


 ……ペットショップに行けば喋る奴がいるんだから、将棋指せる犬くらいはいそうだな。負けたらへこみそう。


「クランマスター同士で、そういうボードゲームなんかもやるんですね。そんなに干渉し合わないイメージを持ってました」

「スケジュールの都合もあるからプライベートで一緒になる事はあまりないが、定期的に交流の時間を作ってるんだ。良く麻雀をやるよ」


 イメージが合わないにもほどがあるチョイスだ。

 この様子だと、日本にあったゲームは一通りありそうだな。さすがダンマス。きっとオセロから普及を始めたに違いない。


「エルミアはすぐ寝てしまうから基本は他の四人で打つんだが、かなり高度な駆け引きが展開されるな」

「麻雀って運の要素が大きいゲームだと思いますけど、捨て牌からスジ読んだりとかですかね?」


 それだけだと高度とは言い難いな。手積みだったら自分の山を操作もできるだろうが、多分自動卓だろうし……。まさか、高度なイカサマじゃないだろうな。


「それは当然として、牌の位置を完全に把握し、相手の身体状況、動き、視線、呼吸を読み取って動向を読み合うという、ほとんどイカサマギリギリの闘いになる。相手に読ませないために無理やり心拍数上げたりとかな。特にやり辛いのはリハリトだ。あいつ麻雀打つ時は必ず甲冑着けてくるから、表に出る情報が少ないんだ。その癖、裏をかくのが得意だから手に負えん」


 それ、冒険者の能力を駆使したらほとんど超能力染みた事になるんじゃないか?


「金持ち同士なら、さぞかし高レートの戦いになるんでしょうね」

「ああ。本当に危険な戦いだ。良く剣刃が小遣い全部巻き上げられて泣いているよ」


 あの人小遣い制だったのか。高額の酒をポンと買えるわけだし、小遣いっていったって並の額じゃないんだろうが……妙に生活臭が溢れているな。


「さて、もう一局いこうか……慣れてきたし、そろそろ一勝くらいしたいところだ」

「それは構わないんですが……えーと、俺たちこんな事してていいんですかね?」


 ここ戦場のはずなんだけど。


「なんなら囲碁もあるが」

「いやそうではなく。……ここは戦争中で、俺たちは遠征しに来たわけなんですけど」

「……といってもだな。実は夜光の奴が零していたんだが、正規の軍の方もやる事がなくて暇らしい。民間人移動の護衛に関しても結局お流れになったしな」


 ああ、流れたのか。内容から推測するに、なんか横槍でも入ったのかな。


「人が斬れなくて禁断症状が出そうだとか冗談で言っていたが、あいつの場合は洒落にならんからな。どこかで出番がないと不味い」


 どんだけ危険人物なんだよ、夜光さん。


「つまり、表向きの部隊ですら仕事がないんだから、例の『ロクトル』絡み以外で我々が出る事はないだろうという事だ」

「さいですか……」

「やはり、基本はこうして待機になるな。ただ、何か動きがあり次第、時刻関係なく出撃する事になるから準備はしておいてくれ」

「準備はいつでも」


 俺は特に準備は少ない。今は私服だが、着替えるのだって一瞬だ。デーモン君にだってなれる。


「疲労を溜めない程度に訓練するも良し、街を散策しても良い」

「一般の店なんてほとんど開いてませんよ」


 開いてるのは王国軍御用達の酒場と、本当にわずかな生活必需品の店だけだ。一応王国通貨も持って来ているが、それも無駄に終わりそうだ。

 認識阻害がかからないから娼館でも行こうかなとも思ったのだが、避難が済んだ今では王国軍に組み込まれた専用の方々しかいない。

 正式な援軍であるという建前があるため、俺たちがそれを利用するのは禁止されているし、ジェイルから聞いた限り正直レベルが低そうだ。

 路地裏にはフリーの方もいらっしゃるが、そちらは更にひどく、見た目アレで臭いがキツくて最悪の場合病気持ちもいるらしい。


『あー、酸っぱいブヨブヨの乾燥芋とか好きだったりするか? そういうのがいいっていうならなんとか……』


 ごめんなさい。そんな事言われてしまったら色々萎えてしまいます。

 迷宮都市なら病気くらいなんとかなるが、路地裏を覗いてみた限りさすがにキツイ容姿の方ばかりだった。ニーナちゃんたちを見てしまったあとだとレベルの差に愕然としてしまう。ほとんどゴブリンにしか見えないような人もいるのだ。意外なところでティリアとオークさんたちの視覚的関係性を知ってしまった気がする。

 王都あたりの高級娼館なら、かなりグレードが高くなるらしいんだが……今回は大人しくエロ本で我慢するしかない。迷宮都市に戻るまでに目に焼き付けておかないと。


「まさか、普通の遠征もこんなに暇なわけじゃないですよね」

「ピンキリだが、今回はかなり特殊な例だな。その中でも我々は極端だ」

「いつもは、移動時間、ばっかり、です」

「ニンジンさんは遠征経験多いんだっけ?」

「はい。移動、情報収集、移動、殲滅、移動、報告、移動、です」


 それはそれでキツイな。


「まあ、滅多にない骨休めだと思うとしよう。最近は忙しかったからな」

「ほんとにこんなんで金もらっていいのかって感じですがね」

「多分、ミユミちゃん、一番、働いて、ます」


 本当にそうっぽいよな。


「美弓の奴とは定期連絡取ってるんですよね? 何か進展はありましたか?」

「あれば昼の集会で伝えている。昨日の報告ではラーディン王都に潜入はしたとの事だったが、それだけだな」


 そりゃ一日じゃな。暗殺するかどうかは知らないが、まずは情報収集が先だろうし。




 そうして将棋を続けていると、部屋に訪問者が現れた。


「団長、遅れていたゴーウェンが着任しました」

「ベネットか。ご苦労さん」


 部屋に入ってきたのはベネットさんという< アーク・セイバー >所属の女性だ。グレンさん担当の副官らしく、今回の遠征では通常の遠征軍として参加しているらしい。ただそれは偽装で、グレンさんの副官としての役割を優先しているそうだ。

 彼女の後ろから見慣れた巨体が姿を現す。遅刻組のゴーウェンだ。俺の姿を見て少し驚いていたが、相変わらず何も言わずに会釈だけをする。


「おー、でっかい、です」


 ニンジンさんがそう言うが、馬と違ってペシペシ叩いたりはしない。そこら辺は常識的らしい。


「で、どうだった合コンは? 楽しめたか?」

「……合……コンだと」


 なんだそれは。俺の知っている合同コンパの事でいいのか? まさか、あいつそんな理由で遅刻したのか?

 探るようにゴーウェンに視線をやると、目を逸らされた。……マジかよ。


「馬鹿な……」


 俺たちのゴーウェンさんがそんな遠くに行ってしまったなんて……。

 何故俺を誘ってくれなかったんだ。正直、デーモンになるより合コンに行く事を優先したかった。そんな理由があれば遅刻くらいするさ。


「あー、そうゴーウェンを睨んでやるな。ウチの福利厚生の一環として、若い奴らには一般の子とそういう席を作るようにしてるんだ。今回はたまたまタイミングがな」

「……そんなイベント用意しているのは団長だけですがね」


 ベネットさんの突っ込みが入る。

 そうか……グレンさんの部隊に入ればそんな素敵なイベントが発生するのか。しかも相手は一般人……俺にはほとんど縁のないゾーンだ。

 どうする、今からでも< アーク・セイバー >に……、いや、さすがにユキさんや他のメンバー、ついでにアーシャさんにぶっ飛ばされそうだな。


「既婚の冒険者のほうがいい成績を出すという統計もあるくらいだからな。何も問題はあるまい」

「別に否定したわけではありませんよ」


 そんな統計があるのか。

 なら仕方ないよね。冒険者として上を目指すためにも俺も結婚を……その前段階でもいいから、なんとかして相手を見つけなければ。……いや、トマトさん以外で。


「と、ところでそれって、< アーク・セイバー >の人以外でも参加できたりしませんかね? 実は参加したいという人に心当たりがあるんですが……」

「うーん、一応欠員が出た時は推薦さえあれば外から呼んでくる事もできるようにはしてあるが、やはり部隊最優先、その次にクラン員優先になってしまうな。結構人気あるんだ」


 くそ……そりゃクラン内の福利厚生なんだから当たり前だよな。


「興味があるならギルド……いや、いっそダンジョンマスターに言えば見合いくらいセッティングしてくれるんじゃないか?」

「え? そういうもんなんですか?」

「ギルドで結婚相談所を作るくらいには推奨しているからな。中級以上なら問題なくサービスを受けられるはずだ。君なんて若手のホープなんだからいくらでも相手はいそうだ」


 言われてみれば、そんな張り紙を見た事もある。TVでやってるCMが何故かブリーフさんだから誤解してたが、普通は人間向けのサービスか。


「ちなみに、私やダダカは別口だが、剣刃はダンジョンマスターの紹介での見合い結婚だそ」


 ああ、打ち上げの時の和服美人か。

 そっか……ダンマスにお願いすれば聞いてくれるのかな。

 ……しかしなんだろう。あの人に頼むと、いろんな意味でものすごい相手を紹介されそうな気がするのは気のせいだろうか。


「ベネットもそろそろいい年なんだから見合いでもするか? 相手ならいくらでもいるぞ」


 そうか、ベネットさんはまだ未婚なのか。

 ……結構年上っぽいがアリだな。ショートの髪型はともかく、ピンク色だからきっとエロいはずだ。あの真面目そうな顔の奥にはいやらしい妄想が詰まっているに違いない。きっと夜な夜な搾り取られてしまうのだろう。……くっ。


「結構です。まだ考えてないですし、姉さん置いて私だけ結婚すると姉妹関係に罅が入りかねません」

「アネットは……無理だろ。ローランの奴絶対気付いてないぞ。アーシェリアとくっつく気配もないし、あいつの頭はどうなってるんだろうな。噂通り実はホモなんじゃないか?」

「……それは言わない方向で」


 この話しぶりからすると、グレンさんたちとこのベネットさんの姉妹は迷宮都市に来る以前からの関係者なんだろう。

 詳細は良く分からないが、このベネットさんのお姉さんがローランさんの事が好きという事は分かった。そして、それが実る実らない以前に気付かれてもいないと。……あの人、さぞかしモテるんだろうが、そういう身近な恋愛事に鈍そうではあるよな。……あとアーシャさんも。クロのほうがなんだかんだで早く結婚しそう。


「とにかく、これからゴーウェン連れて宿舎内の案内をして来ますので、何かありましたら事務所のほうに連絡を……」

「あー、分かった分かった。いってらっしゃい」

「ゴーウェン」


 ベネットさんに連れられて部屋を出ていこうとするゴーウェンを引き止める。


「あとで、みんな集めてお話な」

「…………」


 いつも通り返事はなかったが、意味が伝わっていないという事はないだろう。微かに狼狽した気配が伝わってくる。巧妙に誤魔化してはいるようだが、今の俺の勘は鋭いぞ。

 今日の夜にでも、みんなで詰問大会開催決定である。




 だが、開催された詰問会はゴーウェンの無言の抵抗により幕を降ろした。

 必死だったのが俺だけというのが最大の敗因だろう。良く考えてみたら、フィロスもサージェスも特に興味ないのだから当たり前だ。




-3-




「ほー、合コンというイベントがあるのか」


 むしろ、この憤りを分かってくれたのは部外者だった。翌日の朝、飯をたかりに来たジェイルに話すとそんな答えが返ってきたのだ。

 こいつはロリコンだが、そこまでターゲットが狭くはないらしく、年下に見えればOKという大らかな男だ。ただ、年を取ると問題になってくるタイプだろう。実に迷宮都市向きだ。


「分かってくれるか。良し、俺のパンも食っていいぞ」

「いやー、悪いなー……ってこれ、勝手に持ってきていいヤツじゃねーか!」


 そもそもこの食堂で飯食えるのは迷宮都市所属の人間だけなのだから、食えるだけありがたいと思いなさい。

 というか、毎日来るつもりじゃないだろうな。俺たちがいないと入れないぞ。


「僕も誘われはしたんだけどね。わざわざ時間割くような事でもないかなって断ったんだ」


 遅刻しなかったから大体分かっていたが、フィロスは参加していないらしい。

 お前の場合、放っておいても寄ってくるだろうから必要ないんだろうな。ナンパ行こうって言っても断るしさ。


「フィロスはまだ結婚しないのか? ほら、前に紹介してもらった幼馴染の子とか」

「幼馴染?」


 なんだその素敵ワードは。俺にはそんなのいないぞ。いたような気もするが、売られていったはずだ。


「あまり考えた事はないな。最近会ってないし」

「幼馴染みって事はスラムに住んでるのか?」


 あそこ魔窟だから、女の子とか生活できないんじゃないか? 一般人が足を踏み入れると数分で命までカツアゲされるって噂だぞ。


「師匠が一緒にいるから安全なんだよ。あんまり外に出る事はないし、本人も護身くらいはできる」


 話を聞く限りじゃ、スラムの中では特権階級っぽい立場だったみたいだからな。俺よりいい物食ってたはずだ。


「フィオちゃん、この街に来てるぞ」

「え、なんでだい?」

「フィオちゃんって……紛らわしい名前だな」


 フィロスのフィロとほとんど同じ響きだ。


「昔は良く双子に間違われたから、僕の名前に合わせて付けられたんだよ。……いや、そうじゃなくて、なんでこの街に?」

「いや事情は知らないが、一般兵の宿舎で働いてるのを見かけた。そういう仕事を請けたんじゃないか?」

「……おかしいな。師匠がこんな危険な場所の仕事を許すわけ……ごめんジェイル、案内してもらってもいいかな」

「悪い。俺、このあと仕事あるから場所だけでもいいか?」

「あー、そうだよね。それでいいよ。あとは自分で探すから」


 お前、本当に飯だけ食いに来たのかよ。


「俺は暇だから一緒に行っていいか?」

「え? ああ、構わないけど、面白くはないと思うよ」


 訓練かグレンさんと将棋指すくらいしかやる事ないしな。フィロスの幼馴染にも興味あるし。


「ところで、このパンって持ち帰ってもいいのかな。明日からしばらく来れないから保管したいんだけど」

「……知らんが、あそこにいる受付嬢さんに聞いてみればいいんじゃないか?」


 聞いてみたが、駄目らしい。ジェイルはしばらく王国軍の飯だな。




 ジェイルに教えられた場所は街の郊外。騎士団が宿舎を構える場所からかなり離れた一般兵の宿舎だ。宿舎とは名ばかりのほとんど仮設テントのような建物ばかりで、雰囲気も暗い。

 ここにいるのは軍人ではなく、基本的に徴兵されて来た人たちばかりだから身につけている物もバラバラだ。何故か農具を構えている者もいるが、武器くらい支給されないのだろうか。

 とても兵士には見えない物乞いも多い。ほとんどスラムの出張所の様相だ。難民キャンプと言われても納得しそう。


「なんでデーモンなんだい? もう会議以外では着なくてもいいって話じゃなかったっけ」

「そこはほら……こういうところで絡まれると怖いじゃないか」

「そんな事気にするようなタイプじゃないだろうに。それに、さっきから関係なく絡まれてるけど」

「なんでだろうな……威圧感が足りないのか?」


 優しく拳で挨拶するとどこかへと逃げていったが、変なゴロツキたちは絡んで来る。

 声の《 偽装 》はすでにかかっていないとはいえ、こんな全身甲冑相手にカツアゲをしようなんて見上げた根性だと思うぞ、うん。……というか、頭おかしいんじゃねーか。


「こんなところにお前の幼馴染がいるのか?」

「うーん、ちょっと信じられないんだけど、ジェイルの言う事だしな」


 あいつが嘘言ってもしょうがないしな。見間違いの可能性があるくらいか。


「ちなみにどんな子なんだ? お前と双子に見られるって事は華やかな感じ?」

「双子に見られたのは子供の頃だけだよ。今はなんていうか……地味な子だよ」


 お前に似てるのに地味な子とか想像できないんだが。

 こうして立派な鎧纏っていると、何処ぞの王子様が下々の者たちを慰撫しに来たようにも見えるぞ。俺は付き人兼護衛だ。


「スラムの知り合いの顔もチラホラいるね。……ちょっと話聞いてくるよ」

「おう、いてらー」


 と、その場に残された俺だったが、ポツンと立ち尽くしていると再び度胸のある若者が絡んで来たので、暇潰しがてらプロレスごっこに興じる事にした。

 フィロスが戻ってくる頃には観客が人垣を作るくらいの盛り上がりである。どうも、ガラの悪いチンピラが一方的にやられてるのを見るのが面白いらしい。

 興行プロレスのようなものなので、俺も関節技や絞め技のような地味な技でなく、お客さんに分かり易い派手な技でパフォーマンスする。甲冑がアグレッシブに暴れまわるのは新鮮に映った事だろう。お捻りはなかった。


「……たった数分離れただけなのに、何やってるんだい」


 フィロスには呆れられてしまったが、俺はわずか数分で人気者だ。いつかの< レスラーズ >の試合で、観客向けパフォーマンスを習得していたのが大きいのかもしれない。

 ともあれ、あれだけ派手な事をすればもう絡んで来る奴もいないだろう。傷は残していないが、それでも相手のチンピラはボロボロになってたしな。なかなかいい暇潰しになった。


「食堂か倉庫で働いてるらしいってのは分かったよ。基本裏方らしいけど」

「いるって事は確定か。……しかし、今更だがこんな全身甲冑で会いに行っても大丈夫か? なんなら脱ぐけど」

「大丈夫じゃないかな。物怖じしない子だし。気にしないと思うよ」


 こんな悪鬼のような姿でも物怖じしない子なのか。デーモンさんだぞ。……絡んで来たチンピラといい、王国人って何本かネジ飛んでないか?




 教えられたという食堂に行くと、おそらく徴兵されて来たと思われる一般兵の皆さんが、配給を受け取るために並んでいた。

 食堂というよりは被災地の配給所だな。テーブルがあるわけでもないし、配給されている物も、あきらかに水分で水増しされたスープのような物で、正直栄養がありそうには見えない。それでも貴重な食糧なのだろう。配給には多くの人が群がっている。


「あー、確かにいるね。裏の簡易施設で煮炊きしてるのがフィオだよ」

「ほう……どれどれ」


 昔の事とはいえ、フィロスと双子に見間違われるくらいだからパーツは似てるんだろうとあたりをつけて探してみるがどれだか分からない。


「あの金髪で髪結んだ子だよ」

「と言われても、金髪多いし……ああ、あの子か」


 フィロスが指差す方向を追っていくと、確かに金髪の子がいた。

 そう言われれば確かにパーツの一つ一つは似てると言えなくもない。……だが、何故かは分からないが、背景に溶け込んでしまうほどに地味だった。モブ子さんだ。決して不細工ではないし、パーツは良い物が揃っている。なのに総合してみると地味な、なんともいえない子だ。

 ……素材は悪くないんだから、ああいう子に限って零細プロダクションの新人プロデューサーにスカウトされてトップアイドルへの道が開けたりするんだろう。王国にアイドルプロダクションとかないけど。


「ちょっと忙しそうだから、あとで時間取れないか声かけてくるよ」


 フィロスがフィオちゃんの元まで歩いていくのを見送る。

 遠巻きに見ていると、声をかけられたフィオちゃんが突然現れたフィロスにビックリしているのが分かった。やはりあの地味子さんがフィオちゃんなのか……。二人で並ぶと地味さが目立つな。




 近くの広場で落ち合う事になり、二人でわずかな時間を潰しているとフィオちゃんがやって来た。


「ごめんねー、ちょっと今忙しくて。……待った?」

「仕事ならしょうがないよ」

「それにしてもフィロ君が来るなんてビックリしたよ……ってうわっ、そ、その人は誰? お友達?」


 案の定、俺の姿に驚くフィオちゃん。だが、お友達とか言い出すあたり、恐怖は感じていない事が分かる。


「あーと、仕事仲間のデーモン君」

「そ、そうなんだ、フィロ君がお世話になってます。デーモンさん」


 やはり、デーモンで通した方がいいのだろうか。……まあいいか。無言で手を振っておく。


「でも、いきなりだからびっくりしたよ。騎士団が来るっていうからひょっとしたらって思ったんだけど、やっぱりだね」


 あれ、この子まだフィロスが騎士団所属だと思ってる?


「あー、師匠から聞いてないかな。かなり前に騎士団は辞めたんだ」

「……え? でも、その鎧……って、騎士団のやつじゃないね」

「今は迷宮都市で冒険者やってるんだ。ここに来たのも、その遠征なんだ」

「はー、そうなんだ。ししょー、何も言わないからなー」


 二人が師匠と言っているのは、フィロスの事を鍛えたという元王国騎士団長の事だろう。フィオちゃんも師匠と言っているあたり、この子も剣を習っているのかもしれない。


「でも、なんでこんな危ない場所に来たんだい? 師匠は止めなかったのかな」

「……そのししょーが倒れちゃって、お薬代稼ぐための出稼ぎです。はい」

「倒れた?!」

「あー、お薬飲めば大丈夫だから、そこまで心配しなくていいよ。……ただ、お金が必要になっちゃってね」

「そういう理由なのか……」

「フィロ君に連絡しようとして、騎士団にお手紙書いたんだけど、それ見て来てくれたわけじゃないんだね」

「あ、ああ……そうだね。いつか紹介したジェイルに教えてもらったんだ」

「お前ら、全然情報が噛み合ってないな」


 半年ぶりなんてレベルじゃなく会ってないっぽい。

 聞いてみれば、フィオちゃんはフィロスが騎士になる事に反対だったそうで、騎士団に入ったあとは数回しか話してないらしい。


「ともかく、師匠の薬代だったら出すよ。どれくらいかな」

「え……その、結構高いんだけど」

「それより薬そのものを渡したほうが良くないか? ポーションなら、大抵の病気は治るだろ」


 低品質のやつでさえ、骨折してても一瞬で治る超回復薬だ。よほど特殊なものでなければ病気全般にも効くという話も聞いている。

 今でこそ回復量が足りなくなって来ているが、迷宮都市の外にいる人なら一発で治るだろう。


「ああ……でも、迷宮都市のアイテム渡すのはまずくないかな?」

「ポーションは大丈夫だろ。ユキの実家にも売ってるらしいぞ」


 例外かもしれないが、辺境伯は若返りの宝珠まで受け取ってたし、ポーション程度で問題にはならんだろ。


「そうなのか……っと、< 中品質ポーション >しかないな……まあいいか。フィオ、これ師匠に飲ませれば多分治るから」

「え? い、今どこから出したの?」


 《 アイテム・ボックス 》である。


「というか、雑貨屋で見たことあるけど、ポーションってすごい高い薬でしょ。こんなポンって渡していいの?」

「いいんだよ。それなりに稼いでるし、送金手段を確立したら仕送りもするつもりだったから」


 信じられないのか、フィオちゃんは本当なのかと俺に向けて視線を飛ばしてくる。


「本当だぞ。喉が渇いたっていって、ソレを水代わりにするくらいだ」

「そ、そうなんだ……フィロ君、いつの間にそんなお金持ちに……」

「いや、水代わりに飲んだのはあの時だけだからね」


 安物じゃないが、中級まで来た今は本当に消耗品だからな。一回のアタックで二桁のポーションを使う事も珍しくない。

 お師匠さんとやらの病状が分からないので、念のためという事で俺からも< 解毒ポーション >を渡しておく。お近づきの代わりだ。


「な、何が何やら……ありがとうございます」

「盗まれないようにね。最悪盗まれたらまた……連絡は無理だから、迷宮都市に戻ったら一度こちらから連絡するよ」

「う、うん。それは大丈夫だけど……割れないかどうかのほうが心配だな……。容器も高そうだし」


 ガラス瓶だからな。小さいから布で包んでおくといいよ。


「それより、この遠征終わったら直接迷宮都市に戻らないで、一度王都に寄ったほうがいいんじゃないか?」

「……ああ、そうだね。団長に話してみるよ」


 恩人の見舞いだし、仕事終わったあとならグレンさんも駄目とは言うまい。




 一応、現在の宿舎の場所を教えて、俺たちはその場をあとにする。


「積もる話もあっただろうに、残っても良かったんだぞ」

「向こうも仕事あるだろうしね。……それに、実はちょっと気不味いんだ。最後に会った時は喧嘩別れに近かったから」


 そんな感じじゃなかったが、過去に色々あったのかな。




-4-




 それからしばらく待機の日々が続く。

 戦況は圧倒的に王国有利のまま推移している。辺境伯を含めた王国軍首脳部の集まる全体会議も何度か開催され、その席で詳細な戦況が報告されているので間違いない情報なのだろう。

 辺境伯以外の貴族が会議に出席して分かった事なのだが、どうも彼らは迷宮都市と王国の力関係を理解していないらしい。前線にいる以上、力を目にする事はあっても、それでも自分たちのほうが偉いと認識しているようだ。会議の場でもこちらを小馬鹿にしたような、特にフィロスに向けて放たれる嘲笑のようなものが多い。

 それに真っ先に反応するのはフィロスでもグレンさんや夜光さんでもなく辺境伯だ。相手を殺しかねない勢いでその場を収める。それこそ、こいつらはどうなっても良いから自分だけは助けて欲しいと言わんばかりに。……どんだけ怖いんだよ。


 俺たちもただ待機しているだけではない。何度か『ロクトル』の目撃情報があったので現場に急行する事もあった。

 ただし、その尽くが空振りだ。足の遅いニンジンさんを小脇に抱えて急行しても、現場には足取りを掴む手がかりすらない。

 ほとんど末期戦の様相となり戦線を維持できなくなったためか、ラーディンはゲリラ戦に近い戦術を組み込み始めている。

 件の勇者様も、それに合わせて電撃戦に似たフットワーク重視の戦法を取っているらしく、動きが掴めないのだ。

 痺れを切らせたグレンさんが探知用の仕掛けを各地に放ったらしいので、さすがに時間の問題だろうとは思うのだが。

 このままだと戦争自体が終わりかねないので、急いだほうがいいかもしれない。終戦のどさくさに紛れて逃げられたら厄介だし。




「すげえ暇なんですけど」


 俺もとうとう正面切ってグレンさんに愚痴を零すようになってしまった。


「まあ、そう言うな。……ところで、その手はちょっと待ってくれないか……いい手が浮かびそうなんだ」

「それ構いませんけど……」


 グレンさんとの将棋も何回指したか分からない。一度麻雀をやろうかという話もあったのだが、ルールが分かる人間がいなかったので、結局将棋に戻ってきた。さすがに飽きてしまったのか、ニンジンさんも同席していない。

 グレンさんの腕が上がってきたので将棋自体は面白くなってきたのだが、それでも延々と将棋だけ指しているのは辛い。


「……王国軍の方にも、情報は最優先で回すように言ってあるんだがな。このままだと戦争自体が終わってしまいそうだ」

「美弓のほうはどうなんですか?」

「ああ、いつでも動ける状態にはある。こちらが『ロクトル』に接触できていないから待ってもらっている状態だな。無駄に時間があるので王城の見取り図まで完成したと言っていた。目ぼしい物はないから放置してるが、宝物殿にも自由に出入りできるらしいぞ」


 何をやっているんだろうか。あいつは。


「……どうやら、『ロクトル』を召喚したのは王城に出入りしていた魔術師ではなく、別にいるらしい」

「それ、初耳ですが」

「昨日の報告で分かった事だ。昼の会議ではみんなにも伝えるつもりだが……黒幕は変わらず魔術師の方だ。その召喚士……サティナという名の少女はただ命令に従っただけらしい」


 女の子なのか。


「魔術士は……確かグラスとか言ってましたっけ?」

「そうだ。グラス・ニグレム。そいつには召喚術のスキルはない。低レベルの呪術系スキルをいくつか習得しているらしいから、それを使って召喚士を洗脳したというパターンが濃厚だな。報告ではラーディン王国軍兵士にも洗脳の痕があったから、それもそいつの仕業だろう。……まだ未確認だが、国王も洗脳されている可能性が高い」

「召喚士の方は完全にシロだと?」

「……胸糞悪い話ではあるが、どうも黒オーブを使って召喚術のスキルを習得させた可能性が高いらしい。ミユミ君は《 看破 》の専門家ではないので詳細までは分からないが、視覚と脚の神経を代償にしているようだ。分かるのがそれというだけで、他にもデメリットを抱えてる可能性がある」


 他人にだけ代償を負わせて、異世界から人を拉致したって事か。最悪だな。分かり易い悪役だ。


「その子も保護対象だな。黒オーブの影響だと一朝一夕で治せはしないだろうが、それも事が済んでからだ」

「黒オーブ……というか、スキルオーブって外でも出回ってるもんなんですかね? まさか迷宮都市から流出したとか」

「黒いやつに限らず、オーブ含めた重要機密の類は迷宮都市から持ち出された場合はすぐに分かるようになっている」


 遠征ガイドに書いてあった、持ち出し禁止リストはすべてって事かな。って事は別口か。

 昔ティリアが拾ったエロ同人誌は重要機密ではないと。……あの類も規制したほうがいいんじゃねえ? 難しいのかもしれないけどさ。


「おそらくだが、黒オーブは暗黒大陸か魔の大森林にある遺跡からの出土品だろう」


 ダンマスが言っていた未調査の遺跡か。


「あそこは亜神のテリトリーでもあるからな……無闇に敵を作る必要もないと交渉しているのだが、時間をかけたのが裏目に出たって事だな」

「……亜神?」

「ああ、亜神というのは……」

「失礼するっ!」


 俺とグレンさんの話に割り込む形で誰かが部屋に入って来た。


「辺境伯……。供回りも連れず、どうしました?」


 現れたのはネーゼア辺境伯だ。ここに入るには、本来案内が必要なはずなのに一人である。急いで来たのか随分と息が荒い。


「失礼は承知だが、ちょっと急ぎの用件があって強引に上がらせてもらった」

「それは構いませんが、用件とは?」

「例の勇者の事だ……すまんが人払いしてもらったほうが……」


 辺境伯はチラリを俺を見る。

 ……ああ、人払いって俺の事か。辺境伯さんはデーモンの姿しか知らないからな。


「彼なら問題ありません。辺境伯が直接来たという事は、どこかに現れたという類ではありませんね?」

「……ああ、本当にすまんと詫びるしかないのだが。ウチの下士官が、例の勇者からの連絡役と数日前に接触していたらしい」

「ほう……連絡の不備か何かで……いや違いますか、何がありました?」


 それなら詫びる必要なんてないはずだ。


「その連絡役は迷宮都市の関係者を呼べと言ったらしいのだが、故意に情報を止めてどこかに監禁したらしい。今、場所を調べさせているところだ」

「……まずいな」


 連絡役を送ってきたという事は、向こうから接触してくる意思があったという事だ。対象が迷宮都市の事をどれだけ知っているかは分からないが、迷宮都市が正式に合流したのを見計らい、保護か、亡命か、そのあたりの渡りを付けに来たという線が濃厚だろう。

 問題は、その連絡が遅れる事で『ロクトル』との接触が困難になるかもしれないという事。いや、最悪それはいいとしても……。


「その下士官に命令した騎士というのが、極端な迷宮都市嫌いでな。迷宮都市を指名した事で余計な事をしている可能性がある」


 ……もしも殺されてた場合、『ロクトル』の心象は最悪になるだろう。連絡役との関係にもよるだろうが、最悪交渉にすらならないという事も有り得る。


「渡辺君、こちらでも探索を開始するぞ。フィロス、ゴーウェンと……とにかくメンバーを集めてくれ。私は《 念話 》で夜光と連絡を取って探索チームを組織する」

「了解」


 嫌な予感がする。何も知らないまま無駄に過ごしていた数日の間に裏で起きた出来事が、致命的な結果をもたらす可能性だ。


「グレン団長、こちらに辺境伯はおられないかと王国騎士団の方が来て……」


 ちょうど、フィロスがその場に現れた。案内して来たのか、その後ろには全体会議で何度か顔を見合わせた王国騎士団の士官の姿がある。


「辺境伯、先ほどの件で……」

「おお、おお、見つかったか。何処だ。あの馬鹿は何処に攫ったのだっ!? 捕虜の状況は!?」

「お、落ち着いて下さい。状況は分かりませんが、場所は……」


 伝えられた場所は街の郊外。隣町に避難した富裕層の邸宅だ。そこに連れ込まれたのを見た者がいるという。


「すぐに馬を回せ! 儂自ら叩き斬ってやる」


 辺境伯の焦りは本物だ。まずい事態だと理解しているのだろう。俺たちも馬を……いや、この距離なら走ったほうが早い。


「フィロス、渡辺君急ぐぞ。場合によっては荒事になるかもしれん」

「はい」

「了解」




「まずい……このままでは儂の老後が……」


 辺境伯がボヤいているが、大真面目にそれどころじゃないから。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る